秘密院 恭四郎 プロローグ

俺には魔人の能力などというものは備わっていない。

だからと言って魔人でないというわけでもない。

自分が魔人であるという認識は持っているし、魔人化に伴って肉体が強くなったことも実感している。

魔人の能力はたいていの場合、自身の妄想に起因する。

俺は魔人としての能力を活かして活躍する家族に憧れすぎたせいか、「魔人になりたい」という思いだけが先走ってしまったらしい。

その結果が、”ただの魔人”というわけだ。

それでも能力がないことを素直に伝えられたなら、それなりに楽しい人生が送れたことだろう。

だが、運が悪いことに俺が魔人に覚醒してすぐに、両親と3人の兄が不可解な事故に巻き込まれて死んでしまった。

誓って言うが、俺は家族の死に何も関わっちゃいない。

事故の知らせを聞いたとき、俺の胸に満ちたのは深い悲しみだけだった。

けれど、家族の事故死によって秘密院家の当主になった俺が、今さら魔人としての能力などないと言ったところで誰がそれを信じると思う?

自分の能力を隠していると思われるのがオチだ。

結局のところ、俺は「あいつは危険な能力を持った男に違いない」という周囲の人間の認識に従うしかなかった。

これまで秘密院家の当主としてなんとかやってこれたのは、奇跡的と言ってもいい。

俺が死んだときにはぜひ褒めてほしいものだね。



さて、なぜ今こんなことをレコーダーに向かって話しているかと言えば、全ては無色の夢のせいだ。

どんな結果になるかは分からないが、二度と目覚めない可能性を否定できない以上、記録を残しておく必要があるだろう。

あの夢から目覚めた直後、秘密院家の情報ネットワークをフルに使って調べたが、どうやら俺の認識したルールとやらは全て真実らしい。

そろそろ対戦相手の情報も入ってくる頃だ。

能力なしで魔人とやりあうのは不利でしかないが、それでも何十回という戦いを勝ち抜いてきた俺には一つの確信がある。

『たいていの魔人は全力でぶん殴れば死ぬ』

物理法則が変わらないのなら、勝機は十分あるだろう。

愛用の武器を持ち込めるというのもありがたい。

もしこの戦いに勝利できれば、俺にも能力らしきものがついに備わることになる。

オリジナリティには欠けるが、魔人の能力はどこかしら似通っているものだ。

贅沢は言うまい。

だが、それでも2つ問題が残っている。

『『俺は夢を見るのが嫌いだ』』
最終更新:2016年03月29日 22:02