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9.連合艦隊結成
尾行されている、と気づいたのはほんの偶然だった。 妻のために花でも、と立ち寄った花屋の窓ガラスに男の二人組が映り込んだ。その顔に見覚えはない。しかし紛れもなくその身のこなしは軍人のものだ。 ユウは気づかない振りをしたまま花束を作ってもらい、代金をキャッシュで支払って店を出た。暫く遅れて十分な距離を置いて二人が動き出した。(何者だ) 敵か、それとも軍のスキャンダルを暴こうと徘徊するパパラッチか。どちらとも考えられる。特に今は終戦記念式典の際の敵襲を隠蔽した事で批判が高まっている時だ。 パパラッチだとすれば相手をすれば却って面倒な事になる、このまま無視して何事もないかのようにするか、とも考えた。しかしもし相手がアクシズ残党であった場合、このまま病院に向かってマリーの所在を知られてしまうのはまずいかもしれない。軍施設と言っても基地内にあるわけではなく、病院と言う性質上人の出入りについてそのチェックは完璧には程遠い。 ユウは周囲を見回した。記憶ではカメラの死角となる場所がこの近くにあったはずだ。 追跡者二人は一ブロックほどの距離を保って移動している。ユウは病院の手前で脇道に飛び込んだ。 尾行者はホワイトとリーフェイが選出した空挺隊員(SAS)だった。能力と口の堅さを見込まれた二人である。彼らもユウが尾行に気付く事、また脇道に入ったユウが待ち伏せをしてくる事は予想の範囲内だったはずである。それでもなお、自分達がユウに負けるとは考えていなかった。如何にMS戦闘のトップエースとはいえ、市街地での徒手戦闘では逮捕術も含めた専門訓練を積むのSASの敵ではない。 はずだった。 角を曲がった瞬間にユウが目の前に現れたが、ユウは手を出しては来なかった。その代わりにつま先で相手のかかとを蹴り払った。きれいな出足払いが入り、手を着いて倒れたその顔面にかかとが飛んできた。 倒された相棒に一瞥もくれずユウ確保に後ろから飛び掛ったもう一人のSASのプロ意識は賞賛されるべきだろう。しかし、生身とMSの違いはあれ、全方位からの攻撃に備えた戦いはユウの得意とするところだった。 振り返りざま手に掴んでいた砂利を顔に投げつける。さすがにSASが目を一瞬閉じる。その隙に相手の懐に飛び込むと、頭で相手の顎をかち上げた。狙いやすい腹を狙わなかったのは服の下にプレートを仕込んでいる可能性を考慮しての事である。関節を裏から狙う、ガードできなくさせてから頭部を狙うと言うのはMS格闘戦でも基本とされていた。 ユウは倒れた追手の胸座を掴み、「何者だ?」 と問いかけた。「……空挺連隊の者です」「SASだと?」 自分の身分を簡単に明かしたのは、その方がユウの警戒は解けると判断したためである。事実、アクシズ残党の可能性も考えていたユウはここで攻撃の意思を失った。 しかし、空挺と言うのは予想外だった。情報部やMPが内部捜査に動く事はあるが、彼らは独立した捜査権を持っている。対して空挺隊員は対テロ戦闘などの特殊任務に就くが、その指揮権は基地司令官にある。つまり、ルロワや基地防衛司令官たるホワイトの指示で尾行していた事になる。「俺を尾けてどうする?俺の何を調べている?」「捜査上の秘密です」 形どおりの回答。ユウは内心で舌打ちした。「……わかった。ならばそのまま尾行を続行しろ」 ユウの言葉に相手がさすがに意外と言う表情を浮かべる。「妻に危害を及ぼす相手でないことがわかればいい。気の済むまで調べろ」 何を目的にしているにせよ、ここでこれ以上排除行動を行っても不利になるだけである。これ以上は無視するしかない。 通りに戻ると何食わぬ顔で病院に向かう。一ブロックほど行ったところで脇道から二人が出てくるのを確認した。 ユウはそのまま歩いた。
病院内でもユウは何者かの視線を感じた。間違いなく病院にも誰かいる。(NTなら誰が俺を見ているかもっと正確に判るのかも知れんな) 戦場でもNTを羨ましいと思った事はないユウだが、この時ばかりはNTの能力が欲しいと思った。 病室に入るとマリーは寝ているようだった。ユウは音を立てないよう気をつけてベッドの脇に座り、愛妻の寝顔を見ていた。 もう一緒になって四年になるが、出会った当時のまま、少女のような面影をまだ寝顔に残している。印象的な紅い瞳を見る事は出来ないが、ユウは顔にかかった青い前髪をそっと払った。「ん……」 マリーが身じろぎした。「すまん、起こしてしまったか」「……ユウ、ごめんなさい、寝てたみたい」「病人なんだから寝てて謝る事はない」 ユウは笑って言った。「具合はどうだ?」「うん、大分よくなったみたい」「そうか。少し中庭で外の空気でも吸うか?」「うん」 ユウは車椅子を用意してもらうと、そこにマリーを座らせた。マリーは「自分で歩けるよ」 と言って恥ずかしがったが、構わず乗せて押していった。 ズム・シティは密閉型コロニーで、照らしているのは人工太陽の光だったが、中庭の木々の香りや枝の間を潜る空気の涼やかさは本物だった。人工物の塊であるスペースコロニーも、全てが作り物ではないのである。「やっぱり外はいいわ」 車椅子の上でマリーが背伸びをした。「そうか」「でも、ユウから見ると変でしょ?ここも厳密に言えば『中』なんだから」「そうでもない。地球でも大気汚染の酷い地域ではガラスハウスの中でしか自然を再現出来ないなどよくある事だ。それに小惑星基地じゃもっと箱庭のような緑しか用意されていなかったからな」「ふうん……」 マリーは暫く目を閉じて光と風を肌で感じていたが、やがて「ねえ、ユウ」 と呼びかけた。「ん?」「また、戦うの?」「――そうなる」「戦わない事って出来ないの?」「難しいだろうな。それは向こうが武装解除に応じる事が前提になる」「あの人達はただ、私たちに呼びかけているだけでしょ?連邦に対して権利を主張しろ、て言ってて、もし連邦が話し合いをしないで押さえ込もうとするなら力を貸す、て言ってるんじゃない。それなら、先に連邦が戦意のない事を示せば――」「マリー」 ユウは慎重に言葉を選びながらマリーに話した。「確かにあの連中は自分から戦闘を仕掛けるとは言っていない。それどころか、自分達が自ら先導する立場にあろうとすらしていない。動くのは民衆、軍隊はそれを守る盾、理想的なシビリアンコントロールの理念だ。だが、裏を返せばそれは扇動なんだよ。「シビリアンコントロールでは軍隊は自分で自分の力を行使することはない。軍隊は常に政治の管理下に置かれ、政治の判断でのみ抜かれる剣でなければならない。そのあり方は間違っていない。「しかし、見方を変えるなら、つまり戦争の責任は文治が負う、と言う事だ。軍人と同時に軍を動かした政治に責任を求める。リトマネンは自分達を剣として、盾として使えと言う。しかし、リトマネンが呼びかけている相手が、本当にリトマネンほどの力を必要としているのか?軍が政治に対し過剰な軍事力の保有を焚きつけるならそれはもうシビリアンコントロールではない。相手がピストルでいいと言っているのにミサイルを持たせて、それで大きな被害が出た時それでも最大の責任は引き金を引いた者が負うべきなのか?何よりも、それだけの戦力を有する軍隊が自ら売り込みに来て、本当にその軍隊が文民の管理下に納まっていられるのか?ありえない。主を自ら選ぶ剣は自ら見限る事も出来るんだ。剣の持主は自分が滅ぼされないために剣の望みを常に考えなければならない。それは傀儡政権と呼ばれるんだ」 そう、リトマネンの一党はあまりにも大きな力を持ちすぎた。一個艦隊程度の戦力が同じ事を訴えたとしても少し規模の大きなジオン残党として通常規模の討伐隊が結成され、一度四散させてしまえば生き残りの中で顔の知られた何名かが指名手配のリストに加えられて終わりだったのだ。しかし彼らは連邦の主力をほとんど一瞬で殲滅させる力がある事を見せてしまった。連邦軍は彼らと彼らに与する者を威信を賭けて打倒する事になる。後に続くものを出さないために。「そう……よね。ごめんなさい、あなたのお仕事に口を出すつもりはなかったの」「いいさ。戦争する軍人が非難される社会は、賞賛される社会より多分まともだ」 恐らく今の会話もどこかで盗聴されているのだろう。先々で自分達にとって不利となる言葉は使わないようにしたつもりだが、果たして上手く行っただろうか? マリーがユウを見上げ、微笑みながら手を伸ばして彼を引き寄せた。「ユウ、私たち誰かに見られてるわ」 ユウは内心の動揺を隠し、笑い返して囁いた。「わかるのか?」「後ろの渡り廊下に二人、私の左にいるベンチの一人、それから奥で雑誌を読んでる一人。ずっと私たちに意識を向けているわ」 渡り廊下の二人はユウを追跡していた連中だ。後の二人はユウは気付かなかった。「マリー、何故――?」「でも、あまり怖い感じはしない。心配しなくても大丈夫だと思う」 もう一度マリーはにっこりと笑って見せた。そしてすぐに病室に戻りたいと言い、監視者についてはそれ以上触れなかった。
スキラッチ中将は病的に色の白い、顔の大きな人物で、今は航行中に見たコロニーレーザーのショックでさらに蒼ざめていた。「ご苦労様です、スキラッチ提督。お疲れかもしれませんが、よろしければすぐにでも作戦会議に入りたいのですが」 ホワイトが早急な申し入れを行ったのは兵は迅速を尊ぶの格言に従った行動だが、この場での主導権が自分達にある事を言外に主張する目的もあった。スキラッチは特に反論も不満もなく、そのまま幕僚と共に会議室に入った。「スキラッチ中将。戦況についてはどの程度――」「ほぼ全部を把握しているつもりだ。残党どもが今どこに向かっているか、それだけが判っていない」「残念だがそれはまだ判明していない。ただ、現在ジオン共和国の領宙を抜けつつある事だけは確かだ」 ルロワが伝えた。スキラッチは腕組みして「フム……彼奴らの主張から考えるに、このジオンはもちろん他のコロニーも、月面都市も攻撃目標とするのは考え難い。完全な追従こそないが、明確な反対の立場も表明していない今はまだ。すると単純に戦術的に守備のしやすいポイントを探しているのか、それとも戦略的な攻撃目標があるのか……」 スキラッチという男、少なくとも無能ではないらしい。それなりに筋の通った思考だとユウは思った。 宇宙でコロニーや月以外の戦略的攻撃目標としてはコンペイ島やルナ2、ドック艦ラビアンローズ、それにアクシズなどがある。そのうちの一つを占拠し、根城とする気ではないか、というのが大方の予想であった。「時にルロワ司令官。我々はどのような方針で戦うおつもりか、指令のお考えを伺いたい」 ユウは態度に出さず、ヘンリーは目を軽く見開き、そしてマシューは小さく声に出してそれぞれにスキラッチを見た。到着前にはスキラッチが作戦指揮権を主張するのではとの噂が流れたが、今ルロワを司令官と呼んだという事はどうやらその意図はないようだ。 もっとも、スキラッチとしては当初は主導権を握る気でいたのだが、敵の戦力が彼の予想をはるかに越えて大きかったため、臆したというのが真相だった。この作戦行動はルロワに任せ、失敗に終わりさらに全軍挙げての大攻勢となった時にファケッティ総司令官の右腕として権勢を振るう方が得策と判断したのである。 ルロワは少し考えた後、こう答えた。「あの連射式コロニーレーザーを封じるには敵味方入り乱れる乱戦に持ち込むのが最善だろう。陽動を立て、高速の別働隊で後背を突く。そうする事で乱戦に持ち込みあのレーザーを無力化する」 本当はもう一つ敵に切り札を使わせない方法も検討されていた。しかしその方法については世論の批判を浴びるとの判断からブライトとルロワの二人の意見は一致、スキラッチに提案される事はなかった。 スキラッチは頷いた。作戦としては気に入ったらしい。「なるほど、ではその編成はどのように?別働隊には艦隊規模の小さなノア代将が任を務める事になると?」「いえ、自分は陽動に入ります」 ブライトは即答した。彼の乗る旗艦ネェルアーガマは足も速く強力な艦だが、最大の武器は艦下部のハイパーメガ粒子砲にある。コロニーレーザーを一撃で破壊しうるその主砲を相手に見せつける事で陽動の効果を増そうという考えである。一つには、成功すれば勲功の高い別働隊より危険の高い任務を自ら買って出た面もある。「今回の作戦では大胆に混成した部隊編成を行い、別働隊には各艦隊から選りすぐりの精鋭を選抜して挑みたい。どうだろうか?」「…………よろしいでしょう、それではそれで選抜しましょう」 会議の結果、別働隊はスキラッチが指揮を執ることになった。実力というよりは派閥の力学の結果だが、ルロワが作戦司令官の立場に収まった以上主力の指揮をせざるを得ず、ブライトは既に陽動に入る事を宣言しているのだから選択肢はない。 別働隊は艦隊よりもMS戦力を重視し、ユウはこの別働隊のMS隊長に任命された。副長にはブライト艦隊所属の『韋駄天フランク』ことフランク・カーペンター大尉が着き、速攻を仕掛けて乱戦を作り出す、という任務を最優先すると改めて確認した。これも、スキラッチ一人に功を独占させないための人事だが、結果としてはMS戦闘における最強の戦士が最重要部署を受け持つわけで、不満のある布陣ではない。出撃はルロワに補充されたMSなどの調整時間を考え、七十二時間後と決定した。ここまでで一度解散し、後は艦隊司令官三名が残ってフォーメーションを打ち合わせる事になった。
「当然小官も別働隊に加えていただけるのでしょう?」 話を聞いたアイゼンベルグの第一声である。嘆願ではなく確認といった風だが、実際に彼のカスタムされたリックディアスはいまだに機動性においては破格であり、その自信も当然といえた。「恐らくそうなるだろう。ただし、副隊長ではなく一中隊長としての編成になるが」「帰って気が楽というものです。周りに気を配る必要なく戦闘に専念できるというものです」「ルーカス、言う事が物騒」 ジャクリーンが嗜める。彼らはドックにいた。ジャクリーンとアストナージがBD‐4に一部改良を行ったので見に来て欲しいと言われ、ユウが顔を出していたのである。ドックにはジャクリーンとアストナージの他、アイゼンベルグ、それになぜかシェルーまでいた。「ジャッキー、どこを改造したんだ?見たところ変わったようには見えないが」 ユウが自分の愛機を見上げながら訊ねた。特に形状の変更も、装甲を増加させたようにも見えない。塗装し直されて蒼が強くなった気もするが、外観上の違いはそれだけだった。 ジャクリーンが悪戯ぽく笑う。予想通りの反応がきて嬉しいという感じだ。「本体はほとんど変えてないわ。変えたのは武器の方よ」「武器?」 ユウの顔が険しくなった。ただでも不安定な試作品に余計な手を加えてさらに信頼性を落とされては、と言う表情だった。ジャクリーンも表情の意味を察して言葉を継ぐ。「もちろん信頼性が落ちるような改造はしていないわ。むしろ動作の安定性を高めつつ威力を上げる方向で手を加えたのよ」「中佐の機体はネオジオンの技術とAEの技術が複雑に絡み合っていて手を加えるにはデリケートだったので諦めました。武装はAEだったので主に威力の強化に主眼を置いて改造しています」 アストナージが説明しながら室内クレーンを操作し、新しくなった銃を目の前に現した。「……でかいな」 アイゼンベルグが見たままの感想を口にした。 元々一丁の銃に四種類の異なるビーム発射能力を持たせたビームライオットガンは標準的なビームライフルのサイズを大きく上回る大型の武装だったが、出てきた新型は銃のグリップ側、丁度人間用のライフルならショルダーストックの付く箇所が延長され、全長は完全にBD‐4の全高を上回る超大型となっている。延長された側の端には大型のビーム砲門らしきものが付いていた。「Gチェイサーに変形してもちゃんとバックパックに接続できるようになってるわよ。重量バランスは少し悪化してるけど、ユウなら問題ないわ」「ライオットガンは加速リングと収束リングのセッティングを調整して初速と有効射程を向上させています。計算上ではスラッグショットで初速を二十一%、有効射程は十六%上がったはずです」「それって凄いんですか?」 小声でシェルーがアイゼンベルグに訊いた。アイゼンベルグも小声で答えた。「多分な」 実のところはアイゼンベルグも使っていない銃なのでよく判らない。しかし、ビームが速く、遠くに飛ぶ事にデメリットはない。「反対側のビーム砲は何だ?」 ユウはむしろそちらに関心を示した。明らかに取り回しを犠牲にしてまで付けたからにはよほど自信のある新装備なのだろう。 ジャクリーンが答えた。「ハイメガキャノンよ」 その場の全員がメカニック二人を見た。アストナージが少し得意げに説明する。「ネェルアーガマに残っていたΖΖのモジュールユニットを無理矢理取り付けてみたんです。自分としてはMS本体に固定したかったんですが、変形の邪魔になるような仕様変更は駄目だと言うので……」「なぜネェルアーガマにそんなものが?Ζ計画で生まれたものは全て軍が差し押さえたのでは?」 アストナージは曖昧な表情で何も答えなかった。どうやら彼の仕事場にはまだまだ宝が眠っていそうだ。「――まあ、いい。続けてくれ」 アストナージはコンソールを操作し、モニター上にCGを表示させた。「使う時にはこのようにバックパックにハイメガキャノン側を前に接続して肩に背負う形になります。威力はΖΖの物と同等ですが、ジェネレータ出力が低いのでチャージに十八秒、その間はスラスター使用も大幅に制限を受ける事になります」「ちょっと待てよ、つまり発射体勢に入ったら銃も使えねえ、動く事も出来ねえって意味か?使えるわけねえだろ、そんな武器」 アイゼンベルグが指摘したが、ジャクリーンは動じない。「バックパックのスラスターはそうだけど、脚のスラスターは生きてるから動けないわけではないわ、もちろん不自由しないとは言えないけど。あと、チャージ中の反撃手段だってもちろん考えてるわよ」 そう言うと再びクレーンを操作し、今度はシールドを引き出した。「元々専用に開発されてたメガ粒子砲内蔵シールドよ。これなら独立したジェネレータでドライブするから問題なく撃てるわ」「ああ、あったな、そんなの」「…………」 ユウはあまりシールドに武装を付けたものが好きではなかった。下手に受けて誘爆でもしたら本末転倒である。 しかし、この戦いではハイメガキャノンのような兵器が必要だった。コロニーレーザーにダメージを与えるにも、敵部隊をまとめて殲滅させるにも有効だ。あとはあの新型に乗った二人が素直に撃たせてくれるかだが……。「少しサイトの調整をしておきたい。ジャッキー、頼む」「任せておいて」 とにかく今は力が欲しい。
シェルーと共に執務室に戻るユウは、途中の廊下でホワイトと鉢合わせした。 ホワイトとユウは互いに目を逸らさず、ゆっくりと歩いた。既にユウが尾行に気付いている事をホワイトは聞いているはずだ。ユウはその件に関してルロワにもホワイトにも問いただしてはおらず、ホワイトもまたユウに直接は何も言ってこない。大規模な作戦行動を前に司令官と中級指揮官の間には不信感と言う名の溝が出来上がりつつあった。 一言も発しないまま両者がすれ違った時、先に口を開いたのはホワイトだった。「中佐。この度の作戦行動で貴官と確認しておきたい事がある」 ユウが足を止めた。「少尉、先に戻っていてくれ。私は准将と少し話してから戻る」「――はい」「コーヒーの準備をしておいてくれ。少し薄めに頼む」「承知しました」 場に張り詰めた空気を感じていたシェルーは内心ここから離れられる事に喜びながら執務室に戻っていった。「――して、確認したい事とは?」 最低限の礼儀だけを守って質問した。事を構えるつもりもないが盲従するつもりもない。「私の部屋に来てくれ。そこで話そう」 ホワイトの執務室に入ったユウは勧められるままにソファーに座り、ホワイトの出方を待った。ホワイトは自ら紅茶を淹れるとユウの前にカップを置いた。「中佐、奥方の具合はどうか?」 ホワイトは訊いた。「単なる疲労とストレスだと言われました。もうすぐに退院できると思います」「そうか。それはよかった」 頷いて、すぐに「貴官と奥方が知り合ったのは四年前だったな?」「ほぼ五年になります、准将」 ユウは訂正した。「そうか、失礼した。それ以前には面識はなかったのだな?」 ユウは答えなかった。質問の意図を探っていたからではない。自分自身に同じ問いをした事があるからだった。 サマナ・フィリスが入院した病院で初めて出逢った新人の看護士。しかし、誰よりも彼自身が強い既視感を感じていた。自分はこの少女を知っている。 だが場所も、状況も全く思い出せない。さらに言うなら顔にも声にも覚えはない。ただ、その存在だけは確かに知っている。 結婚生活を送る中でその違和感は徐々に薄れていき、些細な事として記憶の片隅に追いやられていたのだが……。「ありません。同僚の入院先で出逢ったのが最初です」「……なるほど」 ユウの答えのタイムラグには触れず、ホワイトは書類の束をテーブルに置いた。リーフェイがルロワたちに示した文書のコピーだった。「見たまえ」 ユウはそれを手に取り、ページをめくっていき――手が止まった。「この写真は?」「市内の監視カメラの映像から抽出したものだ」「何故家内が監視対象になっているのです?」「奥方ではない」 ホワイトが否定した。「対象は相手の男だ」 ユウは写真の男を見直した。見覚えのない男だった。「その人物はある旅行会社の観光客だ。ただしその会社は実体のないダミー会社で、ツアーと称して何度もここを訪れている割にはそれ以外の活動記録が一切ない」 ケイタ中佐がそんな話をしていた事をユウは思い出した。「つまり、この男がアクシズ残党の一人だと?」「その可能性は極めて高い。現実にこの時ではないが、過去のツアー参加者としてアラン・コンラッドの姿も確認されている」 ユウにも話の全容が見えてきた。「マリーが一味だとでも言うおつもりですか?」 声が剣呑さを増した。ホワイトは動じる事なく正面からユウを見ている。「現在まで判っている事は、奥方がこのツアー関係者と接触したのはこの一回だけである事、この映っている場面の様子から二人がかなり親しい関係である事が予想される事、口の動きから察する限り、奥方は男を『オリー』と呼んでいる事くらいだ。男は彼女の事を『マリア』と呼んでいるようにも見えるが、口の動きが小さくて読み取れん」「…………」「その映像は一月六日の話だ。その頃の奥方に何かおかしなところはなかったか?」 ユウは目をつぶっていた。彼の頭にあるのはたった一つだった。つまり、正直に言うか、ごまかすか、である。「その日は古い友人に逢った、と言っていました。それが誰なのかは言わなかったし、こちらも訊きはしませんが、とても上機嫌であったと記憶しています」 そのままを伝えた。これで相手の正体は知らないと准将が判断する事を期待しながら。 ホワイトも頷いた。「つまり今の彼の事は何も知らないと言う事か。それが演技である可能性は?」「ないでしょう、恐らく。演技をするならそもそも何かあったような態度をとる必要がありません」「筋は通っている、か……」 ホワイトは腕組みをした。「奥方の経歴を確認してみた」 ホワイトが話題の方向を変えた。ユウが答える。「それは結婚の際に当然行われているはずですが」「そうだ、そしてその書類に一切疑わしい部分はなかった。だが、その書類上の完璧さに比して、彼女にはあまりにも知人が少なすぎると思わんか?十四歳で両親を失ったとあるが、その後彼女は誰の庇護下で育てられた?保護者の名前はある。だが貴官の結婚式にその養育者が出席していたか?」「…………」 ユウは沈黙した。マリーは招待状を出したが、出席は出来ないと返事が来たと説明された。一度挨拶に出向いたものの、対面は十五分程でしかなかった。奇妙には感じたものの、それ以上考えた事はなかった――。「中佐、この事は基地内でもごく一部の人間しか知らない事だ。無論ブライト大佐もスキラッチ中将も知らん。なぜならこの件を公にする事自体が大きな利敵行為となり得ると考えられるからだ」 これを追求すればユウは拘束とまでは言わなくても当面指揮権はもちろん、寝返りの可能性がある戦場への参加もさせるわけにはいかない。それはただでも強力なNTやエースを擁する敵に対し、著しい不利を被る事になる。 言い換えれば、己の潔白は戦場で証明して見せろと言う事でもある。「……寛大なご処置、感謝します」 ユウはそれでも謝辞を述べた。この瞬間、ユウと司令部の間には信頼関係とは遠い意味での共通意識が生まれた。
コロニーレーザーと共に移動を続けるリトマネンのアクシズ残党軍では、ささやかな酒宴がひらかれていた。 連邦艦隊を殲滅して以来、彼らの元には各地に潜伏していた反連邦活動の士が馳せ参じていた。全くの身一つで来る者、ジオン公国の艦艇やMSを持ち込む者、そして少ないながらもガルスJやRジャジャなどのアクシズ製MSを所有する者もいた。 更に匿名ながらも資金援助を申し出る個人や企業も現れ、彼らの作戦行動は質、量共に改善される事となった。「我等の信念、我等の正義が受け入れられた証である」 宴の始め、リトマネンは演説の中でそう言った。少なくとも援軍や支援者の存在が兵の士気を大いに上げた事は事実だった。 アラン・コンラッドは水割りのグラスを手にこの酒宴を他人事のように眺めていた。 彼は彼の上官ほどには現状を楽観視していなかった。 確かに人数は増えた。資金や整備もこれで改善されるだろう。しかしこれまでの戦闘で失われた戦力を直ちに補填できるものではない。パイロットや艦艇のオペレーター、ガンナーとしての力量はこれから見極めなければならない。少々資金が増えたところでMSを買えるわけでもなし、整備部品の調達が根本的に改善されたわけでもない。こうして酒や食事が少し立派になるだけでは、皆もいずれ現実に気付く事になるだろう。(それに、義勇兵の集まりも思ったほどではないような) それも気懸りだった。この宇宙に今でも連邦憎しと潜伏する旧ジオン軍人やその子弟は決して少なくない。連邦艦隊でも最大規模の勢力をあれほどまでに一方的に虐殺して、それでも呼応しようとしないならいつそれらは蜂起する気なのか。現実はアランが考えている以上に冷めてしまっているのだろうか。(あるいは、他にもジオンの意志を継ぐ組織が既に結成されているのか……?) そこまで考えた時、彼の前にスティーブ・マオが歩いてきた。「どうしましたかな?難しいお顔をして。もっとお酒を召し上がってはいかがです」「いえ……万が一攻撃を受けた時のために酔うほどに飲むわけには参りませんので」「ふむ、隊長は生真面目なお方だ」「手綱を緩める事は閣下がしてくれます。私は引き締める側を務めます」 アランとしては気の利いた科白のつもりだったが、マオには通じなかったらしい。曖昧な表情でシャンパンらしきものの入ったグラスを回していた。「ヘル・マオ、そちらの方は?」 マオの後ろにいる見慣れぬ人物に視線を向け、アランは訊ねた。「おお、そうでした。隊長、こちらは我々に協力してくれる事になったドクトル・ゲオルゲ・ハジです。ハジ博士、こちらがハンニバルのパイロット、アラン・コンラッド隊長です」「ハジです。お目にかかれて光栄です。私のことはゲオルゲとお呼び下さい」 ゲオルゲと名乗る男は右手を差し出してきた。アランはその右手を握り返した。「アラン・コンラッドです。ドクトルとの事ですが、お医者様ですか?」「いえ、私は宇宙における運動制御理論を研究している者です。MSの医者、と言えば言えるでしょうか」 MSの研究者か。なんとなくだが木星の技術者には見えなかった。より都会的に洗練されている。AEのスタッフか、とアランは判断した。驚く事ではない。奴らは戦争と金儲けを結び付けられるならどこにでも出向く。「ゲオルゲ博士のコネからジオン系の流体内パルス式駆動モジュールを用立ててもらえそうなのですよ。これは隊長たるあなたに早くお聞かせしたいとご案内した次第です」「これは素晴らしい。感謝します」 精一杯愛想よく感謝の意を伝えた。出所に興味はないがこれで小破、中破して稼動不能となり、部品取り用のドナーとしてしか使い道のなくなっていたMSが再生できる。「このくらいはお安い御用です。その代わりと言っては何ですが、私もここで整備を見学する事を許可いただけるでしょうか。特に隊長の乗るハンニバル、あれは実に興味深い。是非とも、この目で見ておきたいのです。研究者の性とご理解下さい」 アランは内心、この申し出をよく思わなかった。協力者、と言ってはいるがその実は技術を盗用するスパイのようなものである。特にオリバーのサイコミュや自身のIMBBLのような技術を簡単に見せたくはない。しかし、断れる状況でないのも確かだ。「どうぞ、現場には私から伝えておきます」「ありがとうございます」「時に隊長、もう一人のハンニバルパイロットは何処にいますかな?」 マオが訊いた。オリバー・メツはこのパーティーを欠席していた。「まだ調整中のサイコミュで戦闘を行ったせいでしょう、今は自室で休んでおります。丁度今から様子を見に行こうとしていたところです」「おお、これは失礼しました。お引き留めして申し訳ない」 絶妙な口実でその場を離れ、アランはオリバーの部屋を訪れた。「オリバー、入るぞ」 返事を待たずドアに手を掛ける。鍵はかかっていなかった。「オリバー、どうだ、少しは落ち着い――」 アランの動きが止まった。 オリバーはベッドの上に座っていた。膝を抱え、顔をその膝に埋めていた。手には何か小さな瓶を持っていた。「どうした、オリバー」「なんでもない」 予想外に即答が返ってきた。アランはそれ以上言わず相手を見ていたが、ふと、その手の中の小瓶がほとんど空になっているのに気付いた。「オリバー、お前、薬を――」「なんでもない!」 オリバーは先ほどよりも強く否定した。アランは再び黙った。 オリバーの持っている瓶は一種の昂揚剤である。NTや強化人間の能力は精神的なものに左右される要素が強い。特に人工的に能力を引き出す強化人間は精神が不安定になりがちで、欝状態になると全く戦場で役に立たなくなってしまう。そのため、この昂揚剤で発奮させ、能力を常に全開させるのである。 オリバーは実験の副作用で視力を失って以降能力が急上昇し、かつ精神の安定性も高かったため失明以後はほとんど薬物は使用していなかった。そのオリバーの小瓶が空になりかけている、と言う事は……。「どれだけ飲んだんだ、オリバー」「大丈夫だよ、アラン」 顔を膝に着けたままオリバーが答えた。落ち着きを取り戻したようだ。「奴に勝つには、今の僕の能力では足りない。戦場だけじゃなく、二十四時間常に感覚を研ぎ澄まして能力を磨き続け、NTとして能力の底上げをしないと届かないんだ――ユウ・カジマとマリオンの二人には」「オリバー……」「大丈夫、僕なら大丈夫だよ。奴に勝つまでだ、それまででいいんだ」 オリバーはそう繰り返していた。
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