8月14日。東京臨海高速鉄道国際展示場駅から、通称ビッグサイトに続く道には、見渡す限り一面の……
ふんがーどんがーふんがーどんがー。
ドラミングをするゴリラ。管楽器を吹くゴリラ。それらが混然一体となった鼓笛隊の間抜けなリズムと共に街を行進する、生まれたままの姿のゴリラの隊列。
国際展示場駅を踏み砕き、車を投げ飛ばし、モノレールにぶら下がる。野性味あふれるゴリラの大群に、人々は恐れおののき、逃げ惑っていた。
ゴリラ軍団を率いるのは、ピンク色の長髪をツインテールに束ね、カラーガード隊のような格好をしながらメガホンを手に持つ少女。
ゆとりのある服でも隠し切れない、ゴリラ級ポテンシャルの豊かな胸を携えた彼女は、悲鳴を上げる聴衆に、輝かんばかりの愛くるしい笑顔を向けていた。
妃芽薗学園OGにして、第伍剣道部……通称ゴリ剣の元部長芳原梨子は、満面の笑顔でメガホンに向かって叫んだ。
「みなさーん、ゴリラちはー!」
『ゴリラティワァーッ!』「うわあー!」「ぎゃあー!」「たすけてー!」
隊列を組むゴリラどもが、梨子の甲高いロリボイスに反応し、雄叫びを上げた。
ゴリラ達のデスボイスじみたそれに人々は怯え惑う。その背中に向けて、梨子は満足げに手を振った。
「元気な挨拶ありがとー! わたしは、この度の総理大臣選挙に立候補しました、ゴリラ党代表の、芳原梨子でーっす!」
『うっほうっほー!』『ウキィイイイイイ!』「あぎゃー!」「洋子! ようこーっ!」
洋子がゴリラに巻き込まれて死んだ。
ちなみに、芳原梨子は、総理大臣になるためには何をすればいいのかまるで分っていないし、選挙活動の何たるかも、何も知らない。
彼女は、道行く人たちに総理大臣になりたいと主張しながら歩いていれば、なんとなく総理大臣になれるのではないかと言うふわっとした気分でいるだけだ。
これではただ、ゴリラが徒党を組んで歩いているだけである!
「わたしが総理大臣になった暁には、みなさまに、国民総ゴリラ化をお約束しまーす!」
『WHOOOO!』『ウキイイイイイイイイ!』『ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ』「うひいいいい!」
ゴリラどもの興奮は最高潮だ。対して、コミケに向かう人々は恐れおののき、絶望的な顔になっていた。鼻の下を伸ばし、目が座ってきている。
なんだか、どことなくゴリラに似てきたかのようだ。
「いいですかみなさーん。ゴリラは、核兵器を使えませーん! ゴリラは、労働力には最適でーす! ゴリラ語が公用語なので、地球船ゴリラ号でーす! もう、これはいいことしかありませーん!」
『『『『うほおおおおおおおお!』』』』
なんということだろう。気が付けば、オーディエンスはどんどん鼻の穴が大きくなり、体毛が濃くなり、筋骨が隆々としてきている。
これは、ゴリラだ!
これこそが、芳原梨子の魔人能力、【ゴリのゴリリズム】である。
芳原梨子が発した「ゴリラ」という言葉を聴いた人は、強い心を持っていないと、ゴリラに変わっていってしまうのだ!
当然、ゴリラに街が蹂躙されているこの状況で、強い心を持てる一般ピーポーなどいるわけがない。
聴衆のゴリラ化は、加速度的に増していく。
「私は昨日、『無色の夢』というものを見ましたー! インターネッツさんで調べたところ、ドリームマッチで勝ち上がると、好きな夢が見れるそうでーす! そしてなんとー、勝利の報酬で見た夢は、現実にも反映されるそうでーす!」
インターネットで拾った知識をそのまま信じ込む! 所詮はゴリラ脳!
インターネッツさんというアンダーグラウンドワールドの闇に一歩足を踏み込めば、その魔に捉われ永遠に彷徨うことになるだろう恐怖と狂気のバッド・ドリーム……。
そして、何よりも問題なのは、芳原梨子は人間だということである。先ほどの総理大臣宣言と言い、この女、ゴリラではないのに、ゴリラレベルのゴリラ脳だ!
「つまり、私が夢の戦いに勝って、人類が全員ゴリラになる夢を見れば、皆さんは私が起きたときには全員ゴリラになっているのです! すーばらしーい!」
『『『『『ウーーヴァウァジィー!』』』』』
もはや、その場にいたほとんどの人オーディエンスが、完全なるゴリラとなった。
結果、誰一人としてまともな日本語が発音できない! 『素晴らしい』を唱和しようとしても、ただゴリラが騒いでいるようにしか聞こえないのだ!
そんなゴリ聴衆を見て、梨子のテンションはいよいよ最高潮だ!
「よーし、みんな! 私の【所有物】として夢の世界に殴りこんで、相手をばしばしーっと倒しちゃって、みんなでゴリラになっちゃおー! みんな、野生に、かえれー!」
『『『『『ヴィンバ、ヤセウィヴィ、ガウェレェー!』』』』』
ふんがーどんがーふんがーどんがー。
「みんな、野生に、かえれー!」
『『『『『ヴィンバ、ヤセウィヴィ、ガウェレェー!』』』』』
ふんがーどんがーふんがーどんがー。
「みんな、野生に、かえれー……」
『『『『『ヴィンバ、ヤセウィヴィ、ガウェレェー……』』』』』
ふんがーどんがーふんがーどんがー……。