早苗がなんと無しに見ていたあの番組をみて、始めて見た時に抱いた思いは、なんて我侭な、そして身の程を知らない子供なんだろうと思った………
戦争で理不尽に死ぬのなんて当たり前、何かを恨んだ所で何にもならない、逃げるのが遅かった自分達が悪いだけに過ぎないのだ。
だから私は彼が嫌いだった、相手を恨む事で自分の存在を定義しているような、死していった家族の思いを無視するような彼のことが。
「やれやれ、諏訪子もまだまだお子ちゃまだね」
そんな私を見た神奈子の言葉はこれだった、まぁ、神奈子はあの少年が気に入ったようだし、アイツが私の嫌うモノを好むのは今に始まった事ではない。
ただ、神奈子が私に向かってこういった時は、大抵二人して同じ位に、寧ろ私の方がそれを好むようになっている事が多いのだけは不思議だった。
でも今回だけは無理だろう、だって私が嫌っているあの子供は、シン=アスカと言う少年は私が最も嫌う性格なのだから。
『今度は敵に回るなら、俺がお前らを滅ぼしてやる!!』
…やっぱり、私は彼の事を好きになる事などできないだろう、神奈子の提案でとりあえず最終回まで見続けようと言う事になったが、やっぱりキライだ。
シンはかつて『自分の家族』と共に生きた地を、『自分の家族の思い』が宿っている故郷を滅ぼそうという、酷く理不尽な理由で。
本当ならもう見たくはなかったが、神奈子が私が不機嫌そうな顔をするたびにニヤニヤしている、多分私が何時見ないと言い出すか待っているんだろう。
となったら話は別だ、あの蛇の思惑通りになるのは癪すぎる、仕方がないから最後まで見るしかない。
ただ早苗、確かにあのキラって子と早苗に似通った部分はあるけど彼のファンは辞めておきなさい、あの少年の根幹は早苗とは全然違う物だから。
『アンタは俺が討つんだ!今日!ここで!!』
物語も終盤目前、といった所だろうか、神奈子が見込んだ少年は、どうやら早苗が気に入っていたらしいキラという少年を撃墜してみせた。
シンがあのキラという少年を恨んだ理由はいささか感心しないが、まぁ、純粋に目標を立て、それを達成して見せたことは評価に値するだろう。
神奈子もあの放送の日は酷く御機嫌だった事を覚えている、何かご機嫌過ぎて私が三日続いて酔い潰されるくらいには。
ただまぁ、その神奈子のご機嫌も次の放送までだったが、まぁ唯一の幸いは早苗があのキラって子のファンを辞めた事だろうか、どうやら早苗も気付いたらしい。
と言うよりも、殺し合いをすべき戦場に自分本位で出てきて暴れ、挙句の果てに自分が落とされたら本気じゃなかった、は戦場に立つ兵士への最大の侮辱だ。
この脚本を書き上げた人間は戦場の理不尽さと恐ろしさを考えているとは思えない、寧ろこんな脚本家で戦争を描ききれるのか非常に不安になった放送でもあった。
そしてその不安は見事に的中、清濁合わせた戦争を描いている筈だった物語はとても綺麗な勧善懲悪ものとして幕を閉じる事となった。
放送完結後しばらくの事は、余り思い出したくはない、唯一幸いだったのは神奈子が気に入ったと言っていたシンが信念を一応貫いた事で神奈子の暴走が無かった事だ。
ただまぁ、それも後で放送されたスペシャルエディションと言う物で見事に壊されたが……
アレを神奈子が見た翌日、御柱をミサイル弾頭に見立てて脚本家の家に投げ落とすと暴れだした神奈子を早苗と二人がかりで押さえ込むのはとても大変だった。
偶々その日に遊びに来たスサノオさんが神奈子にあのアニメのDVDフルセットをプレゼントだと差し出してくれなければ多分抑え切れなかっただろう。
因みにその日から三日近く神奈子はスサノオさんとずっとあの少年について語り合ったらしい、神が神に、しかも自分より上位の神に布教してどうするのやら……
まぁ、そんなこんなで月日も流れ神奈子の提案で幻想郷に信仰集めに向かう事になってからも、神奈子はたびたび私にあの少年についてどう思っているか聞いてきた。
しかも、幻想郷に来る前までは神奈子が自分で編集したと言うシン=アスカ名場面集とやらを見ながら聞かれるのだからアイツの考えはみえみえ。
まぁ、何度聞かれても私が彼を『キラッテ』いるのは変わらなかった、だって、彼は私が一番嫌う人間だったのだから。
死していった人達の思いを無視し、曲解し、自分の都合のいいように解釈して、自分の我がままだけで戦っているような彼は、私が一番嫌いな人間だった。
そして幻想郷に来て一年少しした位だっただろうか、神奈子が私に是非合わせたい人間がいると言ってきた、何でも神奈子の試練を突破してみせた気骨のある人間らしい。
神奈子は時折人間を試し、神奈子が気に入る結果を残した人間に力を貸していたが試練自体を突破して見せた人間なんて非常にまれである。
それを聞いて私もあの巫女達以外に『神遊び』ができる人間が増えたと思ったのだが、神奈子からその人間の名前を聞いてその考えは直ぐに打ち消した。
だって、神奈子が言うその人間は私が『ダイキライ』なあのシン=アスカだったのだから。
神奈子は彼に力を貸し与える為に私の力を使いたいと言っていたが、神奈子に負けてここにいる私でも流石に意地もある、嫌いな人間に力を貸すつもりなんてない。
だから私も彼を試して、その結果がOKならば力を貸すと神奈子に言った、無論、絶対突破されないと自信を持っていえる試練を用意してだったが。
それから三日後、神奈子が私の試練を受けさせる為にシン=アスカを連れてきた、私は早苗と神奈子に試練中は口出ししないようにと告げると彼の目の前に出て行った。
「……え? マ、マユ……なのか?」
私の姿を見たシンの第一声はそれだった、まぁ、それは仕方ないだろう、シンの目には過去に死んだはずの自分の家族が、彼の妹であるマユ=アスカの姿が見えているだろうから。
彼に私の事を彼の妹と誤認させることは難しい事ではない、元々大和の神々は動物達に姿を変えることすらできる、人間一人に幻惑を見せる等朝飯前だ。
「マユ……!!」
マユ=アスカの姿のままただ微笑み、佇んでいるだけの私の状態に焦れたのか、シンは一気に駆け寄ってくる、それこそが私の思う壺だと言う事も知らずに。
そう、これが私の試練だった、シンがもしも感情の赴くままに私に抱きついてきたりしたら、激しくシンを拒絶し絶望の淵へと叩き落す試練。
…まぁ、これが元々私の個人的感情からに過ぎないと言うのは良くわかっている、でも、彼が家族の思いを切り捨てていると言う事は私には許すことができない事だった。
だから、彼が家族の幻影に騙され、心を許した瞬間一気に断罪してやるはずだった…… そう、だった、のだ。
「…マユ……ッッ!?」
もう少しでシンが私に抱きつくと思った瞬間、シンは急に何かを思い出したかのように抱きつこうと回しかけていた手を止め、私から一歩離れた。
「…お兄ちゃんどうしたの?」
そんなシンの行動が気になり、私はマユという少女の声を模してシンに如何したのかとたずねる、すると如何した事だろう、シンはまた一歩、私から離れる。
まさかシンが私の幻惑と罠に気づき離れているのかと思ったが、そうではなかったらしい、だってシンの表情は、どこか嬉しそうで、でもとても悲しそうなものだったから。
最も、その表情の理由は直ぐにわかった、だってシン自身がその思いを吐露し始めたのだから、僅かに涙を零しながら、どこか決意した表情で。
「…マユ、その、さ、ありがとう、姿をみせてくれて、父さんと母さんは…… いや、言わなくていいよ、多分俺に呆れて、怒ってるだろうからさ。
……わかってるんだ、俺だって、どれだけ戦ったって、どれだけ他の人を護ったって、父さんも、母さんも、マユも、帰ってくる筈がないって、こんな事は望んでないって!!
でも、俺には之しか思い浮かばなかったんだ、もう俺みたいな悲しい思いをする人は作っちゃいけないんだって、その為に俺ができる事は戦う事だけしか、考えられなかった。
…此処に来るまではさ、誰も悲しまない、戦争のない世界を作れれば俺なんて死んでも構わないって思ってた、寧ろそんな世界には俺はいらないだろうっても思ってたよ。
戦うことしかできない俺は、最後は誰にも必要とされずに死ぬんだろうって思ってた、でもさ、今はもう大丈夫だ、こんな俺でも必要としてくれる人達がいるから。
だからさマユ、死んだお前がわざわざ出てきちゃうほどに頼りない兄ちゃんだけど、もう少し、俺はこの世界で生きてみるよ、大丈夫、もう死のうなんて思わない。
…ははは、何言ってんだか、ごめんなマユ、どうも、纏まんないや、もし、父さん達やマユに会えたら、色々と言いたい事があったはずなのにな。
マユ、帰ったらさ、父さんと母さんに伝えてくれないかな? 父さん達の説教を聴くのはもう少し後になるって、後、人殺しになって、本当にごめんって………」
其処まで聴いた瞬間、私はなぜシンが途中で行動を止め、一歩ずつ離れていったのか、その理由の全てを理解した。
彼は自分の手が、いや、きっと全身が今まで『軍人として殺していった』人達の返り血で血塗れになっていると感じているのだろう。
あのアニメを見ていた時はそんな素振りは見せなかったが、アレは『自分が軍人』という拠り所があったから表面にでてきてないに過ぎなかったのかもしれない。
だからなのだろう、彼にとって『平穏で幸せだった過去』の象徴でもある自分の最愛の妹からわざと距離を取ろうとしたのは。
そう、『自分にこびりついている返り血』で、『自分が大切に思っている人』が汚れてしまうのを嫌い、わざと離れたのだろう。
……それを理解した瞬間、私は自分が彼の表面しか結局見れてなかった事に気付いた、神奈子は彼のこの深層さえも理解していたのだろうか。
彼は、亡くなった家族の思いを切り捨ててなんていなかった、寧ろ全部背負い、その思いから相反すると理解しながらも自分の進むべき道を決めて歩いていた。
どれだけ辛かっただろうか、どれだけ心の奥底で泣き叫んでいたのだろうか、自分で背負った思いで自分に呪縛をかけながらも歩み続ける彼は、なんと強い存在か。
其処まで感じた瞬間、私は何故かシンに自分から抱きついていた、そして、知らず口が動いていた、まるで本当にマユ=アスカの魂が憑依したかのように…
「大丈夫だよお兄ちゃん、お父さんもお母さんも怒ってないよ、それに、お兄ちゃんは汚れてなんかないから、私達は、ずっと、家族だよ」
何故そんな言葉が出たのかは今振り返っても理解できなかった、もしかしたら本当にマユ=アスカが一時的に私に憑依したのかも知れない、兄に言葉を伝える為に。
「マユ…… 父さん…… かあ…さんっ…… う、ウワァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
その言葉を聞いた後、シンはゆっくりと手を回し、優しく抱きつくとそのまま、全ての悲しみを洗い流すかのように涙を流し、大声を上げて泣き出した。
そして、どれだけの時間が過ぎたのだろうか、シンは泣きつかれたのか何時の間にか眠っており、とても安らいだ無邪気な寝顔を見せていた。
その時が、私が思いを自覚した始めた時だった、そう、私はこの少年に急速に惹かれ始めていると、これ程脆く、そして強い少年に愛されたいと思い始めた時だったのだ。
その後の事は、あまり詳しく思い出す必要もないだろう、単に私と神奈子でシンにもう一度『護る為の刃』を与える為の儀式を行っただけだし。
ただ、その時の神奈子の提案で彼は守矢神社の地霊殿分社の神主代行となり、度々こっちに顔を出す事になった、その時私を見ながらにやついていたのはよく覚えている。
「おはようございます神奈子さん、諏訪子さん」
「あ~う~、私は諏訪子でいいっていってるでしょ?」
それからと言うもの、シンが神社に来るたびにこのやり取りをするのが定例になりつつある、そのたびに神奈子が私を生暖かい目で見ているのももう定例だ。
シンは意外にも義理堅い性格だったらしくてデスティニーを復活させた私を『恩人』としてみているのかどうしても今ひとつ気安く接してくれないのが寂しい所。
この小柄な体を活かしてシンに必死にアプローチしても、シンからすれば妹がじゃれ付いているような物なのだろう、こういう時は神奈子のあのスタイルが妬ましい。
それに、どうもシンを狙っている相手は多いようだ、私が見たところの一番の強敵は古明地姉妹だろう、彼女達がそれぞれ持つ物はシンを強く惹きつける可能性が高い。
姉のさとりの持つ包容力と儚さ、そして妹のこいしの持つ無邪気さとシンへの信頼の強さは、この恋愛戦争においては非常に強力な武器なのだから。
ただ、唯一幸いなのはまだ、今のシンは『異性関係』を持とうと言う思いが強くないので充分挽回の余地があるということだろう。
不利な戦は神奈子の付き合いで何度も経験している、それに之でも子供を生み、育てた事だってあるのだから、経験と言う面では私ほど有利な存在も多くはないはず。
神奈子に諏訪の国を奪われてからこれほどまでに一つの存在を欲しいと思ったのはなかった、だからこそ、絶対にこの戦いに負けるわけには行かないのだ。
「ち、ちょっと諏訪子さん、危ないって!!」
「あ~う~!! もう今日こそ許さないわよ、諏訪子って呼び捨てにするまで肩車の刑!!」
今はまだ、こんな関係で良い、ただ、何時の日か絶対に彼の隣に伴侶として立つ、それが土着神の頂点であるこの洩矢諏訪子の今の最大の望み。
シン、覚悟しててよね、絶対に逃がしはしないわよ、神に恋させた貴方が悪いんだからね♪
最終更新:2009年04月28日 09:11