第10試合SSその2 遊園地に行こう!その2~このSSは二万字以上あるのでこちらに5P相手に0Pを入れてくれると大変助かります~

『遊園地に行こう!その2』


1.

強さとは一体何なのだろう。
曲がりなりにも格闘技……と言っていいのかわかりませんが、
とにかく戦うすべを学んでいるかのこちゃんは、時折そんなことを考えます。

他の誰かは言っていました。敵を倒せるのが強さだと。誰かを守れるのが強さだと。
そしてかのこちゃんは、こんな人達を知っています。

ある人は、自分の住んでいる街に巣食おうとした暴力団を、
『なんだか怖いから』という理由で単身乗り込んで壊滅させたといいます。

ある人は、火よりも熱い体を生かして、遥か昔からある土地を人の手から守っていたといいます。
どれも実例があって、とても納得の行く意見だと、かのこちゃんは感じていました。

しかし、この現代で、その強さは……個人の強さは、何処まで意味のあるものなのだろうか?
かのこちゃんは、そうも感じていました。

その人はその後、より上の組の怒りを買い、それはもうひどい目にあったのだといいます。
その人はその後、土地にあった資源を目的にした大きな国に襲われ、別の場所に追いやられたのだといいます。

今の世界、どれだけ強くなろうと組織の力の前にしたら、それは誤差でしか無いように思えました。

しかし、かのこちゃんはその世界の中でただ一つ、例外を知っていました。
この世のあらゆる物、あらゆる力、個、群、それら全ての力を凌駕し、破壊する者。
恐らく、この世において最強の存在。
名を、はかいしんといいます。
かのこちゃんの、目の前にいる男の事でした。

『我が名ははかいしん。
全知全能の神が生み出した唯一の例外であり、松羽田家にテレビ電話をかけるものである』
画面越しに声をかけてくる痩せぎすの不健康そうな見た目の男、これがはかいしんさまです。

松羽田家は道場経営の傍ら仕立て屋を営んでおり、
ひょんなことからはかいしんさまの服を作るように成ったのです。
初里流は服を脱ぐことで強くなる流派、
服を破かれては技を使うことができません。

それ故に破けづらい、壊れづらい服を作る技術も、自然と発達しました。
それが何でも……着ている服も壊してしまうはかいしん様の目に止まり、
時たまこうして服を仕立てて欲しいという電話がかかってくるようになったのです。

「お電話ありがとうございます、はかいしんさま。
すみません、お父さんなら今席を外していてですね。
もう少し待っていただければもどってくるとおもうんですが。」

こういうことは何度かありました。かのこちゃんはいつも通りに対応します。
しかし、はかいしんさまはどうやら、いつも通りの用事ではなかったようです。

『いや、今日は服の仕立てではなく、かのこちゃんに用事があってだな……。
かのこちゃんは、無色の夢というのを知っているかな。』

テレビ電話を壊さないよう、代わりに手に持ったダンベルを粉々にしながら、はかいしんさまが答えました。
無色の夢。なんだか聞いたことがあるような無いような話です。かのこちゃんは素直にそう伝えました。

『ふむ、そうか。実はかくかくしかじかうんぬんかんぬんで、私とかのこちゃんが夢のなかで戦うことになったのだ。』
はかいしんさまは使わない本を細切れに破壊しながら、かのこちゃんに夢の戦いについて教えてくれました。

かのこちゃんとしてはびっくり仰天、天地もひっくり返るような衝撃です。
はかいしんさまを相手に勝たないと、
いつ覚めるかもわからない悪夢にとらわれるなんて。とんでもない話だと思いました。

『む、いや、安心してくれ。かのこちゃんが眠ったとして、悪夢を観るのは一瞬だ。
何せ私が、無色の夢全てを破壊するからな。』

はかいしんさまいわく、無色の夢を破壊するためには、一度夢の世界に入り勝利しなくてはならないのだそう。
相手が見ず知らずの人間ならとりあえず破壊するつもりだったらしいのですが、
相手がかのこちゃんだったので、挨拶位はしておこう。ということで電話をかけてきたのです。

『そういうことで、できることなら降参して欲しいのだが……。一応戦うか、かのこちゃんよ。』
「いや、戦いませんよ。戦っても勝てないとおもいますし、そもそも戦いたくないですし。ゆずりますゆずります。」
手と首を振りながら、かのこちゃんは拒絶の意を表明します。
画面の中では、はかいしんさまが持っていたカップが真っ二つに割れたところでした。

「そうか、そうしてもらえると、助かる。私も知り合いを破壊したくはない。」
では夜に。そう言ってテレビ電話を切ろうとするはかいしん様。
その前にかのこちゃんは一つだけ、気になっていることを聞くことにしました。

「あの。はかいしんさまはなんで急に無色の夢を破壊しようと思ったんですか。
もしかして、またゆうしゃさんになにか言われたんですか。」
かのこちゃんが尋ねると、ビシリと、はかいしん様の部屋に、ひびが入るのが見えました。
はかいしんさまが言います。

「な、何故急に奴の名が出てくるのだ!たしかに奴は眠っているが……奴のためではない!
これから巻き込まれる奴らの心配をしてだな……。とにかく夜!よろしく頼むぞ!かのこちゃん!」

がちゃり。電話が切れました。どうやらはかいしんさまはゆうしゃさんを助けるためにがんばっているようです。
悪夢を観るのは嫌だけど、これは止められそうにありません。こまったなあ。

「何だ、戦わないのかかのこ。いい練習になると思うけどなあ、おとうさん。」
困っていると、いつの間にか帰ってきていた父が、かのこちゃんに話しかけてきました。
どうやら、話を聞かれていたようです。

「いや、戦わないから。練習もしない。私は家を継ぐつもりなんて無いからな……って言うか帰って早々服を脱ぐんじゃない!」
「まあまあそう言わず。お前が継げば初里流も今までにない発展を……あいたたた!痛い痛い!わかった!わかったから顔はやめてくれ顔は!」

わかればよろしい。そう、かのこちゃんは戦いたくなんて無いのです。家を継ぐこともしません。地の文が言うのだから、間違いありません。

「うーん、はかいしんさまかあ。かのこならいい線いくと思うんだけどなあ……」
「わかってねーじゃねーか!」
「うぎゃー!」

そう、かのこちゃんにとって、家を継ぐことに比べれば、少し悪夢を見るほうが、よっぽどマシなのでした。

◆◆◆

2.

「話はつけてきたぞ。仲良くしていたか、お前ら。」

電話を終え、広間に戻ってきたはかいしんを待っていたのは、
ベッドで眠りこけるゆうしゃと、その横で療養するおとうと、二人を守るまおうです。

「勿論仲良しです!はかいしん様の命令ですから!」
まおうははかいしんの言葉を受け、元気よくおとうとと肩を組みました。おとうとは傷に触ったのか、酷い顔をしています。
まおうは人見知りで、初対面の人を殴り殺そうとする悪癖がありますが、人と仲良くなるのは得意なのです。

「はかいしん、護衛を変えてもらうことはできないのか?こいつが側にいると怪我が治りそうにない。
それどころかこのままだと死んでしまう。護衛の意味をもう一度考えなおしてもらいたい。」

身の程知らずのおとうとがはかいしん様に文句をいいます。
寛大な心を持つはかいしん様は、特にその言葉を咎めることなく話を進めます。
「この様子だと問題はないな。私が眠っている間も二人を頼むぞ、まおうよ。」
「任せて下さい!はかいしん様!」
「おい、まて。任せるな。おい、はかいしん。
ゆうしゃを連れてきたのは私だぞ、その感謝はないのか。はかいしん。」

そう、事の始まりは、ゆうしゃが夢の闘いに負け、悪夢に囚われたことでした。
それだけなら眠っているだけで、そのうち目覚めます。

さほど問題は無かったのですが、ゆうしゃが眠りこけていると知れるやいなや、
他の勇者候補達がこぞってゆうしゃを殺害しに来たのです。

ゆうしゃははかいしんを殺せるすべを持ちながら、ずっとそうすることを拒んできました。
他の勇者から嫌われていたのですね。

ゆうしゃを殺されては困るおとうとは、それを許しはしませんでした。
眠ってる勇者を守るために、勇者候補たちをちぎっては投げ、八面六臂の活躍です。

しかし、おとうとも無敵ではありません。
限界を感じたおとうとは、やむを得ずはかいしんの城に逃げ込みました。
そこで人見知りのまおうにぼこぼこにされつつも、なんとか事情をはなすことに成功したのです。

幸い、はかいしんさまはすごいので、夢の戦いのことも、無色の夢を見る方法もすぐに分かりました。
そんなこんなで夢を見たり挨拶をして、今に至るということです。

「おいこら、なんとか言ったらどうだはかいしん。」
からだをジタバタさせながら抗議するおとうとの言葉を、はかいしんさまは鼻で笑い、こう答えました。

「フン。ゆうしゃが何だというのだ。私は別にゆうしゃのために夢を破壊するのではない!
ただ商店街の皆さんが同じような目に会うかと思うと、放っておけないだけだ。
ゆうしゃはそのついでだ、ついで。勘違いしてもらっては困る!」

「何だと言いながら守ってはくれるんだな。仇敵なのに。」
疑いの目で見ながら、おとうとが言います。
はかいしん様はまったく動じず、、こう言い返しました。

「馬鹿なことを。今までのはかいしんは全員、ゆうしゃと真向からぶつかり、敗れたのだ。
私が逃げては、はかいしんの名折れ。
別にゆうしゃが心配だとかそういうことではないからな。勘違いするな。」

そう、はかいしん様の言う通り、別にはかいしん様はゆうしゃのために戦うのではないのです。
地の文が言うのだから間違いありませんよね。

「では、私は戦いの準備をしてくる。席を外すぞ。お前もいい加減に諦めるのだぞ、おとうとよ。」
「貴様におとうとと言われたくはない。
いや、まて。話はついたと言っていなかったか?相手は降参してくれるんじゃないのか、はかいしんよ。」
「万が一ということもある。例え戦っても負けるとは思わんが、戦う段になって慌てたくはないからな。」
そう言って、はかいしん様は部屋から出ようとしました。

「ん……んぐ……んぐご!?」
しかしその時。ゆうしゃがいびきとも何ともつかない、変な声を出したのです。
「あ、穴子……?い、いや!ちゃう!これはうなぎ!う、うなぎ……た、たれ!?す、酢飯まで……!うわーっ!」
悪夢を見始めてから、ゆうしゃは時折こんな寝言を言うようになったのです。

「うーむ……しかし、どんな夢を見ているんだ、コイツは……。」
呆れたようなつぶやきを残し、はかいしんさまは、今度こそ部屋を後にしました。

◆◆◆

3.
その日の夜。かのこちゃんは自室で電話を使い、
友達の南出雲知子(なんでもしるこ)ちゃんと今日の出来事について話していました。
「……ってことでね、私は降参するって言ってるのにね。
お父さんが『いいじゃないか!修行になるじゃないか!』
って言ってくるんだよ。どうおもう?知子ちゃん。」

『ふへーん。どう思うって、ねえ。相変わらずだよね、お父さん。
それだけかのこちゃんの才能を買ってるってことじゃない?』
「うわ、どうでもよさそうな相槌。才能を買ってるって言ってもなあ。
あれはダメでしょ。服を脱ぐほど強くなる武術を、女の子にって……しかも娘に。どう考えてもダメでしょ。」

編みこみを解いた髪をくるくると回しながら、かのこちゃんは不満を口にします。
電話の向こうから、知子ちゃんのけらけらという笑い笑い声が聞こえてきました。

「ちょっと、笑わないでよ知子ちゃん。いや、話が話しだから仕方ないけどさ。」
『ごめんごめん。確かに、私もどうかとおもうよ。けど、今回だけは私もお父さんに賛成かなー。』
「ちょっと、知子ちゃん?」

知子ちゃんの意外な言葉に、かのこちゃんの語気も強くなります。
しかし知子ちゃんとかのこちゃんは長い仲。知子ちゃんは怯まず続けます。

『んー。だって長いこと見てるけどさ、かのこが全力(ぜんら)になった所見たこと無いしさ。
大抵ひとつふたつ脱いだだけで倒しちゃうじゃない。
はかいしんさま相手なら、全力になれるんじゃないかなーって。』

「いや、そりゃ成らないように頑張ってるわけでしてね。
っていうかそれだと、私が露出願望あるみたいじゃん。やめてよ。」

『え?ないの?』
「ねーよ。ぶん殴るぞ。」

ぐっと拳を握るかのこちゃん。
電話の向こうの知子ちゃんには見えませんが、今はそういうノリなのです。

『ははは、冗談だよ。まあでも、やっぱり戦ったほうが良いと思うなー。
今でも実は続けてるんでしょ?武術の練習。』
「む。いや、それとこれとは話が別で。っていうか、どうしてそれを。」
かのこちゃんは動揺を殺しながら、そう言いました。

『昔あれだけお父さんに憧れてたじゃない。ああいうのは、ちょっとやそっとじゃ諦めきれないものよ。
それに、戦ってるかのこちゃん、なんだか楽しそうだったし。楽しいことはやめられないからね。』

むっと眉間にしわを寄せて、かのこちゃんが言います。
「楽しそうって。そんなことはないでしょ。」

『そう?かのこちゃん「ヘヴィッメェモリィィィッズ!」って叫んだり、結構ノリノリだなあと思ってたんだけど。』
「やめて。なんか恥ずかしくなってきた。」
楽しそうな知子ちゃんの声を聞き、手で顔を覆うかのこちゃん。
勿論赤くなっている顔は知子ちゃんには見えませんが、今はそういうノリなのです。隠します。

『まあ、そういうわけで私は賛成。
それにさ、ほら。はかいしんさまと安全に戦う機会なんて、もう無いよ?どう?それでもやらない?かのこちゃん。』

「……」
実際の所、なんでも知っているだけあって、知子ちゃんの言うことは大分当たっていました。

かのこは、戦うことが好きです。練習も欠かしていませんし、全力を出してみたい、というのも本当です。ですが、それでも。
「……ありがと知子ちゃん。それでも私、戦うのはやめとく。話を聞いてくれてありがとね。」
それでも戦いたくない理由が、かのこちゃんにはあるのでした。

『そっかそっか。私が言えることはもう言ったからね。それなら仕方ない。
こちらこそ、付き合ってもらってありがと。それじゃまた明日、学校で!』
「うん。また明日、学校で。」

ぷつん。電話が切れました。
電話が切れた後も、かのこちゃんはしばらく悩んでいるようでした。

そんな時。コンコン。部屋の扉がノックされました。
「かのこ、父さんだ。入るぞ。」
ノックしてきたのは、かのこちゃんのお父さんでした。

かのこちゃんが返事をするより先に、父さんは扉を開き、入ってこようとしました。
かのこちゃんは蹴りを繰り出し、扉を閉めると同時に父さんをふっ飛ばしました。

「まだ返事してないだろ!娘の部屋に勝手に入ってくるな!」
「うぐぐ……相変わらずいい蹴りだ……。
折角かのこが悩んでいると聞いて飛んできたのに……。」
「待って。それ誰に聞いたの。」
「誰って、知子ちゃんだけど。」

あの野郎!かのこちゃんは人知れず拳を握りました。
学校で会ったらやっぱり一発くらい殴ろうと思いました。誰にも見えませんが、そういうノリなのです。

「あの~?入ってもいいかな、かのこ。廊下が暗くてお父さん怖いよ。」
おそるおそる、と言った様子で、父さんが声をかけてきます。

「いや、まあ、いいけどさ。でも話すことは何も……」
ないからね。そう続けようとしたかのこちゃんでしたが、入ってきた父の姿に、その続きは出なくなってしまいました。

入ってきた父が身にまとっていたのは、闇に溶け込む紺色に染められ、
所々に手甲や脚あてなどの防具、それも、すぐに外すことができる……がついた、忍者装束の様な服。
つまるところ、初里流の戦闘装束であり、今の父は、かつてかのこちゃんが憧れた、あの時の姿そのままの格好をしているのでした。

「いや、私も話をするつもりはない。
悩んでいるときは話をするのもいいが……体を動かして気分を変えるのが一番だからな!それ!」

父は手に持っていた物を、かのこちゃんに向かって投げました。
それは、折りたたまれたかのこちゃん用の戦闘装束でした。

「それを着て、道場まで来なさい。久しぶりに稽古をつけてやろうじゃないか。」
「いや、でも……」
「いいからいいから。たまにはお父さんの言うことも聞きなさい。……それじゃあ、道場で待っているからな。」

かのこちゃんに無理やり装束を押し付けて、お父さんは部屋から出て行きました。
「……」

残されたかのこちゃんは、しばらく装束を見つめた後、服を脱ぎ、装束を身に着けました。
初めて着るはずなのに、その装束は驚くほどよく、体に馴染みました。

◆◆◆

4.
午後9時12分。松羽田家にある道場には、かのこちゃんとお父さん、二人の姿がありました。
ウォーミングアップ中、かのこちゃんは道場の中を眺めていました。
久しぶりに来る道場でも、眺めてみると、色々な事を思い出します。

例えば、道場の隅、古ぼけた畳から浮いて、一つだけ新し目の畳があります。
あそこは、かのこが脚さばきの練習をしていた場所です。
毎日毎日繰り返す内に、あの場所の畳は他のものより早く擦り切れてしまい、新しい畳に交換されたのです。

あそこの壁の凹みは、父にこっぴどく負けた時に、八つ当たりで殴ってつけてしまったものです。
父は壁のことより、殴ったかのこの手のことを心配していました。
色々な思い出が、この道場には詰まっています。

「うむ、では始めるか、かのこ。」
「うん。そうしようか。」

ウォーミングアップを終え、二人は道場の中で向かい合いました。まずは一礼。
それから一歩踏み出し、二人の稽古が始まりました。

ザッザッ……ザッザッ……。間合いをとる二人の摺足の音が、道場に響きます。

先に仕掛けたのは、お父さんのほうでした。
左手でのフェイントの後、踏み込み、右の掌打。
更に踏み込みの最中に、左の防具を一つ外すことで、打撃の速度を加速させるというおまけ付き。
かのこちゃんは一歩間合いをずらし、その掌打を回避します。

更に一撃、また一撃。そして一つ、また一つと防具を外しながら、父の攻撃は続きます。
かのこはそれを捌きながら、その動きを見ていました。
脱ぐ動作は打撃の動きに紛れ、いつ脱いでいるのかも判別できません。

どの技も、動きはよどみなく、一つ一つの打撃が恐ろしいキレを持っています。
攻めに転じながら、決して守りは疎かになっていない。

戦う父の姿は、かつてと同じ、いや、それ以上に、輝いているように見えました。
それでもかのこは、やはり、この流派が嫌いだと思いました。
いや、だからこそ、かのこはこの流派が嫌いだと思いました。

バサリ。防具を外し終え、父は装束の上着を脱ぎ捨てました。
細身ではありますが、鍛えられた格闘家としての肉体が露わにまります。

父の動きは、ここに来てさらに加速しました。
かのこの対応速度を超え、その腹部に、右の拳が叩きこまれました。

かのこは、先ほどのやり取りを思い出していました。
(稽古をつけるって言ったけど、父さん。)
(……私はもう、父さんより強いんだよ。)

「ヘビィメモリーズ」
かのこは小さく、自分の能力名をつぶやきました。

父が目を見開きます。かのこは既に脱衣していました。
かのこを捕らえたと思った拳は、芯をズラされ、脱いだ装束に巻き込まれていました。

そのままかのこは踏み込み、巴投げの要領で父を空中へと投げ出しました。
不味い、父は防御の姿勢を取ろうとしましたが、それはかないませんでした。

ヘビィメモリーズのもう一つの強み、柔性と重量の両立。
100倍の重さになった装束が、父の両手を巻き込み、封じています。

初里流の技で編まれた装束は、破ることもできません。
無防備な父の体を、かのこの蹴りが捕らえました。

◆◆◆

5.

かのこは、この流派が好きでした。
正確には、かっこいい父さんがつかう、この流派が好きでした。

だから、父さんが、かのこに才能があると言ってくれた時には、とてもとても嬉しかったのです。
それからかのこは、初里流を継ぐために、とても沢山練習しました。

沢山沢山練習して、沢山沢山戦って、そして、父さんよりも強くなった時。彼女は気づいたのです。
自分がどれだけ強くて、どれだけ才能にあふれているかに。

そして、恐ろしくなったのです。自分がこの流派を継ぐ事が。

武術の流派は、何のために続いていくのか。時代を経て研鑽を積むことで、より強い流派になること。
最終的には、最も強い、最強の流派になること。それこそが、流派が続いていく理由です。

そう考えた時、かのこは、あまりにも強すぎたのです。
後にも先にもきっと、これほどの才能は出てこないだろう、と思えてしまうほどに。

もしもかのこが最強になれなければ、きっと、「初里流は最強にはなれない」と、証明できてしまうほどに。
服を脱ぐほど強くなる、そんなふざけた理論を信じて、愚直に研鑽を積み上げてきた過去の人達を……
そう、あのかっこ良かった父の努力も、無意味だったと証明することになってしまうと。
そう気づいてしまったのです。

もしももっとまともな流派なら、きっとかのこは、最強になれると信じれたでしょう。
でも、初里流はそれができないような、ふざけた流派でした。
だからかのこは初里流が嫌いで、でも、初里流のことが大好きでした。

だから、かのこは継がないことを決めました。
無意味だったとわかるくらいなら、わからないままのほうが良い。

たとえ、戦うのがどれだけ好きでも。どれだけ自分が強くても。
それが、かのこの出した結論でした。

◆◆◆

6.

「ぐはっ……!やはり強いな、かのこ……お前こそ初里流を継ぐに相応しい……フフフ……」
蹴りを喰らい、倒れたまま父が言います。負けたのにもかかわらず、その声はとても嬉しそうです。

かのこはそれを見て、あくまで冷静に答えます。
「何度も言ってるけどさ。私は絶対に、この流派を継がないから。」

父は苦しそうに起き上がり、上裸のまま、かのこに問いました。
「そう言うな。……なあ、かのこよ。流派というのは、なぜ、次の人間に継いでいくのだと思う?」

かのこは素直に、自分の思っていることを吐き出しました。
「……それは、やっぱり、前よりも強くなっていくためでしょう。
やっぱり、武術だし。最強を目指すために、継いでいくんだと思う。」

それを聞いた父は、うむ、と頷き、続けました。
「たしかにそれも一理ある。だがな。私はそれだけではないと思う。」

父はかのこから視線を外し、その上を、道場の天井を見つめました。
「なあ。戦うのは……楽しいだろう、かのこ。」

かのこは内心頷きながら、しかし何も言いませんでした。父さんは続けます。

「私はきっと、楽しさを伝えたいから、流派というのは続いていくのだと思う。
私もそうだ。この流派にしかない、初里流にしかない、楽しさを伝えたいから、お前に技を教えたんだ。」

父さんは何かを思い出しているようでした。
きっと、小さいころのかのこのことを、思い出していたのでしょう。

「だってなあ、かのこ。ワクワクしないか?歴史が進むにつれ、人は多くの武器を作り出してきた。
剣、鎧、銃、今ではミサイルなんてのも在る。それを持っただけで、人は強くなれる。」

「俺達の初里流は、そういうのじゃあ無いんだ。それとは逆だ。
剣を捨てるほど、鎧を脱ぐほど強くなる。何も持ってない、ただの拳が、俺達にとっての、一番の武器なんだ。」

父さんは初里流について、子供のように、本当に楽しそうに語ります。

「それって最高に……かっこいいじゃあないか。そのかっこよさを、自分しか知らないなんて……そんなもったいないことはない!」

「誰かに伝えたいと……そう思わないか、かのこ!」

父さんは、かのこを見据えてそう言いきりました。月の光りに照らされて、その笑顔は、まるで光り輝いているように見えました。

「私は初里流が最強がどうかなんて、どうでもいいんだ。いや、どうでも良くはない。だけどそれより、
この流派がかっこ良くて、何より、この流派で戦うのが楽しいと、そう、誰かに思って欲しいんだ。」

「だが、かのこ。私じゃ、お前を楽しませることはできない。
本当に情けないが。お前が全力を出せるほど、私は強くない。だからこそ。」

「私はお前に、はかいしんと戦って欲しい。あの人が相手なら、お前は全力を出せる。なあ、かのこ。」
「負けてもいい。勝てなくてもいい。どうか、はかいしんと……全力で、戦ってはくれないか。」

頭を下げて、父はかのこに頼み込みました。
やはり、私はこの人が、この流派が好きだと、かのこちゃんは思いました。

かのこの心は、もう決まっていました。

……
午前0時。夢の戦いが、始まります。

◆◆◆

7.

ぐーすかぴー。
眠りについたはかいしんさまは、まるで夢を見ているような錯覚に襲われました。

目の前には、自分の身長の10倍ほども在る、巨大な収納箪笥がドーンと立っていました。
その横には、やはりそれと同じくらいのスケールのテレビ、
そしてカーテン、窓があり、反対側には大きなテーブルが鎮座しています。

どうやら、ここは全ての大きさが10倍になった、どこかの一戸建ての家のようです。
「うーむ、まるで夢のよう……いや、実際夢なのだが。こういう無茶なこともできるんだなあ。」

はかいしんさまは一人で勝手に、これを作った夢の力に関心しました。
「わかってはいたが……この夢を作り出している能力は、私と同じ、『神』の領域にあるのかもしれんな。
私ですら、この中ではルールに囚われかねん。」

やはり、勝たねばならんな。はかいしんはそう思い直しました。
この夢の戦いは、勝てば、好きなだけ夢を見ることができます。
つまり、はかいしんは夢を破壊し切るまで、夢の世界に居ることができます。

しかし、負けた時の悪夢は、長さに個人差が在るといいます。
それはつまり、無色の夢が自己防衛のために、はかいしんをほうりだす可能性がある、ということです。
それ故に、はかいしんさまはまず、夢の戦いに勝つことが必要……と、考えたのでした。

「……しかし、戦わずして勝てると思ったのだが……うーむ。」
そう、だからこそ無駄な戦いは避け、相手に降伏を促したのです。
ですが対戦相手のかのこちゃんは、どうやら未だ降参していない様子。

「これはかのこちゃん、戦う気になったな……。
まあ負けはしないと思うが……知り合い相手となると、少々心苦しいというか……ん?」

その時、光が遮られ、はかいしんさまの居る場所が、わずかに暗くなりました。
はかいしんが上を見ると、巨大なちゃぶだいがひっくり返され、はかいしんに向かって飛んできているところでした。

「なるほどこれは、大変そうだな。」
ずずーん。呟くはかいしんさまの声を、衝撃がかき消しました。

◆◆◆

8.

それは、はかいしんさまがまだ、はかいしんとして目覚めた直後、中学二年生の頃のお話です。

流れ込んできた力と記憶から、自分がどんな存在になったのかを理解したはかいしんは、
すぐに行動を起こし、包丁で自分の首を掻き切ろうとしました。

しかし、はかいしんのちからは強大でした。切りつけようとしたナイフのほうが、バラバラになってしまいます。

次にはかいしんは毒を飲んでみることにしました。
ですが、それも効きませんでした。体内に入った途端、毒は無害なものに分解されてしまうのです。

はかいしんは、高い高いビルの上から身を投げてみました。それでもダメでした。
はかいしんが落ちた途端、地面はスポンジのようにスカスカにはかいされ、クッションのように彼の体を受け止めました。

はかいしんさまの最初の悩み、それはどうやっても自分の力では死ねない、というものでした。

◆◆◆

9.

なので、ちゃぶ台返しを食らった今も、はかいしんさまは全く無傷で立っていました。

やがて、埃が晴れます。ちゃぶだいを投げた人、
つまりかのこちゃんの姿が見えたので、はかいしんさまは話しかけました。

「我が名ははかいしん。
あらゆる牙を、猛毒を、災厄を退け、須く破壊をもたらす者である。
……それでも我に挑むか、松羽田かのこよ。」

「はい。お父さんや友達に、色々言われて気が変わりました。すみません、はかいしんさま。」
そう答えつつ、かのこちゃんは悪びれた様子は余り見られません。服も戦闘装束に成り、やる気満々といった様子です。

「良かろう。だが、私は敵対者に容赦せん。どうなっても知らんからな……フン!」
はかいしんさまが手を掲げると、無色の破壊エネルギーがかのこちゃんに向かって飛んでいきました。

かのこちゃんは予め用意しておいた小石をぶつけ、エネルギーと相殺させます。
「ほう、我が力を防いだか。ではこれはどうかな!」

ぎゅぎゅぎゅーん。次にはかいしんは、何かをつかむような動作をしました。
すると、空中に、ヒモ状の破壊がもたらされます。

はかいしんさまが手を振るうと、まるでエネルギーが鞭のような動きで、かのこちゃんに迫りました。
しゅばばー。かのこちゃんは空気のゆらぎを頼りに、破壊を避けていきます。

さらに、バスバス。避ける合間に、特性の手甲を幾つか飛ばし、はかいしんさまに攻撃を仕掛けます。

「フン!効かん効かん!効かんぞかのこちゃん!」
しかし、手甲ははかいしんさまに届く前に破壊され、黒い塵となって宙に舞いました。

「確かにその服は頑丈だが……私を傷つける程の物ではない。
はかいしんのちからはすごいのだ。そして!今の攻撃で隙ができているぞ、かのこちゃん!」

「!」
はかいのひもを操りながら、はかいしんさまは空いた手で、破壊のエネルギーを放ちます。
攻撃の際に出来た僅かな動きの乱れを感知したのですね。

かのこちゃんは体に破壊を受け、即座に死亡……ということには、成りませんでした。

「なに!?」
なんと、かのこちゃんの装束が破壊のエネルギーを受け止め、その身を守ったのです。

はかいしんのちからもすごいのですが、初里流の磨いてきた技術も相当なもの。遠距離では出力が足りないようです。
「……!ヘビィメモリーズ!」

はかいしんさまの動揺を見逃さず、かのこちゃんは能力を発動します。しかし、服を脱いではいません。
(能力の空打ち?いや、これは……!)

訝しむはかいしんは、はっと上を見上げます。
天井では、リビングに取り付けられた電灯が、括りつけられた服の重さに耐えかね、今まさに落ちてこようとしていました。

「時間差……!ヘビィメモリーズは、時間差でも発動できるのか!」
ズズズーン。電灯が落。10倍スケールのほこりが舞い上がり、再び視界が遮られます。

もちろん、はかいしんさまは無傷です。
はかいしんさまは考えました。

(確かに破壊エネルギーを耐えることができるのは驚いた。だが、近づけば壊せないほどではない……。
家具を使っても私を倒すことができないのは、ちゃぶ台返しで理解しているはず。)

(私を倒す方法はないように見える……だが、あの目は完全に私に勝つつもりで居る。
あるのか、なにか……私を倒す策が……あるというのか、かのこちゃんよ!)

はかいしんさまは視界がない中警戒し、かのこちゃんの次の一手に備えました。
「ヘビィメモリーズ。」

そんな中、かのこちゃんが能力を使うのが聞こえてきました。

来るか、来るか!次はその装束をどう使うのだ、かのこちゃんよ!
はかいしんはより一層警戒を深くします。そして、埃が落ち、視界が晴れました。

かのこちゃんは、はかいしんの目の前にいました。
ただし、すべての服を脱いだ、一糸まとわぬ姿で。

「ホアッ!?」
はかいしんはひどく驚きました。全裸の女子高生が急に目の前に出てきたのです。そりゃ驚きます。
しかしそれ以上に、あの、非常に頑丈な装束を全て脱ぎ去ったことに、驚きが隠せませんでした。
どう考えても、あれこそが勝利の鍵だろうと思っていたからです。

そんなはかいしんを尻目に、かのこちゃんは言葉を紡ぎます。
「これが私の策です。はかいしんさま。」
そして、はかいしんさまの目の前で拳を握り、名乗りを上げました。
「希望崎学園二年、そして初里流拳術正当後継」
「松羽田かの子、行きます。」

はかいしんは思いました。これが策。やぶれかぶれではないのか?
否、勝つ気なのだ、この子は。はかいしんたる私に、生身で。
だが何故、どうやって?
「まさか」

戦いの最中、武器を、鎧を捨てる理由は、二つしか無い。
負けを認めた時か、もしくは、それが、『必要でない』時だ。
(技術があるのか?『はかいしんのちから』を『突破』する技術が、この世に存在するというのか?)

破壊神がその考えに至った、次の瞬間。
全力の拳が、はかいしんの顔面に突き刺さりました。

◆◆◆

10.

時は、戦いが始まる前の、松羽田家道場に遡ります。
頭を下げる父に向かって、かのこちゃんが問いました。

「……でもさ、戦うって言ったって、どうやっても勝てないと思うんだけど。
はかいしんさまだよ。近づいただけで死んじゃうじゃん。」

かのこちゃんの問は最もです。ですが父さんは、待ってましたとばかりに得意気に答えました。
「言っただろう。稽古をつけてやると。
確かにかのこ、もう私よりお前のほうが強いかもしれない。
だが、それでも教えられるものも在る。」

そう言って、父さんはかのこちゃんに、最後のレクチャーをはじめました。

「まず。魔人能力というのは、認識を人に押し付けることで世界を変える物だ……ということは知っているだろう?かのこよ。」
「まあ、なんとなくは。」
かのこちゃんは記憶を引き出し、魔人能力について説明しました。

「皆が海を赤いと思ってたら、それは本当に赤いのと同じ。
だから、赤いって言う認識を押し付ければ、本当に海は赤くなる。っていうやつでしょ?」

それを聞いて、父は満足そうにうなずきます。
「うむ、その通り。そして、神という奴らが強いのは、その点に在る。
例えば、何でも貫く矛と、何でも受け止める盾があったとしよう。」

そう言って、父さんは手を使って矛と盾を表現し、それをぽこぽことぶつけ合います。

「魔人同士なら、どちらの認識が優先されるのかは、完全に運。やってみなければわからない。」
盾が貫かれたり、矛が弾き返されたり。父さんは手を使ってそれを表現します。

「だが、神という奴らは違う。もしもこの矛か盾、どちらかを神が使っていたのなら。
……優先されるのは、神が持っているほうになる。」

今度は、盾が矛で貫かれる様子を示します。
先ほどとは違って、何度やっても壊れるのは盾のほうです。

「だからこそ、はかいしんは強い。
何でも防ぐ能力があったとしても、何でも壊すはかいしんのちからとぶつかれば、優先されるのははかいしんのちからだ。
ゆうしゃのつるぎは、いわば例外だ。ここまではいいな?」

かのこちゃんは頷きながら、しかし納得出来ない様子で訪ねます。
「わかったけど、それと私の戦いとで何の関係が?より勝てない気分になってきたぞ。」

まあ待て、慌てるな。父さんは続けます。
「たしかにな。魔人能力は認識を押し付けることで成り立っている。
神の認識は、魔人よりも優先される。魔人能力では、神の認識に勝つことはできない。
勝ち目はないように思える。だが」

父さんはピッと指を立て、かのこに言いました。
「もしも仮に、魔人能力を使わずに認識を押し付ける事ができたら、どうだ?
はかいしんに、『初里流には、私の力を超える何かが在る』と、思わせることができたら?」

得意気に話す父ですが、かのこちゃんはそれを否定します。
「いや、信じこませても、現実が変わるわけじゃないでしょ。確かに理屈は通ってると思うけど、そんなの聞いたこと無いし。」

「いいや、そうでもない。在るんだ、実例が。昔の人達は、そういった技術のことを一括りに、『魔術』と呼んでいた。」
魔術。かのこはその言葉を、希望崎学園でも聞いたことがありました。

かのこが入学する前に起こったハルマゲドン……魔人同士の抗争。そこで、魔術を使い、戦いを終結した者がいたと。
「……そういう変な魔人能力かと思っていたけど、まさかね」

「そのまさかだと、私は思っている。それと同じことをする。
……本来なら、かなり大人数の認識が必要らしいが、今回信じこませるのは、はかいしん一人でいい。
『神』の認識は、他の『魔人』の認識よりも遥かに強大だからだ。それを利用する。」

「……初里流は、脱げば脱ぐほど強くなる流派。それに。松羽田家の服は、はかいしんさまのちからに耐えることができる……」

かのこちゃんは、自分の身にまとった装束を見下ろしながら、つぶやきました。
「そうだ!その二つを利用すれば、はかいしんに信じこませることができるかもしれない!初里流だからこそ!」

「……勝てるかもしれない……はかいしんさまに、勝てるかもしれない……!」
かのこちゃんの目に、メラメラと闘志の炎が燃え上がりました。
しかし、そこでふと、かのこちゃんは疑問に思いました。

「父さん。勝てるかもしれない、っていうのはわかったけど。
なんでそんな神とか魔術とかについて詳しいの?まさか、はかいしんさまと戦うことになってから調べたんじゃないよね。」

父さんはははは、と笑ってごまかそうとしましたが、思い直して答えました。

「うん……ははは。まあ、なんだ。前から調べてたんだよ。はかいしん様に勝つ方法はないか、とね。
……いや、何、私じゃ勝てないとわかってはいたさ。かのこほど強くもないからな、私は。」

「まあ、それでも勝ちたいと思ってしまうのが、男というものなんだ。ハッハッハ!」
父さんは照れたように笑いながら、そう言いました。

◆◆◆

11.

……やった!上手く行った!
拳がはかいしんに届いたのを見て、かのこちゃんの心に達成感が広がります。
全裸を男の人に見られたことは後で思い出し、非常に恥ずかしい思いをするでしょうが、今は関係ないのです。

(このまま、けりをつける!)
そう、まだ勝負はついていません。一撃入れただけです。
油断せず、かのこちゃんは追い打ちをかけようとします。

「ぬ……ああああぁ!」
はかいしんはゆうしゃと戦った時のように、爪を伸ばし、かのこちゃんを牽制しようとします。

しかし、今のかのこちゃんは全力状態。流れるような動きで爪を掻い潜り、強烈なボディブローを繰り出します。
「ぐげぇ……!」
怯んだはかいしんに向かって、かのこちゃんは渾身の蹴りを叩き込みます。はかいしんは勢い良く吹き飛びました。

「うぐ、く……うおお……!」
かのこの父すら倒した蹴りを受けてなお、はかいしんは健在でした。
頭を抑えながら、よろよろと立ち上がります。かのこちゃんが言いました。

「はかいしんさま。もう勝負はついています、たぶん。私の勝ちです。できれば降参して欲しいんですけども。」
かのこちゃんは落ち着いた声で降伏勧告をします。
しかし、はかいしんはそれに応じるつもりはありませんでした。

「フ……!はかいしんに降伏など……笑わせる。それにまだ、勝負はついていまい。ズリャア!」
バシュン!はかいしんが力を使います。
床の一部がはかいされ、粉々になり、かのこちゃんの視界を塞ぎました。

「ダァーッ!」
はかいしんは回りこみ、死角から爪で襲いかかります。
かのこちゃんはそれを読みきり、逆にカウンターでパンチをお見舞いしました。

ですが、はかいしんも負けてばかりではありません。
それに耐え、無理やりかのこちゃんをつかみ、地面に叩きつけました。

「ヌ……オオオオオオ!」
「な、なに!?」

驚いたのはかのこちゃんです。そう、よく見るとはかいしんの体は先程よりも二回りほど大きくなっているではありませんか。
これははかいしんのちからの応用です。
爪を伸ばして攻撃することができるように、はかいしんは自分の筋肉を肥大化させ、かのこちゃんを破壊しようとしているのです。

(……でも!)
バキッ。そのままマウントを取ろうとしたはかいしんを蹴り飛ばしながら、かのこちゃんは立ち上がります。

「クァアアー!」
「ふんー!」
立ち上がりを狙ったはかいしんの拳を捌き、かのこちゃんはローキックを決めます。
ガードが下がったところでアッパーを決め、再び距離を取りました。

(それでも私のほうが、強い!)
「うりゃああー!」
既に立つのがやっとのはかいしんに、かのこちゃんはとどめを刺すため、拳を繰り出しました。

◆◆◆

12.

昔々のお話です。
中学、高校を経て、はかいしんは旅に出ることにしました。

今までのはかいしん達と同じように、世界から捨てられたものを集め、仲間を作るためです。
その御蔭で、まおうや溶岩魔神、氷の女王(バイト)、四天王(詳しく描写されない)など。

様々な部下を手に入れたはかいしんは、とやまに拠点を作りました。
それが、今のはかいしんの城です。彼はそこで、宿敵たる勇者が来るのを待ちました。

二年、三年。多くの偽勇者を追い返した後、遂に本物の勇者が現れました。
勇者さえ倒せば、世界に敵はいません。

しかし、はかいしんたちはたった一人の少女に、手も足も出ませんでした。
はかいしんは死を覚悟し、殺せと言いました。しかし、彼女は従いませんでした。

「言うたやろ?遊びに来たって。ほれ、これだけ人数いるんやし、なんでもできるで!ネオジオなんてどうや?おもろいで!」

彼女は、本気で遊びに来ただけでした。
それからです。はかいしんは事あるごとに街に駆り出され、人々と関わるようになったのは。
はかいしんにとっては、忌々しい……忘れられない思い出の一つでした。

◆◆◆

13.

「うりゃああー!ッ……!?」
異変が起こったのはその時でした。

拳を繰りだそうとした瞬間、かのこちゃんの視界がぶれ、拳は大きく空をきりました。
勢いに負けて、かのこちゃんの体が地面に倒れます。

「な、あ、あれ?」
かのこちゃんは立ち上がろうとしますが、バランスが取れず、上手く行きません。
見ると、はかいしんも息を切らして地面に倒れています……息?

「これは……空気……空気が破壊されている……?」
「……」

はかいしんさまは答えません。ですが、正しくそのとおり。
はかいしんは周りの空気、正確には酸素とかそういうのを破壊していたのです。

あと、酸素は壊れるとオゾンとかそういうのになるって本に書いてあったので、
多分体に悪い物も空気に混じっています。はかいしんのちからはすごいのです。

体を肥大化させたのは、勿論身体能力をあげるため。
しかしそれ以上に、注意を自分だけに集めるためだったのですね。

(でもはかいしんさまにはダメージが有る……先に意識を失うのは、あちらのはず……!)
空気が破壊され、徐々にかのこちゃんの意識が遠くなっていきます。

勿論、空気が破壊され苦しいのは、はかいしんも同じです。
(あちらのほうが、ダメージが有るはず……はず、なのに……なのに……。何故……!)

しかし、かのこを睨むはかいしんの眼光は、少しも曇っていませんでした。
(当たり前だ……今回ばかりは……私は……負けるわけには……いかんのだ……!)
痛みと酸欠で遠くなりそうな意識を、はかいしんは必死に保ちます。

はかいしんには、負けられない理由がありました。それは当然、ゆうしゃのことです。


別に、はかいしんさまは彼女のことが好きなわけではありません。
地の文が言うのですから、間違いありません。本当ですよ?

それでも、はかいしんさまが、彼女に救われたのは事実です。
はかいしんのちからは、その意志にかかわらず、時間がとともに強くなり、必ず世界を破壊します。

それを防ぐ方法は、勇者が破壊神を殺すことしかありません。
はかいしんは、そのことを知っています。今までの破壊神も、それを知っています。

だからこそ千年もの間、現れた破壊神は全員、『自ら望んで』勇者に殺されているのです。

ゆうしゃもまた、それを知っています。
ですが、彼女はそれを是としませんでした。

彼女は、はかいしんさまのことが好きなのです。
世界なんぞよりも、はかいしんさまのほうが大事なのです。

もちろん、勇者と破壊神の関係を覆すことはできないのでしょう。
最後には、ゆうしゃははかいしんを殺すことになるのでしょう。

それでもゆうしゃは、世界の敵として死のうとしていたはかいしんを、世界の側に戻してくれました。
皆から愛されるような存在にしてくれました。
だからこそ、はかいしんは彼女を見捨てることはしないのです。

そして何より。もしも魔人と戦ったとして、あのゆうしゃが、負けることなどあるでしょうか。
歴代の勇者全てを上回る才能と技術を持ち、
はかいしんのしろを十数秒で攻略するゆうしゃが、万全の状態で負けることなど、あるのでしょうか。

はかいしんは思うのです。ゆうしゃはずっと、誰よりも長く、はかいしんの横にいました。
そしてはかいしんのちからは、あらゆるものを破壊してしまいます。

もしかしたら、ゆうしゃの体は、戦う前からボロボロだったのではないか。
すぐに戦いを切り上げるのは、それを隠すためだったのではないだろうか、と。

そうだとしたら、自分を救った相手が、自分のせいで苦しんでいることに成ります。
たとえ、いずれ覚め、忘れられる夢だとしても。はかいしんはそのことが、何よりも許せませんでした。

(負けん)
(お前は強かった。今まで戦った勇者の誰よりもだ。だが……)
(ゆうしゃほどではない……!私は……私は絶対に、負けんぞ……!松羽田かのこよ!)

そして、静かに決着が訪れました。
「ぐ……く……。あ……。う……。……。」
「……!…………!」
先に意識を失ったのは、はかいしんではなく、松羽田かのこの方でした。

はかいしんは、自分の限界を破壊したのです。
戦闘空間が崩れ、瑞夢と悪夢への、転送が始まりました。

「……すまないな、かのこちゃん。だが……悪夢はすぐに終わる。」
「夢の戦いは、無色の夢は、この私が破壊する。」

はかいしんは、無色の夢、夢の戦い。全てを破壊するために、力を使いました。

◆◆◆

14.

「はっはっはー!たーまやー!」
ひゅー……どどどーん。

打ち上がった花火を見て、はかいしんの横に座ったゆうしゃが声を上げます。
はかいしんとゆうしゃの二人は、自宅の庭に座り、商店街の花火大会を見ていました。

夢の戦いから5年後。

あの時は大変でした。はかいしんは負けかけ、ゆうしゃの体も案じた通りボロボロ。
もうダメかと思われましたが、事情を知った商店街の皆や、松羽田家の協力もあって、ゆうしゃはすっかり元気に成り、
はかいしんのちからも、完全に制御が効くように成りました。
死の運命は避けられたのです。

それからというもの、年々派手になる花火大会を見るのが、二人の決まり事に成りました。

「はっはっは!綺麗やなー、はかいしん!」
「フン!毎年毎年、良くも飽きないな。やはり定命の者の考えることはわからん。」
「そう言いながら毎年付き合ってくれるくせにー!ウリウリー!」
「やめろ!突くな!馴れ馴れしいぞ貴様!」

ひゅーん、どどーん。はかいしんがゆうしゃに気を取られている間に、特大の花火が上がりました。
「ああー!ほら!貴様のせいで!今の大きいのを見逃したではないかー!」

花火を見逃し、かいしんはぷんぷん怒ります。それを見て、ゆうしゃはけらけらと笑いました。
「ええ~?いいやろ来年も見れるんやから~。不死者なんやから、わいらと違うこと考えてな~。」

「ググググググ……これだからゆうしゃは……グググ……」
「ほら、次が上がるで!たーまやー!」

ぴゅ~~~~……!ぱらららら~……
空に上った光が、小さく成って、空に散らばっていきます。

ゆうしゃがそれを見て、また、嬉しそうに声を上げました。
「いやー、ほんまきれいやなー。いくら見ても飽きんわ。な、はかいしん。」

「フッ。そうだな。認めてやろう。綺麗じゃないか。本当に、な。」
はかいしんはそんなゆうしゃを、悲しそうな目で見ていました。

「本当に……綺麗な夢じゃないか。望んだ通りの。」
はかいしんはそのまま、横にいた勇者の肩を抱き寄せました。

「おわっ!ちょ!はかいしん!?どうしたん急に!」
突然のことに、ゆうしゃが赤くなり、うろたえます。はかいしんは続けました。

「だが、何か違うんだよな。多分、私は私の望み通りにならない奴が好きだったのだろう。
全く!自分の望み通りにならないのが望みとは、本当に面倒な男だな、私は。」

「はかいしん、何言っとるんや?ちょっと、あの、急にこんな、困るで……」
ゆうしゃはしおしおと小さくなります。

これからすることを思うと、はかいしんは胸が張り裂けそうでした。
しかし、はかいしんはやらねばならないことがあります。このまま夢を見続ける事はできません。

そして何より。
「すまないな。夢ならもう、随分前に叶えてもらったよ。」
「はかいし……!?」

躊躇う心を破壊し、はかいしんは力を使いました。
一瞬だけ怯えた表情を見せ、ゆうしゃは黒い塵になって消え去りました。

ゆうしゃだけではありません。先程まで座っていた縁側や、その下の地面、見えていた町並み、
空に広がる星々の光。全てが真っ黒な塵になって破壊されて行きます。

全力で力を開放し、宙に浮かびながら、はかいしんは言いました。
「この夢に救われるものも居るのだろう。この夢を、必要とする物も居るのだろう。」

「……もしかしたら、私もそうなのかもしれぬ。だが、だとしても……破壊させてもらう。
野球に誘われた礼を、まだしていないからな。」

空間にヒビが入り、瑞夢と悪夢、そして夢の戦い、全ての境界が破壊され、夢の世界すべてが混ざり合っていきます。

その時、異変が起きました。
はかいの残滓の黒い灰が、渦を巻いて集まり始めたのです。

黒い灰は巨大な腕を形作り、はかいしんをにぎりつぶそうとします。
はかいされんとする、夢の世界最後の抵抗でした。

「お前も消えたくはない……か。だが、すまんな。
どれほど美しくとも、夢は必ず覚めるものなのだ。そしてわたしははかいしんだ。」

その腕がはかいしんを握りつぶす直前。はかいしんは巨大な腕に向かって右腕を掲げました。
「ゆうしゃいがいに、私を倒せるものはいないのだ。
……さっきは危なかったがな。さらばだ!夢の戦いよ!」

はかいしんのからだから、白い光が発せられました。
その光は黒い腕を、世界をうめつくす黒を、全て破壊していきます。
やがて光がは、はかいしんの視界、全てを塗りつぶし、そして……。

◆◆◆

15.

「マグロ……マグロ漬け丼がぁ~……!……ハッ!」
柔らかいベッドの上で、ゆうしゃは目を覚ましました。
今までひどい夢を見ていたような気はしますが、全く思い出せません。

「う~んなんや目覚め悪いなー……。そもそもこんなベッドうちにあったけ?……ん?おわっ!?」
目をこすりながら、顔を上げると、そこにははかいしんが立っていました。

「目覚めたか、ゆうしゃよ。」
そのゆうしゃに向かって、はかいしんはゆうしゃのけんを投げました。

「うわっち!は、はかいしん!あ、そや!今日は遊園地に行く日やん!
……もしかして、うち寝過ごしたん?うわー!やらかしたぁー!ほんまごめん!ジュースおごるから許してや!」
ゆうしゃは剣をなんとか受け取り、大事なことを思い出して、すぐさま土下座しました。

はかいしんはそれを鼻で笑い、
「遊園地などどうでもいい。それよりも剣をとれ。今日こそ、決着を着けるぞ。ゆうしゃよ。」
と言いました。

「なんや、急に。しかもそっちから言い出すなんて珍しいやんけ。
うし、じゃあそっちが負けたら、うちが寝過ごしたのはちゃらな!」
「……」

お気楽そうに言うゆうしゃに対し、はかいしんは深刻そうな顔をしています。
流石に様子がおかしいと思ったのか、ゆうしゃの顔がすこし曇りました。

「いいや、ゆうしゃよ。今回はそうは行かない。どちらかが死ぬまで戦うつもりだ。」
「は?急に何言っとんねん!頭でも打ったかいな!張ったおすではかいしん!」
怒るゆうしゃにたいして、はかいしんはあくまで冷静です。

「できるかな、今のお前に。知っているぞ、私に隠してはいるが、貴様の体は既にボロボロだ。
フン。いつまでも、私の側になど居るからだ。愚かな女よ。」
「な……!」

図星を突かれ、ゆうしゃの言葉が止まります。はかいしんは続けます。
「はかいしんとゆうしゃが仲良しこよしなど、所詮夢物語にすぎん。
そして、夢はいつかは覚めるのだ、ゆうしゃよ。今が目覚めるときなのだ。」
言葉を紡ぐはかいしんの表情は、笑っていながらも、どこか悲しげでした。

「いいか、もしも私が生き残ることがあったら、私は世界を滅ぼすぞ。
私ごとな。もしもお前が負けても、そうだ。私は本気だ。ゆうしゃよ、覚悟しておくことだ。」

言い切り、はかいしんは部屋を後にしました。ゆうしゃは何も言うことができず、はかいしんの背中を見送りました。

こうして、はかいしんとゆうしゃの、最後の戦いが始まりました。
結論から言うと、世界が滅びることはありませんでした。
遊園地のパンフレットは、ついぞ使われることはありませんでした。

◆◆◆

16.

びゅおうびゅおうびゅおーう。
風が吹き荒れる、雨の日のこと。
高いビルの上に、一人の少年が立っています。

少年の手の中には、半ばほどから折れた、一本のナイフが握られています。
少年が手を握ると、ナイフは黒い塵になって宙に舞いました。

それを見届け、少年はビルから、何もない空中に足を踏み出そうとしました。
その時です。後ろの方から、少年に向かって誰かが話しかけてきました。

「おーい!そこの!そう!お空にお散歩しようとしてる、そこの君や!」
「それ、無駄やから!近隣住民の迷惑になるだけやから!やめとき!」

少年は声の方を振り向きました。
そこには、見たことのない、けれど、とても懐かしい顔がありました。彼女は言いました。
「なんや、呆けた顔して!……ったく、ホンマ大変やったんやで?
あの後立ち直るのも、不老不死にになるのも、あんたを探し当てるのも!もうちょっといい顔してほしいなあ。」

女性は少年に歩む寄りながら続けます。
「まあ、もしかしたら、何言われてるかわからへんかもしれんけど、ちょっと付き合ってや。
……何十年も待ったんや、それくらい許されるやろ。」

女性は少年の横に来ると、馴れ馴れしく肩を組みます。
「ったく、覚めない夢はないとか、偉そうなこと言いおってなあ。このアホ、私に言わせてもらえばなあ。」
文句を言いながらも、彼女の顔は、とても嬉しそうでした。

「この私に、叶えられない夢なんて無いねん。」

ゆうしゃはごそごそと鞄をあさり、一枚の紙を取り出しました。
それは、100年近く前に無くなった遊園地の……やたらと書き込みの多いパンフレットでした。

少年はそれを見て、思わずつぶやきました。
「まったく、お前は……本当に勝手な女だな。ゆうしゃよ。」
ゆうしゃはそれを聞き、嬉しそうに言いました。
「今度はそっちの遅刻やで。なあ、はかいしん。」

「遊園地、行こうや。」

はかいしん本戦SS『遊園地に行こう!その2』
おわり。
最終更新:2016年05月02日 20:34