竜が如く ◆VvWRRU0SzU


紫雲統夜は舞い踊る。死を撒き散らし破壊をもたらす闘争の舞踏を。




お前一人でやってみろ。戦場の師にしていつか命を取り合うと約束した男はそう言った。
目前には大軍――そう、大軍としか言えないほどの化け物達。どうやらインベーダーと言うらしい。
ヴァイサーガの武装では分が悪いと言ってみても、師は甘えるなと突き放す。
条件が悪いからやらないってのはただの臆病者だ。本当に強い奴ってのは、どんな状況からでも結果を出すもんだ――そう言われては言い返せない。
ダイゼンガーがその巨大な刀を一振り、大地に轟と深い溝が刻まれた。
『この線を越えさせるな』。師が出した条件はそれだけ。ただし、師も、護るべき少女の手助けもない。
いざとなれば助けてやるとは言われたものの、信用できたものではない。
しかしこれしきを乗り越えられないようでは、来たるJアークとの戦いに置いてテニアを護りきることなどできるはずもない。
そう己に言い聞かせ、統夜はヴァイサーガを黒い異形達へと突っ込ませた。

ユーゼスから取り戻した五大剣を当たるを幸い振り回す。
剣の結界は触れたもの全てを切り裂き、押し潰し、吹き飛ばしていく。
一瞬たりとも立ち止まらずに、さながら疾風の如く立ち位置を変えインベーダーを刻み続ける。
傍から見れば黒の濁流の中に一瞬ぽっかりと空白が生まれ、一瞬だけ蒼い影を見つけるもすぐに見失うことだろう。
そしてまた別の場所で空白地帯が生まれ、また別の場所で……そうして黒は刻一刻と駆逐され、蒼い影がその身を晒す時間も比例して増えていく。

しかし足りない、これでは足りない――何よりも、そう。先程まざまざと見せつけられたダイゼンガーの暴虐に、これでは全く届かない。
所詮は剣の届く範囲しか斬ることのできないヴァイサーガと違い、ダイゼンガーは豊富な武装と圧倒的なパワーを有している。
いわゆるロケットパンチというやつか、肘から先を発射してその強大なパワーと質量で薙ぎ倒すダイナミック・ナックル。
大量のインベーダーを一瞬にして焼き払う高熱放射砲、ゼネラル・ブラスター。
取り回しに優れた近接武装ガーディアン・ソード。これは現在も予備と称して統夜に貸し付けられているが。
そしてあらゆる形状、大きさへと変化する斬艦刀。統夜からすればこれが一番恐ろしい。
その巨大質量による一撃は戦艦ですら真っ二つだと思わせる威力。隙も大きいが、そこを液体金属による形状変化で千変万化に補っている。
刃の嵐をくぐり抜け、なんとか近づいたインベーダーを一瞬にして大刀からナイフへと姿を変えて切り刻んだのは記憶にも新しい。
遠距離では熱線砲。中距離ではロケットパンチと斬艦刀。近距離にはこれまた斬艦刀が活躍する。
どこから見ても隙がなく、またそれを操る操縦者も統夜の遥か上を行く男。
いつか戦うかもしれない、手を組んだことを今さらながらに後悔するが、逃げることもできはしない。
今の統夜には護るべき者がいる。最後まで共に生き残ると、誰かを殺してでも共にいると誓った少女……テニアが。
強くならなければいけない。テニアを護ることができるほどに、ガウルンさえも超える力を手に入れなければ。

インベーダーを相手取りながらも、統夜の脳裏に映るのは巨大な鎧武者、ダイゼンガー。
もし戦うことになればどうやって制するのか。どのような戦術なら有効なのか。
統夜はありったけの戦闘経験を動員して、インベーダー/仮想ダイゼンガーへと挑みかかる。
今までに戦った、見た、体験したあらゆる戦いから使えそうな情報を抽出し、分析し、練り上げる。
現実の戦いと、仮想の戦いと。二つの戦いを同時にこなす統夜の動きは、本人も気付かない極めて小さなレベルで変革を始めていた。



やがて脳裏に去来したのは市街地で交戦した、変形する白い特機。
目にも止まらぬ動き――超音速の世界。


     □


ユーゼス達と別れて街を南下し、休憩を挟み何時間か過ぎた頃。
禁止エリアのすぐ傍で、アタシ達はインベーダーと戦いになった。
たっぷり休んだし、こっちは三機だ。恐れることもなく蹴散らしてやろうと思ったら、ガウルンは統夜に一人で戦えって言った。
当然アタシ達は抗議したけど、統夜がガウルンの挑発に乗って一人で突っ込んでいってしまった。
すぐさまアタシも後を追おうとしたけど、ガウルンが「統夜が強くなる最後のチャンスだ」と言ったためここでこうして見ているという訳。

でも、アタシやガウルンが手を出すまでもなく、インベーダーは一匹たりとも線を越えて向かってくることはなかった。
アタシにはそれが、統夜の働きによるものかあるいはこの物騒極まりない獲物を肩に担いで観戦している男を恐れているのか、判断はつかなかったけど。
とにもかくにも、おかげでベルゲルミルは再生に全ての力を回していられる。
いざとなればすぐに動く準備はしているものの、この様子ではその必要はなさそうだ。

警戒すべきはインベーダーではなくこの男、ガウルン。アタシの理性や野性、本能といった全てがガウルンを危険だと叫んでいる。
モニター越しに睨みつけていた視線に気付いた訳でもないだろうけど、当のガウルンから通信。

「いやいや……やるもんじゃねえか、統夜は。俺ぁ十匹くらいは取り逃がすかと思ってたんだが、中々どうして。愛は偉大ってことかねぇ」
「……何が言いたいのよ」
「嬢ちゃんがいるからこそ、統夜は強くなれるってことさ。青春ってな良いもんだぜ、俺にゃ眩し過ぎるくらいにな」

吐き出す言葉全てに裏があるんじゃないかと思える。
ガウルンはアタシのしたことを知ってる。それを統夜に言うことなく、ヌケヌケと協力を持ちかけてきた。
どうせこう言いたいんでしょ? 『統夜にバラされたくなければ黙って俺と手を組んでな』って。
機会があればと思わざるを得ない。ガウルンを排除する機会――。
しかし、主催者から譲り受けたって機体、ダイゼンガー。これは反則でしょ?
傷一つないまっさらの新品ってだけでもズルいのに、その性能はアタシのベルゲルミルや統夜のヴァイサーガがオモチャに見えるほど。
こんな奴にあげるくらいならアタシに――いや、アタシじゃ上手く使えないか。ならせめて統夜に――くれればいいのにさ。

「ところで、テニア。今の内に話しときたい事があるんだがよ」
「何よ。統夜が戻ってきてからでいいでしょ?」
「いや、あいつは駄目だ。なんせ、あいつがアテにしてるユーゼスについてだからな」

ガウルンの声の調子が変わる。真面目な話ってことだろうけど。

「率直に言ってだ。俺はあいつが信用できない。テニア、お前さんはどうだ?」
「信用できないって、首輪の解除がってこと? 確かにあいつがアタシ達の首輪を素直に外すとは思えないけど」
「いや、それ以前の問題だ。あいつが言ってたろう、Jアークの技術を手に入れるって。じゃあ手に入れた後、あいつの機体はさらに手がつけられなくなる訳だ。
 それこそ俺達が束になっても叶わないくらいにな」
「……だから何よ。主催者と戦うんだったらむしろ心強いじゃない」
「そこだよ。主催者と戦うにはそりゃ強い機体が、あるいは大勢の手駒がいる。
 あいつは今そのどっちも持ってるわけだが、もし手駒も要らなくなるくらい機体が強化されたらどうする?
 首輪の解除なんて餌をくれてやる必要もない。邪魔なら踏み潰せばいいだけだからな。その時点で協力関係なんて破綻すると思わねえか?」
「じゃあ、邪魔しなければいいじゃない。ユーゼスに協力すれば、少なくともこの殺し合いは終わるでしょう?」
「そして、あいつが新たな絶対者になる……ぜ?」
「ユーゼスが、アタシ達を切り捨てるって言うの?」
「俺ならそうするね。考えても見ろ、お前がユーゼスの立場だったとして俺やJアークを見逃すか?
 自分に歯向かうかもしれない、痛手を与えるかもしれない奴がいるってだけで間引く理由にゃ十分だ。そして、それは何も主催者を倒した後には限らない」
「どういう意味よ……?」
「Jアークを沈めた時点で俺らは用済みってことさ。十中八九、奴は俺達も喰おうとするぜ?
 目を引く技術ではなくても、動力や装甲なんてな機体を強化する材料になる。
 特に嬢ちゃん、お前の機体はアウトだ。そいつぁ自力で再生する機能を持ってるだろ? あいつが見逃す訳はない」

むう、と考えさせられる。たしかに何でも取り込むユーゼスの機体からすれば、ベルゲルミルの持つマシンセルとて狙われてもおかしくはない。

「そしてお前さんが喰われちまえば統夜が黙っているはずがない。が、統夜一人であいつに勝てるはずもないだろ?
 結局お前も統夜も、そして俺もあいつの胃袋の中で仲良く消化されるのを待つだけってこった。ククッ、とんだ同盟もあったもんだな、おい?」

そう言うくせにガウルンはとても楽しそうだ。どう見てもその結果を受け入れているとは思えない。つまり――

「喰われる前にユーゼスをやる……そう言いたいの?」
「Exactly(その通りでございます)。お前さんだって、あいつの言うなりに動くつもりはなかったんだろ?
 ここは俺に賭けてみないか? まあ、損はさせないと思うぜ」
「じゃあ……じゃあ、首輪はどうするのよ。これがなきゃ結局同じことじゃない」
「俺と考えが違うのはそこだな。いいか、首輪なんざ『外す必要はねえ』。俺はそう思ってるんだよ」
「は、外す必要がないって……どういうことよ! それじゃアタシと統夜が生き残ることなんてできないじゃない!」
「二人で生き残る、ってのを違う視点から解釈すればいいのさ。いいか、お前さん達は要するに二人で元の世界に帰れりゃいいんだろ?
 何も主催者を倒す必要なんてない。優勝して、残った片方を生き返らせりゃいいだけだ。シンプルにして確実な方法だろ?」
「生き返らせるって……そんなこと信用できる訳ないじゃない。いくらあいつらが化け物だからって……」
「いや、証拠ならあるさ。お前さんの目の前にな」

目の前……アタシは目を丸くした。それは、つまり。

「そう、俺も実はここに来るまでに死んだんだよ。砲弾に腹吹っ飛ばされてな。朦朧とする意識の中、最後はここに一発喰らった。ありゃ間違いなく死んだだろうぜ」

トントン、とガウルンは額を指で叩く。
そこにはたしかに薄っすらと……銃創のようなものが見えなくもない。
死んだガウルンを主催者が蘇生させた。なるほどこれは嘘ではないのかもしれない。

「優勝しさえすれば人を生き返らせることだってできる。これは信用してもいいと思うぜ?」
「……そのためには、アンタだって排除しなきゃいけない。それはわかってるの?」
「もちろんさ。俺だってそりゃ生きて帰りたいんでな。いつかお前さん達と俺と、戦うことになるのは間違いない。
 が、それはユーゼスを排除してからだ。あんな奴がいたんじゃ優勝なんて夢のまた夢だからな」
「でも、Jアークはどうするのよ? 見逃すって言うの?」
「まさか。まずはあいつらをユーゼスにぶつけるのさ。で、適度に消耗して警戒が逸れたユーゼスを背中からバッサリ……な。
 さすがにあいつだって敵と戦ってる時はこっちまで気を配ることはできねえだろ。逆に言えばその瞬間しか、あの機体をやるチャンスはねえってこった」
「……具体的には、どうするの?」
「Jアークの奴らは手練れだ。ユーゼスも相当の手傷を負うだろう。そこまで俺達が落ちてないことがまず大前提。
 次にJアークの戦力が低下していることも重要。ユーゼスを殺った後あいつらにやられちゃ世話ねえしな。
 最後に、アキト……ユーゼスの手駒だな。こいつもおそらくだが、俺達と同じことを考えてるはずだ。俺達が動けば多分乗ってくるだろ」
「アキト……アンタ、あいつに狙われてたんじゃなかったの?」
「さすがにあいつだって状況を読めないほど馬鹿じゃない。俺を殺したって、ユーゼスがいればその時点で優勝なんて不可能だ。
 ユーゼスを取り除く絶好の機会、逃す奴じゃねえよ」
「つまり、半壊したJアークとアキト、そしてアタシ達でユーゼスを袋叩きにするってことね」
「そういうこった。で、首尾よくユーゼスを落とせば次にアキトとJアーク。アキトは俺に任せてくれりゃいい。お前らは弱ったJアークに止めを刺す」
「そして、最後にアンタとアタシ達で決着をつける……」
「そう、それで終いだ。俺が生き残るかお前らが生き残るか……それはその時の運次第だ。悪くねえ話だろ?」

現状、アタシと統夜以外は全て敵と言っていい。これで生き残るのは正直厳しい。
しかしガウルンのプランが完遂すれば、残るのはアタシと統夜、そしてガウルン。
一筋縄でいく男ではないけど、それでもアタシと統夜の二人掛かりなら勝機はある。
よし……

「乗ったわ、その話」
「オーケー。わかってくれると思ってたよ、嬢ちゃん」
「あまり馴れ馴れしくしないでよ。最後は戦うんだから」
「つれないねぇ。まあいい、よろしく頼むぜ。統夜にはお前さんから話しといてくれ。俺が言うとなんだ、変に勘ぐられるだろ?

と、すっかり一人で戦っている統夜のことを忘れていた。
視線を戻し――アタシは愕然とした。

「インベーダー……もうほとんどいないじゃない」
「ははぁ、こいつぁ驚いたな。お喋りしてる間に全部やっちまうとは」

ガウルンもさすがに驚いたようだった。
ダイゼンガーみたいな武装があるならまだしも、ヴァイサーガは基本的に剣一本で戦う機体だ。こんなに早く多数の敵を殲滅できるとは思えなかった。
視界に一瞬、蒼い影が揺らめく。
巨大な異形が、影目掛けて突き進む。あわや激突すると思わせたそれは、しかし影を『すり抜けて』地面へと激突する。
インベーダーの頭に鋭い小刀が突き刺さり、弾ける。
投げたのはさっきと寸分違わぬ位置にいるヴァイサーガだ。

「あれ、今……? すり抜けた、よね?」
「分身、ってやつかね。ぎりぎりまで敵を引き付けておいて、紙一重でかわしたのさ」

ヴァイサーガは、よく見れば足を絶えず動かしている。
全体としてはそこにいる、でもいざぶつかろうとしても風に舞う木の葉のようにふわりと逃げる。
ヴァイサーガは最高速はそれほどでもないが、瞬発力には秀でている。
静止状態から最高速への、一瞬の加速。
大仰な推進装置を持たないヴァイサーガがそれを可能とするには、足捌きこそが肝要だとガウルンが言う。
走り回るのではなく、最小限の動きで攻撃をかわし、隙を見せた敵に反撃を加えていく。

「どうやら、ヴァイサーガを完全にモノにしたみてえだな。ククッ……いいねぇ統夜。それでこそ……そうでなきゃ面白くねえ……」

ぼそりと呟かれた声に込められた、滴るような悪意。全身が総毛立つような、おぞましい気配。
アタシはガウルンが今にも統夜に襲いかかるんじゃないかと警戒したけど、幸いガウルンは自制したようだった。
わかっちゃいたけどコイツはヤバい。
統夜に早く戻ってきて欲しいと、必死で祈る。
その統夜に、残ったインベーダーが合体して(というか融合して)大蛇のようになって突進する。
ヴァイサーガの姿が一瞬ブレて――大蛇の周りを、蒼い騎士が剣を掲げて包囲する。
遠目に見てもどれが本物かわからない。対峙していたインベーダーは尚更だっただろうと思う。
やがて分身たちが消え――否、一つになり。
インベーダーがそれを察知した頃には、光のように駆け抜けたヴァイサーガの剣が大蛇を一刀両断に切り裂いていった。


     □


全てが己の掌の上で回っている。
ガウルンはまさに今そんな気持ちだった。

インベーダーを殲滅した後。
完全に陽が落ち、静寂と共に暗い夜が訪れる。
さすがに疲労した様子の統夜を休ませつつ、テニアが先程の件を話している。
見張りを買って出たガウルンはその様子をさも愉快そうに眺めていた。
統夜の成長は予想以上だ。
欲を言えばJアークの連中と戦わせることでもう少し経験を積ませたいが、この分では先にガウルンの方が参ってしまいそうだ。
あと少しすれば会談の場に出発しなければならない。が、今しばらくは休憩の時間がある。

「もう少し……もう少しの我慢だな。ああ、でも……俺は我慢弱いからなぁ。待てるかどうか……」

テニアもこれでユーゼスを殺す方に大分傾いただろう。
主催者が人を生き返らせることができるかどうかなんて知らないし、興味もない。あれで騙される方がマヌケというものだ。
とにかくこれで下地はできた。
Jアークと、ユーゼスと、アキトと、統夜・テニアと、そして自分。
誰もが誰かの背中を狙う、考えるだに楽しげなブラッド・パーティ。
頭の中で『その時』のことを想像するとそれだけで身体が震える。しばらくはこれだけで退屈しない――そう思っていると、通信を求めるランプが点灯する。
このコードはオープン回線ではない。ガウルン個人に宛てた内容、ということだ。
統夜達との通信を切り、その秘匿回線を開く。
そのモニターに映ったのは、つい数時間前に仕事を依頼してきた主催者の少女だ。
あまり進捗しない仕事に痺れを切らしたのだろうか。宥めすかす言葉をいくつか脳裏に浮かべ、ガウルンは笑みを浮かべ応対する。

「よう、お嬢ちゃん。どうした恐い顔して。ああ、仕事ならサボってるんじゃねえよ。今は機を窺ってるところだぜ」
「あなたにお伝えしなきゃいけないことがありますの」
「ん? なんだって?」
「先程、あなたに依頼した仕事の達成を確認しましたの。ただし、あなた以外の人物による、ですけども」
「へへぇ……誰かがあの化け物を殺ったてのかい? そりゃすげえな。一体誰だ?」
「それは、お答えできませんの。公平性を欠きますから」

そうかい、と投げやりに答えた。元より聞いたところでどうする気もなかったが。
しかしアレを撃破した者がいたとは驚きだ。おそらくユーゼスの機体ですらあれには手こずるだろうに。

「しかし……だとするならお嬢ちゃん。俺の仕事ってな、どうなるんだ?」
「要件はそれですの。あなたは本来なら数時間前に『死んでいる』はずでしたの。それをこの仕事を行うために延命させた……でもあなたは仕事を達成できなかった」
「お、おいおい。じゃあもう用済みだから死ね、だなんて言わねえだろうな?」
「そうは言いませんの。ただ……ペナルティを受けてもらいますの。でなければ、『公平』ではないでしょう?」

少女が言葉を切る。瞬間、懐に違和感。
探ってみれば少女から渡された薬だ。それが――蠢いている。
滑らかだった錠剤の表面が粟立ち、細い糸のようなものを四方に撒き散らす。糸は寄り集まり、束になり――ガウルンの掌へと突き刺さる。

「な、なんだ……こいつはッ!」
「あなたがそれを飲んでいてくれればもっと簡単でしたのに。種明かしをしますと、それはあなたも現在感染している『DG細胞』の結晶体ですの。
 ただ、別の方に渡したものと違ってほとんど希釈していない……どころか、『私達』の眷族をちょっぴりブレンドしたスペシャル版。
 飲めば首輪が爆発しなくなるというのは、要するにあなたを『私達』と同じモノと認識させることで共食いを避けるということでしたの」

淡々と説明する少女に反論もできない。掌に解けた薬は血管へと染み入り、凄まじい違和感とともにガウルンの身体を駆け廻っていく。
異物が体内を蹂躙する感触の後やってきたのは、激烈なまでの痛みだ。
外傷ではない……体内から発する痛み。しかもこれには覚えがある。

「あなたは元々癌に侵されていましたの。それをDG細胞が同化することで沈静化していた……これも考えてみれば出血大サービスでしたの。
 ともかく、その癌細胞を今新たに生成いたしましたの。あなたにとっては慣れた痛みでしょう?
 あ、義足までは取り上げませんから安心してほしいですの。その機体は身体の動きに連動して操縦する物ですから、そこは配慮いたしましたの!」

指をVの形に突き立てる少女に悪態の一つも吐いてやろうとしたが、あまりの痛みに声も出ない。今まで好き勝手やってきた分反動で一気に来たということなのか。
が、時が経つにつれて痛みを幾分和らいでいく。顔中に脂汗を浮かべ、ガウルンはモニターの向こうの少女を睨みつけた。
息も絶え絶えに声を出す。

「ありがとよ……と、言えばいいってのかい? 違約金にしちゃ、随分……あこぎじゃねえかよ」
「あなたがモタモタしているからですの。とにかく、これで全ては公平――ここからはあなた達だけのステージ。もう、私からは一切の手出しは致しませんの。では、健闘をお祈りしていますの」


通信が切れた。もう用済みということなのだろう。
息を吐く。とんでもないことになった……ガウルンは己の身体の状態を冷静に観察する。
懐かしい癌の痛み。すぐに動けなくなるということはないだろうが、このダイゼンガーを操縦する上では長時間の戦闘はかなりの危険を伴うだろう。

(どうやら俺にはもう時間がねえらしい。だが、それならそれで……)

やり様はある。
元々は棺桶に片足を突っ込んでいたような自分なのだ。ここまで楽しめた事、それ自体が僥倖。
あとはこのまま心穏やかに最期の時を迎える――そんな訳はない。
どこまで行っても俺は俺だと、痛みの中でなお男は笑う。
残り時間が少ないのなら、その中でできるだけ、やれるだけ楽しむ。
命が惜しい? 冗談じゃない。そんな瑣末ごとで妥協はしないからこそのプロなのだ。

方針が変わるわけではない。
ユーゼスを切る。これは確定事項。
先程までならその後そこにいる全ての者を味わうつもりだったが、そうもいかなくなった現状、目標を絞る必要がある。

紫雲統夜。

こいつしかいない――ガウルンは強くそう思う。
別に死ぬことなど怖くはないが、やり残したことがあるまま朽ちるのは我慢ならない。
カシムと、それが叶わないのならせめて統夜と。
心ゆくまで殺し合い、充足を得たい。それだけが、今のガウルンが望むただ一つの夢だ。

(アムロ、ブンドル……あいつらはもういい。Jアークの奴らもだ。シャギアって兄ちゃんは惜しいが、これもパス。ユーゼス……大物だが、これもいい。どうせ奴には蟻が砂糖に集るみてえにお相手がいることだしな)

ユーゼスの目的を考えれば、Jアークの面々が抑えてくれるだろう。戦力的な面から抑えきれずとも、要するにこちらに回す手がなければいい。

(アキト……あいつぁ、もったいねえなぁ。できればあいつも喰っちまいたいところだが……まあ、欲張るのはうまくない。あいつから来るってんなら話は別だが、そうでない限りはお預けだな)

思い返してみればガウルンはここでずいぶん色んな奴に会った。
会ったが、その数に比較して彼自らが手を下した人物はそれほど多くはない。
良い機会だと、ガウルンは己の軌跡を思い起こしていく。

まず密林で交戦したガンダムに乗っていた老人だ。
中々どうして、年齢に似合わずかなりの手練れだった。年寄りの冷や水とは言うが、あの勝利は機体性能によるものと言ってもなんら不思議ではない。
開戦の狼煙としては幸先が良かったと言える。

次はあの戦艦同士の乱戦の中で戦った少年だ。
彼もまた中々の粘りを見せたが、いかんせん機体のクセが強すぎたのだろう。しかるべき機体に乗っていればもっと楽しめたのだろうと思う。
そう言えばあの機体、何故か修復されてキョウスケという男に乗り代えられていたが……ガウルンと同じく、あの主催者の少女の下へと転移したのだろうか?
彼のような正義感溢れる若者が死に、自他共に認める外道であるところの己が生き残る。神様とは全く捻くれたものだと笑う。

最後に、アキトの思い人である女。
これについてガウルンに特に思うところはなかった。彼女はあくまでアキトをこちら側に引き寄せるための餌でしかない。


そして、視線を傍らの少年少女へと巡らせる。そう、彼らこそがガウルンの人生における最後の『ご馳走』だ。
統夜の戦闘技術。愛しのカシムと比べればまだまだ不満があるが、それでも一応は及第点というところだろう。
戦場の機微という物も心得てきている。先程見せた動き。あれなら十分すぎる。
残る必要な物は精神的な『突破』だ。統夜がそれこそ自分の命以上に護ろうとする者……すなわちテニアを奪うことでそれは完成を見る。
ガウルンが、あるいは誰でもいいがテニアを殺したとすれば、統夜は間違いなくその下手人を殺そうとするだろう。
それがJアークの者であるとすれば、おそらく彼は獅子奮迅の働きを見せ難なく復讐を達成するはず。
だが、それではダメだ。その後ではもう、統夜は燃え尽きた灰のような残骸になる。
立ち直らせることもできないではないが、やはりその熱はテニアを失った直後よりは冷めている。何よりガウルンにはそれを待つ時間もなくなった。

己が死んだ後にも祭りが続くのは癪だとガウルンは思う。どうせなら、最後の一花を咲かせるところで全てを決してしまいたい……誰も彼も巻き込んで。
そのためにはユーゼス側によるJアークの一方的な蹂躙というのは面白くない。

適度にJアークを攻撃し、場の趨勢が決しかけたところで――ひっくり返す。

テニアに話した通り、アキトは乗ってくるだろう。奴は完全な優勝狙い。
奴にとって目下のところ最大の障害はJアークではなく、頭一つ二つは飛び抜けた力を有するユーゼスだ。
Jアークをある程度叩き力を奪っておけば、アキトは必ずその狙いをユーゼスに変えるはずだ。
でなければその後必ずユーゼスに喰われる。チャンスはその時しかない。

まずガウルンがユーゼスを撃つ。アキトがそこに乗ってくる。生き残ったJアークの者達も、この時とばかりユーゼスを落とそうとするだろう。
そしてその時こそ、統夜とテニアは完全なフリーになる。

思い出す。カシム――いや、『相良宗介』と千鳥かなめの関係を。
今の統夜とテニアの関係は彼らに酷似している。
これは予行演習なのだ。万が一己が生き残ったとき、もう一度その甘美な果実を味わう。いや、より上手く事を成すための。

竜は古来より生贄を求めるものだ。そして生贄は若い娘と相場が決まっている。
さしずめ統夜は騎士だろうが――残念なことに今の彼は竜を敵とは見ていない。
護る間もなく姫を奪われた騎士に残るのは何だ? 決まっている――竜への復讐だ。

(なあ、統夜。俺の最後のダンスのお相手はお前だ。頼むぜ、俺を失望させないでくれよ……?)

獲物を前に舌舐めずり。
恋焦がれる宿敵に窘められたこれは、永遠に直ることのない癖だなと笑う。

毒に侵された竜は、その背に覇を競うべき騎士を乗せて舞う。
最後の戦場、騎士との決着の場へ向けて。
来たるべき破滅を恐れることなく、心待ちにして――。



【ガウルン 搭乗機体:ダイゼンガー(バンプレストオリジナル)
 パイロット状況:疲労(小)、全身にフィードバックされた痛み、DG細胞感染  ガンが再発
 機体状況:EN100%
 現在位置: H-3
 第一行動方針:『最高に熟した』統夜と戦う。そのため乱戦に紛れテニアを殺す。
 第二行動方針:次の戦いで生き残っている者を全員殺す。
 最終行動方針:元の世界に戻って腑抜けたカシムを元に戻す
 備考1:ガウルンの頭に埋め込まれたチタン板、右足義足はDG細胞に同化されました
 備考2:ダイゼンガーは内蔵された装備を全て使用できる状態です】



【紫雲統夜 登場機体:ヴァイサーガ(スーパーロボット大戦A)
 パイロット状態:疲労 
 機体状態:左腕使用不可、シールド破棄、頭部角の一部破損、全身に損傷多数 EN50% ガーディアンソード所持
 現在位置: H-3
 第一行動方針:Jアークに対処。
 第二行動方針:ガウルン、ユーゼスと協力。でも信用はしない 
 最終行動方針:テニアと生き残る】



【フェステニア・ミューズ 搭乗機体:ベルゲルミル(ウルズ機)(バンプレストオリジナル)
 パイロット状況:焦り
 機体状況:左腕喪失、 EN50%、EN回復中、マニピュレーターに血が微かについている
 現在位置:H-3
 第一行動方針:Jアークに対処。最中にユーゼスを討つ
 第二行動方針:ガウルンと協力。隙があれば潰す。
 最終行動方針:統夜と生き残るor統夜か自分どちらかが優勝して片方を生き返らせる。
 備考1:首輪を所持しています】


【二日目 20:45】





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最終更新:2009年08月18日 14:51