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第7試合SSその2 二人の闘士は夢の戦いをいかに認識したのか

江ノ島。
世間一般には、風光明媚な景勝地として知られる。
無論、宇多津転寝と掘瀬大我の暮らす世界においても、その“認識”は変わりなかった。

だから、二人が夢の戦いで『そこ』に降り立ったとき。
『そこ』が江ノ島だとは、二人とも理解できなかった。



誰の“認識”によって生まれたか解らぬ、常識無き異境。
それが、今宵の夢の戦場だった。




江ノ島東部・湾港エリア――

「くそおおお!! 二人きり、とかじゃねえのかよおおおお!!」

「マテッコラー!」「キアイラッシャー!」
「パラリラーアアッ!?」「ゲソー」

眠れぬ睡拳使い・宇多津転寝は、ショウナンボーイの群れから逃げていた。

モヒカンザコ、ヤンキーと並んで日本三大危険群体生物に数えられるショウナンボーイ――
徒党を組み、バイクや三輪車、スケートボードなどおよそ乗り物ならば何でも乗りこなす爆走本能の持ち主!

勿論、普段の彼ならば、このような無様な逃げの一手を行うことはない。
ショウナンボーイ一体一体の強さはモヒカンザコと同程度、大したことはない。
いつも通り、一発殴れば“ダメージを眠気に変える”魔人能力『睡生夢死』によって無力化できる――

筈、だった。

だが、殴っても殴っても、誰一人眠らなかった。
ではダメージは通ったかといえば、それもまた否。
殴ったダメージが眠気に変換されながらも、しかし相手が眠らない。
結果として、いらぬ喧嘩を売った形となってしまった。

「まさかとは思うが……ここが夢の中、だからか?」

逃げながら、転寝は思い至る。これは『夢の戦い』。
夢の中で寝る奴など、いるわけがない――

だから、己の拳が完全に無力化されているのだ、と。

「無理ゲーにも程がある、だろがっ……!」

突きつけられた状況に、転寝は奥歯を深くかみしめる。
ザコの群れさえ蹴散らせないこの状況で、魔人を相手に戦うなど――夢のまた夢、である。

まず、コイツらをどう撒くか。
考えを必死で巡らせる中、転寝の背後100m先で――

突如、爆発が発生した。

「ナメンナーッ!?」「ブッコミィーッ!?」「ヤキイカー」
転寝を追いかけていたショウナンボーイズが巻き込まれ、髪型をポンパドールからアフロへと変えながら吹き飛ぶ。
一部、イカめいた奴がいるような気もしたが目の錯覚だろう。イカはイカーとは鳴かない!常識!

「っ!? ……な、何だ……?」
爆風を背負いながら、転寝は立ち止まることなく後ろを振り返る。


江ノ島の“入口”、江ノ島大橋の上に――
あらゆるモノを蹂躙する、重厚なる銃口を備えた戦車が鎮座していた。




江ノ島大橋――ティーガー内部。

「やはり、久々に人相手に撃つと鈍るもんだな……」

決して快適とは言い難い車内で、掘瀬大我は独りごちる。
彼の魔人能力『パンツァーリート』は“ティーガー戦車を召喚する”という、シンプルな武力である。

尤も、独白通り――彼がこの能力を行使することは少ない。
特にここ最近は、もっぱら部活動で撃った位である。
理由はいくつかあるが、大きいのは二つ。

『戦車に頼らずとも、己の肉体で大抵の戦闘は片が付くこと』と、
『そもそも戦車をぶっ放すことに、執着がなぜか湧かないこと』だった。

魔人能力は、本人の妄想――“認識”によって発現する。
今や常識として学校教育でも教わる大前提だが、しかしそれならば。

「……なぜ俺は、戦車を生み出せるんだろうな」

大我は、悩んでいた。が、それも数瞬のこと。

悩みを振り切るかのように、再び主砲を放つ。
数多くのボートが停泊する港が、火の海に変わるまでそう時間はかからなかった。

「さて、港は潰した。次は、山だな」

冷静に呟き、砲塔を江ノ島の中央に向けて進撃を開始したその矢先。

総重量70トンのティーガーIIが横転した。
“何か”によって、横っ腹に突撃を受けて――!

「……っ!? 何だと……!」

横倒しになったティーガーIIから脱出しながら、大我は走り去る“何か”の後ろ姿を見た。



江ノ島・市街地――

「……戦車の次は、電車かよおおおおおっ!!」

転寝は一息つく間もなく、逃げ惑っていた。
戦車の砲撃で港エリアを壊滅させられ、誘導されるように逃げ込んだ先で。
江ノ島第二の脅威に、遭遇した。

江ノ島内を縦横無尽、天地無用に爆走する真・地獄超特急――Eno-DEN。

前面は痛々しく凹んでいるが、それを意に介さず。
レールの有無も、道の有無も、障害物の有無も一切気に留めず。
運転手無き暴走電車が、哀れな獲物を追い続ける。

「一応、殴り飛ばせないこともない、んだろうが……速すぎるよな……」

転寝にとって救いは、今度の脅威が“電車”であることだった。
『睡生夢死』は、流石に眠ることのない物体相手には発動しない。
つまり、モノであれば転寝は己の戦闘力を存分に振るえる――

「……電車ってんなら、足元崩しゃあ止まる、か?」

幾度かのニアミスを繰り返しながら、転寝はようやく目的の地点を見つけ出す。
何度目かのクイックターンを終え、遮蔽物の無い大通りを真っ直ぐ突っ切ってくるEno-DENを視界に捉えて。

転寝が、渾身の力で――
地面へと、拳を振り下ろす!

アスファルト舗装された道路が砕け、尚余りあるエネルギーが地面を隆起させ、爆ぜさせる。
さながら、巨大なジャンプ台の如くに――!

そこに、Eno-DENが最高速度で乗り上げればどうなるか。

答えは言うまでもないだろう。
Eno-DENは転寝を轢殺することなく、その頭上を飛び越えていき……
海の側に聳えた巨大な建造物に突き刺さる様に激突し――ついに機能停止に至る。

「はぁ……狙い通り、か」

だが、転寝は知る由もなかった。
その建造物が、ある生物を封印する為の設備であったことを。

建造物に生じた亀裂が大きくなり、軋み、割れる。
錆の浮いた『江ノ島臨海実験場』という看板が、ガタンと落ち……


名状しがたい、江ノ島最大の脅威が、甦る。



「……何だ、ありゃあ」

Eno-DEN(と、それに追われた転寝)を追っていた大我が見たのは、奇怪な生物だった。

江ノ島に適応した麺状の巨大浮遊生物、エノシマ・スパゲッティ・モンスター(学名:エノシマアイランドスパ)。

直径3m程のボール状の肉体全てが、錨綱の如き太さの麺から構成されている。
複雑に絡み合ったそれらの合間からは、規格外の大きさを誇るシャミセンガイが何匹もはみ出している。
その様相は、遠目から見れば食欲をそそるボンゴレそのものだったろう。

だが、二人がそれを『美味そうだ』などと思う余裕はなかった。

咄嗟に大我が、能力を再度発動し――新たな戦車を喚び出す。

その数、二台。

「おい、そこの」

大我の呼びかけに、失いかけた正気を取り戻して転寝が振り向く。

「あんなのに襲われて決着、ってのも寝覚めが悪ぃだろ。
 一時休戦だ、あのデカブツ潰すぞ。乗れ」

大我の申し出に、一瞬呆気にとられながらも――転寝は、不敵な笑みを浮かべた。

「アンタに向けて撃つかもしんねえッスよ?」
「やってみな。戦車でテキサス映画のマネする気があるならな」
「冗談ですってば。……んじゃ、怪獣退治といきますか」

戦車に各々乗り込み、上空に浮かぶエノシマアイランドスパに向かい合う――



砲撃。
砲撃。砲撃。砲撃。砲撃。砲撃。砲撃。砲撃。
砲撃。砲撃。砲撃。砲撃。砲撃。砲撃。砲撃。

弾切れになれば、次の戦車を喚び出し。
弾の切れた戦車は、殴って吹き飛ばしてぶつける。

流石に戦車の砲撃までは転寝の能力も及ばなかったと見え、転寝の攻撃も十分に火力の助けとなっていた。
その事実に、転寝は少なからぬ安堵と、拳とはまた異なる男のロマンを存分に感じていた。
大我もまた、かつての思い出を地で行くシチュエーションに血が滾る思いであった。

絶え間ない二台の戦車による砲撃の前には、流石の空飛ぶスパゲティもひとたまりもなかった。
共生、或いは寄生していた大シャミセンガイが焼け、蠱惑的な匂いを放つ。
旨味と恐怖の詰まった汁を滴らせた麺が、焦げて千切れ飛ぶ。

やがて、体の三分の一ほどを失ったところで――
エノシマアイランドスパは戦意を失い、母なる海へと帰っていった。

「……なんとか、片付いたな」

大我が、弾切れになった戦車から出てくる。

「みたいっすね……」

同じく、転寝が全弾打ち尽くした別の戦車から抜け出る。
戦車の上で互いに視線を交わし、構えを取る。

「……それじゃあ、タイマンといくか」
「ですね……お手柔らかに」

お願いします、と転寝が続けようとした、その刹那。


江ノ島大橋の方向から飛来した砲弾が――大我に直撃し、爆発した。

「っ!?」

眼前の光景に絶句し、江ノ島大橋の方を見る転寝。
その視線の先には――

「パネェマジコレ!」「パラリラー!」「イカー」

――ティーガーIIにハコ乗りを決める、ショウナンボーイの姿があった!
“徒党を組み、『乗り物』ならば何でも乗りこなす爆走本能の持ち主”!

彼らは横転し棄てられた筈の、最初の一台を力を合わせて元の体勢に戻し――
本能に従って乗り込み、自分らを吹き飛ばした相手への報復を果たしたのだ!

「……嘘だろ、おい」

予想だにしていない横槍が入り、しかもおそらく戦いが決着したことに。
転寝は、呆然とするしかなかった。

しかし。
その呆然の意味は、数分後、あっさりと書き換わる。

主砲の直撃による粉塵の中から、大我が起き上がり――

「AAAAARRRRRGGGGGGGGGGHHHHHHHHHHHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

人ならぬ声の雄叫びで吠え、その大音声に相応しい体格へと、瞬く間に変貌していく。

金剛石を想起させる、鱗に覆われた屈強な皮膚。
樹齢数百年の巨木に匹敵する、太く頑丈な手足。
一振りで町が薙ぎ倒せそうな、長く強靭な尻尾。
万物を噛み砕く牙を備えた、眼光鋭い凶暴な顔。

全長10mの大怪獣・ホリセタイガーの誕生であった。



魔人能力の発現の際、大我は非常に戸惑った。

自分が憧れたのは、あの映画の中の――
“戦車に撃たれてもなお、歩みを止めぬ怪獣の力強さ”の筈で。
戦車群を蹂躙し、踏みつぶし、徹底的に破壊するその姿に憧れたのだから。

それが“戦車を召喚する能力”となったのは、彼にも何故なのか理解が出来なかった。
そんな中一つだけ、思い至った可能性は――

“あの怪獣の様に、自分も戦車に撃たれればいいのではないか?”


魔人能力が“認識”によって成り立つならば、自分のこの考えは間違ってはいないはず――
だが、いかに魔人といえど、戦車に撃たれたら十中八九死ぬ。
自分の“認識”の方が上だとわかっていても、軽々に試すことはできなかった。

だからこそ、大我は肉体を鍛え抜いていたのだ。
戦車の砲弾を受けきれる、屈強な身体を求めて。

もし、ショウナンボーイによる砲撃がもう少し早ければ――例えば、エノシマアイランドスパとの交戦前であったなら。
大我は砲撃の前に、呆気なく力尽きていただろう。
だが、エノシマアイランドスパとの出会い、そして撃破を通し、かつての頃の思いを取り戻したことで。
大我は、己の真の能力に目覚めることとなった。

本来ならば、この戦いの“褒賞”として得るつもりであった、己の見果てぬ夢を大我は手にしたのだった。
『大怪獣となり、街を思う存分に破壊する』という、かつて抱いた夢を。

そして、だからこそ。大我は、負けられなくなった。
この戦いに負けたならば、得た記憶は消えてしまう。
そうすれば、また己の肉体が上か、戦車の火力が上か悩み続ける日々の繰り返しだ。
その悶々とした日々の訪れに比べれば、悪夢の中眠り続けることなど些末に過ぎない。
目覚めてからも続く“悪夢”のほうが、余程耐え難い――!

大怪獣・ホリセタイガーは。
己を目覚めさせてくれた闖入者への礼をするべく、地響きを立てながら歩み寄る。

「ア、ヒ、ヒエェ……」「カイジュウ!?」「スルメー……」

先程までの余裕は、もはやティーガーショウナンボーイズには無かった。
度を超した恐怖の余り、逃げることすら叶わない。

「AAAAAAAGGGGRRRRRRAAAAAAAAAHHHHHHH」

喜色と愉悦を湛えた唸り声と共に、大我は尻尾を力強く叩き付けた。
数刻前まで彼が乗り込んでいた重戦車が、哀れな江ノ島の民を巻き込んで鉄屑と化した。

その様を、満足げに眺め終えると――
大怪獣は、残る獲物へと向き直った。





詰んだ。
転寝は眼前の大我を見て、素直にそう思うしかなかった。

せめて、己の拳が、武術が、魔人能力が。
何か一つだけでも通れば――戦えるのに。

全力を込めて殴っても、ザコにさえカスリ傷一つ負わせられず。
しかも夢の世界の中では、相手を眠らせることも出来ない。
当たり前だ、夢を見ている奴は既に寝ているのだから、それ以上眠るはずがない。

……既に、『寝ている』?

転寝の頭の中で、何かが弾けるのと同時に。

大怪獣の足が、踏み降ろされた。


ぺちゃり、と肉と骨と血が弾ける音が――


しなかった。

「……GRRR?」

大我が、僅かに訝しんだ次の瞬間――
自慢の巨体がバランスを崩し始めたことに気付く。
その崩れは、足元から――踏みつけを繰り出した左足からだった。


「宇多津流夢遊睡拳――“枕返し”」


踏み降ろされた質量と速度を、最小限の動きで反転させる。
受け流しとカウンターを併せた、因果応報の返し技によって――
推定体重数百トンの怪獣が、盛大にスッ転ぶ。

「GYAAAARRRRR!?」

何が起きたのか。理解できない――と言わんばかりの怒りの声を挙げながら大我が藻掻く。
それを横目に、転寝は――自信と、確信に溢れた表情を浮かべていた。

「ここが夢の中、ってんなら……つまり、俺も“寝ている”ってコトだよな」

確かめる様に、己の至った思考を口に出す。
そうすることで、己の“認識”を――書き換え、補強する為に。
そして、眼前の大怪獣に負けぬ大音声で、叫ぶ!


「だったらよお……夢遊睡拳が、十全に使える、ってコトだよなあああああああああああああ!」


夢遊睡拳。
『寝ている間だけ威力を発揮する拳法』――
普通に考えれば、夢の戦いでは役に立たない拳法が、この瞬間。
夢の戦い最強の拳法へと、生まれ変わった。

「悪く思うな、大怪獣センパイ――

 怪獣退治、ラウンド2だ。巨大化も変身もできなくて、すまねえな」



「“木綿崩し”!」
立ち上がった大怪獣の足元を薙ぎ、再び転倒させる。

「“羽毛渡り”!」
尾による反撃の衝撃を逃がし、ひらりと空中へ舞う。

「“鐘鳴らし”!」
高く舞い上がった勢いのまま、踵落としを肩口へと叩き込む。

体格差で数十倍、数百倍の差がありながら――
転寝が、大我を圧倒している。


何故、転寝の拳法が怪獣に“効いている”のか。
その理由は、解ってしまえばシンプルな答えである。


『宇多津転寝が寝ている間は、睡生夢死は発動しない』――これだけのことだ。


転寝のあまりに短すぎる睡眠は、彼自身では制御できない。眠りたくても、眠れない……
だから『自分の意志でオンオフができない』のだ――!

「G,GRRAAWWW……」

大怪獣・ホリセタイガーは――それでも、必死に暴れた。
せめて少しでも、この夢を。一分一秒でも長く、楽しもうと。

それは、転寝も同じだった。
夢の戦いは一度きり、勝っても負けても――もう、こんな最強は、味わえない。

それでも、夢は覚めるものだと。二人とも分かっていた。


「――宇多津流夢遊睡拳、奥義」

転寝が、大我の足を、腕を、肩を渡り、頭上高くへと跳び上がる。
そして、空中で拳を引き絞り――ホリセタイガーの脳天へと、最後の一撃を放つ。

「“朝告げ鳥”!!」

皮膚を、筋肉を、骨を、脳を――衝撃が、突き抜ける。

ぐらり、と大怪獣の身体が前のめりに倒れ、動かなくなった。
その表情は――どこか、満足げに見えた。



“おめでとう。勝者よ”

朝日が差し込む中、転寝の脳内に声が響く。
“無色の夢”――その主の声が。

「あー……どうも」

転寝は、目の前で倒れ伏す大怪獣――否、既に人間に戻った大我を見ながら
どこか無気力に答えを返す。

“望む瑞夢を与えよう。何を望む”

「んー、そうだな……とっとと起こしてくれ」

“わかった、起床を…… ……待て”

転寝の返答に、“無色の夢”が思わず困惑の色を浮かべる。無色なのに。

「んあ?何だよ、起きちゃいけねーのか?」
“否、問題はない、が……つまり、お主は望まぬのか? 見たい夢を思う存分見ることを”
「まあな。 つーか、もう十分見たさ」

“無色の夢”の問い掛けに、転寝は満足そうに答えた。

「あーでも、もし差し支えがねえなら……そうだな。
 目の前の大怪獣センパイのペナルティ、ナシにしてくれ」
“……よかろう。それが勝者の望みならば”

転寝の願いの後、“無色の夢”の気配は薄れ――目覚めの時が、訪れた。