彼にとって、尿は全てだった。
高校2年生の時によく見た夢。
クラスメイトの女の子を、無理やり押し倒して。
跨る。
僕の股間を押し付ける。
そこには汚いモノなんて生えていなくて。
つるりとした裂け目だけ。
涙を流して嫌がる彼女に。
尿を、流し込む――
言いようのない快感が彼を――いや、彼女を包み込む。他の誰にも理解できない、彼女だけの感覚。
サディズムに浸っているのではない。生理現象だけで、ここまで性的快感に浸れることに、神に対する優越感のようなものを感じているのだ。
僕の尿ならなんでもできる。
大男の特大ハンマーだって受け止めきれるし、銃弾だって10倍の速度で撃ち落としてみせよう。その気になれば、神だって斃せる。
そんな誇大妄想を含んだ夢は、夢に留まらず、徐々に徐々に、現実に侵食していき、
気づいた時にはもう、彼は魔人に成っていた。
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「では、最近発生している昏睡事件は、その"無色の夢"が原因だと?」
「そうですね。全てがそうだと断定はできませんが。」
都内某所、普段は大きな笑い声をスタジオに響かせる戸川雑技(本名:五月女 水車)だが、今はやや真面目な顔つきでインタビュアーの質問に答えている。
番組のタイトルは『昏睡事件!その真相に迫る』
普段の彼はあまりこのような番組には呼ばれない。面白いコメントをするあまり、番組の趣旨自体が変わってしまうからだ。
だが今回は、少し状況が違う。今回、彼は"語られる"立場ではなく、"語る"側として出演していた。
特徴的なハネ放題の茶髪に、薄くレンズに赤色が入った伊達眼鏡。
彼が―――五月女 水車が"無色の夢"を見たのは、3時間前のこと。
そこから方々に連絡し、特番の収録が決まったのが1時間前。
この番組は、五月女の希望でテレビ局が組んだものである。
「では、なぜその、"無色の夢"を見たことを公表しようと?」
インタビュアーの質問に、ここで水車はニヤリと笑い、カメラ流し目でに目線を遣る。
「対戦相手の方に、こう伝えるためです。『私は、喜んであなたに勝ちを譲りましょう。』」
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きっかけは小さなことだった。
「お前、面白いんだから、一緒に芸能界を目指さないか。」
高校二年生といえば物事の分別がはっきりとつく歳だ。そんな簡単には魔人に覚醒したことを打ち明けられない。
もともと引っ込み思案だった彼は、逆に誤魔化すように明るく振る舞うことが多くなった。
そんな折、クラスメイトの一人が彼に目をつけ、コンビ結成を誘ってきたのだ。その時は特に何も考えずにその場のノリで快諾し、上京した。
そして、芸能界という場は彼を大きく変えた。
彼にとって、芸能界という場は控えめに言って天職であり、魔人能力なぞ『思春期の気の迷い』と断じてしまうようになるほど、彼は変わったのだ。性癖は決して消えなかったが、そちらは、言わなければ誰にも知られない。
今の彼に、能力は足枷でしかなかった。
今の五月女水車にとって最も悪いことは、芸能人としての立場を失うこと。
"敵が勝って記憶を持ち帰る"可能性がある以上、彼は能力は使えない。
それに、そもそも勝つ必要などない。
目が覚めれば"復活したエンターテイナー"として再び大きな注目を集めつつ、いままでのように活動を再開できる。目が覚めなくても"悲劇の人"として必ず、必ず記憶には残る。
今の彼にとって、芸能界は全てだ。
彼は、もはや「淫魔人」ではなく、歴とした「芸能人」に成っていた。