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白狐と青年 第14話「予兆と日常」 - (2010/08/18 (水) 03:42:40) のソース

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*予兆と日常

            ●


 広い会議室。
 窓には遮光カーテンが引かれ光が遮られており、スクリーンに映し出された情報を見て複数の人間がやり取りをしている。
「信太の森にまた上位の異形が現れたらしいな」
 席に座っている一人が口を開いた。
 ここは大阪圏中央部、かつての大都市に置かれた大阪圏自治政府で定期的に持たれる会議の席上だ。
こうして大阪圏の有力者は集い、圏内から日本全体、時には断片的に入ってくる外国の情報を報告し合っては対策を立て、対処を行っていた。
「ああ、近隣の村に手を出していたようだな。報告があって後、狐の異形に対する検問を張らせた」
 答えた男の声に合わせてスクリーンの情報が大阪圏の端、信太の森と隣接している地域、和泉を示し、
そこから伸びる道のいくつかに検問を示す赤い光点が表示された。
「だがそれはもう解決されたという話ではなかったか?」
 別の一角から声が上がり、キーボードを叩く音があった。表示されている情報が最新のものへと切り替わる。
そこには検問を示す赤い光点は存在していなかった。
「そのようだな。和泉に派遣されている武装隊から報告が上がって来ている」
 言葉と共に出席者各々の手元にある電子ブックに報告文書が転送され、問題部分が反転する。
 それに軽く目を通す間が空き、席上の一人が言う。
「現れたのは……信太主。あれを止めたのは以前も此度も平賀博士の養子だという話だったか」
「ああ、狐の異形を匿っていた……」
 会議室の席の一角に視線が集まる。そこには平賀の代理として会議に出席している明日名の姿があった。
 明日名は視線に対して軽く会釈すると口を開く。
「信太の森の件を収めたのだから彼と、
彼が匿っていた信太に縁があると思われる異形に対する政府からの制限を取りやめて自由にしてはどうかという意見も出ているようですが、いかがでしょう?」
「そこまですることはないのではないか? 坂上匠は和泉の用心棒を辞めたのだろう? 
ならばこの件の謝礼はその自由を認めてやったということで十分ではないか」
 それが妥当だろうと言う意見が続くように数名から発された。
「ではそのように伝えてもらえるかな? 平賀博士の代理の方」
 明日名は一瞬不服そうな顔をしたが瞬時に平素の顔に戻すと静かに頷いた。
「はい、ではそのように伝えます……」 


            *


 話が次の議題に移る中、眼光鋭い初老の男が小声で背後に控えた男に言う。
「……信太主が生きていたようだな」
 無表情な大男が感情を感じさせない声で答える。
「そのようで」
「調べろ」
「は」
 頭を下げしずしずと大男は下がっていった。
 初老の男はスクリーンに新たに表示された大阪圏の情勢に目を向けながら小さく口を動かした。
「……アレが生きているとなると――」 


            ●


 平賀の研究区から和泉に戻ってから半月程が過ぎた。
どうも上手く門谷が政府側を説得してくれていたようで、匠の用心棒業務廃業は政府側から認められるところとなり、
事実上封じられていた職業選択の自由が匠の手元に戻って来ることとなっていた。
「要するに職無しで明日をも知れぬわが身なんだが」
「んなこと言って匠、お前けっこう金溜め込んでんだろ?」
 道場の早朝稽古の手伝いを終え、道場裏の畑の草むしりを手伝っていた匠の独り言に和泉の道場主をしている師範、今井信昭が言う。
「まあ、それなりには」
 匠は一応大阪圏付きの公務員であった身で、第二次掃討作戦の武勲者でもある。相応の給料はもらっていた。
「うらやましい限りだ」
 匠のいる場所の隣の畝から引き抜いた雑草を竹箕に放り込んだ信昭はそこで切りをつけたのか、立ち上がると腰に手を当て上体を大きく逸らして空を見上げた。
 気持ち良さげに言う。
「いい天気だ」
「そうだな」
 答えながら匠も空を見上げる。
太陽がそろそろ南中しようとしている空はどこまでも青く、風が気持ちいい。あと一月もすれば夏だろう。
 腹も減ったしそろそろ昼飯が出来上がる頃合だろうか。そう考えながら男二人が空をぼんやりと眺めていると、
「匠さーん」
「あなたー」
 クズハと信昭の伴侶、今井芳恵の声が二人を呼んだ。太陽と腹時計が示す通り、昼飯の用意ができたようだ。 


            ●


 扉を全て開け放した道場の端に腰を下ろして弁当を広げたクズハと芳恵、弁当は二人の手作りだ。
 料理といえば焼く、煮る、揚げる、蒸す、燻す、生、炒める、レンジくらいの組み合わせだと匠は思うのだが、
この二人のそれはまた別次元にあるようで匠などには出せない、料理屋でも開業できるのではないかという味を作り上げている。
「いいお天気が続きますね」
 お茶を淹れながらのクズハの言葉に信昭が頷いて畑に目を向ける。
順調に育ってきている畑の作物は尚も成長しようとでも言うかのようにめいっぱい葉を広げ、陽光を吸収している。
「今年は採れ夏採れ秋だな」
 秋の事まで口にしながらおにぎりを頬張る信昭に気が早いと笑いつつ匠が問う。
「祭りは賑やかになるのか?」
「この分なら盆も納涼も新嘗も村を挙げて騒ぎ倒すだろうな」
「そりゃ楽しみだ」
「お祭りに誘われて森のあの子も来るかもしれないわね」
「あー……」
 芳恵の言葉に匠は眉間に皺を寄せて難しい顔をする。
 森のあの子と言うと、信太の森に住みついているエリカというらしい人に近い姿形の異形と彼女の使い魔のタバサと呼ばれていた羽根のついた猫の事だろう。
 匠は信太の森で彼女等と以前出会って以来、縁があるのか幾度か顔を合わせた事がある。
 悪い奴じゃないんだが……。
 初遭遇はなかなか衝撃的だった。
いきなり裸で『抱いて』などと言われたものだから最初は淫魔の類かと思ったがその後の反応を見るにどうも違うらしい。
昔の信太の森の事を知っている者達らしく、匠にとっては厄介な戦場という印象のある信太の森を指して、
『ここは本来平和な森』……か。
 察するに彼女等は古くからこの地で生きてきた者達……キッコと同じように震災以降湧いた、
人基準で言えば外来の異形に住処を荒らされた在来の異形とでも言ったところだろうか。
だとしたらエリカは古く人が神とか霊とか妖怪だとか呼んでいた存在に近しいものなのだろう。 
 しかし古くから居るにしては彼女達は人の社会に対してどこか勘違いをしているような所もあり、
以前は恋と戦いを混同して匠にはよく分からない発言を掲げては道場で大暴れをしてくれた。
もしまだあのような勘違いをいくつも抱えていてそのまま人里、特に異形を排斥しようとする気風のある所に行かれたのなら、
 そのまま討伐対象になりかねないんだよなあ……。
 彼女等は自衛能力も持っているし、そこらの本能だけで動いているような異形よりも遥かに強い。
そもそもが死にづらい異形らしいから何かあっても逃げるくらいは出来るだろう。
が、熟練の武装隊や傭兵のような戦い慣れた者から見ればタバサも、そしてエリカでさえも倒す事が出来ない存在ではないだろう。
 うまい具合に処世術を身につけてもらわないと危なっかしくてしょうがない。
 そう匠は思い、茶を啜る。
「まあ誤解も解けたようだし、前回で懲りてなくて、もし来たいと思うんなら来るだろうさ」
 少なくとも和泉内でエリカ達を倒そうなどという者はいないだろう。
番兵達までそうでは職務怠慢なのではないかと思わなくもないがそれで和泉の町が正常に回っているのならば問題ない。
「もうあのようなまぎらわしい誤解をしないでもらえると助かります」
 ため息交じりにクズハが言う。
 エリカ達が道場で暴れた時に割とはっちゃけて相手をしたり最終的にはエリカと仲が良くなったように見えたが
やはり道場の門を破壊されたのは良く思ってはいないのだろうか、クズハは小さくぶつぶつと呟いている。
「まあ今後いきなり道場破りよろしく乗り込んで来ることもないだろ」
 理由も無いんだしな。と言い、稲荷寿司――信太寿司とこの地域の老人は呼ぶらしい三角形をしたそれをクズハの口に押し込む。
 匠は黙って稲荷寿司を咀嚼しているクズハのどこか不機嫌そうな顔に笑顔で言ってやった。
「世の中を知ってもらう一環として、まずは油揚げが畑で出来るものじゃないと知ってもらうことから始めるか?」
 ゴホッ、と咳き込む音と共にクズハの口からご飯が飛んで行った。
 気管に米粒でも入ったのか激しくむせている。
 うん、いい反応だ。
 クズハが咳き込むたびに尻尾が小さく跳ねるのを面白いと思いながら一人頷いているとクズハが咳に顔を紅潮させ、
「いつの話をしているんですかっ」
「さて、何年前だったか」
 茶を淹れてやって差し出しながら答える。お茶を一息に飲んで息を落ちつけているクズハを見ながら匠は思う。
 ああ懐かしい……。
「油揚げの種だって言って平賀のじいさんが持ってきた得体のしれない種を油揚げの種だと本気で信じたりとか」
 クズハも目覚めた直後は記憶がほとんど無くなっていたせいか随分と愉快な事を言っては平賀にいじられて最終的に平賀が研究区の誰かにどつかれたりしていたものだ。
 今度は茶でむせはじめたクズハの背をさすってやる。不機嫌になっている余裕がないのかクズハは為されるがままだ。
 あらあらと頬に手を当て、芳恵が匠にとがめるように言った。
「匠くん、あんまりクズハちゃんをいじめてはいけませんよ?」
「仲がいいってこった。けっこうな事じゃねえか」
 信昭がまあ、と付け加える。
「油揚げ畑は作ってやれないがな」
 場に笑いが漏れ、クズハが拗ねたようにそっぽを向いた。
 緩やかに時間が流れていく、政府からの口出しは多少あるが、それも身動きが取れなくなる程不便なものではない。
 ……心地良い。
 匠もクズハも、陽光に映える畑の青を見つめてそんなことを思った。

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