『敗犬温泉サスペンデッド』


古くからの伝承には、このように言い伝えられています。
―-「SS勝負で負けたら温泉」と。

ここは希望崎から程近い、江ノ島アイランドスパ。
いままさに、惜しくも予選落ちした選手たちが、特別招待されてゆったりと骨休めしているのであった。
では、少し中をのぞいてみるとしよう。

江ノ島アイランドスパは、直下1,500mから湧き出る江の島唯一の天然温泉を楽しめるレジャー施設である。
大浴場の大きな窓の外には相模湾が広がり、天気がよければ富士山の雄大な姿を楽しむことができる。
思い思いに温泉を楽しむ選手たちの姿は、一糸纏わぬ裸、裸、裸、裸!
それはもう温泉なので当然なことに裸なのである!

「せやけど男湯やないかーい!」

そう。サブイネンが言う通り、残念なことにここは男湯だ。
なにしろこの幕間の作者は男性キャラなので、女湯を書く権利がないのだ。
見渡す限り男の裸だらけ!
……まあ、それなりに需要はあるかもしれない。
サブイネン25歳は格闘家らしく引き締まった肉体で、なるほどこれは男色をたしなむ者ならパッケージホールドしたくなる肉体美!

視点を移すと広い湯船では、野球帽をかぶった青年と、目の下に隈のある青年が湯に浸かりながら談笑している。
ここの源泉は深緑色に濁っているが、内湯は濾過によって完全な無色透明だ。
野球帽の青年は長身で、アスリートのようによく鍛えられた体つき。
目の下に隈のある灰色の髪の青年も、細身ながら筋肉質の逞しい体型。
二人は希望崎学園の1年生同士、顔見知りである。

「なあ、なんでお前、風呂なのに帽子かぶってるんだ?」
「俺、キャラ薄いから帽子かぶってないと誰だかわからないと思ってさ……」
「誰に対する配慮だよ」
「それよりさ、こうしてゆったり湯に浸かってると、今夜はぐっすり寝れそうな気しないか?」
「ああそうだな。せっかく泊まりで招待されてるんだから、今夜はたっぷり寝たいもんだぜ……」

宇多津転寝は、緑がかった湯を手にすくって見つめた。
かなりしょっぱいこの ナトリウム塩化物強塩温泉は、特に睡眠不足解消の効能は謳われていないが、入浴が安眠に効果的なのは泉質を問わない。
転寝の掌の上にある湯を、鳥河貫太郎も見て――ごぼりと血を吐いた。
続いて、転寝も吐血。
緑色に変わった湯に、赤い色が混じり、拡散し、溶けていった。

「アハッ! ナイス・アハ体験! この温泉には興味深いサンプルが沢山集まってるので、眠り病の研究が一層進むことでしょう!」

たるんだ腹肉を揺らしながら現れたのは、脳科学教師・茂木デュ一郎!
50半ばの年齢相応に崩れた体型は美しいものではないが、そのような趣味の人には堪らないのかもしれない! 知らんがな!

(茂木先生!? なんだこれは? ボールを……ボールを探さないと……!)
貫太郎は立ち上がり、ぐらぐらと揺れる頭で考える。
丸腰では能力は使えない。
だが、相手の体格は貧弱――逃げ切れるか?

「これは先生、噂は聞いてますよ。先生は俺に安眠をくれそうにはないね……!」
転寝も戦闘態勢! 空手ベースに独学で組み立てた総合格闘術の構え!
2対1ではあるが、転寝・貫太郎サイドは膝まで湯に浸かった足場の悪さに加えて先制アハ体験で脳が揺れている――やや不利か?

ポクポクポクポク、チーン!!

その時、横合いから茂木デュ一郎におどりかかり連撃を決めるものあり!
湯面と並行にフッ飛びパノラマウィンドウに激突するデュ一郎!
仏具の如き珍妙な打撃ヒット音は……サブイネンだ!

「おう! 三代目を殺ったんはアンタやな? 仏罰うけさらせや!」

「アハ! アハアハ! 自らの手で殴ることを仏罰と称するは如何なるクオリアのはたらきか! 興味深い!」
自らの血糊によって巨大アクリル窓に張り付いたままデュ一郎が哄笑する。
その背後には駿河湾と……真っ赤な富士! 激しく吐血するサブイネン、転寝、貫太郎!

ドゴオッ!!!

その時、垂直のリングを伴った巨大な球体が出現し、四人の予選敗退者に激突した!
「ギャーッ!?」サブイネンが弾き飛ばされて窓に叩き付けられる!
「ギャーッ!?」転寝が弾き飛ばされて窓に叩き付けられる!
「ギャーッ!?」貫太郎が弾き飛ばされて窓に叩き付けられる!
「アハハハハァッ!」デュ一郎が更に窓に押し付けられ血糊が色を濃くする!

巨大球体に見えたものは……パジャマ姿の少女だった。
彼女は、転寝の姉である宇多津泡沫と同等以上の実力を持つ睡拳の達人にして太陽系第七惑星、天王星ちゃんだ!

「むにゃむにゃ。キーパー様からの伝言をお伝えするよ~。皆さんに相応しい戦いの場については今検討中なので~、ひとまず勝手な戦闘は控えてくれると助かるかな~?」

眠い目をこすりながら天王星ちゃんは言うべきことを言い終わると、ドボン。
湯船の中に倒れ込み、お風呂の底でスヤスヤと寝息を立て始めた。

ああ、なんて安らかな寝顔なのだろう。
パジャマ姿の少女が男湯の中に沈んでいる異常性はさておき、どこでもぐっすり眠れる彼女のことを心底うらやましいと感じる転寝くんであった。

(おわり)

追伸:予選落ち女性陣の誰かが女湯編を書いてくれたら嬉しいな!
最終更新:2016年02月24日 22:42