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フラワーリング・1


それはあまりにも現実離れした出来事だった。
しばらくは思い出すのも嫌で、なるべく考えないようにしていたほどだ。
だけどあれは確かにあったことなんだし、僕にとって大切なこともあの日の記憶には含まれているような気がする。
だから、僕はあの日から半月が経った今、ようやく何が起きたのかを冷静に捉え直してみようと思ったんだ。



きっかけは保健の軽い一言だった。
「せっかくいい天気なんだし、明日の休みはみんなでハイキングでも行かね?」
保健にしたら、休日も女子を交えてワイワイ騒ぎたいってだけだったと思うんだが
天気もいいし退屈をもてあましていた僕らはすぐに保健の提案に飛びついた。
参加者は保健のほか社会、情報、国語、生物、体育、理科、総合、そして数学・・つまり僕だ。
音楽や美術、英語たちは用事があって来れないって言ってた。
英語はなぜか僕を恨めしそうに睨んでもう口癖のようになってる「3cm」を連発していたが
自分が行けないからといって八つ当たりはよくないと思う。




フラワーリング・2


ともあれ、翌日は天気にも恵まれ、僕らは町からバスで30分ほども揺られて、とある山に到着した。
「この時期はあの山に綺麗な花がたくさん咲いてる」という生物のお墨付きだから、みんな行く先に不満はなかった。
春の陽気に自然豊かな山、田舎道。僕らはみなウキウキしていた。
そうさ、学校の中で勉強ばかりしてるなんてバカバカしい。たまにはリフレッシュも必要なのさ。
バスは山の中腹で僕らを降ろし、停留所からは細い山道を歩くことになった。
大して道は険しくないし、途中でチョウチョが飛んでいたり、花が咲いていたりとなかなか飽きない。
10分ほど歩くと狭い山道に右に折れる枝道が現れ、そこをさらに進むと広い野原に出た。
どうやらここがハイキングの定番になっている場所らしい。
生物の言ったことに間違いはなく、色鮮やかな花たちが辺り一面に咲き誇っていた。
特に花に興味のない僕や保健でも感心したくらいだから、女子の喜びようはすごかった。
ちょっと英語も連れてきてやりたかったなという思いが脳裏をかすめたが、
昨日散々「3cm」と言われたことを思い出し、腹が立ったので忘れることにした。


日差しは相変わらず穏やかで、気温もポカポカと暖かく、そよ風が吹いていた。
たまには方程式とか関数とか微分積分とか一切忘れて、自然に浸るのもいいもんだと思う。
いつもうるさい英語もいないし、僕はゆったりと寝ころんで花と土の匂いを楽しんだ。
どれくらい時間が経ったろう?
ふと気づくと、いつの間にか保健と情報と社会はいつものごとく不可解な三角関係の熱戦を繰り広げ、
体育と理科は仲がいいんだか悪いんだかよく分からない罵りあいを続け、
生物はというと草花の観察に夢中になり、国語はこの風景で一句作ると言って頭をひねっていた。
総合は・・あれ?総合は?
辺りを見回しても、総合の姿はどこにもなかった。
総合がどこに行ったのか聞こうと思ったが、みんな自分のことに夢中で僕の話に耳を貸してくれない。
かろうじて国語がいかにも面倒くさそうに「あっちの方」と教えてくれたので、僕はとりあえず探してみることにした。




フラワーリング・3


僕たちがいる野原は林に囲まれていて、周りの様子は分からなかった。
だから国語が指さした方向に向けまっすぐに歩いてみるしかなかった。
林の中は意外と暗く、しかも奥へ進めば進むほど暗くなり、不気味な感じさえ漂っていた。
(まったく・・何で総合はこんなとこ歩いてんだか)
ブツブツと心の中で文句を言いながらも歩き続けると林が切れ、急に視界が広がった。
そこには見渡す限り色とりどりの花が咲き乱れていた。
(すごい・・・何だ、さっきよりずっといい場所があるんじゃないか。生物の知識も大したことないな。それとも、何か隠しておきたい理由でもあるのか・・)
その景色の見事さに感動しつつ周囲をキョロキョロと見渡すと、白のワンピースを着たセミロングの少女の姿がすぐに目にはいった。
言うまでもなく総合だ。しかし、僕はちょっとした驚きを感じていた。
(あいつ、あんなに可愛かったっけ?ああそうか・・服だ、今日の服装だよ)
(いかにも女の子らしい白のワンピにピンクのリボンまでつけたりして・・あいつなりに今日はめかしこんでたんだな。全然気がつかなかった・・・)

「おーい総合、何やってんだー」
僕は大声でそう言いながら総合に駆け寄った。どうしてか総合と早く話がしたかった。
「あ、数学くん・・」
総合は少しビックリした様子だったが、僕だと気づくとニコっと微笑んだ。
「いきなりいなくなるからビックリするじゃないか。どうしたんだ?」
もう少し気の利いたことが言えないものかと思うが、これが僕なので仕方がない。
「あ、うん・・その・・・」
総合のたどたどしい自信なさげなしゃべり方も今日はさして気にならなかった。
彼女が長い時間かけて話したのは、保健と情報と社会、理科と体育、国語と生物がとても仲良くしていたから
邪魔したくなかった(どう見ても国語と生物は自分の世界に浸ってたと思うんだが、総合の目にはそう映ったらしい)。
だから邪魔にならないように1人で遊んでいよう、どうせならみんなの分の綺麗な花輪を作ろうと思い、綺麗な花を求めてここまで来てしまったということだった。
「あれ?何で僕に声をかけなかった?」
そうだ。僕はただ寝っ転がっていただけで、別に何もしてなかったんだから。
「ううん・・それじゃ英語ちゃんに申し訳が・・」
「は?」
「あ、ううん、何でもない。気持ち良さそうに寝てたから邪魔しちゃ悪いと思ったの」
「何だ・・気にすることないのに」
「エヘヘ・・・」
ちょっぴり舌を出して笑う総合なんて初めて見た。いつもはおどおどびくびくしてる感じでこういう表情なんて想像もできない。
きっとこの素晴らしい景色に、総合でさえも気がゆったりしてるんだろう。そう思った。



フラワーリング・4


「でもねぇ、見てこれ。綺麗でしょ?」
そう言って総合は大きな花輪を僕に見えるように、目の高さまで掲げた。
それは、白や薄い青や紫の小さな花をたくさん束ねた、いかにも総合らしい花輪だった。
「すげ!お前才能あるな」
「女の子ならこれくらいできるよ」
そうは言ったものの、総合はうれしそうに目を細めていた。
だから「女といっても、きっと英語にはできんぞ?」などという余計なことは言わないでおいた。
「あれ?でもこれ、数多くないか?自宅用か?」
花輪は、僕ら全員の人数より多かった。
「違うよ・・今日来れなかった英語ちゃんや音楽ちゃんたちにも持って行ってあげるの」
「え、偉いなお前・・俺にはそういうことは頭にも浮かばん」
総合は笑ったが、本当にそのとおりなんだ。誰だってこういうとこに来れば自分が楽しむことを考える。
でも、総合はいつでも他人のことを考えてる。優しい奴なんだよな・・目立たないけど、すごくいい奴だよな。
その時、辺りをサーッと強い風が吹き、総合は慌ててスカートの裾を押さえた。
誓ってそれ以上は見ていない。土埃がすごくて目を開けていられなかったんだから。(何だとか言うな!)

「そ、総合!見てないぞ。俺はクマさんパンツなんて全然m」
しかし総合はそんな僕の話などまるで耳に入っていない様子で(よかったww)一点をじっと見つめていた。
「ど、どうした?」
僕の質問には答えず、総合はその一点に向かって言った。
「・・遊んでほしいの?そっちに行けばいいの?」
僕は驚いて総合が見ている付近を見たけれど、人どころかネズミ一匹いない。一体どういうことだ?
総合は時々妄想にふけることはあるが、こんなにはっきり妄想を口に出すことなんか決してない。
「分かった。ついて行けばいいのね」
そう言うと、総合は早歩きでどこかに向かいだした。
「お、おい、どこに行くんだ?」
僕が話しかけても、総合は答えない。ひたすら何かを追って小走りにどこかに向かっているようだ。

総合の様子はどこかいつもと違っていた。まるで何かに吸い寄せられるように歩いている。
僕の背筋に悪寒が走った。
「総合!ちょっと待ってくれよ!どうしたんだよ!」
やっと総合に追い着き、僕は総合の腕を掴んだ。
しかし総合は僕の方を見もせず、焦点の合わない目で言った。
「わたし、行かなきゃ・・あの子が呼んでるの」
「あの子?」
前を見渡しても、どこにも子どもなんていない。人影さえない。
「総合、お前何言って・・・」
「見えない?遊んでって言ってるの。すごく寂しそうなの」
総合は僕の腕を振りほどくと、またすぐに歩き出した。
「ちょ、おい、子どもなんかいないじゃないか!行くなって!」
だが、総合はもはや聞いていなかった。腕を掴んでも歩くのをやめないので、華奢な腕が抜けてしまいそうで途中で離すしかなかった。
「総合・・一体どこに行くんだよ」
こうなったら、総合が立ち止まるまでついていくしかない。
どうやら、総合の目には何者かが見えているようだ(信じがたいことだが)。



フラワーリング・5


僕はあきらめて総合の後をついて行った。
しばらく歩くと綺麗だった花々は消え、辺りは背の高い雑草の海へと姿を変えた。
草の背は総合の胸の辺りまである。子どもならばすっかり草に隠れてしまうくらいだ。
(何でここだけ草がこんなに伸びてんだ・・)
そんなことを考えながら、草むらに入ろうとする総合に注目していると、
総合が草むらに入る直前、僕は信じがたいものを見た。
草むらの下の方がまるで子どもでもくぐっているかのようにガサガサと音をたてて開いたのだ。
(嘘だろおい・・もしかしてこれ・・)
そして、総合は確かにその後を追いかけているのだ。
(やばいよ・・これはやばいだろ普通・・・)
頭の中で危険を知らせる予感が警報のように鳴り響いている。
本能がこれ以上進むなと僕にブレーキをかけた。
しかし、僕は総合を放って帰る訳にもいかず、一緒に草むらの中に入っていくしかなかった。
幸い草むらは思ったよりもすぐにとぎれ、僅か数m進むと、ひっそりと開けた場所に出た
そこには、緑の色素が変色してどす黒く濁り、もはや水だか泥だかわからないヘドロ状になった沼が静かに横たわっていた。
水面に突き刺さったままの木の枝や泥の上に虚しくたたずむ木の葉、時折ぶくぶくと不気味に吹き上げるガスが、それが底なし沼であることを雄弁に物語っていた。



フラワーリング・6


僕はその沼を見た瞬間「やばい」と感じた。訳はわからないが、どうしようもなく不吉なものを感じたのだ。
しかし、総合はその沼に向かってまっすぐに歩いていた。
「・・そこなの?あなたのお友達はそこにいるのね?」
僅かに笑顔さえ浮かべ、総合は走り出さんばかりの勢いで沼に向かっている。
このままでは、あと5mほどで沼につっこんでしまう。
「行くな、総合!沼だ!沼が見えないのか!!」
しかし総合には僕の声が聞こえていない。
「今行くよ・・寂しかったんでしょう?」
もうダメだ。力ずくでも止めるしかない。
「危ない、総合!!」
僕は沼に入ろうとするすんでのところで総合の腰を抱え、無理矢理地面に引き倒した。
「しっかりしろ!!あそこに入ったら死んでしまうぞ!!」
「わたしは・・・あの子が遊んでって言うから・・・」
なおも立ち上がって沼の方に歩こうとする総合の頬を僕は引っぱたいた。
「バカ!!その子が喜んでも、お前が死んだら何にもならないだろ!お前が死んだらみんながどんなに悲しむと思ってるんだ!!」
「かなし・・む・・?」
総合はそこで初めて自分の意識を取り戻したのか、フルフルと頭を横に振り、僕を見上げた。
やっと僕と総合の視線が合う。
「数学・・くん?」
「気がついた?・・さあ、帰ろう。みんなが心配してるよ」
「わたし・・どうしたんだろう・・確か花輪をつくってたら、寂しそうな子が遊んでって・・」
「それはあとで教えてやるから。さぁ」
「うん・・・キャア!??」
「?どうしたんだ?」
僕の肩越しに沼の方に目をやった総合は血の気を失い、恐怖に全身をこわばらせていた。
「あ、あ、あ・・・」
総合のあまりの様子に僕の頭の中に最悪の想像が一度になだれ込む。
その一切を慌てて振り払うと、僕は振り向き沼の方を見た。
僕は今でもそのおぞましい光景を忘れることができない。

--沼の上に、青っぽい子どもの人影が何十体と浮かんでいた。



フラワーリング・7


沼に立っているのではない。明らかに水面から50cm~1mほど高い所に浮いている。
それはどうみてもこの世のものには思えなかった。
青と黒と緑をまぜこぜにしたような(恐らく沼の色がうつったものだろう)恐ろしげな色で全身が彩られ、
その濃淡でかろうじて顔や手足をいった判別はできるものの、はっきりとした輪郭はなく、ところどころで向こうの景色が透けて見える。
表情はなく、虚ろな二つの窪みが不気味に開いているだけなのに、そこから感じるものは寂しさ、怒り、怨念・・・。
笑っているのか怒り狂っているのかさえ分からない、そんな異世界の存在の恐ろしさに胃が締め付けられ、吐き気さえ感じた。
身長はみな一様に小さく、明らかに子どもだった。ただ、本来子どもが持っているような生命力や活力といったものが一切ない。
よく見ると、子どもたちは沼の上を小さくゆらゆらと揺れていた。
(さっきまでは全く動いていなかったのに!)
「数学くん・・見える?」
かすれた声で総合が小さくささやいた。
「ああ・・・」
残念ながら、こうまで目の前に出現されては、見えると認めざるを得ない。
「手を見て・・」
「?」
さっきまで僕にはただ単に揺れているようにしか見えなかった。
しかしーー目を凝らして見ると、一体一体、いや、全員が手の平をだらんとたらしながら上下に動かし・・・手招きをしていた。
「おい、呼んでるのか・・」
「静かに!声が!!」
僕は慌てて口を閉じると、今度は耳に全神経を集中する。
『あそんで・・・』
『あそんで・・・』
『おうちに帰りたい・・』
きっとこの沼で遊んでいて、足を滑らせるか何かして溺れ、誰にも助け出されることなく死んだ子なのだろう。
こんな深い林の中で、しかもこの高さの草むらの中にあっては助けを呼んだところで誰も気がつくわけがない。
こんな寂しげな沼で、恐ろしい恐怖の中で死んでいったんだ。
しかも、未だに遺体さえ発見してもらえずに。
(かわいそうに・・・)
僕はこの時、大変なミスを犯してしまった。霊に対し、哀れみの感情を抱いてはいけないのだ。
霊はそう思った人間が自分を助けてくれると思い、その人間に寄って来てしまう。そのことは、昔、本で読んで知っていたはずなのに・・・。
案の定、霊は僕に興味をもったらしく、一斉に僕に視線を向けた。
そのうちの一体と僕の目が合った。僕にはそいつがニヤリと笑ったように見えた。見えているのかどうかも分からないドス黒い虚ろな目で。
『あそんで・・・』
それまでただ沼の上を漂っていたその子は、僕の方にス~っと音もなく近づいてきた。
そればかりか、その1体の霊に触発されたように、沼に漂っていた全ての霊が一斉に僕らの方に移動を開始した。
『助けて・・』
『いっしょにあそぼう・・・』
『いっしょに・・・』



フラワーリング・8


「総合!逃げよう!!」
僕は慌てて総合の手を引いた。もう一刻もこの場所にいるわけにはいかなかった。もし取り憑かれたら命はない。
しかし、いくら手を引いても総合は動かなかった。いや、動けなかった。
「立って!何やってんだ!!」
たぶん総合は、僕よりも何倍もこの子たちのことを「かわいそう」と思ったに違いない。そのことが霊を引き寄せるとも知らずに・・。
「足が・・足が動かないの」
「何だって!?」
「子どもが・・掴んで離してくれないの」
「!?」
総合は既に霊に接触されていた。
総合の白いスカートから覗く足に、小さな指の跡がまるでみみず腫れのように赤く浮かび上がっていた。
やばい!やばいやばい!どうすりゃいいんだ!?こんなの中間とか期末とかのテストで100点取る方がよっぽど気楽だぞ畜生!
「数学くん!!」
気づくと総合の体が、徐々に徐々に沼の方に引き摺られていく。このままでは総合が危ない。迷っている暇なんかないんだ。
僕は決心した。
「総合!僕におぶされ!!」
「え?」
「いいから!!」
しかし総合はこの期に及んで、とんでもないことを言い出した。
「わたし・・いらない子だから・・・そこまでしてもらう資格なんてない・・」
「何言ってんだ!そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
「でも・・わたしなんかのために・・・」
「それがダメなんだって!お前はいらない子なんかじゃない!!みんな冗談でいらないって言ってるけど、本当はみんなお前のこと好きなんだよ!!」
必死だった。普段の僕なら「好き」なんて言葉は決して使わない。ただ、この時はどうしても総合に僕たちの本当の気持ちを伝えたかった。
総合は心からビックリしたような表情で僕に聞いた。
「わたし・・いらない子じゃないの?」
「いらなくない!てか、いる!!」
「みんな・・わたしのこと好きなの?」
「ああ、好きさ!好きだとも!!」
「数学・・くんも?」
「ああ、そうだ!!だから早く乗れ!!」
「うん・・・」



僕が中腰の姿勢になり、総合に背を向けると総合は上半身だけを上手く動かし、ちょこんと僕に体を預けた。
総合の体は驚くほど軽く、柔らかかった。その甘い感触に僕は一瞬我を忘れ、ただ硬直するしかなかった。
こんな一刻を争う状態ではあったが、脳が痺れたように動けなかった。
「あ、あの・・数学くん、どうしたの?」
総合の不安げなその声で僕はようやく我を取り戻し、全速力で草むらの外に向けて走り出した。
総合はとても軽く僕でも十分におぶって走ることくらいはできたのだが、時折何かが行かせまいとするように後ろにぐいぐいと引っ張り込む。
その力に負けないように、僕は歯を食いしばって必死で振り切らねばならなかった。引き摺られたら負けだ。
「総合!まだ霊は足にしがみついてんのか!?」
「ふ、二人いる・・」
「くそ!!」

こいつらに引き摺られてあの大群の中に入ってしまったらもう終わりだ。決して逃げることはできない。
何とか振り切らないと・・どうするんだっけ、こういう時は・・そうだ!
「総合!!叫べ!!」
「え?」
「私はいらない子なんかじゃない!って叫べ!!」
「ええ!?」
「お前のその『いらない子なんだ』って寂しさがあいつらと共鳴してるんだ!お前になら癒してもらえると思ってついてくるんだよ!!」
「え・・それならわたし、癒してあげたいかも・・・」
瞬間、後ろへと引きずり込もうとする力が数段強くなり、危うく僕は後ろに倒れそうになった。
「バ、バカ!!霊にそういうこと考えると寄ってくるんだよ!!成仏できない霊なんて何百体何千体何万体・・数え切れないだけいるんだ。そのすべてをお前が1人で癒せるのか!?」
「そ、それは・・」
「結局お前自身も慰みに霊にされてしまうだけだ!それより、ここで死んでしまって、もう父さん母さんに会えなくていいのか!?みんなに会えなくていいのか!?」
「わたしは・・」
「生きたいよな?」
「生きたい・・」
「それじゃ、叫んでくれ。私はいらない子なんかじゃないって!こっちの世界で楽しく生きたいんだって!」
「わ、わかった。・・わたしはいらない子じゃない、わたしはいらない子じゃない」
「もっと大きく!!」
「・・わたしはいらない子じゃない!!わたしはいらない子なんかじゃない!!みんなともっと仲良くしたい!!!」
「いいぞ!総合!!」
「わたしはいらない子じゃない!!わたしはみんなと生きたい!!わたしはみんなと楽しく生きていたい!!」
「そうだ!それでいいんだ!!」

気がつくと、あれだけしつこく総合を引き摺り込もうとしていた霊の力はもう少しも感じられなかった。
あとは、ひたすらみんなのところに走ればいい。
今考えても、どこをどう通ったのか、いくら総合が軽いといってもどうやってみんなのところまでおぶっていったのか全くわからないが、
ともかくも僕たちは何とか無事に、保健たちが待つ広場に辿り着いた。
総合が履いていた靴は両方とも脱げてしまっていたが、あの忌まわしいミミズ腫れのような跡はほとんどわからないほど小さくなっていた。



フラワーリング・10


「もう!どこ行ってたの!?心配したじゃないの!!」
ほとんど泣き出しそうな勢いで社会が総合を抱きしめた。
「そうよ!どれだけ探したと思ってるの!?」
そういう理科の髪にも服にも、草やら何やらがビッシリとついていた。本当に必死に探していてくれたのだろう。
「まぁまぁ・・自分のことに夢中になっていた私たちも悪いのだから」
申し訳なさそうに生物が言った。そう言ってもらえるとありがたい。
「すまないなホント。でも、二人が無事でよかったよ」
「心配させないでくれよ・・寿命が縮むかと思ったぜ」
国語も体育も息を切らせている。責任感の強いこいつらのことだ。きっと散々探していてくれたことだろう。
「でもなぁ~無事だと分かると、やっぱり二人で何やってたのか気になるなぁ。もしかして・・ヒヒヒ」
[ピーーー]ぞ保健。僕らは死ぬ目に遭っていたというのに。
「そうっすね師匠!!これは帰ったら英語の奴に超報告!!」
ボカ。
「調子にのるな」
僕のつっこみにみんな緊張が解けたように笑った。
総合は、みんなに揉みくちゃにされながら生還を喜ばれ、嬉しいやら心配されて申し訳ないやらという複雑な表情をしていた。
そんなこんなで総合と話す機会が無くなってしまったのだが、バスを降りて別れ際に総合は僕にだけ聞こえるようにぽつりと「ありがとう・・」と言った。
総合はすぐに走り去ってしまったのでどんな顔をしてたのか見えなかったが、きっと耳まで真っ赤にして照れまくっていたのだと思う。
なぜなら、この僕がまさにそうだったからだ。

しばらく総合の走り去った道をアホみたいに見つめ、余韻を楽しんでからようやく自宅へと向かった。
玄関のドアを開けるとさんすうが「お帰りー♪おみやげは?」と僕に飛びついてきた。
ハイキングに行ってお土産も何もないもんだ。しかも僕は死の淵から生還したばかりで・・・
というような気持ちもあるにはあったが、妹の平和そのものの出迎えがやけに可愛く感じられ、僕は結局さんすうに特大アイスを買ってやったのだった。



時が経つのは早いもので、あれからもう半月だ。
今考えると、総合の子どものように純粋で、優しくて、そして孤独な心が、
非業の死を遂げた子どもたちの霊と共鳴したんじゃないだろうか。
大人の優しさに飢えていた霊たちは、総合にその哀れな魂を慰めてほしかったのだろう。
もう少し落ち着いたら、あそこで供養でもしてくれるように寺か神社にでも頼んでみようかな・・・。


そうそう。あれ以来僕と総合は少し変わった。
総合は相変わらず自分の存在にコンプレックスを持っているらしく、おどおどうじうじしてたけど、
そんな時、時折ちらっと僕の方を見るようになった。
それは「わたし、ここにいてもいてもいいんだよね?」と言ってるような気がして、僕は黙ってうなずく。
すると総合は少しホッとしたしたような表情になって、またみんなの輪の中に戻っていくんだ。
これは僕と総合だけしか知らない秘密。
たまに英語に「何をやっているのですか?」と不審そうな顔で聞かれるが、こればっかりは適当にごまかしている。
また「3cm」を連発されちゃたまらんからな。まったく。

もう1つ変わったのは、この僕かな。
時々、あの時おぶった総合の華奢で柔らかい体と、みんなのために花輪を作ったんだって言った時の優しい笑顔を思い出すと、なぜか胸の奥がツンとなる。
だからといって何がどうってことはないんだが、少なくともできるだけあの子がクラスに馴染めるように、いつも笑っていられるようにフォローくらいはしてあげたいなと。
ただそれだけなんだよ英語。いやマジで・・・・。  



終わり

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最終更新:2008年08月21日 01:49