春の生暖かい風が吹く。空は曇りで、月明かりは届かない。
夜の闇が灰色の町を覆っていた。
渦巻く暗雲の下、赤い鉄骨の構造体が街灯に照らされ浮かび上がっている。
ありふれた夜の町の光景。
その静寂を切り裂くように、喘ぎ声が木霊した。
「ひゃあぁっ……んっ……か、かってにしないでえぇぇぇ!!」
薄緑色の髪をした少女が、地上10mに位置する鉄骨にしがみついている。
顔は紅潮しており、息は荒い。
そして垂れ下がる髪の毛を巻き付けるようにして、一振りの杖がぶら下がっていた。
茨が巻いた禍々しい棘の杖。
その杖が突然喋り出した。なんとこの杖、お喋り機能付きである。
「クッハッハ!我が茨は鋼よりも硬く絹よりしなやか!八つ裂きになって死ねィ!」
どこから声を発しているのかは分からぬがとにかく杖が喋った。
そして杖から、凶悪な棘を乱杭に生やす……茨が生じた!
「やめてえぇっ!このちからで、ひとをきずつけたくないっ!!」
「我が怨敵、邪悪なる海の神性よ!ここで会ったが40億年目!必ず死なす!」
少女の悲痛な叫びなど聞こえないというふうに杖が咆哮を上げる!
それに応じるかのように、茨が巻きひげをつくりながらどんどん広がっていく!
「わたしっ、こんなのたのんでないぃっ!たのんでないよぉっ!!」
シュルシュル!
茨が鉄骨に絡みながら何かを追うように広がっていく!
「いままでは黙ってお前に従っていたがなァーッ!!アイツを見つけたとなりゃ話が別よぉーッ!!」
シュルシュル!
茨が何かを追うようにどんどん伸びていく!
「こっ……このちからはぁっ……!!ひとのためにっ、つかうってぇぇっ!」
「うるせェァアーーッ!!今はお前が従う番だ!!黙って力を!痛みを!寄越せェッ!!」
「あああぁぁぁっ!!いばりゃぁぁぁぁ!!いばりゃきちゅうぅぅぅぅっ!!」
この少女、織音アイリはマゾだ。心優しきマゾだ。
そして先ほどから何やら喚いている杖は『茨姫の杖(リトル・ブライアローズ)』。
所持者の痛みをその力に変えるこの杖から供給される痛覚に、アイリは快楽を感じている。
特に先程のものは効いたようだ。
アイリはよがり狂い、脊椎反射で鉄骨に腰を振っている。
「ふん。ようやく静かになったなァ。じゃあ行くぜェーーー、エウレカァァァアァ!!」
シュシューッ!
ひときわ太い茨がとぐろを巻いて、跳ね、何かを追いかける!
「紅い茨は槍の如く―――喰らい砕け、ブライアローズ!!」
バキィーッ!!
締め付けられた鉄骨がブチ折られた!この茨の破壊力は鋼をも砕くというのか!?
こんなものを喰らえば、例え不死身の生命力を持っていたとしても無事ではすむまい!
そして茨の先端が追う数m先に――異形の少女!
肩から下に100本の触手が生えており、それらは海産物――タコとかカニとかクラゲの原型がある!
そんな彼女が悲鳴を上げる!
「リハーサル(※無色の夢)と違ーーーーう!!」
異形の少女は触手を鉄骨に伸ばし、手繰り、立体的に機動する。
その背後からブライアローズが襲いかかる!
100本の内幾つかのイカ触手の先から、タチウオを生やしこれで茨に応戦!
だが無残!
イカタチウオ触手は茨に裂かれ、切り身と化した!
そもそもタチウオは太刀みたいな魚であって泳ぐ太刀では断じて無い!
せいぜい歯が鋭いぐらいである!分かっているのか……分かっているのか、エルレカーン!?
そう、この異形少女の名前はエルレカーン!この戦いに巻き込まれた、哀れな少女だ!
そして彼女の心の中に声が響く!精神の同居人、エウレカだ!
(ほらほらファイトファイトー♪頑張らないと刺し身になっちゃうゾ☆)
「エウレカァァァーーーー!見てないでいつもみたいに手伝いなさいよーーーーッ!!」
(いやー、相性って奴があってぇ。私が出張ってもアイツには勝てな……ああ後ろ後ろ!)
ゆらめく67本目の触手についているタコ眼球が、背後から迫り来る鏖殺茨を捉えた!
100本ほどの茨が渦を巻いて迫り来る!
触手バトルだ!!!!
オーソドックスにダイオウイカの鈎爪付き極悪触手!無残!イカ刺し一丁!
ならばとオニヒトデの毒針付き青黒触手!オニヒトデ無残!環境保護、サンゴを守れ!
電気ビリビリ!シビレエイの発電器官!!あっそれ水中じゃないと効果薄いんで。無残!
ブライアローズが迫ってくる!ヤバイ!
(既存の生物から流用して手抜きしないでホラホラ!独自の発想力!宇宙!マハトマ!)
「やればいいんでしょやればァァーーーーッ!!」
黒い硬質ゴムみたいな蠢く超触手!チェーンソー触手!電撃を纏うポリプ!
宇宙風プロペラカッター!光の流法・輝彩滑刀!超々高圧ウォーターカッター!
これらはやや善戦するも、茨の棘が突き刺さったところから溶け始めた!
「だめじゃない!!なによアレーッ!!インチキだわー!!」
(あちゃーっやっぱコレなんだよなー。専門用語で言う所の神性特攻の棘がなー!)
「に、逃げましょう!逃げるわよ!」
(ちょっとそれはタンマタンマ!!悪手だよエルちゃん!!)
27 :エルレカーン:2016/04/19(火) 23:05:25
チョウチンアンコウのランプを生やして逃走を図る!目眩ましだ!
フラッシュバン!閃光が辺りを包む!
徐々に視界が戻る。茨はどうなったのか……。
ダメだ効いてない!まるで意味が無かった!
それどころかさっきの間に、何本かの触手が茨に捕まっている!
それらがそのままエルレカーンを飲み込もうと伸びてきた!
(うわーっ!何やってんですかエルちゃーーーーん!!)
「ああもう!切って切ってぇーーーー!」
カニ触手が茨に捕まった触手をことごとく切り離す!
しかしそれが原因でエルレカーンは体勢を崩し、墜落!鉄骨に激突!気絶!
(うわーっ!シスターにぶち抜かれたときといい相変わらず油断しすぎですぅ、起きてー!!)
茨が彼女を周囲を取り囲み、棘の檻を形作っていく。
もはやここまでか。
このまま肢体をバラバラに引き裂かれ、目覚めぬ永遠の悪夢に囚われてしまうのか。
後悔の念が押し寄せる。
自分が背負った業、因縁、宿命の戦いにエルレカーンを巻き込んでしまった。
こんなことになるなら、外に出なければ良かった……。
エウレカが諦めかけた、その時!
「らめぇ!!らめれしゅぅっ!!」
茨の杖の持ち主、緑髪の少女――織音アイリが叫んだ!
「こっ、このぉっ………バカ杖……んっ……!!」
アイリが杖を手繰り寄せ、抑えこむ。その華奢な腕に、棘が食い込む。
「あっお前バカやめろ!あとちょっとなのに!いいところなのにィーーーーッ!!」
未練がましい咆哮が響く。アイリは杖を更に強く抱く。棘が食い込む。
「あぅっ…!いばりゃっ!いばりゃささってりゅぅぅぅ!!いたいっ!のがぁっ…ぁ!
きもちよすぎてぇっ、おかしくなっちゃぅぅぅ!ああああああぁぁぁぁぁぁっ……!!」
「やめろォ!!こ、こんな小娘如きにこの我が!!この我がァーーッ!!」
(何が起こったんです!?)
広がっていた茨が杖のもとへ収縮する。
「いうこときけないっ……子にはぁっ、おしおきぃっ、ですっ!」
アイリは震える手で、杖の先を、自らの秘部へと運んでいく。
棘の杖を、自らの、秘部に。
「わっ……わたしのなかでっ……!大人しくしていてくださいっ……!!」
「うわあああああああーーーーッ!!よせ!やめろ、やめてくれぇぇぇーーーー……」
「えへへっ……じつは前からいっかいやってみたくてぇっ……!
ゆ、ゆめだから!ゆめだからだいっ、じょうっ……くっ……んっ、はぁ」
これぞマゾヒズムの新境地ローズファック。
アイリの中を、針で刺すよ痛みがのぼっていく。
「あああぁぁぁっ!!いばりゃぁぁっ!!いばりゃはいってくりゅぅぅぅっ!!
あはっ、あっ、あついっ、おなかのなかぁっ、あついよぉっ……!!」
杖とアイリが一つに交わる。
直結部から朱殷色の光がとめどなく溢れ出し、ビルの建築現場を飲み込んだ。
◯
「あれ、私、どうして――」
エルレカーンが目を覚ます。
周りを囲んでいた茨は消え、薄暗い街灯に照らされる鉄骨だけがあった。
(ど、どうやら助かったみたいですねぇ……?)
狂気を統べる海淵の神エウレカでさえも、動揺を隠し切れない。
「あの子、どうなったかしら……」
(ま、まあ……所詮ただの夢ですし?死んではいないでしょう……多分)
突如、街灯が激しく明滅を始める。
一時の夢の戦いが、終わりを告げようとしていた。
(えー、譲られたとはいえ勝ったには違いありません。どんな夢を願うんで?)
「勿論、この体を治す夢よ。ああ、でも……」
一息置いて。アイリが居た場所を見つめる。
「あの子にもう一度会うってのも――――悪くないわね」
無色の夢を見たときから、あの子とは仲良くなれそうだなって……思ってたから。
ほら、どこか似てるじゃない?あの子と私。
夢でも構わない。一時だけでも、ゆっくりお話したかったわ。
アイリって呼んだり、したかったの……。