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Top>ガンダム総合スレ
闇夜が辺りを覆いつくしていた。星の煌めきは酷く遠く、か細い。もっと光が欲しい。そうフェンリスが思うと、突如として光が現れ、周囲を照らし出す。フェンリスは自分が重巡洋艦の中にいることを知った。ジオンの主力宇宙戦闘艦『チベ』級だろう。その火力は『グワジン』には及ばないものの、『ムサイ』を遥かに越え、連邦軍の『マゼラン』にも対抗できる。艦橋では忙しく司令部要員たちが動き回り、隷下の艦艇に司令を送り、MS隊の展開を急がせる。戦場が、すぐ側に迫っているのだ。
(だめだ、行くな)
フェンリスはこの艦隊の名前を知っている。いや、知っているどころではない。彼は現実にこの艦隊に所属していた。MS隊の全パイロット、全整備員の名前、司令部要員の高級将校、武器のスペック、すべて知っている。 そして、その運命も。
(ガンダムには、ニュータイプには勝てない! 引き返すんだ!)
だが艦隊は止まらない。やがて正面のスクリーンにMSが映し出される。白と赤と青、いかにも実験機然としたトリコロールカラーに背に負った二本の細い筒のようなサーベル。そして両手に構えられたビームライフル。――ガンダムだ。
閃光が走る。左方向で小さな爆発が生じ、たちまちそれは光を増して巨大な閃光へと変化する。僚艦が撃沈されたのだ。チベ艦内は騒然とし、次々とMS隊が発艦。ただちにガンダムを包囲せんとする。
(やめろ! 戻れ!)
声は届かない。出撃した全てのMSはガンダム目指して走り、何度か火線を交わした後、光の玉になって消えた。
(あんな、馬鹿げた存在が許されるのか……?俺たち凡人は、ひと握りのニュータイプに屠られるだけの存在なのか?俺たちはニュータイプに人類が進化するための、繋ぎなのか?違う! 断じて違う! 俺たちこそが人類だ!)
接近するガンダムを前にフェンリスが決意を固めたとき、周囲に変化が生じた。今まで忙しなく動き回り、状況の報告や司令の伝達を行っていた要員たちが一斉に持ち場を離れ、ガンダムに魅入っているのだ。 これはなんだ、とフェンリスが思ったのも束の間。拍手の雨がガンダムに注がれる。
――凄い、凄いぞ。あれこそ人類の新たな姿だ。我々とは違う。宇宙に出た人類の正しい姿だ。きっと、我々を導けるぞ。彼に従おう。彼についていこう。彼と共に戦おう――
拍手、拍手、拍手。万雷の拍手がガンダムに注がれる。彼らの目は熱に狂っていて、目の前でガンダムが僚艦を破壊していくのに気付かない。そして僚艦を完全にスクラップにしたガンダムは進路を変更し、チベに向かう。
(やめろ、奴は敵だ! 俺たち人類の敵なんだ! 何故気付かない!すぐに応戦しろ、沈められたいのか!? 頼む、戦ってくれ!)
彼らは戦わない。ガンダムを、ニュータイプを讃えるだけだ。やがて彼らは一向にニュータイプを讃えないフェンリスを睨みつける。
――オールドタイプめ、お前こそ戦争の源だ。そんなに戦いたいなら戦うがいい――
次の瞬間、チベは消え去り、フェンリスは虚空にたった一人『リック・ドム』に乗って漂う自分を発見した。殺される。そう思ったフェンリスは脱出レバーを引くが、動かない。コックピットを開けようとパネルを叩くが、これも動かない。そうしている間にもモニターに映るガンダムの姿はどんどん大きくなっていく。フェンリスは自分の睾丸が縮み上がるのを感じた。 そして、ビームライフルが突きつけられる。
(助けてくれぇっ!)
わめき散しながらジャイアント・バズを放つ。無我夢中で放たれたそれは、一発も命中しない。かち、かちと引き金を絞る音が響くたび、フェンリスは発狂しそうになった。
(いやだ、死にたくない! まだ死にたくないんだ! いやだぁーっ!)
祈りは届かない。モニターの中で急速に拡大していくガンダムはビームライフルを捨て、サーベルを引き抜き、リック・ドムの頭部に振り下ろし――
「うああぁぁぁぁーーーーーっ!?」
自分の絶叫でフェンリスは飛び起きた。途端にしゅん、と言う音と共に扉が開き、部下たちが駆け込んでくる。
「隊長、どうなさいましたか!?」
「あ……あ……、ゆ、夢、か……」
廊下からの光が見える。その手前では不死隊の部下2人が心配そうな面持ちでフェンリスを見ていた。荒い息をゆっくりと正し、意識を覚醒させたフェンリスは、ここが地球に向かうシャトルの中であり、部下2人は左右の部屋で自分の警護をしている要員だということを思い出した。
「……すまない、いつもの悪夢だ。大事無い、戻ってくれ」
「ですが、隊長……」
フェンリスの頭に血が上る。何故従わない。俺を舐めているのか? それとも貴様らもニュータイプを讃え、俺のような人間をオールドタイプと見下すのか? 感情が爆発し、口から迸りそうになる。こいつら、教育してやろうか。残忍な考えすら、頭に浮かんだ。
「大事無い。お前らとて時折見るだろう? 兵士の宿命というやつだ。おっと、間違っても他の奴らには漏らすなよ? 威厳に関わる。」
だが口から出てきたのは優しい言葉だった。いつもどおり、強面でありながら身内には優しい隊長を見て安心した部下2人は口元に笑みさえ浮かべながら、失礼いたしました。と一言残して戻っていった。後には、闇と静寂が広がる。
「あいつらは俺の体と心の一部だ。無碍にできるかよ……」
フェンリスとてわかっている。彼らが本心から自分を心配して駆けつけてきたことを。だが今は一人になりたかった。汗に塗れ、表情をひきつらせた自分など、誰にも見せたくなかった。 股間に違和感を感じたフェンリスは毛布をめくって心底情けない気分になった。すぐに鼻をつくアンモニア臭が広がる。漏らしていた。部下たちを下がらせたのは、やはり正解だったようだ。
(こえぇよ。本当に……)
夢の中に出てきたガンダムを思い出すと、睾丸が縮み上がった。
(だから、許せねぇんだよ)
シャトルはフェンリスと29人の部下を乗せ、北米大陸のオーガスタに降りた。不死隊300人とは戦争が終わった後も緊密な連絡を取っており、今回の話を回したところ、誰もがフェンリスと共に地球に下りることを選択した。だが用意できるシャトルには限りがあり、また、彼らとて戦後の飯の種を得るために何らかの職業についていたため、すぐにも全員が降下するというわけにはいかず、そこで中核部隊である30人が一先ず降下することになったのである。
「ここがオーガスタ研究所、我々の職場です。もっとも、研究所は多数のセクションに分かれており、この施設全てが自由に使えるというわけではありません。我々の属する対ニュータイプ課はもう少し向こうです。エレカを回しました、乗ってください」
宇宙空間での生活による疲労も、大気圏突入後の1Gによる体のだるさもなんのその、先頭を切るアスティ課長に導かれ、不死隊30人はエレカに分乗し、広大なオーガスタ研究所の内部を移動した。 地球へ向かう旅の途中で聞いたところ、オーガスタ研究所はジオンにおけるフラナガン機関に相当し、一年戦争の最中から敵軍の真っ只中でニュータイプの研究を推し進めている研究所だという。しかしジオンのそれがニュータイプの能力の積極的軍事利用――ビットなど顕著だ――に目的を絞り、『エルメス』『ジオング』など伝説的な成果をあげているのに対して、オーガスタのニュータイプ研究は政治的な動向やニュータイプへの懐疑、そして技術そのものの遅れなどのためにどうも目的が絞れず、目標もばらばら、目指す方向もいまひとつはっきりしないままに各セクションが暗中模索で研究を進めている状態だという話だった。
「もっとも、だからこそ私のような人間がいちセクションを好き勝手に仕切れるわけですよ」
「対ニュータイプ研究か。実際のところ、どんだけ本気なのかね。こいつを立てあげた連邦の有力者はよ」
ニュータイプとの対決を予期しているからこそ、このような研究も進められているはずである。ならば理解者が皆無ということもないだろう、と思いつつも、先の話を聞けばこのセクションにどれだけ連邦の本気が感じられるのかは疑問だった。 案の定、アスティは苦笑しながら言う。
「可能性としてはあり得るから、立てあげておけ。そんなところでしょうねニュータイプの存在そのものにすら懐疑的な人間も連邦の高官には大勢いるのですよ。アムロ・レイを散々広告塔として利用しておいた癖に、戦後はそれを否定するんですからね。笑っちゃいますよ」
そんなところだろうな、とフェンリスは思う。
(まぁいいさ。やがて誰もが気付くことになる。だが気付いたときには遅い。だからこそ、俺たちがその時に備えなければならんのだ)
「さて、つきましたよ。ここがわたしの研究所です」
物思いに耽るフェンリスの前に、巨大なMSハンガーに増設された建物が現れた。
「おいアスティ、お前さん、俺たちをバカにしてるのか、それともニュータイプに対する理解が足りないのか?」
対ニュータイプ課を案内されるフェンリスはイライラしながらアスティに詰め寄る。
「当研究所に不満でも?」
冷静そのものといった様子で答えたアスティに、フェンリスはますます苛立つ。
「大有りだよ、この馬鹿」
対ニュータイプ課は他のセクションとは少し離れたところにあり、MSハンガーと小規模な演習場を備えているのが特徴だった。研究所としては異様だが、対ニュータイプ課の研究目的が『MS戦におけるNTの打倒』である以上、それは当然だろう。当の研究所がボロなのも、フェンリスには余り気にはならなかった。問題は中身である。 自分達のようなニュータイプへの復讐に燃えた実戦要員と、アスティのような氷の炎を燃やす後方要員が揃っていれば、どれだけ冷遇されようと結果は出るとフェンリスは考えていた。 その考えは、研究所を潜って更に強化された。研究所に詰める白衣の所員達の殆どが、何らかの怪我をしていたのである。片脚のない男、片腕がない女、目が潰れた女、顔の半面が焼けた男。他の所員たちも、裸にしてみれば恐らく何らかの怪我を負っている人間が多いだろう。
「シドニー会、と我々は呼んでいます。コロニー落としで顕著な被害を受け、生きるか死ぬかの瀬戸際に置かれた者たちの連絡会から発展しました。皆、ジオニズムとニュータイプ思想を絶滅するまでは、死んでも死に切れないと言っています」
ジオンの軍人を雇ったことは知っているのだろう。刺すような視線を向けてくる者もいる。何せフェンリスたちがコロニーを落としたのだ。だがその所員もすぐに興味を失い、自分の研究に没頭し出した。それが、逆にフェンリス達に信頼を抱かせる。コイツらは本気でニュータイプを消す気だ、と。
だが、奥に進むにつれてフェンリス達は不安になっていった。何せ、育児室や保母としか見えない所員がいるのだ。愛くるしいおもちゃに、子供たちの騒ぐ声が響き、研究所の廊下を走り回る子供たち。そして止めに奥の部屋に案内され、これこそ私の研究の成果です、と一人の少女を紹介され、これからあなた方には彼女の相手をしてもらいますと言われたとき、フェンリスの忍耐は限界に達した。
「俺たちはな、ニュータイプを殺しにきたんだ。元気にはしゃぐガキの相手なんざぁ、ベビーシッターにでも任せるんだな」
「そう仰るのは予想の範疇です。ですが」
「いいわ、アスティ。わたしだってこんな大人を相手になんかしたくないわ」
説明を始めようとしたアスティをさえぎり、少女がフェンリスを睨みつける。
「しかし、ラテア」
「軍施設に子供が大量にいて、奥の奥に隔離されている。その異様さに気付かずに表面上の事を捉えてああだこうだと言っている大人にニュータイプを殺せるわけがないわ。こんなのほっといて実験を再開しましょう。付き合っても時間の無駄よ」
少女は挑むようにフェンリスを睨みつける。歳の頃は12、3歳か。微笑めばさぞ愛らしいであろう容貌だが、背は低く、服装もどこか幼い。だがフェンリスを睨みつける目は不相応に鋭く、口調は少女とは思えないほど攻撃的だった。
「ほぉ、中々口の回るガキじゃねえか」
「ガキじゃないわ、ラテアよ。ラテア・リンダム。最もおじさんのカタイ頭じゃ、そんなことも理解できないのかしら?」
フェンリスはへらへらと笑うだけだ。だが部下は違う。彼らにとってフェンリスは神に等しい。侮蔑には、誰であれ制裁を食らわせるのが彼らの流儀だった。その空気を感じ取ったであろうに、ラテアは動揺した様子もない。逆に鼻を鳴らし、憤然と男たちを見下す。
「いいわ、かかってらっしゃい。格の違いを見せてあげる」
「ラテア! やめないか! 少尉たちも、大人気ないですよ!」
傍らではらはらしながら事を見守っていたアスティが大声をあげ、場をとりなす。気勢を削がれた両者はしぶしぶと矛を収めた。
「少尉、説明不足をお詫びします。ですが今一度、言っておきます。彼女は、間違いなく私の、いえ、オーガスタの研究の一つの結晶なのです」
「すまねぇな、アスティ。俺は嬢ちゃんの言うとおり、頭が固い。俺もわかるように説明を頼む」
その積りです、と言ったものの、アスティはどう説明したものか困ったように首を捻る。痺れを切らしたらしいラテアは前に進み出ると提案した。
「アスティ、いい方法があるわ。戦うの!」
「ラテア、きみは黙ってなさい。頭を冷やす必要がある」
「あら、わたしは冷静よ? 安心して、生身で戦うんじゃないわ。MSで戦うの。試験用のMSが何機かあるでしょう? それで模擬戦をやれば、すぐにわかると思わない?」
アスティははっとした表情になると、また悩み出した。それを見たフェンリスは気でも狂ったのかと思い、慌てて詰め寄る。
「おいおい待てよ。元パイロットの俺たちと、このお嬢が戦う? MSで?アスティ、お前さんがいるべきなのはここじゃなくて精神病院なのかい?どう見たってこのお嬢ちゃんは12,3歳ってところだろう?」
「アムロ・レイは15歳でガンダムを動かしたわ。最新鋭のMSをね。ならアムロ・レイを越えるものが12歳でMSを動かすのも当然でしょ?」
「このガキ、MSはオモチャとは違うんだぞ」
「2人とも、やめなさい!」
再び険悪になりかかった空気を、アスティは両手を強く叩き合わせることで霧散させた。
「いいだろう。ラテア、きみのいうことも尤もだ。少尉、着任そうそうお疲れですが、表で模擬戦をしていただきたい。機種は2人とも、06J(陸戦ザク)です」
「おいおいまじかよ……泣きべそ掻いてもしらねぇぞ?」
「ふん! ほえ面掻かせてやるわ! 野蛮人!」
こうして奇妙な決闘が始まった。
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