大量の粗大ゴミが山積するスクラップ置き場。
いかにも危険そうなマークのついた放射性廃棄物がそこここに散らばっているその場所の奥深くの、タイヤのパンクしたクレーン車の助手席で、山本勘助は沈思黙考していた。
疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し。
もう既に試合は始まっている。対戦相手は姿を見せぬ。
パワーでなぎ払うタイプではなく、一撃必殺でこちらの隙を仕留めるタイプと考えるのが普通だろう。
ならば、今回はどの兵法で攻めるべきか。
ピチチチという音をたててカササギが飛び立った。
「――ふむ」
何か思い当たったような顔をして山本は立ち上がる。
「今回は『瞞天過海』をやるか」
ガチャリと扉を開けて車外へと出ると、放射性廃棄物特有の濁った臭いが鼻を突いた。
山本はその場で腕を組んであぐらをかくと、むむむんと唸り声を上げながら思念を集中し始めた。
するとなんということであろう。山本の左耳から半透明の触手が何本もでろでろと飛び出してくるではないか。
そう、山本は魔人能力を持たないが、兵法を使う。それは通常人が考えるようなものではない。
耳から触手を出し、相手の体液を吸うのだ。だが、それは兵法の素の素に過ぎない。
使い方次第でどのようにも変幻するのが彼の兵法である。
無数に飛び出してきた触手は、うねり、巻きつき、絡み合い、ゆうに数十メートルを超える一本の巨大な触手となった。
その巨大な触手は、無造作に積み重ねられていた粗大ごみの一群を押しつぶした。
物凄い量の砂煙が舞い、何羽ものカササギたちが羽を舞い散らせながら空へと逃げていった。
「外れ」
山本はそれだけ呟くと、また思念を集中し、触手を操り始めた。
触手は次の粗大ごみの一群を見つけると、またそれを力任せにプレスした。
またカササギたちが逃げていく。
「外れ」
山本はまたそれだけ呟くと、触手を操り次の粗大ごみの一群を押しつぶした。
またカササギたちが飛び立つ。
山本の眉がピクリと動いた。
「当たり」
すると次の瞬間、粗大ごみの山の中から飛び出す黒い影があった。
黒いスウェットに黒いジーンズ、全身を黒で固めた黒ずくめの女――今回の対戦相手の神田蜜柑である。
「ウッボアアアアア! なんでバレたし! なんでバレたし!!」
奇声を上げながらゴミの山から飛び出してきた神田はそう叫んだ。
「奇々怪々」
山本はそうぽつりと言うと、そのまま巨大な触手で神田を圧殺しようとした。
敵が出てこない時は周囲を破壊して様子を探れ。周囲の見晴らしが良くなってこちらの利が増し、隠れている鼠も顔を出す。
兵法の基本中の基本である。
「申し訳ないが触手プレイは妄想以外NGな!」
神田はそう言うと、目を閉じて何かを思い出すような仕草をした。
そしてそのまま四つん這いになり、チーターも真っ青な猛スピードで駆け出した!
恐るべきは腐女子の妄想によって身体能力を得る魔人能力『シュガードープ』と四つん這い移動の掛けあわせである!
神田はそのままぐんぐんと触手との距離を離してゆく。
巨大な触手の塊は巨大な分、パワーはあるが、動きは緩慢なのだ。
「あー、もう、なんでこんな一方的な戦いになっちゃうのぉ。相手のいる場所も分かんないうちにこんなことになるなんて……」
そこまで独りごちた神田は突然何かに気がついたような顔をした。
「――って、ん? 相手のいる場所ってこの触手を辿っていけば分かるんじゃないの!?」
そう、触手を伸ばしている山本自身の位置は触手を辿っていけばすぐに分かってしまうのである!
というか今までそれに気がついてなかったのは相当問題があるぞ! 大丈夫か神田!
「そうとなりゃあこっちのもんよぉ! あたし、スピードには自信があるからね!」
神田はトップギアを維持したまま、逆に触手に向かって飛び込んでいった。
そして異常に俊敏な動きで触手を回避すると、触手が伸びてきている方向目掛けて一目散に粗大ごみの山を踏み越えながら突っ込んでいった。
――数十秒後。
「いた。あの辛気臭い顔したオッサンがそうね」
神田は山本を発見した。
「っと、ここで時間切れか」
神田は目をつむって再度妄想を始めた。
そう、実は『シュガードープ』には制限時間がある。
神田が妄想したBL内容が濃密であれば濃密であるほど出せるパワーは増えるが、妄想が持続する時間には限りがあるのだ。
読者諸兄らもあんな妄想やこんな妄想をして興奮していても、冷めるのは意外に早くて、そんなこんなで萎えちゃってやり直し……みたいなのには覚えがあるだろう。
故に神田は妄想の再充填を必要とする! そしてその妄想力を高めるのが、「四季彦さん」のストラップ(自費製作)であったり、雄っぱいパッド(自費製作)であったりするのだ。
神田の弱点はここにあった。
確かに妄想で出せるパワーは物凄い。物凄いがしかし、「妄想中」と「エネルギー切れ」の瞬間には弱かった。
そしてその弱点を見逃す山本ではなかった。
山本は触手を通して、最初に神田がゴミ山から飛び出してきた時に一度集中するような動作を行ったことを見ていたのだ。
「『瞞天過海-散-』」
山本がそう言うと、巨大触手は分解し、幾本もの細腕となって神田に襲いかかった。
これならパワーは落ちるがスピードは上がる! そう、チーター並の速度で走っていた神田にも追いつくほどに!
ここで先程山本が言っていた『瞞天過海』について説明しておこう。
『瞞天過海』とは、同じことを何度も繰り返して敵の油断を誘う兵法である。
例えば、弓の稽古を何度も敵前で行うことによって敵は「弓を使うのは練習するためだ」という思考が刷り込まれる。そうしておいて、弓の稽古をすると思い込んでいる敵をいきなり討ってしまうのである。
現在の状況で言えば、山本は触手をまとめて使用することに努め、一本一本でも動かせることを悟らせないようにしていた。
そうして触手が分解できることを神田の意識の外に置くことによって、多少なら妄想を再充填する猶予があると錯覚させたのだ。
これを『瞞天過海』というのである!
「勝った」
山本がそう言うと、細く分かれた触手は高速でみるみる神田の体を包み込み、彼女の体から塩分を吸い取った。
塩分を吸い取られて元々貞子っぽかった神田の痩躯がもっと痩せていく。
いや、本当に恐ろしいのはここからだ! 塩分が極限まで吸い尽くされた人間は浸透圧の関係でぶよぶよになって死ぬ!
神田は震える手でスウェットのポケットに手を伸ばした。
ポケットから出てきたのは、「四季彦さん」長男、春彦の雄っぱいパッド(自費製作)であった。
「ごめん……春彦……あたしもうダメかも……。『ううん、君は十分頑張ったよ。頭、撫でてあげるね?』………………」
ガクリ。
神田の首が力なく折れ――
「って言われてから死にたーーーーーーい!!」
――折れてはいなかった。
神田は最後の力を振り絞り、雄っぱいパッドをゴミ山の頂上に山積している放射性廃棄物の缶へと目掛けて投げつけた。
触手に捕まった時に思いついた起死回生の一手だ。果たして吉と出るか凶と出るか。
雄っぱいパッドはブーメランのように回転しながら放射性廃棄物の缶の側面を穿った。
すると、放射性廃棄物はどろりと漏れだして、神田の体と触手の粘膜に浸透していった。
「う、うぐぐぐう……」
唸り声を上げ始めたのは、山本だった。
触手が神田の体から退き始める。
「げほっ、放射性物質入りの汁は……不味かろう……」
神田は逃げようとする触手たちを無理矢理掴んで引き戻し、手ですくった放射性廃棄物を粘膜に練り込んでいった。
「ぐぐう……」
山本が苦悶の声を上げ、身悶えする。
「……疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し。これ全てを守った汝の兵法もまた見事なり……」
そこまで言うと、山本は口から血を流したままガクリと首を折った。
「ふぅ、これでお終い? もう復活したりしないですか、コノヤロー」
放射性廃棄物まみれの神田は恐る恐る山本の体に近づき、頭を人差し指で小突いてみる。
山本は死んでいた。
【了】