この章では決定主義を放棄するならベルの不等式の成立を阻止できるかについて議論している。
まず、スタップとエバーハードによる見解A、B、Cを用いずにLOC4となづける局所性原理から直接ベルの不等式が出るという論証について議論する。
LOC4とは
LOC4 マクロ的対象の古典的状態は、装置の遠く離れた部分の設定を変えることによって変える事はできない。
という原理であり、マクロな測定対象が遠く遠隔地から操作できることは受け入れがたい。しかし、スタップとエバーハードの論証が成立しているなら、ベルの不等式が破られるならLOC4が破られることになってしまう。そこでこの論証について詳しく見ていくと、局所的反事実的確定性の原理(PLCD)が成り立てばベルの定理が成り立つということがわかる。
PLCD マクロな系に生じうる実験結果は、装置の遠く離れた部分の設定に依存しない確定値を持つ。
よって、彼らの論証はLOC4が成立するならばPLCDが成り立つことを示せば良いこととなる。しかし、これは決定主義の仮定が成立しなければ成り立たない。よって見解Bのような非決定的枠組みのもとでは彼らの論証は成り立たないことがわかる。
以下でその詳細を述べる。
スタップとエバーハードのベルの不等式の解釈
前回でみたベルの不等式の議論では、a,a',b,b'は粒子の所有値であり実験の項位選出によってそのうちの一組(例えば(a,b))が実際に見解Aに従って値をもっているという話だった。
彼らの論証ではこれらの量をマクロなスピンメーターの反応として解釈することによって見解Aを仮定することなく議論を進める。また、前回の議論と同様に実験が相互に排他的であり項位選出で選出された実験以外の組み合わせによる実験の組み合わせについては反事実的にスピンメータの反応が決まる。
さて、実験1、2は遠方の装置Bの設定が異なるだけなので、
調和条件の成立するためにはこのスピンメーターの反応が遠方の設定に依存しないことが示せれば良いだろう。これがPLCDである。これが成立していれば、ランダム性の仮定はひとまずおいておいて調和条件よりベルの不等式が成り立つ。
逆に言えば、ベルの不等式の破れはPLCDの放棄を余儀なくされる。
次にLOC4が成立していればPLCDが成立していれば彼らの論証が成立することになる。
LOC4からPLCDが成り立つためには決定主義の仮定がいることを示すための準備
まずLOC4とPLCDをもう一度書いておく。
LOC4 マクロ的対象の古典的状態は、装置の遠く離れた部分の設定を変えることによって変える事はできない。
PLCD マクロな系に生じうる実験結果は、装置の遠く離れた部分の設定に依存しない確定値を持つ。
決定主義的であるような例を考える。
時計が9時になるという状況は決定主義的である。その1秒前に遠方で私が手を上げるとする。
さて、私が1秒前に手をあげないとしたら、時計は9時に鳴るか。
この反事実的な問いに対して
PLCDによれば遠方での私の手の上げ下げの設定によって実験結果(時計が鳴るという確定値)は変わらないはずなので応えはイエスである。
もし、もし私の手の上げ下げの設定によって時計が鳴ったり鳴らなかったりしているならば、時計の状態が遠方の設定によって変わっているのでLOC4は破れている。
次に非決定主義的であるような状況を考える。
時計の代わりにラジウム原子を置く。ラジウム原子の崩壊は非決定主義的であると仮定する。9時にラジウム原子は崩壊したとする。その1秒前に私は手を上げていたとする。
さて、私が1秒前に手をあげないとしたら、ラジウム原子は9時に崩壊しただろうか。
これは単純な問題ではない。このような反事実的条件を考察するのに可能性世界の方法を用いる。
可能世界の説明
反事実的条件方を示すのに次の記号を用いる。
φ□→ψ
φは「9時1秒前に私は手をあげない」という条件を表し、
ψは「原子が9時に崩壊する」という事象を表す。
可能世界とは、ありうる可能性のそれぞれを一つの世界として表し、それらの諸世界の近さを導入することで世界間の諸問題を分析する方法である。
9時一秒前に私は手をあげて原子が9時に崩壊した世界をWiと書く事にする。
このWiに対して「近さ」が順序づけられた諸世界をjを変数としてWjと書く事にする。
WlがWkよりWiに近いとき、Wl <_i Wk と書く事にする。
可能世界を使うとφ□→ψは次のように分析することができる。
∃Wk[∃Wl((Wl <_i Wk)∧Wl(φ))∧∀Wj((Wj<_i Wk)→(Wj(φ)→Wj(ψ))]
ここで
Wl(φ)とはφが成り立つ世界を意味する。よって~Wi(φ)。
これは図を描いて理解するとわかりやすい。
[f:id:DOISHIGERU:20110501170334j:image]
上記の図でφが成り立ちψがなりたつ射線部分がφ□→ψが成り立つ諸世界である。
つまりWiに「十分近い」ある世界(Wk)より近い諸世界においてφが成立する世界があればψも成立している。
時間的反事実条件法
φとψには時間が本質的な仕方で入り込んでいる。つまり時間的反事実的事象を考えている。
時間的反事実的事象をあつかうための例として次を考える。
「私がある時刻t1にスイッチ・レバーを引くならば、t2に水素爆弾が炸裂するだろう。」
という文章があるとする。
これは先ほどのφにあたるのが
「私がある時刻t1にスイッチレバーを引く」
であり、ψにあたるのが
「時刻t2に水素爆弾が炸裂する」
である。
現実の世界は
「私がある時刻t1にスイッチ・レバーを引かず、t2に水素爆弾が炸裂しない」世界である。
この世界に「十分近い」というとき、どう近いかという判断にt2以降のの水素爆弾が炸裂しないということを含めると、
水素爆弾が炸裂した世界より水素爆弾が炸裂しない世界の方がより現実に近いことになってしまい。
この世界に十分近い世界ではスイッチ・レバーを引いて水素爆弾が炸裂した世界ではなくスイッチ・レバーを引いてもスイッチが動かない世界の方が現実に近くなってしまう。よって、「十分近い」というとき、どう近いかという判断にはt2を含めない部分で判断する必要がある。
今、現実の世界とはφが成立しているということのみ異なり、他は自然法則を含めて同じ世界を考える。この世界をt2の直前まで走らせ、「t2にψは今度も生じるに違いないか」について考えてみる。
ψの出現が本質的に確率的(非決定主義的)であるときにこの現実でない世界においてt2にψが生じる必要はない。もし、必然性があるのであればψの出現は決定主義的となり非決定主義ではなくなってしまう。
以上からラジウム原子が非決定主義的に確率的に崩壊するのであれば、9時1秒前に私が手をあげないときに9時にラジウム原子が崩壊するとは限らないということが結論できる。このことは明らかにLOC4の違反とはならない。単にラジウム原子の崩壊が非決定主義的であることを意味するに過ぎない。
しかし、PLCDについて考えてみる。PLCDはここではラジウム原子の崩壊するか結果がマクロな測定装置で記録されるとして、その値が遠方の設定に依存しない確定値を持つということになる。今のような非決定主義的な状況において結果が確定的であるというのは手をあげるか下げるかに関わりなくラジウム原子は崩壊しているか崩壊しないかのどちらかであるということになるが、そうであるとは限らない。なぜなら、手のあげさげとは無関係でも手をあげたときラジウム原子は崩壊し、手をあげないときラジウム原子が崩壊しなかったということもありうるからである。よってPLCDが成り立っているとはいえない。
よって、決定主義のもとでがLOC4からPLCDは言え、非決定主義のもとではLOC4が成り立ってもPLCDが成り立つとは限らない。
よって、スタップとエバーハートの論証の話に戻ると、確かに決定主義のもとではベルの不等式が破られるという事からLOC4が破られていることから言える。実際、所有値が測定結果を表すマクロな指針に結びついているならば、LOC3の破れによって遠隔からマクロな指針を操作でき、LOC4が破れることがわかる。
しかし、非決定主義(例えば見解B)のもとではLOC4の仮定からPLCDが成り立つとは限らないので、スタップとエバーハードの議論はなりたたないことがわかる。
さらに、前説のベルの不等式の話に戻れば、
調和条件というのは遠くのbの設定を変えたとしてもaの値は変わらないというものであったが、非決定主義的にLOC3が成り立っていて所有値を遠くのbの設定で変える事ができなくても、それはaの値がbの設定とは無関係にランダムに決まっていることに過ぎず、だからといってbの設定が異なっているからといってその時の異なる設定同士でのaが同じとは限らない(PLCDが成りたつとは限らない)。よって非決定主義のもとでは調和条件はLOC3を仮定しても成り立つとは限らない。
よって決定主義をあきらめるならばベルの不等式はなりたたない。←かどうか考え中
最終更新:2011年08月07日 15:37