シリウス・フィーナ
昔だれかがそう教えてくれた。
私は素晴らしい人間だと。
大きくて、暖かい手で撫でてくれた。
その姿は今はもう泡沫のように――消えた。
私は村の大きな家に住んでいた。その中には今はもはや埃がかぶってしまった、一部だけ廃墟のような場所があった。何年も誰の手も触れずに、標本のように残した部屋が。随分使っていないようなベッドも、本棚にきちんと並べられている魔術本も真っ白になるほど時間が経っているようだ。
ここは、もとはといえば両親の部屋だった。
幼くして両親を亡くした私は、この部屋を大事に残してある。戒めのために。
あのとき、何もできなかった無力だった私たちのために。
私は何かあるとこの埃と、カビのにおいが入り交じった部屋で一人佇んでいる。
『忌まわしい、悪魔の子』
違う。私は、あの人たちみたいに悪いことに魔法を使ってない。
怖い、怖い……あの声が耳がちぎれそうなくらいに鳴り響いて。
頭に針が突き刺さるようなチクチクとする痛み。
誰か、止めて――
手は強く、頭を抱え髪をかきむしろうとする。
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛――
ヤメテ、ヤメテヤメテヤメテ!
痛みに悶えていると、兄さんが部屋へと飛び込んできていた。
「しーちゃん?!……またいつものかっ……!
大丈夫、大丈夫だから。僕がいるよ、離さないよ――」
「はあッ、はッ……!は……ぁ、ああ、にい、さん?」
我を取り戻した私は、いつのまにか兄さんに抱きしめられていた。
「……また、なのね……ごめんなさい」
「シリウス、大丈夫かい?ここのところ発作が酷いようだけど……」
「何でもないわ。大丈夫よ……」
頭を抱え、私は兄の問いにそう答えた。
「でも心配だから、今日はもう寝ていなさい。将来有望な魔術師でも体は資本だよ?」
兄さんは心配そうな顔から、いつもとは違う弱々しい笑みに変えてほほえんだ。
私は兄さんに連れられて私の部屋に移動して、ベッドに横になった。
「あっ、子守歌でも歌ってあげるよ」
「……いらない」
「えーっ!そう?僕の子守歌聞きたいっていう子はアカデミーにいーっぱいいるんだよー?しーちゃんだけの特別ご奉仕なのにぃー」
私は軽快に答える兄さんに無言の圧力をかけた。
兄さんはごめん、と小さな声でつぶやいて自分の軽さに少しだけ嘆いたようだ。
「――ねぇ、兄さん」
「どうしたんだい?」
「兄さんは、今の生活に満足している?」
思い切って、今まで聞けなかったことを兄さんに聞いてみた。
兄さんは少し困った顔をしたあとに口を開いた。
「そうだなぁ……兄さんはね、しーちゃんみたいなかわいい妹に恵まれてとっても幸せだと思うなぁ。
あ、あと学校の友達も大事だし……でも、もちろんしーちゃんは一番大事!」
「私も、”ともだち”できたら、わかる……かな……?」
「もちろんさ、すてきなしーちゃんにはもっと素敵な友達ができるはずさ!……おや、もう寝ちゃったんだね。おやすみ」
そして兄さんは、私のおでこに優しくキスをした。
とっても良い匂いがした。
その夜、小さな尋ね人が家のドアのノックを叩いた。
ちょうどそのとき、私は物音で目が覚めてドアへと近づいていった。
そっとドアをあけてみると、小柄の茶髪で今さっき泥で汚れたようなピンクのスカートを着ている少女が一人。
「わ、あっ!」
どうやらその人物はとても驚いているようだ。
「あの、何か用ですか……?」
「お、おっどろいたー……!ここ、人が住んでるとは思わなくて……」
確かに、私は外へも出ないし兄さんは寮生のため家を空けていることが多い。
陽の光もあまり好きではないので窓際の部屋には近づかないし、人の気配がないのは仕方ない。
「じつは……親とけんかしちゃって……初対面でこれを頼むのはなんなんだけどさっ、今晩泊めてくれない、かな??」
私は親が居ないから、親と喧嘩するってのは分からないけど……・。
服も汚れてるし、なんだか寒そうだし入れてあげたほうがよいのだと私は考えた。
多分兄も理解してくれるだろうと踏んで。
「……いいわ。入りなさいよ」
「ほんとおっ!やっ、やったああ……助かったぁ!」
「ただし」
「ただし??」
「その汚れた靴と、汚れた服と体!ちゃんと洗いなさいよね。あとお風呂まだあったかいと思うから入ってきなさい」
その女の子は先程転けたのかというほどに服や体が汚れていた。
そのまま上がらせると後で掃除が大変なので、あるていどの泥を外ではらってきてもらった。
「こ、これでいい?」
ある程度汚れは取れていたが、私は少し気になることがあった。
「その腕、けがしてるじゃない」
「えっ!あ、ああこれは大丈夫なの!気にしないで」
「ダメよ!そのままほっとくとばい菌はいるんだから。ちょっと待ちなさいよね」
私は急いで救急箱を取りに行った。
思えば何故あったばかりの見ず知らずの女の子にここまでしているのだろうか。
ほかの村の子たちみたいに、見た目や境遇で差別しないから?
否。私が何者かを知るともしかしたら態度が変わるかもしれない。
だから、それまでは。
嫌われないように接しておこう。
それは、自分でも思うほどとても少々ずる賢い考えだった。
「ご、ごめんねーこんなことまでしてもらっちゃって」
「別に、いいわよ。なんだか放っておけなくなっただけ。こんなの自己満足に過ぎないわ」
私はふう、とため息をつきながら女の子にそう言った。
「そんなことないよっ!っつ、いたたた……優しいと思うんだあ!わたしさ、喧嘩とかばっかしちゃうから人から傷つけられることはあっても。優しくしてもらったこと、ないんだ……大好きな両親からも」
その言葉を聞いたとき、私ははっと思った。
私は、両親は居ずとも兄に優しく接してもらっている。
優しさに触れたことのない、この子は私なんかよりずっと辛い思いで生きて来たのかもしれない。
もちろん、私ですらも人に忌み嫌われることはあっても優しいといわれたのはこの子が初めてだった。
「わ、……私も優しいなんて言われたの初めてよ。忌み嫌われることはあってもね」
「ええっ!どうして?見ず知らずの私にこんなに優しくしてくれたのに忌み嫌われるなんて、おかしいよっ!間違ってる!!」
ああ、この子は私のことを知らなかったのに純粋な目で、純粋な心で私を見てくれている。
私は心が少し温かくなった。
荷が少し軽くなったような気もした。
「多分、私はこれから忌み嫌われていく宿命なのでしょうね。……大いなる力の、強大な魔力を持った悪魔の子として」
その言葉を発している自分はとても辛かった。
生きていく間、この運命を背負っていくんだと再確認したような気がして。
胸がきゅ、っとつかまれるような気持ちになった。
「……どうして」
その子は、小さい声でそうつぶやいた。
「ねえ!どうして、最初からあきらめるの?大きな魔力を持っているってわたしには真似できない!凄いことだよ!そもそもキミは、魔力を悪いことに使っていないじゃない!」
私は頭を打たれた。
激痛の走るような言葉を、言われたことのない言葉を、次々とその子はつづっていった。
そうだ、私は悪いことに魔力を使ってなどいない。
むしろ人の役に立ちたいとさえ思っている。
なのに……どうして、気づかなかったんだろう。
「バカね……ほんと、私ってば……」
自分でも、反吐が出るわ。
「……ありがと、礼を言うわ。そこまで言ってくれたの、あんたが初めてよ。私は
シリウス・フィーナよ。よろしく」
「ああっ!そうだ!名前まだ言ってなかったね!私、
ルーラ・キャラットっていうの!もしバカな理由でシリウスちゃんをいじめるような奴がいたら、私が真っ先にパンチしてあげる!」
ルーラと言った女の子は、にっこり笑って私を見ながら言った。
ああ、なんてまぶしいんだろう。
外に初めてでたときの、まぶしい太陽のような。そんな子だった。
「……でさ。よかったら、友達になってくれない、かな?」
「……ともだち?」
「あ、ホラさっきいったじゃん。傷つけられても優しくされたことはないって……あと、シリウスちゃんみたいなすっごい子、友達になりたいんだあ~!」
ルーラは目を輝かせてそういった。
「……おあいこ、ってことね。うん、賛成よ。友達になりましょう」
「やったああ~~~!……えっくしゅ!……あ」
ルーラは、大きなくしゃみをしたあと重大なことを忘れていた。
「……体、冷やしたわね。喜ぶより先に、お風呂入ったほうがいいんじゃない?」
「そ、そうだよね~~じゃ、じゃあお風呂お借りします……」
ルーラはぺこりと頭を下げた。
「……そんな、あらたまらなくたっていいわよ。私たち、友達なんでしょ?」
「えっ、あ、うん!ありがと……よろしくね!……っふえっくしゅ!」
ルーラはまた大きなくしゃみをして、風呂場へと向かったのだった。
ねぇ、父さん、母さん、兄さん。
私にも、とっても大事なものが できたみたいです。
最終更新:2011年09月01日 22:44