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白狐と青年 第37話「過去から今」 - (2011/10/22 (土) 00:12:08) のソース

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*「過去から今」




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 ベッドの上で上半身を起こした明日名は、過去の情景を思い出しているかのように遠い目をした。
「元々俺は異形達が扱う≪魔素≫の研究者の一人として、ある街の研究機関に勤めていた。両親は第一次掃討作戦で亡くしていてね。妹と一緒に研究機関に世話になっていたんだ。そしてあるとき、街が異形に襲われた」
「その話、この前匠がクズハちゃん連れてこっち来た時に聞いたことがあるな。確かその時の被害者の一人が……」
「うん、今のクズハ――妹だ」
 彰彦に頷きを送って明日名は話を続ける。
「街は壊滅、その時に妹も瀕死の状態に陥った。破壊をまのがれていた前文明の機材を使って延命措置を出来得る限り行ったけど、状態は絶望的でね、そんな時に別の街から様子を視察に来ていた研究機関から、実験に協力してくれるのならば妹を助けようと、声がかかったんだ」
 たしかに以前平賀の研究区に訪れた時に聞いた話の内容と同じだ。それが今回は伝聞調ではなく、経験を語る形で話されている。その意味を考えながら、匠は話を聞く。
「延命措置も長くは保たないことは分かっていたから、あの時の俺は藁をもすがる気持ちでその話に飛び付いたんだ。
 その研究機関は異形の強靭な肉体の特性を人の身体にも映す事ができないかと実験を続けている機関だった。当然危険な実験だということは分かっていた。それでも俺や妹には一つしかない希望だったんだ。それに、妹ならばこの実験に成功する可能性がある程度高いだろうという打算も俺にはあった」
「打算?」
 彰彦の復唱に明日名は頷いた。
「俺も妹も安倍の末流……安倍の血が流れていたからね」
「どういう……?」
 困惑する彰彦にキッコが補足を入れる。
「安倍の古い血には狐の異形の血が混じっておるのよ。――娘にクズハという名を付けたお前ならば知っていよう? 匠」
「ああ、葛の葉狐、信太の森に遥か昔住まっていた白狐だ。安倍の古い人間と交わって生まれた子は有名な術師になったという話だった」
 ……クズハが記憶を失っていたと聞いた時に咄嗟にその話を思い出して名付けたんだったか。
 葛の葉は善狐としても知られていた存在だ。その名前に無意識の内にあやかろうとしたのかもしれない。そう思いながら、匠は明日名がこちらの発言に納得するのを見る。
「そう、だから俺は古い狐の異形の助力を欲して信太の森に行ったんだ」
「その時にはもうあの白狐もおらんでな。あそこをねぐらにしていた我が、必死に頼んでくる明日名のあまりの憐れさに血や肉の少しぐらいならばくれてやっても良いと手を貸したのだの」
「そうして異形の血で瀕死の状態から立ち直った妹は、それでも強すぎる異形の血と≪魔素≫に侵食されてしまった。信太の森の主の手を借りるしか俺にはできなくてね、キッコには無茶な頼みを続ける事になった」
「我の血と肉を直々に分けた娘だ。直接我のもとにあんなになった娘を持ってこられれば助けぬわけにもいかん。森の者達は反対しおったが、結局我のもとで≪魔素≫を抑えて様子を見ることにした。
 幸い、結果として娘は持ち直したのだの。第二次掃討作戦が始まったのが、そのちょうど安定してきた時だったか、我と明日名は第二次掃討作戦を期に、それぞれ襲撃を受けることになった」
「まず俺が、信太の森の異形達が第二次掃討作戦の討伐対象になったことを知って、理由を行政区に質しに行こうとしていた所を襲われた」
 そう言って明日名は袖をまくった。そこに刻まれた古い傷痕を見せ、
「結構派手にやられたよ。相手は誰かの指示で研究結果を視察に来ていた機械化人、護身術の一つも習得していないただの研究者だった俺は、ろくな抵抗も出来なくてね。奇跡的に一命は取り留めたんだけど、大けがを負ってしまって、キッコや森の異形たちに危険を報せる事もできなかった」
「機械化人……それはまた珍しいですね」
 機械化人は第一次掃討作戦の頃にはもう既に一部を除いてほとんどの研究が停止を余儀なくされていたはずだ。
 匠の感想に、明日名は苦笑気味に口端を曲げた。
「それが昨日も会ってね……朝川、彼が機械化人だった」
「朝川……昨日留置施設で襲撃をかけてきた男ですね?」
「うん、表皮を偽装していたから気付かなかったけど、表皮を取り払った後の体型や各部の状態が、あの時俺を襲った機械化人そのものだった。話しぶりからしても、俺の事を知っているようだったし、彼があの時の機械化人であっていると思う」
「そうだとして、以前も今回も、クズハを狙って来たのは何故でしょうか?」
「妹の実験は成功の様相を見せていたからね、彼等自身の手に成功結果を収めておきたかったのかもしれない」
 おそらく、といった口調で明日名。キッコも苦虫を噛み潰したような顔で、
「武装隊で我を仕留められなんだと見るとあの機械人形、手負いの我をも襲ってきおった。どうせ娘――クズハを回収しに来ておったのだろうが、その時には既に我の手を離れて匠が引きとっておったのう」
「じゃあ、キッコが俺との戦闘の後に負傷したってのは」
「その時だね。キッコも相当やられていてね、なんとか信太の森付近にまで辿りついた俺がキッコを見つけ、安倍の術で式としての契約を結んで平賀博士の所に連れて行かなければ危なかったかもしれない。その時にはもうキッコは討伐対象として喧伝されていたから、平賀博士が治療を請け負ってくれるのかどうかも賭けではあったんだけどね」
 その後キッコがこの研究区に居付いた事を考えれば、賭けは成功したという事なのだろう。
 それらの話を感慨深げに聞いていた彰彦がふと気付いたように呟いた。
「ん? ってことは、キッコさんが第二次掃討作戦の時に討伐対象になったのは」
「奴らの手にまんまとかかったのだの。おかげで眷族が随分と狩られた」
 口惜しそうにキッコが吐き捨てる。
「明らかにアングラな研究や実験を行っていた彼等が、大阪圏内で掃討作戦の討伐対象を決定できる程の力を持っていたとは思わなかった俺の油断だった。平賀博士のところまでなんとか辿り着いて傷は癒えたけど、当時は、そして今まではあの時の敵の正体は分からなくてね。反撃する事もできなかった。ただ、大阪圏内に大きな力を持っていることだけは分かったから、平賀博士に頼んで研究区に職員としての席を置いてもらって大阪圏内を手掛かりを求めて探しまわったんだ」
「その途中で彰彦を見つけての、彰彦を平賀のところまで届けてみれば匠、お前がクズハと共に数年研究区に居たと聞いて、ようやっとあの娘の安全を確認できたわけだの」
「そうなのか……」
 大体の事情が分かってきた。明日名がクズハを気にかけてくれる理由も、キッコが明日名と式の契約を結んでいる理由も、平賀とキッコが親しい理由も、そして、
「じゃあ武装隊に令状を持たせてクズハを連れて行こうとしたのは……」
「ああ、おそらくあの時の研究機関が裏に居る。朝川が出てきた事から、その首魁も確定したと見ていい……大阪圏異形排斥派の長、登藤通光だろう」
「登藤通光か……俺の腕をこんなにした奴もそいつだろうな」
 彰彦が自らの手に目を落とす。今は魔法具で隠されているが、そこにあるのは白い外殻に覆われた異形の腕だ。
「クズハの時と手口が似ておるからの。そうだろうて」
 キッコの言葉に拳を握った彰彦は、息を一つついて言葉を作る。
「なんとなーく黒幕が分かって来たみたいなんだけどよ、ここらで一気にそいつらに殴り込みってわけにはいかねえんだよな?」
「残念ながら証拠がない。これからそっちを詰めて行く必要がありそうだね」
「そうですね、このままクズハを狙ってくるにしても、他に何か目的があるにしても、調べる必要がありそうだ」
 匠は頷き、そして明日名に胸中に湧いた疑問をぶつけた。
「明日名さん。何故クズハに自分の正体を言わなかったんですか?」
 拾われた時には以前の記憶が無かったクズハは、これまでずっと肉親の記憶がすら無い事を気にかけていたようだった。クズハが肉親の存在を知ればどれほど喜ぶか。
 そう思っての匠の問いに明日名は困ったような顔で首を振った。
「異形として生きていかなければならない道をあの子に与えてしまったんだ。これ以上複雑な事情を背負わせられないと思ったんだよ。当初はクズハが元人間である事を報せる気もなかったしね。
 それに、もうあの子は以前のあの子ではなく、クズハなんだよ。だから、昔の事を敢えて思い出させる事も、こちらから伝える事もないかなというのが俺の考えだ」
「よく分からぬ気遣いよ」
 そう言いつつ、キッコは妹とは別人としてクズハと接している明日名の意思を尊重している。ならば匠が口を出す事ではないのかもしれない。
 ……クズハには悪いけどな。
 明日名は不承不承といった感じで頷いた匠に苦笑してキッコを示す。
「結局クズハが元人間、という事についてはキッコがしびれをきらせて報せる事になってしまったけれどね」
「あれは匠が悪いの」
「……」
 言い返せない。言葉に詰まっていると彰彦が笑いだした。匠はバツが悪い思いをしながら目を逸らし、
 ……これで対処しなければならない相手の目星はついた。これで対応もある程度的を絞ったものにできる。
 多少は進行した事態に匠は喜んだものか、悩んだものか、どちらともつかない表情を浮かべた。



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