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開業医・愛頽 行次(めで いくじ)五十三歳は、己が信奉する現代医学の力不足を痛感していた。
彼の妻にして五人の息子たちの母である千夜が覚めぬ眠りにつき早一カ月が過ぎようとしているが、彼は一向に治療方法を見つけることができずにいた。
この一カ月、彼は妻と同種の症例の患者の元を駆けずり回り、多種多様な外科手術や薬物投与の実験をしてきた。中には違法スレスレの治療行為もある。だがそれだけ手を尽くしても症状が改善した患者は一人としていなかった。
そうして手をこまねいている間にも眠り続ける妻の体は衰弱し、死に向かって進んでいく。しかしすべての手を使い果たした行次にはどうすることもできない。こうして薄暗い書斎でどうしようもない無力感に涙を流し、妻を失う絶望に震える体を抱えることしかできないのだ。
(もう駄目だ……私ごときに千夜を救うことなど不可能だったのだ……いっそのこと彼女と共に死ぬべきでは……)
行次の精神がネガティブな感情に押しつぶされていく。このままでは彼は今夜にでも自殺してしまうだろう。
(死のう……死んで千夜に謝ろう……ついでに死んだ婆さんにも謝ろう……もらったジュースは不味かったから流しに捨ててたって正直に言おう……)
行次の手がテーブル上の手術メスに伸びる。しかしその時、彼の脳内に古い記憶がリフレインした!
≪行次や、これはジュースじゃあないんよ。これはおりゅうさまから湧いた水でな、飲むと病気を治してくれるんよ≫
それは今は亡き祖母の記憶。
懐かしい思い出が、行次の手を止めさせた。
そして、その中のあるフレーズが彼の脳髄にひとつの可能性をもたらしたのだ!
「……『おりゅうさま』」
『おりゅうさま』とは彼の住む町において信じられている民間宗教のシンボル、山の頂に鎮座する巨大な石像のことである。
そこから湧き出る水は飲めば無病息災、傷を癒し病を治すと言い伝えられている。
行次は現代医学を信じ、それに生涯を捧げた男。宗教、まして地元の民間信仰など信じることはない。平常時であれば鼻で笑って忘れてしまうことだろう。
しかし今は妻の危篤!どんなことであろうとも、彼女を助ける為ならば試してみる価値はある!
彼は全速力で『おりゅうさま』の元に向かうと、竜の頭部にあたる部分から滾々と湧き出る水を注意深く汲み取った。そしてそれを持ったまま自らの病院に戻ると、眠り続ける愛妻の口にスポイトを使って少しずつ流し込んだのだった……
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ハローエブリワン! 俺だよ、一夜だよ!
えっ? お前なんか知らないって?
そんな人はブラウザバックして参加キャラクター説明を読もう。矢塚白夜ところな。
……
読んだ? 理解できた? 他に比べて長いし読むのが面倒だった? それはごめん。自分でも書き過ぎたと反省してる。反省ついでに簡易キャラ説書いといたから、ざっくり知りたいみんなはそっちを見てくれよな。
さて、これで俺のバックグラウンドはみんなも分かったと思うし、いっちょはりきって弟の活躍を書いていきますか!
なんだか上の方がぼやけて読めなかったけど、まあ大したことじゃないだろう!
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戦いの舞台は遊園地。見える範囲にはメリーゴーランドにジェットコースター、観覧車に巨大ドラゴン像などのアトラクション。さらにはポップコーンや甘そうな飲み物の屋台が立ち並び、観光ババア集団や海坊主の群れなんかが遊んでいる。雰囲気からして楽しそうだ。
……
もう一度見てみよう。
戦いの舞台は遊園地。見える範囲にはメリーゴーランドにジェットコースター、観覧車に巨大ドラゴン像などのアトラクション。さらにはポップコーンや甘そうな飲み物の屋台が立ち並び、観光ババア集団や海坊主の群れなんかが遊んでいる。雰囲気からして楽しそうだ。
……?
なんだろう、すごい違和感。
「……遊園地か。遊園地は久しぶりに来た……な……?」
あっ、あの特徴的なガスマスク姿は白夜! どうやら来たばかりのようだが、早速違和感に気づいたらしい。さすが俺の弟、すばらしい観察力だ!
「……最近の遊園地はこんななのか。見たことないアトラクションも多い」
前言撤回。観察力はそんなでもなかった。
「ちょっと遊んでいこうかな……少しくらいなら大丈夫だろう」
大丈夫じゃない!
まずい。白夜のやつ、小学生以来の遊園地来訪に童心に帰っているんだろう。ガスマスクから覗く目がこれでもかと輝いてるし、足取りも軽快でステップまで踏んでやがる。
しかし白夜はアラサーのガスマスク成人男性。その浮かれ具合は見ていてちょっと痛々しい。こんなことになるならガキの頃にもっと遊園地に連れて行ってやるべきだった。
しかし今反省してもしょうがない! 過去は変えられないし、現実からは逃げられない! 今は夢の中だけどね!
俺は百夜にアクションを促すことに決めた。
どうやるかだって? まあ見てなさい。
『あーあー、マイクテスマイクテス。スウ―ッ、ハアーッ……白夜ーーー!!! 聞こえるかーーー!!! 俺だ―――!!! 一夜だーーー!!!』
遊園地内のスピーカーから俺の美声が流れ、周囲に響きわたる!
これぞ秘策その1、<園内放送>だ!
仕組みは簡単。俺のいる空間から遊園地の放送機構をハッキング、自由自在に声を送れるようにした。これで白夜は俺からアドバイスを受けたり、俺を通して敵の情報を聞いたりできるのだ。まあ、まだ情報らしい情報は持ってないけど。
「そのアホみたいな声は兄貴か!? 今どこに!?」
うんうん、聞こえたみたいだ。しかし、
『アホとはなんだアホとは!!! お前をサポートするためにわざわざこうやって……』
「えっ、サポートとか別にいらない」
いきなり不要と言われてしまった。
俺、このハッキングだけでもかなりの労力を費やしたんだけどなあ……
『そんな事言わないで頼ってみろよーーー、案外役に立つかもしれないぞーーー?』
「じゃあ金返してくれ。二百万円」
『あーーーあーーー聞こえませんーーー機械の調子が悪いのかなーーー!!?』
五年も前のことをよく覚えてるな……もう忘れたもんだと高をくくっていたぜ……
ちなみに借りた二百万はとある事件の後始末に使った。美少女ひとり救ったんだからそれくらい必要経費だよな。
「ハア……もう行っていいか?」
『行くってどこに』
「さしあたっては、あそこのジェットコースターかな……」
『遊んでんじゃねえ!!!』
駄目だこいつ、頭の中は楽しい遊園地でいっぱいだ……
白夜は俺の声を無視しスピーカーを一瞥すると、ジェットコースターへ小走りで向かっていった。
……そして、横から飛び出してきた海坊主になすすべもなく轢かれた。
浮かれて注意力が落ちていたんだろうな、うん。
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竜は夢の中において、ひとりの少女と出会った。
ここは竜の夢。本来ならば他者に会うことありえないだろうが、何かしらの縁がそれを可能としたのだろう。
彼女は成人女性であり少女というには少し年を食っていたが、竜から見ればそう違いはない。なにしろ竜は彼女の何万倍と生きてきたのだ、時間の感覚がそもそも異なる。
出会って間もない頃、彼女は竜に怯えていた。しかし竜の知性を認め、敵意をもっていないことをを悟ると、彼に話をし始めた。竜は黙ってそれを聞いた。
それは、彼女の身の上話だった。
愛する夫がいて、やんちゃな五人の息子たちがいて、いろいろ面倒な兄が二人いて。自分の生活だとか、職業はなにをやっているだとか。そんなとりとめもない、他愛のないこと。
そんな愛すべき日常から離れ、帰ることができなくなってしまったこと。
実のところ、竜はその話を聞いてはいたがこれっぽっちも内容を理解する気がなくて、まるで小鳥のさえずりを聞くかのような心持で耳を傾けていたのだが、それでも彼女の声に込められた悲痛さは理解できた。
そして、できることならば彼女の悲しみを取り除いてやろうと思った。
……竜は思い出した。最初に夢を見た時のことを。
ほとんど内容を忘れていたが、『勝てば夢が叶う』ということはぼんやりと記憶していた。
何に勝てばいいのか。そもそもなぜ夢の中で戦うのか。その辺はまったく覚えていない。
しかし、勝てばどうにかなるのだろう。
幸いにも竜には今やるべきこともやりたいこともない。しいて言えば久方ぶりの夢を楽しみたいということだけだ。ならば少しくらい寄り道してもいいだろう。
こうして竜は少女を伴い、夢中の遊園地に降り立ったのだった。
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む、またぼやけたな……うまく読めなかった。
一方そのころ。海坊主に轢かれた白夜は、観光ババアたちの介抱を受けていた。
不幸中の幸い、白夜の怪我はたいしたことはなかった。海坊主の体は80%が海水でできているため、自動車事故よりは軽く済んだのだ。
しかしそれでも全身打ち身でしばらく動けないだろう。もちろん戦うことなどできない。どうするんだこれ……
ところで、
『婆ちゃんたち、なんでここに居るんだ?』
「うん?」「誰じゃ誰じゃ」「あそこの喇叭じゃな」
おっと、驚かせてしまったか。
『ああそうだ。俺はそこの奴の兄貴で一夜っていうもんだ。いまはスピーカーを通して話している』
「すぴいかあじゃと」「電話みたいなものかの」「よく分からんがはいてくじゃのう」
『まずは弟を介抱してくれたことに礼を言っておくよ。ありがとう、助かった』
「なんのなんの」「世の中助け合いよな」「若いのに礼儀正しいんじゃなあ」
ほっこり。俺はババアとの会話には癒されるものがあると常々考えているのだが、皆はどうだろう?
『で、なんでここに居るんだ?』
そう、ここは夢の中。しかも謎の戦闘空間だ。俺のような能力者ならともかく、どう見ても一般人のババアたちが入り込むなどあり得ないだろう。
海坊主? あれは……なんなんだろうね。わからん。
「それがのう」「儂ら寝て起きたらここに居たんじゃ」「それで折角だからちょっと遊んでいこうと思ってな」
なんというバイタリティ。この状況下でその思考に至るとは、ババア恐るべし。
しかし謎は残ったままだ。本当になんで居るんだろう。
「そういえばウメさん、あれ持っとるか」「そうじゃマツさんの言う通りあれを使うてみるか」「ああタケさん慌てなさんな。いま出すでな」
ババアたちがにわかに騒ぎ出した。あれとは?
『婆ちゃん、なにしてんの?』
「あれを飲ませてやるんよ」「あれじゃあれじゃ」「どれどれ……ほい、あった」
三人目のババアが取り出したのは怪しげなブリキの水筒。外したキャップをコップ替わりにして傾けると、なんだかドロッとした液体が流れ出てきた。
『な、なにそれ……』
「おりゅうさまの水じゃ」「飲むと元気がでるんよ」「儂らも毎日飲んどるんもんじゃ」
あ、怪しい……やばいクスリの類じゃないだろうな……それを白夜に飲ませる気か。
正直言ってかなり怪しいし飲ませたくない。しかしこのまま放置しても白夜は動けないまま。それでは困る……
……
……飲ませるしかないのか!?
「ほうれ」「飲め飲め」「ほれほれ」
「ガボガボーーーッ!!? ゴボボーーーッ!!?」
うわあもう飲ませてる! というか溺れてる!?
「ガボボボボーーーッ!!! ゴボボボボボボーーーッ!!! ゴボボ……ボ……ガクッ」
『婆ちゃんストップ!!! やめて!!! もう十分だよ!!!』
「ふむ?」「そうかのう」「まあもういいじゃろ」
ババアたちの手が白夜から離れる。
『白夜ーーー!!? 死ぬな、白夜ーーー!!!』
白夜の体は小刻みに震え、口から謎の液体が逆流している。見るからに危篤状態だ。
このままでは危険! しかし空間の狭間にいる俺には、声をかけ続けることしかできない! なんという無力感! 俺は弟一人救えないのか!?
「……ゴボッ! ガボッ!? ガボボーーーッ!!?」
俺の心が絶望に屈しそうになったその時! 白夜は息を吹き返した!
「ゴボ、がは……ッ!!?」
『は、白夜!? 無事か!?』
「ハアハアハア……ここは……?」
「起きたか!」「やった!」「やはりおりゅうさまは偉大じゃ!」
ババアたちが歓声を上げる! めでたい!
『ぷおーぷおーぷおー!ぷおーぷおーぷおー!』
俺は感極まって、遊園地中のすべてのスピーカーからファンファーレを鳴らした!
ババアが喜ぶ! ファンファーレが響く! 地面が揺れる! 遠くから聞こえる海坊主の断末魔! そのすべてが合わさり素晴らしく聞こえる!
白夜はその中心で呆然とし虚空を見つめている。無理もない、さっきまで死にかけていたのだ。
だが俺はそんな姿すら見ていて嬉しい! 弟が生きている事実がどうしようもなく嬉しいのだ!
『なにをぼけっとしてるんだ!? 今日はめでたい! ババアも海坊主も皆祝ってくれて』
そこまで言って、俺は気づいた。
海坊主?
……
俺は白夜の視線を追いスピーカーの反対方向を見た。そして、海坊主の群れを殺戮したドラゴンがこちらを見つめていることに、やっと気が付いたのだった。
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竜は戦闘空間に降り立った当初、敵を探すことを考えていなかった。
誰が相手なのかはさっぱり分からないが、戦うことが決まっているなら向こうから来てくれるだろう。そう思ってじっと待っていた。
しかし誰も来なかった。人間と海坊主はいるが、しかしこちらに敵意をむけるものは誰一人としていない。これでは誰を倒すべきかわからない。
竜は根気強く待つことにした。待つのは得意だ。
一緒に来た少女は竜ほど根気強くなかったようで、無人の屋台から蒸した木の枝(竜はチュロスのことをそう認識した)を取り出して食べたり、棒のついた小さい馬(メリーゴーランドのことだ)に乗って遊んだりしていた。
そうしてしばらく経ったある時、遊園地内にひときわ大きい音が響き渡った。
『ぷおーぷおーぷおー!ぷおーぷおーぷおー!』
これは威嚇音だ。竜はそう察するがいなや、最も近くにいた海坊主の群れをまとめて尻尾で叩き潰した。
誰が敵かはいまだ不明だが、ここまで大々的に威嚇してきたのならばもはや待つ必要はない。この場にいるすべての生物を狩り殺せば勝ったことになるだろう。
海坊主はすべて殺した。残りは人間だけだ。
竜は目下にて生きる人間たちを標的と定めた。
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「おりゅうさまじゃ」「ありがたやありがたや」「ははー」
ババアたちが竜に向いて跪いた。あれが『おりゅうさま』なのだろうか? 彼女たちは地面に額をこすりつけて拝みだす。
それに対して竜は火炎を吐き出した!
「ぎゃあ!」「ぎゃあ!」「ぎゃあ!」
一秒たらずで消し炭になるババア! 超火力の前では骨すら残らない!
ババアの側にいた白夜は!?……無事だ! 眼前一センチのところで炎を弾いている! 白夜の能力『因辺留濃』にとっては竜の火炎ブレスもマッチの火と大差ない! いかなる大火であろうと彼を傷つけることはできないのだ!
「ヒヒ……ヒヒヒ……!」
白夜が笑っている。目の前に迫った尋常ならざる業火が、彼のパイロマニア精神を喚起したのだ!
「イッヒ、ヒヒヒ、火―――ッ火ッ火火火!!!」
こうなってはもはや白夜は理性を失ったケモノと同義! 近場のメリーゴーランドに火を放つと、竜に向かって一直線に走っていく! その頭脳はすでに火をつけて燃やすことしか考えていない!
「火火火ーーーッ!!!」
もう俺にも止めることはできない。すべてを燃やし尽くすまで止まらないだろう。昔のように。そう、あれは俺が小学校に上がってすぐの事だった……その時、俺は
「アタシのメリーゴーランドがーーーッ!!?」
その時、俺はアタシのメリーゴーランドで……
メリーゴ―ランドが……
うん?
「あとでまた乗ろうと思ってたのに……メリー……しくしく……」
炎上する回転木馬の前で、一人の女が泣いている。
ここまでババアしか見てこなかったからちょっと新鮮。じゃなくて、誰だ?
なんか聞き覚えのある声だったような……?
「しくしく……帰ったら兄貴たちを馬にしてやる……尻尾と蹄つけてテーブルの周りを走らせるんだ……しくしく……その光景を絵本にしたら売れるかな?……しくしく」
……
…………
………………
……………………
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………………………………………………うわあ。
俺あいつ知ってる。
あの声、あの発想を知っている。
出来れば一生知りたくなかったけど。
……声かけなきゃいけないよね、兄としては。
いやだなあ……
『あー、えー、その、千夜さん? こんなところでナニシテルノカナ?』
「その声は一夜兄さん!?」
そう、彼女こそは白夜がこの戦いに身を投じる最たる理由にして、俺たち兄弟の末妹。愛頽 千夜その人である。
「一夜兄さん、お金返して! 五百万円!」
『マイクの調子がわるいなーーーきこえないなーーーこまっちゃったなーーー』
開口一番で金の話。間違いない、千夜だ。
ちなみに借りた五百万はとある事件の後始末に使った。美少年ひとり救ったんだからそれくらい必要経費だよな。
とにかく、なぜ彼女がここにいるのかを問わねばなるまい。
『で、千夜。なんでここに居るの』
「竜ちゃんに付いてきたのよ」
なるほど。わからん。
「竜ちゃん、アタシが困ってるって話したらここまで連れてきてくれたの。たぶん夢から戻る手助けをしてくれるつもりなんじゃないかな?」
『それは事実か? あいつがそう言ったの?』
「ううん。でも竜ちゃん親切そうだし、きっとそのつもりだよ」
それは俗にいう都合のいい妄想というやつでは?
というか、あのドラゴンのどこをどう見れば『親切そう』に見えるのだろう……
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「火ーーーッ!!!火火火ーーーッ!!!」
俺と千夜が話し合っている間も、白夜は竜と戦っていた!
振り下ろされる鋭利な爪を、叩きつけられる巨木のような尻尾をかいくぐる! 竜は巨体ゆえに白夜をとらえきれない!
苛立ちまぎれの火炎ブレス! 『因辺留濃』によって弾き無傷!
「火火ーーーッ!!!」
さらに舞い上がる火炎を掌に集中、凝縮! それを投げつける! その威力はロケットランチャーの一撃に匹敵するだろう!
しかし!
「火火、火ッ!!?」
竜もまた無傷! 竜の鱗は、自らの炎で焼かれるほどヤワではないのだろう!
「火火火ーーーッ!!?」
白夜の目に恐怖の色が宿る。燃えない物質を前にパイロマニア精神が折れかかっているのだ。
だがしかし! 彼には目的がある! 覚めぬ夢の謎を解き、今なお眠りつづける妹を救うという使命が!
使命。そう、使命が……
「竜ちゃ~ん! がんばれ~!」
使命、あるのかなあ?
妹元気そうだし、別にほっといてもいい気がしてきた。
別に借金のことをうやむやにしようとか、そんなことは考えてないぞ。本当に。
「火火火、火ィ火火火!!!」
眼前の竜しか目に入っていないのだろう、白夜は強大な敵と戦い続けている。
だが、俺にはそれがどうも空しく見える……
もう、楽になってもいいんじゃあないか?
『白夜ッッッ!!!』
「火火ッ!!?」
気が付くと、俺は弟の名前を叫んでいた。ボリューム最大の俺の呼び声に、白夜の注意力は一瞬だけこちらを向く。
ほんの一瞬。しかし高速戦闘の中では、命取りになるのに十分だった。
ばくり。むしゃむしゃ。もぐもぐ。ごくん。
竜はその首を白夜に伸ばし、そして一口で食べた。
ああ、ああ。これで良かったのだ。
白夜は不毛な争いから解放され、俺は多額の借金から解放される。
千夜は……まあ、いいか。
とにかくこれで戦いは終わりだ。俺も筆を置くとしよう。
【勝者・竜】
その時、竜の喉が爆散した。
外側からではない。内側から膨れ上がり、その肉と鱗を全方向に向けて弾き飛ばしたのだ。
一体何が!?……その原因は、竜に食べられ死んだと思われた白夜である!
奴は竜の体内に循環していた火炎、そのすべてを掻き集め、濃縮し、そして爆発させたのだ!
いかに竜といえども体の内側には鱗は生えていない! 自らの炎に焼かれてしまったのだ!
俺もこうなることぐらい予想してましたよ? やだなあ、たかだか借金のために兄弟を見捨てるわけないじゃないですか。ええ。本当に。
地に斃れ、すでに虫の息の竜。その喉に開いた穴から白夜が這い出してきた。全身黒焦げ、元の恰好は見る影もない。しかし焦げたガスマスクを剥ぎ取ると、その下からは端正な顔立ちが現れた。
「わあーーーッ!!?」
「ち、千夜……俺、勝ったよ……」
千夜が泣き声をあげ、彼に駆け寄る。そして、
「このバカーーーッ!!!」
「ごぼあッッッ!!?」
鋭い右フックが腹にめり込んだ! これは痛い!
げしっ!げしっ!げしっ!
腹を抱え倒れ込んだ白夜に、追い打ちとばかりにストンピング攻撃!
「ごあっ、ぐえっ、がふっ」
「バカ! バカ! なんで竜ちゃんを殺しちゃうの!? せっかく仲良くなったのに!」
仲良くなったのは妄想だと思うが、それを指摘しても千夜の攻撃は止まないだろう。それどころかこちらに矛先が向かいかねない。黙っていよう。
「バカ! もう白夜兄さんなんか嫌い! 絶交する!」
「な、なんだって、げあっ、ぐわっ」
白夜の脳内にとてつもない衝撃が走る! シスコンにとって妹との絶交は世界の終わりよりも重い!
その表情がどんどん曇る! まるで皮をむいた玉ねぎのような色だ!
これ以上いけばイケメンにあるまじき顔色になってしまう!
「ハアーッ、ハアーッ……兄さん、言い残すことはある?」
兄の体を全身くまなく蹴り終えた千夜は、荒い息のまま訊ねた。
それを受け白夜は、
「……俺の、負けだ……だから絶交はヤメテ……」
ついに降参したのだった。
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竜は夢を見ていた。
喉元が熱い。まるで焼き切れたかのように感じる。
しかし実際に焼き切れているわけもないし、そうであったら死んでしまう。
だから、これは夢なのだろう。
少女が泣いたり怒ったりしているのが見える。
しかしその姿には、いつぞやに感じた悲痛さはない。
黒焦げのなにかの上で飛び跳ねている。とても元気そうだ。
よかったよかった。竜はすこし気分がよくなった。
ふと気づくと、竜はまた夢を見ていた。
どうやら、まだまだ夢を見続けられるらしい。
ならば今度は、少女が笑っている夢でも見るとするか。
竜はふたたび夢の中へ潜行しはじめた。
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東の空から太陽が昇る。夜明けだ。
街は朝日を受け、きらきらと輝いている。
その中、ひとりの開業医が営む診療所において一組の男女が抱き合っている。
男の方は滝のように涙を流し、歓喜にむせび泣いている。女は彼を少し肉の落ちた腕で抱き、目にうっすらと涙が浮かばせながらも嬉しそうに笑っている。
彼らに何があったのか? それはほとんどの市民にとってなんら関係のない話である。
ただ、山の上に鎮座する竜の石像が、少しだけ満足そうな趣を放っていた。
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【勝者・竜】