第1試合SSその2 最強の、変態。


夜のジャングルは、暗い。
だが、そんな暗闇を利用して獲物を狙う生き物も確かに存在するのだ。

そう、ライオンである!

ライオンは昼行性のイメージがあるかもしれないが、ネコ科の生き物であり、ネコ科というのは基本的に夜行性が多い。ライオンもその例に漏れず、本来は夜行性なのである。

そんな、ジャングル最強の百獣の王たるライオンは、身を潜め、息を殺し、

『キィイイイイイイ!!!』

『ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ』

今はただ、数百の群れるゴリラに怯えていた。





「いーい?みんなー!いっくよー!せーのっ、ゴリラちわー!」

『『ゴリラティワー!!!』』

「声が小さいぞー!もう一回!せーのっ、ゴリラちわー!」

『『『ゴリラティワー!!!!!!!』』』

「よーし、みんな、大きなお返事ありがとー!!!」

ピンクのメガホンを持って、大きな声で叫んでいるのは芳原梨子。彼女はドンキーホーテで買ったカラーガード隊の制服に身を包み、ピンク色のツインテールを揺らしながら、ゴリラ達に向かって演説をしていた。


「いいかーい、みんなー!私が、報酬を!好きな夢を見る権利と、それを現実に反映させる権利を!」

大きく前後に揺れながら喋る梨子。胸がたゆんたゆんと弾む!ゴリラ達は話の内容よりもそっちに釘付けであった。

「私が手に入れた暁には、大統領になることを約束します!!!」


『ウォォォオオオオオ!!!』


前と言っている事が違うが、梨子の脳はゴリラ並みなので特に深く気にしてはいない。


「ゴリラの、ゴリラによる、ゴリラのためのゴリラを作るのです!!」


『キィエエエエ!!』『ウォォオオオ!!!』
『ゴアアアアァァァァア!!』

「作るのです!」

『ゴア!ガアアアァァァァァァアア』『ムッキー!』『ゴリゴリゴリゴリゴリ』











五月女水車は、そんなゴリラの集会の位置から数百メートルほど離れた場所にいた。無用心ながらも梨子の大きな声につられて来てしまったのだ。
姿は見えないが、メガホンを使っている梨子のセリフはかなり明瞭に聞き取れる。


「どういう事だ…?」


梨子の演説を聞いて、水車は混乱していた。

ゴリラ達と意思疎通をしているところや、あの大量のゴリラを連れてきたところを見ると、おそらく敵も魔人なのだろう。
そこまではわかる。こちらを襲う前に味方の士気を高めるのはなんら不思議ではないし、もとより、魔人は妄想が高じて覚醒するものだ。どんなことをしていても驚くに値しない。

問題は話していた内容だ。

『好きな夢を見る権利と』

それは知っている。"無色の夢"で知らされた事だ。

『それを現実に反映させる権利!』

「聞いてねぇぞそんなのッ!!」

水車は思わず声に出した。

報酬が事前情報と違う…?

夢を見るだなんて、どうでもいい報酬だと思った。そんなことのためにリスクは冒せないと思った!だが、現実に干渉できるとなれば話は全く違ってくる。


現実に、自分の妄想を反映させる事ができる…?
しかも、思う通りに。つまり、偏見の目も、好奇の目も消せる…?


それはつまり、俺が昔見ていた妄想を、欠陥なく実現できるということではないのか…?


『ウホッ!!』『ブルルアアァァア!!!』『ボウッ!』

「…ッ!?」

考え事をしている間に集会が終わったのだろう。水車の気配を嗅ぎつけたゴリラが数体、水車に向かってきていた。

(とにかく、一旦逃げねぇと…!)

水車にゴリラと闘えるほどの戦闘力は無い…いや、或いは一対一ならば勝てるかもしれないが、今は三体のゴリラが向かってきていた。これでは勝機は無い!

もはや水車の頭からは、「降参」の選択肢は消えていた。

"無限に願いを叶える権利"などを目の前に吊るされて、正気を保つ事などできるはずもない。


水車は、まだ聞こえる梨子の声を聞き流しながら、走ってくるゴリラとは反対側に駆け出そうとして、

違和感を覚えた。

逆に言えば、そこまで敵の攻撃に気付けなかったのだ。

(体が…重い…!?)








「いいですか皆さーん!我々は母なるゴリラから生まれた兄弟でーす!原始のゴリラとしての力こそ失ってしまいましたが、まだ間に合いまーす!ゴリラのゴリラたるところは力ではなく、心意気だからです!!ゴリラとしてのゴリラをゴリ戻しましょう!!」









『ゴリのゴリリズム』
レベル3。
体が大きくなり、体毛が更に濃くなり、知能が低下し、ゴリラ語をしゃべるようになる。



ウンヴァ(なんだ)…?」

自ら出した自分の声に戸惑う。
手を見ると、濃い毛で覆われている。いや、よく見ると手だけではない。顔に触れても、足を見ても毛むくじゃらだ!
体が…ゴリラになってきている!


(魔人能力か!)


辺りに飛んでいる虫などはゴリラ化している様子はないし、数メートル先ででうずくまっているライオンにも変化はない。
自分の体ではなく、そちらの変化ならばもっと早く気付けたかもしれないが、おそらく人間にしか効かない能力なのだろう。

もはや手遅れ…!



朦朧とした頭の中、梨子の声はまだ聞こえる。その声を必死に意識から振り払うように、水車は考える。
先ほどまで、水車は梨子の能力を"ゴリラとの意思疎通能力および魅了"だと考えていた。

よもや、"人間をゴリラ化する"能力だとは!!
こんな阿呆な能力、誰が予想できるか!

『ウホホッ!!!!』
『ウヴァ!!ウヴァ!!!』
『オオオオオォォォォォォ!!!』

かなり近くまで近付いているゴリラ達にも、完全に気づかれた。鬱蒼とした暗い木々の間、ゴリラの目だけが光って見える…!
そして、まだ梨子の声が聞こえる――!




『ゴリのゴリリズム』
レベル4。
体が更に大きくなり、体毛が更に濃くなり、大きく知能が低下する。
なお、レベル4以上になると「なんとかリズム」という曲の節で「ゴリリズム」とエンドレスリピートされる。




「ア…ア…」

(ゴリゴリす♪ゴリゴリリズム♪ゴリゴリは♪まるでゴリだね♪ゴリゴリす♪ゴリゴリリズム♪ゴリゴリラゴリゴリゴリラ♪ゴリラ♪ゴリラ♪ゴリラ♪)



もはや、絶体絶命のピンチだ!誰もが思うだろう、ああ、もしこんな時に魔人能力があれば!ただの非力な芸能人でもゴリラを圧倒できるのに!


「ア…ン…ッ……は…!」


だが、しかし、なんと!


「あ ッ…ゃーーッ!」

水車は、魔人能力者であった!


混濁した意識の中、もはや水車に戦術や戦況など、そんな理論的な思考は無い。ましてや、能力を使わなければ、などと考える思考力は残されていなかった。
彼はただ、理性が限りなく0に近くなった今、「おしっこしたいなあ」という欲望に身を任せただけである!

無意識のうちに水車はトリガーを引いたのだ。

ニューヨーク・オーシャン(N.Y.O.)』、発動。

尿(N.Y.O.)がまるで意志を持っているかのように、地面に当たる前に重力に逆らう。

水車の体がゴリラから人間に戻っていき、元のサイズを通り越し、少し小さくなる。
そして、腕足は細く。腰にはくびれが。胸は小さく主張をしだした。




「ッ!!」

女体化した水車は意識をはっきりと取り戻し、状況を瞬時に理解。次の瞬間にはもう、ゴリラ達に"オーシャン"を送り込み、三体のゴリラを即座に攻撃していた!

水の弾丸、水の槍、水の剣。
それぞれが貫通し、穿ち、首を刎ねる。
血が混じった尿は血尿だ。水車の制御を離れ、ポトポトと落ちていく。

三体のゴリラが死体となるのに、5秒もかからなかった。



「ハァ…ッ!ハァ…ッ!」

意識をほとんど失っていたことと、放尿の興奮で水車の息が上がっている。だが、今の所周りにゴリラの気配はなかった。

水車は倒れこむように、地面の腐葉土に転がった。

「使っちゃった…"オーシャン"」

尿を自在に操る『ニューヨーク・オーシャン』だが、制約が全くないわけではない。体を動かすのと同じで、ある程度、そこに神経を集める必要がある。ゴリラ三体を殺すのだけでも、戦闘経験のない水車には辛い戦いであった。




敵の能力は詳しくはわからない。だが、人間をゴリラにすることや、ゴリラとの意思疎通ができていたことから、ゴリラの得た情報を統括できている可能性がある…。

そして、報酬のこともある。もはや、水車に戦わない理由がなくなってしまった。

だが。

尿の残りは拳ひとつ分ほど。

「少ない、ね…。」

これではゴリラを全員殺すには足りない。もう尿は出ないし、これだけの量では、数十体のゴリラを窒息死させるのが関の山だ。
窒息死ならば、口と鼻に"オーシャン"を張るだけだが、それではどうしても敵の唾液が混じる。唾液が混じった尿も操れるには操れるが、体力の方が持たないだろう。

敵に気づかれずに、"オーシャン"で、数体ずつ殺る。その後、どこかで水分補給をし、尿意を催すまで隠れる。

落ち葉にまみれながら、水車は小さく息を吐く。
長い戦いになりそうだ。
6時間...、いや、7時間では終わらせたい。どちらにせよ、またゴリラにされてしまった時、もう尿が出せるとは限らない―――。



「あれ…?」


そこで、ある違和感を感じた彼女は――――





持ってきていた目覚まし時計の音で起きた芳原梨子は、驚愕した。
ジャングルの中から、ゴリラの愛らしい声が聞こえなくなっている!

「み、みんなー!どこに行ったのー!!!!」

梨子は慌ててメガホンを取って叫んだ。仮眠を取っていたせいで、ジャングルの変化に気付けなかった。
夢の中でさえ眠くなるゴリラ並みの脳。
言うまでもなく、芳原梨子は馬鹿であった。

「おーい…?みんなー…? 」


それでも呼びかけると、近くの茂みからガサガサ、と音がした。
もう、かくれんぼしてたのね!と目を輝かせる梨子だったが、


「あなたが、梨子ちゃんね…?」

出てきたのはゴリラではなく、髪の長い女性。

「ひぃ…!ま、まさか対戦相手の……五月女、水車…!」


ゴリラ並みの脳で敵の名前を憶えていたのは驚きだが、梨子はテレビを見ないので、芸能人としての名は知らないようだった。


「動かないで」


彼女の周りには、尖った、半透明な黄色い槍のようなものが浮かんでる。掌ほどの大きさのそれは、どうやら彼女の魔人能力らしい。


ならば、と半ば混乱した頭で梨子も能力を使おうとする。

「…ご、ゴリラゴリラ!ゴリラになっちゃえ!ゴリラになれ!」

だが、無意味だ!

『ゴリのゴリリズム』も、冷静な相手には効かない。逆に、今平静を保てないのは梨子の方だった。

やばい…!やばい、やばい…!

なんで…!

30分だけ(・・・・・)寝てる間にゴリラ達が全滅してるの!!


どうして、あの数のゴリラが!


「…ふふ…あなたに勝ち目はないわ。だって、」


梨子は見た。水車が出てきた茂みから、光る目が覗いているのを。その光る目は、水車の方を見ていた。その動物は一瞬で水車との距離を詰めた。たてがみが揺れる。

ゴリラがいなくなって、途端に強気になったライオンだ。

梨子が叫ぶ暇もなく、ライオンは水車に噛みつき、

噛み付いたライオンの歯が折れた(・・・・・・・・・・・・・・・)

「……えっ」


「だって、」










「私は、"転校生"なのだから。」














「あれ…?」

そこで、ある違和感を感じた彼女は、自分の掌を見た。

『ニューヨーク・オーシャン』は女体化し、尿を操る能力だ。
確かに、今、女になっている。
最初は当然と思った。だって、私の能力はこの姿になることが本質であって、女になることじゃない。
でも、じゃあ敵の能力は…?

「解除、されてるよね」

私はメスゴリラになっていない。




…芸能界にも長くいると、いろいろな噂が入ってくる。




例えば、希望崎学園の裏事情とか。

例えば、あらや山荘事件の真相とか。

例えば、転校生になる方法とか。



曰く、転校生になるには条件が2つあるとか。
1つ目の条件は、認識の衝突(コンフリクト)。これは時々、まぐれでもクリアするものはいるらしい。
2つ目の条件は、"上位存在になったことを認識すること"。
転校生の条件を知らずにそこまで思い上がる者など、そういるわけがない。だから転校生は"特別"なのだ。


そして、水車は今、その"特別"の目の前にいることを"認識"した。あとは、声に出すだけだ。

「わ、」

声が震える。


「私は神に、愛されている。」



何も目に見える変化はない。だが。




"転校生"、五月女水車誕生の瞬間であった――。










水車は、足元にうずくまったライオンの頭を片足で潰した。

「梨子ちゃん…ねえ、どうせ夢なんだから、一緒に楽しみましょう…?」


「あ……ゃ…!」

梨子は、ライオンの死臭と水車の気迫に押され、よりによって――――失禁してしまっていた。



それを見て、水車は凄惨な笑みを浮かべた。




(SSDMSet2 第一試合―五月女水車、勝利。)
最終更新:2016年04月14日 20:27