「そろそろ時間だな…それじゃ、もしもの時は頼んだ」
とある診療所、大量のワイヤーロープや消防用万能斧やジャッキ等、魔人消防士用の道具を身につけ、
ガスマスクを被り消防服を身につけたおおよそ診療所に似つかわしくない男が告げた。
男の名は矢塚白夜、傍らに立つのは医者であり義弟である愛頽行次だ。
「分かりました、どうかお願いします」
「ま、当然勝つつもりだけど一応ね」
声はガスマスク越しでぐぐもっており、表情も見えなかったが
行次は白夜が笑って見せたのをなんとなく察した。
そして矢塚白夜はゆっくりとベッドの上に横になった。
矢塚白夜は気付くと遊園地の入場ゲートに立っていた。
周りのチケット販売機や屋台からは軽快なラグタイム音楽が発せられ
遠くではジェットコースター等のアトラクションが稼動する音がなり響き
如何にも活気のある遊園地といった雰囲気だ。
しかしこの賑やかさとは裏腹に白夜以外の人間は一人もおらず、
色鮮やかに変容する大空がここが文字通りの意味で夢の世界である事を物語っていた。
白夜の居るゲート付近には記念品や帽子やヘアバンドといったグッズを販売する屋台、
子供向けの小型アトラクションを集めた広場、ゲームコーナー等といった施設が並ぶ。
だが白夜の目を引いたのは入り口から真っ直ぐ伸びる大通りの向こう側、
中央広場に鎮座する巨大な灰色のドラゴンであった。
「あれがそうなのか…想像よりも遥かにでかいな……」
白夜が小さく呟くとドラゴンはまるでそれに反応したかのように
首を軽く動かし白夜の方をじっと見つめた。
もしも事前に対戦相手の名前を知らされていなければただの遊園地のモニュメントだと思ったであろう
その巨大なドラゴンこそが矢塚白夜の対戦相手である「竜」であった。
竜は殆ど動かずにじっと白夜を見つめ続けている、
まるで白夜がこれから何をして見せるのかを楽しみに待つかのように―――
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よっすよっす!俺だよ矢塚一夜だよ!
ちょっと遅刻しちまったみたいだが、これから白夜の奴の戦いの描写を
なんかこうガンガン盛り上げて行くからよろしく頼むぜ!
さてと、まあこうやって大通りを挟んで白夜と竜が対峙した訳だが。
いや、本当にあの竜でけえな…大丈夫か?
えーと、それで白夜は…
一度ため息をつくと竜の期待にこたえるように
竜を見据え、ゆっくりと大通りを前進して…
おいおい、こんなバケモノ相手にそんなバカ正直に正面から行って大丈夫か?
俺ならまずは一度物陰に隠れてから―――
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これだけの体格差がある相手に正面から接近するのは無謀かもしれない、
だがしかし白夜は今の状況から身を隠し、一方的に相手を観察分析したり
相手に対して確実に有効打を与える手段を持ち合わせていない。
ならば下手な小細工を打って手の内を明かすよりも
まず真っ向から向かっていきそれに対して相手がどう出るかを探ろうと考えたのだ。
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―――そして最後には竜の首目掛けてさっき仕掛けた刃付きの歯車を飛ばして切断する!
どうだ!?完璧な作戦だろ!?ちゃんと聞いてたか!?
…いや、まあ今は白夜の状況について描写しようか、
まあ、さっきとさほど変わらずに白夜はゆっくりと竜へと近づき、
竜は殆ど動かずにじっと白夜を見てる感じだな。
白夜はその身のこなし、足取りから敵の一挙一動を見逃しはしないぞって気概が感じられ
警戒は一切怠ってない様子だ、これに関しては褒めておいてやろう、正面から挑むのはどうかと思うが。
そうして白夜が大通りの1/4くらいを歩いたところで変化は訪れた。
竜が突然顔を上に向けたと思いきや大きく息を吸い前足を地面に叩きつけ四つん這いの体勢になった。
白夜はこの動作に対して即座に反応し近くの土産物屋へと滑り込んだ!良いぞ、いい判断だ!
そして次の瞬間、大通りは炎に包まれた。
そう、炎だ!大量の炎が大通りを焼き払う!
竜が炎のブレスを吐き出し、大通りを掃射しているのだ!
「……ははは…ははははっ…」
白夜は僅かに店内へと流れ込む炎を能力によって取り除きつつも
目の前の光景を見て恍惚とした表情を浮かべ(本当はガスマスクで見えないけど絶対浮かべてる!)
笑い声を漏らしていた。
「燃え盛り灰燼に帰す町街…町並み……ふふふ…」
炎のブレスが止むと、白夜は気持ちの悪い独り言をぶつぶつとつぶやきながら
ベルトに掛けた万能斧を手に取り、先ほどのブレスによって散らかった
棚などの障害物を片付けながら店外へと向かう。
そうだ、万能斧について少し説明しておこうか、これは主に消防士が救助活動で使う道具で
傾いだドア等の障害物を破壊し倒壊する建物を探索するのに使われるいわゆる「ファイアアックス」に
更に救助活動で必要となる様々な機能を持たせた斧の事だ。
まず斧の背の部分はピッケルになってて点による打撃が可能だ、これによりガラスなんかの破壊がし易い。
そして持ち手の下はバールのような物になってるし、あと他にもガス栓用の―――
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そして白夜は店から大通りの様子を伺い、中央広場の方を見る。
しかしそこにはさっきまで居た竜が姿を消している。
警戒しながら大通りに出て辺りを見回すが依然として竜の姿は見えない。
そもそもこの大通りは両脇には飲食店や土産物屋の連なったそこそこ背の高い建物に挟まれており
それにより視界が遮られ、竜の巨体を見つけることすら困難であった。
「…まあ、想定の範囲内だが、こっちの位置が大体バレてるのに
敵が見つからないのはちょっと不安だな…ふふふふっ…」
白夜は西洋の町並みを模した大通りが燃え盛るその世紀末的風景に興奮し逸る気持ちを抑え、
中央広場へ向かいながら思考する。
(竜の吐いたブレスが炎だったから助かったが、冷気や毒や酸のブレスを吐いてきたらどうするか?
このまま広場へ向かえば竜の待ち伏せが待っているのではないか?
いや、冷気は俺の能力で炎を使えばなんとかできる、毒や酸だって炎で対処できなくはないし
多少の有害物質はこのガスマスクがなんとかしてくれる。待ち伏せは…まあ……うん、まあ。
ああ……それにしても…この美しい光景…もっと……あ、いやイカンイカン。
この光景に酔いしれてたら、なんだか地鳴りの様な幻聴も聞こえてきた………ん?)
だがそれは幻聴ではなかった、轟音の主は実在し、中央広場からその姿を現した。
それは燃え盛る巨大な観覧車、竜が炎のブレスで焼き払った後に支柱を破壊しここまで運んできたのだ
観覧車はゆっくりと中央広場の中心まで到達するとその動きを止める。
白夜はその幻想的かつ強大な存在を目の当たりにして立ち尽くす、
そして観覧車の後から竜が現れ、前足と口を使い観覧車の向きを大通りに向け
観覧車に頭突きをかまし勢いよく前へと突き飛ばした!
■▼■▼■▼■▼■
―――まあ、そんな訳で白夜の持つ斧は普通の万能斧より一回り大きな魔人用の…
ってなんだか大変な事になってるじゃねえか!!
ああ、白夜は転がり迫り来る観覧車から逃げまとっている!
燃え盛る炎自体は白夜にとってたいした脅威ではないが先ほどから撒き散らしてる
大量の部品やら破片やらが大変危険だ!質量の暴力だ!!
どうするんだ白夜!?このままだと轢殺されるぞ、大丈夫か!?
あ、大丈夫だったわ、観覧車から逃走中に普通に脇の燃え盛るレストランに飛び込んだわ
そりゃそうか、炎操れるしオマケに消防服まで着てるんだからちょっとやそっとの炎くらい平気だし
こうやってさっきみたいに店の中に隠れれば余裕だったわ。
気を取り直して
そうこうして白夜が店内から観覧車の通過を確認し、外に出ようとしたそのとき
突然天井から大きな音が聞こえ店全体が激しく振動した!ああ、今度はなんだ!?
白夜は危険を察知して咄嗟に店外へと転がり出る!
そしてすかさず体勢を立て直し後を振り返ると建物が大きくへしゃげ店内は瓦礫に埋もれた!
更に上を向くとそこには竜が佇んでいる!竜が建物を踏み潰したのだ!!
ああ、そして竜の野郎はその瞳で白夜をじっと見つめた、あれは絶対何か悪趣味な事を考えている目だ!
俺にはわかる、俺も嘗て湖畔のキャンプ場で殺人鬼にあんな風にじっと見つめられ―――
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そして竜は見せ付けるように隣接する建物の上を歩き、自重で幾つか建物を破壊すると、
翼をはためかせその巨体を飛翔させて入場ゲート側へと飛び立った。
そして白夜は何かに気付いたかのように広場へ向かって大急ぎで走り出した。
そして白夜の背後から再び轟音が鳴り響く。
竜は今度は入場ゲート側から広場へ向けて観覧車を押し出し転がしたのだ!
白夜は中央広場に向けて必死に走る!今度は屋内に隠れる手段は使わない、
さっきの竜の行動からして屋内に隠れれば竜は建物ごと白夜を踏み潰すだろう。
先ほどわざとらしく建物を破壊したのもそれを白夜に思い知らせる為だ。
死にたくなければ走れ!!
(ちくしょう!!あの竜もしかして俺をおちょくって遊んでる!?
俺を玩具みたいに弄んでる!?ああ、クソっ俺は千夜の、妹の為に真剣に戦いに臨んでるというのに
あの竜にとってはこんなのお遊びにしかすぎないってのかよ…畜生…畜生…!!)
白夜は湧き上がる感情をなんとか抑えようとしながら走る!走る走る!!
(しかし、ああ、それなのに…畜生…それなのにそれなのに!この燃える町並みが!地獄車のような観覧車が!!)
白夜は歯を食いしばり兎にも角にも走った!!
(なんて楽しいんだ!!俺は弄ばれてるのに!!俺は真剣なつもりなのに!!
ああ、いいさ、こうなったらこっちもとことん楽しんでやる!!そしてサイコーの気分でお前を倒してやる!!)
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―――まあ、結局その事件は俺の機転によってなんとか解決を……
おっと、また話が逸れてしまったな、まあさっきから白夜と観覧車が
おっかけっこしてるだけだから特別何か描写しなきゃいけない物もないが
しかし、これだけの距離をずっと走り続けるのも流石は魔人消防隊のフィジカルって奴だな。
とか言ってたら白夜は中央広場に到達し、中央広場から伸びる道のうち真右の道へと進んだ。
(中央広場には六の字を逆さまにしたように5方向に道がある…って説明で分かるかな?
六なのに5ってのが分かり辛いかな?まあ要するに西、北西、北東、東、南って感じなんだが
まあ、でも多分この位置情報は特に今後の展開に影響なさそうだから考えなくても良いかもしれない)
そして観覧車は勢い良くそのまま直進してライドシアターの建物につっこんでめり込んだ!
これでもう竜の奴は観覧車は使えなさそうだな、良かった良かった。
あー、ダメだ全然良くない。竜は今度は地上を四つん這いで直接白夜を追い掛け回し始めた
しかもある程度の距離を常に保ちながら時折そこらの建物を破壊して破片を飛ばしたり
街灯とかの前足で掴めるくらいの建造物を投げつけたりしてるぞ!
とにかく白夜は走って逃げ続ける!メリーゴーランドを迂回!竜はそれを直進し体当たりで吹き飛ばす!
空を舞う木馬!まるでペガサス!!白夜がコーヒーカップの上を走る!やはり竜は直進体当たり!
無残に割れるカップ!これではもうお茶会ができない!
ああ、更にイスが!ベンチが!アナウンス用スピーカーが!動物の模型が!おばけ屋敷の生首が!
ありとあらゆる物が空を飛び交う!!白夜は必死に瓦礫と化しつつある遊園地を逃げ惑う!!
そしてさっきからこの逃走劇を見てて気付いたが竜の奴は炎の上を歩くのに一切躊躇しない、
やはり炎を吐く位だから耐性を持っているのか!?どうするんだ?
白夜の能力は炎を操る能力だぞ!一番の武器が効かないなんて!
マジでどうすんだ!ジリ貧じゃねえか!ああ、今度は爆発だ!
何らかの衝撃で何らかの燃料か何かに引火して何か爆発したに違いない!
もはやここは楽しい遊園地じゃない!瓦礫と炎と爆煙に包まれた地獄だ!!
もうお終いだー!!
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白夜はこの状況を楽しんでいた。
無論、竜の攻撃は恐ろしく少しでも気を抜けば瓦礫の下敷きとなって敗北するだろう、
だがしかし竜から逃げまといながらも、気付かれないように少しずつ能力を使用し
遊園地を火の海に変えていくのは大変心地よく、やり甲斐があった。
この行いは決して単なる白夜の趣味嗜好だけによるものではない、明確な目的があった。
(そろそろ良いかな、さあ狼煙を上げるぞ!導火線に火を点けろ!!)
白夜の直ぐ傍の建物が突如爆発!更に隣接した建物が次々に連鎖的に爆発!!
爆風によって白夜は盛大に吹っ飛ばされた!
一見すると白夜が運悪く火災からの可燃物の引火による爆発に巻き込まれたように見えるだろう、しかしそれは
逃げ惑いながらこの遊園地を何度か周回した白夜がLPガスボンベ等の可燃物の位置を周到に確認し、
炎を操作してタイミングよく爆発させたのだ。
何の為に?爆煙に身を隠す為だ!!
爆発によって巻き上げられた粉塵と火災によって発生された煙が加わりあたり一面は煙に包まれた。
それは竜の視界をもふさぐほどに強烈で猛烈な物だ。
竜は翼をはためかさえ煙を飛ばそうとするが完全に周囲を煙が覆っている為に叶わない。
ならばこうだと言わんばかりにその翼を使って今度は飛翔を行う!本来の使い方!
煙から脱して視界を確保!
滞空状態で上空から遊園地を見下ろす竜は自分のいる場所から離れた
遊園地の隅、ジェットコースターの近くに妙な物があるのを発見する。
黄土色の丸い布のような物が煙の中から徐々に姿を現しているのだ。
それはまるで…風船、いや、気球だ!小型の気球の下に一人の人間、すなわち白夜がぶら下っている!
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一時はどうなるかと思ったがなんと助かったな。
いや、まあ俺は当然こうなる事は予測してたし白夜の奴なら大丈夫だって信じてたけど
さっきのは、こう、盛り上げる為の演出って訳だよ、うん、分かるよね?
さて、この気球だが仕組みは簡単、袋状になった耐熱性のシートの下にオイルライターをくくり付け、
オイルライターを点火して白夜の能力で炎を滅茶苦茶増強させた簡易の熱気球って訳さ。
ついでに言うと白夜のライターは一応シートで隠れて見えないようになっている。
これで能力がバレなきゃ良いけどな。
ちなみにこの気球は元々は小さい頃に俺が考えて白夜にやらせた遊びだったんだが、
白夜の奴は俺をうっかり落っことしやがって、おかげで全治2ヶ月の骨折をしちまった。
まあ、昔話は置いといて白夜はどんどん上昇を続ける。
やがて白夜は直ぐ傍のジェットコースターの最高地点へと到達すると素早くシートとライターを仕舞った。
そして今度は徐に妙に大きなフックを取り出し、ジェットコースターのレールの端にそれを取り付ける。
これは魔人消防士が使う特殊なスライダー機構付きのフックだ、主に建物と建物の間に
ワイヤーを張ってそこを滑ったりするのに使う、またある程度凸凹が少なければ建物の角なんかに付けて
一流スケーターの様に滑ったりもできる、但し当然ながら装着する場所はある程度丈夫じゃないと
使用者の体重によって装着場所が壊れたりしてまっさかさまになったりする。
俺は前に白夜に無断でこのフックを持ち出して傾いだ雨どいに付けて滑ろうとして酷い目に―――
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白夜はそうしてフックを取り付け空を見上げる、そこにはこちら目掛けて急降下を行う竜の姿。
白夜は急いで勢いをつけながらフックにぶら下る。するとフックは勢い良くジェットコースターのレールを滑る!
そのとき、白夜のすぐ背後で轟音と衝撃が響き渡る!
竜がジェットコースターのレールに体当たりを行ったのだ!
背後のレールが倒壊し、最高点を目指し登っていた無人のコースターは吹き飛んだ。
もし悠長にコースターが来るのを待っていたら白夜もああなっていただろう。
「あはははははーっ!!あああああっははははぁぁあああああ!!」
白夜は涙目になりながらもレールを猛スピードで滑走、
あまりに危険な状況だが燃え盛る遊園地の絶景が白夜の精神をなんとか支えていた。
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ん?良く考えたらこれ全然状況よくなってなくね?
だってどんなにスピードが出たところでジェットコースターなんてレールの上しか走れないし
待ち伏せされたりレール全部壊されたら終わりやん、どうすんのこれ?
って言ってる傍から竜は白夜を直接追わずにレールの先で待機し始めた!
大丈夫なのか?今度こそやばいのでは?
とか言ってるうちにこのままだとあと20秒もしないうちに竜の目の前に出るぞ!
ああ、最後の水平ループ地点に到達した!どうするんだ!?
うわぁあああ!跳んだぁああ!!
ああ!そして懐から何かを取り出して、飛ばした!?
ああ、あれは魔人消防士道具の、あれだ、えっとフック付きワイヤーロープだ!
なんていうか、勢いよく振る事によって遠くの先の物にこうフック飛ばして
ガッチリと良い感じにあなんかアレをそれする、ええと―――
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白夜が使用したフック付きワイヤーロープは魔人消防隊で使われるものであり、
主に高所に目掛けてフックを飛ばし、ワイヤーを伝って登る為の道具である。
このフックは先ほどのスライド機構付きのものとはまた別で、勢い良く射出し
何らかの物体に接触するとその物体をしっかりと掴み固定する仕組みになっている。
射出機構は釣竿に似ており訓練をすれば手首のスナップだけで
数十メートル先の物体に向かって使用する事も可能な代物だ。
それを白夜は空中から、
「魔法の絨毯を模した箱型の座席がタワーの周りを高速でぐるぐると回りながら上下する遊具」めがけて射出!
見事座席に命中!
白夜は斜め横方向に大きく回転!
竜はこれを迎え撃つべく前進し、上体を上げて右前足で白夜を薙ぎ払おうと試みる!
白夜はフックの射出機構に付けられたリールをグルグル回す、すると
ワイヤーが伸びて竜の攻撃を回避!
そして竜の前足はそのままワイヤーに当たり、ワイヤーが竜の前足に絡もうとする
その瞬間に白夜はフック付きワイヤーロープを手放し竜目掛けて勢いを生かして飛ぶ!
ウミハラ!!
そして空中で万能斧を取り出し、構え、良し、大きく振りかぶって…フルスイング!!
圧倒的運動エネルギーと共に繰り出された斧の一撃は竜の左目玉にクリーンヒットした!!
竜の悲痛なる咆哮が遊園地内をこだまする!!おびただしい量の血液が噴き出し白夜を染める!!
無論これだけの圧倒的運動エネルギーで竜に衝突した白夜も無事ではすまない。
白夜の斧を持っていた両腕と竜の顔面に思いっきりぶつけた右足に激痛が走る!
だが白夜は身体に鞭打ち、すぐさまに目玉に刺さった斧を引き抜き、
再び斧を叩きつける!先ほどの攻撃に比べると大分小さいが竜の目玉に確かな裂傷を負わす!
やはり目玉は殆どの生物に対して安定した弱点だ!
あふれ出る人間のそれよりも濃い赤黒い液体!白夜は更にそれを浴びる!
そのとき不意に白夜を奇妙な感覚が襲う、竜の血液を浴びた場所が妙に熱い。
熱い熱い!腕が溶けるような感覚、この血液は酸性なのか?あるいは毒なのか?
だがしかし、同時にこみ上げて来る高揚感、過ぎ去っていく激痛。
もあしかしたらこれは何らかの回復効果があるのか?だがしかし、白夜は疑問に思った。
(そんな自分にとって都合の良いものがあるだろうか?
もしかするとこの感覚は毒の副作用による幻覚なのでは?
いや、幻覚だって構わない、今この状況で五体を動かせるなら
例え毒だって受け入れてやろう!毒に殺されるより先に竜を仕留めてしまえばいいのだから!)
そして白夜は再び斧を引き抜き、振りかぶろうとする。
しかし竜もただやられてそのままではない、首を大きく横に振り白夜を振り落とそうと試みる。
白夜は斧を振りかぶるのをやめ、振り落とされないように慎重にタイミングを見計らい
竜の目の前から鼻へと飛び移りながら鱗の隙間を狙って斧のピッケル部分を打ち込んだ。
ピッケルは竜の硬い皮膚になんとか刺さりはしたが、こちらは先ほどと比べると
あまり対した傷を負わせれて無いようだ、出血も殆どない。
ピッケルにしがみつき竜から振り落とされんとする白夜、鋭い鱗に体を擦られる。
白夜の消防服には若干の防刃効果がある為、少々の刃撃には耐える事ができるが、
ダメージを完全に吸収できるわけでは無いのそこそこ痛い。
そして白夜の目線の高さに竜の前足の鋭い爪がせり上がってきた、竜は鼻を掻くかの如く
前足で白夜を振り落とすとつもりらしい、白夜はそれを見て息を呑んだ。
こうなったら賭けに出よう、そう思い白夜は振り落とされないように慎重に立ち上がり
竜の鼻の上を転がり進み、鼻の先に目掛けて万能斧のピッケルを打ち込んだ。
それと同時に竜の身体が揺れ動き、白夜は鼻の上から転げ落ちそうになる。
だがなんとか手の平に力を込め、万能斧を握りしがみ付き、鼻の先からぶら下がった
状態に踏みとどまった。直ぐ目の前にはまるで洞窟のような竜の口内が見える。
しかし、次の瞬間、白夜の背中に強烈な風が叩きつけられる。
それは竜が鼻で息を吸い込む際にまき起こった風であった。
そして白夜の目の前は急激に明るくなり
竜の口から放たれた炎のブレスが白夜を包んだ。
■▼■▼■▼■▼■
ああっ!!なんて事だ!!白夜が竜のブレスで丸焦げにされちまった!!
もうおしまいだぁ!これはもう助からない……
なんて、思ってる奴はこれを読んでる奴の中にはいないだろうな。
炎のブレスが白夜の全身を飲み込み半秒ほど経ったそのとき異変が起こり始めた。
竜の口から離れた炎が渦巻き出し、そして逆流を始めた!
そうだ、これは白夜の能力『因辺留濃』だ!
竜の炎のブレスを操作して竜の口へと逆流させてるのだ!
やがて炎の中から白夜の姿が現れる。
当然だが奴の姿には焦げ一つない、自分の周囲の炎を常温化させて無効化しているからだ!
そして竜は炎の逆流を防ぐべく口を閉じるが時既に遅し!
炎は充分に竜の体内へと流し込まれた!!
今まで能力の使用を相手にバレないように抑えたのが功を奏したみたいだな!
白夜は体勢を立て直しよじ登り、再び竜の鼻の上に陣取ると
姿勢を低くし、左手でしっかりと竜に突き刺さった万能斧を掴み、
右手を竜の身体にくっ付けて、体表をかき混ぜるように撫でつけ大声で叫ぶ。
「どうした?どうだ!?自分の炎の味は!!うまいか?喉が渇くか?咽が沸くか!?」
ノリノリだな…するとその動作に呼応するかのうように竜はもがき苦しみだした!
白夜が竜の体内に流し込まれた炎を体内で増幅させ更にかき混ぜているのだ!!
やはり俺の考えは正しかった!いくら体内から炎のブレスを発生させるとはいえ
身体の内部で炎に対して耐性を持つのはせいぜい炎を生成する器官(以下ブレスぶくろと表記)と
そこから口への通り道のみであり、殆どの器官は炎に対して無力!
更に白夜は魔人消防隊仕込みの体術と万能斧のピッケルを駆使して
竜がもがく度に大きく揺れ動く頭部を回り込むように移動し背中側へと到達した。
これは竜の体内を満遍なく焼く為だ、白夜の能力はあまり遠距離の炎を操作しようとすると
体力と精神力を消耗してしまう、だからこの巨大な竜の体内をしっかり焼く為にはこうやって
自分で移動していかなければいけないという訳だ。
まあ正直大抵の生物は即座に命にかかわる重要器官なんてのは胸部から頭部にかけてに存在するし
下半身まで役意味があるかは若干疑問だが、竜の体内に関する知識なんて持ち合わせて無い以上
こうやって全身焼いてしまう方がより堅実だろう。
もちろん竜もただやられる訳にはいかない!翼をはためかせ風圧を起こし、
上半身を揺らし、前足を使って白夜を振り落とそうとする!!
白夜は斧を打ち込み、姿勢を低くし、そして小さく飛び跳ねて回避!
更にそうこうしてると竜が大口を開けて小さな破裂音と共に炎と大量の黒煙を吐き出したぞ!
破裂音…もしかしたらブレスぶくろに炎を直接流し込まれた事によって
ブレスぶくろ内の炎を生成する為の可燃性物質的なものに引火し爆発を起こしたのかも、
ブレスぶくろは炎に耐性を持ってるかと思ってたがむしろ他の器官より炎に弱いのか?
まあ、そもそもブレスぶくろという器官自体、俺の勝手な推測の産物に過ぎないんだけど!
ともかく内部からの炎が竜へダメージを与えてる事は確かだ!!
いいぞもっとやれ!!
「もっと炎を!もっともっと炎を!!もっともっともっと炎をぉぉおおお!!」
白夜は俺の声に答えるかのように引き続き竜の体内の炎を操作して竜を内部から焼き続ける!
更に懐からオイルライターを取り出し、その炎を竜の体表のあちらこちらに撒き散らし燃やしている。
もっとも、見た感じ竜の体表はやはり炎に対して強い耐性を持っているようだ
まあ、これはどちらかという白夜の悪癖というか嗜好というかそんな感じのアレであり
精神力を高める為の動作といえなくもないから仕方ないね。
それはともかく竜の野郎はそうとう参っているようだ、始めのうちは身体を揺すったり
前足や翼を動かしてなんとか白夜を落とそうと悪あがきを試みていたが
ついに苦しそうに咳ごみながら地面に顔を付けたこれはもう白夜の勝利は時間の問題だな!
そら見ろ!竜はすっかり意気消沈して動かなくなり、目を閉じた!安らかに眠れ!!
と!?思ったら!?突然竜は目を見開きそして、僅かにニヤリと笑った…?
ああ!翼をはためかせ、竜が飛んだ!!
それもかなりのスピードで、空中で何度も回転し、宙返りを行い白夜を振り落とそうとしてる!
大丈夫か!?白夜!?白夜はどこに居る!?
ああっ見ろ!あそこだ!!どういう顛末があったのか詳細は分からないが今の僅かな時間で白夜は
竜の腹の部分にピッケルを打ち込んでしがみ付いている!そして何かを取り出そうとしているぞ!
ああ、あれは耐熱シート!そうか、あれを使えば空中に離脱できる!もうどうせ竜はこれが
最後の悪あがきで直に死ぬだろう、たぶん!さっきからなんか身体全体が赤く光り始めてるし腹とか変に膨らんでるし!!
だから早く離脱を…ああっ!!なんてこった、おいおい、シートを落としてしまったぞ、バカ!!
ああ……流石にもうお終いだ…もう…ヤダ…俺、一生ここから出れらないのかな……ああ……
■▲■▲■▲■▲■
(竜がくたばるのが先か、或いは俺がここから振り落とされるのが先かの根比べってところ……
だと良かったんだが、どうもそういう訳には行きそうに無いな…)
白夜は必死に竜から振り落とされないようにしながらも
右腕に持つ万能斧が徐々に抜け落ちそうになっているのを身体で感じ取っていた。
(何か仕留める方法か、或いは振り落とされずに済む方法は…ないか……)
白夜は竜の姿を見つめる。
全身は赤く光り、体表の温度が上昇し、内部の熱気が噴き出しそうになっているのを感じる。
あと一歩で倒せそうな予感はする、しかし同時に、斧が抜け落ち自分が真っ逆さまになるのが先という予感もある。
(しかし、流石に必死だな…最初は俺を弄んでやがったのに……
まあ、生意気な竜の本気を引き出した。それだけでも俺は…結構、頑張ったよな……)
白夜はゆっくりと目を閉じた。
「…………じゃない!」
白夜は突如叫び声を上げて右腕に今一度力を込めた。
(なんで俺は言い訳をしようとしてるんだ!?頑張ったとかそうじゃない!一夜兄ちゃんじゃあるまい!
俺の目的はなんとしても千夜を救い出し、ついでにクソッタレな一夜兄ちゃんも助けて土下座させる事だ!!)
そして身体を上へと引き寄せ、竜の腹へと密着すると左手で竜の鱗をがっしりと掴む、
その鱗は鋭く、左手の手の平からは血が流れる。だがその程度の傷に臆してる場合ではない。
白夜は左手に更に力を込め、右手の斧を竜の腹部から引き抜いた!
声にならない悲鳴を上げながらも左手の力のみでぶら下がり、右手の斧のピッケルを再び竜に打ち付ける!
僅かに吹き出る血液、白夜はそれをすかさず左手ににかけ、更にガスマスクを外し
口で受け止め飲み込んだ。なんとも言えない気持ち悪さに嘔吐を催すが必死にこらえる。
(千夜の為なら毒だってなんだって喰らってやる!)
身体に熱い感覚が走る。
そして再び斧を引き抜き、同じ場所に突き刺す。また斧を引き抜き、突き刺す!
斧を引き抜き、突き刺す!!引き抜き突き刺す!!抜き!刺す!!
何度も何度も斧を引き抜き突き刺す!!
依然として竜は様々な飛行運動により白夜を振り落とそうとする。
白夜のこの攻撃が竜にダメージを与えれてるのかは分からない、
だが、確実に目論見通りの事が起きているという確信があった。
「うぉぉおおおおおおおお!!」
斧を突き刺す!!
その時、今までに無い感触が白夜の手に伝わった!
白夜は深呼吸し、両腕に力を込める。
そして斧を引き抜いた!
その瞬間、斧の刺さっていた腹部から血液ではなく、炎が僅かに漏れ出した。
「…は……は…はは…ははははは!!あーっはっはっはー!!」
白夜は大声で笑いながら斧を別の場所に突き刺し、鱗から左腕を離し
漏れ出した炎に近付け、そしてそれを掴み、思い切り引っ張り出した。
すると竜の腹部から大量の炎が噴き出し始めそれは直径3mほどの穴を作り出した!
「はははっはっはっはああああっはっは!!どうだ!?腹を引き裂かれた気分は!?
はっははは、ほうら、明かりもたんまりあるし、この穴から可愛い可愛い、お前の中身が丸見えだぞ!?」
白夜が竜に向かって笑いながら言うと、竜は視線を白夜に向け暫くじっと見つめた
「ははは!どうした!?悔しいか!?まさか竜が人間ごときに負けるとは思わなかったか!?」
竜はじっと白夜を見つめ続け、そして突然嬉しそうに笑った。
白夜はその竜の表情に何か薄ら寒いものを感じ背筋を僅かに凍らせた。
『なかなか面白いではないか』
それは竜の声であった。
この戦いで今まで一度も言葉を発しなかった竜の言葉に白夜は思わず息を呑んだ。
そして次の瞬間、竜は突然急降下を始めた!
「……ははははは!面白いときたか…ははははっ!!このまま地面に衝突して
あわよくば俺を先に死なせようってハラか!!」
白夜は必死に両手に力を込める、そして身体に勢いを付けて這い上がり、
竜の腹の中へと乗り込んだ!
腹の中には未だに灼熱の炎が吹き荒れているが炎を操る白夜にとっては仔細無き事であった。
竜の体内であれば少なくとも地面に叩きつけられる程の衝撃ではないはずだ
ついでにここなら直接内臓を攻撃してやれる。
白夜は体内の炎をまず、自分の手元に集め、そしてそれを心臓と思しき臓器に目掛けて放った
肉が焼け焦げる臭いが竜の体内に充満する!
「さあ、やれるだけの事はやった。これで俺が勝つ!!」
真っ逆さまに落ちていく竜の腹の中から、
白夜は空一杯に広がる幻想的な炎上するシンデレラ城に心の中で乾杯を捧げた。
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………あ、あれ?どうなったんだ?
なんかちょっと見ない内に随分静かになったな?
あ、ああ?おいおい、すげえ、シンデレラ城に竜がぶっ刺さってるじゃねえか!?
え、じゃあもしかして白夜が勝ったの!?
白夜は……ああ、この竜の腹の中に居るのが…!
気を失ってるのか…?ああ、息してる!!生きてる!!
え、つまり白夜の勝ちだよな?
イャッフゥゥゥウウウウウウウ!!
いや、まあ俺は分かってたよ?白夜最後にはやる奴だって!
なんたって俺の弟だしな、まあこれも俺が普段から―――
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終わり