第2試合SSその1 料理の鉄人

「おはよう!大鋸さん!」

高原には美しい花が咲き乱れ、小川のせせらぎに小鳥が歌い、森ではマウンテンゴリラがドラミングを繰り返す。
空には燦々と太陽が輝き、青空が晴れ渡っていた。

山中に百舌川清音の挨拶の声が響くとさわやかな風が並木道の樹をそよいだ。

「あっ、でも今は本当は夜だからこんばんはのほうがよかったかな」
「おはようございます、清音さん」

清音の挨拶を受けて、大鋸草菊も挨拶を返した。

ここは夢の中の世界だ。二人は戦う運命にある。
ではあるが今のところ二人は戦う意思はない。
二人が眠る前に同じ希望崎の学生である清音が学園で草菊に出来れば戦いを避けたいという意思を示し、草菊もそれを受けたからだ。

「出来れば平和に解決したかったし、大鋸さんが対戦相手でよかった。大鋸さん希望崎でも心優しい人だって評判だもんね」

無関係の人間の死にすら悲しいことだという感情を示す草菊のことを心優しく平和的な人間であると見做していた。
実際草菊は学校では暴力衝動を隠すようにふるまっていたし、それを除けば、彼女はごく普通の目立たない少女である。

そして、草菊は清音の友人たちがそうであるように清音に悪感情を抱いてはいないし(むしろ料理の件を除けば好感を抱いたといえる)、死なないとはいえそんな相手に暴力を振るいたいという趣味は彼女にはなかった。
価値観が狂っているだけで、彼女は別に悪人というわけはないのだ。
何より、夢の戦いで清音と戦うことは草菊にとって不都合だった。

夢の中で戦うだけなら問題はなかった。
それは彼女望むところであったからだ。

だが、るpルとして敗者は悪夢の記憶と夢の戦いに関する記憶を全て失う。そして勝者は夢の戦いに関する記憶を持ったまま目覚めることができるという点がある。
それはつまり仮に草菊が負けたときに、草菊が夢の中で何をしたのかわからないということだ。

清音が草菊を全く知らない人間であるならそれほど問題ではなかった。
彼女が何をしたとしても草菊にそれが影響する可能性は低いからだ。

清音がもし夢で草菊の行動を現実世界で誰かが漏らすことがあったら、草菊の平穏な日常は草菊がそれを記憶していない以上止めることができない。
もちろん勝てば問題ないのかもしれないが、無自覚に生み出している料理の数々を考えれば、勝てるとは断言できないし、そうである以上、戦うのは得策であるとは言い難かった。

だから、希望崎で清音に声をかけられたとき、彼女の提案に乗ることにしたのだ。

「とりあえずお花見でもしながら、お互いの話も出しましょう」
「そうですね」

とりあえず清音が持ち込んだレジャーシートに座ることにした。

とはいえ永久に夢の中にいるわけにもいかない。話し合って解決するのだろうか。
何せ、昏睡事件の原因がこの無色の夢のせいだという話もあるぐらいだ。

あとできれば草菊としては彼女がつくった料理を食べるという展開は御免願いたい。
あれを食べたら間違いなく死ぬか後遺症が残り、そのまま敗北という結果になる可能性が高い。
それもよい問いは言えない結果だ。

草菊がそんなことを考えていたその時であった!

「フォフォフォフォフォ、何か困っているようじゃな」
「あ、あなたは」

二人が振り返るとそこには白い長い髪と髭を生やしたお爺さんが立っていた。

「フォフォフォフォフォ、わしはドリーム仙人じゃ。この山中の洞窟で修行を兼ねて暮らしておる」

仙人!不老不死とか仙術をあやつったりするあれだ!

「平和裏に解決したいのじゃろう」
「はい」「そうですね」

「ならばクッキングバトルじゃ。クッキングバトルで勝負を決めるのじゃ。さすれば道は開かれん」

ドリーム仙人の提案にとりあえず二人は乗ることにした。
清音は自分の料理が恐ろしい代物だとはつゆとも思っていないし、草菊も清音に負けるわけがないと思っていたからだ。

こうしてクッキングバトルが始まった。
審査員には愉快な森の仲間たちを代表して、マウンテンゴリラや山犬が選ばれた。
審査委員長はドリーム仙人だ。
料理の材料や包丁などの調理器具はどこからかドリーム仙人が用意してきた。

こうして、全ての準備が整えられ、料理バトルが始まった。
途中、山の中に生息するワイバーンの群れによる妨害が入るというアクシデントもあったが、夢の世界に備えて作ったというお弁当を引き渡すことにより解決することに成功した。
そして恙なく料理が完成した。





まずは草菊の料理。

火が完全に通ってなくて、生焼け状態の肉。逆に焼きすぎて真っ黒に焦げた魚。
調味料の加減を間違えたことが見ただけでわかる真っ赤なスープ
テーブルの上には惨状が広がっていた。

「あ……あはははは……」

料理を終えた草菊がずっと引きつった笑いを浮かべている

そもそも料理の仕方がさっぱりわからない。草菊の人生において料理のことなど一度も考えたこともないのだ。
チンピラを料理する方法ならいくらでもわかるのだが。

「だ、大丈夫ですよ……死ぬことはありませんから……」

生命賛歌の効果により草菊の行動では誰かを殺すことができない。
当然草菊の作った料理でも決して死ぬことはない。
つまり死を覚悟せずだべることが可能なのだ。
安心安全!



それでは草菊の料理の安全性が保障されたところで、次に清音が作った料理に目を向けてみよう。

怪しげに七色に発光するスライム状の物体。名状しがたい形状のクトゥルフ神話にでも出す方が正しいのではないかと思われる謎の物体。
常に謎のガスを噴き出している紫色の液体etc.etc.
見ただけでは食べ物であるということすら理解できないような謎の存在がそこには並んでいた。


「こ、これはなんじゃ……?」
「えっ?味噌汁とご飯とか一般的な朝食を作ってみたんだけど……?」

どこに疑問があるのかわからないといった様子で清音が答えた。
当然だ。彼女からすれば味見もしたごく普通の料理なのだから。

いつの間にか晴れ渡っていたはずの空は曇天に変わっていた。
そして料理に恐怖を感じたマウンテンゴリラがドラミングを始め、山犬が吠え立て始めた。


審査が始まった。








その後の結果だけを述べれば、目覚めたときどちらも夢の戦いの記憶を失っており、どちらが勝利したのかはわからない。おそらく勝者も戦いの記憶を放棄したものと思われる。
このことから清音の料理により名状し難い恐ろしいことが起こったと思われるが、誰の記憶にも残っていない以上誰にもわからない。

GOOD LUCK(これからの夢の戦いに幸あれ!)
最終更新:2016年04月26日 05:36