【これまでのあらすじ】
異形のお嬢様エルレカーンは夢の戦いに勝利し、呪いを解く方法を手に入れた。
妖精ちゃん曰く、オーストラリアの首都シドニー(※1)から北西2500kmに聳える世界樹。
その地下に巣食う大いなる”魔”を討ち滅ぼせば呪いは解けるらしい。
現実に戻った彼女は、さっそく金と権力に物を言わせて現地に向かう。
しかし目的地である『世界樹の町』で意外な人物が待ち受けていた――!
※1)首都ではない
◯
原始の自然を現代に残す、緑の大地パプアニューギニア。
東西を分ける山脈は、世界樹の根が地表に出てきたものである。
連なる山々には独自の価値観を持つ民族が暮らし、世界樹を代々守り受け継いできた。
彼らが形成するコロニーの中でも最大のものがこの古都エッチナ・オ・ミセ。通称『世界樹の町』。
物好きな観光客で賑わうこの町に、また新たな来訪者が訪れようとしていた。
草を刈っただけの急ごしらえのヘリポートに、セスナが着地した。
乗員は二人。まず助手席から、白いコートを身に纏った少女、エルレカーン。
もう一人はメイド姿をした褐色肌の美人。その耳は長く尖っている。
「いい景色ね。マイナスイオンを感じるわ」
エルレカーンの髪が風に揺れた。
……おつむの方は若干残念な感じだが、するっとした麗しい顔がそれを帳消しにしている。
「思えばあれから随分とアクティブになったわね、私」
「今の方がお素敵ですよ」
「褒めても給料は上げないわよ」
「チッ」
セスナから降りて仲良く会話する二人に、エスニックな服を着た少女が近寄っていく。
鼻から上を隠す仮面をつけており、その表情は伺い難い。
「世界樹の町へようこそ!遠い所からよくお越しくださいました。アイリと申します。
この村の巫女を務めてまして、祭事がないときはこうして案内を――」
「そ、その声は……!」
エルレカーンは困惑する。忘れるわけが無い。その名前、その声、その振る舞い。
織音アイリ。夢の戦いで、私に勝ちを譲ってくれた心優しい女の子。
(どうしてこの子がここに――!?)
「どうかいたしましたか?」
「い、いえ何でもないわ。案内を続けてちょうだい」
「それではまずお宿からご案内しますね。お連れの方もご一緒に」
アイリに案内され、町で一番上等な宿に辿り着く。
宿の女将には金貨12枚を渡して3人分の個室をチェックイン。
食堂で鹿肉の料理を堪能し、次の要所に向かった。
◯
町の中心にある巨大な円筒祭壇。巻き付く螺旋階段を登って行くと、内部への入り口がある。
「お待たせしました到着です!こちらが世界樹の大空洞になります!」
アイリに先導されて祭壇の中へ入るエルレカーンとメイド。二人は一瞬息を呑む。
彼女たちの眼の前には、底の見えない大洞窟が広がっていた。
「地球にもまだこんな場所があったなんて」
「世界樹区域はテレビ立ち入り禁止ですからねー」
地の底から吹き上がる冷たい風は、どこか不気味な感触だ。
「この大空洞は世界樹の根と根の隙間でできていて、迷宮みたいに入り組んだ空間が
ずっと奥深くまで続いてるらしいです。それ以上のことは知られてないんですけど……」
「これ、どうやって潜れば良いのでしょうか」
「えっ!?やっぱり潜るつもりなんですか!?」
「そうよ。そのためにここまで来たの」
しばしの思考を巡らせ、アイリが口を開く。
「とりあえず守人さんに許可を貰ってこないと」
「よし、それじゃあそこまで案内しなさい」
大空洞を後にし、エルレカーン御一行は守人の家に向かう。
「エルレカーンさんはよく旅行とかされるんですか?」
「前はそうでも無かったのだけど、今はそうよ」
「先月はグアム行ってましたね。私は留守番でしたが」
「ふわあぁ、凄いです!羨ましいです!私もいつか、旅行とかしてみたいなあ…」
「もし私が無事に帰れたら、お金なんて幾らでもあげるわ」
「えっ本当ですか?いやでも悪いですそんなに…えへへ。あっ、着きましたよ!あの家です!」
アイリがぽてぽてと駆けていく。
エルレカーンとメイドもその後を追いかける。
「そんなにってどんだけ貰うつもりだったんですかね」
「言わないの」
◯
窓からは夕陽が差し込む夕陽が、客室をオレンジ色に照らす。
出入り口の横にエルレカーンとアイリが突っ立っている。
そんな彼女らを横目に、守人の老人と机を挟んでメイドが向かい合っていた。
「ではあなた達は大空洞の写真を撮るためにここまで」
メイドからでっちあげの事情を聞いた老人が、苦い表情で問い返した。
「仰る通りです長老殿。そのための許可をいただきたい」
「悪い事は言わないからやめなされ、旅の人。あの奥に行って帰ってきた者はおらぬ。
お主達もそうなりたくないじゃろう」
ありきたりの理由で申請を断る。世界樹は彼らの聖地。
余所者が踏み入ることを基本的には歓迎しない。そう、基本的には。
「……それではこれでどうかな」
メイドが金貨袋を机に差し出す。賄賂だ!袋の上からでも相当な量であることが分かる。
「良いぞい許すぞい」
さしもの守人も、銭の威光には勝てなかった。
三人は部屋を後にして「お腹が空きましたわ」とか言いながら宿へ帰っていく。
客室に取り残された老人が、誰にも聞かれないようにぼそっと呟いた。
「アイリや、今更戻ってきて今度は何をするつもりなんじゃ……」
◯
夜の帳は降りて。外からする虫の鳴き声だけが聞こえる静かな寝室。
壁には白いコートが掛かっている。
エルレカーンは寝台に寝転び、肩の下から広がる無数の触手を伸ばしていた。
そして部屋を照らす小さなロウソクの明かりが消えかかった頃、かぼそいノックが2回響いた。
「エルレカーンさん、起きていますか」
「アイリね。いいわよ、入りなさい」
扉が小さく開かれ、アイリが姿を見せた。
彼女は後ろ手で扉を閉めると、堰を切ったように言葉を発した。
「私、今日ずっと言い出せなかったことが……」
「なんとなく感じていたわ。あなた、夢の記憶が残っているのね?」
「……はい。無色の夢――でしたっけ。そっちの方だけ。
戦ったことは憶えてないけど、エルレカーンさんの事は知っているんです」
目元を仮面で隠す彼女を表情は伺い難い。しかしその声はとても辛そうだ。
「1つ聞いてもいいかしら」
「お願いします」
「あなた、この町を……その、追われてたじゃない?なのに、どうしてここにいるの?
そんな仮面で顔を隠してまで」
エルレカーンは幾つかの返答を予想していた。しかし、アイリの答えはそのどれでも無かった。
「私はあなた助けに来ました。だって、その呪いは私のせいだから――」
今ここに明かされる衝撃の真実が明かされる。
「あの大空洞の底には、魔王が封印されています」
「…!」
「私が茨姫の杖を抜いたせいで封印が弱まり、その力が世界に撒かれてしまった」
「そのことをどこで知ったの」
「無色の夢を見たときに、杖が教えてくれました」
この話を肯定するように、エルレカーンの触手がわしゃわしゃと蠢く。
「そう……そういうことだったの。大体、分かったわ」
「夢から醒めて、このことだけが頭に残ってて。
居ても立ってもいられなくなってここに来たらあなたもここに来るって聞いて」
アイリの紅潮した頬を涙が伝った。
気が抜けて後ろに倒れそうになった彼女を、エルレカーンが腕を伸ばして抱きとめる。
「いいの、いいのよ。別にあなたを責めたりしない。よく喋ってくれたわ」
アイリをベッドに手繰り寄せ、3本目の手で頭を撫でる。
その他大勢の触手は空気を呼んだのか縮こまっている。
「そういえばあなた、杖はどうしたの?」
「こ、これはその……」
「それにそのお面。ここなら取ってもいいでしょ?」
エルレカーンの5本目の手が、アイリの仮面を外す。
アイリが本当に隠したかったものが顕になる。
「あっ…!」
夢の戦いを経て、茨姫の杖はその姿を変えてアイリの体内に取り込まれた。
張り巡らされた呪いの茨は常に持ち主を苛む。その痛みは終わらない悪夢。
そして仮面に隠されていた左の眼窩、そこには眼球の代わりに一輪の薔薇が咲いていた。
「綺麗ね」
「す、すみません。びっくりしますよねこんなの――え?」
「美しいわ。最高よ、あなた」
エルレカーンはくるりと体勢を変えて、アイリをベッドに押し倒す。
そのとき生じた風で、ロウソクの火が消え、部屋は暗闇に包まれた。
「んっ…」
「あら、もうこんなにしちゃって」
「こ、こうなってから体中がずっと痛くて、熱くて、気持よくって……!」
「ふふ、そんなイけない子には、おしおきが必要ね?」
「ひゃい!あぁ……っ……にゅるにゅるぅ!にゅるにゅるきちゃうぅう!
にゅめにゅめぇ、しばりゃれて、おまたこすれちゃてっ、きもちいぃっ!!」
触手と茨が絡みあいもうなんか凄いとしか言いようがない乱れ方をする二人。
その隣室で、エルレカーンお付きのメイドが頭を抱える。
「うるさくて寝れねー…」
◯
「あれ?もういいんです?」
妖精ちゃんが語りかけてくる。
「ええ、満足よ。お外で冒険も出来たし、私にとって初めてのお友達とも語り合えた。
これ以上なく……幸せだったわ」
「でもでも、このまま夢を見続けるのも良いんじゃないですか?
展開的にもまだ始まったばっかりじゃないですか」
「夢は一夜限りでいいの。そうじゃないと、どっちが現実か分からなくなるから」
「そうですか……。じゃあ、名残惜しいですがここでお別れですね」
◯
窓の外を見やると、港区の夜景が広がっている。
現実に戻ってきたのだ。
(エルちゃんおっはよー!半日ぶりぐらい?良い夢でも見てたー?)
「夢……か。そう、やっぱり夢だったのね」
エルカーンはベッドにずるずると潜り込む。
(おやおや。二度寝ですか)
「そうよ。そうしたらまたあの子に会える……気がするから」