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ステイル・マグヌス  >  5:55:24

ステイル・マグヌス / 5:55:24


 ステイルの周囲に『屍人』達が群がる。
 中には雄叫びをあげ周囲の注意を引く者や、遠くの仲間に合図のようなものを出す者さえいる。
 寄って集って、ステイルの顔を、身体を、殴り、締め上げていく。

ステイル「ぐ…っ!! 邪魔だと言ってるだろうがっ!」

 ステイルは傍目から見ても分かるほど、怒っていた。
 端的に言うと、キレている。

 そうしている間に、『歩く教会』のフードを持った少年は、視界の外へと歩いていく。
 追いかける事も、目で追う事も、出来ない。

ステイル「――――!!」


 だから、ステイルは。



        終了条件2:『屍人』の殲滅



 『操られた』人間なら、元に戻る。
 けれど『変わってしまった』人間は、元には戻らない。

 まして、死んでいる人間が、元に戻る筈が無い。

 元々、気にかける必要など無かったのだ、とステイルは気がついた。
 何を心配していたのか。はたまた、忘れていたのか。

 自分が、何の為に魔術を身につけたのかという事を。

ステイル「――――Fortis931(我が名が最強である理由をここに証明する)」

 静かに、名を告げる。
 魔法名。魔術を使う際に名乗る、魔術師の名。

ステイル「Kenaz(炎よ)」

 呟く。
 同時に、ステイルの右手から、橙色の軌跡が噴き出した。
 炎に形作られた剣が、その右手に現れる。

ステイル「PurisazNaupizGebo(巨人に苦痛の贈り物を)」

 その炎の剣を、群がる『屍人』に、容赦なく叩き付けた。
 逃げる間もなく、炎剣の着地点近くの屍人達は全て灰になった。

 更に続けて、炎剣を振るう。
 学ランを着た屍人が、炭になって崩れ落ちる。
 セーラー服の屍人が、下半身だけ残して蒸発する。
 スーツ姿の屍人が、灰と土に還っていく。

ステイル「――――邪魔だ。退け」

 更に、身体の周囲をぐるりと一振り。
 ステイルを囲んでいた屍人達は、残らず消え去った。

 ステイルは、炎剣を持つ手を握り締める。
 分かっていた事だ。
 しかし、幻想殺しの少年に出会ってからは、忘れていたのかもしれない。

 インデックスを守る為に、ステイル・マグヌスは人を殺す。

 他人を殺せる人間が、死体を灰にすることに、何の躊躇いがあるというのか。

―――ォォォォォ―――


ステイル「っ!?」

 突然の頭痛。サイレンのような音。

ステイル(なんっ、だ!? これは……っ!?) 

 ステイルの脳裏に、奇妙な映像が流れる。
 映像。
 というより。
 視界。


―――ォォオォオオオオオオォォォォ―――

ステイル「が、アアアア―――ッ!?」

 更に頭痛が激しくなる。
 しかし、頭痛が激しくなるにつれて、頭の中の映像はクリアになっていく。

ステイル(これは……何だ? 誰かの、他の誰かの、視界?)

 歩いている。
 ゆっくりと、歩いている。
 息遣いも聞こえる。体の揺れも感じる。全て分かる。

 ゆっくりと、歩いていて、

 ステイルの背中を、見ている。

ステイル「!!!?」

 振り返る。
 背後に迫っていた学ランの屍人を、炎剣で焼き尽くす。
 同時に、頭の中の映像は途絶えた。

ステイル(何だ、これは……!)

 が、すぐに、また別の映像が頭の中に飛び込んでくる。
 映像の中に、ステイルの姿が見える。
 ステイルの右斜め後方、約20メートル離れた場所からの『視界』。

ステイル(何なんだ、これは!!)

 ステイルは疑問と頭痛を押し堪えて、『視界』の主へ炎剣を振るう。
 蒸発する肉塊。同時に消える『視界』と、新たに浮かび上がる『視界』。
 次から次へと脳裏に浮かぶ『視界』の主を、次々と炎剣によって消し去っていく。


 何分の間、そうして、浮かんでくる視界を掻き消していただろうか。


―――ォォォォォォォ―――

 サイレンの音が、次第に弱まってくる。
 同時に、頭が引き裂けるかと思うほどに高まっていた頭痛が、段々と和らいでいく。

 無我夢中に炎剣を振り回していたステイルが、ふと気がつくと、周囲にはもう屍人はいなかった。
 ただ、もぞもぞと動く肉塊のようなモノや、肉の残骸である炭と灰だけが、細い雨に濡れて、しっとりと地面に靡いていた。

ステイル「――――」

 ステイルが口の中で何かをボソボソ呟くと、手の中の炎剣は呆気なく消え去った。

フードを持った少年も、見失った。

 あの『視界』も、もう視えない。
 だが。

 ステイルは、静かに目を瞑る。


――――息遣い。靴の音。

――――呻き声。突き出した自分の右手。白いフード。

――――目の前の人影。ツンツン髪の少年。


 ステイルは、ゆっくりと目を開けた。

ステイル「……『超能力』、って感じじゃなさそうだね。
      全く、つまらない事にやってきやがった……」

 そして、走り出す。
 誰かの『視界』を盗み視る、というチカラ。
 これは果たして何なのか、ステイルには分からない。

 けれど、ひとまず、そして何よりも、ステイル・マグヌスは、インデックスのことを考えた。

 たった今視えた『視界』が、現在、あの『歩く教会』を持っていた少年が視ている『視界』ならば。
 ステイルの向かう先は、決まっている。


        終了条件2達成(ミッションコンプリート)


ステイル=マグヌス / 12:38:41 / 第七学区



ステイル「結局、妙な『首』だけで、インデックスの手がかりは無し。振り出しに戻ったか……」

 激しく路面を叩きつける『赤い雨』の中で、ステイル=マグヌスは呟いた。
 口に咥えられた煙草は、激しい雨にも関わらず、火が点いて僅かな煙を吐き出している。

ステイル(雨避けの呪いがあるとは言え、あまり悠長に構えていられる状況でもない。
      今になって思えば、あの『幻視』も、既に何らかの影響を受けてしまった結果だろう)

 ステイルは、現在の状況を今一度鑑みる。

 異変。学園都市に起きた異変。
 赤い雨が街を覆い、赤い水に侵された人間達が異形へ変わる。
 神裂火織。土御門元春。上条当麻。禁書目録。学園都市外の仲間達。未だに、誰とも連絡は取れていない。

 今、自分が為すべき事を考える。
 異形達を根こそぎ焼き払う事か。
 異形に襲われる人々を救い出す事か。
 或いは、その異形達こそを、異形と化してしまった人間達を、救う事か。

 どれも、違う。
 今、何よりも優先すべき事は、他にある。

 ステイル=マグヌスが、赤い魔術師が、他の何に代えても守り通すと誓った、一人の少女。
 禁書目録(インデックス)という名前を押し付けられた、銀髪の聖女。
 他の全ての人間達を見捨てても、他の全ての異形達を燃やし尽くしても、彼女だけは、絶対に救い出す。
 それだけが、ステイル=マグヌスの全てなのだから。

ステイル「……休憩は、終わりだ。行くとしよう」

 ひとりごちて、ステイルは歩き出す。
 行く当ては無い。しかし、行かなければならない。
 犬も歩けば棒に当たる。歩かなければ、何も始まらない。


 分厚い雲に覆われた空。
 降り注ぐ、赤い雨。


 どこかで、見た事のある風景だ。
 何度か、見た事のある風景だ。

 ひとまずは、第七学区。
 禁書目録が住んでいたこの区域を、歩いて探す。

屍人「ぐォァん!?」

 もちろん、そこは閑静で平穏な住宅街などではない。
 人が歩けば異形に当たる、敵だらけの街中だ。

 その中を、ステイルは颯爽と歩いていく。
 誰に見られることも厭わず、コートをなびかせ、大通りを凱旋するように歩いていく。

 いくら雨が降り続いているとは言っても、全身真紅の衣装尽くめで身長二メートル超の大男が歩いていて、気付かない者はいない。
 街に蠢く大勢の屍人達も、当然のように、ステイルの姿を見つけていた。

 そして、ステイルと違い、全身を赤い雨に晒してずぶ濡れの屍人達は、ただひたすら『敵』へと飛びつくように、襲いかかる。

ステイル「炎よ(Kenaz)」

 しかし、屍人達の身体がステイルのコートを濡らす前に、その赤い水滴ごと、彼らの身体は蒸発した。
 一瞬で、文字通り、消えて失くなった。

ステイル「灰は、灰へ(A T A)」

 簡単な事。ステイルの両手から噴き出した炎が、屍人達を燃やし尽くしただけだった。
 降り頻る雨をも物ともせず、びしょびしょに濡れていた屍人の身体を、一瞬で。

 燃え落ち、灰になった屍人の残骸を横目に見ながら、ステイルは歩みを止めない。
 灰は雨に冷やされ、路面に溜まった水の上を流されていく。

 かつて人間だったはずのモノは、いとも呆気なくこの世界から消えてなくなった。
 そう、これは人間『だった』モノ。人間では、ない。
 屍人となった人間達に、元に戻る術は無い。人としての魂は、既に失われているのだから。
 ステイルにできる事は、その魂の抜け殻を、灰に、土に、還してやることだけだ。

ステイル(……それでも、後味の良いモノじゃあ、ない)

 舌打ちと共に、短くなった煙草を吐き捨てるステイル。
 普段は喫煙マナーにも気をかけ、吸殻のポイ捨てなどするはずもないグッドスモーカーのステイルだったが、今や気にする必要もない。

ステイル(しかし、こうして炎を上げて騒ぎを起こせば、誰か、生き延びている人間を見つけることができるかもしれない)

 そう考えている間にも、また新手の屍人が現れ、ステイルに襲いかかってくる。
 その中には、銃器を携えた警備員(アンチスキル)や、鈍器を持った不良風の少年なども見受けられる。
 それぞれ人間に個性があるように、屍人もまた、十人十色なのだった。

ステイル「塵は、塵へ(D T D)」

 遠距離の銃撃を矢避けのルーンの力でいなし、近付いた屍人を片っ端から消し炭に変えていく。
 中には超能力を使う屍人もいたようだが、能力がステイルへ届く前に、その屍人は塵へと還される。
 ルーンの魔術師ステイル=マグヌスにとっては、ただ頑丈なだけの人間大の化物など、到底、脅威には成りえない。

 脅威には成りえない、とステイル自身は、思っていた。


 ステイルは、未だ知らなかった。気付かなかった。
 この化物達が、後に神裂によって屍人と呼ばれるこの異形達が、如何なる存在なのか。
 魔術の炎によって、それを知る暇も無く、全て焼き尽くしていた。

 それは、知恵の実を棄て、常世へ足を踏み入れた存在である。
 それは、稗え田ノ木の実(ヒエダノキノミ)を食み、永世に住まう事を許された存在である。

 人を棄てて、神へと近付く前段階。
 堕ちた神の呪いを受けた、神の『成り損ない』。

 臓腑を抉り出しても、首を落としても、頭を潰しても、死なない。
 数分もすれば、潰れた部位は再生し、切られた部位は結合する。
 全身を粉々に砕くか、焼き尽くして灰にするより他に、屍人を滅する事はできない。

 だからステイルは、知らなかった。知ることができなかった。
 屍人の恐ろしさを。この赤い世界の、本当の絶望を。

 たった今、この瞬間までは。

 まず初めに、何よりも、ステイルは己の目を疑った。
 この目に見える物が、現実の物かどうか。

 次に、己の意識を疑った。
 この目を見せる脳が、正気を保っているのかどうか。

 そして、次から次へと、己の全てを疑い、やがて疑うモノが無くなった後で、ようやくステイルは現実を受け入れた。
 受け入れることができた。


ステイル「――――」


 ステイルの目の前に、二匹の屍人が、立っていた。


 赤い雨は、降り続く。
 ステイルには、雨避けの魔術が働いている。
 けれど、ステイルの全身は凍え切っていた。
 粘つくような冷や汗の所為か、或いはステイルの内に生まれた激情の所為か。

ステイル「――――そう、か。
      は、はは、は、っ。
      そうだな、当然だ。この学園都市の人間が、化物に変わっているのなら――――」

 生存者を呼び寄せようと唸りを上げていたステイルの炎は、想定外の者を呼び寄せた。
 化物達をも呼び寄せることになるのは、分かっていた。
 けれど、ステイルの考える『化物』には、少なくとも、目の前の二人は、想定されていなかった。

 変わり切った姿の『彼女達』など、決して、想定されていなかったのだ。

ステイル「――――こういう事態も、覚悟しておくべきだったのか、僕は」

 諦めるように、達観するように呟いたステイルの顔は、青白く冷めきっていた。

 赤い雨の中で、ステイルは、その二人と向き合った。
 よく顔馴染んだ彼女達と、向き合った。


 子供のような体躯の女教師と。

 巫女服に身を包んだ黒髪の美少女と。

        終了条件2: 『月詠小萌』 と 『姫神秋沙』 を倒す

 ぎちぎち。ぎちぎち。
 握られた拳の軋む音。
 がちがち。がちがち。
 噛み締められた歯の揺れる音。

 ステイルは、今になってようやく、恐怖を覚えた。

 この世界の惨劇に。己が立ち置かれた、この絶望に。

 ぺちゃん。

 水溜りを踏んで、『彼女』が近付いてくる。
 腰まで伸びた長い黒髪。能面のように貼りつけられた無表情。
 かつて、ステイルが己の手で救いあげた少女。二度の危機を二度とも救った、救う事ができた少女。

 顔から流れる、真っ赤な血。全身を濡らす赤い水。
 『彼女』――――姫神秋沙は、何も言わず、ステイルへ歩み寄る。

ステイル「――――っ」

 ステイルの身体は、動かない。
 腕も、脚も、眼も、喉も、動かさなければならないはずなのに、ピクリとも動かない。
 動かすことが、できない。

 ――――もう、元には戻らない。

ステイル「そんな、はずが、ない」

 ようやく、喉が動いた。
 たった一言、囁くような独り言。

 ――――既に、人としての魂は失われているのだから。

ステイル「そんなはずが、ない……!」

 己の内から浮かんでくる声を、掻き消す。振り払う。
 凍りついていた眼もようやく動き、歩み寄ってくる姫神の全身をはっきり捉えた。

 ――――化物になった以上、何もできない。

ステイル「元に戻らないはずがない……!」

 姫神の右手に握られた、小型の警棒。
 あれは確か、護身用の電流発生機能が付いている警棒だったはずだ。

 姫神は、歩みを止めない。
 もう既にそこは、ステイルから1メートルとも、離れていなかった。

 ――――できるのは、灰に、土に、還してやることだけだ。

ステイル「…………ッッ!!!」

 姫神の右手が、大きく振りかぶられた。

 ステイルの腕は、脚は、まだ動かない。


 ――――ああ、結局、また救えないのか。


ステイル「ガ、アアアアアアアアアッッ!!!?」

 ステイルの全身を見舞う高圧電流。
 護身用で殺傷力は無いとは言え、これも学園都市製の強力な武器である。

 ましてステイルは、魔術以外の身体能力は、戦闘員としては下の下。
 一般的な高校生にですら劣る程度の強度しかない。
 いくら殺傷力が無くとも、高威力の直接攻撃を受けるだけで、戦闘不能に陥る可能性もある。


 地面に転がり、薄れる意識の中で、ステイルは悔んでいた。

 畢竟、『そうする』より他に手は無いことは分かっている。心の底では、分かっている。
 逃げる、という選択肢は、たった今潰えた。
 これだけの電流を身に受けた状態で走っても、たかが知れている。決して、逃げきれない。

 けれど、悔む。
 自分が生き残る為に、彼女達を殺す。
 否、彼女達のカタチをしたモノを、壊す。

 ――――また、救えなかった。

 思い出すのは、彼女のこと。
 生き延びる為に、延々と傷付いてきた、彼女。
 命を得る為に、記憶を失っていた、彼女。

 そして、彼女の命を救い続ける為に、彼女の心を殺し続けてきた、自分。

 結局、自分はあの時から何も変わっていないのだ、とステイルは思い知った。

 主人公(ヒーロー)になって悪の根源を打ち倒す事も、
 誰もが望んで誰もが幸せになるハッピーエンドを演出する事も、
 ――――たった一人の女の子を笑わせる事さえも、ステイルには、できない。

姫神「……」

 姫神は、芋虫のように赤い水溜りに倒れ伏すステイルに、更に二の太刀を振るう。

ステイル「ア、ガアアアアアアアアアッッ!!!!!」

 喉から悲痛な音を絞り出して、ステイルの意識は更に暗く沈んでいく。


 だったら、仕方ない。

 変わっていないんなら、変わっていないだけの仕事をするまでじゃないか。

 今までと同じように。
 一人の為に百人を殺して、一人の為に千人を殺して、一人の為に、自分を殺す。

 ただ一人、禁書目録(インデックス)が生きていて、笑ってくれるのなら、ステイル=マグヌスは、神にさえも牙を剥く。


 ステイルの拳が地面を叩く。
 流れていく赤い水が、パシャリと跳ね上がった。

ステイル「Requiem aeternam dona eis Domine(主よ、永遠の安息を与えたまえ)」

 闇に沈みかけた意識を力ずくで引き摺り上げ、繋ぎ止める。
 歯を食いしばり、眼を見開き、全身に力を込めて、ステイルは少しずつ体を起こしていく。

ステイル「Et lux perpetua luceat eis(絶えざる光で照らしたまえ)」

 姫神は、その姿を見て、何も言わず、右手の警棒を振りかぶる。


ステイル「――――Kyrie, eleison(主よ、憐みを)」

 それが、詠唱の終端だったのか。

 姫神の足元から、突如、爆炎の柱が立ち昇った。

 火柱は姫神を包み込み、燃え盛る。

姫神「ギ、ィィィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
    アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
    アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
    アアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!」

 それは、地獄の底から響くような、断末魔だった。
 炎は赤い水を苦も無く蒸発させ、姫神の肉を、骨を、蝕むように焼き尽くしていく。

 焼ける肉と骨の匂いと、その凄惨な悲鳴が、ステイルの脳髄を揺さぶる。

ステイル「Christe, eleison(聖なる子よ、憐みを)……ッ!」

 そして、ステイルが新たな言葉を発したかと思うと、炎は幻のように消え去った。

 火柱の消えた跡には、姫神の屍体が転がっていた。
 下から包む込むような火柱の形状のせいか、両手と両足が根元から消失している。
 全身は黒く焼け焦げ、黒い肉達磨のような有様だった。


 だが。

 それでもなお、姫神は。

 動いていた。


ステイル「――――っ」


 もぞもぞ。

 もぞもぞ。


 黒い、ゴミのような肉塊になっても、動いていた。
 おぞましく、蠢いていた。

 ステイルは、目を背ける。
 見てはいけない。見てはいけない。
 見ていれば、多分ステイルは、ステイルの心は、折れてしまう。

 あの姫神秋沙の、この姿を、あと数秒でも見続ければ、ステイルの自我は、音を立てて瓦解する。

 それが分かっていたからこそ、ステイルは、目を背ける。
 こんなところで、立ち止っているわけにはいかないのだから。

 そして何より、『敵』は、まだ一人、残っているのだから。


 銃声。

ステイル「!!」

 驚きこそするが、ステイルは慌てない。
 放たれた銃弾は、ステイルのルーン防壁によって軌道を反らされ、見当違いの方向へと飛んで行った。

 銃撃の主は、言わずもがな。

 子供のような体躯の、ヘビースモーカー。
 上条当麻の担任教師。どこか禁書目録に似た雰囲気の女性。
 そして、その禁書目録の命の恩人でもあり、無類の友人でもある、彼女。

 月詠小萌。

 彼女もまた、ステイルとは浅はかならぬ縁がある。
 でも、それももう、どうでもいい話なのだろう。


 小萌の手に握られた拳銃から、次の銃弾が放たれる。

 だが、それも無意味。
 ステイルに施された矢避けのルーンは、あらゆる実弾遠距離攻撃を無効化する魔術だ。
 いくら初速が音速を超える銃弾とは言え、完全自動制御の防壁には打ち勝てない。

 ステイルは、近付いていく。
 ゆったりとした足取り。軽くはない。まるで足に鉄塊の枷を嵌めているかのように、ずしりと重い。
 一歩、また一歩、地面に足がめりこんでしまうのではないかと錯覚しながら、ステイルは歩く。

 先ほどの電流によるダメージか、或いは。

 その間にも放たれる銃弾。
 一発、二発、三発、四発。
 全てが軌道を反らされ、ステイルには届かない。

 やがて、小萌の銃弾が底を尽いた。
 カチ、カチ、という空動作の音は、けれど雨音に紛れてステイルには聞こえない。
 ステイルは、ゆっくりと、小萌に近付いていく。

 そして、小萌は――――

ステイル「!?」

 銃を投げ捨てて、ステイルの脇を、全力で走り抜けた。

 驚いたのはステイルだけだ。
 流石に小学生並の体躯しかない女性に腕力で負けるはずもない。
 故に、飛びかかってきたところで、武器にさえ注意を払えば容易に倒せる、と考えていた。
 何より、ステイルも一流の戦闘員だ。『殺気』を持って襲ってくる相手ならば、頭は鈍っても身体が反応する。

 だが、小萌の取った行動は、逃走。『殺気』など生じ得るはずがない。
 そして、重い足取りと疲弊した精神が、一瞬、小萌の逃走に対しての反応を鈍らせた。

 ステイルは慌てて振り向き、小萌の後を追おうとする。

 だが、その必要は無かった。
 小萌は、ステイルのすぐ傍で、座り込んでいた。


 正確には、姫神の屍体の傍らに、座り込んでいた。


ステイル「――――」

 それを見て、ステイルは、何を思ったのか。

 そして。

小萌「……ゃん」

 小萌の口から、血塗れの小萌の口から、ぼそぼそと零れる、その言葉を。

小萌「ひメがみ、チゃん」

 その言葉を聞いて、一体、何を思ったのか。
 何を、思わされたのか。

小萌「あ、ぅ、め、ガミ、ちゃん、ひめがみ、ちゃん、ひめがみちゃん、ひめがみちゃんひめがみちゃんひめがみちゃん……」

 まるでそのまま、愛しい生徒に対してかける言葉のように。
 化物になった小萌は、肉塊になった姫神に、縋りつくように。


ステイル「――――や、めろ」


小萌「う、うう、うっ、うううあ、ひめがみちゃん、うあ、うぅ、ぁぅ、あ、あ、あ、う」

 ステイルには、目から流れ出る赤い水が、涙のように見えて。

 それが、ステイルの限界を、ぷつりと振り切らせた。


ステイル「やめおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ――――――ッッッッ!!!!!」


 懐から取り出したルーンのカード。
 『Kenaz(炎)』が記されたそのカードを、小萌に向けて投げつけた。

 カードは瞬く間に巨大な火の玉となり、小萌の身体へと激突する。

小萌「イイイイイイアアアアアアアアアアアァァァァァァァァアアアアアッッ!!!!!!!!!」

 小萌は、文字通り、化物のような声を上げて、焼き炙られる。

 またも、肉が焼ける匂いと、阿鼻叫喚の絶叫。
 それれが、ステイルの頭蓋に、刻みつけられた。

小萌「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!!」

 時間にしてはほんの数秒。
 けれどステイルの頭には、まるで何時間も聴き続けたかのように、その叫びが反芻していた。

 やがて、炎が消える。
 小萌の身体は、全身がほぼ均等に、黒く焦げ付いていた。
 身体の欠損こそないが、通常の人間、通常の生物ならば、確実に起き上がってはこれない、致命傷だ。

ステイル「……おい、やめろ、やめろよ」

 だが屍人は、屍人なら、そんなことは関係ない。

 小萌の身体が、動き始める。
 全身くまなく大火傷を負っても、ショック死してもおかしくないほどの重傷でも。
 小萌は、動いていた。

 それは。


小萌「――――ひ、めがみ、チャ、ん」


 それは、ただ、教師が、生徒に向ける、愛情の一念で。

 月詠小萌は、屍人になっても、教師だった。
 屍人になっても、屍人の生徒を、愛し続けていた。

 ただ、それだけのことだった。


 けれど、その事実が。その現実が。

 ステイル=マグヌスの心を、ズタズタに引き裂いた。


ステイル「ああああああああああああああああああアアアアアアアアアアああああああああああああアアアアアッッッッッ!!!!!!」


 もう一度、ルーンカードを取り出して。
 バラバラと取りこぼしながら、みっともなく全身を震わせながら、一枚、カードを取り出して。
 右手に持ち、そして、術式を発動させる。

 巨大な炎の剣が、ステイルの右手に現れる。
 摂氏およそ2000℃。さきほどまでの炎とは違う、焼く、のではなく、蒸発させる、炎。

 その炎剣を、ステイルは、躊躇うことなく、小萌の頭部に、振り下ろした。


 じゅっ。


 そんな呆気ない音で。
 小萌の頭は、消えた。

ステイル「――――ア」


 ステイルは、言葉も出せず。

 己のした行動に、何も言わず。

 その場から、駆け出した。
 身体のダメージも、気にせずに、ただ全力で、逃げ出した。


 その場に残されたのは、頭の無い小萌の屍体と、黒い肉塊になった姫神の屍体。 


ステイル「う、が、げ、ぐぇぇぇぇぇえええっ!!!」


 走りながら、吐いた。
 胃がひっくり返ったかと思えるほど、根こそぎぶちまけた。
 吐いて、吐いて、走って、走った。

 コートを汚した吐瀉物は、赤い雨に洗われて、流れていく。


 闇に覆われた、異形の街。
 空からは、赤い雨。

 この世界はきっと、絶望に満ちている。




        終了条件2達成(ミッションコンプリート)


        アーカイブ:『稗え田ノ木の実』
最終更新:2010年11月07日 04:26
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