第10試合SSその1 少女たちは悪夢に踊る

(0)
これを定命の者は瑞夢と呼ぶのであろうか。
それともこれは我が忘れえぬ悪夢であろうか。

カランコロンと下駄が鳴る。
心地よい音色の足音を響かせ少女は歩く。

「そんなん、気にしてんの?」

ヤレヤレといった大げさな風で目の前の少女は首を振った。

「しかしだな、ゆうしゃよ」
「暗いッ!!暗いなァ自分!!」
「しかしだな」
「だいたいな、こんな暗ァいトコに引きこもっとるからアカン言うてんねん」
「だがな」
「むー」

困ったように眉毛を八の字にして少女は頬を膨らます。
しかし、すぐに目を細め、意地悪そうにニヤァとしかし楽しそうに笑う。
そして、私に向かって手を差し出した。

「ホンマにちょっとだけ勇気出して見ィな」
「私はゆうしゃではないのでな勇気など出さぬ、そして別に引きこもりでもない」

その手はあの巨大な聖剣“断罪剣”を振るう手にしては細く白い。
その手を私は掴むことはできなかった。
代わりに、背中を死ぬほど蹴り飛ばされて外に追い出されるのだが。
それがゆうしゃと私の出会いである。

繰り返す、繰り返し、夢を見る。
はかいしんも夢を、見るのだ。

カラコロと下駄がなる。
少し淋しげな音色の足音で少女は歩く。

「せやねぇ、残念やけど」

と困ったように少女は眉を八の字にした。

「そもそも、貴様はゆうしゃではないか」
「せやね、せやからちょっとの間ゆうしゃはお休み、お別れやね」
「次に会うときは決戦だな、私とお前は戦う定めにあるのだ」
「そんな定めは知らんけどね、でも期待しといてええよ」

ニヤァと意地悪そうに、しかし楽しそうに笑う。
ゆうしゃが、はかいしんと共に歩くことはない。
そんな事はわかりきっていた事ではないか。

20年いや10数年前の事だ。
約束は未だ果たされていない。

所詮は定命の者と破壊の化身。
そんな約束に期待などしない。
繰り返し、繰り返し夢に見る。

はかいしんも夢を見るのだ。

これを定命の者は悪夢と呼ぶのであろうか。
それともこれは我が忘れえぬ瑞夢であろうか。

(1)
少しばかり昔の話をしよう。
闇に生きる者達の話。

彼らが最初に歴史に登場するのは、そうだな。
越後の龍と呼ばれた上杉謙信と甲斐の虎と呼ばれた武田信玄が何度目かの決戦を行ったとき、そう川中島の合戦だ。

上杉家文書にはこのように記録されている。
「戦場にて舞うが如き者どもあり、武器を持たず、甲冑を身につけず、しかしながら精強なり」と

織田信長の一代記である信長公記には武田の騎馬軍団を鉄砲隊で打ち破った長篠の戦の記録がある
「武田方に異様なる出で立ちの一軍あり、裸にして鉄砲の弾は当たらず。明智光秀、数百の兵を失いて信長公の機嫌、甚だ悪し」

そう彼らこそ闇に生きる者達。
己が骸を踏みしだき山河を血で染め歴史の影に朽ちる異能の者共。

忍者。

影と呼ばれ、草と呼ばれ、忍びと呼ばれし者。
或いは乱破(らっぱ)、軒猿(のきざる)、屈(かまり)。
そして戦国の世において甲斐国を治めた武田信玄が召抱えた者達を素破(すっぱ)と呼んだ。

真田幸村として名を知られる真田信繁もまた甲州素破の流れを汲む武将であり情報戦を得意としたと伝えられている。
情報を出し抜くことをいう“すっぱ抜く”とは彼ら素破を語源とするのは広く知られている。

民俗学者の柳田国男は著書「民に潜みし忍」において素破は様々な職を持ち世間に溶け込んでいた事でも知られ、その職能に応じて獣の名を持つ組を作っていたと著している。

木こりや猟師として山谷をめぐる山犬。
旅芸人や歌い手、即ち猿楽を源流とした廻り猿。
僧侶や歩き巫女は手を合わせる仕草から拝み蠅。
そして、性風俗に関わる夜の者は娼婦の俗称である夜鷹と呼ばれた。

俗に素破鷹(すっぱだか)と呼ばれるこの者達は徒手空拳による恐るべき殺戮術の使い手であったとされ一糸まとわぬ姿で戦場を駆け抜けた。
歴史小説の大家、司馬遼太郎は全裸を示す“すっぱだか”という言葉は彼らを語源としていると語った。

その恐るべき殺術が世に知れ渡るのは関ヶ原の合戦の少し前、
江戸城にて行われた御前試合の只中であった。

家康公の前に座りたる男。
真田幸村の兄にして徳川方についた真田信之が推薦した素破鷹の棟梁である松羽田火太郎(まつぱだかだろう)。
小柄な男であったという。

その姿を初めて見た徳川家康は男を侮った。
なぜなら、その男は一糸まとわぬ姿。
つまりは全裸であったからだ。

しかし家康の知恵袋と言われた怪僧天海は黙って首を横に振り。
公儀隠密衆を作り上げた服部半蔵は静かに男を指差した。

家康は半蔵の指差した先を見て驚いた。

その股ぐらには小柄な男からは想像もつかぬような巨象が鼻を垂れているではないか。
いやまて、垂れている、象は頭を垂れている。
巨象は未だ静かなるままであった。
この巨象が怒りを発し天に向かって吠えたならば如何に巨大な化物になるというのか。
しかるに…

「ばかあああ!!ばか!!」

(2)
「なんだ、小娘。話はここからが良いところなのだぞ」

私は話のこしを折られ少し憤慨した。
目の前に座る少女は頬をふくらませた。

座る、といってもここは破壊神殿の祭壇の間。
3LDK二階建て庭付き。
すべてのサイズが私に合わせて巨大であるが故に少女はダイニングテーブルの上にちょこんと座り、私は肘掛け椅子に腰掛けている。
常人の十倍はある私の体躯からみれば少女は手のひらほど体つきである。

「小娘って言うのやめて」
「ふうむ、しかしこれは破壊の化身たる私が定命の者を呼ぶときの風情というものであってだな、様式美の一環だ」
「ばか!!それだけじゃない!!なに今の!?セクハラ!?」

セミロングの髪を編み込んだ少女は顔を真っ赤にして怒鳴った。
眼鏡の奥から怒りの瞳が私を見据える。

「何を言う、貴様の使う武術が如何に由緒正しきものか冥土の土産に教えてやろうというのだ」
「そんな土産、自分で持ってけ!!ばか!!しね!!」
「そもそも、大江戸大迷宮時代にはグレートな魔族や毒の巨人すら一撃で屠りさったのだぞ?佐渡島ゴールデンダンジョンの話を知らんのか?」
「そういう話はしてない!!ばか!!」
「しかし、私が召喚した溶岩魔神ボルカノスや氷の女王ブリザリスとの戦いはじっくりと見せてもらった、あれは正しく初里流の…」
「じっくり…」

そういって少女は両手で胸を隠す。
彼女の上半身は下着姿であった、なので隠すといってもブラジャーを両手で隠した形だ。
胸の形も良く大きめだ。
下半身はスカートとストッキングは履いているが靴や靴下はない。
健康的な肉体は白く、柔らかそうな印象を受ける。

「いやまて」
「ばか!!へんたい!!変態!!こっち見んな!!ばかあ!!」
「まて、小娘」
「ばか、やっぱり変態だ!!ばか!!」

眉を八の字にした少女は椅子を掴んで私に向かって投げつける。
通常の10倍のサイズの椅子を、だ。

ごう!!という音と共に巨大な椅子、まあ私にとっては普通のサイズだが、椅子が私の顔面めがけて飛来する。
当たれば流石に痛いだろう。
私は右手をかざし椅子を受け止めた。

すると椅子は粉々に砕け散る。
ああ、特注サイズの椅子は結構高いのだが。
夢の中であるから気にしないでおこう。

凄まじい力。
これがこの少女の魔人能力という物だろう。
この世界の人間には一定の割合で魔人と呼ばれる異能者がいる。

彼女の場合は常人を超えた身体能力といったところか。
配下との庭での戦いでは脱いだセーラー服が相当の重さであったようで、脱ぎ捨てた服がずしりと地面にめり込み「バカなあんな重さを身につけて戦っていただと?」と思わず感心してしまった。

「危ないではないか」
「ばか!!変態!!」
「そう言う意味ではないというのに」
「乙女の恥じらいを知れ!!」
「す、すまん。だがな、魔王クラスの攻撃を避けるその技は正しく初里流の忍び武術、たしたものだぞ」
「褒め言葉じゃない…」
「鎧を纏わず、攻撃を避ける。一撃で魔を屠る鋭い一撃。まさしく退魔の忍び!!」
「ばかあああああああああ!!」

テーブルの上に置いてあった食器や花瓶などが乱れ飛ぶ。
少女は涙をうっすらと滲ませて怒り心頭といった様子だ。

「な、何を怒る」
「知ってるぞ!!変態!!それえっちなヤツだろ!!ばか!!ばかあああ!!」
「な、なに?そうなのか?」

攻撃を受け流しながら慌てて異世界の知恵の魔王ソフィリアンにリプライを送る。
ああ、裸の女性の忍者が戦うパソコンのゲームにそういうのがありましたね、とすぐ返信が来た。

「なんと、テレビゲームにもなっておるのか。ほれみろ、貴様の流派は広く一般に知られて…」
「ばか!!死ね!!」

あ、エロいヤツです18歳未満禁止っていうやつですね、と知恵の魔王から追記が来た。
はやく言え!!

「いや、すまぬ!!そういう意味ではない!!謝ろう!!悪かった!!知らなかったのだ!!」
「ほんとう、だな」
「ああ、勿論だ。定命の者の性癖など私の預かり知るところではない、いずれ世界ごと破壊する予定であるからな」
「ばかなの?」

少し怒りを納めてくれたようだが逆に憐れまれてしまった。
中二病とでも思われたか。

「貴様も知っておろう、破壊の化身たる“はかいしん”の事を」
「…あれ、君のことなんだ」
「ほう、流石に知っておったか」
「ゆうしゃにボコボコにされた、ひきこもりだって」
「うっ…」
「めちゃくちゃ不器用だって」
「ぐぐっ」
「それから…」
「ま、まて。待つのだ、流石の私と言えども心が傷つく。はかいしんのピュアハートを破壊するつもりか貴様、貴様こそが破壊神を破壊するものとでも言うつもりか」

六本ある手の一本を前に出し少女の言葉を止める。
一本の腕で頭を抱える。
ぐぬぬ、フレンドリーさが過ぎて侮られているとは思ったが初対面の少女にここまでボロカスに言われるとは。

うっかり世界を壊してしまって魔王に怒られたとき以来だ。
「何もしていないのに世界が動かなくなった」と言ったら、ジト目で「余計なところ触ったり押したりしたでしょ」と世界オンチ呼ばわりされた時以来だ。
傷つく…。

「でも、けっこう良いヤツだって言ってたよ」
「慰めはいらぬ」
「泣いてるの?」
「泣いてなど、泣いてなどおらぬわ!!」

落ち着こう、大声を出したので喉が渇く。
私は冷蔵庫から1500?入のコーラを取り出し、女性の前でゲップをしてしまうのは失礼だと思い至り、冷蔵庫に戻した。

冷蔵庫を見渡す、ビール、カルピス。
ふむ、ヤケ酒というのも良くないな。
カルピスを取り出してグラスに注ぎよく冷えた水を入れて混ぜて飲んだ。
ふう、少し落ち着いた。

「貴様も、飲むか小娘」

とグラスにカルピスを注いだところで気がついた。
サイズが違うのだ。
十倍のサイズというのは高さ十倍幅十倍奥行十倍で容量は千倍だ。
このグラスでは定命の者には大きすぎるな。
ふと見ると、すこし溢れたカルピスの原液の雫が少女の足にかかっていた。
白いねっとりとした液体が少女の足に。

「やっぱり…変態だな、殺すしかないな、社会的に」
「いやまて!!違う!!これは事故だ!!まて、警察に電話しようとするな!!そもそもケータイは圏外であるぞ!あ、ウチの固定電話を!そんなでかい電話を普通に持つんじゃない!!それにここは夢の中だ!!警察には繋がらんぞ!!」

ぎぎぎ、と少女がこちらに首を向ける。
ベトベトのストッキングを脱ぎ捨てると床にメキリと突き刺さった。

「バカな、そんな重いストッキングを履いて今まで?」
「夢?」
「あ?ああ、そうだ夢の世界だ」
「夢で女の子にエロい事をするとか、欲求不満なのか…ばかなのか、死ねばいい」
「ちがう!!」
「変なところに連れてきてムキムキのおっさんやエロいお姉さんに襲わせたくせに!!」
「破壊神殿の庭園の守護者をおっさんとか言うてやるな、ボルカノスがいじけているじゃないか、エロいお姉さんって別に褒め言葉じゃないぞブリザリス!!」

怪我を治療中の部下に声をかけながら私は少女の方に向き直した。

「夢の説明は受けておらんのか?」
「聞いたけど…。あれ、君が言ってたんじゃないんだ」
「違うな」
「センスが同じだから」
「中二っぽいと言いたいのかもしれんが違う」
「じゃあ、あれは本当なの?」
「恐くな、この数百年のうちに何度かそういう現象に巻き込まれた者の話を聞いたことがあるし、実際に巻き込まれた者を見たこともある。破壊の化身たる私が巻き込まれるとは思いもよらなかったがな」

少女は少し考え込む、無理もなかろう。
如何に超常が世にある世界とは言え、俄かに理解できるものでもあるまい。
しかし、それは私の思い違いだったようだ。

「でも、あれ酷くない?」
「酷いとは、なんだ」
「だって勝っても別に夢が叶うとかじゃなくて良い夢見られるだけでしょ?負けると一生悪夢ってデメリット大きすぎじゃない」

なるほど、確かにそう考えれば報酬と罰則が不釣合だ。
だからといってどうなる、理不尽とはそういうものなのだ。

「定命の者にとってはそうかもしれぬな、だが永劫を生き。蘇る私にとってはどちらにせよ些細なことだ」
「でも、永遠だよ。いやでしょ?」
「定命の者にはわかるまい、私が生き、世界を破壊し続ける事とそう大差はないのだ」
「やっぱりさ」
「なんだ?」
「楽しそうじゃないよね」
「何を言っておるのだ?」
「楽しくないから引きこもってるんでしょ?」
「なるほどな、喧嘩を売っているわけだな」
「そういう訳じゃないんだけどそれでもいいや」
「何?」
「外でも引きこもって夢の中でも引きこもってるのは楽しみがないからでしょ」

少女は立ち上がる。

「顔が犬になっちゃった人がいてさ」
「それがどうしたというのだ」
「スッゴイ虐められてたわけ、犬語しかしゃべれなくてさ。もう暴れるしかないよね」
「何の話だ」
「寝たきりで家族もいないお婆ちゃんがさ。いきなり中華武将の魂を身に宿してさ、もうムキムキでさ。ペットの犬も馬みたいになっちゃってさ。暴れるしかないんだけど強すぎてみんな逃げていくの」
「わけがわからんな」
「女の子なのにさ、エロい触手が生えてきたら。同性の友達できないよね」
「それがなんだ」
「占いで人を幸せにしようとしてさ、失敗して友達がいなくなったり」
「なんだと言っている」
「星を見るのが好きだっただけなのに、隕石になっちゃったり」
「だから、何の話だ!!」
「だからさ!!うまれつき破壊の化身だったりするとさ!!」
「……」
「遊び相手が居ないんじゃないかなって思うんだけど」

はあ?
何を言っている。
いや、何を言っているかはわかる。
理解も、できなくはない。
あの、ゆうしゃと同じ考えを持っているというわけだ。
ふ、ふふ。

「ふは、ふはーっはっはっは!!この私がさみしいとでも言うのか?遊び相手が欲しいとでも?」

少女は眉を八の字にして困ったような表情をした。

「そうじゃないの?」
「バカを言うな!!私に触れたものは全て!!破壊される運命だ!!かつて、同じ様なことを言った者もいたが、結局成し得なかったよ!!」
「だからさ、難しいことは良くわからないけどさ」

少女はニヤリと意地悪そうに、そして楽しそうに笑った。

「遊んであげるって言ってんの」
「なるほど、愚かなようだ、夢の中とは言え死の苦痛は免れんぞ」
「健康で頑丈なのが売りなんで大丈夫だよお、それに」
「それになんだ」
「女子高生からの誘いを断るのは、恥ずかしくない?」
「馬鹿馬鹿しい、もう十分だ」

私は腕を振り上げて、無造作に少女をなぎ払った。

(3)
破壊の力を込めた一撃に耐えられるものなどいない。
赤い光に包まれた私の巨大な腕が机ごと塵に変えてゆく。

ぬるり。
そう、そのようにしか表現のしようがない妙な動きで。
少女はその一撃を避ける。

「そもそも、当たらないしね」

ニコリと少女は笑みを浮かべた。

「ほら、次は?」

返事を返すでもなく腕を繰り出す。
六本の腕。
別に本数は自由に変えられるが腕は六本くらいが丁度いい。

小技を使うのはゆうしゃと戦って以来だが、それも仕方ない。
次々と六本の腕を複雑な動きで繰り出す。
それを少女は奇妙な動きでぬるりぬるりと避ける。
流石は初里流、侮り型き武術。

「おっと、ほりゃ、ぬわっ!?」

蹴りを繰り出す。
腕などフェイントに過ぎない。
それも避けられる。
だが、もう一撃の蹴り。
当てるためではない。
冷蔵庫を蹴り飛ばす、バラバラになって降り注ぐ冷蔵庫の残骸は面の攻撃だ。
部屋の隅に追いやられては避けようもあるまい。

「破壊の力で一気に塵になれば苦しまずに済んだものを」

瓦礫に押しつぶされ、肉塊と成り果てよ。

「うおりゃあ!!」

顔に何かが当たる、痛い。

「ぐおあっ!?」

冷蔵庫の残骸か。

「だからさ、言ったよね。頑丈だって」

少女は眼鏡を床から拾い顔にかける。
髪を束ねていたバンドやリボンがなくなっている。
ブラジャーも外している。
形の良い胸がわずかに揺れた。
身につけるのはパンツ一枚のみ。

「見るなよ、変態」
「なんだ、それは」
「説明いるの?脱げば脱ぐほど強くなる武術だって歴史から説明してくれたのは君でしょ」

その域を超えている。
なるほど、魔人能力というやつか。
瞬時に少女の姿が消え…。

「ごがああああああああっ!?」

殴り飛ばされた、顔を。

「見るなよって言ったでしょ?よそ見してると殴られるよ、危ないから」
「ぐぼあっ!!」

更にみぞおちに蹴りが入る。
はかいしんである私にみぞおちだから急所であるということはない。
ないが、痛い事に変わりはない。

ひゅん。
少女が空中に眼鏡を投げ上げる。

「ヘヴィメモリーズ」

やけに格好いいポーズでそれをキャッチする。
ずしり、と少女の足が地面にめり込む。
眼鏡を顔にかけ、外す。

「身につけた物の重さを100倍にする能力」

少女は眼鏡を空中に投げ上げる
漫画のような格好いいポーズで眼鏡をキャッチ。
ず、ずんと音を立て少女の足が地面にめり込む。

「増えた重さに見合ったパワーを得る、OK?」

やたらと格好いいポーズで眼鏡を装着する。

「そうやって説明したほうが格好イイでしょ?」
「確かにな」
「様式美ってヤツよ」

ニヤリと意地悪そうに、でも楽しそうに笑う。
私も笑っているのだろう

「計算は苦手だけどさあ、100倍を何回も繰り返すとさあ。眼鏡の重さはどれくらいになるんだろうね」
「そのうち地球の重さは超えるだろう」
「数えてなかったけど、もう結構なことになってるのかもしれないね、地面にめり込むのはアレ、重さ関係ない演出みたいなもんだし」
「そうか」
「決着をつけようよ」
「よかろう」

確かに強い。
だが、力だけではどうにもならぬ。
はかいしんを止められるのはゆうしゃだけ。
それは、ゆうしゃがただ強いという意味ではない。

「うりゃあ!!」

少女は凄まじい踏み込みで大地を踏み砕き、破壊神殿は粉々に砕け散る。
さらばだ私の庭付き3LDK。
高くジャンプした少女は必殺の蹴りを繰り出す
この一撃は地球をも壊す一撃。
流石だ。

だが、はかいしんは世界を壊すゆえに神なのだ。

「破壊の波動!!」

私の全身より光がほとばしる。
夢の世界もこれで終わりだ。
いかに夢であろうとも、それすら壊すのが破壊の化身の力。
部下も、空間も、少女も、光の中に消え去った。

(4)
目を開けると少女がいた。

「じろじろ見るな、ばか」

少女は嫌そうに眉を八の字にして頬を膨らませる。
恥ずかしいのだろう、耳まで赤い。
眼鏡もパンツすらも破壊の光で消滅した。
完全なる全裸だ。
だが、何故か少女は消えていない。

私は、首から下が消し飛んでいた。
少女の体を淡い光が包んでいる。
少女の健康的な尻に見覚えのある模様が見えた。

「小娘それは」
「見んなってんだろ!!」
「ごぼろぁ!!」

殴られた。
勇者の紋章。
ゆうしゃにしかない。

「なるほどな…」

そういうことか

「女子高生の裸見て、何を納得したか知らないけど」
「私の力を受けられるのは“ゆうしゃ”のみ、お前がそうだったとはな小娘」

ぼぎゃ!!

「ぐわー!?」

殴られた。

「何をする!?」
「何をするじゃない!!私は小娘じゃない!!」
「??」

少女はビシッと自身を指差した。

「松羽田かの子」
「やはり松羽田…初里流の…ごばあ!!」

また殴られた。

「そうじゃない、私の名前だ」
「だから何を言っている」
「君の名前」
「は?」
「はかいしん、じゃないでしょ?名前」
「名前など、どうでも」
「よくない、勝ったのは私だ、教えてもらう権利がある」
「そんなやくそ…ぐわー!!」

殴られた。

「ジェノサイド・デストラクション・オーバーキル・ブッコワース」
「なげーよ」
「はかいしん、でよかろう」
「いいや、良くない。ジェノサイド・デストラクション・オーバーキル・ブッコワース」

少女は私の名前を呼んだ。

「なんだ、松羽田かの子」

私は少女の名前を呼んだ。

「いつでも相手してあげるからさ、いつでも遊びにおいでよ。ただ街はあんまり壊さないように」
「ふはっ!!私は破壊の化身だぞ?」
「それくらい頑張れ、女子高生の全裸を見ながら死ねるなんて。まるで夢みたいでしょ?」
「まったく、たいした悪夢だよ」
「ばか!!いっぺん死んで来い!!」

少女の腕が私の頭を握りつぶした。

(5)

「ヌワーハハハハハ!!世界はもう終わりだな!!ゆうしゃよ!!」

私は高らかに宣言した。

「いつでも良いっていったけど、またお前かあああ!!ジェノサイド・デストラクション・オーバーキル・ブッコワース!!」

目に涙を浮かべた半裸の少女が吠える。
そして私は殴り倒された。

タッタッタと軽いリズムで少女の足音が去っていく。
空が青い。
闇の底では感じられなかった事ではあるな。

カランコロンと下駄が鳴る。
心地よい音色の足音が響く。

「どうや?ウチの娘は」
「酷い娘だ、おかげで私は毎夜悪夢にうなされておるわ」
「そう?我が子ながらええ子やと思うんやけどな」
「悪夢は変わらんが暇ではなくなったな、見事なゆうしゃだったよ」
「せやろ?」

目の前には艶やかな和服姿の女がいる。
背には巨大な聖剣“断罪剣”が輝いている。

「ごめんなあ?まさかウチが結婚したのがそないにショックやったやなんて」
「お前を悪夢の世界から救ったのは」
「あ、旦那の事?いやあ、変態でな、阿呆でな、でもめっちゃ格好ええ旦那の事?」
「のろけか」
「いやあ、君が悪夢から救われるなら俺はこの先悪夢を見続けるって真顔で言うんやもん、惚れるやろ?」
「なるほどな、のろけだな!!ゆうしゃよ!!」
「ま、あれでイケメンやし?ギリシャ彫刻風いうの?芸能人で言うと阿部寛?」
「その話はまだ続くのか?」
「でも全裸やろ?思わず言うてしもたわ、何でまっぱだかなん?て」
「だろうな」
「もうギャグやね。この勇者カナン・ブレイブハートが今や松羽田カナンやもん」
「ゆうしゃは続けているのか?」
「そらもう、見てのとおりや」
「なぜ来てくれなかった?」
「んー、だってねえ」
「だって何だ」
「君は中性的な美形やけど。女の子どうしは恋愛でけへんよ、はかいしんちゃん」
「…そうか、私は振られてしまったか」
「娘に惚れたらあかんよ」
「考えておく」


私は空を見上げた

「わかっているさ、これも悪夢なんだろうな」

私は失恋した。
なんという悪夢だろう。
私は声を出して笑った。

松羽田かの子SS 「少女たちは悪夢に踊る」 おわり
最終更新:2016年05月02日 20:30