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「蜘蛛の糸」、「海水浴」、「インク」④ - (2011/02/27 (日) 14:44:57) のソース
&sizex(3){[[Top>トップページ]] > [[三題噺]]} **「蜘蛛の糸」、「海水浴」、「インク」④ 353 名前:ゴッサマー(海水浴、インク、蜘蛛の糸)①[sage] 投稿日:2008/11/23(日) 02:15:14 ID:7Ys8aU3P ノルマンディー上陸作戦に参戦した小説家といえば 「ライ麦畑でつかまえて」のJ・D・サリンジャー、あるいはノーベル賞作家のウィリアム・ゴールディング等が有名だろう。 しかし、ノルマンディーの予行演習として1944年4月末、イギリスのデヴォン州南岸はスラプトン・サンズで行われた 「タイガー作戦」においても、アメリカ人作家ウィリアム・コーエンが非業の戦死を遂げていたことを知る者は、現在ではほとんど居ない。 彼は上官からライフジャケットの着用法を誤った仕方で教えられ、上陸中に溺死したのだ。 従軍以前アメリカで無名の童話作家であったビル・コーエンの著作は長らく、処女作にして唯一の刊行作品 「アントニーー・アントとクモばあさん」がアメリカ議会図書館の蔵書として一冊残っている限りだったが ヌーディストにして無自覚の霊媒体質をもつイギリス人女性シャーリー・ブラック35歳は 2004年7月30日、まさしく彼が死んだその海岸で、知られざる彼の遺稿を発見することに成功した。 きっかけは、砂に埋もれた万年筆だった。 その夏スラプトンで、ボーイフレンドのエドマンドと共に生まれたままの姿で波打ち際を歩いて 自然との一体感を満喫していた彼女は、埋もれていた万年筆を偶然踏んづけた。 最初は単なる足の裏の違和感だけだったが、ふと立ち止まり、前を歩くエドマンドの背中を見つめているうちに 彼女の心中に得も言われぬ寂寥感が広がっていった。 いきなりうずくまって泣き出す彼女にエドマンドが気づき、何が何だか分からないながらも 懸命になだめていると、彼女の裸足の指のあいだから錆びて砕けたペン先が覗いているのが見えた。 踏んで怪我をしたのかとエドマンドは思ったが、調べてみるとシャーリーの足の裏は無事だった。 「ひどいものを捨てるやつが居るな、まあとりあえず今日はホテルに戻ろう」とエドマンドは言い、彼女も素直に頷いた。 そして、「こいつはちゃんとしたところに捨てなくちゃ」と、二人はぼろぼろの万年筆をホテルへ持ち帰った。 その晩シャーリーは夢を見た。 冒険心に溢れたアリの少年アントニー・アントが、優しいクモばあさんに編んでもらった クモの糸製の凧に乗って大西洋を越える夢だった。 シャーリーはカモメに乗って、旅の途中のアントニー・アントとお喋りをする。 アントニー・アントは彼女に、このままでは収容所送りになるかも知れない両親や親戚の話をする。 アントニーはアメリカで兵隊になって、ドイツに残してきた家族を助けたいのだ。夢の中でシャーリーは泣く。 朝目覚めると、彼女は現実でも泣いていた。心配するエドマンドに、シャーリーは夢の話をする。 エドマンドは彼女にタイガー作戦の話をする。 ろくに読んだこともないフロイト「夢判断」だの、ユングの曼荼羅だのの話をして、ひとまず二人は納得する。 万年筆は捨てられることなく、彼女のおみやげになる。 バカンスが終わり、ロンドンへ帰ったシャーリー。 三週間ほどは何ごともなく平静に過ごしていたが、ある日突然、趣味のシルクスクリーン―― 自作の柄をつけたピタピタのTシャツは、裸ほどでないにしろ過ごしやすいのだ――がどうしようもなく恋しくなって 仕事を早引けして家に帰ると、矢も盾もたまらず新作に取りかかった。 新作の図案は稲妻のように彼女の脳内を駆け巡り、手は見えざる糸に操られるように紙の上を走った。 書き上げたのは、アラビア語の無気味なパロディじみた、判読不能の文字の羅列によって編まれた ネイティヴ・アメリカンの装飾品ドリームキャッチャー、あるいはクモの巣の絵であった。 シャーリーはどうしてそんなにシルクスクリーンをやりたくなったのか、 どうして自分がこんな絵を描きたくなったのか、全く分からなかったが 出来上がったものはなかなか前衛的でパンチがあるように思えたので、その原稿は感光フィルムに写しておいた。 354 名前:ゴッサマー(海水浴、インク、蜘蛛の糸)②[sage] 投稿日:2008/11/23(日) 02:15:45 ID:7Ys8aU3P それからも彼女は月に一度くらい不意の芸術的衝動に襲われるようになり、書く絵は決まってクモの巣だった。 枚数をこなしていくうちに、彼女はそれがあのスラプトンのホテルで見た夢の アントニー・アントの凧に似ていることに気づき始めた。 完成したTシャツは同僚やエドマンドには好評だったが、 彼女には月一回の自動筆記が次第に恐ろしく感じられるようになってきた。 あの引きずられるような感覚、作業中に描線の一部がゲシュタルト崩壊を起こして 海岸線や兵隊の後ろ姿やドイツ軍の魚雷艇のように見える瞬間などが怖くなってきた。 作業を終えた後の部屋は決まって、スキージーから剥がれて宙を舞った糸状のインクで大変汚れていた。 クモの糸が風に乗って空中を浮遊する「ゴッサマー」という現象があるが、空飛ぶインクの様子はちょうどそれに似ていた。 液の粘性が強すぎるのだと推理して使うインクの種類を変えてみるが、現象は一向に収まらない。 シャーリーはスラプトンで拾ったあの万年筆が原因だと思い至り、それを捨てようとしたが 叔母のアニーは「万年筆の以前の持ち主はきっと死人で、天国からでも伝えたい想いがあるのだ。 実生活に支障の出ない程度には従ってあげなさい」と言って止められた。 前触れなくやってきて、仕事に手がつかなくさせる幽霊はもう十分に迷惑だ、とシャーリーはうんざり気味だったが 万年筆を拾ってからちょうど一年後の2005年7月30日、アントニー・アントと家族の絵(らしい抽象画)を描いたきり 彼女の降霊術の時間は終わった。以来、霊感は二度と降りては来なかった。 ことが済んでしまうといささか現金なことに、 一年間の心霊体験は彼女にとって忘れ難く楽しい思い出となり、好んで語り草にするようになった。 お気に入りの映画、トーマス・ヤーン監督「ノッキン・オン・ヘヴンズドア」の有名な台詞に引っ掛けて彼女は言う、 「私が死んで天国に行ったら、毎日裸で暮らして、みんなに海と万年筆の話をするわ。 それで万年筆の持ち主を探し出して、アントニー・アントのその後について尋ねるの。 海の話をする流行が、天国で終わってしまってなければいいけど!」と。 アメリカを目指して旅に出たアントニー・アントの結末は、実はシャーリーのシルクスクリーンにすでに書き込まれていた。 クモの糸に当たる奇妙な文字は、あるやり方で英語のアルファベット26文字と対応するのだが 翻訳には750以上の工程を経る必要があるため、誰にも解読できなかったし、 そもそも彼女の作品の中に文字や文章を見出すものが誰一人として居なかった。 もちろんシャーリーにも分かっていない。万年筆がタイガー作戦に散ったビル・コーエンの遺品であることも、 死の間際、恐怖を紛らわすために彼が「アントニー・アントとクモばあさん」の続編の想を練っていたことも、 書かれずに終わった物語が天界の暗号によって、現代の彼女の手に不思議に蘇ったことも。 例えばお茶菓子、例えば古いレコード、例えば野球の試合のように、 コーエンの万年筆には不可視の碑文が、霊界の魔法によって刻まれていたのだ。 同じような碑文は全て死者の沈黙の言語で綴られていて、その多くは今日もなお煉獄をさまようがままでいる。 彼の物語は幸運にもすくい取られたが、審判の日が訪れるまで、それも匿名のままであり続ける。 355 名前:346[sage] 投稿日:2008/11/23(日) 02:18:18 ID:7Ys8aU3P [4/5] 三時間くらいで勢いで書いたので 何だかお題以外に色々詰め込んで訳分からなくなってしまった。 三題は難しい…… 356 名前: [―{}@{}@{}-] 創る名無しに見る名無し[sage] 投稿日:2008/11/23(日) 02:19:31 ID:6rTYr5o5 [2/4] 事実は何%位入ってるのですか? 358 名前:346[sage] 投稿日:2008/11/23(日) 02:26:33 ID:7Ys8aU3P [5/5] >356 もちろんウィリアム・コーエンとその作品、シャーリー以下現代の登場人物なんかは架空ですが サリンジャーとゴールディングがノルマンディー上陸作戦に参加したのは本当。 タイガー作戦も本当にあった事件で、ライフジャケットの着け間違い云々も実際にあったことらしいです。 地名も本物。スラプトン海岸はイギリス有数のヌーディストビーチなんだそうです。 ゴッサマーや映画の薀蓄は調べて書きましたが、慌てて書いたので間違いがあったらマジごめんなさい。 #comment ---- &link_up(ページ最上部へ) ----