おひさまがピカピカと光る、とびっきり元気な日曜日。
はかいしんはゆうしゃと待ち合わせるために、最寄りの駅前にきていました。
はかいしんは腕時計をみて、時間を確認します。時刻は9時45分。待ち合わせの15分前です。
待ち合わせの際、はかいしんは何時も15分前には現場に到着するようにしています。
相手がゆうしゃとはいえ、女性を待たせるのははかいしんのポリシーに反するのです。
「うむ、いつも通り。あとはゆうしゃが来るのを待つだけだな。」
はかいしんはそう呟いて、駅の構内をぐるぐる回り始めました。
はかいしんの力は絶大です。一つのところに留まると、それだけで周りの物が破壊されてしまいます。
無駄な殺生を嫌うはかいしんは、歩きまわることで駅の崩壊を防いでいるのでした。
駅を回る最中、はかいしんを見て、様々な人が話しかけてきます。ここははかいしん様の地元、当然その名も知れているというわけです。
真面目なはかいしん様は、その一つ一つに律儀に返事をしながら人々の間を歩いていきます。
「おっ!はかいしんさま!チーッスチーッス!」「おや、はかいしんくん、今日もお出かけかぇ?げんきでいいわねぇ。気をつけてらっしゃいねぇ。」
「あ!はかいしんさま!この前は瓦礫の破壊助かりました!今度また何かお礼させてください!」「バボンバ!バボンベンベン!ブンブー!」
「チーッスチーッス!……じゃない。なんだその態度は。私ははかいしんだぞ。もっと敬え、もっと。」
「ふん。まあな。そちも元気そうで何よりだ。季節の変わり目だからな、体調にはしっかり気を使えよ。」
「別にお前のためにやったわけではない。お前の店で買い物ができないと不便だからやっただけだ。勘違いするなよ定命の者よ。」
「ボンババ?ボッベンボッベン。バボブーバベンバー。」
一通りの人に挨拶をし、はかいしんさまはてくてくと歩き続けます。はかいしん様の表情は複雑でした。
「……破壊の化身であり、いずれ世界を滅ぼすであろうこの私が、この慕われよう……しかも全く畏怖を抱かれていないとは、はぁ……。
何と情けない……!それもこれも全てあのゆうしゃが原因……おのれゆうしゃ……!」
そう、破壊の化身であるはかいしんが町の人々に好かれているのは、ゆうしゃのせいなのです。
今までの勇者は、そのすべてが例外なくはかいしんを殺害しています。平和のための尊い犠牲です。
ですが、ゆうしゃはそれを善しとしませんでした。
「はかいしんが転生するなら、殺すより改心してもらったほうがずっと平和でええやん。」
そう言って彼女は城に引きこもっていたはかいしんをしばきたおし、はかいしんを町の人々と交流させるようになったのでした。
最初の頃は怖がっていた町の人々も、今ではすっかりこんな調子。はかいしんはゆうしゃにしてやられているようで、とても悔しいのでした。
今日のお出かけも、ゆうしゃがはかいしんの城に押しかけてとりつけたものでした。そう、それは一週間前のこと……
◆◆◆
一週間前。富山県と北海道の境目、四方を暗黒領域で囲まれ、入るには門番である溶岩魔神と氷の女王、その奥にいる四天王、更にその四天王を束ねる魔王を倒さねばならないはかいしんの城に、ゆうしゃは訪れていました。
全ての門番をタイムアタックよろしく平均5秒で倒した勇者は、クソデカイ扉を開けて、はかいしんの間に入っていきます。じっとしているだけで近くの物が破壊されるので、はかいしんの間はめちゃくちゃ大きく、殆ど物がありません。
その中央、玉座に座っていたはかいしんは、勇者を認めると、立ち上がってこう言いました。
「……来たか、ゆうしゃよ。だが私はもう二度と外には出んぞ。貴様に誘われてやった草野球は散々だった……。独りでにねじ曲がるバット!当てても破裂して飛んでいかないボール!滑りこんだホームベースは叩き割れ、挙げ句の果てに私のエラーでチームは負けた……!皆私を嫌ったに違いない……もう沢山だ!絶対に街には出んからな!」
「なんや、そんなこと気にしてたん?誰もはかいしんのこと嫌いになったりしてへんて~!物ぶち壊すのも面白がってたし、エラーで負けるなんてよ~あることや!むしろ初めてまともに野球できとったの凄い言うてたで?気にしすぎや!元気出しや!」
「ええい黙れ!貴様の言うことなど信用できるか!どうせ私を慰めようと適当なことを言っているに違いない……私は騙されんからな!」
ゆうしゃは悲しむはかいしんを元気づけようと言葉を紡ぎますが、はかいしんはそれに聞く耳を持ちません。
「はぁ~全く面倒やっちゃな~。ま、ええわ。今日は草野球の話しに来たんやないからな。ほら、これ何かわかるか?」
そう言って、ゆうしゃはふところから1枚の紙切れを取り出しました。その表面には、「ほにゃらら遊園地ラブラブペア招待券」と印刷されています。
はかいしんが目を細めながら言いました。
「文字は読めるが……見間違えのような気がするな~……なんかラブラブとか書いてあるように見えるが気のせいかな~!」
「テレレテッテレー!大正解!これ、商店街の福引でちょうどあたってなあ。今日はこれに二人で行かへんかって誘いに来たんや!な?ええやろええやろ?二人でいこ~や!」
「よ~し、行っちゃうか~!遊園地楽しみ~!……とでも言うと思ったか!このバカゆうしゃ!」
ウキウキした様子ではなす勇者に、はかいしんは怒った様子で続けます。
「仮にもお前と私はゆうしゃとはかいしん!世界の命運をかけて戦い合う定め……それがラブラブペアだと!?もはやはかいしん概念に対する冒涜だぞ!冒涜!」
「っか~!定めとか古!そんなん気にしてるの石器時代の人間くらいやで!頭カチコチやな~。あ、でもはかいしんくんはそれくらいから居るんやっけ?古い考え持っとるのもしゃーないか。」
「転生してからはまだ20年ほどだ!古さは関係ない、貴様が軟弱すぎるのだゆうしゃよ!大体今までの仲良しこよし、友情ごっこをしていたのもおかしな話……。決めたぞ!今日という今日は貴様を打倒し、世界を破壊してくれるわ!」
ブワーッ!はかいしんの声とともに、破壊のエネルギーが空間を走り抜けます。ゆうしゃは腰に下げてあった剣を抜き、それを受け止めました。
この剣こそはゆうしゃのつるぎ。
絶対に壊れないすごい剣であり、ゆうしゃ一家に伝わる遺伝型特殊能力、はかいしんのちからを受け止めることが出来る唯一の力です。
マジで絶対に壊れず、一節によると宇宙の崩壊にも耐えると言われているヤバイ剣なのです。
しかし、それ以外は別。受け止めきれなかったエネルギーによって、服の端々がはかいされ、黒い塵となって宙に舞いました。ゆうしゃは言いました。
「おーおー随分恥ずかしがるなあ。相変わらずかわいいやっちゃで。よーし、相手したる!ただし私が勝ったら遊園地付き合ってもらうで。ええな!」
「望むところだ、今日こそ貴様をはかいしてやる!ハーッ!」
バシュンバシュン。はかいしんの構えた両手から、破壊の力が飛び出していきます。
不可視のその力を、ゆうしゃははかいされる空気の揺らぎによって感知、軌道を見極め、一息で間合いを詰め、剣を振るいます。
「フン、甘いわ!」
ガキーン。はかいしんは手についた鋭利な爪を伸ばし、それを受け止めます。
本当は剣を持つと見栄えがいいのですが、はかいしんは自分の武器も壊してしまうので、それはできません。力には何時も対価が必要なのです。
「フッ!ハ!ヌアーッ!」
両手の爪で剣を捌きつつ、はかいしんはタックルやローキックなどの体術も交えて攻め立てます。
剣で受け止められると不味いですが、一撃でも当たればゆうしゃを破壊することができます。チャレンジャーらしい攻めの姿勢。実に好感が持てますね。
対する勇者は剣撃とフェイントではかいしんの体制をコントロールし、攻撃を掠らせもしません。ついでに一言も喋りません。真剣にやっているのです。鎧袖一触とはこのことですね。
「ふん……チェアァッ!」
状況を変えるため、はかいしんが一際力を込めてゆうしゃに斬りかかります。ゆうしゃがそれを受け止め、一瞬の硬直状態が生まれました。
「フンナーッ!」
それと同時に、はかいしんがぐっと力を込めました。
すると、ゆうしゃの立っていた床が一瞬で破壊され、その下の地面が顕になりました。
高低差により、そこに立っていたゆうしゃの体制が崩れます。はかいしんはそれを見逃さず、剣を弾くと同時にゆうしゃに向かって爪を振るいました。
ゆうしゃ、危うし!かと思われましたが、ゆうしゃは慌てず騒がず、弾かれた勢いを生かして、後ろに吹き飛びながらそれを避けようとしました。
回避しきれず、足が少しばかり破壊され、宙に血の赤と破壊の黒が広がりました。
「今が勝機!ゆうしゃ、今度こそ死……」
「いよいしょー!」
追撃を試みるはかいしんに向かって、ゆうしゃは着地の寸前、ゆうしゃのけんの鞘を投げつけました。
空中にもかかわらず、その鞘はとても正確に、はかいしんの頭に無かって飛んでいきます。
ゆうしゃのけんは絶対に壊れないすごい剣です。その鞘も壊れないので、はかいしんはちからを使わず、爪でそれを弾かなければなりませんでした。
「フン、小賢しいな勇者!……む?」
……そう、弾かなければならないはずでしたが、弾こうとした鞘ははかいしんの目の前で破壊され、黒い塵になり、宙に舞いました。
どうやらゆうしゃは、ゆうしゃのけんを普通の鞘に挿してここまで来たようです。破壊された鞘の残骸で、はかいしんの視界が遮られます。
はかいしんがなるほどなあ、と感心した直後。弾丸くらいの速度で飛んできた本物のゆうしゃのさやが、はかいしんの頭に直撃しました。
灰の向こうから、ゆうしゃのドヤ顔がはかいしんの目に映りました。
さすがのはかいしんも、これにはたまりません。はかいしんは関心した表情のまま後ろに倒れました。
「じゃ、来週の日曜日、ほにゃらら駅前で待ち合わせな。遅刻したら怒るで~。」
意識を失う前、ゆうしゃのごきげんな声が聞こえてきた気がしました。
◆◆◆
◆◆◆
というような事があり、はかいしんはしぶしぶながらもゆうしゃと遊園地に行くことになったのでした。
「くっ……!忌々しいゆうしゃめ……!今更悔しさがぶり返してきたぞ……!大体遊園地など!はかいしんに全くふさわしくない……。楽しみにしてきたお子様たちが怖がったらどうするつもりだ……!ほんとうに自分勝手な奴だ、ゆうしゃよ……」
呟きながら、はかいしんは腕時計を見ました。既に破壊され、秒針がすっかり止まっていたので、はかいしんは仕方なく広場まで時間を確認しに戻りました。
「む……。何だ、既に集合時間を過ぎているではないか。奴が待ち合わせに遅れるとは、珍しいな。まさかこの前の足の怪我が響いて……?」
心なしかおろおろしながらつぶやくはかいしん。
そんの時、かばんに閉まっていた携帯がピポピポーっとなりました。画面にはまおうの文字が表示されています。はかいしんは通話ボタンを押し、電話に出ました。
「もしもし。余ははかいしんである。どうしたまおうよ。お昼ならいらないといったはずだぞ。」
『もしもしまおうです!お昼の事は覚えてますよ!バカにしないでください!そんなことより大変なのです!お城にゆうしゃとその弟が来ているんですよ!』
「え?なんでゆうしゃがそっちに。集合は駅前って言ってたじゃん。余の聞き間違い?それとも勇者の言い間違い?」
『それがゆうしゃの奴も様子がおかしくて……。なんだかずっと寝てる?みたいな……。弟さんから詳しく聞けばいいんでしょうけど……ごめんなさい!知らない人と話すの怖いです!無理です!早く来てくださいはかいしん様!』
「様子がおかしい?全くしかたのないやつだ……。なるほどちょっと待ってろ。すぐ行くから。話すのが怖いからって殴っちゃダメだぞ。話が聞けなくなるからな。判ったな。」
『はい!できるだけ努力します!なのではやくきてくださいはかい……』
ブツッ。通話が終わる前に、携帯ははかいしんの力に耐え切れず、プシューッと煙を立てて壊れてしまいました。
1万円くらいがパーです。この体質のせいで、はかいしんはスマホをもつこともできません。
はかいしんはこわれた携帯をかばんにしまいながら呟きました。
「全く、ゆうしゃめ。本当にしかたのないやつだ。よりにもよって私とお出かけの日におかしな目に合うとは……。」
はかいしんは携帯の代わりに、かばんの中から大きな冊子を取り出しました。それは、大量に書き込みのされた、ボロボロのほにゃらら遊園地パンフレットでした。
「フン。まあいい。来ようと思えば何時でも来れるのだからな。しかし、ずっと眠っているとは一体……。面倒事にならねばいいが。」
はかいしんはパンフレットを再びしまい、はかいしんの城へ戻ることにしました。
残念、貴方はこれからその面倒事に巻き込まれるのです。具体的に言えば夢の戦いに。
そんなことも知らず、はかいしんはてくてくとはかいしんの城へ戻って行きました。
はかいしんがどうやって夢の戦いに参戦したのか、どうやって無色の夢を見たのか。
語らねばならぬことは山々ありますが、今日はこの辺りで締めとさせていただきましょう。
終わり。