なきむし狼と羊のその後
※鬱エンドの世界なので、若干シンが冷めてます。注意。
一面焼け焦げた街並み。鼻を突くのは懐かしさを覚える匂い。
手の空いた者が、廃材を積み上げるように単なるものと化した人々の屍を山のように積んでいく。
ガソリンを撒き散らし、あちらこちらでキャンプファイヤーのような火柱が立ち昇り、シンは微かな郷愁を抱く。
4年前になろうとしているのだろうか、人の肉と、髪と、衣類が焼け溶けて混ざり合った匂いは、シンにとっては最後の故郷の匂いでもあった。
「こ…これが…」
震えながら呟かれる声に、視線を移すと、燃えるような金色の髪の、躍動的な美しさを持った女性が、
普段の快活はナリを潜め、真っ青になった顔で辺りを見渡していた。
シンは、心の底から面倒くさいと思いながらも、彼女に声をかける。
「どうですか?満足されましたかアスハ代表?」
「シン…」
アスハ代表とシンが言葉の中に少しの棘を含めた女性は、今にも泣き出しそうな顔でシンを見つめる。
戦争を通して、伸びた身長はいつしか彼女から見上げる格好になっていた。
「ここは、本当にオーブなのか…?」
テメェは自分の国が何処にあるのかも把握してねぇのかよ、と内心吐き捨てながら、シンは自分でも怖気のする笑みを
浮かべて、カガリに優しく言う。
「そうですよ、代表。貴方の一族に逆らったコミューンは今までずっとこうやって、オーブから爪弾きにされていたんですよ。
そのせいで連合の被害に遭って御覧の通り皆仲良くバーベキューになってしまってます」
そうでなければ、自分の理想に陶酔しながら死んでいくような頭の温かい男を輩出する家系が代々支持率80%の世論を獲得出来るはずが無い。
オーブは元来民主主義の国であって、一族で収める独裁主義ではない。しかし、実際にはアスハ家が代々治めるような形を取ってきている。
どうしてそうなったのかといわれれば理由は簡単である。
選挙においてアスハ家を支持しない地方は古い言い方で言えば『村八分』という事を地域単位で行っていた。
アスハ家を支持すればその分の財政予算が当てられる。
そうでなければ、常識で考えて、政治的手腕や明確な思想を持たない当時16歳の小娘が国の頂点に立つはずが無い。
(結局は、偉大なるアスハ家様を信奉する者だけがオーブの国民の資格を持ってたってことか…)
現に自分達家族も、『ウズミ様なら、きっとどうにかして下さる』と根拠も無く信じていたのだ、一種のアスハ教なのだろう。
そして、支持せずに爪弾きにされた者達の末路は今目の前に広がる光景。
もっとも、カガリを責めるのは酷かもしれない。彼女は一切を知らされていなかったのだから。
カガリは、大戦が終結し、再び国のトップに戻った際に、今までのオーブの様々な事柄を紐解く過程で、自分の知らされていなかった
暗部の存在を知った。そして、自分の目で見たいと言い出したのだ。
ただし、オーブのトップに見捨てられた地域に、オーブの代表を連れて行くのだから、護衛は必要になる。
そんな折、大戦後、ザフトにも、オーブにも戻らなかったシンにアスランからの連絡が入った。
『カガリの護衛を頼まれてくれないか?昔のよしみで』
フリーデンの自室において、セツコの肢体を隅々まで堪能しつくし、疲れ果てた彼女が腕枕で眠りに落ちるのを、その艶やかな髪を撫でながら
柔らかな瞳で見つめていた至福のひと時を邪魔されたシンは、間の悪い嘗ての上官ににこやかに答えた。
『アンタにそこまでするほどのよしみはないであります。アンタが隊長だった時にした事ってキラさんに達磨にされたことくらいじゃないですか』
基本的に、人の善意を充てにする傾向の強い、アスランはシンからの痛烈な言葉に絶句した。
『お前は、オーブがこれから変わろうとする時に力になりたいとは思わないのか?』
髪の毛だけじゃなく、脳の皺の数まで減ったのかなぁと、アスランのモニターから見えない位置でセツコの髪をいじりながらシンはぼんやりと
思った。故郷のことなんだから協力しろ、と言いたいのだろうかこのハゲは。
『俺にとっての故郷は家族が生きていた時のオーブであって、慰霊碑しかないところじゃありません。でも、一応今は何でも屋みたいな事を
していますんで、金さえ払ってくれればやりますよ』
アスランは、彼の中では無償で協力してくれる掛け替えの無い戦友という像が勝手に作られていたシンからのシビアな言葉に打ちのめされた。
さらには、提示された金額がすこしの容赦も見受けられず、更にへこむ事となった。
シンはというと、コレでバイクのパーツとセツコへのプレゼントが買える事に内心ほくそ笑んでいた。
そして、シンはカガリと大戦終了時以来1年ぶりとなる再会を経て、今この場にいた。
カガリが、自らが信じていたモノが崩れ落ちていく喪失感と必死に格闘しているのは、その揺れ動く瞳からも伺えた。
おそらく、目の前の、カガリ・ユラ・アスハという女性がこんな表情で見上げれば、大抵の男はころりといくに違いない。
また、今の不安定な彼女に優しい言葉の一つでもかけて、肩を抱くなりしてやれば案外あっさりと籠絡も出来るかもしれない。
しかし、シンにはキラ・ヤマトのような人のモノを寝取る趣味も無ければ、目の前のカガリに食指が動くわけでもない。
シンはひたすらにこの面倒な仕事を終えて、セツコの待つフリーデンへと帰りたい気持ちでいっぱいだった。
金を貰っていなければ、置き去りにしてさっさと帰ってしまう事も出来ただけに、シンは少しがめつかった過去の自分を悔いた。
「納得しましたか?したなら帰りますよ」
「シン…私は…アスハは許されるのだろうか…」
カガリは焼け焦げ、半分が煤となった少女の手を跪いてそっと握る。
「まぁ……まず無理でしょうね」
「お前も…そうなのか?」
「ええ、まぁ。ネオ・ロアノークにだって俺は二度と会いたいと思っていませんし。
きっと、世界には俺を一生許さないって言ってる人もいるでしょう」
吹き飛ばされた花は決して元に戻らない。幾ら同じ種類の花を植えようとそれは同じ花ではない。
そんな花を吹き飛ばされた人間はきっと二度とその傷を癒すことも出来ないだろう。
「だから、許される前提で何かするつもりなら止めた方がいいですよ」
優しくする道理もないのでシンはそのまま思ったことを口にする。これでいつぞやのように、ショックに打ちひしがれて、
泣きべそをかくようなら、もうこの女はそこまでの女だったということになるとシンは思っていた。
それによっては、オーブの領土を未だに狙っている新連邦の残党の動きに注意する必要もあるし、より永いこの世界の平和の為には
この情報をアスハ家と敵対する有力なオーブの政治家に高値で売り付けてさっさと追い落としてもらうというのも悪い手ではない。
シンにとって必要なのは、平和を勝ち取るための過程ではなく、平和という結果であり、その過程は瑣末なことであった。
より多くの命が流れずに済むことになるのならば、幾らでもシンは戦う覚悟は出来ているし、アスハ家が没落し、明日にでも
カガリが花をひさぐ事になろうとも大した問題ではなかった。
「ふふふ……お前だけだ、私の知る者でそんな遠慮の無い事を言ってくるのは…」
「アンタは過保護に甘やかされてましたからね。いざとなったら力技でどうにかできる連中に」
「キラもラクスも悪意は無いんだ…ただ、少し独善的で…」
「俺は善意の行動が混乱をもたらす人間よりも、打算まみれでも世界を安定に導く人間の方が好きですけどね」
「耳が痛いな……なぁ、シン……私は、これからまず受け止めていくことから始めようと思う」
「受け止める?」
立ち上がったカガリの思った以上に強い瞳に、シンは眉を顰める。
「今までやってこなかったツケを、アスハ家の罪を、全てをまず受け止め、見つめていく事から始める。それから自分なりの……
ウズミ・ナラ・アスハの理念ではなく、カガリ・ユラ・アスハとしてのオーブの理念を見つけだそうと思う」
決意を固めたカガリの見上げてくる瞳に、不覚にもどきりとする。
「シン…たまにでいい…こんな場所に連れてきてくれないか?少しでも、アスハ家の私財を削ってでもこんな場所を復興させていきたいんだ」
「まぁ…金払いさえよければ…俺は構いませんよ」
妙に晴れ晴れとしたカガリに毒気を抜かれながらも、シンは辛うじてそう答える。
「ふふ、すまないな……お前も、こんな憎いアスハと関わらないといけないなんていい迷惑だろう?」
自嘲気味に吐き出された言葉に、シンは特に深く考えずに言葉を返す。
「いや…アスハっていう一族は嫌いですけど、アンタ個人は結構嫌いじゃないですよ」
自分のすべき事を見据え、汚い部分、目を逸らしていれば良かった部分まで見通そうとする彼女の、その妥協のないところ。
偽善者と自覚しつつも、それでも何かをしなければいられない躍動的な心根。
カガリ・ユラ・アスハという人間そのものは決して嫌いな部類の人間ではなかった。
戦争が終わり、心に少しだけ余裕が出来たからこそ、シンは不思議とそれを素直に認められた。
だからこそ、シンは思わず自分のカガリに向けた表情に気付かない。
カガリは、シンの表情をみて、微かに頬を赤らめると、慌てたように、『帰るぞ!!』と言い放つ。
シンは、自分が余程おかしな顔をしているのかと思った。
ブレイク・ザ・ワールド終戦から1年。
時代も、世界も、そして人々も変わっていく。
シンはその当たり前の事に少しだけ、オーブの未来に僅かな光明が見えた気がした。
シンは、カガリが何故頬を赤らめたのか知らなかった。
そのオーブに見えた光明、つまりは今はまだ未熟な為政者、けれども、懸命に前を向く彼女に知らずに優しく微笑んでいたことを。
FIN
最終更新:2009年01月24日 23:21