雨宮棗プロローグ
どこにでもいる普通の少女。
無個性な一般的な風紀委員の一人。
物語ならドラマもなく死ぬ、あるいは生きる、ただのその他大勢の一人。
雨宮棗はそんな少女だった。
もちろんその他大勢の一人でありたいなんて思っていない。
物語の主人公に、ヒーローになれたらいいなと思っている。だから、風紀委員をやろうと思った。
でも世の中にそんな人間はたくさんいて彼女はその一人にすぎなかった。
まして、武田信玄を頂点とした侍たちによる統制、管理により、安全で健全な生活が保障されているのだ。
現実世界にヒーローなんて必要ないし、踏み出したりもしない。
彼女自身、自分が個性的な人間だなんて思っていない。
このまま大人になって、人的リソースとして労働を行い、結婚して子供を産んで新しい人的リソースを生み出す。
そんな人生が自分にはふさわしいだろう。
あの日まではずっとそう思っていた。
♪♪♪♪
その日、棗が帰宅しようとして、人込みを歩いていると突然ケータイの着信音が流れた。
「メール?なんだろ?」
棗はメールを確認するためケータイを操作すると画面を見た。
「きっぽちゃん?武闘会?」
希望崎学園からのメール。なぜ?
疑問をに思いながら添付された動画に目をやった。そこには能力を駆使して戦う、二人の魔人の姿が映し出されていた。
それは管理されたこの世界ではありえない光景。
けれど彼女が心のどこかで憧れていた世界があった。
「私が選ばれた?」
なぜ?どうして?何かの間違いなのではないか。
確かに棗は魔人である。魔人としての力を振るいたいという願望が皆無かといえば嘘になる。
力があればふるいたいというのはむしろ普通の人間の願望だろう。
だが、こういう場は自分なんかよりもっとふさわしい人間がいくらでもいるだろう。
棗は別に家が高名な武術道場だったりはしないし、闇の世界で活躍する暗殺者だということもない。
人気のアイドルでもないし、実は異世界の王女だったりすることもないし、華麗に事件を解決する名探偵などということもない。
ただ魔人であるというだけの本当に普通の人間なのだ。
だから、最初は拒絶するべきなのだと思った。それに規則は守られるべきだ。
こんなことがこの世界で許されるわけがないし、そうあるべきだとは思わない。
だって規則のおかげで世界は平和なのだから。
それが風紀委員を務める彼女がとるべき当然の選択なのだ。
彼女の良識はそう訴えていた。
けど、これはチャンスでもある
その他大勢の一人から抜け出すための。
特別な存在になるための―――
「よし」
悩んだ末に雨宮棗は武闘会に参加することにした。
最終更新:2016年06月30日 00:19