神裂 火織 / 10:13:33 / 第二学区
滝のように降り頻る豪雨の中。
神裂火織は、刀を振るっていた。
次々と襲いかかる『警備員(アンチスキル)』と学生達を、刀の峰で昏倒させていく。
狙うのは急所。手加減こそしているものの、神裂の手に込められる力は次第に強まっていた。
身の丈以上の長さがある七天七刀も、もう鞘に納められてはいない。
抜き身のまま、妖しく輝く刀身を晒している。
神裂「~~~ッッ!!」
神裂は、歯を食いしばり、ただひたすら『屍人』を薙ぎ払う。
薙いでも薙いでも、払っても払っても、倒しても倒しても、屍人達は、光に集る蟲のように、神裂へと襲いかかる。
神裂が刀を振るうそのすぐ傍に、五和の体が横たえられていた。
ピクリとも動かず、目は閉じられている。
そして、その額には、大きな銃痕が――――
神裂「アアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」
神裂が一際狂ったかのように叫び、刀を握っていない左手を大きく振りかぶった。
すると、周囲のアスファルトの地面が音を立てて罅割れ、破砕し、屍人達はその破片を受けてたじろいだ。
『七閃』と名付けられた、神裂の戦闘技術。
周囲に張り巡らせた極細の鉄糸を操るものだ。
殺傷能力は高い。それ故に、神裂は今まで使用を控えていたのだが、その余裕も、今はない。
倒しても、立ち上がってくる。
倒しただけでは、安心出来ない。
五和が撃たれた時のように――――
神裂の表情が歪む。
先刻、倒れた五和へ追い撃ちの銃弾を浴びせたのは、他でもなく、『神裂が最初に倒した警備員』だった。
既に倒していたから、地に伏せていたから、油断していた。
もう起き上がっては来れないと、タカをくくっていた。
その油断が、五和を。
殺した。
神裂「っ!!」
僅かな思考の隙にも、屍人からの攻撃は止まらない。
『七閃』で体勢を崩せたのは、せいぜい周囲5メートルにいた屍人だけだ。
その射程範囲外から、神裂には見えない遠隔攻撃―――『念動力(サイコキネシス)』や『精神感応(テレパシー)』―――が飛び込んでくる。
無論、見えないからと言って攻撃を受けるほど、神裂火織は脆くない。
『念動力』は原理こそ分からないものの、術式を施した刀で防御できるのは確認出来たし、
『精神感応』も、信仰による精神防壁がある神裂には効果が薄い。
それら全てを払い除ける。
五和の体へと向けられた攻撃も含め、全てを。
五和は、動かない。
脳に銃弾を受けているのだから、当然だ。
五和は、動かない
死んでいるのだから、当然だ。
五和は、動かない。
――――まだ、雨除けの呪いが働いているのだから、当然だ。
五和の体を早く動かさなければ、『赤い水』の及ばない場所へ運ばなければならない。
でも、それはどこだ。
建物の中。否、屍人達が押し寄せる。
土の中。否、雨は土に浸透して辿り着く。
結界の中。否、外敵の侵入を許さない結界を張るには、それなりの下地が必要だ。
神裂は焦っていた。同時に、悩んでいた。
けれど、彼女には、そんな時間すら、残されていなかった。
五和の顔が。体が。服が。
いつの間にか、濡れている。
赤い雨に晒されて、赤く濡れている。
体中の傷跡は、いつのまにか無くなっていて、額の銃痕も、半分ほど『埋まって』いた。
神裂がそれに気付いた時には、もう遅く。
五和は、ゆっくりと、起き上がった。
いつもの朝を迎えたかのように。
穏やかな表情で。今にも笑い出しそうなほど、穏やかな表情で。
顔から、赤い水を垂らしながら。
起き上がって、神裂を見た。
神裂「――――い、つわ」
五和「プーリえースてぇぇェェェぇぇーす♪」
→2、逃げる
終了条件1:『第二学区』からの脱出
神裂「う、う」
神裂は。
神裂「うううう、うううううううう」
神裂は、堪え切れず、五和から目をそらした。
どうしようもないくらいに、変わってしまった少女。
嬉しそうに歪んだ笑顔からは、狂気と狂喜が滲み出る。
いずれ、元に戻せるかもしれない。
安易な考えで命を奪うことはできない。
そんな理由で、そんな自分本位の思考で、結果、目の前の少女は、こうなってしまった。
薄々分かっていたはずなのに。
認めたくなかった。救いたかったのだ。
――――『屍人』は、恐らく、元に戻らない。
黄泉戸喫(よもつへぐい)。
一度黄泉の住人になった者は、決して現世には還れない。
黄泉還ることは、出来ない。
呪いを解くと言っても、これほどの強力な呪いを、果たして解呪出来る者が、本国にさえ何人もいるかどうか。
こういう事に滅法強い、あの『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の少年も、今回ばかりは、恐らく無力だろう。
あの力が『右手に触れたモノ』だけを打ち消すのなら、屍人の体内を流れる『赤い水』には、触れる事が出来ないのだから。
神裂「うううううううううううううううううう」
だから、『これ』は、自分の責任だ。
神裂は自責する。
救われぬ者に救いの手を。
その名を掲げておきながら。
救われていた筈の少女でさえ、救えていない――――!
五和は、傍に落ちていたフリウリスピアを拾い上げ、戦闘態勢を取る。
切っ先は、当然、神裂の方向へ。
神裂「ううううううああああああああああああああっっっ!!!!!」
その気配を感じて、神裂は、ついに逃げ出した。
屍人となった五和に背を向けて、全力で。
警備員からの銃撃も、学生達の能力も、五和の魔術も、弾き飛ばし、払い除け、幾つかはその身に受けながらも、神裂は逃げた。
聖人の圧倒的な脚力は、群がる屍人をものともせずに、その包囲網を突き破る。
数十秒ともしないうちに、屍人の群れは見えない場所まで遠ざかっていた。
それでも、神裂は逃げ続けた。赤い雨の中を、冷たい汗に濡れながら。
間違っていたのか。それとも正しかったのか。
屍人になった彼らを、彼女らを、それでも救いたいと希望を持った事は。
屍人に止めを刺さず、五和を見殺しにした事は。
間違っていたのか。正しかったのか。
神裂が止めを刺さなかった屍人達は、今は倒れている者も直に起き上がり、他の人間を襲い始めるだろう。
それは、神裂の責任だ。屍人を完全に『殺し切る』事が出来たのに、そうしなかった神裂の責任だ。
屍人を救いたいと言っておきながら、人間を見殺しにする。
今、神裂がしていたのは、つまりそういうことだった。
神裂は、少しの間、考えるのを止めた。
そして、逃げ続ける。
終了条件1達成(ミッションコンプリート)
神裂 火織 / 15:47:39 / 第七学区
神裂は、赤い雨の中を、走っていた。
目的も無く、ただ、走っていた。
誰かを探す為だろうか。分からない。
何かを探す為だろうか。分からない。
逃げていた。何かから、逃げていた。
屍人から。
五和から。
自分から。
あの場所から逃げ出した自分から、逃げていた。
アレから、何体もの屍人を倒して。それでも、結局一体たりとも殺していない。
気が付けば、逃げるように走っていた。
誰にも見つからないように、誰も見つけてしまわないように、走っていた。
けれど、見つけてしまった。出会って、しまった。
知らない内に、第七学区まで来ていたらしい。
第七学区。『彼ら』の住む場所。
神裂「――――あ、あ」
分かっていた。
こうなるかも知れないという可能性を、分かっていた。
でも、何とかしてみせる、と思っていた。
必ず救ってみせる、と思っていた。
神裂「――――つち、みかど」
でもやっぱり、何も出来なくて。
気が付けば、世界は絶望に満たされていた。
どうして、こうなってしまったのか。
私の所為だ。
私の所為だ。私の所為だ。私の所為だ。
救える力があったのに。救わなければいけなかったのに。
逃げていた、自分のせいだ。
土御門「――――にゃあ」
土御門元春は、変わり果てた姿で、立っていた。
目からは赤い水を垂れ流し、全身隈なくボロボロで、立っていた。
化物になって、立っていた。
土御門「ねーぇ、ちーぃん?」
同僚で、仲間だった土御門は。
もう、ヒトでなくなっていた。
私の所為だ。
私の所為だ。私の所為だ。私の所為だ。
私の所為だ。私の所為だ。私の所為だ。私の所為だ。私の所為だ。
何もしなかったから。逃げたから。
五和からも、自分からも。
神裂「ううううううあああああああああああああああッッッッ!!!!!」
神裂は、耐えられない。耐えられなかった。
また、逃げ出した。土御門から、背を向けて、全速力で、逃げた。
土御門には追いつけない速度。魔術での追撃もない。
神裂は逃げる。逃げて、逃げて、逃げ続ける。
一体、いつまで逃げ続ければいいのか。神裂には、分からない。
最終更新:2010年11月07日 04:25