禅エリアは死屍累々の惨状であり、理性あるものはない。
その死体の山で蠢く天然パーマ男が一人。
彼は遺体にメスを入れ脳みそを摘出すると無造作にポリバケツに入れる。人間なら3人は入りそうな大きなポリバケツだ。その中に脳が、脳だけが200人分はある。
サポ小僧を含む禅寺アジール全員の脳が詰められている…一人をのぞいて。
生き残った一人は、古びれた奥の間に鎮座している。
仏のシーンにおいて圧倒的カリスマを持つ空海、
その名と想い・信念・魂を受け継ぐ"三代目 J soul 空海"その人である。
天然パーマの男が、三代目空海の部屋の戸を蹴り破る。引き戸なのに。無論、いくら天然パーマとはいえ、扉は手で、そして引き戸は引くものだと理解している。それが理なのだ。しかし仕方ないのだ。彼の手は200人の想い・信念・魂を受け継いだポリバケツを抱えているのだから。散っていった仲間の想い・信念・魂をいったんおいて手で引き戸を引いてまた想い・信念・魂を抱えなおすことが出来ようか(反語)。
天然パーマとて、彼が科学教師だからとて、いつも理によって動けはしない。
今の彼は、仲間たちの想い・信念・脳を受け継ぐことで一杯なのだ。
戸を蹴破っる。室内から火災と覚えるほどの白い煙が吐き出される。
その煙を吸うと天然パーマの科学教師は、想い・信念を受け継ぎたい気持ちでいっぱいになる。
やや経つと坐禅を組む三代目空海が見え始める。彼は身じろぎひとつしない。
「なむあみなむつなみょうれねきょなむなみあむとぉーれんげきお」
うわごとのように唱えている。
「奇跡だ」
天然パーマの科学教師は拍手をした。
ゴトッぱちぱちぱち。
落としたポリバケツを抱えなおし、空海の眼前に立ち、脇にポリバケツを置く。そして
「南無、ソモサン、一休、聖徳太子、無眼!」
天然パーマは二本の指で三代目空海の目を突いた。反応はない。
「南無、ソロモン、犯人、官房長官、無耳!」
天然パーマは三代目空海の耳をポテチの袋みたくちぎった。反応はない。
「南無、ピグメント、あざらし、簡単炒飯、無鼻!」
天然パーマは三代目空海の鼻の穴に薬指と中指を挿し、拳を堅く握り、引き抜く。反応はない。
「茂木・アラベスク・ほのかに・伝々感伝・無舌!」
天然パーマは三代目空海の顎をクイと持ち上げると優しく口づけた。唇と唇が触れ合う距離を、じらすように、つつくように、からかうようにすれ違わせる。反応はない。
「悪い子だ」
天然パーマは長い舌で猫のように、三代目空海の上唇を舐める。両手で三代目空海の頭を傾けて固定し、前後上下に絡ませるように、水音を立てるように動かす。が反応はない。
両手を耳の(あった)位置でドーム状にする、口内の絡み合う音を反射させるためだ。それでも反応はない。
あまり好きではないが、茂木は、三代目空海の歯をピアニストのように強くあるいは弱く、恋人の玄関を打つ冬のように優しく、あるいは火傷のように激しく、微笑ましいほどリズミカルに舌で叩く。がそれでも反応はない。
「王子様のキスでも目覚めないなら、これしかないか」
天然パーマの科学者は両腕でもって、三代目空海を抱きかかえ、その広い額にキスをし、ポリバケツの中へ叩き込む。
「どうだ、魂を受け継ぐんだ! お前の心意気と愛を!」
が、やはり反応はない。
頭から脳の海に突き刺さった三代目空海は、あまりに弱々しい呼吸さえ、ついに止めてしまった。
……実験失敗。
一介の科学教師にして、脳という真理を追究しており、メディア露出を頼まれれば断れない面を持つ天然パーマの男・その名も、茂木箍一郎。
今回の彼の目論見はこうだ。
「実験!!確かめよう!脳死って生きてる扱いだけどそれに見合うだけ本当に魂受け継げるのかよ!ダンス踊れないじゃん!」
あらかじめ信念・想いを引き継ぎたい気持ちでいっぱいになった三代目空海を脳死させた上で無眼無鼻無耳無舌にし、代わりに200人分の脳・意志・想い・信念・魂でひたす。漬け物みたいにJ soulの旨味が染み込めば、三代目空海は再びダンスを踊れるようになる。
そのはずだった。
完璧な理論は、砂上の机でしかなかったのだ。
茂木は失われた201の意志・想い・信念・魂・脳をしのび、小さく嗚咽した。
(取り返しのつかないことをしてしまった…)
「いいんだよ」
茂木は顔を上げる。ポリバケツの中から声が聞こえた気がしたのだ。
「いいんだよ、昨日までのことは」
覗き込むポリバケツの中、ぐちゃぐちゃになった麻婆豆腐に頭を沈める空海の声が、確かに聞こえた。
「いいんだよ、昨日までのことは。今日から、空海と一緒に考えよう」
茂木は頬に伝う涙を感じなかった。ただ気付くと視界がぼやけてしまい、それを拭おうとするほど涙がどんどんどん止まらなくなるのだ。
(If I were EXILE, I could dance.)
春の日の、暖かくもあり涼しくもある清涼な風が吹いてる。
茂木はすっかり人が変わったように、自分の為すべきことを心に決めた。
意志を受け継ぐのだ。
魂をアップデートする。
快適な生活を私に約束するだろうと確信している。
茂木はポリバケツの中へ身を投げた。
人間2人と脳200。
大きめのポリバケツだが、果汁入りミックスジュース(ブドウ&ヨーグルト&空海)みたいなのが首元まで来ている。詰まっている。想いが。信念が。魂が。
匂いも、酸っぱいとか臭いとかではなく、他人の屁が指の形をして喉を掻いているかのような心持ちがする。
しかし茂木はそれを不思議と不愉快に思わなかった。
むしろ安心感を覚えた。
母の胎内にいるかのようだと思った。
母の腹を割いてハンモックにした思い出が蘇る。
優しさ……。
茂木はポリバケツの蓋を持って来て内側から閉める。ちょっとやそっとじゃ外れない特別製だ。
漬け置き茂木。
禅僧らの意志・信念・魂が五臓六腑に身に染みていく、美しい色彩を得た。
そしてヴィジョンを見る。
数々の扉が開かれ、その一つ一つには異なる太陽系がある。しかし中心には同じただ白い光の玉があり、この玉はあらゆる次元を貫き通して自分とつながっていることを確信した。
また、どんどん体が重くなり暖かくなり、地上に広がる光の熱が、植物のように自分の体へと取り込まれる感覚を得た。
また、茂木はただ誰かからひたすら愛されている感覚を持ち、また同じように自分が誰にでも愛し返せるのだという自信を持った。
時間の感覚はなく、茂木は自身の細胞のひとつひとつにまで、魂・信念・意志が受け継がれていくことを、また、困難なときや意志が弱くなったとき、迷えるときに光を通じて自身を好きにアップデートできるのだと安心した。
もう茂木には踊ることが出来たし、出来るということは、それをしていることでもあった。
ポリバケツが何度か左右に揺れた後、横倒しになった。
そうしてぐるぐると回る。
よく密閉されているためか、具がこぼれ出ることはなかった。
ポリバケツは回転を早め、血の渇いた廊下を渡る。死体の山でジャンプ。柱にぶつかって方向転換。
転がっていく先は寺の門だ。
「千足らず坂」と呼ばれる急な石階段を、茂木と空海と200の脳を詰めたポリバケツが、転げ落ちる。
脳死空海の肩を抱く茂木は、大声で歌う。
バケツ内で茂木の大音声が反響する。
時おり波打つ液状化脳を口に含みながら張り裂けんばかりに歌う。
「シェイクシェイク!ブギーな胸騒ぎ
チョーベリベリ最高ヒッピハッピシェイク
シューシュー星が流れてく
あしたからハレルヤ~
ふたりならヤレルヤ~♪」
茂木は踊っていた。踊れていたのだ。
そして確かに、ハモリさえしたのだ。