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MAMAN書き ◆iLWTGcwOLM さん作
1.ズム・シティにて
宇宙世紀〇〇八九年もあと一週間で終わろうとしていた。 街はクリスマスカラーに彩られ、ビルにイルミネーションが灯り、いくつかのコロニーでは雪を降らせて雰囲気を盛り上げていた。 ほとんどのコロニーが季節を地球圏の北半球大西洋エリア、即ち西ヨーロッパと北米東海岸の気候に合わせて制御されている。これは人類が今尚この地域を文化の中心と考える風潮が残っている事を示している。出身地による差別も依然として残り、平等や公正は欠片も実践されていない事を、多くの人間が知っていた。 サイド3、かつてジオニズムの聖地ともされ、公国から共和国に名を変えた今もジオンを冠するこのコロニーでもそれは例外ではない。雪こそ降ってはいないが、冬らしいその気温の中、人々はクリスマスの空気に浮かれていた。 そんな中でも、普段と全く変わらず業務を遂行する人々もいる。地球連邦軍ジオン共和国駐留軍指令本部はその一つであり、MS部隊隊長ユウ・カジマ中佐はその中の一人である。「…………」 書類に目を通したままコーヒーが入っているはずのカップに手を伸ばす。デスクの一角を手が探っていると、淹れたてのコーヒーの注がれたカップが指の触れる位置に置かれた。 ユウは気づく事なくコーヒーを口に運び、一口すすってデスクに戻した。 やがて目を通し終わると、書類にサインし、『決裁済』と札の付いたトレイに入れる。 そこでようやく、彼は書類以外のものに視線を向けた。「シェルー少尉、いつからそこに?」「三十分ほど前からですわ、中佐」 サンドリーヌ・シェルー少尉はにこやかに事実を告げた。広報部の女性士官である彼女はMS部隊の執務室に常駐するべき用事はないのだが、慢性的な人員不足の余波を受け、基地全体のスケジュール管理を行う広報部がそのまま幹部の秘書官を兼務しているのだった。非戦時には作戦立案能力など問われないのでこれで十分ではある。「すまない。この後の予定は?」「本日はこれ以降の職務はありません。それをお伝えしに参りましたの」「そうか。ありがとう」「今日はもうお帰りになられては。せっかくのクリスマスですし、奥様とお過ごしになられてもよろしいかと存じます」 シェルーの提案を聞くまでもなく、クリスマスのディナーは予約している。ただし、今からでは少々早すぎるようだ。「まだ帰るには早いようだが」「家でゆっくりと語ってはいかがですか?僭越ながら、中佐はもう少しご自宅でお過ごしになる時間を長く取られルべきでは考えます。何と言っても今はようやくに訪れた平和な時なのですから」 広報部少尉は屈託なくそう言った。まだ士官学校を卒業したばかりで、実務能力についてはまだ未熟だが、気配りのできる繊細な神経をユウは評価していた。「そうだな。たまには早く帰ってみるか。家内に邪魔者扱いされるかもしれないが」 彼には珍しい冗談に、シェルーが声を立てて笑う。「その時は何かお手伝いをして、ご家庭でも軍同様有益な人物である事を証明なさればいいのですよ」「努力してみよう」 席を立ち上がったユウは、ふと思いついた疑問を口にした。「少尉、君はいいのか?クリスマスをオフィスで過ごすつもりか?」「後心配なく。彼と勤務シフトは合わせてありますので」「……そうか。それではメリー・クリスマス」「メリー・クリスマス、中佐」 ユウはオフィスを後にした。
ユウ・カジマ中佐は一年戦争からの歴戦のMSパイロットであり、現役では数少ないトップエースである。しかし、その軍人としてのキャリアはいささか数奇なものとなっている。 宇宙世紀〇〇五六年生まれ。十八歳で士官学校に入学したユウは、飛び級により一年早く〇〇七七年に卒業、一年間の基地勤務の後、戦術兵器開発局に転属された。ここでユウは次世代の宙陸両用兵器の開発に携わる事になる。後にV作戦の落とし子とされるセイバーフィッシュやTINコッド等は、ここでの基礎研究が転用されたものである。 ルウム戦役の大敗後、連邦軍は人型戦術兵器――MSの開発に着手、既に鹵獲したMS-06ザクのデータをフィードバックさせ、一つの完成形、RX-78ガンダムとして結実させた。 連邦軍はこの機体の量産化モデルを開発、RGM-79ジムと命名された機体はガンダムとは別に量産機としての運用データが求められ、そのテストパイロットとしてユウは選出された。 これが彼の運命を大きく変える事になる。 北米での運用テスト中、彼は全身を蒼く塗装したMSと交戦する。RX-79BD-1と呼ばれるそのMSは、連邦軍の極秘プロジェクトであった。通常のジムでBD-1と互角の戦いを見せたユウは、口封じの意味も含め、BD-1テストパイロットに任命される。部分的にはRX-78すら上回る機体を得て、ユウのパイロットとしての才能は完全に開花、爆発的に撃墜数を伸ばし、中尉に昇進するまでになった。その後、ソロモン宙域でBDは大破、計画の存在自体が公式記録から抹消されるとユウは撃墜記録そのものを失って少尉に降格、その五時間後に「ジムの量産化におけるテストパイロットとしての貢献度を鑑みて」再び中尉に復位する。 ア・バオア・クー攻略戦には胴と肩を蒼く塗ったジムコマンドで出撃。ここで彼は戦闘終了までに二十三機のMSと、チベ級重巡洋艦二隻、ムサイ級軽巡洋艦一隻を撃墜、「戦慄の蒼」「蒼い死神」の異称で呼ばれる事になる。 戦後大尉に昇進、軍は彼を「NTではないが、NTに極めて近い存在」として危険視し、MS開発局のテストパイロットとして前線参加を禁じた。RMS-106ハイザックや、RMS-117Bガルバルディβ等、ジオン系MSの技術解析や転用を多く手掛けた。 アースノイドでありながら超人的なMS技術と反応速度を有する事から、オークランド研究所でニュータイプ機の研究をしていた時期もある。 その後、グリプス戦役でティターンズが連邦との対決姿勢を表面化させると、エウーゴでもカラバでもない連邦軍人として、専用のチューンを施したハイザックで参加、セダンの門攻防戦で功を立てる。ネオジオン抗争終結後の軍再編の中で中佐となり、今はここ、ジオン共和国駐留軍で一三〇機のMSを指揮する立場にある。この地で連邦の軍服を着る事はそれだけで危険を伴うが、民衆と友好的な関係を築こうと望む司令官のギィ・ルロワ提督や、広報部の活動が実を結び、それなりに安定した関係を築いていた。
エレカを自ら運転し、官舎に戻ったユウは、ドアホンのベルを鳴らした。「――はい?」 スピーカーから声が聞こえる。ユウはドアに埋め込まれたカメラに自分の顔を向けた。「ユウだ」 ドアのロックが外れる。ユウはドアを開け、中に入った。 玄関に出迎えたのは、青い髪と赤い瞳を持つ、若い女性だった。「ユウ、早いじゃない」「ただいま、マリー」 ユウは出迎えた女性に軽いキスをすると、外套(コート)を預けた。「どうしたの?こんなに早いなんて」「今日はもう用済みだからとっとと失せろ、とさ」「シェルー少尉?」「ああ」 いつの間にあの新任士官と妻が知己となったのか、ユウには心当たりがない。「お茶でもどう?ケーキもあるわよ」「もらおう」 自室に入り、服を着替えてリビングに入ると、マリーが紅茶とケーキを並べていた。 ケーキはイチゴをたっぷりと使い、砂糖菓子の人形が乗っていた。(クリスマスケーキか……) 食事は店を予約してある。その前に家に戻る予定でない事はマリーも承知していた。それでもかすかな期待を込めて、ケーキを用意しておいたのだろうか。「……少尉に礼を言わないとな」「え、何?」「いや」 ユウは曖昧にごまかした。今は基地での話などせず、妻との時間を楽しもう。そう思ったのだ。 しかし、彼の願いは適わなかった。携帯端末(モバイル)が基地からの連絡を知らせてきた。「…………カジマだ」 マリーはキッチンに消えている。軍の話を聞かないようにとの配慮だ。「シェルーです。お寛ぎの所申し訳ございません」「いや、いい。何かあったのか?」「六八艦隊のジャック・ベアード少佐から中佐宛に連絡が入っています。退席したとお伝えしましたが、せめて話だけでもと仰せられて……お繋ぎしてよろしいでしょうか?」 ジャック・ベアードか。ユウ同様、一年戦争以来の前線叩き上げの指揮官で、グリプス戦役ではエウーゴに属していた男だ。元はMSパイロットだが、今は佐官として分艦隊の指揮をを任されていたはずだ。「繋いでくれ……いや、これじゃなく、家の回線に回してくれるか」 ユウはリビングのモニターを自分に向け、映像を待った。程なく、彼と同年代の、制服姿の男が映し出された。「久しぶりだな、ベアード少佐」「お久しぶりです、カジマ中佐」 二人は簡単な挨拶を交わした。それほど親しい関係ではないが、面識はある。「お休みの所申し訳ありません。ですが、お耳に入れて頂きたい噂がありまして」「休みは気にしないでいい。噂とは?」「はい、新年の記念式典についての事なのですが」「一月一日か」 〇〇九〇年一月一日は一年戦争終戦十周年の節目となる。大々的な記念式典が各地で開かれ、ここ、ジオン共和国も例外ではない。「それが、何か?」「実は、ジオン残党が式典を狙って何か企んでいるようなのです」「企む?」 ユウは眉をひそめた。ジオン残党のテロリズムなど目新しい噂ではなく、式典を狙うテロの情報などこの一週間で手足の指では足りないほどの報告が届いている。わざわざルナⅡ艦隊の士官が連絡をしてくるとも思えない。「もちろん、そのような噂は既に食傷気味なほどに届いていることでしょう」 ユウの心の内を察したか、ジャックは先回りをした。「ですが、ここにまだ内偵中の極秘事項が加わると、気にしないわけにもいかなくなります」「…………」「木星船団の運ぶヘリウムですが、これの搬出記録が改竄されているとの情報があるのです」 ユウの表情が厳しくなった。ミノフスキー・イヨネスコ式熱核反応炉は、大出力エネルギー炉の小型化に革命的貢献をし、いまや軍用のみならず、一部コロニーのエネルギー源としてなくてはならないものとなっている。旧来の熱核反応炉も数多く稼動しており、そのいずれもがヘリウムを反応に使用しており、木星船団はそのヘリウムの最大の供給源であった。そのヘリウムの搬出記録が改竄されているという事は、ヘリウムの横領が行われている事を意味する。そんなものがジオン残党の手に渡っていれば、何らかの大出力兵器の稼動が可能になるということである。「しかし、なぜそんな重大な事を隠しているんだ。疑惑とは言え、公開で捜査するべき話だろう」「木星は政治力で見れば、独立国家レベルですからね。事は慎重を要するのですよ」 ジャックは苦笑していた。が、すぐに表情を引き締めた。「しかし、諸々の条件を考え合わせれば、看過できる問題ではありません。特に中佐のいるサイド3は警戒しすぎるという事はないと思われます」「……そうだな、気をつけておこう」 ユウはそう答え、暫く考えてから「しかし、なぜ俺に?ルロワ提督に話すべきではないのか?」 更に言うなら、六八艦隊の司令官は何をしているのか。「……ルロワ提督は、温厚でジオン共和国の反連邦感情を緩和させるには適任だと思います。ですが、非常に当たって同じく適任であるかは判断しかねます」 婉曲な表現だが、要はルロワでは頼りないと言う事である。連邦から密かにエウーゴに参加した硬骨の士は、ユウとは別の正義感で動けるのだろう。「とにかく、情報感謝する。警戒レベルを上げておこう」「よろしくお願いします、中佐」 二人の古参兵は、互いに敬礼をして別れを告げた。
翌日、ユウは本部に入る前にMSドックに立ち寄った。 朝から多数の整備クルーが立ち働いていた。ユウがその中を歩いていると、見知った女性士官が彼に声をかけてきた。「ユウ、どうしたの?珍しいじゃない」「ジャッキー、もういたのか」「誰かさんのおかげでこんな人手不足の基地に配属されたもので。休む暇もありません」 そう言って屈託のない笑いをユウに向けた。 ジャクリーン・ファン・バイク少尉。連邦軍のMS整備の専門家であり、ジオン共和国駐留軍では隊の整備主任を務めている。まだ二十代後半の若さだが、一年戦争時既に軍に在籍し、現場叩上げでこの階級まで上がった人物で、ユウが着任にあたり唯一人事面で希望を出した人物でもある。「で、御用は?まさか私を朝食に誘いに来たわけじゃないでしょ」「久しぶりに俺のMSのフィッティングをしておこうと思ってな。今のうちに完全に調整しておきたい」 その言い回しにジャクリーンが眉根を寄せる。「出動がありそうなの?」 ユウは表情を変えずに否定した。「いや、そういうわけじゃない。ただ、受領して三か月になろうとするのに、まだ調整も終わってないというのはアナハイムに報告しにくくてな」「放っておけばいいのよ、そんなの。前線の高級指揮官にテストパイロットを依頼する方が悪いんだから」「以前ならそう言って上層部(うえ)から叱られるのは俺の上官だったんだが、今は俺が叱られる立場になった」 ジャクリーンが噴出した。「OK。私が手伝ってあげるわ。着いてきて」 二人はドックの奥にある特別ベッドに向かって歩きだした。「機体の整備は?」「いつでも乗れるように万全よ。後はあなたの感覚に合わせてレスポンスやリアクションを微調整するだけ」「わかった」「あと、あなた向けに少し外観をいじってあるわ。気に入ってくれるといいけど」「おいおい」「大丈夫よ、変えたのは色だけだから。ほら」 ジャクリーンが機体を指差した。 機体はネオ・ジオン製MS・AMX-107バウをベースとし、追加武装などを兼ねた大型バックパックに換装した再設計機だった。機体番号もRAZ-107アーツェットと変更している。 エウーゴとAEによるΖ計画のプランの一つであった設計図がアクシズに持ち出され、アクシズで完成したMSがバウである。戦後アクシズ内や地上で鹵獲されたバウを分析したAEは、本機がΖ計画の要求性能をほぼ満たした上で更に量産すら成功させている事にショックを受け、これをベースとした高性能機の研究を開始した。下半身をほぼ新設計し、背部にはGディフェンサーを再設計したジェネレータ内蔵型大型バックパックを搭載して、新たな機体番号を与えられたのである。もっとも、この詳しい内情は現場には伝わっていない。 ユウは眉を上げた。受領したとき、機体は淡いグリーンに塗装されていたが、今目の前にある機体は頭部も手足もブルーに塗られていた。両肩には「B」「D」、スカートアーマーには「04」と白字で書かれている。「どう?」 ジャクリーンは悪戯っぽく訊いてきた。「……怒られても知らんぞ」「大丈夫よ、このくらい。もう整備班の間ではBD-4で通ってるわ」 ユウはカラーについてはこれ以上の追求をせず、「整備性はどうなんだ」「まあ、元がネオジオン製だからいいとは言えないわね。もっともベース機のパーツは40%以下だって話だし、噂じゃ元はアナハイムの設計が盗まれたなんて話も聞くし、思った程じゃないわよ」「そうか」「私としては整備性より操縦性の方が不安よ。加速は凄いけど旋回性能は皆無に近いもの。もし実戦があるとして、これで戦える?」「まだ何度かしか飛ばしていないが、何とかなるだろう。というより、これで戦わざるを得ない。そのためにも最終的な調整を済ませておきたいんだ」 ユウはそう言ってフィッティングに入った。 RAZ-107(或いはBD-4)のコクピットはごく一般的なレイアウトである。最新式のアームレイカーに換装されているかとも思ったが、特別なカスタマイズもなく、ベース機体の仕様そのままであった。ユウはこれでいいと思っている。大型スラスターの加速性能は一種暴力的であり、アームレイカーよりしっかりと握れるレバー式の操縦系統のほうが安心感があった。一つには、年齢と共に考えが保守的になっているのかもしれない。 これからこのコクピットを自分に馴染ませなければならない。自分が機体の癖に慣れるのではなく、機体を自分の癖に合わせる。シートとレバー、ペダルの位置の微調整はもちろん、操作のレスポンス、中立部分の遊びの設定、外部からの入力に対するキックバックのインフォメーション等、様々な条件を自分に合わせてフィットさせていく。連邦軍屈指のエースパイロット、ユウ・カジマの能力をフルに引き出すためのコクピットを作るための工程であった。「ユウ、始めるわよ」 ジャクリーンが呼びかける。ユウは無言で親指を上げる。 フィッティングはドック内のコンピュータと直結し、シミュレーション戦闘を行いながら調整していく。実際に宙域を飛行しながらデータを蓄積しつつ修正していく事もするが、リアルタイムで微調整しながら最適なレスポンスを探るには、常にメカニックがモニター出来る環境が必要であった。ミノフスキー粒子の影響下では、空間航行中のMSの全データをリアルタイムでチェックする事は困難であった。機体をプログラムで指定された操作を行い、機体のレスポンス、キックバックの強さ等を確認する。「右からの入力をマイナス2、左のペダルの遊びをプラス1……」 ユウが調整を要求する。ジャッキーはそれに応じてコンソールを操作する。通常ならモニターとコンソール操作を二人一組で行うところ、彼女は一人で行っていた。年齢は若くとも、ノンキャリアでありながら二十代で中尉にまで登った天才であり、ユウが最優先でスカウトしたメカニックである。 テストは模擬戦闘に移っていた。全周囲モニターに投影されるCGを相手に戦闘を行い、姿勢変化に対する入出力を確認していく。「ユウ、被弾してみて」「被弾?無茶言うな」 パイロットとしての本能に反する行動である。「被弾したときの挙動に対するデータが足りないの。あなたったらほとんどの攻撃をかわしちゃうから」「…………仕方ない」 ユウは仮想敵機の攻撃を意図的にシールドで受けた。衝撃を模した振動がシートやレバーに伝わる。「OK、ユウ。それじゃ、最後は全力で戦ってみて」 その言葉を待っていた。ユウは標準兵装であるビームライフルを構えると、最大加速で移動しつつ三連斉射を行い、それだけで二機を撃墜した。脚部スラスターを使って強引に方向を転換しさらに一機。背後からの攻撃を予測してかわすとこれを迎撃。三十五秒間で四機のマラサイが撃墜された。 ジャクリーンが思わず口笛を吹く。「現実にGがかかってるわけじゃないとはいえ、大したものね。さすがは『戦慄の蒼』」「これで完了か?」「これ以上は実際の戦闘データでもない限り無理ね。でも、テスト運用になら十分以上に機体性能を引き出せるはずよ」 ジャクリーンは保証した。だが彼女はなんとなく気が付いていた。ユウが近い将来の実戦を予測している事を。
ここで基地の組織面を見てみよう。 ジオン共和国駐留艦隊及び駐屯基地、その際立った特徴は、艦隊司令官が基地司令官を兼務しているということである。 アイリッシュ級艦隊旗艦「ハイバリー」を中心に戦闘艦二十二隻、非戦闘艦八隻と艦隊規模としては標準だが、これに基地駐屯兵力が加わるため、司令官ルロワ中将は通常の提督の二倍相当の人員を統括する事態となっていた。 それに比して高級指揮官が少ない事も特徴である。将官はルロワ提督を除けば基地防衛指揮官ローラン・ホワイト准将のみ、「ハイバリー」艦長ニコラス・ヘンリーが唯一の大佐で、ユウ・カジマ中佐はこの三人に次ぐ「席次第四位」であった。他に中佐は艦隊幕僚長マシュー、アレキサンドリア級巡洋艦「フラメンゴ」艦長プティ、それに広報部統括責任者のケイタなど、全部で八名いたが。 グリプス戦役によって連邦軍の人的資源は連邦、ティターンズ、エウーゴに三分され、互いが互いを削りあう事でその資源を大幅に減じる事になった。戦後エウーゴを統合し、ティターンズについても中級以下の士官については投降者を降格処分の上で受け入れたが、有能な高給士官の不足は目を覆うばかりであった。連邦に残る将官の大部分はグリプス戦役の決戦にも出撃せず地上で傍観を決め込んだ、かつての名将レビル将軍が「モグラ」と称した同類であり、彼らは決してこのような最前線となりうる地に赴任する事はなかった。 特に、未だ反連邦の感情が強く、「安全装置の腐った手榴弾」とも言われるサイド3に官僚型の軍人は近付こうとせず、結果としてこのような歪な組織図が出来上がったのである。 ユウが統括するMS部隊はMSだけで一三〇機と二個艦隊相当の戦力を有しており、これに支援機等を加えれば通常ならば将官が指揮するべき人数となる。 MSはジムⅢが中心だが、グリプス戦役期の愛機をそのまま乗機とするパイロットは多く、リックディアスや、マラサイを持ち込む者すらいた。ユウのようにネオジオンの鹵獲機体を使用するパイロットもおり、MSだけを見るとどんな多国籍軍かと言いたくなる。前配属先からMSごと異動して来た場合、機体に何らかのカスタムが施されている場合が多く、これもジャクリーンに言わせれば「頭痛の種」であった。 戦後処理と政治的背景と軍の派閥抗争、この三つの要因によって偶然に集められた問題児集団、それが偽らざる実態である。
「資料を」 ユウが声をかけると、サンドリーヌ・シェルーは即座にクリップされた資料を手渡した。「ありがとう」「警備体制を変更するんですか?」「そうなると思う」「あの、それは昨日のベアード少佐の通信も関係しているのですか?」 ユウは書類から目を上げ、新任の女性士官を見上げた。ブルネットの髪とブラウンの瞳を持つ少尉はその視線に悪戯を見咎められた子供のようにばつの悪い表情をした。「あ、申し訳ありません。出過ぎた事を申し上げました」「……確かに、関係はある」 叱責するでもなく、事実だけを認めるユウの言葉だった。「だが、それほど深刻になる必要はない。確かにここは政治的に微妙な位置ではある。それでも、ジオン残党にとってここは故郷であり、知人や血縁者もまだ多く残っている。コロニーが直接のテロ対象になることはなかろう」「…………」「少尉も知っての通り、ここは地球から最も遠いサイドだ。他の艦隊や基地からも離れている。万が一何らかの攻撃行動をとられたら救援要請をするにも時間がかかりすぎる。だから、自分達の身は自分達で守れるようにしておかなければならない。その為の警備さ」 表情も声もほとんど変わらないが、ユウはシェルーを安心させる言葉を選んでいた。彼女はサイド7出身で、かの「ホワイトベース隊」の脱出行によって地球まで逃げ延びた経験を持つ。極限状況の中で望みうる最良の連邦軍人に出会った事が彼女を軍人の道に進ませたが、潜在的には戦争に対してかなり強い嫌悪や恐怖を感じている事が、彼女の適正検査から読みとれた。「コロニーの外で何をしてこようが俺が追い払う。それでもまだ不安かな?」 浮気を疑う恋人に、俺を信じられないのかと言っているような物言いだ、とユウは思った。だが、シェルーには効果があったようだ。「いえ。中佐を信じます」 シェルーは笑顔を見せた。悪名も名の内だな、ユウは自嘲気味に考えた。「よろしい、それでは会議が終わるまで部署に戻っていてくれ」 ユウはそう言って部屋を後にした。
ギィ・ルロワ提督は白髪頭と黒い口ひげの初老を少し過ぎた男で、ひげを落とすとかなりの童顔ではないかと噂されていた。ジャミトフ・ハイマンとは同郷の出身だが、ティターンズには参加せず、連邦軍の中立派として振舞った。ティターンズ解散後の軍再編の際に中将に昇進し、穏健派としての人間性を買われてジオン共和国の駐留武官の長に任命された。ソロモン攻略戦からア・バオア・クー決戦、グリプス戦役でもコロニーレーザーを巡る攻防戦と主要な作戦には全て参加、特筆すべき戦功は全くないが、その全てを生き延びた事で評価される将である。 政治的にもレビルやゴップ、コーウェン、ジャミトフといったいかなる派閥にも属さず、常に中立であるが故に失脚もせずこの地位に上り詰めており、そのため一部には「実力がなく、誰からも取り立てられない事が幸いした強運の持ち主」という、いささか辛辣な評価もある。戦闘指揮官としては凡庸とされるが、常に第一線に身を置きながら生還していると言う事実からも無能でない事は証明されると言える。 そのルロワはユウから提出された警備計画の変更提案書を見ながら、酷く難しい顔をしていた。「……カジマ中佐。確かにこれならコロニー内のテロのみならず周辺宙域での戦闘行為に対しても十分な対応が出来るだろう。しかし、果たしてこれほどの規模の警戒が必要なのかね?」 ユウは起立はせず、その場に着席したまま必要と考える根拠を述べた。 第一に、今回の終戦記念式典は戦後十年目の節目としてその規模、注目度ともに過去とは比較にならない点。共和国の式典に連邦首脳の出席はないが、ジオン軍残党はジオン共和国政府を正当な政府として認めておらず、その首脳を謀殺する意図を考えれば決してテロの危険性を減じる材料とはなりえない。 第二に、その立地条件から非常時に救援を求める事が困難である点。地球から最も遠いサイドであるサイド3は他の連邦軍基地とも地理的に離れていて、危急の際に他の基地からの救援は望めない。先に述べたように今回の式典にジオン残党にとっても政治的にテロ標的としての価値を持つ以上、それに相応した警備体制を敷く事は必要である。「そして第三に、同日に宙域を航行予定の木星旅団です」「木星船団を襲撃する可能性があると言うのか?」「ハイバリー」艦長ヘンリー大佐が発言した。木星船団は非常に高い戦闘力を有しており、小規模な海賊紛いの連中に遅れを取る事はない。それでも、宙域内で襲撃されるとなれば救援に向かわないわけには行かない。「可能性の一つです。式典へのテロ行為に我々の注意が向いている間に、木星船団の物資を狙う。初歩的ですが、効果的な奇襲作戦です」「……確かに一理あるな」 基地防衛指揮官ホワイト准将が同意した。2メートル近い偉丈夫で、勇敢な闘士として知られる人物だが、普段は温厚な人物であり、「ルロワ提督より総司令官らしい」とはズムシティの市民からも言われる感想である。「だが、式典ではルロワ艦隊もパレードと称して出港する。有事には彼らが当たる事も可能だし、艦隊が外にいるというだけでも海賊行為に対しては牽制になると思うが」「第一、これだけの規模で軍を動かすとなると当初見込みの予算を大幅に上回る事になります。カジマ中佐はそこまで考えておいでか」 幕僚長のマシュー中佐が批判的な立場から問い質す。官僚型の軍人で、幕僚よりも補給等後方支援の方が向いているのではないかとユウは思っている。「逆にお伺いする。もし事が起きた場合、基地としての責任はどう取るべきとお考えか?」 ユウの言葉にマシューが沈黙する。ユウの言葉は論理ではなく恫喝である。それを承知でそうせざるを得なかったのは、ヘリウム3横領疑惑について公に出来なかった事、そして木星船団について別の可能性があると考えていたからである。 ヘリウム3横領が事実として、横領されたヘリウムはどうやって運び出されているか?輸送手段など簡単に用意できるものではない。木星から持ち出す事は出来てもそこからの長い航路を誰にも気づかれる事なく続ける事などこのミノフスキー粒子下でも不可能だ。 ならばどうするか?ユウは一つの可能性に到達した。木星からの密輸には木星船団を使うのが最も確実なのではないか。船団のコンテナは厳密に計測されており、どうやって人知れず過剰なヘリウムを隠しているのかは不明だが、木星からヘリウムを盗むなど組織的に行わなければいずれにせよ不可能である。輸送船もグルになっている可能性は無視できない。 ユウはその受け渡しにグラナダかサイド3宙域が使われているのではないかと疑っていた。親ジオンであることが周知であるサイド3と、連邦に対する姿勢が今一つ不明な月都市。どちらも裏取引には格好の場だ。 しかし、これは空前のスキャンダルである。証拠があったとしても口に出す事がはばかられるレベルのものだ。まして今はルナ2経由の未確認情報のみで、これだけで軍を動かすなど――中佐に過ぎないユウでは特に――出来るものではない。 だからユウは単に「警備体制の見直し」として修正案を出したのである。漠然としたものであっても、上手く不安や保身の意識を煽る事である程度の警戒レベルを維持させる事がユウの狙いであった。 その狙いは的中したようだ。ルロワ提督はみなの意見を聞いた後、こう結論付けた。「貴官らの意見はよく判った。今回の式典は言わば連邦の威信に関わるものであり、いかなる種類の失敗も許されない。カジマ中佐、貴官の提案を採用しよう」
ズムシティ内のホテルの一室に二人の男がいた。窓辺に立つ一人は三十を一、二歳超えたところか。痩身だが病的ではなく、一見悠然としていながらその身のこなしには隙がなかった。 もう一人は二十代前半と言ったところか。大きく、濃いサングラスに隠されて表情は知ることが出来ないが、ソファーに深く身を沈めた姿からはもう一人のような緊張は感じられない。「何か見える?アラン」 若い男が訊いた。 「……明日が見える」 窓辺の男が答える。若い男がクスクスと声を立てた。「確かに感心してもらえるとは思ってなかったがな」「ごめんごめん。でも、今時そんな科白言う人がいるなんて」 全く悪びれずに謝ると、表情を引き締め、真面目な声で話を続ける。「名残惜しくなった?」「馬鹿な事を。そんなのは二度と戻ってこれない時に思うものだ」 アランと呼ばれた男は振り返った。「俺達はここに戻って来る。そのために戦うんだろう、オリバー」「……そうだね」「お前はもういいのか?どこか行きたい所があるなら――」「アラン、僕は元々、ここの想い出はあまりないよ」「――そうだったな、すまん」「いいよ。それより、さっきの連絡は何だったの?予定に変更でもあった?」「変更はない。予定通りだ」「そう、ならいいや」「判ってると思うが、油断はするなよ。数の上でこちらは圧倒的に不利だ。しくじれば後がない」 オリバーと呼ばれたサングラスの男は落ち着いて返答した。「数の差なんて、アラン、君やギド、それに僕がいればカバーできるよ。それを計算に入れた上での計画だったじゃないか」 アランは頷いた。数で負けている事は最初から判っていた事だ。だからこそ慎重を期して計画してきたのだ。「しかし、まだ油断は出来ない。ここのMS隊指揮官はあのユウ・カジマだ。甘く見ることは出来ん」「ユウ・カジマ……」 オリバーの声に初めて緊張がこもった。「『戦慄の蒼』。だけど、その強さは半分はマリオンの力だよ」 EXAMシステムのベースとなった少女の名前を彼は口にした。連邦、ジオン双方の公式記録から抹消された存在を、なぜこの若者が知っているのだろうか。 アランはそんなオリバーの言葉をたしなめた。「それが油断だと言うんだ。確かに奴の戦績の半分はEXAMと共に消されたが、ア・バオア・クーの決戦や先のグリプスでの戦いはあの男の力だ。あの男のパイロットとしての技量は『真紅の稲妻』にも引けを取らん。しかも、今あの男が駆るのはバウを改造したカスタム機だということだ」「バウ?ハッ」 オリバーが挑発するような笑いを上げた。いかなる理由からか、この若者はユウを過小評価したがっているようだ。「連邦のMSじゃバウ以上の機体はありませんって事かい?エースがその程度の機体じゃ後の戦力も数だけでたかが知れてるね」 アランはそれに対して何か言おうとしたが、やめた。相手を呑んでかかる事が良い結果に繋がるタイプもいる。「さて、僕はそろそろ部屋に戻るよ」 オリバーはソファーから立ち上がった。そして、テーブルの脇に立て掛けてあった白い杖を手探りで掴む。 アランは部屋の反対に歩くとドアを開けてやった。「一人で帰れるか?」「もうホテルの廊下は慣れたよ」 オリバーは軽く手を振って見せた。「そうか」「不便なのは今だけさ」 オリバーは言った。「あれに乗れば僕も君達以上に見る事が出来る」 そう言ってオリバーは杖をつきながら部屋を出て行った。その足取りには全く危なげはなかった。
「アイゼンベルグ、イノウエ、二名入ります」 ユウの執務室に二人の男が入ってきた。一人は赤毛の高い鼻が特徴的な長身の男で、制服の胸のボタンを開けて着崩している。もう一人は黒髪の一見風采の上がらない中年男で、表情から何かを読み取る事が困難なタイプであった。前者はルーカス・アイゼンベルグ、後者をクロード・イノウエという。二人は共に大尉で、ユウ指揮下のMS隊の副隊長であった。「これを」 ユウは前置きを一切置かず、書類を二人に渡した。終戦記念式典のMS隊の配置と当日の任務についての決定要綱である。 二人は各々書類に目を通していたが、同じ所で目を止めた。「……これは」「隊長は基地からの指揮なので?最初はパレードでデモンストレーション飛行を披露するという事でしたが」 ユウは記念式典での艦隊パレードにあって、ソロでのアクロバット飛行の命を受けていた。AE社からの要望でもあり、ユウがテスト機として受領しているRAZ-107アーツェットの性能宣伝という要素を持っていて、簡単には変更は認められないはずだ。「式典とはいえこれは基地の全戦力が動員される作戦だ。駐留基地の警備・護衛任務についてもMS指揮については私が責任を持たねばならない。後方から全体を見渡す必要がある」 それを聞いた二人はしばし無言であった。ユウが今言った事など最初からわかりきっていた事である。今更変更する理由にはならない。つまりは――。「戦闘が予想されるという事ですな。それもMS戦闘が」 アイゼンベルグが指摘した。シェルーは彼が心なしか喜んでいるようにも見えた。 ルーカス・アイゼンベルグ大尉はエウーゴから連邦への編入兵である。エウーゴ参加前の経歴には曖昧な部分が多く、元ジオン軍人との噂もあった。彼自身その噂を否定していないため、マシュー中佐などからは半ば本気で危険分子扱いされていた。 パイロットとしては優秀で、部下からの信頼もそれなりに厚いのだが、上官への敬意というものが欠落しており、ネオジオン抗争後一年足らずの間に任地を三度も変えているというのもその性格が影響しているのだろう。もっとも、ジオン残党との戦闘を予想しながら喜んでいるというのは、単なる戦闘狂かもしれない。 軍籍を信じるなら〇〇五二年生まれの三十七歳。リックディアスの改修機を愛機としており、彼の機体はビームライフルとジムのシールドを使用している。「その可能性に備えるというだけだ」 ユウはそれだけを言った。自分が統括指揮に回ると知れれば誰もが同じ事を考えるだろうが、積極的にそれを肯定するつもりもない。「それで、小官はコロニーの周辺宙域の警戒という事でよろしいのですかな?」「そうだ。コロニーに直接何かをしてくるとは考えにくいが、仕掛けてくるとすれば少数でのゲリラ戦でくる可能性は高い。貴官にはそれに対する備えとなってもらう。コロニーの内と外で連動して活動されるのが一番厳しい。それを阻止してもらいたい」「承知しました」 慇懃に敬礼をしてみせる。ユウはイノウエに向いた。「イノウエ大尉。貴官は宙域哨戒についてくれ」「了解しました」 イノウエは表情を変えず答えた。 ユウと同じく日本をルーツに持つ彼は、一年戦争時から雷撃、即ち艦船への直接攻撃を専門とするシップ・エースであった。その武装は常に一撃の破壊力を最優先に選定され、ア・バオア・クー決戦ではバズーカ二門を携えて出撃し、空母ドロアの艦橋に直撃弾を撃ち込み撃沈させるという武勲を立てている。MS撃墜数は生涯通算で四機のみと、いかに母艦攻撃に特化した戦士かがわかる。 しかし年齢四十四歳とパイロットとしては限界が近づいており、母艦攻撃よりもMS同士の制空権争いに主眼が置かれる戦術の変化もあって、最近では指導教官への転向を希望していた。歴戦の勇士であることは間違いなく、基地内部でも階級以上の敬意を表されるこの大尉に対し、ユウは多少なりともリスクの低い、言い換えれば現実に戦闘になる可能性の低い任務を与えたのである。 MS戦闘が中心とならざるを得ない艦隊護衛で彼のパイロットとしての手腕には期待できないが、木星船団やパレード中の艦隊を襲撃された場合、対空防御に対しては一定以上の指揮能力を期待できるという考えもあった。「急な変更だが、この配置で対処してくれ。各中隊長には今日中に私から伝えておく。以上だ」
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