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シリウス・フィーナ

 ――それは、遠い記憶。
私が4歳の時に、母さんと父さんはこの世を去った。
不思議と、とても綺麗な顔だった。
とても他人の手によって命を奪われたようには見えなかった。

 王位に就いていた私の母さんと父さんは、私がまだ母さんのお腹の中にいる頃――
私たち両親は、まだ1歳になったばかりの兄さんを連れて城が火に包まれて命からがらトラスタ村へと逃げたのだった。
その国は、もう滅亡したと聞いた。私たち家族をあざ笑うかのように。

 私を出産した母さんは、とても綺麗な女(ひと)だった。
女神のような微笑みがとても似合う人だった。
幼い私の小さな手を母の暖かい手が包む。
それだけで、安心した。

 母さんが私を抱き寄せると、いつもふわりとリリィの花の匂いが私を包んだ。
そういえば母さんは、口癖のように私に言うことがあった。
「これから何があっても、人を恨むようなことをしちゃいけないよ。
 母さんとの約束だからね」
私とよく似た、スカイブルーの髪をなびかせてにっこりと笑って私の小さな小指と小指でよく指切りをした。

 私の母さんと父さんは、いつしかよく旅をするようになった。
数日間家を空けることが多く、私の面倒は兄が主に見るようになった。
時々私も兄さんの手伝いをしていた。
父さんと母さんの、帰りをただ待って。

 5歳になった兄は、山を一つ越えた先の街にあるアカデミーへと通うようになった。
一人前の、母さんのような魔導士になると言って。
遠い道のりを兄さんは文句一つ言わず通った。
私も、見たことのない街を兄さんがたった一人で。
私は兄を尊敬していた。
ううん、今でも尊敬している。
たった一人の、私の兄――スピカ兄さんを。

 兄さんの周りは、いつも人が沢山居た。
兄さんは本が好きで、とても博識だったから。
私も兄さんみたいになりたくて、沢山本を読んだ。
それを見た兄さんは微笑みながらいつも頭を撫でてくれた。
「ねーおにーちゃん……おにーちゃんはしーのことすき……?」
「ああ!大好きだよ」
「やったー!こういうことって、じあい……っていうんだよねー?」
「わあ。しーちゃんそんな難しい言葉覚えたの?本を読んでいるせいかなー?えらいえらい」
「うん!」
私は、兄さんがほめてくれることがとても嬉しかった。
私はそれだけでとても幸せだった。

 だけど、そんなことは長く続かなかった。
父さんと母さんは……ローブによって顔が見えない――何者かによって無惨に殺されたと、兄さんから伝え聞いた。
兄さんは、どうやらその現場を見てしまったらしい。
そこから、兄さんはどこか壊れてしまったかのように私以外の誰にも本音を見せなくなっていた。

 父さんと母さんのお葬式が終わり3年が経った時だった。
両親が亡くなってからは私は本を読むことを習慣化していたのだった。
――両親が生前集めていた書斎の魔導書を。
外に出ることが少なくなった。そのせいか私は成績優秀の兄とは違い、いつしか村で『忌み嫌われた子』と呼ばれるようになった。
どこからか風の噂で、私たち家族が王位に居たことを聞いたようだった。
私たちを護ってくれる人たちが居なくなった途端、その仕打ちだった。
私たち兄妹はその事実に絶望さえ感じていた。
そして村の誰も、信用しなくなったのだった。
それでも兄は、自分の腕だけは見限らなかった。
寧ろ、それしか信用していなかった。

「兄さん……私は……私のせいで、国や母さんたちがなくなっちゃったの……?」
私は、いつしかそんなことばかり考えるようになっていた。
「何をバカなことを言っているんだい?……また、村の人たちか……困ったな」
「今日なんて……箒で追い払われちゃった……」
目からあふれ出ててくる、暖かい液体。
「なんてことを……」
兄さんは、私を抱き寄せた。ふわり、と母と同じいい匂いがした。
きっと、裏庭でリリィの花を手入れしたときについた匂いだろうか。
私は、兄さんのその暖かい腕とその匂いで安心してもっと涙が出てしまった。
ぽんぽん、と私の背中を叩いて兄さんはもう一度強く抱きしめた。
私はあのころ気づかなかったけど、兄さんも泣いていたんだ。
……悔しさと、悲しさで。

 それからは夜に兄さんは私を森を抜けた先の小さな丘へよく連れて行ってもらった。
空気の澄んだ空は、輝く星達がいっぱい見えた。
草むらの上に二人で座る。
冬だったので少し肌寒かったが、兄さんがコートを貸してくれて二人一緒にくっついて空を見上げた。
「綺麗ね……」
私は、そう呟いた。
「――星は僕達の上に必ず居てくれる。例え雲があったとしても、その上で必ず輝いているんだ。
 ……だからこそ、美しく輝いて見えるんだよ」
一緒に星を見ながら兄さんは、そんなことを言っていたっけ。
「あ、あれしーちゃんだ」
「……シリウス?」
「そうだよ。あのひときわ輝く星が、シリウス」
「へぇ……」
私は私の名前と同じ名のひときわ輝いている星を、見つめながらそう言った。
「兄さんは、見えないわね」
私はそう呟いたら兄さんは少しだけ笑って。
「……乙女座は、夏だからね」
と、言った。
「ねぇ、父さんや母さんも上で輝いていてくれているかな……?」
「きっとそうさ。今も、そしてこれからも……」
たとえ、雲で隠れていても――父さんや母さん。
……きっと、私たちを照らしていてくれるわよね……?

遠い日の記憶。
私の、大切な記憶。

兄さんと、両親との。
心のアルバムの中にとても大切にしまわれている。

だから、私は立ち上がれるんだ。
これからの未来を、描くために。

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最終更新:2011年07月22日 06:11