タピオカ丼氏の小ネタ-01

戦後ネタ。シン×ラクスと言い張ってみる。



薬品の匂いと、清潔なシーツの香りの中、ラクスはゆっくりと目覚めた。
かすかに、紙を捲る音が聞こえてくる。

「ああ、目が覚めたんですね」

音のする方、声をかけられた方へと視線を移すと、手元の何かの資料を透き通ったルビーのような瞳が自分を見下ろしていた。
自分に対して何の感慨も浮かんでいないこの瞳がラクスはとても好きであった。


「覚えてますか?あんた刺されたんですよ?」

確か、と聡明な脳を回転させてラクスは思いを巡らす。
自分はヤキン・ドゥーエの戦災孤児を引き取った孤児院の慰問に訪れた。護衛にはキラ・ヤマトとその他数名のSPを引き連れて。
そして、孤児の子供達一人一人と握手して回った時、その中でもとりわけ落ち込んでいるように見えた男の子がいた。
だからこそ、純粋に母性本能を擽られた彼女はその男の子を抱き締めた。
そして、腹部に鋭い痛み ――― いや、あれは痛みというより熱だった。
ぞっとする程に冷たい刃物の感触が滑り込んできたのと同時に腹部が熱くなったのだ。

「台所からくすねてきた果物ナイフでブスリ……流石に8歳のガキの持ち物チェックはしませんでしたか」

手元の資料を再度捲りながら謳うように言うシンは、心の底からラクスの命が助かった事に対しての興味が全くといって良い程なかった。
おそらく、彼女を前にして、ラクス・クラインという存在を前にしてここまで無関心、無感情を露わにする人間は彼しかいないだろう。

「着物みたいに重ね着してたのが幸いしたみたいです。ドレスとかだったら危なかったそうで。良かったですね」
「そうですか……」

台本に書かれたセリフを棒読みする大根役者のように、良かったですねという言葉にシンの感情は篭っていなかった。
自分が助かろうと助からなかろうとどうでも良いのだろうと、ラクスは納得する。
そこに悔しさは無かった。自分を見下ろす透き通った紅は、一切の感情を持っていないが故に美しい。
ラクスが知る限りもっとも彼女の手に届かぬものであるが故にラクスは彼が手放せなかった。


「あの子は…」
「……あの子の父親はフリーダムの開発に携わっていたそうです」

胸を冷たい氷の刃で刺しぬかれた気がした。

「フリーダム強奪の後父親はクライン派の容疑をかけられ拷問の末獄中死。パトリック政権ってのは結構過激ですね。それで泣かせるのが
母親は身を売ってあの子を育てようと奮闘。その挙句に病気をもらってポックリ。クライン派の容疑をかけられた親父持ちの子供を誰も
引き取りたがらず孤児院行き。あの孤児院もヤキンの戦災孤児を引き取った慈愛の家とか言われてますけど、調べてみると虐待の宝庫」

そう言って、シンは手元の資料をラクスに向けると、資料の一番上には経営者夫婦の写真と詳細なプロフィール、否、もはや犯罪歴と言える
おぞましい内容が羅列されている事が一目でわかる。
血の足りてないラクスは、それだけで気が遠退く。

「あの子は明確に私を殺す動機があったのですね……他ならぬ私自身の蒔いた種によって芽生えた憎しみによって」

「まぁ、でもそのおかげであの孤児院の実情を調べる事が出来たわけだから結果オーライでしょ?今頃あの夫婦はウチの部下が付きっ切りでしょうし」

その言葉に、ラクスは眉を顰める。
前プラント議長、ギルバート・デュランダルの直轄の部下であったシン・アスカは戦後2年の時を経た現在、白服を纏っていた。
しかし、余りにも華やかな地位に立たせることを快く思わない者達の事を牽制する意味でも、彼に与えられたポジションは所謂『汚れ役』であった。
ラクスの恋人キラ・ヤマトが華やかな遊撃部隊の隊長として、『歌姫の騎士』と称される一方で、それに次ぐ立場のシンは裏方と言っても良い。
彼の部下が付っきりということは、恐らく手段を問わず素早く情報を吐かせた後に処理をする事を意味していた。
そんなザフトの暗部を厭い、彼にそのような役目を押し付ける格好になってしまっている事に申し訳なさを覚える一方で、不思議とそういった血生臭い事がしっくりときてしまうとも思った。

「私はどうすれば良いのでしょうか……」
「知りませんし、知ったことじゃありませんよ」

資料から目も離さずにバッサリと切り捨てるシンの言葉をどこか心地良く受け止めている自分をラクスは感じる。
心底面倒臭いと言わんばかりの声に、苦笑が漏れる。

「冷たいのですわね…貴方はいつも…」
甘えるように言うと、シンは少しだけ軽蔑を含んだ眼差しをラクスに向ける。

「じゃあ言いますけど、あのガキがアンタに一番望む事を言うとしたら、『両親を生き返らせてくれ』って言うでしょうね」

「――――――― ッ!!」

喉が引きつる。
目を逸らし、気付きたくなかった事を躊躇無く言われてしまったと、麻酔が効いていなければラクスは両手で顔を覆っていただろう。


「出来ないでしょ?そんな事。だからアンタがする事は今まで通り自分の正しいと思ったことをやり遂げる事くらいしかないですよ。
じゃなきゃ、アンタが間違ってましたなんて抜かしたらあのガキの両親はマジで無駄死にになる。だからアンタは今まで通り遣り通してください。
あのガキにはきっと一生憎まれたままでしょうけど、それはアンタの背負ってくもんだ。早々に下ろして楽になろうなんて考えない事です」


その言葉には優しさも無ければ激励も無かった。
わかりきっている事を淡々と述べるだけの言葉、声。
シンは資料をラクスの枕元に置くと、病室の窓を開ける。爽やかな人工の風が吹き込む。
その瞳には一切の感情は映っていない。
それを望む資格は、きっと彼の全てを奪った自分には無いのだろうと知りつつも、ラクスは一言だけ気になった事を口にする。


「あの子はどうなりました?」

シンは暫し沈黙した後、窓に目を向けたまま、決してラクスからは顔の見えぬ位置で呟いた。



「射殺されましたよ……アンタの護衛に」



目頭が痛くなったラクスのこめかみに熱い泪が流れた。


FIN




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最終更新:2009年09月12日 23:57
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