2005年2月下旬。
アラスカ半島・アリューシャン列島・フォックス諸島沖の孤島、江の島において、アナハイム研究所傘下の兵器開発機関、サベージ・アームズが武装蜂起を起こした。
彼らは現所長の辞任と総額500万ドルの開発費用の増額を要求。受け入れられない場合、北海道へのマスドライバー攻撃を実行すると宣言した。
事態を重く見たアナハイム上層部は、民間軍事会社KMCに鎮圧を依頼する。
KMCは魔人戦闘員3名を派遣し、マスドライバーの機能停止と首謀者の殺害に成功。しかし、戦闘の余波は大きく、サベージ・アームズは解体、研究施設は放棄された。
事件から十余年経った現在でも、施設は当時のまま放置されていた。
「さ…寒いっ!!」
時間設定は春先の日中。気温はおよそ摂氏2度。雪は降っていないが、前日に降ったものが積もっていた。
湘南で戦うと思っていた宇多津 転寝は、わけもわからず凍えていた。
夜中の沿岸地域は冷えるかもしれないな、と思って練習着の上にウインドブレーカーを羽織ってきたのだが、焼け石に水だった。
焼けているというか、凍えているのだが。
「あぁークソッ、寒い寒い寒い!」
無意味に喋り続けないとやってられなかった。
転寝は、建物を見つけ、中に入る。寒さを凌げるかもしれないと思ったが、シャッターは破損しているわ、天井に穴は開いているわでほぼ無意味だった。
そこは、戦車の格納庫だった。しかし、そこにある戦車の大半は、大破していたり整備中だったりで動かせる状態ではなかった。
そんな中、一台の戦車に目が留まる。中央付近にあるその戦車は、見た限り損傷もなく、そもそも形やカラーリングがほかの戦車と違っていた。
何か嫌な予感がする。そう思った矢先、戦車の砲塔が旋回を始めた。
「……っ!マジかよっ!?」
転寝は射線から逃れるように走り出す。しかし、戦車の攻撃目標は転寝ではなかった。
轟音と共に放たれた榴弾は、転寝が入ってきた出入り口の上部に命中。壁や天井が崩れ、出入り口を塞いだ。
砲塔のハッチが開き、中から坊主頭の男が窮屈そうに上半身を出した。
「宇多津転寝だな?」
その男、堀瀬 大我は黒いフィールドジャケットを着ていた。転寝と比べてもあまり厚着とは言えないが、寒そうには見えない。
エンジンの熱で車内が暖められているのだろうか。
「降参しろ。当たり所が悪いと、即死できずに苦しんで死ぬことになる」
「…ずいぶんと自信があるな?」
当然である。満足な対戦車装備を持たない人間が、戦車に勝てるなどとは誰も思わない。
転寝の答えは決まっていた。
「お断りだ。貴重な睡眠時間で悪夢を見るわけにはいかない」
「…そうか」
大我は残念そうな顔もせず、窮屈そうに体を引っ込めた。
そして、戦車は動き出す。
転寝が違和感に気付いたのは、指先の感覚が無くなってきた頃だった。
戦車の行動は非常に単純で、辺りを見回すようにその場で砲塔を旋回させ、しばらくしたら移動、たまに威嚇のために適当に主砲を撃つ、という動作を繰り返していた。
問題は、それぞれの行動の間隔が妙にあいている事だった。
最初、転寝は大我の能力を戦車の操作を含んだもので、砲塔と車体を同時に操作しないのは、処理の限界だからと思っていた。
しかし、それにしては間があいている。特に主砲を撃った後の硬直が長かった。
これはもう運転席と砲手席を行き来して、手動で操作しているとしか思えなかった。
「そう考えると、だいぶ隙だらけに見えるな…」
というか殆ど死角だった。
これならいくらでもやりようはある。転寝は戦車が移動を終えたところで、背後から接近する。
その手にはオイル缶とバーナー。どちらも格納庫内に落ちていたものだ。
そして、砲塔が前を向いた瞬間を見計らって、車体後部に飛び乗った。
排熱口と思われる穴に脱いだウインドブレーカーをかぶせ、オイル缶の中身をかける。
戦車から降りて、導火線代わりに垂らした袖に火をつけ、距離を取った。
すぐに車体に火が燃え広がった。オイル缶の中身が難燃性のグリースとかだったらどうしようかと考えていたが、杞憂だったようだ。
大我は煙に気付き、慌ててハッチから出てくる。
手には消火器を持っていたが、鎮火は不可能と判断し、消火器を投げ捨て戦車から飛び降りた。
次の瞬間、火が燃料に引火し、戦車は巨大な火柱をあげる。
弾薬が連続して破裂する音を聞きながら、転寝は大我に声をかける。
「降参しなくてもいいぜ。どこに当たろうと、楽に眠らせてやる」
大我は何も答えず、右手を後ろに伸ばす。すると、何もないところに、突然戦車が現れた。
再び戦車に乗られてしまうと、再度降ろすのは困難だ。何か対策を取ってくるだろうし、オイル缶ももう一本見つかるかわからない。
「させるかっ!」
転寝は戦車に乗られる前に倒すべく、大我との距離を詰める。
大我は戦車の主砲に手をかけ、
持ち上げた。
「……えっ?」
砲塔が車体から外れ、砲弾が地面へと零れ落ちる。
大我は砲塔の付いた主砲を大剣の如く振るい、前方を薙ぎ払った。
「は、はあっ!?」
転寝が後ろに倒れこむと、目の前を主砲が掠めていった。駆け出すのが遅ければ、砲塔が命中していただろう。
「ふ…ふざけんなっ!!」
転寝は武器を持った相手との戦い方も心得ていたが、それもせいぜい2~3mの薙刀くらいの長さまでで、6m以上の鉄の塊を振り回す相手と戦ったことはなかった。
転寝は大我から距離をとるが、大我は右手で床に落ちた砲弾を拾い、投げつけてくる。
主砲から放たれたものに比べれば威力は劣るが、床を穿つくらいの威力があった。
砲塔側に積んであるのは徹甲弾のみで、榴弾が無いのが幸いだった。
砲塔に積んである砲弾はあまり多くはなく、すぐに弾切れを起こした。
「はぁ…はぁ…どうした?もう終わりか?」
転寝は挑発するが、大我は答えず、主砲をバットに見立てて構える。その傍らには、戦車の車体。
「…嘘だろ?」
大我は主砲をスイングし、車体を弾き飛ばした。
「嘘だろぉ!?」
転寝は転がるようにして飛んできた戦車を、横っ飛びで回避する。
直撃は免れたが、戦車は直後に爆発炎上し、転寝は爆風で吹き飛ばされた。
「がはっ…く、くそっ…」
倒れた転寝は起き上がろうとするが、腕に力が入らない。
それどころか、全身から力が抜けていくようで、意識も朦朧とし始めた。
(頭をぶつけたか?いや、奴が別の能力を隠し持っていた…?)
その答えは、この寒さだった。
人体が冷える時は、血管の細い末端部分から冷えていく。
その状態で激しい運動をすると、冷えた血液が全身に流れ、内臓や脳が機能障害を起こすのだ。
戦車の中で暖を取っていた大我との差が、ここで現れた。
だが、転寝はまだ諦めてはいなかった。
夢の戦いの敗北条件の一つは『戦闘不能』である。
たとえ意識を失っても、転寝には戦う術があった。『夢遊睡拳』だ。
父も姉も強すぎて、睡眠以外で昏倒しているのを見たことがないので、このような状況で使えるのかは分からないが、試してみる価値はあった。
ズシン、と、低く大きな足音が響く。地面に伏しているから大きく感じるだけかもしれないが。
それは、さながら怪獣の足音だった。
足音はだんだんと近づいてきて、転寝のそばで止まる。
足音の主は言った。
「……最期に言うことはあるか?」
「…俺は、寝つきが悪いのを今ほど悔やんだことはないよ」
「…そうか」
足音の主、大我は、転寝の頭に砲塔を振り下ろした。
幸いなことに、即死だった。
転寝はベッドの上で体を起こした。
夢の戦いの時間になっても、目が冴えたままで、一向に戦闘空間へ転送されない。
スマホのカレンダーを見ても、12時を回って日付が変わっただけで、気づかないうちに数日間寝てしまっていたということもない。
それなのに、『夢の戦いへと導かれる』という感覚は、すっかり消えてしまっていた。
「何だったんだ、一体…」
敗北して記憶が消されているのかもと思ったが、それならば悪夢を見ているはずだ。時間は全く過ぎていない。
結局、返り討ちにした不良の中に、嘘を信じ込ませる能力者でもいたのだろうと考え、普段通りにゲームでもすることにした。
しかし、彼はまだ知らなかった。
悪夢は寝ているときにしか見ないものではないということに。
連続起床記録を、月単位で大幅に更新してしまうことに。
これこそまさに『覚めない悪夢』だった。
街の中で怪獣が暴れていた。
高さ5mを優に超えているだろうその怪獣は、電柱を薙ぎ倒し、自動車を踏み潰しながら進んでいく。
ぬいぐるみを抱えて逃げる少女が転んでしまう。迫りくる怪獣。絶体絶命だ。
その時、怪獣の頭に榴弾が炸裂した。現れたのは、軍の戦車だ。
その数四台。戦車隊は怪獣に向けての一斉砲撃を開始。怪獣は爆炎に包まれる。
「やったか!?」
先頭車両から男が顔を出して叫ぶ。
もちろんやってない。
煙の中から自動車が飛んできて、先頭車両に当たり爆発した。
さらにほぼ無傷の怪獣が飛び出し、2台目の戦車を両足で踏み潰し、跳びあがって3台目の戦車に両手を振り下ろす。
援護に駆け付けた2機の戦闘機が、機銃やミサイルで攻撃するも、怪獣はそれを意に介さず、接近してきた1機を手で払い落した。
「ダメだ!離脱する!」
もう1機は攻撃を諦め、怪獣から離れようとする。
怪獣は4台目の戦車を持ち上げ、離脱する戦闘機へ投げつける。
投げられた戦車は戦闘機へ命中。地面に落ちて爆炎をあげる。
彼はその映画が好きだった。
特に、途中の10分程の、怪獣が街中で暴れるシーンに、彼は心奪われた。
安っぽい模型に着ぐるみ、素人が作ったようなCGだったが、それでも怪獣は少年だった彼の心を掴んで離さなかった。
あの映画の世界に入って、怪獣になって暴れたいと、彼は願った。
そのおかげで、彼は魔人となり、怪獣に匹敵する強靭な肉体と、あのシーンで使われていたものの中で、普段見かけることのない戦車を召喚する能力を得た。
「派手にやってくれてるじゃねーか」
前方から、変わったスーツを着た四人組が現れた。
「僕達がもう少し早く到着していれば…」
「ヒートが居眠りしてるからだよ~」
「………怠慢……」
「う、うるせー!テレビ見てたら遅くなったんだよ!」
彼らこそがこの映画の主人公。正義の組織の期待のルーキー達だ。
この後彼らはそれぞれが持つ特殊な力を使って怪獣を倒し、怪獣の肩に刻まれた刻印から悪の科学者の存在を知り、壮大な陰謀に巻き込まれていくというストーリーだ。
「僕とクゥで逃げ遅れた人たちを助ける。ヒカリは怪獣を誘導。ヒートは…」
「おっしゃいくぜえええええ!」
「…もう突っ込んでるよ?」
「…しょうがない。ヒカリ、クゥ、奴を援護だ」
「りょうか~い!」
「……了解」
だが、今回はそうはいかない。
怪獣の強大な力を、世界へ知らしめる。
そして、その話を部長に、友人に、家族にするのだ。
大我の戦いは、これからが本番だった。