幻想郷 2/14 妖怪の山山頂 守矢神社
外界では恋人同士が愛を語らうというこの日に、地霊殿で現在生活しているはずのシンは、何故か早朝から守矢神社へと来ていた。
「あぁ、シン君、おはようございます、お早いですね」
「早苗さんか、おはよう、こっちが強引に頼んだ事だから早い方がいいかと思ってさ……」
「ふふふ、シン君らしいといえばらしいですね、儀式の準備は終わっていますので本殿の方へどうぞ」
「ありがとう早苗さん」
流石に早く来すぎたかと鳥居の前でポリポリと頭をかいていたシンだったが、ちょうど境内の掃除にでていたらしいこの神社の風祝にして現人神。
白と青を基調とした巫女服を身にまとい、緑色の長髪に特徴的な蛙と蛇の髪飾りをした女性、東風谷早苗と出会った。
因みにシンと早苗が出会った経緯は特別な事ではなく、単にシンが新たな剣を得る直接な原因となった人物、八坂神奈子によって紹介されたからだったりする。
二人の年齢はほぼ一緒なのに対して、なぜ早苗が『シン君』、シンが『早苗さん』と呼んでいるかと言えば、ある意味での先輩・後輩関係と性格によるものだ。
前者の関係とは、シンが『土着神』の一人となったデスティニーから力を引き出すという行為は、早苗が神奈子から力を借り受ける行為と全く同一な関係となるので。
シンがまだその力の引き出し方が不慣れな頃に早苗が先輩として親身になって色々と手取り足取り丁寧に教えたと言うことから生まれ。
後者の性格問題は、早苗が温厚に対してシンが激情であるため、どうしても二人が揃うと温厚な早苗が『姉』的な立場にたってしまうからであった。
もっとも、早苗の方も実はシンに負けず劣らずなくらい激情を内に秘めている性格だったりするのだが、今の所シンの前でそれが出た事は無い。
閑話休題
早苗の言葉を受けて洩矢神社本殿に移動したシンを待っていたのは、この神社に奉られている神々。
山坂と湖の権化たる八坂神奈子、土着神の頂点である洩矢諏訪子の二人であった。
「あっ、シンだ、いらっしゃ~い」
「ちょうどいいタイミングに来たね、こっちの準備は一通り終わった所だよ」
本殿の方でとある儀式の準備をしていたらしい二人は、入り口に立っているシンの姿を認めると手招きして中に入るように促す。
「今日は俺の我侭を聞いてくれてありがとうございます」
促され中に入り、二人の前まで進んだシンは深く頭を下げながら神奈子と諏訪子に対して礼を述べるが、諏訪子と神奈子は苦笑しながらその言葉に返事をする。
「気にしない気にしない、どうせ私も神奈子も今日は特に何かあるわけじゃなかったしね」
「それにシンには守矢神社の地霊殿分社の神主代行として信仰を集めてもらっている礼もあるからね、気にされると逆にこっちが困るわけよ。
シンが人里の人間を護ったり、一部の妖怪達と親身になってくれるお陰でこの神社への信仰は確実に増えつつある。
今日の儀式は…… 担当する私が言うのもなんだけど気休め程度にしかならないでしょうし、之くらいはしてあげないと逆にこっちの名前が廃るからね」
その二人の言葉に、改めて深く頭を下げたシンだったが、直ぐに諏訪子と神奈子が『儀式を始めるから其処に座って』と言うと指定された場所に座り、目を瞑る。
「では、八坂神奈子の名の下に鎮魂の儀式を始める、シン、無心に祈り、願い、黙祷を捧げるように、意思の乱れは儀式の乱れ、無心に捧げなさい」
神奈子の言葉に、僅かにこくりと頷くとシンは意識を無心にし、ただ、黙祷を捧げ始める。
シンが二人に望んだ我侭とは、自分の本来の生まれ故郷であるコズミックイラ、その世界でこの日に、血のバレンタインで死していった人達への鎮魂の儀式であった。
元々はオーブ出身であるシンだが、プラントでの生活も決して短くは無く、惨劇の舞台となったユニウスセブンの破砕作戦にも参加している。
その事から、その惨劇でどれほどの民間人が死んでしまったかと言うことも当然知識としても知っており、プラントではこの日に追悼式が行われる事も体験している。
だからこそだったのだろう、シンがこの日に、関係の無いこの世界に来てまでも鎮魂の儀式を神である神奈子と諏訪子に頼み込んだのは。
そう、過去に体験した『式』の日に、同じ目的の為の儀式をする事で、『かつて自分がコズミックイラで存在していた』という事実を再認識したかったために。
無論、鎮魂の儀式を頼んだ多くの理由は『民間人の犠牲者』達の安らかな眠りを願ってなのだが、それだけではシンも態々儀式を頼む込もうとはしなかっただろう。
シンは内心恐れていたのだ、今、シンが『コズミックイラ』で生きていたと言う証はこの幻想郷において新たなる土着神となったデスティニーと。
神奈子がデスティニーとのパイプとしての力を与えてくれた、『プラントでの功績』の証であり、『自分の力の証明』でもあったFAITHバッジの二つのみ。
同じく外界 ―シンとは異なるが― から越してきた守矢神社の面々の様に、『自分の世界』について語れない、自己存在が確立できない恐怖、それにシンは蝕まれつつあった。
その後、儀式は厳かに、かつ静粛なまま終わりを告げ、シンは神奈子達にお礼を言うとそのまま地霊殿へと飛び去っていった。
そんなシンを見送った後、諏訪子は突然神奈子を睨みつけるようにしながら、頬を膨らませつつ抗議の声をあげ始めた。
「神奈子、シンも帰ったしはっきり聞かせてもらうわよ、どうしてシンに今日チョコを渡すなっていったのか、その真意を聞かせてもらおうかしら?」
「私としては最初は思いっきりシンを嫌ってた筈の諏訪子が、態々早苗に聞いてまでチョコを手作りで作ってた事の方が驚きだけどね」
「あーうー!? そ、そんなことはどうでもいいの!! どうしてシンに渡しちゃダメなのよ!!」
「はいはい、落ち着きなさい、理由? それは簡単よ、まだ、シンにとってのバレンタインは辛い思い出が深く刻み込まれすぎているからさ。
仲間内での義理とかならいいだろうけど、本気で思いを伝えたいって言うならまだ、少し時期尚早かもしれないと私は思ったからよ。
まぁ今年のバレンタインは地霊殿の連中に任せてみようじゃないか、由来についても教えてるんだ、さとり達なら、シンが望んでいるものを与えられるかも知れない。
それとも何かい諏訪子、土着神の頂点であり、シンからすれば『相棒』の命の恩人でもあるアンタがたかが一日のリードで色恋勝負に負けるって自覚してるのかい?」
「あ、あぁぅうぅぅう~~~~~~~~~」
神奈子の言葉に顔どころか全身真っ赤にしながら神社の方へと駆け込んでいく諏訪子、そんな姿を見ながら神奈子は嬉しそうな顔をした後、空を仰ぎながら呟く。
「帰る場所を無くした子供が欲しがるもの、さとり達は気付いてくれるかね」
同日 地霊殿
「よっと…… 到着って、あれ? 誰もいないのか?」
地霊殿のエントランスに辿り着いたシンは、普段ならさとりかこいしが、もしくはお空とお燐を含めたペット達の誰かが出迎えてくれるのに誰もいないことに気付いた。
「今日は何か用事あるっていってたっけ…?」
シンはそんな静かな地霊殿の様子に疑問を抱きながらも、居間の方へとゆっくりと歩いていく。
エントランスから居間までの道中にもさとり達は愚か猫の子一匹とも出会わず、何か不思議なものを感じつつもシンは居間の扉を開き中に入る、すると其処には。
「「「「お帰りなさい、シン(おにいちゃん{さん})」」」」
パーティ、と言うには少々小規模ではあるが、普段に比べて豪華な食事と、普段どおりのさとり達四人の姿、そして『シンの家族入りパーティ』と書かれた懸垂幕があった。
「えっと…… これ、は?」
そんな光景に少し気圧されているのか、さとり達の顔を一通り眺めた後、改めてシンは一番話が早いであろうさとりにたずねる。
「シンの地霊殿一家入り記念、かしらね、之くらいしないとシンはきっと間を取ろうとするでしょうから、ね」
さとりはそういいつつ、シンの手を取ると、その手に不思議な形をしたバッジを握らせる。
「このバッジは…?」
「家族の証、見たいな物ね、私とこいしの第三の目をモチーフにして、私達の手で作ったものよ。
こいしとお燐で鉱石を集めて、お空がそれを溶かして型にいれ、私がその型から装飾を施した、シンへのプレゼントも兼ねてと言う所ね」
さとりのその言葉に、シンはさとり達をもう一度見回してみると、全員が服にその『家族の証』であるというバッヂをつけている事に気づいた。
「さ、シンもつけて頂戴」
その言葉に、反射的にシンはそのバッジをつけようとしたが、もう少し、というところまで指を動かすとその動きを止めてしまう。
「どうしたのシンお兄ちゃん?」
「ん? もしかして針が上手く通らなかったかい? おかしいね、お空とあたいが確りとキチンと選んだものをつけてる筈なんだけど」
「もしかして、気に入らなかった? うぅ~、やっぱり私のデザインじゃなくてさとり様のデザインにするべきだったかな~」
そんなシンの反応にこいし達はバッヂをつけるための針が悪かったのか? それともデザインが気に入らなかったのか? と不安を抱き始める。
だが、そんなこいし達の反応に、シンは首を横に振ると、ゆっくりと心情を吐露し始めた。
「その、さ、俺なんかがさ、家族で良いのかって… さとり達から見ればやっぱり、所詮人間の一人だろうし、それに、俺、何百人もころし……」
「……やっぱりパーティを開いて正解だったわね」
自分を卑下するようなシンのその言葉を、さとりはシンの頭を優しく抱く事による中断させ、そのまま強く、そして確りと抱きしめる。
「シン、あなたは否定するかも知れないけれど、私達にとって既にあなたは家族の一員なのよ、かけがえの無い家族の一人なの。
申し訳ないと思うなら、寧ろ家族である事を否定しないで欲しいわ、家族と思う人に否定される事ほど辛い事もないのだから」
「そうだよ、シンお兄ちゃんは私達の家族なんだから」
「人間だから、なんていってちゃあ私やお空なんて猫と烏だよ? シンお兄さんは色々と抱え込みすぎさ」
「そうそう、シンももっと楽しく過ごそうよ、深く考えすぎても頭が痛くなるだけだよ」
「「「いやお空、あなたはもう少し考えなさい」」」
「うにゅ……」
こいしがシンの背中に、お燐がシンの右手に、お空がシンの左手に抱きつきながら、シンへと『自分たちはもう既に家族である』と語りかける。
シンはそんなさとり達の言葉と思いを受けて、ただ、体を震わせ、僅かに涙を、悲しみではなく、歓喜の涙を零すしかできなかった…………
さとり達はそんなシンを再び強く抱きしめた後、『家族記念』のパーティを夜通し開催する事になるのは、改めて語るほどのことではないだろう。
セント・バレンタインデー
かつて、ローマ帝国が禁止していた兵士の結婚を密かに行った言われる牧師、バレンタインの命日が祭日となり、恋人同士の語らう日となったこの日。
ローマ帝国が結婚を禁じた理由とされるのは、故郷に愛する物を『家族』を置いた兵士の士気が鈍り、敵前逃亡を行うのではないかと危惧したからであったと言われる。
今ではただ恋人同士のイベントになったこの日だったが、忘れ去られた幻想の地ではそれ以外の日になるのは自然の事だと言えるのではないだろうか?
そう、『家族』を失った一人の兵士が、新しい家族をその手に掴み取り、新しい人生を歩みだす記念の日になったとしても…………
おまけ バレンタイン後日談
旧都 宴会場 淑女同盟代表者会議(と言う名の宴会)
勇「なるほどねぇ、シンは家族を欲していた…か」
さ「えぇ、もっとも、あの日がそんな意味合いを持っている日だったなんて山の神様に聞かなければ流石の私も知りませんでしたが」
パ「妬ましい、簡単にシンの家族になるあなたが妬ましい」
ヤ「心の家族って訳か、しかしシンに新しい家族なんていうから驚いたよ、てっきり誰かが子供を作って血の繋がった家族を創ったかと思ったじゃないか」
――――― キュピィィィーーーン ――――
勇「うんうん、そうだよな、家族ってのはやっぱり血が繋がってないとダメだよな、よし、ここはこの勇儀様が少し頑張って……」
さ「あら、人間と鬼とは決別したのですから無理はしなくていいのですよ? シンも無理されてまで家族を欲しがらないでしょうから」
パ「……私は元人間だからその気になれば産めるのかしら…? 妬ましい、子を宿せるかどうかわからない今の自分が妬ましい……」
ヤ「あ~…… 火種放り込んじゃったかな? てか皆、飲むペース早いって、もう20本も空いてるし……」
勇「いやいや、鬼が嫌ったのはいい加減な人間だけだからね、それにシンは私の事を受け入れてくれる筈さ、何なら本人に聞いてみるかい?」
さ「ふふふふ、心を読めるこのさとりの前では社交辞令も通じない、シンの本音、確りと刻み込んでトラウマにしてあげるわ!!」
パ「妬ましい、あぁ妬ましい、妬ましい、シンの鈍さが、あぁ妬ましい……」
ヤ「見事な5・7・5・7・7、パルスィ、心の短歌って…… あぁ、いっちゃった、シン、ご愁傷様…とでもいっておこうかしら」
その後、酔っ払い少女達にシンが絡まれ、その光景を見た他の少女たちが暴走して大騒動になった事もまた、語るまでも無いだろう。
最終更新:2009年02月25日 13:02