life goes on ◆XrXin1oFz6
Jアークの小さな医務室のベッドで、シャギア・フロストは2時間ほど前に流れた放送を思い返していた。
放送と同時に配布された名簿を見て、彼は小さく息を吐く。
分かっていた。分かっていたことだが、その分かっていたことがとても重い。
オルバ、比瑪、ガロード――死したものが読み上げられる以上、放送名前が呼ばれるのも、この名簿に名がないのも当然だ。
だが、あのどこまでも自分たちの策謀を打ち砕き立ち塞がった少年、ガロード・ランならと小さく思ってしまったのも事実。
随分と弱気になったものだと自嘲する。
この世界に来る前ならば、おそらくこんなことを考えることもなかっただろう。
医務室から覗く窓の外では、機動兵器たちが落ちたパーツを回収している。
この二時間で、事態は大きく変わりつつあった。
話に聞くと、
騎士凰牙の腕は修繕できるとか、
マシンセルという特殊なナノマシン入りの腕が回収されたとか、
パーツの具合でもしかしたらストレーガとガナドゥールの再合体が可能になるかもしれないとか。
マテリアル的な話だけではない。
あのインベーダーたちの登場から続くさまざまな事態の急変。
もはやこのバトル・ロワイアルという形式を取ったデスゲームもまた崩壊しつつある。
終わりは、近い。
どんな結末になろうと次の放送はないだろうとシャギアは意識した。
ベッドから降りて、シャギアは立ち上がる。
適切な治療が施され、二時間以上ばかり休ませてもらった以上、身体的な疲れはもうそれほどではなかった。
寝ている熱気バサラ――そう言えば、ナデシコでも気絶していなかったか?――の横を抜け、医務室から出る。
医務室の外も、相変わらずの静寂だ。
おそらく医務室や解析器具のある中枢部などに人手を回すので精一杯なのだろう。
随分甘いことだとシャギアは小さく笑う。
自分が
殺し合いに乗ってないという論拠など、どこにもない。
それにも関わらず、よくも自分を野放しにできたものだ。
今自分が銃器などを持って中枢などを強襲すれば、どれだけ被害が出るか、分からないわけでもないだろうに。
ギリ、と奥歯を噛み合せるシャギア。
奴らは、信じているのだろう。シャギアではなく、ガロードを。そして自分のニュータイプとしての感性を。
そして、ガロードが託したシャギア・フロストという人間が牙を剥くことはないだろうと思い込んでいる。
ガロード・ランの遺言まがいの言葉など知ったことかとシャギアは思う。
勝手に押し付け、消えていった相手の都合を聞き届ける理由はない。
ここに来て、紆余曲折あって自分が随分と曲がってしまった。
それを、シャギアは自覚する。
まして、ニュータイプと手を組もうなどど―――
シャギアの意識は、一時間半前にまで飛ぶ。
◆ ■ ◆
中枢で、マシンセルとトモロの回線をつなげ、アムロは携帯用の端末を叩いていた。
周りには、カミーユとキラもおり、キラはどうやら別の角度から解析をしているようだ。
『医務室を出たようだ』
トモロが事務的な口調で三人に告げる。
同時に展開されたウィンドウには、シャギア・フロストの姿があった。
「あの……本当に協力してくれるんでしょうか?」
キラが、おずおずとアムロに聞く。
『なんらかの敵害行動に出ようとした場合、隔壁を下ろして隔離する』
「トモロ、そういうことじゃなくて……!」
アムロは、少し考えてからキラの言葉に応じる。
「よくわからない。だが……協力してくれると信じるさ」
ニュータイプは万能なんかじゃない、人の心の奥まで覗くことなどできないし、やってもいけない。
だから、未来なんて不確かなものは分からない。
アムロはそう考えながらも、思考に陰りがあるのを感じていた。
一時間半前の、医務室での出来事。
―――「目を覚ましたのか?」
アムロが打ち身などを癒すため、湿布薬を医務室に取りにいった時だった。
ちょうどシャギアが目をさましたのだ。
その時何げない調子でアムロは声をかけた。別に大した意味があったわけでもない。
目覚めたところに出くわした以上、無視するのもおかしいだろう――といった程度のものだ。
シャギアは周囲を見回し、場所と時間を確認すると、ここは何処かと放送の内容について聞いてきた。
アムロも、隠す理由もないため当然答える。
ここが
Jアークの医務室であること。次の禁止エリアは何処か。
そして、放送で呼ばれた死者も。
シャギアの顔が死者の名を聞き、一気に老けこんだ気がした。
魂が抜けたというべきか。疲れ切り呆けた顔になる。
呼ばれた名前には「オルバ・フロスト」という名前があった。おそらく、兄弟なのだろう。
いや、それだけではないのかもしれない。
今のシャギアから感じるものは、悲しみではなくどこまでも深い喪失感だ。
「まず、何があったか順番にいこう」
アイビスがちょうど格納庫に行っているタイミングに起きるとは。
自分は、あまり説明には向いてないなと思いながらも説明していく。
そして、同時にシャギアからもあの戦いの発端を話してもらった。
なぜなら、向こう側の乱戦、その全てを知るのはここで寝ていたシャギアとバサラなのだから。
途中からならば分かるが、始まりはなんだったのか。
アムロは、今からやること、今やることを話しながら時々シャギアにも口を開かせ、説明させた。
大まかにアムロ側の説明も終わり、シャギア側もあらかた話し終えたときだった。
アムロは、シャギアに問う。
「ガロードは……最期、何を?」
ガロードが最期に託した男だというのなら、この男はガロードから何を託されたのか。
アムロとしては、ただ純粋に知りたいが故の質問だった。
「ティファ・アディールに、必ず帰ると伝えろ、と言われただけだ。
……私が、ニュータイプの益になるようなことをすると思っているか。
むしろ逆にニュータイプを私が殺してしまわないかをガロード・ランは気にするべきだった」
僅かに他者へ嘲りと自嘲の混ざった笑いをこぼすシャギアに、アムロは目を見開いた。
「ニュータイプ……?」
アムロは自分の短慮を内心歯噛みした。
ガロードと同じ世界の人間ならニュータイプを知り、
そしてニュータイプに対して何らかの考えを持っている可能性は高い。
今は触れるべきではなかったかもしれない。
しかし、もう踏み出してしまった。なら、もう今更引くのは逆効果だ。
「ニュータイプを知っているのか?」
「その通りだ。我ら兄弟以上にニュータイプのことを知っているものはいない」
我ら兄弟。オルバ・フロストのことだろうか。
アムロの感覚に、ざらりとしたものが混じる。
目の前の男から放たれるのは、先ほどの喪失感を埋め合わせる泥のような何かだった。
「ニュータイプなど、ただの兵器に過ぎん」
絶対の確信。疲れた顔ながら、それが読み取れる。
同時に、深い憎悪も。
「……違う。兵器としか思えない人間がいるからこそ、兵器になるんだ」
しかし、アムロにもニュータイプには確固たる思いがある。
シャギアを見据え、アムロも言った。
「では、人間の革新とでも言うのか? 利用されるしかない無能な存在が?」
「それも違う。ニュータイプは、幻想だ。どんな力があろうと区別はないはずだ。……少なくとも俺はそう思う」
「まるでニュータイプを知るような口ぶりに聞こえるが」
アムロは、いったん区切り、息を吸い込む。
「黒歴史は知っているか?」
「黒歴史……?」
アムロは、ギンガナムから伝え聞いたことをそのまま話した。
ガンダム、ニュータイプ、スペースノイドも、どれも一つなぎの世界であることを。
そして自分がとある時代において、もっとも最初のニュータイプ、『ファースト・ニュータイプ』であることも。
話のスケールに少し呆然としていたが、アムロ自身がニュータイプである下りを聞いた途端、
シャギアの顔が歪んでいく。
「それが、どうした? 自分がニュータイプであることを得意げに話に来たのか?」
「そうじゃない。ただ、ニュータイプに捕らわれないでくれ。
歴史は繰り返している。ニュータイプも、等しくその輪の中にある。何も変わりはしない」
シャギアの、激昂。
泥のような何かが、マグマのように熱い憤怒になるのが即座に分かった。
最悪、こうなることも分かっての行動だったが、それはアムロの予想を超えるほどの怒りだった。
ニュータイプになれなかった――そんな嫉妬など欠片たりとも混ざっていない。
どこまでも純粋な憎悪と憤怒。
ニュータイプというものに対して無関心でもなく、さりとて嫉妬もなく、ただ憎しみだけ。
「我らはニュータイプに捕らわれてなどいない! 我らの手のうちにニュータイプがいるのだ!」
「ニュータイプという概念に縛られていることは、代わり………」
「黙るがいい! 黒歴史は全てがあったのだろう!? なら分かるはずだ、我らがどれだけ不当ないわれを受けたか!」
アムロの返答は沈黙。
ギンガナムからは、全てがつながっているとしか教えられなかった。
目の前の男がいったい何をされたのかはわからない。
だが、それがどうしようもなくシャギアの逆鱗に触れてしまったのは分かる。
「分かるか!? 我ら兄弟はニュータイプなどというありもしない幻想のため存在を抹殺され、ないものにされた!
ニュータイプのできそこない、亜種……ただ兵器に順応できないだけでレッテルを張られたのだ!
私ら兄弟間では何よりも強い共感能力があったにも関わらずだ! 劣ることなどないのに劣等種として!
ニュータイプとして生きてきたお前のような存在に何が分かる!?」
シャギアが発した最後に言葉が、それだった。
………
……
『どうした? 手が動いてないが』
トモロの声ではっとする。
手元の端末の操作が御留守になり、どうやらさっきのことを思い出していたようだ。
(俺は、やっぱりなっちゃいないな……)
人の心など分かるはずもない。
だからどこが踏み込んではいけない領域かもわかるはずもない。
だが、先ほど自分は迂闊に土足で、もっとも踏み込んではいけない部分に踏み込んでしまった。
シャギアも、形はどうであれニュータイプに翻弄された人間の一人なのだ。
ニュータイプと似て非なる力を持つため、ニュータイプしても普通の人間としても扱われない苦しみ。
一体それはどういったものなのか。
しかも、おそらくそれを共有していた兄弟を失ったことへの絶望。
できることなら、解き放たれてほしい。
だが、自分にその資格があるのか。本当に、他者へ何か言う権利があるのか。
傲慢だな、とアムロは少し己を嫌悪した。
自分の価値観の押し付けに過ぎないのかもしれないことを自覚していながら、
自分の価値観を絶対のように言って押し付けようとする自分は、結局変わらないのではないか。
自分こそギンガナムの世界までつながる、人の業の輪の中に捕らわれた存在なのかもしれない。
その時、ブンドルから通信が入った。
「急な話ですまないが、カミーユをこちらに回してもらえないだろうか」
◆ ■ ◆
アイビスは格納庫の柵に手をあて、その上に顎を乗せていた。
目の前では、ブレンと、蛇の姿をしたデータウェポンがじゃれあっている。
よく考えればどちらも機械にも似た心持つ生き物だ。
趣味があってもおかしくないし、仲間ができたと思っているのかもしれない。
その姿を見てもアイビスの心はいまいち晴れることはない。
原因は医務室に入ろうと思った時中から聞こえてきたあの会話だ。
(劣等種、劣ってる、か……)
その言葉を、彼女は理解できる。
『劣等』――ここに来る前、自分につけられた称号だ。
劣っているのは、自分でも訓練の時から分かっていた。
それでも、必ず追いつき夢をかなえると走ってきた。
だが、最期に待っていたのは、墜落と失墜だったのを覚えている。
途中まで確かに希望はあったのだ。
いつか夢にたどり着けると努力する余地があった。
自分が経験した挫折は、結局自分が弱くて再び努力するため、立ち上がれなかっただけ。
シャアや、ブレン。
その他多くの人を見て、ここに来てやっとまた学べた。
彼女はまた起き上がれた。
しかし、そのチャンスもなく、努力も無為だとしたらどれだけその人生は辛いのだろう。
生まれ持った力だけで振り分けられ、他人に劣っていると断ぜられる。
ひたすら、挽回のチャンスもなく劣等種としてさげすまれる。
自分は、スレイを憎んだことはなかった。
同じ夢を持つ仲間だと思っていたし、今は無理でもいつかは並んで飛んでみせると信じていたからだ。
だが、もしも自分とシャギアと同じ立場だったらどうだろうか。
いくら努力したって届かないとフィリオからも言われ、味方は誰もいなくて。
実際努力する意味すらなかったら。
仮定の話とは言え、スレイを憎まなかったと胸を張っては言えなかった。
そうなったら自分は―――
きっと、ここに来る前のように生きる価値がないと陰鬱になり、命を絶っていたかもしれない。
それを考えればシャギアという人はものすごく強い人間だ。
自分が間違っている、自分が劣っているとは絶対に認めず、
逆に世界が間違っていると立ちあがることなど、自分にはできそうになかった。
「よう、どうしたんだ?」
「コウジ?」
横には、パーツをいじっていたのか油と煤だらけの甲児がいた。
おそらく、ふさぎこんだ顔をしていたのだろう。慌てて手を振り、そんなことないと否定した。
甲児は少し笑ったが、すぐ真顔になってうつむいた。
「シャギアさんの、ことだろ?」
「あ……え、どうして!?」
格納庫にいた甲児が、何故医務室の会話を聞いていたのか。
目を白黒させるアイビスに、そっと甲児は手を差し出した。
そこにあったのは携帯型の端末。
そこで、アイビスも気付く。
「もしかして……全部筒抜けだった?」
悪いことがばれた子供のような様子で、アイビスは甲児に問う。
甲児は頭を掻きつつ「まあな」と一言だけ答えた。
アムロは話す際シャギアに気を使いきちんと端末を切っていたが、
アイビスはいつでも反応できるようにつけっぱなしだったのだ。
つまり、アイビスの端末を通してシャギアの話は全員に伝わっているということだろう。
「知ってるのは、あの時聞いてた人だけだから、俺だけかもしれないし、他にいるのかもしれないな」
どれだけ知ってる人がいるのかはわからないと伝えると、
甲児はアイビスの横の柵に、背を預け天井を見上げた。
「シャギアさんってさー、底抜けに明るいんだぜ?」
突然の甲児の言葉。
アイビスは、その言葉の真意が、いまいちよくわからなかった。
甲児の顔を見上げるアイビスに、照れた様子で今度は頬を掻く甲児。
「いやさ、ずっとナデシコで一緒だったけどさ。
タマゴ焼き取り合って本気で喧嘩したり、一緒にアニメ見て盛り上がって笑ったり……
しかめっ面、見たことなかったよ。いつも自信満々で、みんな励ますようにしてて」
甲児は、アイビスの顔を見ながら、嬉しそうに言った。
シャギアが、アニメを見て拳を振り回してたとか、いきなりブイサイン相手にかましてなごませたとか。
本当にうれしそうに、身振り手振りを混じえ、満面の笑顔で甲児は言う。
その姿がどこか痛々しいと思ってしまうのは、アイビスの思い込みだろうか。
「だからさ、俺シャギアさんのこと、そういう人だと思ってたよ。
首輪の解析とかもできて、みんなを気遣えて、明るくて、挫けなくて……」
尻すぼみに小さくなる甲児の声。
「けど、違ったんだよな。あんな色々抱え込んで、それでもああやって笑ってたんだよな」
甲児の言葉は、さっき聞いたシャギアの言葉からは想像できない。
けれど、アイビスもさきほどのナデシコ直行から、甲児が嘘をつくような相手でないのを分かっている。
きっとその言葉は真実なのだろう。
少し、アイビスはその頃のシャギアが見たいと思ってしまった。
そこまで、立ち上がり続けられるのは何故なのだろう。
「思うけどさ、兄弟だけでもお互い考えてることが分かるってすごいことだよな。
俺もシロウって弟いるけど、なに考えてるかなんかわかりゃしないぜ。
あの人が劣ってるっていうなら俺なんかもうミジンコだよ」
人と違った力を持ってて、人より何をやらせても優秀で、周りも気遣える人のどこが劣等なのか。
甲児だけでない。自分だってそんな人に比べたら劣っている。
なのに、ただニュータイプと違うだけで差別される。そのニュータイプがどれほどのものなのだろう。
カミーユもアムロも、自分たちと何も変わらないように見えるのに。
「立派な人だったんだね」
「ああ、本当にな」
ブレンが、アイビスの横にいつの間にか、いた。
作業用の高い足場から、ブレンの頭をなでると、ブレンは心なしか嬉しそうにした。
蛇のデータウェポンはそれをじーっと見て、どこか拗ねているように見える。
「だからさ、シャギアさんが困ってるなら、こんどは逆に助ける時だと思うんだ」
甲児は、宣言するように拳を握り言った。
アイビスは、ブレンを撫でながら思う。
自分も、いろんな人の助けがあったからこそ、ここまで来れたのはさっきも思ったとおりだ。
なら、今度は自分が他人を助ける番ではないか。
もちろん、自分のことすら満足にできないのは分かってる。
それでも他人のため頑張りたいと願うのは悪いことだろうか。
「誰かの自由や幸せのために闘う」――それはとある時間軸において後々、彼女が語る言葉だ。
そのひな形が、今彼女の心にも灯り始めていた。
「私も手伝うよ」
差し出す手に、甲児は少し驚いたようだった。
だが、甲児も笑い、その手を握り返した。
作業場の高い場所で、二人がこうして握手を交わす。
◆ ■ ◆
その下で――
「……若いな」
「しかし、だからこそ美しい。打算の混じらない人の絆とは、どんな形であろうと美しいものだ」
二人のその遥か下、機体の足元に近い場所でブンドルとロジャー、二人の男がやれやれと笑う。
「しかし、注意深さが足りないな。先ほど、同じミスをしたというのにだ」
「若いということは青いということ。それも少しずつ治っていくものだと信じるべきだ」
端末から漏れるアイビスと甲児の声。
そう、アイビスはまたも端末のスイッチを切っていなかったのだ。
もっとも、甲児に指摘されるまでそれに気付かず、つい甲児と話し込む間もそのままだったのだろう。
「……さきほど話した内容。任せてかまわないか?」
ブンドルが顔を引き締め、ロジャーに問う。
ロジャーはゆっくりと大きく横に首を振った。
「残念だが答えはノーだ。私は交渉せず他者を排撃することを認めはしない。……急ぎすぎではないか?」
「いや、今でも遅すぎるくらいだろう。我々は超える壁は厚く、多い。
札を増やさねばおそらく最初の壁すら越えられない」
どこまでも冷静なブンドルに対し、ロジャーの顔には苦いものが混じっていた。
「アムロと君の二人にもしもの……汚れ役を任せることになることを詫びよう。
しかし、若さのままに走り、必要のない場所で散る様を見過ごすのは心苦しい」
気にすることはないとロジャーは答えると、ソシエ嬢に呼ばれ、凰牙のほうへ走っていく。
凰牙の調整はやはり搭乗者本人でなければ微妙な部分があるのだろう。
ブンドルは胸の薔薇を引き抜くと、それを眺める。
しかし、ブンドルが真に見ているのは今この場にあるものの向こう、未来だ。
ブンドルは、ユーゼスが絶対に自分たちを見逃すことはないと直感していた。
相対した瞬間にじみ出る、信頼や真実からほど遠いあの醜い雰囲気。
ブンドルは自分の美学に基づく予感だけは疑わない。二度目の遭遇で、それを確信していた。
このまま行けば、体よく駒として擦り減り切るまで使い捨てられるか、キョウスケのように殺されるか。
もっとも、結果としてキョウスケ・ナンブは予想外の変質を遂げたようだが。
しかし他者をあっさりと都合が悪くなれば切り捨て、
危険なものとも平気な顔で手を結ぶ人物であることは疑いない。
ブンドルの端正な顔がわずかにこわばる。
あまりにも、今の状況は前途が多難としかいいようがない。
いくらかパーツの回収やメンバーの集結がなり、風が吹き始めているが、それはそよ風のようなもの。
高い山にぶつかれははかなく消えてしまうものだろう。
この場から真の意味で脱出を狙うなら、大きく分けて3つの山がある。
一つ、キョウスケ。
二つ、ユーゼス。
三つ、アインスト・レジセイア。
この全てを乗り越えなければいけない。
そのためには、その時その時の的確な戦力の分配、そして何よりこちらの総合戦闘力の強化が必須だ。
キョウスケとユーゼスがつぶし合い、結果見据えるべきはノイ・レジセイアだけという最高のケースも考えられるが、
常に最悪の事態を想定して動くべきだろう。
都合のいい夢想ばかりで乗り越えられる地点はもうない。
ブンドルは、
サイバスターを見上げる。
未だ、真の力を目覚めさせることなく沈黙する巨神。
その力を引き出すことは、絶対に必要な条件だ。
だが、あまりにも時間がない。
今の時間は、19時40分。ユーゼスとの会談まで4時間と20分しかない。
放送後からここまで慎重に吟味してきたが、ここが限界点だ。
ブンドルは、おそらくサイバスターの選んだ人間はカミーユだと思った。
熱気バサラもそれに近かったが、あの
ラーゼフォンにバサラが乗り込んだ時から、
サイバスターに乗るブンドルだけがわかる独特の感覚がなくなっていた。
そして、行動を共にして分かったが甲児も違う。
サイバスターは興味を示すことはなかった。
アムロやロジャーたちは最初から考慮の外だ。
あまりにもサイバスターが求めるものとは違いすぎる。
結果、残ったのがカミーユだ。
ブンドルもそれとなくカミーユが格納庫に来るたびに確認をしていたが、ほぼ間違いはないだろう。
ブンドルにはわかる。サイバスターの声なき声が、その本質を理解するものとして。
廊下の向こう側からカミーユの姿が見えた。
ブンドルは今一度惜しむようにサイバスターを見つめ、その荘厳な建造物のような表面を手でなでる。
損壊も最低限ではあるが修復され、両腕も使用可能になった。
もう一度、サイバスターを駆りたい気持ちはないわけでもなかった。
しかし、自分ではないのだ。自分では理解はできても行使はできない。
そっとその手をサイバスターから放す。
ブンドルは、もう振り返ることはなかった。
彼が向かう先にあるのは――VF-22S・Sボーゲル。
カミーユが乗っていたマシン。
今から自分は道化を演じよう。
それが、自分を含むこの場にいる全員の未来につながるならば。
VF-22S・Sボーゲルのシートに、静かに背を預ける。
同時に流れ込むこの機体の知識。
しかし、手に握られた機体のわりに大きすぎるライフルの知識はない。
これは別の機体の武器だったということか。
だが分からなくてもかまわない。そこは自分の腕でカバーする。
反応弾は、空間突破の切り札として外してJアークに保存してある。
これで、最悪の事態にも備えはできているはずだ。
カメラから周りを確認する。
ロジャーやソシエ嬢の姿はない。
甲児とアイビスも、危険に巻き込まれない位置にいる。
なら、もう問題ないだろう。
気難しそうな顔の青年の姿が見えた。
ブンドルは最期に一度目をつむる。
開かれた目に、迷いはもうなかった。
多少荒療治でもサイバスターの力を覚醒させ、実践に耐えられるだけの経験を積ませる。
そして、疲労のないベストコンディションでユーゼスと会談する。
これ以上遅れては、それは不可能だ。
「聞こえているだろうか、カミーユ・ビダン」
VF-22Sのガンポッドが、静かに標準させられる。
対象は―――生身のカミーユだ。
◆ ■ ◆
破壊を破壊――再生を破壊。
破壊を再生――再生を再生。
この身にこれ以上の休息は不要。
この機にこれ以上の補充は不要。
我は我が身を持って打ち砕くのみ。
宿り木が巣食いしこの体に、もはや救いはなし。
人の業。
人の技。
人の道。
それらの価値。
人の宿業の結末。
爆心地。
到達点。
約束の地。
『望まれていない』
『望まれていない生命……修正』
『望まれていない存在……抹消』
『望まれていない未来……改編』
『望まれていない自分……到達』
我の願いは―――
◆ ■ ◆
「サイバスターの力はその程度ではないはずだ。その真の力を見せてほしいところだが」
失望の混じったブンドルの声が、カミーユに投げられる。
VF-22Sが、サイバスターの前をバトロイド形態のまま悠然と飛行する。
突然こんな場所に呼び出し、いったい何のつもりなのか。理由は分かっても、到底納得いくものではない。
操縦桿を握りなおし、サイバスターを立ち上がらせる。
サイバスターの操者として、カミーユが適任だと言われた。そしてその力を引き出して見せろと。
銃を突き付けられ、無理に機体に乗せられ、ここまで引き摺られ、戦わされた。
「―――勝手な都合でッ!」
機体を一機に加速させる。
今、目の前にあるのは今まで自分が乗っていた機体。
そして、その手に握られているのは、中尉から託された撃ち貫くための槍。
サイバードに変形して廃墟の市街地を駆ける。
軽過ぎた印象のVF-22Sよりも、サイバードはΖガンダムに近い。カミーユの感覚とうまく噛みあっている。
VF-22Sがオクスタンライフルを腰のラックにおさめ、代わってガンポットを抜くのが見えた。
遠距離狙撃を捨てた以上、距離を詰めて来るつもりなのか。
それがまた余計にカミーユを煽る。今、サイバスターに中距離以上の有効な攻撃はない。
セオリーで言うなら、遠距離から射撃を繰り返すべきなのだ。
それをわざわざこっちの懐に飛び込んでくる理由は一つ。挑発だ。
サイバードの後ろにバルキリー形態のVF-22Sが追いすがる。
カチリと小さな音を立てたのち、閃光とともに吐き出される銃弾。
咄嗟に、急上昇し、射線から逃れる。しかしVF-22Sは突然バトロイドに変形。
勢いそのままに虚空を滑りながらも、ガンポッドを上に向けた。
慣性によって与えられる勢いが落ち、射撃が可能となる位置と、サイバードが上昇した位置が重なっていた。
サイバスターに変形し、剣ですぐ横のボロボロの巨大ビルへ切り込む。
砂糖菓子のように崩れたビルの隙間に身を隠すとともに、閃光が下から上へ駆け抜けていく。
これが初めてVF-22Sを与えられた人間の操縦とは思えない。
VF-22Sの微細な癖までブンドルは掴んでいるとしか思えなかった。
そのままカミーユは、ビルを横薙ぎにディスカッターで切り飛ばす。
ほこりまみれのガラスが砕かれ僅かに光を照りかえす。崩れたビルの残骸が、自由落下でVF-22Sに振り注いだ。
サイバスターはビルの反対側から脱出。周囲を索敵する。
しかし、そんな必要はなかった。ビルとビルのわずかな隙間からビームの輝きがこちらに迫る。
ぎりぎりスウェーバック同然に回避。ビームの発射地点にカロリックミサイルを叩き込む。
しかし、VF-22Sはそのビルの隙間の狭さを利用し壁に変え、奥の暗闇に消えていく。
今、VF-22Sが使ったのは間違いなくオクスタンライフルだった。
人の気を知らないで平然と使うんじゃないと言いたかったが、VF-22Sの姿はない。
驚くことに、気配すら見つからない。判然と、何箇所かに同時に存在しているのだ。
「殺気を消し、分け、切り込む。騎士道の基本だと覚えておくといい」
右ななめ後方。
殺気を感じた場所にカミーユが振り向くが、そこにあったのは、数m程度の瓦礫。
先ほどカミーユが落としたものだろうか。それが、一発のガンポッドに打ち抜かれ――
飛礫となってサイバスターの表面を打ちすえる。
「こんなもので!」
「しかし、その『こんなもの』もよけられない」
瓦礫の向こう、カメラのフォーカスが何に焦点を当てるかで僅かに混乱している間。
その間に正確にVF-22Sは距離を詰めている。
バリアを纏った拳をギリギリの場所ながらディスカッターで受け止めるが、体躯では勝るはずのサイバスターが弾き飛ばされる。
飛礫に足を止めたサイバスターとブーストを利用し上方から攻撃したVF-22S。
そしてなにより、人型ロボット特有の人間に近い重心を見切りそれをずらすように叩いたブンドルの技量。
落下するサイバスターに追撃はない。
いつでも倒せる余裕か、これは模擬戦に過ぎないといいたいのか、その両方か。
勝手な都合で戦いに引きずり出して、勝手な都合でやって見せろと期待して。
そして、これか。
地面に叩きつけられる直前、サイバスターの背面で精霊光が輝く。
逆噴射で大地に立つ大空の魔装機神。
見上げるサイバスターに、VF-22Sがオクスタンライフルを突き付ける。
「お前が、それを使うなッ!」
キラの時と同じ怒りが、意識を塗り潰す。
キョウスケから託されたものを、撃ち貫く槍を奪い挙句俺に向けるのか―― 勝手な都合で!
脚部、背面、腕のスラスターを限界まで一気に開放する。
一瞬でトップスピードまで加速したサイバスター。シートが体に食い込み、ギチギチと嫌な音を立てる。
天空まで駆け上がるサイバスターは、VF-22Sとの距離を瞬く間に詰める。
VF-22Sも急いで回避行動をとろうとしたが、あまりにもサイバスターに比べてその動きは鈍重と言わざるを得ない。
オクスタンライフルを構えていた右腕が、ディスカッターに切り飛ばされ、宙を舞った。
左手でガンポットを抜き、サイバスターに突きつける。
だが、サイバスターは切り飛ばされたVF-22Sの右手を空の手に掴み、距離を取る。
ガンポッドが放たれる――撃ったのは、何も掴まれていないVF-22Sの左手。
サイバスターは再び夜の空へ。
サイバスターの左手には、剣が。右手には槍が。
月光を受け、サイバスターが白銀に輝く。
「聖ジョージの騎士、か……」
ブンドルの呟きは、怒れるカミーユに届くことはなかった。
◆ ■ ◆
――美しい。
それが、サイバスターを始めて目にした時、ブンドルが素直に抱いた感想だった。
優美な印象を受ける純白。兵器としての無骨な印象に程遠い、芸術品的な美しさ。
大空に羽撃つ白鳥のようなその姿は、彼の美意識を刺激するに十分過ぎるものであった。
お前の美しさに私は誓おう――この醜き催しを企てた無粋なあの者達に、我が美学を知らしめんと。
だが、奇しくもサイバスターが望んだ者は、ブンドルではなかった。
ブンドルのようなものではなく、熱く滾る何かを持った若者こそが、サイバスターは求めていると感じた。
心の奥に少し、その組み合わせは
美しくないのではないかと思う部分もあった。
くだらない思い過ごしだった。
ブンドルは、静かに一人頷いた。
自分らしくもない杞憂であったことを嬉しくも思いながら、
その美しさを自分では引き出せなかったことへの、ほんの少し名残惜しさもある。
――本当に美しい。
それが、今のカミーユが駆るサイバスターを見て、ブンドルが素直に抱いた感想だった。
その表面は、戦闘を経て僅かに黒ずみ、元の純白さはない。動きも優雅とは言い難い。
しかし、この美しさは何たるものか。大空を羽撃つ白鳥ではなく、大空を支配し統べる猛禽類の王、鷹のようだ。
サイバスターは、やはり戦騎。その美しさは、躍動する戦いの中にこそある。
燃え上がるような情熱を受け、大空を舞う姿は、鑑賞物として置いてみるものとは別の美しさがあった。
剣と槍を携え闘う雄々しき姿に、ブンドルはイギリスの神話に登場し伝説の悪竜を屠った騎士、聖ジョージを見た。
徐々に、自分が乗っていた時より、サイバスターの速度が上がっていく。
それに合わせて、カミーユの動きも鋭くなっていく。
自分が押され始めている。
そうか、これこそが真のサイバスターか。
VF-22Sにサイバスターのオクスタンライフルが叩きつけられる。
静かにVF-22Sが失墜し、大地に落ちていく。だが、そのかわりに大空には羽ばたいたのだ。
ついに、願い続けていた翼が。サイバスターが。
ビルの壁を背に、蹲るバトロイドのVF-22Sの側に、サイバスターが立つ。
通信機越しに、カミーユの荒い声が聞こえてくる。
怒りに我を見失いとどめを刺す気かもしれない。
あえて道化に徹し、気を逆立てるような言葉を吐いてきた。
その結末は、けしておかしなものでない。
だが、みすみすやられるつもりもない。
命という対価を払うのは、まだ先のつもりだ。
オクスタンライフルが、VF-22Sを標準する。
警告メッセージのウィンドウをブンドルは片づけ、タイミングを待つ。
一瞬の攻防。それならまだ自分に分がある。
撃つ瞬間、回避して機体の中にも伝わるように拳を打ち込む。
それだけを、狙う。
一秒。
二秒。
三秒。
静かに時間だけが経つ。
そして―――
すっとオクスタンライフルが下ろされる。
「聞いて分かってますよ。最初から、何が目的だったか。けど、こんな方法で何がしたかったんですか!?」
カミーユの怒りは、銃撃ではなく言葉という形でブンドルに向けられた。
「それも伝えているつもりだ。無論、その責任も負う覚悟はあった」
「だから、黙って殺されようとしたんですか!? 冗談じゃない!」
もっとも、本当は反撃する気だったのだが、今それを言うと余計にことを荒立てるだけだろう。
ブンドルは貝のように口をつぐむと、ボロボロのVF-22Sを立ち上がらせる。
「人をなんだと思ってるんです!? 死ねば責任が取れるなんて逃げているだけだ!」
「だが、現実の状況と折り合いをつかる形では、これしかなかったと思っている。私なりに『納得』しての行動だ」
次の瞬間、VF-22Sはサイバスターに殴り飛ばされていた。
メインカメラに砂嵐が混じる。
「『妥協』を『納得』なんて言葉でごまかして! 自分だけを納得させようとするのが大人のすることか!」
口をハンカチでぬぐう。
口を切ったのか、そこには赤いものが混じっていた。
気付けばドクーガの最高幹部になり、自分に苦言を呈するものは少なくなっていた。
無論、それを必要ないほど自分も優秀だったと自負もある。
だが、これほど荒々しく想いをぶつけられたのは一体どれほどぶりか。
「これも、若さか……」
口元が自然と緩むのが分かった。
久しぶりの血の味もけして悪くないのかもしれない。
自分を振り返るというのは苦いものが往々にして混じるものだ。
「戻りましょう、みんなも待ってます」
カミーユの疲れた声。
やはり感情の爆発で力を出すが、それをコントロールできないタイプなのだろう。
長所でもあるが、短所でもあるところだ。
いや、これはあの場にいる全員に言えることか。
VF-22Sのスラスターが火を噴く。
まだあと一回二回は戦闘で持つだろう。
サイバスターと並び、戦艦へ帰還しようとする。
その時だった。
最終更新:2009年06月10日 20:46