敗北SS
「この先平安京!!命の保証なし!!」
つやのある美しい烏帽子である。朱雀大路をひた走る牛車に平安貴族がいる。
入京ラッシュの時間から外れているとは言え、二条通りとは思えない程に閑散としている。
「どうして平安京を見るとトキめくの?」
政治の中心地、平安京。
広義に朝廷といえば、美しい自然と高い技術力で知られる日本の国土全体を指す言葉である。平野や盆地などはそれなりの都市、人口も多い。
平安京は人々から親しみを込めて伏魔殿と呼ばれる。その荒廃ぶりは遷都から数百年の時を経て政治が乱れた為である。
牛車に乗る平安貴族は見た目が三十代半ば、黒髪に黒束帯を着ている。平安京に牛車、それだけで完成された芸術品のような組み合わせだが、それに平安貴族が加われば千年の京だろう。
この者の名は在原業平。
ありわら、の、なりひら。後世の人はそう呼ぶ。まさか間違ってもありはらと発音する理系のダンゲロッサーはいないよね。だが平安時代の女性は漢字が書けず、在五中将とか蔵人頭とか伊勢物語の主人公など好き勝手に呼ぶのであった。
母校は勿論、山城国立平安京高校。長岡遷都が藤原種継暗殺で山城まで流されたのは今は昔のことだよね。京都市民にとっては超ハッピーなことに、これにより観光業の盛り立てが可能になった。
「だめだっヤバイ。興奮してきた。」
誰も見ていない牛車内で興奮した平安貴族がすることと言えば一つだよね?
平安貴族は懐から何かを取り出した。一見、板のような何かを。
…詩吟だ!短冊にしたためた和歌を読み上げもせずに、直接懐の中に仕舞い込んでいたのである!業平は短冊をおもむろに壁へ打ちつけはじめた。
ビッチとは人を支配する力!!!
「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くゝるとは」
奈良県生駒郡斑鳩町竜田川トレーニングだ。紅葉の季節だもんね。
「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くゝるとは」
大学寮、短冊まみれになった頃合いに、乗り込んで来たのは同じ平安京の貴族だ。
その貴族は美しい朱雀門を遮り、業平の前に座る。思わず短冊を打つ手を止める。視界を侵犯する貴族。着てるのは同じ束帯。でも業平ッピと違って、長い黒髪を三つ編みにして、土佐日記が凄く綺麗だよ。体から重低音雅楽を流したり、お笏を平安ビッチ特有の外から見えないカンニングペーパーに気崩して、お香などのフレグランスを飾ってるドリームマンとは似ても似つかない。
あんな真面目そうな紀貫之でも遅刻するものかと思い、つい目を遣る。
しばらくの間、業平ッピは興味深げに土佐日記を見つめていたが、やがて席を立ち上がると、妖しい笑みを浮かべつつ、貴族に歩み寄った。
「紀貫之先輩じゃん、おはよう。」
ちゃんと挨拶出来ましたね。でも紀貫之と呼ばれた貴族はちょっと不機嫌そう。名前でも間違えたのかな?
すると紀貫之は返事をした。
「男もすなる日記と言うものを女もしてみんとてすなり。」
紀貫之はオカマだったのだ。男性である。彼はあまりにも文学の道を極め過ぎた為にひらがなに女口調、十二単で文学作品を公開するという最強の執筆法を編み出すに至った。そんな紀貫之のことが業平ッピは昔から大好きだった。
「仮面ライダーオーズのタジャドルコンボってマジカッコ良くね?」
業平ッピはそう言いながら微笑み、紀マリーの隣に座る。
「やまとうたは人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」
女好きの平安貴族にしては、比較的男性との会話に慣れている様子が見て取れる。二人とも三十六歌仙だからだろうか?だが、対する紀マリーは初対面の不審者と出くわしたかのように怪訝な顔だ。
「ちくわァァァァァァア!!」
紀貫之が突如叫んだ。
「えっなんなの。」
在原業平は冷淡だ。紀貫之は牛車のドアを開き、業平を車外に蹴り出した。しめじは肋骨を骨折した。
「えっマジ有り得ない。」
業平は吐血した。意識が朦朧とする。
「ちくわァァァァァァァァァァ」
突如目の前に現れたのはちくわだ!牛車はちくわに飲み込まれ爆発した。紀貫之は即死!
「えっちくわ」
業平は気絶した。
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その頃江ノ島アイランドスパの女湯では名も無き敗北者(the people with no name)達が温泉に浸かっていた。女湯は一部のマナーのなっていない客がそばを打ち付けており、湯気と相まりそば粉で視界が悪くなっていた。
「どこからきなはったん?」
大阪人が気さくに尋ねる。
「東京湾からでござる。」
湯気のせいでよく顔が見えないがまだ若いようだ。あとなんとなく三つ編みの気がする。何気ない会話が続きそのうちにパパン達は達と話し込んでいた。そして誰が言い出したのか男湯を覗いて見ようと言う話しになった。
「面白そうじゃない。見ようよ。」
「バレたら強盗の仕業にでも見せかけようぜ。」
「ワイもやるで。」
「これは初里流武術の訓練の為だ仕方ない。」
「それよりお嬢様のご容態は?」
「わんわん」
「石見銀山って結構凄いよね。」
「僕も行くよ。行くよ僕も。うん。」
僕っ子の女は湯煙を通しても分かるほど体は枝のようにやせ細るも超高密度の筋肉が凝縮されているシルエットをしていた。
「これは」
皇すららは悟る。このような手練れまでもを引き付けるほどの一物がこの仕切の向こうにあるのだと。皇すららは覚悟を決めた。全員が仕切に取り付いた。
「行くぞ」
仕切の向こう、そこにあったのは眩し過ぎるほどに光輝く仏像だった。
「これは、菩薩像さまじゃぁ!」
その時後光が注して男達の顔を照らした。
「あぁッ!!」
女達は一斉に声を上げ驚愕した。それもそのはず、今の今まで女としていた客の大半が男達とは気付かずに意気投合していたのだから。
「覗き魔か、殺るか。」
と叫んだのは松羽田かの子。
ここで裸操坐八見割折牙が提案する。
「待て待て、御仏の前で殺り合うとはあまりに無粋。ここはひとつ通報と行こうではないか。」
「それもそうだな。」
「さぁウィスキーでも飲もう。」
全員の思いは一つになり、男達はリンチされ敢え無く御用となった。たとえ相憎しみ合う者達であっても御仏の前では皆、互いに酒など酌み交わすとは真にめだたきことかな。
正義の力ここに降臨。