【目次】
一:五〇〇〇億の雲は
二:紡ぎ車の鼠
三:寝子の夢
四:目覚めには丁度がいい
一:ハーフ・トリリオンのクラウドは
≪Requiescat in Pace≫
“あなた”はここにいる。ここは夢と現の境目、辻には通り悪魔が棲み憑いて交差路に事故を招く。
そんな危険地帯で、あなたはここ下水処理場を歩いている。
下水処理場と一言に述べても大多数の人類は行ったこともない場所であると思うのであなたと共に歩きながら説明していこうと思う。脇目に沈殿槽を見れば、黄色く淀んだ水の中に白、灰色に赤みを帯びた塊が幾層にも幾重にもなって積み重なっていることがわかる。
硝子質の水槽を叩いてみれば、水族館よりずっと厚い。
水族館とは言いえて妙だと思う。きっと、老若男女を問わず水族館に行ったことのない人間はいないだろうから。ゆうらりゆらり、海月に似て死んだプディングを見て君は顔をしかめるのだろう。
病院で嗅いだ消毒液の臭いが溝のそれと混じり合う。鼻腔の奥に鎮座する悪魔がこんな悪臭をと言えばわかりやすいだろう。
あなたが魔人であってもそうでなくてもこれを叩き割るのは無理そうだ。それ以前に、唐突に飛ばされて右往左往していたら見学客と間違われ、案内役として職員らしき女性が宛がわれたのだから仕方がない。
もちろん彼女を無視して邪魔だと振り払うことはたやすいけれど。
“あなた”はそんな人ではないでしょう?
夢幸と名乗ったその女性は歳若く、橘色の寝間着を着ていた。
歳は二十には届かないか、十代も半ばなそのくらい。頭には押し付けられたようなナイトキャップ、隠しきれない黒髪が肩の辺りにまでこぼれていた。瞳の色は――閉じているのでわからない。
「マンホール のぞいたよ 地下の雲梯 掴めずに 奈落を見たよ」
目蓋を開けて閉じて、辿っていった先にあったのは下水処理場だった。歌いながら落ちていくことに疑問を抱かないのは寝ぼけているからに他ならない。
「短歌は五七五七七というわずか三十一字の中で世界を表現する“魔法”ですよーzzz……」
夢の中にふさわしく、眠りながらの登場であった。寝言という以外に表現する方法が無いのだが、夢に遊ぶ病だとしてもこれが夢の中なら単に仕事中に遊ぶ不真面目な職員で片付けられるのかもしれない。
「殿下は奥の奥、そこでお待ちですよーzzz……」
あなたは夢に遊ぶ案内人に従って歩みを続けるほかない。
仔獏がどこかで哂った気がした。水中に浮かぶ雲もまた、煙に似ている。餌にはうってつけなのかもしれない。
二:紡ぎ車の鼠(寝ず見)
扉を開けるとそこは一面が真新しい畳で舗装された趣味のいい一室であった。
ただし、その中央は一本の巨木によって畳をぶち抜かれ、まるで天蓋を垂らすかのように木陰を作っていた。あなたはそこに絵に描いたような美少女を目撃する。
まるで――彼女のためにこしらえたように(事実そうなのだが)清潔で、ここだけは清涼な風が吹き抜けていくその感覚。
やや丸みを帯びてそれでいてほっそりとした指先は日に焼けない。陽を透かす肌色のかんばせに添え、残る半身は文机に預けながらほそやかに、ひそやかに、しとやかに寝息を立てている。
もし、その薄い、薄い――まるで紙のような胸板を上下する運動を見逃していなければ、眠ったままに時を止めていたものと早合点してしまっただろう。
≪死んでません≫
即興詩人に倣った注意書き。死後は歌葬に処せられるなら尚更外せない。髪に書かれたメモを枕に噛ませて彼女は眠る。生きている限り、紙色の髪の明滅がやむことはない。
それでも――まばたきの音さえ幻聴する静寂の中で殊更に開け閉めする。実は寝たふりをしていたのだろうか、ああ目覚めた。伸びをひとつ、ふたつ。打って変わって活発になると、いつ頃の前だろうか巨大なパソコンを正面に向き直ると作業を始めた。
銀色のキーボードを熱心に叩き、モニターを睨んで黒いマウスがちょこまか動き回る。女王の掌に収まるまで幾度もどす黒い金の流れに晒されて黒く染め上がったドブネズミめが何とする。
ここは夢の国、電気が行列を走らせる。静電気で逆立つ髪が頭から胸、腹、下腹の秘所、両の手足にかかっている。幾つもの歌が髪を通して見て取れた。
クリック? クラック!
姫衣裳の一部となった四次元振袖を軽く揺する。ころりと小さなマッチ箱が転び出る。
気付いただろうか箱の側面には『夢のマッチ棒』と書いてあった。プリンターから吐き出される紙の束をくるくると丸めて火を付けようとしたところでふと気付く。
今の今まで慌てたしぐさも打って変わって落ち着こうとするやり方も実にわざとらしく口を開く。
「いざと聞け 黄泉の国なる 祭神は 波の狭間に たゆたうものぞ」
「夜は皆 女の子なら 寝る時間 常夜の国へ ようこそおいで」
「妖精に 導かれば 夢の国 ガラスの靴を 磨き続けよ」
歌詠みとしての力を載せた歌ではない。けれど、否応なきにも知らされる。
――ここは夢の世界であり、夜の世界……常に変わらぬ死後の世界であることを。
魔人の業をもってして人の為したことと言うのならここは人工の世界と言えるのだろう。果たして、内戦中の彼女の国において造幣局、造兵廠に続いて取り込んだ上下水道局はよい仕事をした。
だが、たった今この世界が下水設備と等分で結ばれたとして何の誉があるだろうか?
まっさらの更地、なんにもないなんにもなんにもない地平に、らしきものがぽつんと建っている。
それ以外はなんにもない。無色の夢というカンバスに一々絵を描いては塗りつぶす。
地形、
戦闘空間という形で一々描き直している。
畢竟、それが真実。どれだけ言い繕ってみても本質は悍ましい。
此処は醜い! だって無色の夢が生まれるゆりかごは棺桶に等しいのだから。
夢の世界など恐ろしい現実を塗りつぶすため
戦闘者が各々の脳内で作り上げ、すり合わせた共通の幻想に過ぎぬ。
≪はじめましての人にははじめまして。こんばんわの人にはこんばんわ。きっと私はおそらく同じことをおんなじ人にいう。誰にだっていうだろう。
私の名前は口舌院焚書、水に浮いた脂のように、海月のように浮かんだこの臣民どもを統べる者であり、神代の最後の住人にして写し世の最初の神。崇め奉れ、人の子よ。
……生憎と、ここには私の言葉を代弁してくれる誰かなど居はしないからこの有機型頭髪織り込みデータべース『ひとまるくん』が私の思考を代筆してくれるのだけど。
ここを訪れたあなたのために言葉を紙に仕立て直す時間は無いかもね。何しに来たの? 夢売誘子。≫
頭から忘れていた、“あなた”の名前は
夢売誘子。
いいえ、もしかすると違うのかもしれない。だが、焚書はそのつもりで話を進めるし異論に遮られたりもしない。だから覚悟して。
三:スリーピング・ビューティ
≪天を翔る神の端くれとして
幽冥主掌大神(※大国主命の別名。夢、冥界など目に見えない世界を司る)の職掌を侵すは本意でないけれど、生憎のところ私は物質主義者なの。『生きているなら、神様だって』なんとやら――よ≫
あなたは「
髑髏に悪魔が宿る」と
悪夢を評したと言う。それを聞いて焚書は手を叩いて喜んだという。
我が意を得たり! と。
違う≪系≫、≪理系≫の宇宙銀河≪系≫に生まれてしまった≪文系履修者≫はこの銀河を許さない。だから公然と反旗を翻し、二〇〇億人を己の旗下に加える一方で罪もない二〇〇〇億の魂を消却し尽くした。
その経緯について語るとするならネオ宇宙大辞林の「く」からはじまって「ぜ」で(中略)「ん」で終わる分量が必要となる。よって誌面の都合上、かいつまんで説明することにしよう。
無慈悲なAIの果てに希望を乗り越えられた人類は機械が提示した内では考えられる限り幸福な終末を選択した。それは肉体を捨てて見る永遠の瑞夢であった。
理想的な人類史の綴じ方であっただろう。彼らは夢の中で生まれて死んでいく。
遺された者からすれば現実の光景は、正しく悪夢にしか見えないということを除けば、だが。
臣民から永遠の週末(終末)を奪った彼女は現代人からすれば忌むべき存在なのだろう。皇統と言う美名で祀り上げられた墓守の一族を離れて人々の見る『無職の夢』を『無色の夢』に挿げ替え、永久に変わらぬ白夢によって目覚めを促した。
灰色な現実より、色の無い夢がもっともっと退屈であったことに絶望した焚書は期待する。これで目覚めてくれる! と。
だが、期待は裏切られた。
「もう――お気づきでしょうーzzz……」
≪たとえあなたの実体が水槽に浮かんだ脳髄で、今感じていることが電気信号と薬剤の微細な調合が見せる夢のようなものとしても私の知ったことでは無い。≫
今や夢の住人は下水処理場の処理槽を遊弋する脳髄、ホルマリン漬けでは無く死んでいない。
どこぞの悪趣味な妖精作家ならば食らう口を持たせ、鰭で水を叩かせたかもしれない。プランクトンを食む術さえなく生存手段を外部に依存して退化し尽くした成れの果てのことを口舌院焚書は蔑んだ。
彼らは、彼女らの大多数は順応した。二〇〇億の子ども達が目覚め、二〇〇〇億の大人たちが意識を消失させてなお夢を見続けることを望み、現実に復帰することを拒んだ。
現実に負けない立派な肉体は用意した。同じ肉の器でも瓶詰の地獄を選んだことに口舌院焚書が何を思ったか、次の一言を聞けば一目瞭然だろう。
「なら、悪夢を見て頂戴?」
自分より年下の子供たちを保護した、人類のお姉様は七五調も忘れてそうぽつりと呟いたという。
それは、たった三月前の出来事。丁度――、ごく短時間で終わる『無色の夢』をありとあらゆる次元にばら撒き、参戦者が揃った頃であった。
「釈尊告げる 天上天下で 尊しは 私の地平を 述べるものなり」
「時の前 位相の前に 私いる 足並み揃え 二次元の地」
「階を 踏む段階で 人図る 歩む私に 何の意味問う」
打って返って歌声はまるで凱歌、門を開いた勇者を讃えるように詠い上げる。私がいるこの地点が基準であると傲慢にも断じる。階下を見下ろすその立場に未だ座っていないのに、頼もしく思えるそんな声の色に色は無かった。
普段の――アニメで聞くような声とも違う声をハッキリ聴いたと証言する者は意外と少ない。
「何がそんなに楽しそうなんでしょうかーzzz……」
その言葉は夢幸――
夢幸みこと。
一人の少女が四つの
体と心に分かたれた
内のひとつであり、顧みられることのなかった漂着神のものだ。
彼女は小さな舟に乗ってやってきた。焚書にとってはここ現実と夢の境で上手く事が運ぶようやって来た
事代主(※大国主命の子である託宣を司る神。蛭子神や恵比寿としばしば同一視される)に等しい存在であり、寝間着を着せてやりなど甲斐甲斐しく世話をしたという。
≪だって面白いじゃない!
ただの頭のおかしいオッサンの頭の中に
五兆の人格があるですって? 何が……理系よ(笑)。
あーははは! そいつ一人殺せば歴史上最高の虐殺者になれるっていうのならやってやろうじゃない。魔人能力って意味不明で多種多様で無限大過ぎて……ほんとにサイコー!≫
音、光、希望――、かつて日ノ本が敗戦より立ち上がった象徴である新幹線、それに続く名を焚書は見つけてしまった。段々と早くなっていく列車、彼女のための銀河鉄道に名付けることを決めている。
確りとした条理に屈して夢を見ることも忘れた人類に未来は無い。
だから口舌院焚書は魔女になった。すべての人類を魔人に変えるまで彼女は死ぬことはないだろう。
「成り成りて 成り合はぬところ 一處 汝また成り 餘れる處なし」
国産みの真似事か、おもむろに焚書は立ち上がるとご丁寧に天之御柱に見立てて巨木を反時計回り、先神の知恵にならう気はなかったか、それとも真っ当な子は欲しくないというのだろうか。
足りぬ足りぬは工夫が足らぬと言うが、女同士で子を作るにはいささか設備が足りなかった。さもありなん。
「『イザナミだ』」
これが言いたかっただけだろうというツッコミはあえて置いておく。
小さな茨姫も
呪いをかけられた姫もいる。だと言うのになぜ呪いを解くための実に古典的な方法――
レズセックスお姫様とのキスを試さないのか、焚書にはわからなかった。
積極的に何かを間違えている気もするが、かの国学者
本居宣長も古事記の矛盾点を聞かれた時に「深く疑うべきにあらず(=こまけーことはいいんだよ)」と返している。
よって、この言葉を座右の銘としている焚書もまた、細かいことは気にしない性質であった。
つまり――、夢売誘子の唇は口舌院焚書に奪われる。
四:目覚めには兆度がいい
「きゃーzzz……」
「!!!」
なんというか、寝ているというのは設定だけのような気がするが、それでも夢幸みことは目覚めない。
両目を古典的な仕草で塞いでいるが、しっかり合間から覗いているのだから徹底している。
そして、あなたは目が覚めた。
ファーストキスであった。もちろん一度もしたことがなかったという意味で。
目が覚めたということは、これまで寝惚けていたか眠っていたかのどちらである。逆説的にあなたは眠っていたことになる。
夢売誘子は夢を見ることができない、これは厳正な事実である。
最初に述べた通り、ここは夢と現実の境目。
ネオ宇宙帝国下水局が設計し、無防備な五〇〇〇億の魂を収容する檻として皇女「口舌院焚書」がアビメルムに発注をかけた特殊な空間である。ここは無色の夢ではない。
無色の夢もルール説明のアナウンスも先に説明したが、地形(戦闘空間)の成り立ちについて伝えるのを忘れていた。喰らった悪夢を現実と変えるアビメルムの権能、それは実に都合が良かった。
そもそもが無色の夢、これは偶発的に焚書の手元に入ったものだった。経緯については別の機会に語られることもあるだろう。魔人は死んでも能力を何らかの形で残すことがあり、時に生命体や世界法則のように一人歩きすることがある。
それだけわかれば十分だった。夢売誘子を通して接触は向こうから行われた。
契約内容は戦闘空間の作成、参戦者への完全な形での治療、報酬は――生きる意志の無い魂。
つまり、一見セットとなっている『無色の夢』という現象は寄せ集めであって、焚書がルール説明のアナウンスを間違えたことも一度や二度では無いはずである。
とにかく、多彩な魔人能力が織りなす戦いは娯楽に飢えた焚書を愉しませた。もちろんそれだけではない。気に入った魔人がいればスカウトし、夢から魔人能力に覚醒する手段を模索し……と滅びを回避するためにありとあらゆる手を打った。
愛なきAIの未来予測の演算を魔人の可能性で覆すにはそうするしかなかった。
アビメルムの目的はわからない。だが、夢を現実に変えるシステムはひどく魅力的だった。
そして、魂は彼らも欲するところであった。彼女たちの間で魂は円やドル同様に通貨として扱われた。
夢売誘子が夢を売るなら、口舌院焚書は魂を融資する。ひどくビジネスライクな戦いの中、焚書が誘子を欲したのは当然のことなのかもしれない。
希望崎短編百人一首(選者:口舌院焚書)
読み手:夢幸みこと
姉がため 腑を砕くも 厭わぬか
奈落飛び込む 笛吹き童子
すべては魔人を産みだし、銀河を……宇宙を彼(女)で満たすため。詳細な能力原理などはそれこそどうでもよかった。
故に、平手も甘んじて受けることにする。
「はいっ!」
騙ルー……じゃなかったカルターとしてこの快音は自分自身で発したかった。
だが、唐突に読まれた一首に反応する時間が唇を塞がれていてはあるはずもなく。当て身から翻った半身が脇腹の札へ突き刺さっていた。
競技カルタとは百人一首から五十枚を抜きだし、二十五枚ずつ相手の体の前面に張り付けて取り合う競技である。
殴る蹴るは当たり前、鋭利に尖ったカルタは刃物と化して時に死傷者をも出す激しさから「畳の上の格闘技」と言われている。小柄な体躯ながら焚書も銀河で五本の指に入る実力者でであるのだが……。
焚書は歌詠みの誉である銀河かるたクイーンの座を三年連続で同族の
口舌院五六八に奪われていた。幼少期からこれまでの戦いで失明一回、右腕切断一回、内臓破裂三回、大量出血二回、左足、右足骨折一回ずつ、トラウマ、痔、打撲、突き指、脱臼、脳震盪、鼻血は数知れず……と凄惨たる怪我を負ってきている。
超未来で死兆星を見る羽目になるとは思わなかったが、うっかり天に還るところであったという。
話を戻そう。
これが、慰みに競技カルタをやってきて、夢売誘子が取った最初の一枚であった。無論、力は弱く公式戦では浅いと判定される腕の振りであっただろう。だが、その心意気を買って受け身を取らずに耐える。
流石に倒れ込みこそしなかったが、体幹はわずかに傾いだ。
夢売誘子、彼女はふっと笑うと同じくふっと消えた。
してやったりと言いたげだった。キスの代償は高くついたらしい。
「そう……、このために来たのね」
口舌院焚書は自分がアニメの主人公のように振る舞えぬことを恥じた。こうすれば嫌がりつつも女の子は応えてくれると思ったのに現実は厳しい。二次元は三次元を伴侶に出来ぬのかもしれないなと考えて、ちょっと黄昏る。
「振られちゃいましたねーzzz」
寝ている少女の茶化しも今は遠い。
けれど、目的はひとつ果たした。夢売誘子のポケットは少し重くなっているはずだ。
≪ドリームマッチ売りの少女「夢売誘子」。黄泉戸喫に興味ある?≫
巨木から、言葉と時同じくして落ちてきた果実は赤く萌えていた。
「ひょっとしてそれは……柘榴の実? ……zzz」
≪わざと言っているんでしょうけど、これは黄泉の国と同一視される常世の国で採れる非時香果よ≫
「ああ。食べると永遠の命が約束されるというあれ……zzz」
≪そう、垂仁天皇が求めたという橘の実、不老にして不死になれるけど食した瞬間この地から出られなくなるという呪われた食品よ。
だけど、外界に持ち帰ると本来の効能を失う代わりにあるいきものを世界に放つ。 それが――」
「
花提灯 妖精の実は 紅く萌え 燃え上がるは
妖精の郷」
≪正解。これは
妖精ちゃんの卵でもあるの。想像力=応援と共に生き、意識の表層に
根を張って、やがて人々の間に実を落とす。孵った妖精ちゃんは人々を鼓舞し、より一層世界は豊かなものとなる――はずだった。≫
「人間の欲は恐ろしい……ですか。zzz……」
≪妖精界はいつか、何千年後かはわからない。だけど必ずかつての姿を取り戻してみせるわ。目覚めることが出来ないあなたのために花園を用意しましょう。≫
イザナギが黄泉の国から持ち帰った穢れを洗い流すことで三貴神を産んだ。穢れとは無とは違って満ち満ちたなにかであるのかもしれない。一見、汚濁に満ちたこの下水処理場も目線を変えれば数多の恵みを生んでくれる。
けれど、女神は気付いているだろうか? もっと手っ取り早く世界を創造する方法を。
たとえば一兆度、宇宙が無から爆発的に増大する瞬間の温度を口舌院焚書は再現出来るだろう。
『紙は死んだ -歌氏〇〇〇〇-』から『紙は死んだ -歌氏∞-』。
時の概念を持たず、虚無と根源の両義を内包するアビメルムならば――だけどそれは夢だ。忌み嫌う理系の手段だ。
口舌院焚書は夢を見ない。夢見る時間を現実に当てる。
この夢も現実の延長と認識していて、瑞夢も悪夢も趣味と実益を兼ねた娯楽に過ぎない。
夢幸みことのために作った紙の棺を見つめながら、彼女は目覚めることにした。この一瞬だけは夢を見てもいいなと思いながら――。