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ここは千年の都「平安京」。千代(ちよ、せんだい)を経て人類が地球から銀河系へ版図を広げてなお、日本人の心の中に存在を占め続ける心の揺り籠である。たとえ夢の中にしか有り得ないとしても確かに息づき、平安貴族は今日も変わらず歌い続けている。
蟹衣(かにころも)――」
「やぁっ!」

向かい合う二人の平安貴族、その表現はここが平安京という前提をおいて必然と捉えるべき事象といえる。
だが、御所の内、帝が身を休ませる清涼院夜御殿にいと近いこの場所にて誰が平然としてあろうか。ゆえに一人は皇族に連なる女王、またの名を正一位摂政宮「口舌院焚書」ということはすなわち必定。

今一人が歌留多の世界に名を留める女王(クイーン)、正三位大宰帥(だざいのそち)「口舌院五六八」であっても驚きはすまい。
当初清涼院に昇らせるために従五位下筑前守を打診したのだが、共に贈った歌が悪かったらしい。詳しくはこの下の句を吟じいただきたい。
「報いを待てや 伊呂波筑前」と。

上の句は由あって伝わっていないが、歴史家はあまりにも直截的過ぎて後の世に残すことを憚られたと推測する。
それが己の手足の長さを猿のようだと気にする親戚へさる太閤に向けられた憎悪の歌から本歌取りして作った短歌であるとするならば、あまりにもはしたなく貴人のなすべき行いとは思えないと。

正三位大宰帥と言えば、殿上人を越えて公卿の内に入れられるほどの高位高官である。実朝や信長の例に倣えば、このことを物を知らぬ山猿に高みに昇らせて自滅を待つ、いささか回りくどい呪殺ということで「位打ち」といった。
いささか勘違いされがちだが、都落ちした道真公を連想するのも十分である。

さて――外野の勘違いを糺すのも翻訳者の務めである。 そもそも口舌院と言えば俗に詐欺師の家系として有名であるが、高位公家「清家家」のひとつ「花山院」は花山天皇の御所を由来としたという。このことからわかる通り並行世界、様々な≪系≫の宇宙を見回してみれば名族としての口舌院家は存在する。

いっこくらい平安時代口舌帝が即位した宇宙があってもいいはずである。
とあれ、銀河規模の詐欺師である口舌院焚書がこのようなところでイメージ戦略をとちるはずもない。焚書は育ちがいい詐欺師である。本性が陰険だとしても自称知識人共に回りくどく悟らせるような真似はしない。真実はひどく単純。

はじまりは、焚書が皇位を取ったろうと決意した時直面した問題、頼るべき一族の少なさであった。足りないならよそから持ってくればいい、そう判断した焚書はかつて父が母を詠んだ時のように口舌院を召喚することにした。
そうして拉致って来た五六八の何気ない一言がすべてを変えた。

「ち、わーったよ、貧乳」
「ひ……、ん、new――?」
当時からしてちびっこであった焚書にとって、当時(三年前)からして巨乳であった五六八の一言は思わず世界観の違う外来語を使わせるほどの青天の霹靂であった。無意識のうちに五六八の胸元を視界から外していた焚書は魂で叫んだという。

「うるせぇえぇえええええええ! このア、オゲザルRHプラスマイナスゼロがぁぁあああああああああああ!!!」
胸元を見て絶望して視線を落とし、目に入った両手の青い光を見て出来合いの罵倒を叫ぶ。美少女に生まれてこの方十四年間好き勝手生きてきた口舌院焚書にとってはじめての挫折であった。

そして平城京は大火に包まれた――!
「お、やんのかコラ」
即座に臨戦態勢に入った五六八と焚書の戦いは一昼夜にも及んだッ! 戦いは夢の平城京を破壊し尽くし、帝に遷都を決断させたという。
ちなみに先の官位のくだりはこの時のケンカを断片的に知った侍従の作り話というのが焚書の見解である。

真実があまりにもみっともなさすぎたので、これを是とされたのである。
ところで、この惨劇は五六八と焚書のキャラが存外に近すぎたというのが原因であろう。つまり戦いは同じレベルでしか発生しない――。
話がいささか脱線しすぎたようだ。問題を蟹の句に戻そう。

ダンゲロスSSドリームマッチ 口舌院焚書エピローグSS
シリーズ番外編『即興花人 蟹の句』


俗に畳の上の殺し合いと称されるエキストリーム競技カルタはよく混ぜた百枚の札から互いに二十五枚ずつ無作為に抜き出して互いの体の前面に貼り付け、読み手が読み上げるカルタをできるだけ素早く取り合う格闘技である。
口舌院の乙女二人は競技人口二〇億人を越える銀河で有数のカルターであった。

そもそも詐欺師の家系である口舌院は「騙る」。
音が似通ったカルタに通じていて何の不自然があるだろうか。銀河系かるたクイーン、口舌院五六八は完全熟達者を母に持つ口舌院焚書をねじ伏せ、幾度も頂点に立つ。
五〇音を統べ、すべての攻撃を無効化する名前の支配者が光熱の炎帝を降した。

音が光の速度を上回る。それは物理法則では、理系の宇宙ではありうべからざることであり――、前世紀、紙の物語にあった劇的さである。
快音は同時――!
大山札を狙い、互いの頬は平手で打たれた。

「蟹衣 脱いで泡手(あわて)に みなしけるかな すべる指先 織る歴史なる」
蟹衣を脱いで慌てたところも見届けましょう 指先は滑っても君は歴史を織るのだろう。
とある蟹の姫を歌ったこの歌は彼女の人となりを示したものと言われています。
そして、対となるのが次の歌。

「蟹衣 袖を挟みに もちかへて 縁を刻むか 蓮月(れんげつ)のよに」
蟹衣から袖を出すより鋏に持ち替えると言うのはその縁を刻むためなのでしょうか、まるで蓮月のように容貌を変えて。
※太田垣蓮月:江戸~明治初期の歌人。絶世の美人としても知られたが、言い寄る男を嫌って姿を変えたという

織り手となるか鋏み手となるか、決めるのは「かにころも」に続く六音目。
読み手の夢幸みことが続けた唇の動きは縦に続く、したたかに打たれたは互いに同じ。腕に纏う青い炎はもちろん五六八、負けじと焚書も赤い炎で着火した。
二人は同じく攻めがるた。どうとも揺るがぬ長身に倒れこむ矮躯に。

果たして、互いの陣に一枚ずつという運命戦を制したのは――。
それは唇を噤んだ焚書が何よりも雄弁に語ってくれた。
「「ありがとうございました」」
たっての死合いも戦い終われば日本人固有の所作で仕舞となる。美しい所作で深々と礼を下げ、それから。
「キィー! 悔しいぃー!」
叫んだ。

おうや、これから全銀河を統べようというのに雑魚っぽいと思われた読者諸姉諸兄のご感想も正しかろう。
ただ、これも気の置けない親戚付き合いと言うのだからご容赦いただきたい。
「それじゃ、例のものを渡してもらおーかい」
無傷で終わらないは常のことだが今回ばかりは賭けカルタであったのだ。

懐痛むが仕方がない。渋々『口舌院百人一首』を文箱から取り出し、手渡す。
「ひいふうみいよお……ちっ、なんだしけてんなあ。まあいいや」
何が不満なのか、カツアゲするような台詞を吐いてこの輩は……。
今更ながらこいつを休日限定とはいえ、召喚することにした自分を殴りたいと焚書は思った。

「よっし、次は花カルタな?」
また巻き上げる気かと焚書は呆れつつ、今日は別の話をするつもりで呼び立てたと文句を言った。この間殺されかけたことは積極的に忘却しつつ、空気を詠むつもりがないのは両人ともに同じことなのだからお互い様である。
ちな振袖は江戸時代から出現した装束である。

京童どもに囀られまいかと、心配する繊細さとは焚書も無縁の身だが、付き合いで同じ格好をするに至ったのは先方の賭け札に口舌院家所縁の袖扇を所望した引き換えと言っていい。
正味断られると思っていたのだが、一瞬だけ真剣味のある顔をした後に「いいぜ」と了承したのは意図あってのことだろうか?

「次の“言葉”選びは慎重にしなければいけないので私も口に出させていただくわ五六八さん? よくぞこの焚書様に打ち勝ったわね、私を殺す権利はあげないけど褒美に言論を好きにしていいわ」
「いらねーよあんなオッサン、うるせーだけだし」
即答だった。うるさいのは認めよう。

むくつけき女子高生と推定年齢三桁のオッサン、悪くないと思ったのになあ。
……と、半ば本気で考えつつ焚書はくじ運のなさを思い知るのだった。
「福岡、熊本、佐世保、那覇……、九州一帯の軍は既に取り込んであるわ」
「その分、東が薄いんじゃねえの? 千僧だけで抑えが効けばいいんだけどよ」

軍の駐屯地・基地をまるでコマに見立てた軽薄さ、これがクーデター前夜の会話というもの……、いや既に銀河≪日本≫全域に分散した省庁の取り合いがはじまっている以上、姉と弟の銀河帝国と延べては人類の命運を賭けた皇位の取り合いになるだろう。
大規模な内戦に発展することは避けられなかった。

「それは大丈夫。千――」
その時である!
「何が女王だ! てめェらはここで死ぬんだよ……! 俺という真の女王の礎となってなァーーー!!!」
ここに来るまでに地を掘り進んできたのか、渡殿を駆ける勢いのまま蔀を蹴り倒す! 平安京揺るがす異形の姿ここにあり!
意外! それは蟹ちゃん!

説明しよう! 蟹ちゃんとは夜に夜に大内裏から羅生門を結ぶ朱雀大路に現れては百鬼夜行におののく平安貴族を脅かすもののけ姫であった……!
そのなり……姿は世界観をまるきり無視した空気嫁、両の腕は推して知るに蟹のごとく、実のところは機械の腕なのだが殿上人はもとより京雀もその名を知らぬ。

時代を先取りしすぎたサイバネ少女はさしずめ南北朝における無足御家人、かぶきにかぶきたる悪党のごとし。
「てめえらに怨みは特に……あるが、死んでもらうぜ! イヤー!」
蟹ちゃんこと二〇禾予、その読みをはじめて知った時、口舌院焚書は≪よめない≫と割と本気で落ち込んだという。

(たぶん)筋電と不思議ぱわー、サイバネ火遁によって少女の生身を超越せし攻撃力! 信頼とあんしんのハサミ☆コウゲキが銀河の皇女、口舌院焚書へと襲い掛かるッ!
一仕事を終えてすやりすやすや、寝息を立てる読み手様、にやにやにやりのチェシャ猫笑い、五六八も巻き込む火遁放射だッ!

巻き込まれれば常人ならば消し炭は必至、しかし!
≪よんでいたッ!≫
文字を表す焚書の紙色の髪、それに浮かんだ文字を読んだ頃に終わる!
先ほどまでカルタを遊んでいた足元、畳をひっぺ返すや一行の盾とした!
「ハッッ! 遅い遅い遅い! 私の炎がそんなもんで防げるもんかよォーーー!!!」

炎を纏いながらの突貫は周囲一帯へ類焼をまき散らすかに座流星群の如く!
蟹ちゃんは光の矢となった――!
迎え撃つはあまりにも頼りない畳紙……、紙?
それは人をひとり隠すには十全と言える大きさの仕込みカルタだ!
口舌院焚書の魔人能力『紙は死んだ -歌氏〇〇〇二-』、その効果は単純だ。

彼女は紙――と呼称される繊維の集合体にとある年から起算してX年=X億度までの熱、光子を完全に遮断する特性を付与する。
物理法則に従っている限りはほぼ突破不可能という最強の防御能力のひとつである。
焚書は身を守る都合上、千億度以上は確実に確保する。今は文字通り紙の防御と言える、が。

残念ながら蟹ちゃんの光はそれを突破するにいささか足りなかったようだ。
すべての光を拒絶するモノリスが蟹ちゃんの眼前へ、そのままぶん……殴るッ!
「グワーッ!?」
かつてヒトザルを人なりしめたモノリスを人たる焚書が手にした。プロメーテウスの火を手にして、紙に物を刻む術を覚えた人類。

黒い板と化したカルタを見て、焚書は紙は死んだと思った。それがすべてのはじまり。
だが、今なら別の言葉が湧くだろう。
たとえば。
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
「イヤ―ッ!」
「グワーッ!?」
アンブッシュを防いだ焚書に続いて任せておけと攻撃18(※武芸持ち)が襲い掛かる。

評価点数1300。誰もが貯まるまいと思っていた点数を乗り越えてなお、神は彼女に出番(スタメン)を与えなかった。忘年会では自ら爆発したこともあった、そんな屈従の日々も今……終わる。
「イイイ、イヤー!!!」
「アババババー!? サヨナラ!」
蟹ちゃんは爆発四散! インガオホー!

青い稲妻に打ち抜かれた蟹ちゃんを見てツァラトゥストラ=焚書は呟いた。
「蟹は死んだ。私たちはみな蟹の殺害者なのだと」
蟹という究極の鍋の具材を自らの手で貶めたとき、人は寄りかかるべき寄せ鍋の支柱を見失ってしまった。これからは己の鍋に向ける信念だけを胸に作っていくしかないのだと。

眠れる神「夢幸みこと」、口舌院の暴れっ子「口舌院五六八」。
銀河帝国の皇女「口舌院焚書」。この三者は生まれた世界も違えば、生き方も死に方も違う。だが、思いはひとつ。三人は――。



‐STAFF ROLL-

蟹ちゃんの消滅によって甲殻類は失われているが自由が残った
無論蟹ちゃんを求める自由もある
我らを縛るものはもう何もない
さあ、行こう。何者の支配も無くなった世界へ……

主演:――
蟹ちゃん「死んでなーいッ!」

焚書「チッ……」



「千葉県、彼女が関八州の抑えになってくれるわ。練馬、相馬ヶ原、横須賀……近隣の師団や艦隊を動かす素振りを見せたら『時震』でも起こす素振りをみせるように言いつけてある」
四十七都道府県、技術的な説明は省くとして姿かたちは変われど、ここ宇宙暦において変わらず存在し続ける本質的なにか。

彼女が、焚書が治めるべき臣民は未知を塗りつぶし、夢を見る余地がなくなってしまった現実に飽きて、絶望して、その大半が夢の中に逃げ込んだ。
そのことを、ひどく腹立たしいと思った。予知の力が詰まった「パンドラの箱(A.I)」を開けてしまったというならそれを上回るだけの現実で殴るだけだ。

シンギュラリティはとうの昔、置き去りにされた人類。
だが、焚書はそこで思いついた。生みの親を置き去りにして進んでいく子ども(人工知能)はなにを思うのか、一通り憎んだ後だがふと考えてみた。
自分は懸命に走っているのに、遥か後方で足を止めてしまった老親を見ると切なくなってしまうのだ。

「千葉県……、話には聞いてたけど意味わかんねーよな」
同い年の暴力女に同感だ。だが、この意味不明さこそが老いかける人類に必要なものとなる。勝手に人類の可能性を見限るな。
人工知能、人工探偵と人類の間に線引きなどするな。
共に歩めばいいし、なんなら背乗りしてもいい。

≪人間は考える葦である≫
二足歩行をはじめた時から人類史ははじまったと言える。その足を止めるな。
そして、人ならぬ千葉県が人と共に歩もうというのなら私は諸手を挙げて歓迎しよう。この世にあるすべてのものが人と共に歩めばいい。
それこそ触手だろうと、アキカンだろうと、ここにないもの。

「有職故実の観点から先例に当たって女子高――というものを作ってみたの。いろはのすけはそれなんだっけ?」
「千葉県は女子高生の夢を見るか? ってでも言えばいいのかぁ。酔狂すぎるだろ、てめぇ」
千葉県から住民を強制疎開させ、“女子高生”に改造――正確には覚醒させて己の手駒にする。

そんな恐るべき計画が完遂されつつあったのだが、それはひとまず脇に置いておこう。
「よいしょ、よいしょ」
いい加減に先の騒ぎを聞きつけた後涼殿の方から女官が飛んできそうな頃合いであったが、それとは別に、この性格の悪い親戚は手伝ってくれそうにない。焚書はひとりでサイバネがクソ重たい蟹ちゃんを簀巻きにする。

謎のサイバネ少女“蟹ちゃん”、彼女はその見かけや言動によらず『殺さない、殺させない、殺されない』の境地にある実によく出来た御人である。
ゆえに先の爆発四散の後、生還していても何ら不思議な点などないのだ。
しかし、再び暴れ出されても困るので黒い紙でくるくる巻きにされる。

「うーん、おいしそう」
蟹ちゃんは海苔巻きと化した。カワイイ。
体と紙巻の間に挟む酢飯を幻視するくらいにやたら似合っていた。どうしよう。
おかず代わりに食堂に置いておけばご飯三杯くらいはいけるかもしれない。そんな下らない事を焚書が考えていると、元気を取り戻した蟹ちゃんが暴れだす。

「この、てめっ。この……、あの人は、返してもらうぜ……ッ」
もがく蟹ちゃん。チョキはパーより強し! といってもハサミの動きを封じられてはどうにもならぬ。
≪その海苔代の紙ちゃんは利尻産です。蟹ちゃん、諦めては?≫
「利尻なら昆布じゃねぇの?」
いろははツッコミを入れる。

「いろはッピは黙ってて」
「なんだよ、そのッピって?」
「私、タガメッピとメル友なの」
タガメッピこと不束箍女は平安貴族・三十六歌仙のひとり在原業平の彼女である。
詳細はダンゲロスSSDM(Set2)を参照いただきたいが、掻い摘むとドリームマッチの仕掛人、焚書の部下である。

「いや、だから誰だよ!?」
いろはッピのツッコミもごく真っ当であるが、参加者には裏でこんなつながりがあるよ、ということを読者の方にお伝えするこぼれ話に過ぎないので脱線ご容赦いただきたい。
さて蟹ちゃんといえば、未成熟な体……と言ってしまうと焚書に飛び火しそうなので地に文を留める。

黒のショートカットの少女、顔の作りはやや幼げでやや暴威ー(ボーイ―)な印象を周囲に与える。胸はぜんぜんよりちょっとある。
女子高生という文化が失われて久しい未来の宇宙ではやや奇異な制服、行動のすべてが素っ気なさより台無しな負けっぷりを演出する、それが蟹ちゃんこと二〇禾予である。

しかし、それは彼女という存在の三割以下に過ぎない。
「まさかこの夢の世界の平安京にまでやってくるとは思わなかった。流石は――というべきか。夢幸みこと、あとはあなたに任せるから目覚めてもらって」
背を向ける焚書と五六八に代わってやって来たのは鼻提灯の少女、眠れる少女神の四分の一。

彼女について語ると長くなってしまうので割愛するが、眠り続けることを義務付けられている、とだけ説明しておこう。
「蟹ちゃん。そろそろ蟹衣を脱ぐときですよ……zzz」
「またてめェか……。お婿さんとxxxxしなくていいのかァ、お嬢さん」
二人は厳密には少し違うが旧知の仲である。

四文字言葉を言われても動じないということをご理解いただきたい。
「蟹ちゃんは言っても聞かないと思ったのでこんなものを用意させていただきましたよ……zzz」
「そ、それはァーーーーー!?」
蟹ちゃんが見たものとは一体!?
ついでにこいつは寝ているのか!? お手元のフリップをどうぞ!


「おい、てめェ……」
「はい、なんでしょう……zzz」
「日和やがって……。こういうアンケートはなぁ……、最後四番に大納言先輩とか置いてボケるもんなんだよ!!!」
怒る蟹ちゃん。しかし、拘束は解けない!
果たして蟹ちゃんはアンケートの結果が出る明日まで固まり続けるのだろうか!?

――帝が病に臥せってやはるそうどす。
――かなんどすなあ。
――宮さんがおきばりるそうどすが、よおへん噂も聞きますし。
――これさかい都はどないなってないないするんでっしゃろ。
――ん、お嬢さんなっとご用どすか?
-とある京都人の会話より抜粋

あれから朝が過ぎ、昼が過ぎ、夜が過ぎた。
蟹ちゃんにとって最も長い二十四時間に付き合う夢幸みことは盆地特有の気候から蟹ちゃんを守ってやり、おさかなを口元に運んでやり――。
「! 出揃いましたね……zzz。七万人中五万人が――、蟹ちゃん……、いいえ魔技姫ラクティ☆パルプ……zzz」

茶番――出来レースと言えば、それまでなのかもしれない。
平安装束と言えば十二単が有名だが、神階に昇った夢幸みことはそれよりいささか気楽な小袿(こうちぎ)姿。襲撃者を気遣ったか、意趣の(かさね)か、表蘇芳に裏縹(はなだ)葡萄(えび)の重なる色合いがひときわ目立った。

「さながら真名板の上に乗せられた恋……zzz。あえて蟹ちゃんとお呼びしますが、科学の力では魔術は越えられませんよ……?」
ここまでお膳立てされていささか癪だが……、変身解除。黒い紙さえすり抜ける白く暖かな光は蟹ちゃんの熱く燃え盛る炎と根源を同じくするが印象は大きく異なる。

作劇上の敗北を象徴し、また配役のかませを担うことで繁栄(?)する集団「(サンシタ)家」のトップエース「二〇禾予(サンシタ・おうじょ)」。
太古の昔に地球より大いなる退避を果たし、異界にて魔法王国として存立し続ける甲殻類王国マジカニアの王女「パルピューラ・マジカニア・レガリス」。

この二人が同一人物であることを知っている者は……けっこーいる。
範囲を広げて人間界に修行に出た魔法少女としての芸名「魔技姫ラクティ☆パルプ」、世を忍ぶ仮の名 「真木(マギ)ハルコ」を加え、すべての役割、仮面、パーソナリティと触れ合える人を見ても割とありふれていたりする。

「負け癖があるのも納得ですね……zzz。名前に頓着しなさすぎなんですよ……zzz」
「おっしゃるとーりです……」
しょげる蟹ちゃん改めパルプ。すでにその装いはサイバネ少女からやたらでかいピンクポニーテールな非日常・魔法少女ルックに変貌している。前髪はぱっつんである。

みことと交わす寝息交じりの会話はなぜか煽られるより先に行っている気がしたが、焦る心持を置いてパルプは一言一句を聞き逃さない。立ち去ることをしない。
夢中で――薄雲がかかったかのように<未来視>が上手く働かないということもあるが、今はなぜかあの、口舌院焚書のことを知りたいと思った。

「殿下――口舌院焚書の真名は別にあります……zzz。口舌院姓と焚書の名はパルプに対する蟹ちゃんのようにとても大事で離れがたいものですが、それとは別に皇族としてのメタ・長い本名が……zzz」
「夢さ――夢幸さんがどうしてそれを私に?」
あの生き生きとした輝きは瞼と言う帳に隠される。

夢幸みこと、死という理不尽を背負う彼女のすべてが語られる日は遠くない。
「勝ってくださいとまでは言いません……zzz。ここは過ぎ去った未来が留まり続ける場所――、殿下にも、あなたにも長居はしてほしくないんですよ……zzz。殿下の真名は―――」
無論今でも無いのだが。近江で会おう。

感謝の言葉も尾を引いてパルプは走り出す。きっと、また会える気がしたから。
内裏の後宮を構成する七殿五舎、そのひとつ「襲芳舎」の別の名を雷鳴壺(かんなりのつぼ)、そこを発つ。カルタを叩く音は裂く音、打つ音、いたむ音。
想い人の座す場所は知っていた。決まっていた。目指すは――。

先程あれだけ騒いだからこそ、音をたくわえることがなくてよかったなんてありえない想像をしてしまう。
シンと静まり返り、まるで人気がない内裏。殿と舎、その間をつなぐ渡殿はおろか庭にさえ警護をしているはすの滝口武者たちがいない。幸運だろうか? 場違いな自分にごめんなさいをしながら走る。

それでも幾人か見えた女武者の姿に昔日の思い出を刺激され、斃れそうになったこともある。
口舌院――その本分は言の刃をして心を反らし、敵意を砕き、目的を逸する。
パルプは幸いにして敵に回すことはなかったけれど、目にする度に未来が襲い掛かる。あり得たはずの、いいえまだあり得るはずの。

紫宸殿、皇居の中心となる正殿の入り口に彼女はいた。
セーラー服は女学生の正装であるというが、こうも堂と構えていられれば立派だ。仁王立ちが銀河一、いや宇宙一似合う女「口舌院五六八」である。
彼女には背負う過去も塞がる未来も何もない。ただ暴力で粉砕するのみ。
ふっと笑い、にっと返す。

「どうよ、蟹ちゃん。王子様の起こし方はわかったかい?」
黒みがかかったの髪は両の腕に宿った青い光に照らされて、煌々と輝く。
王子様――「一一(にのまえ はじめ)」を慮ってという風情ではない。この女がまともに恋愛をすることがあったらまず第一報を入れてほしいものである。

くちづけよりも熱いもの――。
それはこれであると言いたげに拳を見せびらかすいろはに、パルプはぎゅっと唇を噛みしめる。意志の力でロッドを手放さず、キッと睨み返した。
ここで引き返したら二度と彼と会えなくなる、そう信じたのだ。蟹ちゃんの時は負けた相手、精神削りでなく単純な暴力の難敵。

激戦を予想した魔法少女は意を決して口を開く。負けたくない殻。
「口舌院さん、このラクティ☆パルプが押し通らせ――」
「あー、ダメダメ。この喧嘩は『なし』な」「てっ?」
張り詰めた風船とつぶれたシャボン玉、胸の大きさではありませんよ?
二人の戦意はあっと言う間に萎えてしまいました。

「いいぜ通んな。後は焚書のバカだけだ。あんたならやってやれねーことはないだろ」
口舌院の最終兵器こといろはは喧嘩腰から一気に弛緩させると、やる気がなさげにぴらぴらと手を振りました。行って来いということでしょう。
これにパルプは少し視線を揺らしましたが、すぐ頷くや走り出しました。

「しっかし、コンプレックスかー。おねーさんにゃわかんないねー。やたら(ダッシュ)が多かったのはかく乱のためだったのかもしれねーな」
再び背を向けたいろはの呟きを知ってか知らずか、帝の玉座――高御座へと辿り付いたパルプは言い放ちました。精いっぱい気品と優雅さと怒りと祈りを込めて。

「口舌院焚書――、いいえ今上帝『一一(にのまえ はじめ)』が一の姫『一-一(にのまえ れい) 』!
一さんは未来の正妃『パルピューラ・マジカニア・レガリス』がお迎えにあがりました! よって私の未来より早々に引き上げられよ! 異なる未来の姪姫よ!」

「千葉を 通るところで ひとこころの儘 ゆめのこころは なおも遥けき」
たとえ千の言葉を通したところで人の心があるがままであることが夢の本質というのならそれより遥に遠いというのだろう。

玉体の主は夢の主。傍らに夢の娘は寄り添っていた。夢の戦いで幾人もが問いかけた問題に歌を返す。

上下する胸郭、暖かさを感じさせる寝息、そっと閉じられた瞼。
死んでいない、死んでいないのだ。だが、夢の世界をおいてなお眠り続ける御仁が生きていると言えるだろうか?
父親の肩を掴み、なんでも書き込めそうな紙色の髪が足元にまで流れる。それは死びとに着せる経帷子を否が応にも連想させる。

≪はじめまして、おば上。≫
貴人の装束から離れた-一(れい)が階を降りる。親戚に対して、いかにも気安いという態度だ。だが、この至近距離にして文通とはいささかお固いのではないだろうか?
「その、『おば』はなんて漢字を当てるのかな、-一ちゃん?」
パルプは慎重に言葉を選ぶ。

容貌にやつれは見られるものの、輝かしき殿方は生きているのだ。
愛しの君が無色の夢に襲われたのは、つい昨日のこと。五月病の一件のように精神へ飛び込もうにも強固なプロテクトで阻まれ辿り着けない。
無意識の海を泳ぎ切ったのはやはり蟹ちゃんだった。
「一さんは返してもらいますよ……ッ!」

≪私の真名を看破するとは。教えたのはいろはかな? みことかな? まぁ、いいでしょう。≫
一歩一歩足を。袴スカートにブーツ、土足で上がるのは皇族であるならば当たり前のことだ。
≪それにしても、大人げないおば上ですこと。子から親を取り上げるとは、嫌な継母ですねえ。≫

一歩一歩袖を。膨らんだ袖からカルタを一揃え、両手に煌き、刃音を思い出させた。
≪それとも、今ここにいない寵姫であること。それが条件なのかしら?≫
一歩一歩髪を。毛先から髪が黒く染まっていく。背丈よりなお長い髪、烏よりもなお闇色でまるで銀河のように。銀河?
「ここは通しませんよ?」

『黒』、すべての光を拒絶した先にある黒い髪。人類未踏の色は恐ろしく綺麗だ。
平安貴族の美貌は髪の美しさにあるというが、そう語るには禍々しく貼り付けられたカルタが邪魔をする。口舌院焚書または一-一、紛れもない本気であった。
「押し通りますよ! ラクティ☆パルプがばっちり解決です!」

帝を見届け人とするかのように、二人が向き合った位置ではじまる。
音をはじめたのは当然-一。
「勝鬨の 名乗りを上げるに 早すぎて――」
努めて精神を集中。真白な光がパルプを包む。≪未来視≫の権能こそあれど、別世界における一一、枝分かれした未来の先の先を読むのは容易なことではない。

だからやるべきことは決まっていた。パルプは歌う。
「桜色より なお濃いしきは 恋の色――」
蟹姫(パルピューラ)紙姫(パルプ)を名乗ったのはこの日のためだと無い胸を言い張るだろう。
「竹馬の友さえ 後に蹴りだす」「後へと続く 私先駆け」
上の句を受けての下の句、後に続いたのは。

「ンアーッ!」
カルタで一日の長があったのはやはり-一である。
音に先んじてロッドから放たれた光弾は手にした舞扇に防がれ、それに遅れて残響音。初手は「要返し」、掌を扇子に見立て回転の要領で破壊する暗黒カルタ技である。
言うまでもなく両の手こそが戦闘者としての要に他ならない。

自切は許さぬ、このまま右手はもらっていこう。
扇を構成する十本の骨、内五本は折られよ――。力を込めた瞬間に懐かしい香り。
「……!」
慌て飛びしさる-一、果たして先程までいた場所には手より離れたロッドが光を刃先として突き刺さっていた。これが未来を引き寄せる力……、いや断ち切る力?

やはり魔法は科学の尺度を突破する要となりえた。熱、光子、非科学の産物は紙のフィルターを通してしまえば、後は質量のみ。
そのことを皇女は好ましく思うも今は、無理だ。
防刃、防水、防弾……、そして防火。いささか頑丈に作られた紙製の一張羅は引き千切ろうにも非力な-一を留め置く楔となる。

袖を貫かれるということ、宙に舞った光の杖に地に留め置かれるということ。偶然。
縋るようにして杖を捧げ持つパルプは続き、光弾を放ち続ける。大半は紙製の黒髪、髪洗の型に阻まれ、届かない。だけど構いやしない。
日焼けとも無縁な生身の柔肌、そこに届き叩け。叩きノックしろ。ノックダウン!

「蟹歩き 可否を通りて 神に至る」
一見有利。だが、このままでは不毛な削りあいとなると見たパルプはあえて相手の土俵に乗る。パルプの蟹の句に続いて、互いに下の句が詠まれることだろう。
勝ち、未来をつなげるのは――!
「柿をぶつけて 去る蟹合戦!」
「その先めざし 貝となるまで」

魔術の一種「短歌」、今回その媒体となるのは白紙のカルタ。
詠み手と競技者が一体となった乱取りでは、予測も制御も不可能な奇跡が飛び交うのだ。
今回、白紙の札に書き込まれたのは前者、パルプが詠んだ結句!
口舌院焚書としてなら違っても。守りの思考に及んだ一-一にあの歌は作れない。

実に直接的で真っ直ぐな歌である。
短歌によって発生した柿色の光をどかどかとぶつけられ、痛みに慣れていない皇女は王女を前に涙目になる。
起こる現象が即物的でないかと言う指摘はごもっともだが、もし望む現象を起こしたいとして、物語を紡ぐように短歌を繋げていかなければならないだろう。

同じ魔法技術という体系にあっても生物種にたとえるならばヤモっちとイリエワニくらいには離れているのだ。パルプにそこまでも要求するのは酷と言うものだろう。
とにかく、中遠距離戦を超接近して行う暴挙に、当初虚を突いたつもりで上を行かれた。肉体より精神に重きを置く戦いの天秤は大きく傾く。

ようやく袖を引き千切り着衣ポイントマイナス1。全裸を狙うほど悠長な戦いではないが、ここでも差がついた。
距離を取り直しここからが本番! と、言っても双方の呼吸は大きく乱れていた。気合を入れ直す。
「失礼します。すぅー」
「スゥーッ! ハァーッ!」
互いに精神集中を兼ねた深呼吸だ。

腰に手を当てゆっくりと伸び、歌人としては王道を歩む彼女らしい見渡し方をもって次なる戦い方への備えとする。
対してパルプは己の中に没入するように、闇から光への合一を目指すように、一見粗野に見えて完成度の高い呼吸法「チャント呼吸」をもって臨む。

実は黒髪すべてに微細に短歌が書き込まれている焚書もしくは-一。一見ただの呼吸に詠唱を織り交ぜるパルプ。同じ魔法使いとしてのシンクロがそこにあった。
「行きます! トゥインクル☆イリュージョン!」
攻め手はパルプ! 光のカーテンが彼女の周囲を包み、居場所を掴ませない。

夜の帳が下りる。目を閉じればそこにあるもの。
一一は目覚めない。夢の国に在ってさえ眠り続ける。それはどういうことか、娘たちは知っている。けれど、それは勝利の暁に告げる。
パルプは光の帳に覆い隠されてさながら白幕。対するは黒幕を垂らした皇女、合わせればまるで鯨幕のようだ。

黒髪と貼られたカルタの合わせはさながら宇宙空間に浮かぶ光輝……、それも闇色に染まる。カルタが放たれた。

暗黒カルタミサイル!
意味も意図もあり得ぬただ純粋な魔力のみに彩られた暴力の産物――三四〇度死角なしで札弾(ふだん)。さぁ、どう避ける? 隙間は作ってありますよ?

黒い凶弾がパルプに迫る!
彼女の矜持と覚悟を問う弾幕に、幻影のパルプは確りと立ち尽くす。
光は闇に塗りつぶされ雲散霧消。すわ本物のパルプは!?
朦々と薄墨が立ち込める中、彼女は上体を反らし全弾を回避していた。
「それはカルタの回避技『海老反り』……!」
またの名を海老折り。

古代ローマではブリッジ回避ともいわれている。かの国と古代日本のつながりを想起させるや否や? その考察は後に置いておこう。
あの黒い霧の中を突っ走ってきたのだ。服も顔も薄汚れ、だからこそ面白さとは無縁! 返す手で零の名をいただいた姫君は袖先から――。
「馬鹿な! カルタ切れ!?」

慌てて、周囲を見渡すと先程裂いた袖の周囲に大量のカルタが散らばっていた。
ぬかった! ホルダーの袖はそちらだったか。髪のカルタも使い切り、髪色を常の色に戻すにはいささか時間が足りない!
二択を強いた遊び心、それ自体が矜持の違いだったか。理想的なカウンター、地を蹴る足、遠くも早い。

眼前に迫る光の刃、嫌でも躱せぬ。
身をひるがえす選択肢はなく、切裂かれる姫装束。
「くっ……」
いけない! その発言は!
「甲殻類になんて負けないッ!」
「私の未来は、私が決める!」
なんとヒロインめいた発言であろうか、それは守りと攻めの一手、目指すは脱衣KOだというのか!?

その時、(パルプ)並に全くない胸元で何かが触れた。
≪私の、負けか――≫
「――!」
間に合うはずが、刃を引くパルプ。
観念をしたか、最後のカルタを掲げるように身を引いた?一。
ふたりは、もつれあうようにして転ぶとやがて、天の配剤か帝の胸元へと飛び込んでいた。

人類屈指の短歌使い、彼女が最後に取り出したのはカルタはカルタでも西洋カルタ。
俗に「ハートのクイーン」と言われている札である。
「国技館に富礼無(ふれいむ)関を勧誘しに行ったら拾った札が私の貞操を守ってくれるなんて、くっ、おすもうさんめほぼ全裸のくせにッ!」

彼女は知る由もないことだが、落とし主の名を「シャッフル山」という。
横綱相撲にしか興味のない口舌院焚書は炎魔法の使い手である富礼無関に首ったけであった。取り組み前にどこぞの異世界に旅立った彼など調べる気にもなれぬ。
よってトランプを拾ったのに絵柄が綺麗だった以上の理由はなかった。

「さながら蟹の句に()続くのは四股(しこ)の句と言うことね……いてて」
「ハートのキングが目の前にいるのにハートのクイーンを引き裂ける、わけがないでしょう……」
口舌院焚書/一-一はトランプを知らない。それが西洋カルタということでさえ、古い紙の本を漁ってようやく知ったくらいだ。

と、そんな会話を一一帝に抱きつきながら行っていたのだ。
ま、どこかの未来の妃とどこかの未来の娘がすることであるから知ったとしても彼の恋人たちは笑って許してあげて。
「ぅう……ん」
そうこうしているうちにもそろそろお目覚めのご様子。すると空間に亀裂が走りました。わかっています。

赤の王(ハートのキング)が目覚めたらこの夢は消えてしまうのだと。
「さようなら、赤の女王。あなたの未来(ゆめ)を私は見ない」
「さようなら、白の女王。あなたの(みらい)を私も見ない」
ガラガラと音を、やがて無音の内に崩れて消えていく周囲の景色。さながらこれは少女(アリス)の夢。

「「おはようございます」」
目覚めの瞬間、彼女は泣いて/笑っていた。
別れの言葉は、次の瞬間に再会の言葉になる。

「おはよう」

なんでもない、なんでもない、そのぼけっとしたねぼけの言葉を誰もが望んだろう。
無色の現実が薔薇色になるように皆が動き出していた、爆発的に!
「バカ、心配したんだから!」
「ダメですよ? 眠り過ぎは健康に悪いんですから」
「少年――、私は」
その他にも数々の声が言葉が彼へと向かう。

その言葉にパルプは加わらない。
少年と添い寝をした事実は変わらないから。“今”と違う世界、遥か未来で銀河皇帝の椅子に座った一一、その娘は私の子ではなかった。
きっとその未来に私はいなかったのだろう。
だけど、勝った。別の未来が私の未来を攫っていくことを防いだ。

「娘と会ってきたよ」
一さんはまるで天使のように屈託の無い笑顔で爆弾発言を言ってのけた。
すわ隠し子か! って普段は大変なことになるんだろうけど、今ははっしと私が立っている。ここで私の子ですなんて言ったらどうなっちゃうのかな?
ちょっぴり人の悪い笑みをしてみるよ。おっといけない。

「無色の夢、このラクティ☆パルプがばっちり解決!」
ほら決め台詞。今回はちゃんと言えたんだから! え、なにリミラヴ?
「あー、姫はん姫はん。髪になんか挟ってんで。いや、今回はホンマ難儀な事件やったなー」
リミラブはほんとうに頼りになる使い魔です。今回は出番なかったのが残念だけど。

マリンモンキー型使い魔(ファミリア)リミラヴが指差すままに空間を探るとそこに矢が刺さっていました。ぬらぬらしています。
そういえば、一さんがまた何かをはじめたんでしたっけ? 看過するのもなんですが、後ですね。
「丹塗り()
洒落ではありません。それは朱色に塗られた矢でした。

「失礼します」
後ろからひょいと矢を摘ままれました。指の持ち主は三色菫(みいろ・すみれ)、探偵さんです。頭からパンジーの花を咲かせている辺り、お花畑っぽいですが実際花屋さんをやっているとか。実際、強敵です(胸元をじろじろ見ながら)。
「ちょ、ちょっと菫さん! 手当てしないと!」

「大丈夫ですよ? えい」
思いっきり引っ張られました。探偵って生き物はこうなのかいつも遠慮がありません。
「いた」
実際、血、らしきものでべっとりと濡れたその矢はあっさりと抜けました。
タコの吸盤らしき構造でくっついていただけで尖ってはいなかったのです。

そもそも私たちマジカニア人の血液の色は青、普段は赤に擬態しているとはいえ体から離れて時間が経ってしまえば他人種の血だとわかるのです。
「やはり、姫様の矢文ですか……。皆様方、今回の事件の真犯人は銀河帝国クラスの相手です。席をお立ちください。今なら夢だと済ませることもできます」

しかし、ここに集まった女性の中で部屋を出ようとする者は一人としていませんでした。皆、黙って探偵の話を聞いています。
これには菫さんも一息つくと。
「わかりました。お話ししましょう。無色の夢の仕掛け人である皇女殿下のことを――」
一言一言選ぶように話し始めたのです。

☆★☆★☆
一方その頃、平安京なきあと「無色の夢」にて。
「平城京に続いて平安京まで壊しちゃった。また遷都ね。福原は縁起が悪いからやっぱり東京を造りましょう」
口舌院焚書は上下左右、過去現在未来、自己と環境の区分もないはずの世界、そこにしっかりとした足で立っていた。

無論、口舌院五六八と夢幸みことも一緒だ。
世界の崩壊の最中にあってしっかりと繋ぎ止めている。
「どうよファザコン。感動の再会は?」
この女に涙の跡を見られるのは屈辱以外の何ものでもないが、事実である。
平安京という名の夢の()に繋がれた一一、その生涯は実に平安だったという。

夢を維持する支え、人柱としてであったが、何一つ不自由のない生活を与えられ、花鳥風月を愛で、すべての美しい人を愛し愛された御仁であった。
予定調和のように過ぎ去る時間、つまりは過去と未来が等しく流れていることに目をつむればの話だが。故に眠りの中に心を置きながらやはり寝所に就くのだ。

そんな日々に少し倦んだ一一が戯れに詠んだ、召喚の歌。
それに呼び出されたのが口舌院焚書の母だった。
『夢中にあって 夢中となり 口開けば これが現と 信じたくなる』
誰かにとってのトゥルーエンド、パルピューラ姫が望み勝ち取ろうとしているもの、それが彼女のところに転びこんだ。

しかし、彼女は口舌院だった。
当時女子高生の彼女、結局真名は伝わっておらず「藤壺」と呼ばれている彼女は源氏物語とは違って強かだった、強かに過ぎた。
一の弟宮との間で二股をかけ、双方との間に子を儲け、金品を巻き上げると短歌の力で元の世界へ帰っていったのである。結婚詐欺であった。

後には臥せることが多くなった一皇子と、夢の世界から追放された-一(れい)。そして何より血で血を洗うこと確実とする皇位継承の火種のみが残った。
にのまえとしての姓を名乗らず、あえて口舌院を名乗る彼女が何を思うか、同じ口舌院は知っている。
「遊びは終わり」
「そういうこと」

願わくば、権謀術数に満ちた宮廷で皇族として生まれていなかったら――その「IF」を我々は知り過ぎている。けれど、焚書は夢を通して観測者になれても読者にはなれなかった。 図らずも旧暦の二十一世紀を生きる一一が、同じ名前、同じ姿、同じ魂なのに、表情だけは宇宙暦と違うことを今日知った。

-一の父である「一一」の命が尽きようとしているのを知ったのは無色の夢に一段落着いた頃合いだった。
祖父である老帝の死が迫り、水面下で進んでいた種違いの弟との次期皇位を賭けた暗闘も佳境に達した頃合いだった。
ならば、皇位をスムーズに受け継ぐために一一一一代一帝を擁立する。

帝国の有力者である平安貴族たち立会いの下、魂が衰えていく器に平行世界の同一人物の魂を降ろすことで延命を計る。儀式を終えた後は速やかにお帰りいただく。
しかし、何を思ったのか即位の儀を終えて深い眠りについた玉体を抱えて、内裏に皇女が立てこもった。これが今回の事件の顛末である。

「マザコンに続いてファザコンか。救いようがねーな」
けっけっけと悪ぶる親戚を横目に、口舌院焚書は夢幸みことをじっと見た。
彼女はどうしても目覚めてくれない。本当に私を見ているのなら目を覚ましてくれてもいいはずなのに口づけても引っぱたいても駄目だ。この物語はシンデレラではないのか。

「zzz……」
「んんん……!」
なぜあなたは眠り続けるのか、なぜ終わり続けようとするのか。
ここに楽しいものをたくさん用意したというのに、笑ってくれない。
今になって父に対する思いを知った。声をかけてくれなくてもせめて微笑んでほしいと縋っていた。だが、それも終わりだ。

「口舌院坑儒――、いいえ。ただの(サンシタ)
口舌院が本気になること、それはすなわち勝ちに価値を認めていないということ。
無論負け惜しみも十二分に入っているが、パルピューラ姫には勝ってほしいと思っていた。だが、次は違う。(にのまえ)の遊び抜きとしての本気だ。
だって。

「二が一に敵うわけがないでしょう?」
蟹ちゃんの例を引くまでもなく、それは作劇上、運命と言い換えてもいいシナリオの必然。そこに過程は必要なく、姉に敵う弟がこの世にいるはずもなく、疾くと鏖殺あるのみ。生かし戦の火種とする前に誅して人民の犠牲を最小限とするのが一としての結論だった。

その数時間後、名も無き三下として葬られた彼は歴史上より存在を抹消された。
それから一年後に登極した女帝(後に後口舌院)は忌み名の言わんとするところを全うしたという。彼女は身内にはめちゃくちゃ厳しい。
故に、頼りとする(にのまえ)の血族が他にいなかったことに心から安堵したという。

☆★☆★☆
≪――目指すは私の作る短歌とカルタの聖地『近江宮』。そこで小規模な大会を開くので一緒にいかが? 魔人がいっぱい参加していただけると私は嬉しいわ。≫
パルプに刺さった矢文は最後、そんな文面で締めくくられていた。

冒頭。
那須与一の矢が良かったか迷ったわ。一与と那須、二本の内どっちを選べばいいかなんて決まらなくて。
……などと、終始人を舐めた文をよこしたのだからこの女大したものである。

もっとも。
(一を与える矢なんて縁起物、送ってくるわけないじゃないですか……)
何人かそう思ったとか。

口舌院焚書/一-一について。
致命的な箇所は都合よくぼかし、うまくはぐらかしながら説明を終えられたのは菫の手柄と言ってよいだろう。
尤も、そこは突っ込むところではないと察してくれた女性陣の聡明さもあってのことだが。なにより招待をされても一体どこにいけばいいのやら見当もつかない。

単なるリップサービスとして受け取ったのが大半。快癒を祝し、邪魔になってはならないと次々と席を立つ。
けれど、残る者も幾人か。夢幸みことと顔を同じくする佐倉光素もその一人だった。
彼女は「口舌院焚書」と「遠藤花鶏(えんどう・あとり)」の連名で出された招待切符をしげしげ見つめていた。

そして、パルプもまた佐倉光素を見つめていた。
「似てる……」
それに応えて光素はおやなんでしょうと言いたげに振り向くとこう言いました。
「おやなんでしょう」
……と。
蟹ちゃん時のやり取りがなんとなく居心地が悪く、パルプはそそくさと離れます。
「似てるんですよねー雰囲気とか特に」

呟きながら去っていくパルプを見やって、光素はふぅと溜息をつきました。
「かなめとほづみのところにも同じチケットが来ているみたいだし、私達四人を一ヶ所に集めようとしている……? でもどうして?」
疑問は湧くばかりです。そうこうしている内に今回の探偵である菫が声をかけてきました。

「お隣……、いえ。はじめ君に聞かせるのもなんですし一旦席を外しましょうか」
雛人形の一件で二人は既に知己同士になっている。光素は是の意思を示すと庭先へと立つ。
「藤の花はお好きですか?」
「ええ、よくご存じでしたね?」
人に言った覚えはないのですが……。
「菫さんが探偵だから?」

「はい。それゆえに仮説から確証を導き出すために光素様の反応をみさせていただきます。ご不快に思われた時点で会話を打ち切っていただいて問題はございません」
菫の顔も菫の花と同じ真一文字の表情で、こちらから意図を察するのはちょっと難しそうだなと光素は思った。

「こちらから質問をしても?」
「もちろん構いません。なんなりとどうぞ」
「口舌院家に人工探偵の皆さんは肩入れなさっているんですか?」
……、これに対して三色菫は少し間を置いた。一見すると痛いところ、もしくは虚を突かれたと見えるが、枝葉を根幹と勘違いさせる手法なのかもしれない。

「殿下個人と言うことでしたら花鶏様が専従で当たっておりますよ」
口舌院全体に広げてみても、他の魔人一家。たとえば菫が責任を持つ「(にのまえ)」に乗する人数が配置されている。
そこまで告げるほど野暮ではなかったが、菫個人が一一に個人的な好意をもって当たっているということも確かだ。

三色菫は日常(コージー)派の探偵。
何気ない内から謎や心理を類推する超理解の探偵である。
光素は先の回答だけでうんうんと頷いているが、その理解もフェイクに過ぎないかもしれない。魔人能力で行間を読み取って菫と同じ仮説に辿り着いたのかもしれない。

菫は思う。
もしくは独力で結論に至ったか、回答からは定かにはありませんね……!
ただ、気付けたというのなら確実にその全貌を見ているはず。今、この場でつつくのは危険でしょう。好奇心は寝子をも殺す、と言います。
「そういえば藤壺(フジツボ)って甲殻類でしたね?」
「源氏物語ですか?」

「終生、母親の影を追い続けた光る君が皇位(好意)を掴めばどうなってしまうのでしょう?」
高麗人(こまびと)をしてこう言わしめましたね。『国の親となりて、帝王の上なき位に昇るべき相おはします人の、そなたにて見れば、乱れ憂ふることやあらむ』」

光素は源氏物語第一帖『桐壺』より即座に引用してのけた。
この御子は帝となる相であるが、やがて国の乱れの元になるとも。
「藤壺が甲殻類と言いましたね? 一一君と蟹ちゃんの間に何かが?」
興味津々の色合いでこの報道部員は聞いてくる。話をうまく躱せたのかそうでないのか、菫は歩を進めた。

「込み入った話はあちらでいたしましょうか。飲み物もありますよ。スットゥングの蜜酒などはいかがでしょう?」
これには魔人能力大好きの佐倉光素も喜び勇んでついていった。
そして、後には一君と女の子たちが残された。決戦地近江に誰がたどり着けるのか、誰がひとつの結末と対峙するのか?

何より大事なのは夢追中を真中とする一霊四魂の顛末か。
それも、また別の話で語られることになる。
では紙から電子に器を変えた紙面の上。それでも変わらぬ人の心、魂のうねりが世を賑やかし、ちょっぴりおかしくさせ、共に笑い合えることを祈るとしよう――。
『即興花人 下の句』につづく――?