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*無限桃花外伝~散り行く者共~
投稿日時:2010/11/25(木) 21:53:50
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 寄生とは何か。
 それは人でも妖でも無い故に、何者であるかという問いならば、答える事は難しい。
 人であろうと妖であろうと、あらゆる者に取り付き、奪い、己の物へとしてしまう。寄生する怪物。名を持たぬ故に、それはただ単に寄生と呼ばれ、それが名となった。
 寄生とはある神が生み出した秘術なのだ。
 それ故に、寄生そのものは一種の呪力そのもの。本当に「寄生という怪物」と呼べる存在は、この世に二人しか居ない。
 それは、影糾・無限彼方。寄生を編み出した者。魔道へ堕ちた、闇の天神の転生した姿。
 そしてもう一人。その闇の天神を討ち倒す為に生まれた者。
 無限の天神、無限桃花。

 寄生の力は寄生でしか払えない。故に、闇の天神の抹殺という宿命を課せられた彼女は、「寄生という怪物」と呼べる力を持つ。つまり無限桃花は、無限の天神という寄生なのである。
 これはその無限桃花の、戦いの一幕の話である。




※ ※ ※





 無限桃花が最後の決戦へと赴く少し前。季節は秋。
 彼女はこの時、まだ自分がどういう存在なのか、その後の運命が一体何であるか、自分が捜す妹の手掛かりにして宿敵が、その妹本人であるとは当然まだ知らぬ頃。
 桃花はいつものように、獲物を探し辺りをブラ付いていた。
 基本的にはほぼ行き先など決めず、己の足が赴くまま、無作為に一日中歩き回り、獲物、つまりは寄生となった人や妖を捜すのだ。
 当然ながら当たり外れはあるが、このやり方で桃花は既に結構な数の寄生を葬ってきた。それは本人が無作為に歩いているつもりでも、知らずに寄生が居る場所を察知し、無意識にそこへ歩を進めるからだ。
 また、寄生の側も桃花を捜し求めうろついてる。彼女達は戦う宿命にあるのだから。

 その日、桃花が居たのはイチョウが舞う並木通りである。
 黄色に染まる扇状の葉は、風に乗りひらひらと優雅に舞った後に静かに地面へ積もって行く。一面の黄色いイチョウの葉は地味な歩道のタイルを埋め尽くし、美しい自然の絨毯となっている。
 それでもまだ葉は舞う事を止めず、さらに地面へ降り積もる。
 本格的な紅葉見物とまでは行かないが、それでも心癒すに十分なほど、その空間は美しい。

 整然と屹立するイチョウの並木も一様に黄色に染まり、地面を埋め尽くす程に葉を振り撒いてなお、今だ葉を降らす事を止めない。
 風が吹く。がさりと音が鳴り、また扇状の黄色い葉が宙を舞う。普段は無機質でつまらない道路も、この時ばかりは静かな美しさを持っていた。
 桃花は、その中を一人歩いている。

 人の行き来は少なかったが、途中で二人の女性と出会った。
 青い髪が特徴的な少女と、長い黒髪と黒のシックな出で立ちの少女二人組。一見すると年下にも見えた。
 ビニール袋と箒を持ち、桃花が近づくと、「こんにちわ」と挨拶を一言。見た目と違い、話し方は非常に大人びた物だった。
 無視する訳にも行かず、桃花も挨拶を返す。

「こんにちわ」
「お散歩ですか?」
「え? いや……。まぁ、そんな所です」
「イチョウ綺麗ですね。落ち葉をほっとく訳にも行かないのですけど」
「掃除ですか?」
「え? ああ、まぁそんな所です」
「大変ですね」
「そうでも無いですよ。ふふ」

 その少女は意味あり気に微笑んで見せた。その真意は桃花には解らないが、何か楽しそうな雰囲気は感じ取れた。さらに言葉を続けようとしたが、後ろから「姉さん早く!」と急かす声。
 その少女は「分かってる」と返事をした。どうやら姉妹だったようだ。ぺこりと頭を下げ、微笑んでその少女は桃花の元を去って行く。
 掃除と銘打っての作業だったのだろうが、この落ち葉の量では焼け石に水もいいところ。殆ど無意味だろう。

 桃花はそのまま歩を進め、ある場所でぴたりと立ち止まる。
 いつもの事だ。自らを餌に歩き回り、獲物が来たら、静かに食らい付くのを待つ。先程の少女はどうやったのか既に消えていた。人の気配も無い。なれば、思う存分。
 神経を研ぎ澄まし、その時を待つ。
 そして、それは来る。

 花びらである。宙舞うイチョウの葉に混じり、鋭利な刃のような花びらが数枚、桃花へ向かって飛来してきたのだ。
 身を屈め、それをかわす。花びらは高速で通り抜け、並木の一本に渇いた音を立て突き刺さった。

「季節外れ……ね」

 並木に突き刺さるそれは、ピンと立った状態から一気に萎れ、そして黒い影となり消える。残るは、その痕だけ。そして黒い影は、寄生の証。

「初めて見た。そんなのにも寄生しちゃうんだ……」

 桃花は先程の花びらの弾道からそれを発射した者の位置を特定し、そしてそれを見つける。
 小さな花である。地面に突き刺さり、動けないはずの花。黄色い落ち葉に半分埋もれていた。酷く季節外れで、酷く場違いな鮮やかさを持つそれ。

「面倒は嫌い。さっさと正体現しなさい」

 桃花は言う。小さな花は、それを聞いたのかびくびくと震え始める。
 ほんの二十センチ足らずの茎は、まるで血管に血液が送り込まれたかのようにうごめき、その全体をくねらせる。
 底から伸びる緑の長い葉が刃のように輝きを増し、根は足のように地面から這い出す。無数に伸びる根は上部をがっちりと支え、ごきごきと音を立てながら、鞭のように空を斬る。
 細かった茎はみるみると太くなる。直径で五十センチ程度まで膨らみ、その長さは二メートルを超える程だ。無数の刃を思わせる葉がピンと生えそろい、ぺらぺらとした動きを見せる。
 しかしその実態は刃その物だろう。それに触れたイチョウの落ち葉は、はらりと二つに両断された。
 巨大な花は幾重にも重なり、本来ならば美しい色であろう薄い花びらも、異形となった今は不気味さのみである。
 直径で二メートル以上にまで広がった花の中心には、巨大な目玉が一つ。ぎょろりと動き、桃花を睨みつけた。

「イヤな見た目。花にまで寄生するなんて」

 その一言に反応したかは定かでは無いが、花の寄生は鞭のような根で桃花を打ち付けんとする。ぴゅっと空気が切り裂かれる音。しかし、桃花に当たるはずも無く。
 地面をたたき付けると、黄色いイチョウの葉が盛大に舞い上がり、桃花と花の寄生を包み込む。桃花の剣は既に抜き身となり、その根を断ち斬るべく刃を立てるが、斬れたのは先端に過ぎなかった。
 それに、根はまだまだ無数にあるのだ。

 踏み込む。地面を強く蹴り、敵の懐へ跳躍。
 神速の体術は風を生み、またイチョウの葉は激しく舞う。

 疾風迅雷とはこの事であろう。桃花の剣は速やかに、敵の茎を両断すべく横一文字に振られる。
 しかし、出来なかった。

「硬い……!」

 敵は今までとは少し違ったのだ。動物や人間、それを模した妖ならばともかく、敵は植物。それも異形の怪物となり、強靭な強さを手に入れた「花の寄生」なのだ。
 通常とは違う厄介さを持った敵だった。
 鞭が振られる。桃花はそれを回避するが、再び距離を取る形となる。
 ぎょろりと大きな目玉が桃花を睨む。敵は無言であったが、その殺意は言わずとも十分に伝わってくる。

 刹那、花の寄生は勝負に出た。
 自らの身を切り離し、無数の花びらを撒き散らす。巨大な物から小さな物まで、鋭利な刃物のごとき、淡いピンクの花は一瞬で辺りを包み込む。
 花の寄生にとってそれは、最後の攻撃であった。彼には時間が無かったのだ。
 薄いピンクの花びらは、黄色いイチョウの葉と共に宙を舞い、ひらひらと。
 そして、大きな目玉がぎょろりと動き、瞬時に無数の刃が、桃花へ向かって高速で飛来した。

「来たれ、龍……」

 花びらは桃花の目前まで迫る。このまま行けば、桃花は無数の肉片となるであろうその時、それらは全て焼き尽くされた。
 桃花の周りを飛び回る、一匹の黒い稲妻の龍。
 それが全てを食らい付くしたのだ。

「爆ぜよ天」

 龍は飛翔し、花の寄生へと襲いかかる。空気を切り裂く音は龍の咆哮のような爆音を轟かせ、黒い稲妻と共に爆発。花の寄生に耐え得る威力では無いが、植物故の頑丈さを持ち合わせるそれは、まだ生きながらえた。
 ぶすぶすと煙を吐き、巨大な身体はどすんと倒れる。

「タフな奴ね……」

 桃花はそれに歩み寄る。
 敵は動かない。いや、既に動けない。

「わざわざ出てこなくても……。あなたの役目は、待っていれば終わったのに……」

 桃花は言う。

「貴方の寿命は目の前まで来ていた。寄生になって寿命が伸びてもも、花は花。秋に咲く花で無ければ、枯れて行く。
 あと少し、待っていれば、貴方は花のまま死ねたのに。怪物にならずに済んだのに。
 私と……出会わなければ」

 桃花は剣を構える。

「さよなら。私は貴方を殺さなきゃならない。出会ってしまったから」

 爆発。そして、またイチョウの黄色い葉が激しく宙を舞う。
 桃花が出会った無数の寄生の中で、奇っ怪な化け物は数多く居た。時には人間に取り付いた者ですら、桃花は躊躇なく斬って来た。
 しかし、これほど儚い敵は、後にも先にもこの一匹だけである。いつもは敵に情など湧かない。怒りすら滅多に無い。
 しかし、今回だけは特別だったのだ。
 桃花の名前にも、「花」の文字がある。

 その桃の花が散ったのは、それから僅か数ヶ月先の事だった。



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