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夢売誘子プロローグ①

 夢売誘子は眠らない。
 眠ることで夢が生じるというのならば、夢売誘子は夢を見ない。
 髑髏(しゃれこうべ)に悪魔が宿る。
 夢売誘子は、アビメルムの見せる悪夢をそう表現した。

 その悪夢を幻覚の類とするのなら、あまりにもそれは生々しく、血生臭かった。

 アビメルムは、悪夢を喰らう。
 起きている者に、アビメルムの姿は見えず、アビメルムとは、夢売誘子に受胎したことで、この宇宙で観念体となった悪夢そのもの。夢を通してしか知覚できず、夢を見る者が自ら招き入れる。

 アビメルムは喰らった悪夢を現実のものとする。
 それが、どれほど、荒唐無稽であっても、アビメルムは夢を叶える。
 そして、荒唐無稽であればあるほど、叶えられた夢は現実を歪まし、悪夢となって現実を侵食する。

 自分がアビメルムに与えてきた悪夢が、堰を切ったかのように溢れだし、現実を歪ませていく、その光景を受け入れるだけの強さは、夢売誘子には残されていなかった。
 夢売誘子は眠れない。それは、アビメルムによって「眠り」を根こそぎ喰われたからに他ならない。
 どこからが現実で、どこからが悪夢だったのか、もはや誰にも判別できない。
 夢売誘子は、寝室に閉じこもり、毛布をかぶって、夜が更けるのを、まるで幼い子どものように、じっと震えて待ち続ける。

 夢を見ることのできない彼女は、無色の夢を見ることができない。
 しかし、アビメルムが喰らった悪夢は、現実を歪ませる。
 その夢は、アビメルムによって叶えられ、既に現実との帳を越えていた。
 眠る自分と、夢の自分、この世界とこことは別の世界、夢を通して�壓がったあらゆる存在・世界は、複雑に入り混じり、一つの世界の中に矛盾を抱え込んだまま叶えられた。
 そして、まるで泡のように、何かのきっかけで弾けて消えそうなその世界は、アビメルムによって少しずつ捨象され、完成された世界へと収束し始めていた。

夢売誘子プロローグ②

「夢、売ります」

 夢売誘子は、夢を売る。
 デミウルゴスの泡(あぶく)もしくはソピアの鏡像と呼ばれるものにカテゴライズされるその能力は、夢を「魂が生み出した、肉体という檻に閉じ込められた結果、幻という形でしか認識できない不完全な世界」とし、魂と夢、そして世界は、親と子のような関係でしかなく、その実体は同義であるとする。
 その力について、端的に表現すれば、如意宝珠、豊穣の角でありーーその力の持ち主は、他者の意のままに願い(夢)を叶える道具となる。

 しかし、夢売誘子は、夢を売る。
 叶えるでなく、売るのだ。

 それは、夢売誘子が魔人ではなく、アビメルムの受胎者でしかないことに起因する。
 その力は借り物で、夢売誘子の力ではない。
 アビメルムは、夢(世界)を喰らう。
 アビメルムに喰われた夢(世界)は、悪夢となって現実のものになる。
 人であれ、物であれ、観念であれ、それは物質世界に変換されて実現する。

 しかし、夢売誘子は、その力の意味を何一つ解せず、自身の夢をアビメルムに与え続け、他者にアビメルムを仲介した。
 そこに、悪意はなかったとはいえ。

●プロローグ③

 神は最も不遇な者を愛するとは、誰の言葉であっただろうか。
 その言葉は、一見、矛盾するようでありながらも、神の持つ両義性を的確に見抜いていた。
 神に愛された者は、愛された証に、神の徴を刻まれる。

 かつて、デミウルゴスの泡(あぶく)あるいはソピアの鏡像と呼ばれた少女は、生まれながらに脳に異常を抱え、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、時間感覚、その他あらゆる感覚を持たずに生まれ落ちた。
 その少女は、生まれ落ちてから死に至るまでの13年間、世界には天も地もなく、宇宙は無色透明で広大な空間に自我のみが存在しているものと信じていた。
 その少女の名をステラと言う。彼女は偽物の魂を持つ人工生命として創りだされた。

 ヒトは神様を拾ったら、その力を試さずにはいられない。
 全ては、半世紀以上も前に消失した人工衛星の再発見から始まった。
 日本の沖合を漂流していたそれを、最初に発見したのは、日本国籍の小さな漁船であった。
 事件は、何の前触れもなく起こった。当時は、雲ひとつない空であり、どの局でもその週の天気については、晴れもしくは快晴としていた。だからこそ、午後になり、急速に空が鬱りだし、強い風を伴う大雨に変わるとは、誰一人予想していなかった。
 突然の大雨に進路を失ったその漁船は、直ちに救難信号を発し、大波に飲まれぬように、必死に舵を切っていた。
 そんな彼らの目の前に、人工衛星の残物が姿を現した。未解決事件として、世間を騒がせ、最終的には事故として処理されたその事件について、真実を公に語るものは誰もいない。
 謎のみを残したその事件の記憶は風化され、当時を覚えているものも多くない。
 当時、その漁船から無線で連絡を受けた担当者は、その漂流物を発見した時の彼らの様子について、事件当初に語った証言を否定し、今となっては口を噤んでいる。
 だがしかし、一つ確かなのは、当時、その漁船に乗っていた者全員が、太平洋上で忽然と姿を消したという事実だけである。 
 現場の船には、乗組員と何者かが交戦した後が至る所に残っており、事件の異様さを際立たせた。
 彼らが何と出会い、どこへ消えたのか、既に調査は完了していたが、その詳細の一切は公にされていない。

 その日、ヒトは神様を拾い損ねたのだ。
 無知なる人類は、何の前触れもなく現れた神様を前に、畏れ慄き、集団で襲いかかった。
 それが事実であり、彼らはその罪を問いた何者かが拉致し、未だにその行方は分からない。

 殺してしまった神様を再生するべく、動き出したのが「ステラ計画」であり、それはヒトと神様を掛けあわせることで、天使を創りだす計画だった。

●TIPS1「デミウルゴスの泡(あぶく)」

 デミウルゴスの泡とは、ステラと口付けを交わした者の胸部に、沸々と現れる無数の泡のことである。
 肉体という檻に閉じ込められたことで、不安定な形で生み出されることになった、生起と消滅を繰り返す夢の世界を、デミウルゴスの泡は内包している。
 ステラは歌うことで、口付けした者を祝福し、デミウルゴスの泡から、ソピアの鏡像を作り出そうとする。
 デミウルゴスの泡の保有量は、個々人によって異なるが、その一つ一つが、本来ならば、夢という幻覚として消えるか、平行世界となって新たな分岐点となる可能性の源である。

 口付けによってステラと触れた魂は、その魂が備える可能性を、デミウルゴスの泡に内包して体外に放出する。
 口付けをした者は、己から沸き出たデミウルゴスの泡に自身の願いを投影することで、その願いが叶えられるとされる。
 しかし、デミウルゴスの泡によって生み出された世界は、不完全なままであり、何かのきっかけで弾けて消えてしまう。デミウルゴスの泡を、ソピアの鏡像と呼ばれる弾けることのない永遠の虚像に昇華させるには、命さえも投げ打つ覚悟が必要とされる。

空木凛プロローグSS

第〇章:夢幻の如く

 見渡す限りの紅蓮の火が、ぱちぱちと火の粉をあげていた。
 熱せられた空気が、ごうごうと立ち昇り、どす黒い煙はまるで人魂のように天高く昇っていく。
 ーーああ、またこの夢か。
 大河ドラマで一度は目にするワン・シーン。
《人間五十年――》
 その句を聞けば、嫌でも思い出す。戦国の世の英雄。
 鳴かぬなら殺してしまえホトトギス。
 たとえ、彼の武勇は知らずとも、彼の気性を表したその有名な句ぐらいは、誰もが知っているだろう。
《――化天のうちを比ぶれば――》
 けれど、彼が死に際に、敦盛のその有名な節を詠んだかなどは、私などが知り得るはずもなく、この光景にどこか既視感を覚えるのは、それだけ、このシーンが再現され、人々の記憶に焼き付いている証左でもあるのだろう。
 炎陣の中で舞うその姿は、堂々と雄々しいはずなのに、陽炎のように儚く揺らめく。
 メキメキと梁が音を立てて崩れ落ちていく。迫り来る業火を見上げながら――ノブナガは嗤う。
《人生五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり》
 緋色に塗りつぶされる景色の中で、ノブナガの嗤いだけが、私の脳裏に最後まで焼き付いていた。