如月千早の場合
<目が逢う瞬間>
――目と目が逢う 瞬間好きだと気付いた
――「あなたは今どんな気持ちでいるの?」
シン「…………」
――戻れない二人だと 分かっているけど
――少しだけこのまま瞳 そらさないで
シン「……う~ん」
――ガチャリ
千早「おはようございます……あら? シン」
シン「千早」
千早「みんなのアルバムを聞いているって聞いてたけど、ひょっとして今は私のアルバムを?」
シン「あぁ、これで最後の一枚」
千早「そう……あまり歌ったことがないタイプの曲だったけど、よかったら感想を聞かせてもらえる?」
シン「うん、よかった。あいかわらずずっと頭に歌が残ってる感じがするし。ただ……」
千早「ただ?」
シン「うまく言えないけど……なんかもったいないなって。俺が勝手にそう思ってるだけだけかも
しれないけど、千早って悲しい歌を歌うことが多いだろ?」
千早「……。あまり意識したことはないけど、そう言われてみれば歌の内容そういう場合が多いかも
しれないわね」
シン「最初に歌った『蒼い鳥』もそうだし、カバーの『まっくら森の歌』とか『鳥の詩』もそんな感じだと
思ったし」
千早「……何が言いたいの?」
シン「今回の新曲も力強いけど同じだと思った。だから、もっと明るい歌とか歌ったらいいのにって
……千早?」
千早「――それは、きっと私のイメージが固まっていたからだと思うわ」
シン「え?」
千早「以前の私は周りのものすべてが鬱陶しいと思ってた。他のみんなも、プロデューサーも、
アイドルという仕事も踏み台くらいにしか思っていなくて……」
シン「…………」
千早「あのときは私自身、明るい歌なんて歌えるような心境じゃなかった。いえ、それよりずっと
前からそんな歌は歌えなかった。歌おうとしても、それは取り繕ったようなものにしかならなかっ
た。この歌も、そんな時に決まった歌だったから」
シン「でも、今は違う?」
千早「自分では分からないわ。確かに以前と比べるといろんな歌を歌うようにはなったけど」
シン「……言おうかどうか迷ってたけど、千早はさ、ちょっと前に「笑顔がないアイドル」って言われ
てたんだ」
千早「笑顔がない……そうでしょうね」
シン「でも最近のライブとか取材じゃ普通に笑ってるだろ? 仕事以外でも事務所とかで」
千早「……笑ってる? 私が?」
シン「あぁ。ライブは当然だけど、歌や音楽の話だとわりと笑ってる」
千早「そ、そう……」
シン「あ……そっか! そういう千早を見るようになったからいろんな歌を歌ってもいいんじゃない
かって思ったんだな」
千早「――ふふっ」
シン「え? な、なんでそこで笑うんだよ」
千早「だって、シンが自分のことみたいに嬉しそうな顔してるから。まるで子供みたいに」
シン「……「子供みたいに」は余計だ」
千早「そうやって拗ねるところも」
シン「だーっ! もうわかったから! 勘弁してくれ」
千早「ご、ごめんなさい……ちょっと調子に乗りすぎたわ」
シン「あ~、話がズレたけどさ。とにかく千早にはもっといろんな歌を歌ってほしいんだ。明るい歌
や楽しい歌、もちろん今までみたいな歌だって」
千早「言われなくてもそのつもりよ。今はまだ無理だけど、もっと広い世界を見たいから。そのため
にも、もっといろんな歌を歌い続けるわ」
シン「そっか、なんか安心した」
千早「ところで、その様子だとアルバムはまだ途中までしか聞いてないみたいね」
シン「え? あぁ、そうだけど」
千早「それじゃあ、全部聞いてから改めて感想を聞かせてもらうわね。それじゃあまた後で」
シン「?」
含み笑いを残して去っていった千早に小首を傾げるシンだったが、その後『神様のBirthday』を
聞いて「参ったな……」と苦笑を漏らした。
<『i』>
――いつも忘れてた他事に気を取られ
――すごく大切な人たちの存在を
――自分一人だけ苦労した気がしてた
――だけどそれは違う 今だから分かるけど
「……………………」
――自然に弾む会話が何より良いね
――同じ希望に燃える仲間同士
――時間忘れて見慣れた景色を見よう
――知らない自分の魅力見えるかもしれない
「……これで全部、か」
すべての曲を聞き終えたシンが目の前のテーブルに広がるアルバムを眺める。
総勢10人のアイドルたちの、今までの活動の結晶とも言える11枚のアルバム――内一枚は
小鳥も関わっているが――。そう考えると感慨深くもなるというものだ。
普段では得られることはないであろう充足感と、一抹の寂しさを覚えたシンはソファーに深く腰を
かけて天井を眺めた。
――すごいな、みんな……
率直な感想はそれだった。
みんなそれぞれの魅力を持ち、それぞれの想いを歌に込めていた。
真剣だったり、どこか調子っぱずれだったり、なかば暴走しているものもあったが……
ともあれ、シンにとってそれらの歌はみんな尊敬の意すら感じるほどだった。
――あと、もう少し。
すっ、と手を天井へ伸ばす。
もう少しで見つかりそうな気がしていた。
この世界で、自分が探している答え。
自分たちがやってきたことの是非、そしてもし元の世界へ戻ることがあるのなら何を伝えなければ
ならないのかということを。
――バタンッ!
「やっほ→! シン兄ちゃんまだいる~?」
「亜美に真美……って他のみんなも? なんで突然」
「シン兄ちゃんがみんなのアルバム聞き終わったと聞いて飛んできました→!」
突然勢揃いした765プロのアイドルたちを目にして呆然とするシンの前に、律子がメガネの位置
を直しながら一歩進み出た。
「ま、アルバム発売前に貴重な意見を聞いておこうと思ってね」
「貴重な意見?」
「ズバリ! 誰のアルバムが一番よかった?」
「……はぁ!?」
唐突な質問に思わず素っ頓狂な声が上がる。
「「はぁ!?」じゃないわよ。みんなの歌を聴いたんだったら当然でしょ? まぁ、誰が一番だったか
なんてわざわざ聞くほどじゃないと思うけど」
フフン、と不敵に笑う伊織から慌てて視線を外し、真と雪歩に声をかける。
「ま、真っ! 雪歩っ! なんとか言ってくれ!」
「う~ん、別に誰が一番かっていうのはあんまり興味はないけど、シンの中でボクの歌がどれくらい
かっていうのは気になるなぁ」
「わ、私も……考え始めたら気になって、おちおち埋まっていられません」
――な、なんですと!?
予想外の返答にたじろぎながらも今度は春香と美希の方を見る。
「春香っ! 美希っ!」
「シン君、プロデューサーさんにも私の歌がどれだけ上達したかっていうのをきちんと伝えてくださいね!」
「あ、ミキもお願いね」
――ちょ、おま……
いろいろと含みを持たせた言い回しの春香と素なのか狙ってやっているのかそれに便乗する
美希に目眩を覚えつつ視線をすぐ脇に逸らす。
「こ、これでもし私のアルバムが認められたら……みんな、お姉ちゃんがんばるからね。
し、シンさん! よろしくお願いします」
「やよいまで……」
気圧されかねないほどまっすぐな視線から逃げるように今度は亜美と真美……をスルーして
あずさと千早へ目を向ける。
「ぶー! なんで亜美たちムシすんのー!?」
「おーぼーだ! イジメだ! われわれはしゃざいとばいしょーをよーきゅーする!」
――お前らの相手までしていられるかっ!
と心の中で叫びながら最後の頼みである二人へ助けを求める。
「千早もあずささんも何とか言ってくださいよ! いくらなんでも突然こんなこと言われたら困るって
いうか」
「……どうしますか? あずささん」
「そうねぇ……」
千早の問いかけに顎に指を当てて考え込んでいたあずさだったが、すぐに柔和な笑顔がシンに
向けられた。
「ちょっと面白そうだし、私もお願いできないかしら?」
「そうですね。それじゃあ私もお願いするわ、シン」
――終わった。
完全包囲網、完成。
もはやシンは答えないという選択肢を根こそぎ奪われた。
「え~と……」
周囲から集められた視線に嫌な汗が背中に浮かぶのを感じながらもシンは何か突破口はないか
と考えに考え、そして口を開いた。
「みんなよかったじゃ、ダメか?」
『ダメ』
「……ですよねー」
予想通りの即答にシンは諦めの溜息を吐く。
行き着くところまで行き着いたこの状況、明確な答えなくして平穏無事な解決は望めないだろう。
――仕方がないか……
覚悟を決めた表情でシンは全員を見渡し、すぅっと息を吸った。
「小鳥さん、おはようございます」
「あら、プロデューサーさん。奇遇ですね」
事務所の外で合流したプロデューサーと小鳥が肩を並べて歩く。
いつもなら出勤時間も重ならないこともあってか非常に珍しい光景だった。
「今日はまだみんな事務所にいるんですよね?」
「はい。今日はみんなのソロアルバム発売直前のイベントですから」
「ふふっ、みんな今ごろはしゃいでそうですね」
「今日って日をずっと楽しみにしてましたからね。さて、今ごろどうして……」
事務所の扉を開けようとしたとき、プロデューサーの動きがピタリと止まった。
「? どうかしたんですか?」
「……少し離れてましょう」
そういって小鳥の手を取り、プロデューサーは入り口から3メートルほど距離を取った。
程なくして、荒々しく事務所のドアが開け放たれた。
「待ちなさいよ! なんでいきなり逃げ出すわけ!?」
「どうせあのままじゃ何答えてもロクな目に遭わないからな! だったらこのまま地の果てまで逃げ
切ってやる!」
「そ、そんなに私の歌って酷いんですか!? ちゃんと答えてください!」(シャキンッ!)
「あぶなっ! 居合い切りなんてどこで習得したんだ春香……ってコンクリ壁が真っ二つに!?」
「それならボクだって手加減しないよ! せぃやっ!」
「待て真! お前と本気でやりあったら冗談じゃすまないってぇ!?」
真の上段蹴りをスウェーバックで避けたシンの前髪が何本か宙に舞った。
が、下がったところで突然足元が陥没し、シンは呆気なく地面に倒れこむ。
「な、なんでこんなところに穴が!?」
「あ……そ、そこは私の試掘スポットですぅ」
「借りてる土地に穴掘るなっ!」
「よ~し今だ! 真美、いっくよ→!」
「おっけ→亜美!」
『とかちーダブルキ――→ック!!』
「ぐぶっはぁ!?」
鮮やかなまでのシンクロで同時に突き出された二人のキックを足を取られたシンが避けられる
はずもなく、見事に顔面へクリーンヒットした。これでまだ気を保っていられるあたりシンのタフさは
相当なものである。
「ン負けるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「はわっ!? シンさんが復活しましたっ!」
「あ~あ、これじゃ誰のアルバムが一番かなんて聞けないわね。せっかく今後の参考にしようと
思ったのに」
「もうなんかグダグダってカンジだね」
「あらあら、みんな仲が良くてなによりねぇ」
「あずささん、それはいろいろと間違っていると思います……」
ギャアギャアと逃げ回るシンをひたすら追い掛け回すアイドルたち、
その姿を呆れながら仲裁に入るでもなく眺めるだけのアイドルたち、
そんな混沌とした状況を見て、プロデューサーは苦笑と溜息を漏らし、小鳥は状況に付いていけ
ないのかポカンと見つめていた。
「な、なんか別の意味ではしゃいでいたみたいですね」
「この展開は、まぁ予想できなかったわけじゃないですけどね。ん? これは……」
いつの間にか足元に転がっていたCDケースを拾い上げ、プロデューサーは中身を改める。
「おいおい、これアルバムのサンプルじゃないか……危ないなぁ」
「あら? これって私まだ聞いてないですね」
ひょこっと横からプロデューサーの手元を覗き込んだ小鳥が見慣れない名前の入ったラベルに
目を留めた。
「これは今朝届いたばかりのものですからね。よかったら聞きますか? 例の新曲をみんなで一緒
に歌ってるバージョンです」
「あぁ、あの曲の……でも、止めなくていいんですか?」
小鳥が指差す先でシンたちの死闘が繰り広げられていたが、プロデューサーはあっさりと告げた。
「いいんですよ、ここまで来たら俺も止められないですし。それに」
使い古されたCDプレイヤーを取り出しながらプロデューサーは一端言葉を切り、おかしそうに
笑いながら続きを述べた。
「みんな、楽しそうですから」
カチリとスイッチが入り、まだまだ現役の老兵がアイドルたちの想いがこもった歌を紡ぎだした。
――みんな楽しく笑顔で舞台に立とう
――歌やダンスで自分を伝えよう
――言葉だけでは言えない熱い気持ちを
――少しだけでも届けられたならば 幸せ……
最終更新:2008年10月25日 11:26