Ⅱ.
――――その日は、なんら変わりない日常が続いていた。
朝は妹が起こしに来て、ハルヒは俺の後ろで背後霊、そんで谷口はアホで国木田は毒舌だった。
そう、だから俺はわからなかったのだ。
放課後になるまで、あの軽さも、ノイズの意味も、なにひとつ。
放課後になって、思い知らされた。
ドアを開ける。
そこにはいつもの顔。
ハルヒは団長席にふんぞりかえり、朝比奈さんは専属メイドとして甲斐甲斐しくお茶を汲み、長門は黙々と本を読む。
俺はまだ気づかなかった。
「おっそい!いつまで掃除してんの?」
「今週は校舎愛護デーだからそれに従っているまでだ」
ハルヒの文句が飛んでくるのをひょいと交わす。
部室を見回す。
ボードゲーム、スマイル、ウザイ口調。
なにかが、欠けている。
そして何気なく――――、口にする。
「古泉はまだか?」
一瞬、沈黙が落ちた。
虚を突かれたようにハルヒは目を丸くする。朝比奈さんはハテナマークを頭に浮かべ、可愛らしく首を傾げ、長門は――――、俺を見ている。その顔に、表情はない。通常の動作。そして何事もないかのように、視線を逸らして指がページを捲る。
「は?」
ハルヒは間の抜けた声を発する。デジャヴ。
――――『知らない』
「あんた、なに言ってんのよ」
――――『涼宮ハルヒ?それ誰?』
「キョンくん…こいずみさんって、誰ですかぁ?」
――――『悪い夢でも見てたんじゃないの?』
マジかよ。あの忌々しい記憶が再現されるのか?しかも古泉バージョンで?
冗談じゃない、朝比奈さんならともかくあいつなんていなくてもいいからこのままでもいいや。
…というわけには、流石にいかないんだろうな。
いやもしかしたら皆で盛大に俺をだまそうとしているのかもしれん。見たところ長門はいつもどおりだし、えーと今日は何日だ?エイプリルフールにはまだ早いぜ。
「…おいハルヒ、ふざけるなよ。古泉だよ、古泉一樹。あのいけすかないニヤケ野郎だ」
「はぁ?ニヤケ野郎?ってことはそいつ男なわけ。残念、我がSOS団に野郎はアンタ一人」
ハルヒは呆れ顔、朝比奈さんは不思議そうに首を傾げるばかり。
…マジかよ。
ハルヒや長門はともかく朝比奈さんが顔に出ないなんて事はまずない。
と、すれば――――、
長門が、音もなく立ち上がる。
すうっ、と滑るように俺の近くに寄ってくると、
「寝惚け」
ハルヒと朝比奈さんに短く告げる。安堵した。こいつは――――、やはり、長門だ。
「なぁんだ、そうなの?キョンあんた掃除さぼって寝てたわけ。あたしやみくるちゃんは騙せても、有希の目は誤魔化せなかったわね」
「目を、覚まさせてくる」
「ん、よろしくね有希」
「キョンくん、しゃっきりして帰って来てくださいね」
もちろんですとも――――、
長門が立ち止まったのは屋外、しかも、裏庭だった。
本日は晴天でまことに気持ちがいい。
が、また面倒なことが起こる予感でいっぱいの俺は浮かない顔して長門と向き合っていた。
「それで?なんで古泉はいなくなってんだ。そんでどこに居るんだ」
「まって」
いきなり答えを求めようとする俺を長門が制す。
「一から話す」
ん。
「まず、ふたりを含める人間の記憶の改竄は私が行った。古泉一樹の不在による問題を避けたかった」
それはわかる。
「機関とよばれるものの一部と、情報統合思念体は一時ではあるが手を組んだ。よって私が情報を操作した」
うん。
「涼宮ハルヒの力が行使されるのを恐れた。目的はある意味で同じ、だから手を組んだ」
…。
「涼宮ハルヒは」
「なあ、長門」
ガラス玉で出来たみたいな、長門の目が俺を映す。
「古泉はどうしていなくなった」
動揺のさざ波立たない表情。
嫌な汗が、背筋を伝った。
最終更新:2007年03月16日 13:25