個人戦2回戦SSその2
そう言いながら草凪悠真は大広間への扉を開いた。
「そんな神様なんて――俺がぶっ飛ばしてやる!」
そう言いながらシャーリィ・トリエントは開かれる大広間の扉を見た。
「私達には、神の御加護があるのですから」
 俺の名前は草凪悠真。
 普段は冴えないが頼まれると断れない性格。
 飄々としているが一本芯の通ったところもある、ランクE(エラー)の最弱能力者……まあ普通の高校生と思ってもらって差し支えない。
 個人情報はともかくとして、そんな俺は今、夢の中にいる。
 のんきな奴だと思っただろ?そうじゃないんだな。
 "明晰夢"って言葉を知っているか?自分が夢を見ている事を自覚するっていうアレだ。
 明晰夢は本来、夢だと自覚した時点で思い通りの夢を見る事が出来るらしい。
 自由に空を飛んだり、一瞬で好きな場所へ行ったり、好きな登場人物を用意したり、そりゃあもうやりたい放題と来たもんだ。
 そんな夢を見れた日には、俺はだだっ広くて人もまばら、ぽかぽかしたちょうどいい気候のリゾートビーチで誰の目をはばかる事無く優雅にのんびりと過ごしてみたいもんなんだが、夢の現実ってのはそんなに甘くない。
 ここは夢であり、現実であり、夢ではなく、現実ではない。
 夢であるという事は自覚出来るにも関わらず全ての事は全く思い通りにならない。
 空を飛ぶどころか、ニュートン様がお気付きになられた重力に逆らうことすら出来やしない。
 現実と何一つ変わらない、全く夢のない夢だ。
 その夢の中で、俺は戦う運命にあるらしい。
 まずその前提からして最悪だ。俺はランクE(エラー)の最弱能力者だぞ?
 戦いなんてもんは出来る限り避けたいし、そもそも勝つビジョンが全く見えない。
 もちろん俺は必死で戦いから逃れる方法を探した。
 だが、その努力もむなしくタイムアウト、俺は強制的に夢の中へ。
 対戦場所も迷惑極まりなく、豪華客船の上ときてる。
 逃げ場はないし夢の癖にリアルな微妙な揺れに俺の頭もぐらぐらと揺らされ始めている。出来れば甲板に出て綺麗な空気を吸いたい。
 だが俺の居る場所は船内の薄暗い倉庫の中だ。何故こんなところにいるかって?それが一番最悪な出来事だ。
「なんだって夢の中でまで指名手配されてんだよ俺は……!」
 そう、そうなのだ。
 俺は現在指名手配中。現実の世界では絶賛逃亡中の身の上なのだ。
 なんでこんな事になってしまったのかの詳細は省く。
 一つだけ言えるのは、これは運命のいたずらとしか言いようがないっていうことだ。
 何故か船の中に貼ってある指名手配犯のポスター。それを見た時には心臓が止まるかと思ったほどだ。
 戦う相手は一人。そして相手の正体もわかっている。相手も同じ状況だろう。だがこれじゃあこっちは探すどころじゃあない。
 なんせここは夢の中とはいえ豪華客船。大量の客が乗っているのを既に確認している。
 客に見つかればすぐに騒ぎになる。そんなことになれば相手からすれば恰好の的だ。
 かくして俺は戦う前から大きなハンデを付けられてしまった事になる。
 今はこの倉庫に身を隠し、気付かれそうになったら得意のピグミーマーモセットの鳴き真似でなんとか凌ごうとしている状態だ。
「なんでこんなことになっちまったんだ……」
 俺は至って善良な普通の高校生。だのに毎回トラブルは向こうからやってくる。
 そう、そして今回もやっぱり……向こうからやってくるんだ。
「誰か、そこにいるの?」
「……!……キッ、キキー、チ、チッチー!」
「……そのピグミーマーモセットの鳴き真似……あんた、まさか悠真?」
「な……っ!」
 その声、金髪のツインテール、気の強そうなツリ目顔。
 スリーサイズは上から78、67、79。
 それは紛れもなく、俺と同じ高校に通う津出エレナだった。
 私の名はシャーリィ・トリエントと申します。
 神の命に従い、今は夢の戦いにはせ参じております。
 神は常に私たちを見守り、そして私たちに試練をお与えになります。
 私は一介のシスターであり、戦など不得手なのですが、それが神の与えた試練であるというのならば仕方のない事。
 自分に与えられた使命を全うする事こそ私が神に対して出来る唯一の使命なのですから。
 しかし、嗚呼。神は時に恐ろしいほどの難題を科します。
 私も人の子、豪華客船が舞台と聞いた時には少しだけ心踊りもしました。
 そんな浮ついた気持ちでいた事が神のお怒りに触れたのかもしれません。
「貴様らァ!!この女の命が惜しかったら大人しくしろォ!!」
 私の後ろで紙袋の覆面をかぶった御方が声を荒げます。
 ええと、何故こんなことになったんでしたか。
 そう、船の大広間ではパーティーをしていたので私も対戦相手を探しがてら少し楽しんでいて、そうしたらいつのまにか後ろから銃を突き付けられまして。
 どうやら彼は対戦相手とは全く関係ない方のようですが……
 夢の中とはいえ、私はどうしてこういう事によく巻き込まれてしまうのでしょう。
 いえ、これも神が私に授けた試練なのでしょう。
「俺は、本気だぞ!!この船は、俺が乗っ取る!!逆らう奴は、殺すぞ!!」
 乗客の方々もこの状況にざわめき始め、一触即発の空気を感じます。このままではいけません。
「皆様、どうか落ちついてください。私は大丈夫です。私には神の御加護がありますから」
「女!勝手に、喋るんじゃ、ねえ!!」
「人質なら私一人で十分でしょう。皆様をこの部屋から解放してあげてくださいませ」
 なにより、私にはこの紙袋の方が救いを求めているように見えてなりませんでした。
 迷える子羊を導くのも我らが神の御子の務めなのです。
「そ、そうか、なら、お前ら、ここから、出ていけ!!変な事は、するなよ!!自分の部屋に、戻って、大人しく、してろ!!」
 そう言うと紙袋の御方は声を震わせながら銃を振りまわすように乗客達へ向けました。
 乗客たちは慌てるように部屋から出ていこうとします。
「皆様、どうかごゆっくりお逃げください。慌てると危険です」
「喋るなと、言っているだろう!シスター!!」
 さて、乗客の皆様もお逃げになられ、私と紙袋の御方だけが大広間に残されました。
 紙袋の御方は声だけではなく手も震え始めております。
 明らかに緊張しているのが目に見えています。
「私などを人質にして一体何をするつもりなのですか?」
「し、静かにしろ!喋ることなんて、ない!」
「良いではありませんか。この船を乗っ取ると言っていましたが、行きたいところでもあるのですか?」
「うるせえっ!!」
「私を殺してどうするのですか?唯一の人質を殺してしまっては困るのはあなたではないですか?それに」
「静かにしろと言って……!!」
「その銃、モデルガンでしょう?」
 そう言うと紙袋の御方は周りを確認し、周りに人がいなくなっている事を確認するとそのモデルガンをお下げになり、近くにあった椅子に座りこみました。
「なんでわかったんだ……」
「神のお告げですわ」
 本来暴力に訴えるのは苦手な方なのでしょう。私に襲いかかってくる様子もなく、ただうなだれていました。
 私の方も何もせずにただその隣に座り、彼が口を開くのを待ちました。
「……俺はよう、無実の罪で逮捕されそうになったところを逃げだしてきてよ、この船に乗り込んできたんだよ」
「まあ」
「本当に俺はやってねえんだ。だが警察も周りも誰も信じねえ……逃げるしかなかったんだ……逃げるしかねえだろ?」
 こちらを向いた紙袋の奥の目はまさに救いを求める者の目でした。
 そんな私に出来ることは、彼を救いの道へと導く事です。
 それが神の御子たる私の役目なのですから。
「……いえ、逃げるべきではなかったと私は思います」
「……なんだって?」
 それは神の与えた試練。
 逃げるべきではなかった。むしろ逃げた事で彼は本来犯すはずのなかった罪を犯してしまった。
 例え何があろうと、このような事態を起こしてしまう事は許されません。
「俺は、大人しくしてもいない罪を認めて、逮捕されるべきだってのかよ!そんなの理不尽すぎるだろう!!」
「右の頬を打たれたならば左の頬を差し出しなさい。世の理不尽に罪でもって返す事をしてはいけないのです」
「……話にならねえ……くそっ……」
 そうは言いますが、彼は自分の罪を理解しています。
 それに向き合う事を恐れているだけ。
 ならば、それと向き合えるようにするのが私の役目。
 例えここが夢の中の出来事であっても、彼を見捨てる事は神の教えに反します。
 対戦相手の方と会う前に、この方を救えればよいのですが……
「……ここはあんたの夢の中で?戦いの夢で?私がいるのはおかしいって?何言ってんのあんた」
「いや、そのまんまの意味だが?」
 そう、この夢は"無色の夢"を見た者が見る"戦いの夢"だ。
 だから特定の個人がいるなんておかしいと思っていたのだが……
「よくわかんないけど、その戦いに知ってる人は出ないとか、そういう話なわけ?」
「いや……そういうわけじゃあない、と、思うが……」
「むしろあんた、私の夢を勝手に戦場にしてるんじゃないの!?迷惑なんですけどそういうの!!」
 ……やれやれ、そう切りかえしてきますか。
 まあこの通り、ああ言えばこういうというか、津出エレナという女は全く可愛くない奴だ。
「にしても、なんでこんなところにいるんだよ?いや、夢のことじゃなくてこんな倉庫の方に来て」
「そうだった!!この船、今シージャックが現れて大変な事になってるらしいのよ!!」
 シージャック?
 ああ、豪華客船だからな、ハイジャックならぬシージャックってことか。本当にそう言うんだろうか?まあそこはいい。
 それよりらしいってなんだ?
「私が大広間に行こうとしたら銃持った男が立てこもってるってみんなが逃げていったのよ」
「銃を持った男ねえ……」
 対戦相手はおそらく女性のはずだ。ということは全く関係なくシージャックが行われてるのか?
 その女性が扇動して……ってこともありえそうだが、とにかく面倒なことになってるのは間違いない。
「部屋にこもってろって言ってたらしいけど、そんなのごめんって感じじゃない!しかも人質までだからなんか武器になるものを探しに来たのよ!!」
 そしていつも通りのこの猪突猛進ぶりというか、本当にこの津出エレナという女は可愛くない上にめんどくさい性格をしている。
「私の能力知ってるでしょ?"アイテムアッパー"。こういう倉庫なら"武器"になるものがあるんじゃないかってね」
 "アイテムアッパー"。ランクB能力。その手で触れたアイテムのグレードを上げられる能力だ。
 例えばただの木刀でもこいつが持てば本物の刀になるし、花火なら十分な威力を備えた爆弾になる。
 全くこの津出エレナという女は可愛くない上にめんどくさい性格をしている上に物騒な能力を持っている。
「相手は銃を持ってるからねー、遠くを攻撃できるような何かが見つかればいいと思ってたんだけど……」
 そこまで言うとエレナはこちらの方を向いていきなり俺の手を掴んできた。
 待て、なんだその期待に満ちたような目は、そんな目で見るんじゃあない。やめろ!
「あんたがいればその辺の"武器"でも対抗できるでしょ!ほら、こんなとこに引きこもってないで行くわよ!!」
「おいおい待て待て、なんでそうなるんだよ!大体俺は銃相手なんか戦えない!俺の能力は最低最弱のランクEだぞ!?」
「よく言うわよ、インチキくさい能力使って絶轟田爆也を倒した挙句に指名手配を受けた奴が!」
 人の気にしている事を抜け抜けと……本当にこの津出エレナという女は……やめよう、そろそろ不毛だ。
「あんたがどんな理由で指名手配されてようと、その、私は……あんたの事、その……
 じゃ、じゃなくて、ほら!ここで事件を解決すれば少しは見直されるかもしれないわよ!?」
「ここは夢の中だぞ、ここで見直されたって仕方ないだろ!」
「どうせ戦わなきゃいけない相手がいるんでしょ!?同じよ同じ!!」
「それは、確かにそうだが……」
 確かに、客が今部屋にこもってるっていうんだったらこの機に乗じて外に出るというのは悪い手段じゃないが……
 しかし、そんな相手と戦っている間に襲われでもしたらあっという間に負けるぞ俺は。
 だいたいこれが対戦相手の作戦だっていう可能性も捨てきれない。
「なによ!夢の中……っていうのは私はまだちょっと半信半疑だけど……
 とにかく、夢の中だろうと人を助けようって気にはならないわけ!?」
「……」
「あんたが絶轟田爆也を倒したのだって、本当は私達を、学園を守る為だったんじゃないの!?」
「……」
 それは、近いが、少し違う。
 例え運命に、世界に、神様に見放されたって、俺はいつも俺のやり方でいつも必死に戦っていただけなんだ。
 ランクE(エラー)だってその気になれば運命をひっくり返せる。
 こんな最弱の能力でだって、出来る事があるなら……ってな。
 だけど、そうか。
 こんなことも忘れちまうほど俺は弱っていたんだな。反省しなくちゃいけない。
「……そうだったな、俺は頼まれ事は断れない性格なんだ」
「悠真……!」
「これも乗り掛かった船ってとこかね……仕方ない。やるとしますか」
「……そうよ……それでこそ、私が認めた……」
「なに?」
「な、なんでもないわよ!そうと決まったらいくわよ悠真!」
 この津出エレナという女は可愛くない上にめんどくさい性格をしている上に物騒な能力を持っているしデリカシーもない。
 だが、一緒にいて気分の悪い奴じゃあない。
 なにより逃亡生活ですっかり孤独になっていた俺にとっては久しぶりの味方とも言える存在だ。
 夢の中とはいえ、見知った相手と一緒にいれる事は、得難い事だな。と俺は再確認した。
 大広間は長い沈黙につつまれておりました。
 紙袋の御方はいつのまにかその紙袋も取ってしまってただ下を向いて座っています。
 年の頃合いは、20代前半といったところでしょうか。
 あまり特徴のない顔つきではありましたが、その表情は苦悩に満ちていました。
「……なあ……」
「はい」
「お前は神の試練なんて言うけどよ……だったらお前は、自分にどんな不幸が降りかかっても、神の試練だって割り切れるのかよ?」
「もちろんです」
 私は何の迷いもなく答えました。
 迷う必要もない質問だったからです。
「私に振りかかる不幸は神の試練。私に注がれる幸運は神の恵み。
 そのように考え私は日々を生きております。」
「……じゃあよ、お前は神が死ねって言ったら、死ねるのかよ」
「もちろんです」
 私は再び何の迷いもなく答えました。
 やはり、それは私にとって迷うべき質問ではありませんでした。
「私の命尽きる時が来るならばそれは天命です。
 そこで私の役目は終わり、神の御許へと旅立つことになるでしょう」
「……いかれてるよ、あんた」
「そうでしょうか?」
「普通の人間はそんな考え方は出来ねえよ……俺は無実の罪で逮捕されるのはごめんだ……
 だからこの船を奪って遠くへ逃げてやるんだ……」
 こんな浅はかで突発的な逃亡劇がそう長く続くはずはありません。
 やはり、その事も彼は十分に気が付いているのでしょう。
 こうやって感情を発露させているのは、不安で仕方がないからでしょう。
「なあおい……本当に神がいるっていうんだったら、なんだって俺はこんな目にあわなきゃいけないんだ?
 試練だなんて言うがよ、こんな試練、俺には重すぎる……」
「……そうですね、時に神は、人の身には重すぎる試練を課します。
 そして、それが必ず報われるとも限りません。
 ええ、時に残酷な結末をもたらすことすらあります」
「……そんな神を、あんたはじゃあ、なんで信じてんだ」
「神がいないから不幸があるのではありません。神がいるから、神の御加護があるからこそ、私達は生きていけるのだと信じているからです」
 そう、時には悲しい結末や、別れもある。
 しかし、私達は神がいるからこそ、人生を謳歌出来ている。
 私はそう信じているのです。
「……ねえ悠真」
「どうした?」
 大広間へと走りながら、エレナが話しかけてくる。
 その声は、先程までの元気さと強引さはなく、繊細でか細い声に聞こえた。
「あんたってさ……いろいろ頑張ってるのに、指名手配とかされたり、こんな戦いに巻き込まれたりさ……大変だって、思わない?」
「思ってる。俺の人生はいっつも困難ばっかりだ。本当に運命ってやつを恨みたくなる」
「……やっぱりお前の言う事は理解出来ねえ」
「……」
 大広間に、紙袋の御方の静かな声が響きます。
 その声は、怒りでも悲しみでもなく、虚しさや後悔といったものに感じられました。
「……でもよ……なあ、懺悔っていうのか?今からでも、間に合うのか……?」
「ええ、もちろんです……そういえば、まだお名前を聞いていませんでしたね。
 私はシャーリィ・トリエントと申します。貴方は?」
「俺は……俺は、黒田だ」
「黒田様……神は常に私達を見守っているのです。だから……」
「だがな、決めたんだ。俺が諦めちゃいけない。俺は絶対に諦めない。例え俺が、どんな世界でも必要とされていなくたって……
 それがもし神様が決めた運命だって言うんだったら……」
 そう言いながら草凪悠真は大広間への扉を開いた。
「例え、どんなに苦難と困難が溢れた道でも、神は見守ってくださっています。
 辛くても、痛くても、決してくじけることはないのです。何故なら……」
 そう言いながらシャーリィ・トリエントは開かれる大広間の扉を見た。
「そんな神様なんて――俺がぶっ飛ばしてやる!」
「私達には、神の御加護があるのですから」
――草凪悠真VSシャーリィ・トリエント――会場:豪華客船――開戦――
 草凪悠真とシャーリィ・トリエントは、お互いを一目見た瞬間、相手がこの夢の中で戦うべき存在だと悟った。
 悠真の背後には一人の少女、シャーリィの背後には一人の男がいる。
「悠真!きっとあいつがシージャックよ!……悠真?」
「な、なんだ貴様ら!何の用だ!!」
 少女と男が叫ぶように言葉を投げつける。
 悠真とシャーリィはそれを聞いてか聞かずか、口を開く。
「こんなとこにいたのか……シージャックと一緒だってことは、やっぱり扇動したのはあんたか?」
「誤解ですわ。私は巻き込まれただけ。とはいえ……彼の声に耳を傾ける事は神の思し召しだったのでしょう」
「エレナ、あのシスターが……俺の対戦相手みたいだ」
「申し訳ございません、もう少し黒田様の懺悔を聞きたかったのですが……そうも言っていられなくなってしまったようです」
 エレナは状況を把握してか、キッとシャーリィの方を睨む。
 一方の黒田は事態を把握できず、ただモデルガンを構える事しか出来なかった。
 そんな彼の様子をシャーリィは一瞥した。
「……黒田様。彼は私の客人のようです。危ないので下がっていた方がよろしいかと」
「あ、あんた一体……!」
「ちょうどいいじゃない悠真、ここであのシージャックとあんたの対戦相手、両方倒しちゃえばいいんでしょ!?」
 いきり立つエレナを抑え、悠真はいつもの台詞を口にする。
「シスター・シャーリィだな?一つ確認するが……負けてくれる気は、ないんだよな?」
「申し訳ありませんが。神はあなたに勝つように、と命じられましたので」
「なるほど、神様ね……厄介な相手を用意してくれたもんだ全く……」
 悠真が頭をかくと、我慢しきれなくなったのかエレナが前に出る。
 その手にはおもちゃのダーツが握られていたが、そのダーツは次第に鋭利に、かつ巨大に変化していった。
「あ、おい待てエレナ!」
「こういうのは先手必勝……先に私が抑えてあげるわよ!」
 言うが早いか、エレナはそのダーツを投擲した。
 おもちゃであったはずのダーツはもはやその殺傷力を隠そうともしない、凶悪な武器へと変化し黒田に向かって一直線に飛んでいった。
「ひ、ひぃ……ッ!?魔人……!!」
 黒田は腰を抜かし、後ろへ倒れ込んだ。その無防備な彼にダーツが迫る。黒田は恐怖のあまり目を閉じた。そして。
 金属と金属がぶつかるような音がした。
「……なっ……」
「……う、な、何が、起きた……!?」
 黒田が目を開けると、目の前にはシャーリィと不可思議な紋章が描かれたセピア色の丸い壁。
 そして床には金属製のダーツが転がっていた。
「……当然、能力者だよなあ、あのシスターも」
「申し訳ありません。彼はまだ懺悔している途中なのです。死ぬべき時ではありません。
 ……とはいえ、ここは夢の中。実際に死ぬ事はないのでしょうが……それもまた、神の思し召しでしょう」
 草凪はやれやれといった表情でシャーリィを見据える。
 ランクEだからこそわかる。あの能力はただものではないと。
 基本的にはバリアを張る能力だろう。しかし、それだけではないと悠真の直感が告げていた。
「そう。草凪様。貴方はとても幸運です。何故ならこの戦いに敗北したとして貴方は死ぬ事はないのですから。神の御加護があるのですね」
「冗談言わないでくれよ、本当に神の御加護があったなら俺はまずこんな戦いはさせられてないっての」
 シャーリィはその言葉に返答はしなかった。
 ただ、セピア色の壁が回転を始める。まるで空間を切るような、そんな強い存在感を伴って。
「エレナ、下がれ!」
「え……っ!」
 悠真が一気に前に出ると同時にセピア色の壁が回転しながら高速で悠真、エレナへと向かって飛んでいく。
「悠真っ!危な……!」
 エレナをどかすように押しのけた悠真に向かってセピア色の壁が一気に悠真に、そして。
 そのセピア色の壁は、悠真の手のひらにふれると同時に掻き消えた。
「……!」
「な、なんなんだよ、一体何が起きてんだ……!!」
 その様子には流石のシャーリィも動揺をしたらしく、黒田はただ何も出来ずうろたえていた。
「こんな最弱の能力だってな……こんくらいの事は出来るんだよ」
 へたれこんだエレナの前に悠真が立つ。
 "インフィニット・オーバー・ゼロ"。超常パワーを無効化する悠真のその能力によって"神の御加護"が掻き消されたのだ。
「……なるほど、一筋縄ではいかないようですね」
「お互い様だろ?俺の能力は最低最弱のランクEだぞ?」
 悠真とシャーリィがお互いを見つめる。
 エレナはただその様子を見ていた。
 この二人は、戦うべくして戦う事になったのだと、そう感じた。
「お、おいあんた……シャーリィ!話が違うんじゃねえか!?」
「なんのことでしょうか?」
「右の頬を打たれたならば左の頬を差し出すんじゃなかったのかよ!なんだ戦うって!?どういうことだ!?」
「……それとは話が違うのです黒田様。この戦いはいわば聖戦。
 言ったでしょう?私は神に死ねと言われれば死ねると。
 神は私に戦えと言いました。だから私は彼と戦い、勝たなくてはならないのです」
 シャーリィは慈愛に満ちたままの微笑みでそう言った。
 その笑顔を見た瞬間、黒田にはもう何も言えなくなっていた。
 しばらくの静寂の後、先に動いたのはシャーリィだった。
 自らの前にセピア色の壁を出現させながら、一気に悠真へと駆けだした。
 悠真はそれを待ちかまえるように手を構える。
 セピア色の壁は悠真にふれると同時に掻き消え、シャーリィは悠真に肉薄する。
 シャーリィは拳にセピア色の球体を纏わせて悠真に突きを繰り出す。
 その突きを、悠真は防いだ。不可思議な紋章が描かれたセピア色の丸い壁で。
「これは……」
「あんたの言う神の御加護ってやつだ……!」
「神を否定する者が神の御加護を扱うと……?」
 シャーリィの声がわずかに低くなった。
 悠真の張った壁に拳を叩きつけるシャーリィだったが、その壁にはダメージを与えられない。
 ふっと悠真が指を回すとその壁は回転をし始める。
 その回転は一気に速度を上げる、まるで空気を裂くように。
「目には目を、歯には歯を、ってのも聖書に出てきた言葉だったか?」
「……その後に、続くのですよ。右の頬を打たれたならば左の頬を差し出しなさい、と」
 その鋭い回転がシャーリィを襲う。シャーリィはセピア色の壁でそれを防ぐ。
 凄まじい火花がセピア色の壁同士の間に散った。
 シャーリィはその場で横へ逃げようとした。だが、悠真の張ったセピア色の壁に行動を阻まれる。
「シスター、俺はあんたを助けたい……今降参してくれれば、これ以上やらずに済む」
「いいえ、私が敗北する時は、神に見放され死する時のみです」
「……そうか」
 悠真はそのまま、シャーリィの張った壁を消すために、手を触れようとした。
「……矛盾、という言葉を知っていますか?」
「なに?」
 手を止める悠真に、そのままシャーリィは、口を開く。 
「中国の故事です。どんな盾も突きとおす矛と、どんな矛も防ぐ盾」
「……その矛で、盾をついたらどうなるのかって話だな」
「その結果のどちらが真実でも、嘘になってしまう……ですが」
 シャーリィは、微笑む。
「その勝負、どちらが勝ちか、結果は出ているのですよ」
「……!」
「勝負は、盾の勝ちです。何故なら……」
 盾は攻撃を一瞬でも防いだ時点で、勝ちなのですから。
 シャーリィが自らを防ぐ"盾"を斜めにずらす。
 ぎゅるりとずれた回転する"矛"はシャーリィの左腕を刈り取った。
 シャーリィの作りだしたセピア色の壁がその血しぶきを悠真の顔に浴びせる。
「……っ!」
 怯んだ悠真の顔面にシャーリィは右フックを叩きこむ。
 前面に倒れ込みかける悠真の腹を膝蹴りし、後頭部へひじ打ちを叩きこむ。
 草凪悠真には能力を使わない単なる拳と蹴りを防ぐ術はない。
 彼はその場に倒れ込んだ。
 シャーリィは吹き飛んだ左手の断面にセピア色の壁を張り、止血をする。
「悠真ーッ!!」
 エレナは叫び、ダーツをシャーリィに向かって飛ばす。
 しかし、それらは全て神の御加護によって防がれた。
「……神の御加護を」
 草凪悠真に向けて、大量の"神の御加護"が降り注がれる―――
「……う……ぐ……」
「……ゆう、ま……」
「……!……エレナ……!?」
 草凪悠真が薄れかけた意識を取り戻した時、津出エレナは悠真の上に倒れ込むように覆いかぶさっていた。
 その体は赤に染まり、息をするにも苦しそうであった。
「エレナ……おい……エレナ……まさか俺をかばって……!」
「ゆうま……よ……っ…た……」
「いや、喋るな!じっとしてろエレナ!」
「……ゆる……て……」
 津出エレナは、夢の中から消えた。
「……神の御加護を」
 草凪悠真に向けて、大量の"神の御加護"が降り注がれる―――その時。
「……シャーリィ・トリエント!!先に私が……!!」
 巨大化させたナイフを持った津出エレナがシャーリィ・トリエントに向かって走り、斬りかかる!
 しかしその攻撃は一瞥すらされず、シャーリィの神の御加護に弾き返された。
「う……くっ……このままじゃ……」
「……壁……」
 その時だ。意識が朦朧としていた草凪悠真は、偶然目の前にあった津出エレナのスカートを引っ張った。
「え゛……あ、ちょ、ま、なんてことっ、は、離し……きゃあぁっ!?」
 ああ、なんという運命のいたずらだろうか。
 そのままエレナは悠真に向かって倒れ込む、そして、神の御加護が降り注がれた。
「ぐゃーっ!!!?」
 哀れ津出エレナは偶然にも草凪悠真を守る恰好となってしまったのだ!
「……う……ぐ……」
「……ゆう、ま……」
「……!……エレナ……!?」
 草凪悠真が薄れかけた意識を取り戻した時、津出エレナは悠真の上に倒れ込むように覆いかぶさっていた。
 その体は赤に染まり、息をするにも苦しそうであった。
「エレナ……おい……エレナ……まさか俺をかばって……!」
「ゆうま……よ……っ…た……(ゆうま……よくもやってくれたわね……)」
「いや、喋るな!じっとしてろエレナ!」
「……ゆる……て……(ゆるさない……おぼえてなさい……)」
 津出エレナは、夢の中から消えた。
「人間は、脆くて、弱くて……だからこそ、人間は、人間である事が尊いんだ。神様なんて……必要ねえ」
「それは違います。神は我々を常に見守ってくださっているのです」
「……夢の中とは言え……シャーリィ・トリエント……あんたを許すわけには、いかなくなっちまったな……」
「……ええ、最後の決着をつけましょう。草凪様。」
 草凪悠真の目は、今までとは違っていた。
 今まで自分を助けてくれていた少女。それを失った事により彼は本気になろうとしていた。
「死霊召喚って知っているか……?」
「恨みを残した霊魂は生者に激しい恨みを持つ。そのエネルギーを利用する能力、ですね」
「ああ……だからこそ……俺は……ッ!!」
 草凪悠真は地面に手を当てると一気に電気を放出する。SSランク能力、《天魔雷霆》だ!
 シャーリィはそれを察知し、咄嗟に作りだした神の御加護の足場に乗る事で難を逃れた。
 しかし、たったその一撃で豪華客船は焼け、裂け、沈み、そしてその瞬間、多くの死が生まれる。
「惨殺するのに比べたら威力は低いが……これでも十分すぎるほどの威力はある……どんな能力も使い方次第ってことだ
 この船の乗客は、ざっと1000人はいただろうな……ちっぽけだけど……これが人間の力だ。シャーリィ・トリエント!!」
「……ええ、いいでしょう。その1000人で私に勝てるかどうか……試してみてください」
 シャーリィは微笑みを浮かべたまま、神の御加護により宙に存在した。
 それはまさに聖女のようであった。
「人間を舐めるな……神様なんかいなくたって……人間は、生きていけるんだ!!」
「草凪様……貴方こそ、わかっていないようですね」
「なに……!?」
「1000人の人間の力……ええ、それは素晴らしい力でしょう。ですが……」
「こんな……魔人同士の戦いに巻き込まれるなんて……ちくしょう……やっていられるか、こんなの……!!」
 黒田は、大広間の隅で縮こまり、ただ嵐が過ぎ去るのを待とうとしていた。
「あの時、大人しく捕まっておけば、こんなことに巻き込まれずに済んだのか?それとも、俺にはそもそも道なんて残されてなかったのか?わからねえ……わからねえよ……!」
 頭を抱え、ただ己の歩んだ道に後悔していた。
 どうしてこんなことになったんだ。自分は何を間違えたんだ。
 何故、こんなに辛いんだ。
「くそう……くそ……くそ……っ」
「ああ……だからこそ……俺は……ッ!」
 草凪悠真の声が聞こえた。その時、自らの足元にセピア色の壁が現れた。
「……!!……こ……これは……!」
 黒田は顔を上げ、咄嗟にシャーリィを見た。
 シャーリィの足元にも同じ、セピア色の壁が存在した。彼女の言う、神の御加護だ。
 床はあちこちが燃え、砕け、照明は割れ、弾けている。
 神の御加護がなければ、自分もどうなっていたかわからない。
「……ちくしょう……ちくしょう……」
 黒田はあまりの情けなさに涙を流した。
 自分よりも年下のシスターに、命を二度も救われていることに。
 犯罪者である自分に親身になり、話をきいてくれたことに、まだ何の礼もしていない事に。
 片腕を失ってもなお、戦い続け、こちらの身まで案じてくれたシスターの事に、気が付いたのだ。
「……神様……これが、試練なのか……」
 黒田はモデルガンを手に取った。
 ただのおもちゃだ。自分には先程の少女のようにこの銃を本物にするような力はない。
 だが、それでも、彼は駆けださずには居れなかった。
「人間を舐めるな……神様なんかいなくたって……人間は、生きていけるんだ!!」
「草凪様……貴方こそ、わかっていないようですね」
「なに……!?」
「1000人の人間の力……ええ、それは素晴らしい力でしょう。ですが……」
「ウオオオオオーッ!!!」
 その会話に、黒田が割り込む!!モデルガンを手でしっかり握り、草凪へ向かって突撃をしたのだ!
「な……っ!!」
 それは今まで銃に対抗できなかった彼にとって無視できる行動ではなかった。
 草凪悠真は咄嗟にセピア色の壁を黒田のいる方向へ向けて張った。
 そして、その一瞬の隙を、シャーリィは見逃さなかった。
「……がっ……」
 草凪悠真の体に風穴が開く。
 何故、シャーリィが黒田の持つ銃をモデルガンだとすぐに判別出来たのか。
 それは彼女が本物を持っていたからに他ならない。
「1000の人間の悪意よりも……神に救われた1人の勇気が奇跡を起こす……神は、全てを見ているのです」
 シャーリィの神の神の御加護によって、戦いは、終わった。
 草凪悠真は、1人の神の御子と、彼女に懺悔した1人の男によって敗れたのだ。
「……そして、ありがとうございます。黒田様。あなたのおかげで、私は神の命を真っ当することが出来ました……きっと、貴方にはよき運命が訪れることでしょう」
 シャーリィ・トリエントは、悠真と同じように体に風穴が開き、物言わぬ黒田に礼を言った。
 そして、その場で跪き、祈る。
「神よ、私に願う良き夢があるとすれば、それは皆様がより信心深く、あなたの事を信じる世界以外にほかなりません。そして、それは現実の世界でなさなくてはならない事。
 どうか、私の分まで、皆様に良い夢をお与えくださいませ。それが、私の願いです
 願わくば……彼の悪夢が、自らの罪と向き合い、新たな生を歩めるものでありますように」
 一人残ったシャーリィ・トリエントは、それだけ言うと、夢の世界から消えた。