不束者を取巻く人間関係②(親子関係)
不束箍女の両親を中心に展開する。
不束箍女…『似喰い/スネークイーター』
不束小浜…箍女の父親。
不束炎…箍女の祖母。
(あらすじ)
不束箍女はごく普通の良家のお嬢様だったが、事故からビッチの肝臓を移植され人格がビッチに変貌した。以来、親との仲にも明確な変化の兆しが現れ…
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タガが外れた。
タガとは何か。現代では馴染みが薄いかもしれない。桶の周りにぐるりと纏わりつく輪のことと形容すればピンとくる者もいるだろうか。
元来ただの板の集まりに過ぎない桶を、容器足らしめているのがタガに他ならない。外側からの締め付けによって形を維持する力は秩序そのものだ。タガを嵌めることで初めて桶は完成する。
そのタガが外れてしまっては纏まりがつかない。
有り体に言ってしまえば、理性の箍が外れた。
アスファルトの道路と無粋な電柱の只中にあるのは、古風な建築である。周囲を塀が囲み、門に入ればまばらに立つ木々に砂利の敷かれた無骨な庭が見える。所々に置かれているのは枯山水を意識した岩だろうか。片隅には申し訳程度に芝が生えている。
荒涼とした印象のある建物だ。正面の石畳を進むと二階建ての屋敷が。
木製の日本建築だが、窓枠に嵌め込まれているのは窓ガラス。明治大正の和洋折衷といった体だ。
ここが不束箍女の実家だ。
不束箍女は自室の片付けをしていた。
以前は整然としていた部屋も、箍女が変わってから物が散乱するようになった。
室内には随分と色んな物が無造作に置かれている。
ネックレス、イヤリング、指輪、チェーン、宝石などのアクセサリー類やヘッドホン、ぬいぐるみ、カーディガンなど、今時の女子高生なら持っているであろう装飾品。
古い人形やDVD、写真アルバム、日本刀、LSDなど、本来は奥に仕舞うであろう想い出の品々。
ダルマ、額縁、マイク、自転車の空気入れや比較的新しい新聞紙など全く意味のない物まで。
ありとあらゆる物がそこら中に散らかっている。現在の本人の性格を表しているようだ。締まりがなく、治めるべきものが治まっていない。中身が溢れ出している。
この部屋の半分はごく最近手に入れた物だ。箍女は何かをする時、事前に情報を調べ上げ、仕込みを十分に行ってから挑むが、その際に対価としての報酬を求める性格である。
例えば試験勉強するにしても、良い結果を得なければ意味がない。旅行するにしても、記念品を買わなければ実感が湧かない。要はそういう浅はかな物欲の延長線上である。
箍女は戦利品の獲得に執心している。部屋の半分の品々は実際トロフィーである。
もう半分は部屋の片隅に大事に仕舞っていた物をひっくり返したのである。
「さて、何から片付けて行くべきか…」
箍女は考え込む。このところ考えもなしに物を溜め込みすぎた。所有欲が強くなっている。
ところで自宅での箍女は和装である。今は黒い小袖を着ている。
「タガメッピや、部屋の片付けをして居るのかえ。」
箍女が悩んでいると、襖が開き奥から出てきたのは古墳時代の髪型をした老婆である。
「あっオバァちゃん!」
「ああ~?」
彼女は不束炎(フレイム)。会話をしていると一見ボケ老人のようだが、これは元々の性格である。
「ああああ~タガメッピや。片付けとか奴隷~?」
炎(フレイム)オバァちゃんは愛情溢れる人柄で、戦術などをタガメッピに解き、一方で炎のように苛烈に己を律する大和撫子だ。以前は一歩離れた所から見ていたが、現在では一番の親友とも言える存在である。
「あっオバァちゃん!ワタシ部屋の片付けをしたいから手伝ってくれないかな。」
実はタガメッピのオバァちゃんはお片付けの名手である。あまりに整理整頓が得意で、家内騒動や対警察などのゴタゴタなども粗方片付けてしまう。若い頃は地獄の掃除屋と呼ばれ、彼女の歩いた後にはぺんぺん草ひとつ生えないと恐れられていた。
部屋の掃除をしたいタガメッピにとって、オバァちゃんの出現は渡りに船と言える。
「え~?じゃあワシがお父さんに掃除をさせて良い~?」
オバァちゃんの提案はタガメッピにとっても実際魅力的だった。タガメッピにとって父親は厳格な存在だが、一方でそんな父のことを尊敬してもいた。そんな尊敬する父親が愚かにも自分の部屋の掃除をするという行為に被虐心と嗜虐心を同時に満たせると感じたのだ。タガメッピはビッチだった。
そして、炎(フレイム)オバァちゃんは実は掃除などは奴隷身分の人間がする卑しい行為だと考えていたが、オバァちゃんは実はドMなので裕福な家柄出身である筈の自分がそんなはしたない行為をするという事実に激しい快感を覚えるのだ。そのため、若い頃から自宅や社会のゴミを掃除をする危険な任務を遂行してきたのだが、それが常態化した現在、厳格な息子が自分の代わりに孫の部屋ではしたない行いをするという事実に倒錯した笑みを禁じ得ないのだ。
ここに二人の利害は一致した。
「じゃあワシがお父さん召喚するねああああ」
言うや否や、炎(フレイム)オバァちゃんは懐から七輪を持ち出し、庭に出て魚を焼き始めた。
すると、どうであろうか。魚は香ばしい香りを立て、煙を発した。そのまま煙は天高く昇ってゆく。
魚が狼煙となったのか、20分もすると何処からともなく黒スーツの見知らぬ男が部屋にあがりこんできた。男はゴンドラを引いていた。
「ホラよババァ、所望の奴隷だ。」
男はゴンドラに腕を突っ込むと、中から何かを引っ張り上げた。それは箍女の父親だった。
これが、不束炎(フレイム)の『奴隷市場(ブラックマーケット)』。何処からともなく現れた悪人がゴンドラの中から知り合いを呼び出す召喚術タイプの魔人能力である。
「じゃあな。」
黒スーツの男は帰ってしまった。
「えっ何この状況?」
箍女の父親は開口一番これである。彼の名は不束小浜(コフィン)。箍女より漢字の読みにくい名前なので自分の娘を名付ける時にもその読みの難解さに気づかなかった。渾名は勿論大統領である。ところでコフィンを日本語にすると棺桶となり、日本の棺桶は元来大きな桶の形状をしていたので、棺桶の娘の名前が箍なのは割と理に適ってると思う。
タガメッピもまた、両親からは本名の箍女と呼ばれていることを悪しからず思っていた。それに可愛い。別に特別両親に愛着を持っている訳ではないが、両親が自信を持って変な名前で自身を呼ぶのが好きだった。
気を取り直して小浜(コフィン)お父さんはタガメッピを見る。何故自分が呼ばれたのか。それは二人の決然とした表情を見れば明らかだろう。小浜(コフィン)お父さんもまた普段の厳格な態度に戻る。厳格。そう、小浜(コフィン)お父さんは酒造メーカーの社長をしているが、家長としての役目を果たそうとするあまり「今日は家でキリッとした表情で物書きとかしてた方が厳格な父親っぽいし。」という理由で有給を取得し、とりあえず自室で架空のリスを主人公にした森の話とかを書いていた次第である。そんなことをしている場合ではなかった。
娘の決断を迫られた眼を見よ。アレは箱入り娘として育ててきたが、事故からビッチに変わってしまった。変わってしまった事自体は残念だが、娘は今必死に自己を確立しようとしているのだ。今もなんかそれに関係する話に違いないと父は思った。
そして母の瞳を見よ。それはかつての掃除人時代の危うさを秘めた、尖った瞳である。箍女は母に良く似ている。
ここは一つ、家長たる者の威厳を見せなければいけないとお父さんは思った。
「父上、実は折り入ってお願いしたい事があるの。」
タガメッピは切り出した。
「…良いだろう。箍女、お前の好きにしなさい。」
小浜(コフィン)お父さんは即答した。
「えっ!?いいの?」
「あ~?~?」
驚く二人に対して、小浜(コフィン)お父さんは厳しい表情を崩さないまま話を続けた。
「私が今まで規律を以ってお前を縛ってきたのは観賞用に飾る為ではない。その方が安全だからだ。それでも、お前が自由な世界を渇望するのなら、私にお前を止める理由はない。」
出来るだけ父親の威厳のありそうな言葉を選ぶ。娘が計っているのは恐らく自分を説得し、十代の若者としてもっと自由に青春を謳歌するのを許して欲しいとかであろうと父は考えた。なら、娘が取る策は何か?それは父との和解である。では、それに対して父が取るべき手立てとは?相手の出鼻を挫くことだ。
「本当に?本当にいいの父上?」
「ああ。ただし、全て自分の責任でやれ。」
この時、小浜(コフィン)お父さんは初めて笑った。
「じゃあお父さん、部屋の掃除をお願いするね。」
「えっ!?十代の娘の部屋の掃除をしていいのか!?」
突然の言葉に父は困惑したが、嬉々として受け入れた!父として娘の部屋の散らかりっぷりは見過ごせないと考えていたのだ!真面目な彼は、出来うるなら自分の整理整頓術を見せつけ、父の威厳を見せつけないと考えていた!そこに娘からのこの提案は棚からぼた餅である!父親は興奮のあまり着流しの袖を引きちぎり、三角巾にして頭に巻いた!
「見ておれ!父の勇姿を!ふおおおおお」
父は部屋のゴミとかを袋に入れ始めた!
「ああああ~父上がワタシの部屋を掃除してるわーッ!ああああ~!」
「ああああ~!魚野郎ッ!生意気なッ!」
父親が娘の部屋を掃除するというはしたない事態に一同は興奮!父は娘に構わず要らなさそうな物品等をゴミ箱に捨てていく!
「ふおおおおお」
「ああああ~!」
「ああああ~!」
父は想い出の物品等を別の袋に詰めていく!保存用に分けているのだ!
「ふおおおおお」
「貴方、何をなさってるのかしら…?」
その時、襖が開いて外から入って来たのは箍女の母親だ!箍女の母親は無表情で夫を見つめていた。
「かっ母ああああああああああああーッさん!!」
「お母ああああああああああああーッさん!!」
「ああああ~?」
箍女の母親の顔は虚無そのものであったが、既に夫の顔面に膝蹴りを食らわせていた。
「娘の部屋を片付けるとは言語道断ッ!この軟弱者ッ!」
「うああああーッ!」
父は一瞬で気絶した。流石に今の攻撃は見えなかった。母親は強い。そう思ったタガメッピだった。