エルレカーン プロローグ

魔王城ヴァッヘル・ヴル・ヴァッハ。
頭上に浮かぶ紅い月が、その無駄にトゲトゲした威容を照らす。

テニスコートぐらいの広さがあるバルコニーからは、東京都港区の夜景を一望できる。
そこで、真夜中のお茶会がしめやかに開かれていた。
中央に置かれた大理石のテーブルに座る少女の名は、エルレカーン。

「うえっ、今日のお紅茶、変な味がする。なんというか、苦いわね……」

文句を垂れながら、脇腹のあたりから生える13本目の腕でカップに砂糖を追加する。

そう、彼女には―――腕と脚がたくさんあった。
どっちがどっちかの区別はつかない。
なんとなく手っぽいのが20本あって、なんとなく足っぽいのが60本ある。
その他にもいろいろ生えている。触手とか。

……あ、肩から上は普通の女の子なのでご安心ください。

「淹れたのは誰かしら」

エルレカーンを取り囲む100人のメイド達から、長耳黒肌のメイドが恐る恐る出てくる。
中世ファンタジー政策で有名な岩手県から上京して出稼ぎに来ているダークエルフだ。

「も、申し訳ありませんお嬢様。フレーバーが悪かったのでしょうか。
 オークの血を入れたのですけど」

「オーク!? つまり豚! 豚じゃない!! チッ……この役立たず!」

第4の腕でダークエルフをひっぱたき、8番目の腕でティーカップを投げつける!
20mある第7の腕でメイドを10人ぐらい薙ぎ払う! 八つ当たりだ!

「私が飲むのは人間の血だけでしてよ!!
 そんなもの飲んで……もし私が豚になっちゃったらどーしてくれるの!?」

背中にあるクジラめいた噴出口から豚の血入りダージリン・ティーを吐き出す!
”豚になる以前に君は何なのか”と聞きたいのは山々だが堪えよう。タブーだ。

「ですがお嬢様」

「ですがもヘチマも無いわ! 償いとして、あなたの血を捧げなさい!」

エルレカーンの体から注射器めいた謎の器官が生えてくる! コワイ!
あわれダークエルフはダークミイラにジョブチェンジしてしまうのか!?

「実を申しますとお嬢様――」

一部始終を黙って見ていた手練メイドがここで仲介に入る。

「豚の血を入れるように指示したのはご主人様でございます。私共は反対したのですが……」

「なンですって!?」

「”エルの体質は食生活が原因だ”とか訳の分からないことを突然言い出しまして。
 おそらく、どこぞの啓発本でも読まれたのでしょう。
 それで厨房に口を出してくるようになりました。メイドは無実です」

「な、な、な、ななななな」

怒りのあまり、エルレカーンの触手が血走る!

「お父様を呼びなさい、今すぐ!」

「ご主人様は就寝中ですが」

「知ったことでは! ありませんわーーーーーーッ!!」

言うが早いか! エルレカーンの全腕が1本に合体、その全長1km!
魔王城ヴァッヘル・ヴル・ヴァッハの最上階、ベッドルームに手を伸ばす!
窓ガラスをぶち破り、鉤爪付きの手はこの城の主を捕らえた!

「うおーっ! なんだなんだァ! これは夢かのォ!?
 ヒゲを引っ張って確認じゃあー! ……痛ッてェー!!」

寝巻き姿のオッサンが釣り上げられる!
都内の一等地に豪邸――というか城を構えるこの男。
彼こそは日本の政財界に深く根を張る魔人財閥「七天頂グループ」大幹部の一人!
人呼んで魔王、”傲慢”のヴァッヘル・ヴル・ヴァッハである!

「ちょっとお伺いしたいことがありましてよ。お・父・様ァーーッ!!」

対するは魔王のひとり娘、”金孔雀”エルレカーン!
幼少のころから蝶よ花よと愛でられたインボックス(箱入り)お嬢様!
かつては二つ名が示すようにそれはもう凄まじい美貌を誇っていた。 しかし!
悲劇かな父親絡みの怨恨に巻き込まれ、多腕多脚etc.のモンスター娘と化す呪いを受けた!

史上最悪の親子喧嘩ここに勃発!
この先、ダンゲロス!命の保証なし――と思われた、その時!

魔王城に襲撃者の姿!

「やれやれ、Eランクの俺には荷が重いぜ――」と剣を携えた男。

「神は言っています、我が敵を討てと――」とシスター風の女。

剣士と僧侶――勇者御一行だ。

 ◯

そして30分が経過した。
順を追って説明しよう。

まず勇者御一行を100人のメイドが迎え撃った。返り討ちにされた。
シスター風の女が聖書の一節を唱える度にダーク◯◯属のメイドが蒸発。
そして彼女の”どんな物でも防ぐ神の加護を受けた結界を張る”という魔人能力。
これを活用した攻撃によってその他のメイドは血祭りにあげられた。

この凶行に対しエルレカーンは「面白い、受けて立つ」と珍しくやる気に。
手始めに、剣を携えた男に父親を叩きつけて吹き飛ばした。

そして現在。
血塗られたバルコニーで、エルレカーンとシスター風の女が死闘を繰り広げていた。

「活きが良いわね、シスター!! 殺しがいがあるわ! えい!」

槍のように鋭い触手が獲物の心臓を貫こうと飛びかかる。
シスター風の女は、これをサイドステップで躱す。
触手に重なるように結界を展開し、これを切断した。

「キリがないですね。まるでテュポーン、もしくはヒュドラの如き不死性。
 ……致し方ありません。正直、”これ”は使いたく無かったのですが」

そう呟くとシスター風の女は自身を覆うように幾重にも結界を展開。
エルレカーンに向かって突進した。

「万策尽きて特攻――というわけね?
 いいわ、来なさい! 全力で抱きしめてあげる!」

エルレカーンの肋骨が6本の腕に変形、その先端には――鎖鋸じみた攻撃器官!
即ち、神殺しのチェーンソーだ! 神の加護だってバラバラにしてみせる!

シスター風の女は結界を盾にしながら突き進み距離を縮める!
しかし結界は1枚、2枚、3枚と割られていき、最後の1枚!

「惜しかったわね、シスター? さあミンチにしてあげ――」

「……神の御加護を」

結界を突き破り襲いかかる6本のチェーンソーを紙一重で掻い潜るシスター風の女!
エルレカーンの懐に入ると、翻る修道服の袖からなにかを取り出して――

パァン!

破裂音。

シスターの手には一丁の銃が握られていた。
中折れ式単発銃、コンテンダー。
銃身を交換することにより多様な弾薬に対応できるのが特徴である。

その銃口がゆるやかに硝煙を吐き出した。

「……それがあなたの奥の手? ちょっとびっくりしたけど、私に銃は効かな――!?」

胸を覆っていた甲殻に違和感。感覚が無い。
手で確かめる。
左胸から肩にかけて肉がごっそり抉れていた。
再生を試みる。できない。

「心臓を狙ったつもりなのですが……信心が足りず、外してしまいました。
 次で確実に息の根を止めてさしあげます」

「ぐっ、ガッ、あり、え、ない。どう、して――?」

エルレカーンは血を吐きながら訴える。伸ばしまくっていた触手が次々と萎えていく。
シスター風の女は貼り付けたような笑顔のままこう答えた。

「聖遺物をご存知ですか?」

専門用語! 能力バトル特有の豆知識の披露だ!

「奇跡を起こした人は聖人として崇められます。
 そして彼らの遺品や遺骸にはその力が宿るとされ、厳重に保管されてきました」

シスター風の女は次発装填のため、懐から銃弾を取り出す。

「あなたが出会い頭に吹き飛ばしたあの男は、生ける聖人。
 ”相手の特殊能力やキャラクター特性による超常パワーを何もかも無効化する”
 という奇跡にも等しい能力を持っているため、教会の管理下に置かれています」

コンテンダーに弾が込められる。

「この弾丸には彼の肋骨を砕いて混ぜてあります。
 ……あなたには神の御加護があったので。
 神をも殺す、ランクE(規格外)の外典武装を使わせていただきました」

「い、いったい、なに、が、目的、なの」

「”東に化物あり”――と神のお告げがありましたので。
 遠路はるばる、主に代わって、これを討ちに参りました」

「わ、わたし、が、バケモノ――?」

生まれて初めて浴びせられたこの言葉に、エルレカーンは衝撃を受けた。
中身は普通の女の子ですもの。バケモノ呼ばわりされたらそりゃ傷つく。
それに加え、彼女を取り巻く特殊な環境がより傷を深くしていた。

魔王城ヴァッヘル・ヴル・ヴァッハ。
この城に、彼女の姿を見て驚く者はいない。全身を映してしまう鏡も撤去されている。
決して伊達や酔狂で建てられたわけでは無く。
この城は、エルレカーンを外界から隔離する為の監獄城だったのだ。

「神の御加護を」

二発目の銃声が鳴り響く。
放たれた弾丸は今度こそ心臓を打ち抜いた――かと思われた。

しかし、エルレカーンは第6の腕を盾状に変化させてこれを防いだ!
だが聖遺物の弾丸は”超常パワーを何もかも無効化する”はずでは……!?

エルレカーンが呻く。

「ああ! 私が! 私で! ――――無くなるの」

先程の銃創が跡すら残さず塞がっていく。

「こんな事はありえません。手を抜いていた――とでも仰りますか?」

「……あなたの神とわたしの神。どっちが勝つのか、実験よ実験!」

バルコニーの至る所まで広がっていた触手が、メイド達の死体を取り込んでいく。
鼓動し膨張する肉の塊に取り込まれ、エルレカーンは沈んでいった。

「ジーザス! これはさすがに、想定していない……!!」

エルレカーンが居た場所に――

蠢く肉の塔が形成されていく。
爛れた肺で外気を犯し、這いずる触手が地を舐める。
闇に輝く百の目で天上の星々を睨み。
骨で組み立てられたオルガンはどこか遠い宇宙の音楽を奏でていた。

「――ふふ。 御機嫌よう、シスターさん。
 私を起こしてくれたお礼に、見せたいものがあるの」

二重人格。否。

「ねえ、あなたの神はどんな顔をしているの? もしかして、こんな顔かしら?」

”エウレカ”が顔を上げる。

そこには、この世で最も忌むべきモノがいた。
形容し難き――異界の神。
さすがのシスターも死を覚悟した、その時!

「その勝負、待ったーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

エウレカとシスター風の女は顔を見合わせる。微妙な空気が流れた。
それから一瞬間を置いて、声のした方に振り向く。

目線の先には――剣を携えた男! そして彼に肩を貸す寝巻き姿のオッサン!
聖人と魔王がなんたる体たらく。お前らやる気あるのか。ないか。そうか。

シスター風の女がコンテンダーを床に置き、両手を挙げる。
これを受けてエウレカも冒涜的海鮮丼みたいになってた触手群を引っ込め、再び眠りについた。

戦いは、終わった。

 ◯

「この若造、話してみれば案外分かる奴でなァ! ワッハッハ!」

「魔王もいろいろ大変なんだってよ。 それを聞いたらやる気なくなっちまった。
 ――え、”魔王”てのは近所の子どもが言ってるだけ? マジで?
 やれやれ、また教会の失態みたいだぜ、シスター?」

「口を慎みなさい、聖人105号。 ……でも確かに、彼からは悪い気を感じません。
 それでは教会は何故このような作戦を――?」

「その事についてだがなァ、ちょっと思い当たる節がある。
 君たち、本部教会まで私を案内してくれないかね?」

メイド達の再構築に勤しむエルレカーンを余所目に、魔王と勇者達は話を進める。
この事件をきっかけに、七天頂グループと衆聖教会の全面衝突が始まるのだがそれはまた別のお話。

再構築されたメイドは下半身が魚だったり黒目が長方形だったりするが気にするな。正気が危ない。

港区の夜景は既に消え。
バルコニーには、夜明け前の静寂が漂っていた。

 完



「夜明けはちょっと待って! 日光は苦手なのよ!」

「頑張ってくださいお嬢様。まだ半分残っておりマす」

 本当の本当に完

 ◯

『試合予告』

はーい、皆さん御機嫌よう! コズミックホラー系”転校生”、エウレカです☆
は? ブームはもう過ぎた? オワコン? よし、そこのお前放課後ルルイエな。

"無色の夢"から3日後、戦闘空間に広がっていたのは――えっちなおみせ!?
あらやだ、はしたなく触手が疼いてしまいます……え、違う?
そして突如現れた自称――神! 戦えエルレカーン! 負けるなエルレカーン!

「お願い(外宇宙の)神様、もう一度力を貸して!」(裏声)

次回、戦闘破壊学園ダンゲロスSSドリームマッチSet2!

「ネクロノミコン」

この次もダンゲロ、ダンゲロ!



※あくまで予告なので、予告なく変更あるいは中止する場合があります
最終更新:2016年03月29日 21:29