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戦況は何度目かの転機を迎えていた。 アラン、オリバーはMSと相俟ってまさしく一騎当千の働きを見せていたが、一騎当千はどこまで行っても一騎でしかない。この二人に対抗しうるユウの戦線復帰は両陣営の戦力差を本来の比率に修正した。 更にマリーを救出するという共通の目的意識は連邦軍の士気を更に高めていた。今やリトマネン軍はコロニーレーザーとリトマネンを守るのに精一杯となっていた。 しかし、前線の士気が上がっても指揮官として必ずしも歓迎できる事態であるとは限らない。「戦いの目的が変わってるぞ……」 ブライトは溜息混じりに呟いた。 事前の作戦会議では、ネェル・アーガマのハイパーメガ粒子砲でコントロールコアを吹き飛ばし、一撃で無力化させるという方針が決まっていた。それがユウ・カジマの攫われた妻がそのコントロールルームにいる事が判明し、作戦を決行するのに大きな障害となってしまった。そして今、連邦軍MSはコロニーレーザーを包囲するように殺到し、ネェル・アーガマの位置からは例えコントロールルーム攻撃を強行するとしても味方が邪魔して狙えない状況が出来上がっていた。 言うまでもなくブライトは生粋の前線指揮官であり、兵の機微にも通じている人物である。兵士が同僚の家族というより身近な対象の救出作戦により士気を高める心情は理解していた。少なくとも彼の部下はコロニー生まれが多く、地球に対する思い入れがそれほど強くない事も地球防衛と言う任務に対する熱が上がらない原因かもしれない。「だがどうする。どれくらいの時間が残っているんだ」 ブライトは敵の守り方が、積極的に迎撃すると言うより時間稼ぎを行っている事に気づいていた。だとすれば時間一杯まで守りきられたらコロニーレーザーが発射されてしまう事になる。マリー救出に成功したとしても作戦としては完全な失敗となってしまう。 ブライトは自分がこの反乱鎮圧に派遣された意図と期待を理解していた。ブライト自ら提言する対ジオン残党専門部隊設立案。今回の叛乱はこの構想の有効性を証明する好機であった。ジオン残党の健在と脅威が明確になったところでこれを鎮圧、ブライトの士気能力も合わせてアピールする。もしこの作戦を失敗すれば彼のみならず彼の構想を支援してくれた人物の立場まで危うくしてしまう。「提督、間もなくハイパーメガ粒子砲のチャージが完了します。いかがいたしますか?」 トーレスが確認を求めた。エウーゴ時代からの付き合いとなるこの男はアムロを除けばブライトにとって最も信頼できる部下であり、友人である。「トーレス、コロニーレーザーのシリンダーを三基、同時に潰せるタイミングを計算してくれ。十分以内の全ての可能性を知りたい」「判りました」 トーレスが即座にコンソールに向かって入力を始める。ブライトは目前の戦況を見つめ、場合によっては非常な決断も覚悟していた。
オリバー・メツは自分の中の怒りの感情が膨れ上がって行くのを感じていた。目の前にいるこの男は再びマリオンを連れ出し、縛り続けようとしている。やっと自分が彼女を解放してやろうと言うのに!「目障りだ、僕とマリオンの前から消えろ、ユウ・カジマァァァ!」 凄まじいプレッシャー。NTならざるアランやユウにも伝わってくる程の純粋な殺気がオリバーの駆るハンニバルから放出される。アランは一抹の危うさを感じオリバーに声をかける。「オリバー、冷静になれ。判断を鈍らせるぞ」 しかし、オリバーは聞いてはいても届いてはいないようだった。「アラン、これは僕の敵だよ」「オリバー!」「ここは僕に任せて。君は残りを片付けて」 言うなりオリバーはファンネルを展開させる。 ユウはライオットガンをスネークショットにあわせる。「中佐、そいつはIフィールドを持っています」 艦の通信が入る。ユウは黙って頷いた。 四基のグラップラーファンネルからチルドファンネルが放出、BD‐4を完全に包囲する。ユウは前方に向けて一発発射、同時にビームを追うようにスラスターを全開で突進し、そのまま後方に向けても一発撃った。 爆発を教える光球は一つも生まれなかった。(全て躱すのか) 初めてこのパイロットと相対したのはたった十八日前だが、その時には有効だったファンネル迎撃が全く通用しなくなっている。(これがNTか) 自分の十年間に僅か十八日間で並ばれる事に無常を感じながら、それでも負けるわけにはいかないと自分に言い聞かせた。 ファンネルが追撃してくる。包囲が完成する直前にパイロットとしての本能が回避ルートを選択、ほんの僅かの差で包囲の遅れた一角に滑り込むように移動して火線の焦点から外れた。 十年間に染み付いた、脳を中継しない条件反射による行動は単純だがNTの反応すら超える。ファンネルの一斉砲火は空を切り、偶然にユウの逃げた先に向けて発射されたビームはシールドで防がれた。「えぇい、くそっ」 オリバーの声が苛立ちを含んだ。数度見れば単純なパターン行動に過ぎないこんな動きは容易に予測可能になるが、その数度の回避すらも許すつもりはない。「なら、これで!」 二十四基のチルドファンネルを操作しての弾幕。ユウはその焦点から外れるべく後退し、ライオットガンを構える。狙うはMS本体――。「何!?」 BD‐4の上下からグラップラーファンネルが襲い掛かり首と片脚をホールドした。そのまま関節を曲げる反動でBD‐4の全身を反らせる。ハンニバルでの初陣で『銀狐』ハロルドに使った戦法だった。自由を奪われたユウにチルドファンネルが狙いを定める。オリバーはこの瞬間勝利を確信した。「終わりだ、『戦慄の蒼』」 オリバーの目の前で蒼い機体が真っ二つになった。彼の攻撃によるものではない。ファンネルの一斉砲火は上半身と下半身の間に突然生まれた空間を空しく通り過ぎていった。 この瞬間のユウの判断と操縦技術は経験や才能などと言う陳腐な言葉で括れるものではなかった。ユウはMSの自由を奪われたと認識したその一瞬後に自ら上半身と下半身を分離したのである。 BD‐4に加えられた力が上半身を半回転させる。その間もユウは上半身と下半身を同時に制御していた。上半身が百八十度反転した時、トリガーを引いた。 下半身からのビームガンが首を掴んでいたファンネルを貫く。同時にライオットガンの一撃が右足を掴んでいた一基を破壊していた。 この二基のファンネルを中継して制御されていた十二基のチルドファンネルがコントロールを失って周囲のファンネルに激突する。一瞬だがサイコミュ兵器がオリバーの意志を無視した。「落ち着け、お前達!」 母機を失ったチルドファンネルを残った二基のグラップラーファンネルの制御下に切り替えコントロールを取り戻す。今のオリバーにとって瞬きするほどの時間でしかない『作業』だったが、それはユウにとって十分すぎる隙となった。 分離した機体を合体させず、そのままGチェイサーとフライングVに変形させて特攻を仕掛ける。 オリバーはファンネルではなく、本体のメガ粒子砲の砲門を開きビームの弾幕を張った。ユウはGチェイサーに変形したままシールドを腕で引き出すと、メガ粒子砲をアイドリングさせた状態でハンニバル目掛けて投げつけた。メガ粒子砲はビームの方向を安定させるためIフィールドを発生させている。微弱とはいえIフィールドを帯びたシールドはビーム砲撃を打ち消しながらハンニバルに向かって飛んでくる。ただ投げたのではない。Gチェイサーの最大加速による慣性付きである。「うわっ!?」 予想外の攻撃にハンニバルの前方視界が塞がれる。激突する寸前に辛うじて腕で払い除けることに成功した。 その隙を待っていた。フライングVがオリバーのハンニバルの脇腹に激突した。機体が大きくバランスを崩す。「し、しまった!」 オリバー本来の能力ならばこの単純な特攻が成功する事はなかっただろう。必殺の確信を持った攻撃を外されたショック、盾を投げつけるという予想外の攻撃に対する動揺、それらが生み出す一瞬の意識の間隙を突いたのは紛れもなくユウの天才がなせる業だった。「畜生!」 ニトロを発動させ、Iフィールドで全身を覆う。しかし、それもユウの想定内だった。 GチェイサーはIフィールドの効果範囲を突き破り零距離に迫っていた。バックパックに固定されたライオットガンがハンニバルに押し付けられるようにポイントする。「とった」 ユウが確信を口にした。彼はトリガーを引き絞った ユウは視界の隅に強い光を感じた。それが何かを確認するより速く身体が反応した。回避のためのローリング。アランのIMBBLによる攻撃が機体を掠めて虚空に吸い込まれたのと、回避行動によって射線のずれたビームライオットガンがオリバー機の肩口にあるIフィールド発生装置を破壊するのと、同時だった。「くそ、曲がった!」 アランが歯噛みした。片側十六・五メガワットのビームは回避行動をとったGチェイサーの動きを予測していた。直撃を阻んだのは皮肉にもオリバーの展開したIフィールドだった。 ユウはオリバーから距離を取り、下半身を回収しMS形態に変形する。アランが方天画戟を振り回して襲い掛かり、ユウはそれをビームサーベルで受けた。 アランがオリバーに呼びかける。「オリバー、無事か?」 オリバーは聞こえていなかった。勝利を確信したはずが逆に決定的な危機となり、彼のNTとしてのプライドとアイデンティティが崩壊したのである。「オリバー!返事をしろ!」 アランは優秀なパイロットであり、彼のMSは格闘性能においてBD‐4を上回っていたが、それでもオリバーを振り返りながら戦えるほどユウは容易い相手ではなかった。ユウのBD‐4は空いた左手でもう一本のサーベルを引き抜き下から斬り上げる。アランが一度後方に飛んで避けるが、ユウが間髪を置かず距離を詰めてきた。二刀に構えたビームサーベルの連撃が反撃の間を与えない。「くっ、貴様……!」 槍の弱点である懐に飛び込んでの超接近戦、しかし接近戦で絶大な戦果を挙げたアランのハンニバルに対しあえて挑むその技量と胆力は『戦慄の蒼』の名に相応しいものだった。 ユウにとってもこの戦法に自信があっての選択ではない。彼は勝負を急いでいた。 仲間がマリー救出のため戦ってくれていると言っても、やはり友軍の命を彼の私情で危険に晒す事は彼の軍人としての部分が許さない。そして男としての部分で、自分の妻は自分の手で助け出したかった。ユウは戦場で初めて冷静さを失っていた。 一方でアランもまたこのままやられるわけにはいかなかった。自分の敗北は全軍の瓦解に繋がる事を彼は承知していた。そしてそれはユウにも言える事のはずだ。「調子に乗るな、ユウ・カジマ!」 画戟の中程を持ち月牙と石突の両端を使って反撃に転じる。BD‐4も両手のサーベルで防御しつつ攻撃を継続する。アランは画戟を縦に構えると下から石突をコクピット目掛けて突き上げた。この攻撃はユウの虚を突いたが、踏み込みが浅く寸前でユウの回避が間に合った。しかしこれで上体が伸び無防備な姿を晒す事に。アランが勝機と看過した。「もらったぞ、ユウ!」 画戟を半回転させビームの穂先が突き出される。アランは勝利を確信した。「むっ!?」 その穂先が勢いよく跳ね上げられた。上体を反らしたBD‐4は体勢を立て直さず、そのまま後方に倒れこむようにしながら逆に脚で突き出された得物を蹴り上げたのだ。ユウはそのまま後方に飛び退き距離を開ける。「まだだ」 ハンニバルのIMBBLは機体の姿勢に関係なく標的を狙える武器である。画戟を両手で構え直しながらもBD‐4に向け砲身を形成した。相手が体勢を立て直すより速く撃つ事が出来れば―― その時、アランは敵の右手に握られている武器がサーベルからライオットガンに替わっているのを見た。 メガ粒子砲より一瞬速くライオットガンが火を噴いた。十二条のビームがアランに迫ったが、不自然な姿勢で撃たれた攻撃はその大半が標的を大きく外れ、残るビームもビームコーティングを貫通できずに消滅した。両者の距離が離れ、睨み合う形となった。 アランはユウから目を離すことなくオリバーに呼びかけ続けた。「オリバー、オリバー!まだ終わってないぞ、二人でユウ・カジマを倒すんだ」 返事はない。しかし、オリバーが何かを呟いているのは聞こえた。アランはボリュームを上げ、オリバーが何を言っているのか聞こうとした。『僕はNTだ……誰よりも強い…………ユウ・カジマとは……違う……何故……マリオン……渡さない……僕は、強い…………』 アランは自分の顔から血の気が引くのを感じた。間違いない。薬物投与の影響で精神が不安定になっているのだ。 能力を引き出すための昂揚剤や中和薬としての安定剤、抗鬱剤など、ギドに死なれてからの彼はそれまでにも増して薬物に依存するようになっていた。NTの力は彼の誇りであり、OTのユウに敗れかけ、ギドの命と引き換えに命拾いをした事実が彼のオーバードープに繋がっていた。マリオンの拉致をアランが許可したのも、彼女の存在がオリバーの精神を安定させるならと考えたためだ。 だが今またもユウ・カジマはオリバーの上を行った。ユウ・カジマの経験からくる戦闘スキルはまだ底を見せてはいなかった。NTであるオリバーの予測や反応を超えるだけの経験とセンスをこのOTは持っていた。 しかしオリバーはそれを認めることが出来ない。NTである事、そしてその戦闘能力を己のアイデンティティとする彼にとって、OTに自分に勝る者がいると言う事実を受け入れられない。現実と認識のギャップで彼の自我は引き裂かれようとしていた。 アランの必死の呼びかけは叫びに近くなっていた。「オリバー!今は考えるな!目の前の敵を倒す事に集中しろ!」 声は届かなかった。「僕の前に立つな、『戦慄の蒼』ォォ!!」 オリバーの駆るハンニバルから異常なエネルギーが放出された。
その時、スティーブ・マオは最低限の手荷物を纏め、自室を後にしようとしていた。「さて、これでよし、と。それじゃ行きますかな」 マオは後ろの研究者風の男女に声をかけた。「準備は出来ております、どうぞ」「急いで下さい、戦闘が激化して流れ弾も多くなっています」「すいませんな。データコピーに手間取りました」 マオは相変わらず鷹揚な態度を崩すことなく答えた。「しかし、これで完璧です。あなた方の欲しがっていたものは残さずコピー出来ました」「感謝いたします。ミスター・マオ」「いやいや、このくらいはお安い御用ですよ。私を見捨てず拾って頂けるのなら、木星の技術くらいいくらでもお見せしましょう」 そう言ってマオはブリーフケースをポンと叩いた。「ではミスター・マオ。そろそろ」「そうですな、逃げ出す前に艦が落とされてはたまらない。急ぐとしましょう」 そう言うと、マオはAEから秘密裏に派遣された技術者と共に脱出用ランチに向かって歩いて行った。
俗人の思惑はともかく、戦場ではオリバーがその力を暴走させ、敵味方問わず恐慌状態に落としていた。「死ね、死ね、死ね、死ねー!」 両軍の将兵の中には適正試験でも発見出来ないほど微力ながらもNTの素養を持つ者も数人いたのだが、そのような微弱な知覚力でさえオリバーの狂気を含んだ叫びが直接響き、無駄と知りつつ両耳を塞ぎその不快感に耐えなければならなくなった。 全く能力のない者ですら、ただならぬ敵意と危険を感じ本能的にオリバーから距離を置こうとしていた。「何者だお前は?一体何だその力は!OTのくせに!地球から逃れられない旧人類のくせに!」 その声はユウには聞こえない。NTのオリバーを翻弄し、恐怖すら与えるほどの戦闘センスを持ちながら、それでも彼はOTであった。 二十基以上のファンネルが宇宙を舞い、敵も味方も無差別に攻撃し始めた。オリバーとユウに比較的近い位置にいたジムが、ドライセンが、人間サイズの無人攻撃端末によって蜂の巣にされていく。ハンニバルはこの世に週末をもたらす炎の巨人(ムスッペル)さながらに辺りに死と破壊を撒き散らしていた。「オリバー!やめろ、やめるんだ!」 アランが声を枯らして呼びかけ続けるが、オリバーは全くその言葉を受け入れていなかった。もっとも、アランには全く攻撃が来ないところを見ると、アランだけは認識できているのかもしれない。 ユウはその時、この無差別攻撃を避けるのに全神経を集中させていた。「くう!こいつは……!」 攻撃が読めない。ユウは経験と自らの戦闘センスで相手の攻撃の先を読む。ユウがオリバーの攻撃を読み切り、躱す事が出来たのはオリバーの攻撃が理に適っていたためである。正しく敵の死角から死角へと移動しつつ正確な攻撃をしてくるが故に、いかに速く、的確であろうとも、いや的確であるからこそユウにはその攻撃ポイントを予測する事が可能だった。絶対的な経験不足のオリバーの攻撃は素直すぎたのである。 しかし、今のオリバーの攻撃行動には理も則もなかった。感情に任せてファンネルを飛ばし、本能のままに撃ってくる。反応の速さに頼ったようなその攻撃は、思考がない故にユウにも先が読めず、そして単純な反応の速さ勝負ではNTのオリバーの敵になりえなかった。直撃を避けているのはオリバーが周囲全てに攻撃を分散させているために密度が下がっているからにすぎない。「どうする――?」 恐らく相手は動くもの、敵意や殺意を発するものに攻撃している。この場から動かず、攻撃の意思を放棄すれば攻撃される事はない。しかしそれでは状況を打開する事も出来ない。まして今、マリーのために戦ってくれている味方が撃墜されている。このMSは自分が相手をすると自ら宣言したのだ。「どこを見ている?俺はここだ!」 回線は繋がっていないが、構わずユウは声に出して挑発した。今の状態なら十分に伝わる確信があった。 そして実際、方々に散っていたファンネルが一斉にユウ目掛け殺到してきた。 ユウは全神経を集中し目視出来る限界の攻撃端末の動きを追跡した。頼れるのは目とセンサーの捕捉音。「そこだ」 右上方の空間に向けてスネークショット。小さな火球が広がる。思った通りだ、とユウは呟いた。感情に任せた攻撃で制御に繊細さが失われている。ユウの攻撃を察知しても全てを回避しきれなくなっているのだ。何度か繰り返せばファンネルの数を相当数減らせるかもしれない。繰り返せるほど敵の攻撃に耐えられればだが。 死角からの攻撃が左肩を掠めた。やはり狙撃ポイントも雑になっている。しかし桁違いの速さ故に却って予測が難しい。「!?」 右後方からの斬撃に思わずライオットガンで受けた。アランの画戟とユウのライオットガンが激突し、鍔迫り合いの様な形になる。「死ね、ユウ・カジマ!お前が死ねばオリバーも正気に戻る」 接触回線となってアランの声がコクピットに流れてきた。ユウはそれには答えず、ただ彼にとって最も重要な事柄を訊いた。「何故マリーを攫った!」「マリー?――そうか、そう呼んでいるのか――必要だからだ。我等の計画にも、オリバーのためにも!」「勝手な事を!」天地両方向からファンネルの攻撃があり、ユウとアランは弾かれるように飛び退き距離を取った。 機体を錐揉みさせながらもオリバーのMSの位置を確認し、スラッグショットに切り替えて必殺の一撃を撃った。 そのビームがハンニバルの手前でかき消された。「何だと!?」 Iフィールドなのか。しかし少なくとも一基は潰している。それだけではなく―― ユウはもう一発スラッグショットを撃った。結果は同じだった。「Iフィールドを常時展開しているのか?しかしそれだけの出力があのサイズのMSに積めるのか……」 ニトロシステムについては連邦は情報を得ていた。それを使えばIフィールドを稼動させるだけの出力は得られるだろう。しかしニトロは長時間稼動させるシステムではない。Iフィールドの常時展開など不可能なはずだ。 理由はともかく、ビームは届かない事は確実だった。接近戦から零距離でミサイルを叩き込むしか確実に墜とす方法はないようだ。 しかし接近するにはファンネルの弾幕ともう一つ、危険な強敵からも身を躱さねばならない。 アランのハンニバルが大業物を振り回しつつ襲い掛かってくる。シールドを失ったBD‐4は左手に構えたビームサーベル一本でこれを受けるしかない。接近戦に特化させて調整されたMSを相手に敵の間合いで戦えばいかにユウと言えども容易な戦いではない。 アランにとってもギリギリの戦いである。オリバーのファンネルはアランを狙わないが、アランがこうしてユウに格闘戦を挑んでいても構わずユウに攻撃する。常に流れ弾の危険に晒されながら格闘戦においても非凡なこのエースを討たねばならない。「怪物め」 本心から口にしていた。OTでありながら異常なまでの洞察力と反応速度を持ち、NTすら圧倒する戦士、NTとは別方向に発達した異能者。アランにはユウが自分達と同じ人間とは思えなかった。 アランはニトロのボタンを押した。出力、推力を二倍にBD‐4に襲い掛かる。「くっ!……」「くぅ……!」 苦悶の声は双方から上がっていた。ニトロによる爆発的な加速とGは操縦者にとっても負荷を強いられるのだ。「さすがに、そろそろ堪えてくるな……」 ユウが到着する前から数に勝る連邦MSを押し戻すのに何度もニトロを起動させている。肉体が悲鳴を上げ始めていた。「だが後一歩だ。この男を除く事が出来れば勢いを殺げる。それが出来なくても後六分でコロニーレーザーのチャージは完了する」 軋む肉体を奮い立たせ方天画戟を振るう。ユウはサーベルでその柄を斬ろうと反撃したが、分厚い耐ビームコーティングが一太刀を堪えさせた。「甘いぞ、ユウ・カジマ!」 構わずパワーで押し切ろうとするハンニバルからBD‐4はギリギリで逃れた。(このままでは負ける) ユウは現状に対しシビアに分析した。一対一で互角の相手を二機同時に、しかもそれぞれの得意とする距離で戦っていては劣勢を挽回する事は不可能に近い。 ユウは勝てない状況では引く潔さも持ち合わせている。三対一、四対一でも滅多に遅れを取る事はないが、常に囲まれない位置取りをし、囲まれると判断した際には無理せず離脱し仕切り直す冷静さがある。今彼の戦士としての嗅覚は一度距離を取って戦い方を再考すべしと教えていた。「ここで退く時間など!」 初めて自身の鳴らす警鐘を無視して戦いを続行した。マリーを助けるタイムリミットが残り僅かである事を感じていた。体勢を立て直す時間などない事を同じく戦士としての勘が伝えていた。 その覚悟をオリバーが知覚した。半狂乱と言っていい混濁した意識の中、ユウの気配を察する能力と殺意だけはますます研ぎ澄まされていた。「ユウゥゥゥゥゥ!」 戦場一帯をオリバーの殺意が爆風のように走り抜けた。OTでさえ、肌が粟立つのを感じるほどの強力な思念だった。 全てのファンネルがユウを取り囲み、ハンニバル本体のメガ粒子砲が砲門を輝かせる。巻き込まれる事を恐れたアランがユウから距離を取った。「舐めるな!」 ユウはスラスターを全開にオリバー目掛けて突撃する。被弾を覚悟で密着するつもりだ。「同時――いや、オリバーが速い」 アランが呟いた。彼にはオリバーに届くことなく四散するBD‐4の姿がはっきりイメージされていた。
――駄目。
ユウ、そしてオリバーにのみ聞こえる声が響いた。「!?」「!?」 オリバーの引鉄を引く指が一瞬遅れた ユウの手が操縦桿を僅かに押し下げた。 必殺のオールレンジ攻撃はBD‐4を捉えず、決死の特攻はハンニバルの足下を通り過ぎた。「マリオン!」「マリー!」 二つの名で呼ばれる一人の女。返答は夫に対してのみ返された。
――ユウ。ごめんなさい
「マリー、無事か?どこも痛くはないか?」
――オリバーの声で意識が戻ったの。でも、あまり長い時間は……
「無事ならそれでいい。待ってろ、今助ける」
――ごめんなさい……あなたを騙すつもりはなかったの。でも……あなたとは、最初から始めたかったの……
「後でゆっくりと話そう。あまり喋るな」 マリーの声は弱く、苦しそうだった。どんな状態なのかわからないが、こうして思念を飛ばすのはかなり消耗するのではないか。ユウはそれが心配だった。
――グラナダであなたを見た時……すぐに判ったわ。あなたがユウだと。……ずっと逢いたいと思ってた……でも、私の事を知られるのは怖かった……
「いい。俺は何も気にしていない。俺にとってお前はマリー・ウィリアムズだ。それだけが真実だ」
――ありがとう、ユウ……ありがとう
「待ってろ、今助けてやる」
――もうすぐ……充電が終わるわ……そうしたら、もう……
「判った、その前に片を付ける」
――ごめんなさい。今の私では……あなたの力になれない……
「マリー、俺を信じているか?」
――?
「俺はお前を助けると言った。その言葉を信じるか」
――はい
「それで十分だ」 ユウは不器用に笑って見せた。マリーに見えているかは判らないが、見えていると信じて笑って見せた。「お前が俺を信じる限り、俺に不可能はない!」
コントロール室の異変はモニターを通じ直ちにリトマネン司令部に伝わった。「コントロールコアが意識を取り戻しました!」 司令部に動揺が走る。リトマネンは極力冷静を保ち周囲を落ち着かせながら確認した。「間違いないのか、それは?」「照準の制御が停止しています。脳波も覚醒状態を示しています。肉体的な運動能力を取り戻すのは先でしょうが既に催眠状態は解けていると見て間違いありません」 幕僚達が呻いた。「投与した薬物はそう簡単に切れる量ではない。一体何故そんな事が……」「点滴は挿してあるのだろう?投薬量を増やせばもう一度眠らせられるのではないか?」「これ以上の投薬増加は生命に危険があります。そこを乗り越えたとしても再びこちらの指示を聞き分けサイコミュ制御だけが可能な意識レベルを保たせるのは難しいかと思われます」「ええい、この肝心な時に!これでは何のためにリスクを犯してまで拉致してきたのか判らないではないか!」 幕僚の視線がリトマネンに集中した。叛乱軍総司令官はしばし考え、決断した。「やむをえん。NTによる精密射撃は放棄する。コントロールを艦に移行し、複数オペレーターによる通常狙撃に切り替える」「しかし、それではピンポイントでの目標破壊は困難になります」「このまま時間が過ぎれば発射のタイミングそのものを失う事にもなりかねん。ピンポイントは無理でも地表にレーザーが届けば相当の被害を与えられる。それでも我が軍の勝利を宣言するには十分だ」「では、コントロールをこちらに移動させます」「発射予定時間は?」「あと二百九十秒です」「発射時間に変更はなし。しかしギリギリまで照準は継続だ」「ハッ」(持ち堪えてくれ、アラン、オリバー) リトマネンはこれまでにないほど、時が早く過ぎる事を願った。
マリオンはオリバーに語りかける事をしなかったが、ユウとの会話をオリバーは聞く事が出来た。それはオリバーの狂気を加速させるに足るものだった。「何故だ、マリオン……何故僕じゃなくそいつなんだ……」 嫉妬と憎悪に歪められた思念はしかし、サイコミュと奇形的な相性を示しハンニバルの出力とファンネルの動きを同時に増幅させた。 もはや怨念の走狗と化したファンネルがBD‐4に迫り、MS本体も限界以上の出力でメガ粒子砲を連続発射した。「むうっ……!」 ユウにはこの高密度のオールレンジ攻撃に対抗する手段はない。マリーの助けはその負荷の高さを思えば借りるわけにはいかなかった。致命的な箇所へのダメージを避けながら確実に反撃を当てていくしかないが、本体は謎のバリアーで守られている。ファンネルを減らすのがやっとだった。「お前なんかにマリオンは!OTの癖に!OTの貴様なんかに!僕こそが、NTの僕こそがマリオンには!」 ハンニバルのメガ粒子砲はほとんど途切れる事なく連射され近寄る事も出来ない。ユウはライオットガンを速射したが、やはり見えないバリアーに拡散され本体には届かない。小型ミサイルを撃ち込んでみたが、メガ粒子砲とファンネルに全て叩き落された。「…………」 劣勢にあって活路を見出そうと攻防のパターンを見逃さないよう凝視するユウ。しかしその反応の速さ、弾幕の厚ささらにIフィールドに似て非なるバリアーと隙は見出せない。「いい加減に落ちろ、ユウ・カジマ!」 アランがIMBBLを撃ち込んでくる。危うく直撃するところを躱したが、右足の足首から先が消失した。「――問題はない!」 左腕はファンネルの一発を受け大幅に機能を低下させていた。ビームサーベルを掴んではいるが、既に満足には振るえない。それに比べれば足首など些細な事だ。 一方のアランには焦りがあった。オリバーの機体は明らかに異常な高出力を続けている。それがNTのどのような能力によるものなのか彼には理解できなかったが、機体がこの以上出力に耐えられないだろうという事は容易に予測がついた。作戦全体を考えればあと五分弱時間を稼ぐだけだが、オリバーを考えれば一分でも早くこの難敵を撃墜しなければならない。 再びニトロの起動ボタンに指を掛けた時、視界の隅でコロニーレーザーが動き出した。
「大佐、前方からランチが向かって来ます」 ネェル・アーガマのオペレーターがブライトに伝えた。「ランチだと?どこからだ」「敵の旗艦からかと思われます――打電が来ています」「何と言っている?」「『コチラハスティーブ・マオ。我、正道ニ目覚メタリ。コレヨリ貴軍二協力ス』だそうです」「何を今更……罠なのか?」 ブライトの不審ももっともだろう。投降ならともかく、たかだか脱出用ランチ一艇で協力とは何の冗談か。タイミングも明らかに時機を外している。 トーレスが警告を発した。「大佐、このコースではコロニーレーザーへの射線軸に入ります。ハイパーメガ粒子砲に巻き込んでしまいます」「ったく、目障りな」 ブライトは舌打ちして通信士にランチにコース変更を命じるよう指示した。「コロニーレーザーが励起状態に入ります!」 オペレーターの声が艦橋に緊張を取り戻させた。「何だと!?」 しまった、読みが甘かったか。ブライトは唇を噛んだ。事実は精密照準にマリーの力を頼れなくなったため、手動で全長三十kmのコロニーの照準を付けるためにチャージ完了前に動かしているのだが、どちらにせよ発射時刻が迫っている事をブライトは知った。「ランチは?コースを変更したのか?」「まだです。もしかしたら暗号回線のデコーダを持っていないのかもしれません」「共有回線で呼びかけろ!敵に知られても構わん」「わかりました」 あとどれだけ待てる。一分か?三十秒か?一瞬、ランチごと吹き飛ばしても気づかれなければ問題ないのではないか、と危険な考えがよぎった。 そのブライトの目の前でランチをビームが貫いた。「あぁ!?」 ビームは操舵室のすぐ後ろに命中していた。出火はしていないが操舵室のウィンドウが外側に向けて破れ、ダメージがパイロットに及んだ事を想像させた。「ランチからの応答は!?」「ありません!通信そのものが切れたようです」「どこから来たんだ、今のビームは?」 トーレスの言葉が聞こえたかのように、フランク・カーペンターからの通信が入った。「申し訳ありません、流れ弾が偶然に――」「フランク……ええい、話は後だ、ランチから救難信号は出ていないか?」「何も出ていません。恐らく生存者は……」「くっ……!!」「コロニーレーザーが位相を変えています。大佐、このままではシリンダーをまとめて破壊する事が不可能になります」 トーレスの報告がブライトに決断させた。「……やむをえん。ハイパーメガ粒子砲発射シークェンス開始。射線軸上のMSは五秒以内に退避するよう通達しろ!」「了解。ハイパーメガ粒子砲発射シークェンス、同時に射線上MSに退避命令を送信します……5、4、3、2、1……」「てーい!!」 ブライトの号令に合わせネェル・アーガマ船体に懸架されたハイパーメガ粒子砲から縮退したミノフスキー粒子の光が迸った。光は直線上の空間を飲み込み、愚行の報いを受けたランチも巻き込みつつ直径六・四キロ、全長三十キロの円筒に向けて伸びていった。「命中です!シリンダー二基を大破、一基を中破させました。これでコロニーレーザーの連射は不可能です!」 思わず艦橋内に歓声が上がる。ブライトは自分が立ち上がって指揮を執っていたことに今更気づき、深くシートに身体を沈め深く息を吐いた。「それにしてもスティーブ・マオと言う男……何を考えて寝返りなど考えたのか。生き永らえても重犯罪人として一生刑務所は免れなかったろうに。それとも何か取引できるあてがあったのか……」 しかし、今となっては詮索も無意味だ。それきり、ブライトは木星公社の横領犯の事を記憶の隅に追いやった。
フランク・カーペンター大尉はメガ粒子砲がランチもろともコロニーレーザーを排除していく様子を冷めた目で追っていた。そして一言呟いた。「悪く思うな」 しかしその言葉は他の誰の耳にも入る事はなかった。
「コロニーレーザーが……!」 アランはその瞬間、作戦の失敗を悟った。これで唯一にして最大の切り札は失われた。もはや戦線を維持する価値すらない。しかし再起も出来ないのに撤退する意味もない。後は一人でも多くの連邦兵を道連れに玉砕していくだけだ。「ま、この十年死に場所を探していたようなものだがな」 不意にシニカルな感情が沸き起こり、アランは乾いた笑みを浮かべた。これでむしろ考えがシンプルになった。指揮官ではなく一人の戦士としてこの宇宙最強のエースの一人を倒し、ユウ・カジマに勝利したパイロットの名誉を得てから死ぬとしよう。「覚悟しろ、ユウ・カジマ!」 アランのハンニバルが方天画劇をしごきBD‐4に斬りかかる。オリバーは狂気の中から殺意だけを抽出してファンネルに込め、ユウに襲い掛かる。二次爆発、三次爆発の光が三機を照らしていた。 アランの戦闘技量は高かった。少なくともこの場にいる全ての中で、ユウとオリバー以外に彼を確実に勝利するものはいまい。一年戦争時彼が学徒兵ではなく正規兵として初期から参加し、ほんの少しの運に恵まれていれば異称を持つエースとなっていただろう。もっとも、後世に名を残す最後のチャンスとなる戦いでユウと対峙する悪運を見れば、そのほんの少しの運が微笑むかは怪しかったが。 ユウは中間距離からライオットガンでバックショットによる牽制とスラッグショットによる一発狙いを交互に織り交ぜていた。「そんな攻撃で!」「僕に通じるか!」 オリバーへの攻撃はバリヤーに、アランへの攻撃は回避され、更にアランからはIMBBLの反撃を受ける。これはユウも同様に回避した。しかし回避した先にはファンネルが――。 しかし、突然ファンネルがコントロールを失い、糸の切れた凧のように彼方へと遠ざかって行く。「一体何が!?」 アランは声に出したが、ユウには理由が判っていた。判っているからこそこの瞬間を待っていた。 ファンネルは人間サイズの攻撃端末に推進剤、エネルギーCAPによるビーム発射機構、サイコミュとの送受信端末を組み込んだ兵器である。当然、サイズ内で収まる推進剤では稼働時間は短く、コンテナに回収する事でエネルギーと共にリブートを行う。オリバーは開戦以来ファンネルを展開し続けて戦っており、ユウが到着してからはコンテナ回収もせず全てのファンネルを散布して攻撃していた。推進剤がついに切れ、オリバーの指示に応答はしても実行が不能になったのである。「ここだ!」 ユウはオリバーに向けて反撃に転じた。ファンネルを失ってもハンニバルには全身のメガ粒子砲が残されているが、それだけならば重MSにすぎない。バリヤーを突破さえ出来れば。それがユウの勝算だった。「させるか、ユウ・カジマ!」 アランが間に割って入ろうとニトロに指を掛ける。(あと一回、あと一回ならまだ耐えられる!) BD‐4を上回る加速でユウの前に回りこみ、勢いのままに方天画戟を突き出す。BD‐4は左腕を上げ防御姿勢を見せるが、画戟は構わずその左腕を貫いた。「!!」 左の前腕を貫通した穂先はそのまま左肩も貫き、更にバックパックにまで達した。BD‐4の左半身が串刺しにされて動きを止める。 戟はバックパックの左ミサイルポッドのすぐ下に刺さっていた。ユウは素早くミサイルポッドをモジュールごと切り離し、誘爆を防ぐ。しかし、パージされたユニットは少し距離が離れたところで結局爆発し、ユウは背後から爆発による強い衝撃を受けた。「ユウ・カジマ、死んで俺の仇花となれ!」 そのまま戟を捻り傷口を広げようとするアラン。その戟にMSが逆に押し付けてきた。「何!?」 BD‐4は動きを止めてはいなかった。右手に持ったライオットガンが振り上げられていた。「近づきすぎたな、アラン・コンラッド」 ライオットガンが斜めに振り下ろされ、肩と首の付け根、装甲の隙間に叩き込まれた。首が不自然な方向に曲がり、コクピットのモニターが暗転した。「ぐわぁっ!」 更にもう一撃、今度はもっと垂直に近い角度で振り下ろす。銃身が潰れながらもハンニバルの肩にめり込み、引き千切るように裂いた。 最後に蹴りを放つとハンニバルは踏みとどまる事も出来ず、肩口に銃をめり込ませたままコロニーレーザーの方角に飛ばされていった。 オリバーはアランに一瞥もくれず、ただユウへの攻撃本能だけをむき出しに射撃体勢に入っていた。「死ね、ユウ・カジマァァ!」 ユウは突き刺さった方天画戟を引き抜くと、投槍の要領でオリバー目掛けて投げつけた。 ビームは全て周囲の見えないバリヤーにかき消されていたが、ミサイルはビームで撃ち落していたのを見た。あのバリヤーはIフィールド同様ビームにのみ有効なのだ。画戟のビームは打ち消されても高速で飛来する正面からは『点』に過ぎない柄ならば届くはず。 画戟はメガ粒子砲の弾幕を掻い潜り、真直ぐにオリバーのハンニバル目掛けて飛んでいった。「よし!」 しかし、空気抵抗のないはずの宇宙で、方天画戟はハンニバルの手前で急速に失速し――ついに停止した。「何!?」 ユウほどの男が呆然とその光景に立ち尽くした。これより三年後、アムロ・レイの駆るνガンダムはフィン・ファンネルの展開するバリヤーによりファンネル本体の侵入を阻止したが、ユウはその現象の最初の目撃者となったのである。 ユウは自分の勝機が完全に失われた事を悟った。原理など問題ではない。ビームも質量物も届かない敵に対し、もはや攻撃手段を考える事が出来なかった。「勝ったぞ、『戦慄の蒼』!」 勝利を確信し、コクピット内で雄叫びを上げるオリバー。この瞬間、ついに両者の実力は逆転した。 その時、ハンニバルの背後に何かが突き刺さった。ユウの投げた方天画戟より速く、はるかに巨大な物体が。機体が背中方向へ不自然なまでに反り返り『く』の字に折れた。「え……?」 何が起きたか理解できないまま、その衝撃をまともに受けたオリバーの口から血が吐き出され、バイザーを染めた。「…………!」 ユウは何が起きたのかを見ていた。コロニーレーザーの二次爆発によりコロニーの外壁が剥がれ、それが誘爆した制御用ロケットモーターの爆風に押し出されハンニバルに向かって飛んできたのである。 オリバーの能力はこの時歴代最高のNTに比肩するほど研ぎ澄まされていたが、殺気も敵意も持たない鉄塊を知覚する事は出来なかった。BD‐4が投げた戟を止めたサイコバリヤーも相対速度秒速四・八キロ、長辺三十二メートル短辺十六メートルの構造体の運動エネルギーを食い止める事は出来なかったのである。 オリバーは震える手をレバーに伸ばし、ユウに向けて止めの一撃を放つべく引鉄に指を掛けた。サイコミュの一部にダメージが及び脳に転送される映像データにブロックノイズが混じった。「ユウ……カジ……マ、これ……でお…………終わり、だ……」 引鉄を引いた直後、ハンニバルは爆発した。何故だかその時、ユウはオリバーの顔が見えた気がした。オリバー自身の力か、マリーを介してか、ユウにオリバーの魂が流れ込んできたようだった。その最後の表情が笑顔だった事に、ユウは不思議な確信を持っていた。
ユウはコロニーレーザーのコントロールブロックに向かってBD‐4を飛ばせていた。 機体は左腕が動かず、銃も、剣も、盾すらも失っていた。残された武器は頭部に取り付けられたバルカンポッドのみ、戦闘力どころか、今の機体では抵抗もままならない姿で、それでも真直ぐに飛んでいた。 その前方にザクⅢが立ち塞がりメガ粒子砲を構えた。ユウはスラスターを逆方向に向け急ブレーキをかける。どちらに逃げる、右か、左か? しかしそのザクⅢはどこからか飛来したビームに頭部を撃ち抜かれ、更に数発のビームで爆散した。ビームの飛んできた方角を見ると片腕のリックディアスがライフルを構えたままユウに接近して来ていた。「中佐、そのまま進んで下さい。目障りなのはこっちでどかします」「すまない」 それだけ言うと再び加速した。今更遠慮する意味がない。 コントロールブロックは巨大な隕石の内部をくり抜いた最大幅一・五キロ程の岩だった。恐らく資源採掘で破砕された小惑星の破片を改造したものだろう。それを中心に五基のコロニーが同一円周上に配置されていた。 側面に開けられた連絡艇を発着させるための小さなゲートから内部に侵入し、最深部で着地した。しかし右を足首から失っている事を失念していたため、バランスを崩して無様に倒れる。 舌打ちをして起き上がったユウの顔色が変わった。目の前に肩にライオットガンがめり込んだままのハンニバルが肩膝を突いた姿勢で待ち構えていた。 ユウは反射的に遮蔽物となるものを探したが、宇宙艇やMSがスムーズに出入り出来る事だけを目的にしたスペースに余計なものなど置かれているはずがない。再びハンニバルに視線を戻したユウは、相手の胸のハッチが開きコクピットが開放されている事に気付いた。「……落ち着け、ユウ・カジマ。お前は戦場で取り乱す男ではないはずだ」 声に出して自分に言い聞かせる。それ自体が異例で取り乱している証拠なのだが、今は気が急いてその矛盾に気付かない。アランがここに辿り着いた。その事実が結うの不安を駆り立てた。「……マリー、迎えに来たぞ。どこに行けばいい?」 返事はない。ユウは自分もBD‐4から降りて床に着地した。どうやらドアは一つだけ。ユウは迷わずドアを開けた。 ドアを出ると廊下が延びている。右か左か。ユウはマリーが自分を呼ぶ声を聞こうと意識を集中させた。しかし何も聞こえない。ユウは初めて自分がOTである事を恨んだ。 その時、手首に着けられた酸素センサーが反応した。メーターを見るがヘルメットを脱げるほどの濃度ではない。つまり空気が抜けているか、逆に漏れ出しているかと言う事である。ユウは腕を伸ばしセンサーを左右に振った。 もし酸素のある部屋から空気が漏れ出しているのなら、漏れ出す部屋は『風上』になるはず。その方角さえ判れば……。 見つけた。 ユウは右に向かって走り出した。
アランは足を引き摺りながらようやく部屋に辿り着き、コンソールにしがみつくようにして身体を支えた。 もう感覚はほとんどない。足にも手にも力が入らず、ここまで歩いてきたのか、ただ浮かんで漂ってきたのかもよく判らない。とにかく今目的の場所に着いた事だけは事実だった。「よし……待ってろ」 自分の手とは思えないほどに言う事を聞かない両手でコンソールを操作する。のろのろと動く指先が必要なキーを叩く。「……これで、あとは……」「動くな!」 アランがすぐに振り向かなかったのは竦んだわけでも、間を取ったわけでもない。身体を動かすのが億劫だったためだ。 振り返ると連邦軍エースの証である白いノーマルスーツを着た男が拳銃をこちらに向けて立っていた。「ユウ・カジマ?」「そうだ、アラン・コンラッドか?」「そうだ、こうして生身で会うのは初めてだな」 アランはそう言うとコンソール台に寄りかかりながらその場に座りこんだ。ユウの拳銃はアランの胸を正確に狙い続けている。 アランは銃には全く関心を示さず、床に腰を下ろすと大きく息を吐いた。「貴様がここに来たという事は、オリバーは負けたんだな?」「……いや」 ユウはそれだけ答えた。あの瞬間ユウにはどんな攻撃手段も残されてはいなかった。対するNTはメガ粒子砲を自分に向けていた。勝負は完全に決していた。 戦場で勝者とは生き残った人間を言う。だからユウは自分が負けたと言うつもりはない。しかし同時に、自分の勝利と認める事はこの後も生涯なかった。「強いなあ、お前は」 アランはユウの返答を無視して言葉を続けた。「何者なんだ、お前は?NTの判定テストは何度も行われた事は知っている。そして全ての結果がOTだった事も。しかし現実にお前はサイコミュ積んだNT相手に常に互角以上に戦った。どうなっている?なぜそこまで強い」 ユウは答えなかった。自分にも判らなかったからだ。ユウは質問で返した。「そこで何をしていた?」「……ま、最後の手段、と言うところか」 それ以上は答えない。ユウはゆっくりとアランに近づいていった。「もう無駄だ。勝敗は決したぞ」「だろうな」 あっさりと認めた。「これ以上何をしても無駄な死体を増やすだけだ。それも軍人ではないただの市民をだ」「判ってるさ、そんな事。だが何も出来ずに終われば、俺たちは何だ?」 アランの声は自嘲の笑いが含まれていた。「俺はこの十年、死ぬ事も元の生活に戻る事も出来ないまま生きてきた。今はもう普通の市民に戻る事は諦めたが、だからと言って宇宙の片隅で朽ち果てたいわけでもない。これは俺達にとっても死に場所なんだよ。何か俺達がジオンの理想を実現するために戦った証が欲しいんだ。そのために無辜の市民を犠牲にする罪は判っているが、それは地獄で詫びる事にする」 アランはユウを見つめた。「ユウ・カジマ、お前はどうなんだ。それほどの力を持ちながら、ただ上層部(うえ)から便利に使われる生き方に疑問はないのか?お前が守るものはその力に相応しい守るに足るものと胸を張れるのか?」「軍人が守るのは秩序と人命だ」 ユウは目を逸らさずに答えた。「理想や未来を守るんじゃない、慎ましくても現実に手に入れている幸福を、未来に繋がる現在を守るのが俺の仕事だ。お前達の理想や理念が正しいのかどうかは知らない。だが、お前達に殺される地球の市民は決してお前達の理想を支持する事はない。彼らの命と現在の生活を守れるなら、俺はそれが守るに値しないものだとは思わない」「……面白くない答だ。だが、本心で言っているようだな」 アランはそう皮肉混じりに評した。ユウは次に本当なら一番に訊きたい質問をした。「マリーはどこにいる?」 アランは少し目を見開いた。質問の意味が判らなかったらしい。しかしすぐにもとの顔貌に戻ると、首を左に振った。「あんたの女房ならそこにいる」 ユウはその時初めて、カプセル状の機器がそこに設置されている事に気付いた。カプセルは人間が入る大きさで、そこからケーブルが延びているのが見えた。「マリーと呼んでいるのか」 アランが言った。ユウは答えた。「そうだ。マリー・ウィリアムズ・カジマ。俺の妻だ」「そうか……今はそんな名前なのか」 アランは感慨深げにユウの口にした名前を口の中で繰り返し、そしてまたユウに話しかけた。「もう知っているかもしれないが、その娘の名前は昔からマリーだったわけじゃない。昔はマリオン・ウエルチと名乗っていた」「…………」 アランが軽く声をあげて笑った。「この場で俺が保証してやろう。彼女は俺達の今の仲間じゃない。俺やオリバーは今まで何度もマリオンの消息を探したが、居場所を知ったのはここ一週間の話だ。誰の仕業か知らないが、よくここまで完璧にマリオン・ウエルチとしての過去を消し去ったもんだよ」 それからアランは再び笑った。「感情の読み取れない男と聞いていたが、それは嘘だったようだな。安堵がはっきり顔に出てるぞ」 ユウは反射的に口元を手で覆った。「……彼女を愛しているか」「もちろんだ」「即答とはな。あの娘は今お前と一緒にいて笑っているか?」「――笑っている」 ユウ自身、なぜ素直に答えているのか判らない。もしかしたらこのジオン残党の声に、心からマリーの幸福を願う響きを感じ取っているのかもしれない。「そうか。いい笑顔をするだろう?」「ああ。それによく気のつく女だ」「……そうだった、よく気のつく娘だったな」 懐かしそうにアランは言った。思い出に浸るように目を閉じた。「昔からそうだった。研究所でもいつも年少の子供達の世話を焼いていたっけ。……いつも周囲の幸せを願っていた……だから俺は、彼女の幸せを……」 ユウはアランの声が途切れてからもなお銃口を向け続けた。しかし相手が死出の旅路に就いた事を確認すると、短く敬礼をしてカプセルに近づいていった。
ユウがカプセルのカバーに手をかけると、何のセキュリティもなく開いた。「マリー、……マリー!」 恐怖と共に妻の名前を呼ぶユウ。まさか、遅かったという事は――。 マリーが目を開いた。「ユ……ウ?」「マリー!」 ユウがホッと息を吐く。「ユウ……私……」「もう大丈夫だ、帰ろう。立てるか?」 ユウが支えてマリーがカプセルから出てくる。消耗してはいるが、意識はしっかりしているようだ。「――アランも逝ってしまったのね……」「……最後までお前を案じていた。知り合いだったのだな」「ごめんなさい……」「いい。その話は老後の楽しみにとっておこう」 ユウはマリーの言葉を遮った。「さあ、帰るぞ」 ユウに促されたマリーの足が突然止まった。「どうした?」「ユ……ユウ!コロニーが……!」「コロニー?……!」 ユウの頭脳が夫から軍人のそれに切り替わった。自分がアランを見た時、奴は何をしていた?コンソールの前で何を操作していた?最後の手段と言っていた。レーザーをほとんど潰されてまだ何が出来る? ユウはコンソールの奥の壁に投影されるディスプレイモニタを見た。 半壊したコロニーレーザーが二基、地球に向かって落下を始めていた。
「コロニーを落とすだと!?」『ハイバリー』で幕僚のマシューの声は絶叫に近かった。ニコラス、ルロワも声こそ出さないが、顔色を蒼ざめさせて呆然と『それ』を見ていた。 直径六・四キロ、全長四十キロの巨大な円筒がシステムから切り離され、自律飛行を始めていた。切り離されたのは三基だが、半分以上が吹き飛ばされていた一基は地球とは反対方向に飛んでいく。ロケットモーターが破壊されて制御が利かないのだろう。 ルロワは即座にスキラッチに回線を繋いだ。「スキラッチ中将!」「判っている。艦隊火力を全てコロニーの破壊に向ける」 十年前、ジオンがコロニーを降下させた時にも連邦艦隊はその総火力を以って落下するコロニーを半壊、軌道を逸すと共に被害を減じることに成功した。だが、その後の十年で宇宙戦闘艦の役割はMSの運用ベースへとその性格を変え、艦砲射撃の重要性は特に〇〇八三年のデラーズの叛乱以降完全に低下していた。MSの火力の進歩に比して、艦船のそれはあまりにも緩やかだった。 まして今落下せんとするコロニーは二基。これを実質二個艦隊分の戦力でどう止めると言うのか。 更に、リトマネン一党は全戦力をコロニーの防衛に回し決死の抵抗を見せていた。高密度のビームが連邦艦隊を襲い、ルロワやスキラッチの僚艦も沈められていった。 ネェル・アーガマの中ではブライトが険しい顔で戦闘指示を出していた。「トーレス、ハイパーメガ粒子砲はまだ使えないか?」「無理です。一度撃てば次のチャージまでの時間は短縮出来ません。このまま主砲を撃ち続けるしかないです」「くっ……!」 せめてΖΖがあれば。考えても無駄と思いながら、それでも考えずにはいられない。使用不能になったコロニーレーザーをそのまま地球に投げ込むと言う可能性を今の今まで考えていなかった自分にも腹を立てていた。「――とにかく撃ち落とすぞ!全砲門を落下するコロニーに向けろ!」 ブライトは麾下の艦に向けても号令を発した。 そのネェル・アーガマに右腕を失ったリック・ディアスが着艦したのはその時だった。「すまねえ、ここが一番近かったんだ」 ハッチから顔だけを出してアイゼンベルグが怒鳴った。アストナージが駆け寄り素早く破損状態を確認する。「ミサイルは積み直し出来ますが、右腕は予備パーツがないのでここではどうにも出来ません。」「それはいい。その代わり出来ればビームライフルの予備が欲しい。Eパックを取り替えるより銃ごと持ち替えた方が早い」「ジムⅢ用しかありませんが」「それでいい。それとゲタを貸してくれ」「ゲタですか……?」 アストナージは眉根を寄せた。宇宙用のSFSは地上用とは運用思想が違い、戦闘宙域の外から中長距離を先行でMSを送るための手段である。戦場の中心で使う代物ではない。 しかしアイゼンベルグはもう一度同じ要求を繰り返した。「ゲタがいるんだ。それがもらえりゃ推進剤の補給はいらない」 アストナージの顔色が変わった。「大尉、まさか……」 アイゼンベルグは最後まで言わせなかった。「そうじゃねえよ、ただ、今はどんな些細な時間でも惜しいってだけだ。貸してくれりゃすぐに出撃(で)る。用意出来るか?」「……判りました」 そう言うと周囲に向けて支持を出し、SFSとミサイル、それに予備のライフルだけを用意させた。準備が終るとアイゼンベルグは短く礼を言って慌ただしく発進していった。
ユウはコントロールパネルを操作し、切り離されたコロニーのコントロールを取り戻そうと試みていた。しかし、一度切り離されたコロニーは外部からのコントロールは受け入れないように出来ているらしい。「……駄目だ。受け付けない」「ユウ……」「マリー、一旦艦に戻るぞ。お前を預けてからすぐにコロニーを破壊に行く」「うん……あ、でも――」「どうした?」「もしかしたら……レーザーがまだ生きてるかも」「本当か、それは?」「多分……エネルギー供給は各コロニーに独立して設定されてるはずだから……」 ユウはまだ繋がっているコロニーのエネルギーを確認した。「――使える」 エネルギーサプライは生きていた。しかもまだシリンダーも破壊されていない。アランはコロニーを切り離した後もコロニーレーザーの最後の一発を発射するつもりだったのだ。「これでコロニーを破壊出来るぞ」 ユウは言葉にしたが、それが困難である事は自分でも判っていた。 本来この戦略兵器はその稼働に戦艦一隻分の人員を必要とする。全員がオペレーターではないが、巨大な砲身を六八基のロケットモーターで精密に座標を特定する作業は到底一人の手に負える代物ではない。ましてコロニーレーザーは小回りの利く兵器ではない。動く標的を追跡照準するような運用は初めから想定されていないのだ。「ユウ、私にやらせて」「馬鹿言うな」 ユウは即座に却下した。「軍人でない者に戦争をさせない」と言う信念に賭けて、マリーをこれ以上巻き込む気はない。 それに、マリーの消耗も気になった。何か薬物を投与されていただろう事は容易に予想出来る。精神をこれ以上酷使する事で妻の身に何か起きてしまうのが怖い。 しかし、マリーも譲らなかった。「あなた一人でこれで狙いをつけるのは無理よ。それは判ってるでしょう?」「む……」「私なら出来る。と言うより私にしか出来ないわ。ユウ、私を戦争に巻き込みたくないという気持ちは嬉しいわ。でも誰かを助けるっていう時に軍人かそうでないかってそんなに大切な事?」 ユウはついに折れた。完全に納得したわけではないが、自分一人では状況を変えられないのも事実だ。標的が無人で人を殺める事にはならない、と言うのも理由である。「……判った。俺に手伝える事はあるか」「多分司令部がコントロールを取り返そうとしてくると思う。それをカットして欲しいの」「判った、やってみよう」 このミノフスキー粒子下では遠隔操作を遮断する事はそれほど難しくはないだろう。専門外も専門外だがやるしかない。 マリーがカプセルの中に戻り、サイコミュを起動させるのを確認してからユウはルロワに通信を行った。『中佐か、奥方は無事か?』「お気遣いありがとうございます。妻は無事でした。それよりも申し訳ありません、コロニーの落下を止められませんでした」『今二基のコロニーが地球に向けて進路を取っている。一基はアフリカに、もう一基は恐らく太平洋、日本に向かっている。艦隊火力で可能な限り粉砕するしかない』「それについてですが、今マリーが残った一基のコロニーレーザーを動かそうとしています。それが出来れば一基は私達が破壊出来ます」『本当か、それは?ならば――日本の方を任せたい』「日本方面ですね、了解しました。そこでお願いがあるのですが、敵旗艦がコントロールを取り返そうとしてくる事が考えられます。ミノフスキー粒子の濃度を上げジャミングを強化して頂きたいのですが」『判った、全艦に通達する』 通信を切ると、モニターを見つめ外部からのアクセスを監視し始めた。ミノフスキー粒子の濃度を上げても最終的にはユウが介入を阻止しなければならなくなるだろう。「来い……片っ端から追い返してやる」
ルーカス・アイゼンベルグはSFSに乗ったままアフリカ方面に向けて飛行中のコロニーに取り付いた。 ハッチを破壊し中に侵入、内部でディアスから降りて通常のコロニーなら気象コントロールを行う制御室に向かった。 室内に入り、内部にその部屋には存在しない機材を見て、彼は口笛を吹いた。「やっぱりな、あると思ったぜ」 それはコロニーのロケットモーターを直接制御するコントロール装置だった。これだけの巨大なシステムである。コロニー一基がトラブルを起こしても影響は極めて深刻なものとなる。だからこそ、各コロニーに対し直接乗り込んで操縦するための設備がかならずあると踏んでいたのだ。「ロケットモーターにも入れるんだろうが、コロニー一基全体動かすとなるとやっぱここだろ」 アイゼンベルグはコンソールを確認し、いくつかのスイッチを操作してみた。「……よし、これなら使える!」 信頼性を重視したのか、単純に調達能力の問題か、操作パネルは一年戦争当時のジオン軍艦艇とほぼ同じものだった。これならば元ジオン軍人である彼に扱える。もちろん精密にコースを取りながら進める事はユウ同様不可能だが、とにかく地球から遠ざけてしまえばいいのだ。それくらいならメインとなるロケットモーター数基を操作するだけでいい。「欲を言えばこいつをもう片方にぶち当てちまえば一石二鳥だが、そう上手くはいかねえだろうな」 速る気持ちを落ち着かせるように独言を呟きながらスイッチを確実に入れていった。 まず最初に探したのは外部からの介入を全て拒否し操作を室内からの直接制御のみとするためのスイッチだった。外部からの信号の異常によってトラブルが起こった時のため、一切の信号入力を拒否する機能が必ずあるはずだ。 幸いそれはすぐに見つかった。「よし、アイハブコントロール」 海賊時代は人手不足から艦艇の操縦も覚えたし、実際に動かしたこともあるが、それももう五年まえの話だ。ましてコロニーをロケットで動かすなど勝手が全く違う。普通ならかなりの部分は自動化され各モーターの推力バランスなども計算されるはずだが、非常用であるはずのこの操作機材はマニュアルな部分が明らかに多かった。「四番をプラス3……八番をマイナス2……ここで四番プラス2に修正……くそっ六番をマイナス1だ……」 温度調節は正常に機能しているはずのノーマルスーツの下で脇が、手の平が汗ばんでくる。目の中にも汗が入って来たが拭かずに作業を続けた。 巨大な円筒が少しずつ角度を変え始めた。動きは遅いがアイゼンベルグの足元が船のように揺れる。「よし、いいぞ。もう少し首を振らせて……」 外部監視用の小さなモニターを見ると、アクシズ残党軍と連邦軍が激しく撃ち合いを演じていた。そう言えば俺がここで何をするつもりか誰にも言ってねえな、と思い出したが、言ってはいなくてもゲタに乗って中に入る所は目撃されているだろうし、このコロニーの挙動を見れば何をしようとしているかは気がついてくれるはずだといい方に解釈する事にした。味方に撃たれても一発の直撃弾で即死する事はないだろう。 アイゼンベルグの目論見はあと少しで成功するところだった。首を振り、あとは再度前進用ロケットに再点火すればコロニーは成層圏の表面をバウンドしながら宇宙の彼方に飛んでいくはずだった。しかし、その時一発のビームがロケットモーターの一つを直撃した。 コロニーはバランスを失い狂ったように旋回を始めた。モーターの一基が破壊された事により今まで慎重に速度を制御していた旋回運動の角速度が一気に加速したのだ。まるで巨大なプロペラのように回転するコロニーに残党軍巡洋艦『アステカ』が接触し、艦体の半分を引きちぎられた。 当然、中にいるアイゼンベルグもただでは済まない。バランスを崩し、激しく壁に叩きつけられた。「ぐあっ!?」 肩を脱臼したらしい。アイゼンベルグは壁に遠心力で押し付けられたまま肩を反対から壁に押し当て、一度身体を浮かして勢いをつけて壁にぶつけた。鈍い音と共に関節が再び元の位置に入る。激痛にアイゼンベルグは声も出なかった。「――ふぅ、やはり虫のいい話だったか」 痛みに顔をしかめながら現在の状況をチェックした。回転により少しずつ当初の軌道からはずれているようだが、彼が意図したコースには程遠い。このままでは陸地は外れるかもしれないが地表への落下は避けられないだろう。 更に悪い事にコロニーは何者も近づかせまいとしているかのように激しく旋回運動を続けている。半径二十キロ以内に接近出来ない。これでは艦隊による一斉射撃も効果があるかは疑わしい。 アイゼンベルグの顔貌に何か凄みのある笑みが浮かんだ。「ま、しょうがねえなあ。上手く行くとは思っちゃいねえ、最初からこうしときゃ良かったんだ」 そう言うや彼は部屋から飛び出し、床か天井かも判らない場所を歩きながら自分の愛機に戻ると外ではなく内部へと機体を進ませた。 コロニーの居住区であったはずの円筒内はアルミ粒子によるコーティングにより銀一色に輝き、空気の代わりにアルゴンガスで満たされていた。この中で一五〇〇万メガワットの死の剣が生まれ、磨かれるのだ。その中心部に隻腕のリック・ディアスは浮かんでいた。「さあて、派手に行くか!」 アイゼンベルグはビームライフルを一箇所に向けて集中発砲した。 卵というものは外部からの力に対しては相当に強い。大きさも殻の厚さも最大を誇るダチョウの卵を割るには金槌を本気で振り下ろさなければならない。しかし、そんなダチョウの卵も内側からならば羽化する雛鳥が嘴でつついた程度でも亀裂が入り割れてしまう。円や球は外と内とでそれ程までに強度が違うのだ。 外部からは不慮の隕石の衝突にも耐えられるよう設計され、破壊には数個艦隊の全火力を要するスペースコロニーも内側からならば――。 アルミコーティングが蒸発しコロニーの内壁が剥き出しになる。ビームライフルのエネルギーが切れると予備のライフルに持ち替え、更に数カ所のコーティングを暴いた。ビームにより脆くなったその数カ所の内壁に向かって背中のミサイルrンチャーを一斉に浴びせかける。 ミサイルの爆発する閃光が銀色の内壁に反射し、まるでカメラマンの群れがフラッシュを焚いているようだった。不活性ガスの中で爆音はどこか非現実的で、アイゼンベルグは場違いにも綺麗な眺めだと思った。 アイゼンベルグはヘルメットを脱ぎ、ポケットの中を探り紙の箱を取り出した。タバコだった。 まだ封の開いていないそれの包を破り、一本取り出すと口に加え、装備されている緊急補修用トーチで火を点けた。そして深々と煙を吸い込み――派手にむせ返った。それでも満足したように笑ってシートに深くもたれかかった。「これが地球でしか味わえない娯楽の味か……慣れれば癖になりそうだ」 ミサイルによって穴が穿たれ、穴と穴が亀裂で繋がり、内部からのアルゴンガスの内圧で押し広げられる。これで放っておいてもコロニーは破裂する。「人の生は何を為したかで決まる……か」 それはかつて、彼が新兵だった頃に配属された部隊の隊長に教えられた言葉だった。大きな事でなくていい、命を賭けて惜しくないだけの何かを見つけ、やり遂げたなら立派な人物だ、と。その上官は一年戦争で仲間を守るため一人殿を務め、見事なし遂げて死んだと聞いた。自分は何かを為せただろうか。あの世で再会出来たとして、よくやったと褒めてくれるだろうか。 アルゴンガスが外部に向けて漏れ出し、コロニー内部は凄まじい暴風となっていた。リック・ディアスはその中でもなお姿勢を保っていたが、そろそろ限界だった。 さて、仕上げだ。 アイゼンベルグはコロニー中心部に向けてビームライフルを構えた。そこには密閉型コロニーには付き物の人工太陽――大型熱核反応炉がある。「……勝ったぞ!」 それが彼の敬愛する人物の末期の言葉と同じであるなど彼が知る由もない。 最後の、そして最大の爆風によりコロニーが引き裂かれ、巨大な円筒は四散した。リック・ディアスは大小様々な破片と共に彼方へと飛び去り、そのまま行方知れずとなった。
「大丈夫か、マリー?」 ユウは何度目になるか判らない同じ質問を妻に向けた。マリーはその都度同じ答えを返した。「大丈夫よ、ユウ。もう少しで照準が終るわ」 そうは言われてもユウの不安は晴れない。これだけの規模の制御を一人の精神力のみで行うことがどれほどの負担になるのか想像もつかない。まして今やユウは知ってしまった。マリーはかつてその精神を怪しげな装置に封じられていた事を。この装置はマリーの精神を再び喰らってしまうことはないだろうか? その時、マリーが初めて質問に答える以外に言葉を発した。「ユウ、ロックオン出来たわ!」 ユウは即座にルロワに報告した。「提督、艦隊の退避を!撃ちます!」 艦隊が一斉に後退し二つのコロニーの間に道を開けた。ユウが振り返った。「マリー!」 マリーの目が見開かれた。 一方のコロニーから巨大な光の柱が延び、他方のコロニーに達した。巨大な円柱が光の柱に触れて消滅して行く。 照射が終わった時、そこにはコロニーは残骸すらも残ってはいなかった。後の記録には「手品のように」と記されていた。
それは叛乱者が全ての手段を失ったことを意味していた。「――どうやら、ここまでか」 ヤン・リトマネンはまるでチェスで敗北を認めるかのように落ち着いた声で呟いた。「閣下――」 側近の者が声をかけようとするが、次の言葉が出てこない。リトマネンはその側近に向けて穏やかな笑みを見せた。「さて、私は自分の身に決着を着けなければならん。諸君らはよく今までこの無能に付いて来てくれた。逃げたいものはすぐに逃げて来れ。その間は私が殿となって連邦を食い止めてみせよう。降伏するならその後、私の首を土産にすればいい。全てをヤン・リトマネンという狂人に強制された事にすれば連中も悪いようにはすまい。あまり時間はないぞ、早く決断し実行せよ。それが私からの最後の命令だ」 しかし側近からの返答は意外なほどに速く、また明快だった。「閣下、我々にはもう行くところなどありません。閣下と最後までお供します」 別の者が言添える。「これは今戦場にいる者の総意です。そうでない者はとっくに離脱しております」 リトマネンは表情を消し、部下に対し深々と頭を下げた。「よし、一人でも多く連邦の狗どもを道連れにするぞ!」 リトマネンは今度こそ生涯最後の命令を発した。
『リトマネンの叛乱』はこうして終結した。宇宙世紀〇〇九〇年一月十八日午前零時三十八分、連邦軍の死者三三〇〇人、叛乱軍は全滅と伝えられている。
エピローグ
事後処理については「いつも通り」つつがなく行われた。 地球連邦最高評議会議長の名で叛乱の鎮圧が宣言され、その後連邦軍統合作戦本部長が「秩序と正義は勇敢な戦士たちによって守られた」と戦死者への追悼の辞が伝えられ、全ての戦死者に対する二階級特進が発表された。中でもコロニーを完全に粉砕するために単身コロニーに取り付いたルーカス・アイゼンベルグについては特に銀鷲勲章が追贈され、彼の勇敢な後半生は数日ニュースで特集される事となった。 対外的な発表だけではなく、内部的な事後処理も速やかに処理されていった。監視下に置かれていたユウ・カジマの無断出撃とそれを幇助したジャクリーン・ファン・バイク、サンドリーヌ・シェルーに対しては、基地の留守を預かっていたローラン・ホワイトが独自判断で出撃命令を下した後の出来事として、お咎めはなしとなった。また、マリー・カジマとアクシズ残党との関係についても諜報部のレオン・リーフェイの報告書には「全くの無関係」と記述され、当然ユウに関する疑惑も潔白とされた。他の内通者の存在については「発見出来ず」とだけ報告された。 二月に入るとユウに大佐昇進の内示が出た。ほぼ時を同じくしてブライトが以前より提唱していたジオン残党専門の討伐部隊の結成が議会に承認され、準備委員会が発足、初代部隊長にはブライトが内定した。正式な結成は三月を予定している。 この頃になると事件は人々にとって過去のものとなり、話題に上る事も少なくなった。そうしてジオン共和国駐留艦隊も平穏を取り戻した時、小さな変化が起きた。ホワイトが健康を理由に辞表を提出し、即日退官した。官舎もその日の内に引き払うとそのままズム・シティを出立。その手際の速さからかなり以前より退官を決めていたのではないかと噂された。 二週間後、地球、コート・ダジュールの小さな家でホワイトのピストル自殺死体が発見された。遺書にはレビル将軍の死後出世コースから外れた境遇を嘆く言葉が綴られ、一種の欝症による自殺と断定された。妻子とは四年前に離縁していたが、遺骨は彼女が引き取った。
「――もう引越の準備は終わってるんですか、中佐……いえ、大佐?」 シェルーが階級を訂正した。ユウは笑って「まだ私は中佐だ。訂正の必要はない」 と答えた。「でも、明後日には次の任地に入って、そこで正式に任官されるんですよね?」「まあ、そうだが、それでも今中佐である事は間違いない」 大佐昇進と同時に彼に告げられたのは第八八艦隊への異動だった。そこではMS隊だけでなく、艦隊副司令官として艦の運用も見る事になる。ブライト・ノアと言う例外中の例外を除けば、彼は士官学校卒業後艦隊司令官の肩書を正式に与えられるまでのスピード記録を塗り替える快挙を達成した。しかもMSパイロットとしてである。「私、本当に凄い方の下で働いていたんですね!」「別にそこまで凄いわけでは……」「だって、その若さで艦隊副司令官ですよ。八八艦隊の副司令官なら指揮戦力はブライト大佐のパトロール艦隊と同じか少し多いくらいじゃないですか。凄い事ですよ!」 どこまでも比較対象はブライトであるところがこの新人士官らしい。しかしその言葉は無意識であろうがユウにとって引っ掛かっている部分を指摘していた。 新部隊設立とブライトの就任がほぼ確実な話としてユウらに伝わってきた際、まだ防衛司令官の職にあったホワイトがユウにその話題を持ち出してきたのだ。『私としては君のような人物がブライトの片腕になってくれれば、この新部隊の成果は大いに高まると思うし、ブライト大佐も同じように考えていると思う。もっとも、実現するには連邦にそれだけの度量がまだ残っている場合に限られるが』 ブライトが実際に自分を欲しているかは判らない。しかし、今回の人事で彼はブライトと同階級となり、ブライトが望もうともその麾下に招く事は不可能になった。この人事がホワイトの言う『度量のなさ』の結末だとすれば、それ程までに上層部はブライトが軍閥化を恐れている事になる。昇進に値しない者を昇進させてまでも人材を集める事を阻止するまでに。「俺も買い被られたものだ」「?すいません、聞こえませんでした」「いや、こっちの話だ」 そう言って誤魔化した。シェルーは気にする事もなく、自分の興味を満たす事を優先してきた。「向こうには何人か一緒に連れて行く事が出来るんですか?」「認められるかは判らないが、申請はしてある。ここを弱体化させるわけにも行かないからせいぜい、二、三人と言うところだが」「イノウエ大尉もここを離れるんですよね」 イノウエは予備役に入り、士官学校のMS操縦教官となることが決まっている。この基地からはMS隊隊長と副隊長が一度にいなくなることになる。「以前から希望は出していたようだからな。MS隊長は他から赴任する事になるだろう。パイロットは連れて行けないと諦めているよ」「じゃあ、ジャッキーですか?」「彼女の意思は確認してある。許可が得られればいいんだがな」 ユウはその他に医師やカウンセラーの名前を挙げた。「ま、無理でも構わんさ。八八艦隊のスタッフも信頼している」「奥様はついて行かれるんですか?」「私はここに残ってもいいと言ったのだが、どうしてもついて来ると聞かなくてね」「それだけ仲がいいと言う事じゃないですか。そんな嫌そうに言っては可哀想ですよ?」「……そうか、では気をつけよう」 連邦軍屈指のエースパイロットは苦笑するしかなかった。
「――大佐、最新の報告書です。ご覧になりますか?」 落ち着いた低音の声の女性が目の前の人物にそう訊ねた。質問と言うより確認を受けた男が頷くと、秘書官と思しき女性はメモリを端末に差し報告書を表示させた。 男はモニター上の文面を素早く目を通した。美しい金髪はオールバックにされ、モニターを見るために下を向いても視界を妨げないが、その為にやや目立つ額の傷が隠れる事なく目を引く。それでもその傷が彼の整った容貌を損なう事はなかったが。「……ほう、ブライトが」 男がブライトの名前を呼ぶ時、微かに懐かしさが混ざった。しかしそれは一瞬だった。「しかし、アムロ・レイもユウ・カジマも麾下に加えることを許されなかったか。連邦め、相変わらず人材を使いこなすという事を学んでいないようだな」 そう言う口元には皮肉な冷笑が浮かんでいる。半分は自信を周囲に伝えるためのポーズであるが、半分は本心から敵の無能を侮蔑していた。「ズム・シティの市長から何か言ってきているか?」「いつでも受け入れる用意がある。そう申しております」「そうか」 満足げに短く答えた。女は思い切って、ここ数カ月間の疑問を口にしてみた。「大佐、リトマネン艦隊になんの協力も接触もしなかった事は正しかったのでしょうか?志を同じくする者として、協力出来たなら我が軍は質的にも量的にも強化されたと思われますが」 男は報告書から目を離し、女を見て答えた。「今の我々に彼らにしてやれる事などほとんどなかろう。彼らは今この瞬間のために準備を重ねてきた。対して私達は今まさに決起の時に向け力を蓄えている時だ。リトマネンと言う男はよく知っているが、もし私が自分の構想を語って聞かせれば逆に全面的な協力を惜しまないだろうと思う。しかしそれは彼らの戦略を実現させる最大にして唯一の好機を奪うことになってしまう。つまり、私達と彼らは志は同じでも歩調を合わせることが出来んのだ。せいぜいが私を含めた精鋭を彼らに貸し与える程度しかしてやれる事はない」 そう言ってから、また彼はフッと笑った。「しかし、それでもよかったかもしれんな。一兵士として戦場を駆け巡るのは嫌いではない。それにあのユウ・カジマ――『戦慄の蒼』と言う男、興味がある。あのブライトがアムロ・レイを配下に置けないならばこの男を、と望んだほどの男だ。機会があれば是非手合わせしてみたい」「僭越ながら大佐、お立場をご自覚なさいませ。前線で命を懸けるお姿こそが大佐の連邦のもぐらとの違いですが、本来なら戦場で命を的にする事が許されるお体ではない事を知るべきです」「判っている、冗談だ。そんな怖い顔をするな」 男の口元に珍しい苦笑が浮かんだ。女は沈黙し、ややきまり悪そうに視線を逸らした。「ただ、リトマネンは主張は素晴らしいが、やり方が甘すぎた。ナナイ、私はもうあの連中には何も期待していないのだよ。奴らが恫喝で変わるならとっくに変わっている。粛清する以外に人類を前に進める方策はないのだ」 男――シャア・アズナブルが人類粛清と言う最終目標を他人に明かしたのはこれが初めてだった。さすがに驚きを隠せないナナイ・ミゲルの前で、シャアは小さく独白した。「止められるものなら止めてみせろ、アムロ・レイ……」
ユウ・カジマの生涯最後の戦いは〇〇九三年三月の『シャアの叛乱』である。 しかし、その最後の戦いにおいてユウの行動は落下するアクシズを食い止めようとしたのみであり、その際に搭乗していたのはカラーリングも一般機と差のないジェガンであった。彼がエースに相応しい活躍を見せたのは、この〇〇九〇年一月の『リトマネンの叛乱』こそが最後であり、代名詞とも言える蒼い機体と共に「最後の『戦慄の蒼』」として後世に語り継がれる事になるのである。
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