個人戦5回戦SSその1
殺してやろう。
殺してやろう、と思っていた。
夢の戦いについては、私には経験がある。
相手の名を知ってから、実際に戦いが始まるまでには、一夜の猶予がある。
普通はそれを、準備に費やすものだろう。
だが、対馬堂穂波にとっては。準備の時間などいくらでもあった。
いつ巻き込まれても構わぬように。
そうそう巻き込まれるものでもないと、頭ではわかっていたのに。
それでも。彼女は念入りに準備していた。
万一の時。姉が勝ち得た勝負に、負けるわけにはいかないから。
そうして浮いた猶予期間を、彼女は敵に向けるつもりだった。
名から個人を調査・特定し、可能ならばこちらの世界で消す。
殺してやろう。そう思っていた。
対戦相手の名前が、“女子高生”と告げられるまでは。
『私がスカートを脱いだ日』
“女子高生”。
対戦相手の名。フザケてる。
女子高生ならば、誰でもいいなんてことはないだろう。
適当に一人、殺してしまえば分かったのかもしれないけど。そんな気はない。
逆にもしこれが、女子高生すべてを指すのなら。
自分自身まで、殺さなければならなくなる。
あまり現実味はない。特定個人と見たほうがいいだろう。
反則技は諦めた。どのみち、ちゃんとしたやり方で倒さなければ、意味は無い。
勝利という結果になることが目的ではない。
勝利をあたしが成し遂げたという、過程が何より大事なのだ。
褒賞に、懲罰に、興味はない。
自分が見る瑞夢なぞ、知れている。今なお見続ける、この悪夢の逆転か。
あたしが姉を打倒し、地に這いつくばらせでもする夢だろうか。
虚しい事この上ない。
自分が見る悪夢なんて、もっと滑稽だ。
今見ているもの以上のが、そうそうあるというのならご教授願いたいくらいだ。
スカートは剥ぎ取られた。
あたしは無様に、廃病院の床に尻餅をついた。
目の前に立つ、セーラー服の女からは、意味不明な呪文が紡がれる。
「ついまどーちゃんって、すんごくキャワワ☆な子だよニャンッ!
アチシィ、一緒にクトゥバでクアトロダゴン・アイホートナッツ・アーモンド・イグ・ツァトゥグ・ウィズ・バイアティスソース・ウィズ・チョコレートオドゥーム・コスチップ・ハンコーヒー・ナイアーラトテップ・抹茶イブ=ツトゥトルフラペチーノfreshashでアフターヌーンブレイクティータイムしたいにょー☆」
――殺してやろう。
埃にまみれ、くすんだリノリウムの床面。
切れかかった蛍光灯の光を、かろうじて照り返す。
非常に僅かながら、その上を歩く少女の姿を、おぼろげに映しだした。
少女――対馬堂穂波は、夢の戦場へと喚び出されていた。
4階建ての病院中央。一本道の廊下の真ん中。
そこで彼女は、歩みを止め、自らの長大なスカートをつまんだ。
スカートの裾の、留め金を外す。
二つ折りになっていた布地が、ばさりと拡がる。床が黒い布に包まれていく。
野放図に広がった巨大なスカート。まともに歩くことはできない布面積だろう。
それでもなお、このようなスカートを用意していた理由。
それは全て、対馬堂穂波の能力『スカートの中の戦争』のため。
スカートの中に古今東西の兵器武器を生産し、自在に取り出すことの出来る能力。
だがそれには、ある制限がある。スカートの容積以上のものは生み出せない。
設置式の重機関銃を喚び出すためには。これだけの布が必要だった。
「解放」
ズン、と重い音がして、巨大な砲身がその場に現れ。
そこにがっちりと、爪を固定する。
目当ての人物は、すぐに現れた。
セーラー服と思しき服装の、少女と思しき人影。
なるほど、あれが“女子高生”かと。穂波は独り得心する。
「――わざわざ夢の戦場までご苦労様。早速で悪いのだけど」
声は廊下に反響し、よく通る。
対馬堂穂波は、接地された重機関銃を構え、正面の人物に照準を合わせた。
「――蜂の巣はお好き?きっとお似合いよ」
「うぴ?」
奇声と同時。重い発射音が連続する。
生身の人間に対しては過剰なまでの火力が、声の主――セーラー服の美少女へと襲いかかった。
「にゃばちちみゅやーっ!?」
およそ人の発するものではない悲鳴を挙げて、少女――“女子高生”は、横っ飛び。弾丸を回避した。
ドアの倒れる音がして、どこかの病室に転がり込む。
「……すばしこい。バッタみたいに……!」
――戦闘魔人か。そうでなければ、超えるに相応しくない。
目論見の外れたことによる、僅かな苛立ちを抑えこむように。
対馬堂穂波は、独り言ちた。
それより1分も経たぬ後。
連続的な砲音と、着弾の破壊音が、再び病院の廊下を埋め尽くす。
マズルフラッシュが暗い院内を照らし出す。
再び現れた影に、穂波は銃弾を即座に撃ち込んだ。
それはベッド。
そんなものは盾にさえならない――彼女が鼻を鳴らした直後。
破砕されたベッドの奥から飛んできたのは、円筒状の巨大な装置。
それがMRI(核磁気共鳴装置)と気づいた時には、既にそれはミニガン近くに着弾して。
機関砲は磁力で砲身を持って行かれ、機能不全に陥った。
――なんて馬鹿力だろう。
穂波は戦慄しかかる。
わざとか偶然かは分からないが、直撃しなかっただけマシと、彼女はそう思うことにした。
「小癪……!解放!」
叫びと同時、機関砲が掻き消える。
スカートに設えたスリットに手を突っ込み、新たに召喚した武器を引っ掴む。
手元に収まったのは、プラスチック製の拳銃。
磁力を警戒して生み出した、その銃を構えた時にはもう。
セーラー服の姿はすぐ近くまで迫り。
発砲。照準が定まらない。彼女の射撃の腕は低い。
「解放」
発煙筒を展開し、ひとまずこの場から逃れようとした瞬間だった。
発煙筒はどこにも生ぜず。
ばさっ、と布のはためく音。
目の前のセーラー服の少女――“女子高生”が、布を持った両手を高々と掲げて。
対馬堂穂波のスカートを、完全にめくり上げていた。
めくりあげられたスカートの中。
飾り気の無い、純白の布地が露わとなる。
その行為の主、“女子高生”は、超接近戦用護身術「女子高生流痴漢撃退術」を修めている。
痴漢撃退術を修めるとは、それはすなわち。
痴漢の行動。痴漢の心理。痴漢の技巧。
それらについて、誰よりも知悉するということ。
痴漢撃退術と痴漢術は、表裏一体。
一流のハッカーが、優れた対ハッカー技術者として雇用され得るように。
痴漢撃退術の完全熟達者は、痴漢のプロフェッショナルである。
しかも、相手が女子高生とあっては。
じゃれ合いの補正が大きくかかる。
女子高生にイタズラをすることに際しては、この時、“女子高生”の技巧は、本家の痴漢をも凌駕する。
「やだ、アチシと同パン!?ウケる!ズッ友じゃ~~~ん!」
「はっ?はあっ!?ふざけっ……死ねっ!」
羞恥心と殺意以外の思考。一つの懸念が、穂波の頭をよぎる。
彼女――“女子高生”なる存在は、『スカートの中の戦争』の制約を知っているのではないか?
スカートの中身を、見られているときは使用できない。
この制約は、大きなものでは決してない。
無論“メタの刺さる”相手――例えば、窃視能力者に当たれば、致命のデメリットとなるものの、
そもそも、この制約を知る機会がないのだ。
能力を使えない状態に居ることを、確信するのは困難だ。
最初から、能力を知っていれば話は別だが……
「解放」
発動宣言はブラフ――自分の大腿に巻き付いた、蛇腹剣を引き抜く。
能力を使えない状況の武器であるとともに。
『スカートの中の戦争』が、一種類の武器しか同時展開できぬと看破した者のを、騙し討つための仕込み。
「ヒヒャオワワ~ン!か弱い乙女に向かって!こわーい☆」
奇声を挙げながら、彼女は穂波のスカートを捲る手を持ち上げた。
振り抜いた一撃は、捲られたスカートに遮られ。
自分のスカートに、切り込みを作るに留まった。
「――解放!」
穂波は捲られたスカートで、自分のもう片手を巻きくるむ。
閉鎖空間を作れば、スカートの表地だろうとスカートの中。
拳銃を作りこみ、布ごと貫通射。
しかし、その先に“女子高生”の姿はなく。
ぐらり、と視界が傾く。
腰回りから、するすると衣擦れの音がして。同時、バランスを崩してよろめく。
「危みーなスカートちゃんはボッシュートの刑だっぴょん!」
スカートは剥ぎ取られた。
穂波は無様に、廃病院の床に尻餅をついた。
セーラー服の少女は彼女に、友好的な笑顔を投げかけ。
「ついまどーちゃんって、すんごくキャワワ☆な子だよニャンッ!
アチシィ、一緒にクトゥバでクアトロダゴン・アイホートナッツ・アーモンド・イグ・ツァトゥグ・ウィズ・バイアティスソース・ウィズ・チョコレートオドゥーム・コスチップ・ハンコーヒー・ナイアーラトテップ・抹茶イブ=ツトゥトルフラペチーノfreshashでアフターヌーンブレイクティータイムしたいにょー☆」
――殺してやろう。
対馬堂穂波は、忌々しげに少女を。“女子高生”を睨み上げた。
「ニャハハ!立てるぅ?」
差し出された手を無視し、拳銃を構えた。
「メッ♪」
その手が一瞬で払われて、拳銃を取り落とす。
払われた手に痛みを覚えながら、穂波は病室の一角へと逃げこむ。
ベッドの一つに、飛び込むように隠れこんだ。
「え~っ☆!ついまどーちゃん、バリ肉食?でもー、アチュラチュ関係は早いっていうか、
アチシィそーゆー目で見てナッシングで、ココロの王子様を待ちまくりの健気系ノーマル美少女だしぃ」
「解放っ!」
独りぶつぶつと呟く“女子高生”を出迎えたのは、対馬堂穂波の蹴脚だった。
蹴りの途中で、足甲を瞬間展開。蹴撃を重撃に転化する技。
彼女の姉も、“稲妻の脛当て”と呼び常用した戦技。
しかしそれも、命中の感触はない。躱されたか。
穂波はそう判断。蹴り足を戻し、腰布を払って体勢を立て直す。
スカートを剥ぎ取られたはずの、彼女の腰回りには、白い布が巻きつけられている。
余ったカーテンを使って、即席のスカートとしてお茶を濁した。
スカートと認識出来うる状態下なら、カーテンでも能力使用に支障はない。
「お色直し的な?おしゃかわ~☆」
――声は後ろからした。
耳元に囁かれた声に、鳥肌が立つ。
いつの間にか、背後に回りこまれていた。
「いぇあ隙アリ☆」
そして、胸を鷲掴みにされた。
白い指が、彼女の双丘に食い込んだ。
「おほっ、控えめでプリチィ!ムヒャヒャヒャ☆よいではないか~↑↑↑」
対馬堂穂波の顔が、屈辱に醜く歪む。
「煩い!死ねっ!というか、あんたも似たようなもんでしょ!」
「似たような、似たような、か……
ぐひひ(☆o☆)アチシィ、そんなにそっくりくっりくりん?ついまどーちゃんと?
運命とかかんぢちゃったりしたりしなかったり系?いやん☆」
“女子高生”はくねくねと身体をくゆらせた。
敵が言葉を紡ぐたびに、穂波は身の毛のよだつような嫌悪感に苛まれる。
にもかかわらず、どうしてこんなに。
彼女から目が離せないのだろう。
彼女が動く度、翻る布地に、何故だか目が向いてしまう。
女性との付き合いは何人かあった。
姉目当ての、先輩、同級生、後輩。
彼女らと交歓しようとも、ここまで心掻き乱されることはなかった。
これほどまでに彼女を、対馬堂理玖を狂わせるものは。一人しかいなかった。
これでは、まるで。
頭によぎる悪夢を振り払う。そんなはずはない。これは。
「……魔人能力。ふざけた真似を」
噛み潰すように低く呟く。
「ががーん。アチシのミリキと書いて魅力、伝わらないのかにゃ?それとも・とも・とも・とも、
ただの照れ屋さん?んっもう、このシャイガ~ル☆」
「黙れ!」
気に入らない。ふざけた言動も、ふざけた実力も。
自分の不甲斐ない腕前も。自分の不甲斐ない精神も。
そして何より、一番気に入らないのが。
「……アンタ。さっきから何で……戦う気が、全く無いの?
あたしをコケにするためだけに、ふざけてるの?」
「どぅしてどぅして、そりゃ、ズッ友を殺そうとするわけ無いぢゃん☆んもー、お茶目さんか!
我等友情永久不滅!争うのはー、恋のライバルになった時だけだにゃん?
……ハッ!ついまどーちゃん、アチシのダーリンを狙ってるの!?
それは乙女の世界大戦勃発系……おおっとイケないイケない。コツン☆彡
てゆか、アチシィー、カレシ居なかった!テヘッ☆
アチシほんとドジ……つらたん↓↓↓でも、これもアチシのカワEな♪トコなのだッ!ずびしっ!」
“女子高生”の返答に、穂波は頭痛を覚えそうになった。
「聞いたあたしが悪かったのこれ?まあいいわ。
言葉の通じないお雌猿さんなら、容赦も必要なくなるもの」
穂波は後ろ手に構えた。お尻のスカートの布地を押さえるように。
スカート・ハンドリングにおける、基本の構え。
穂波は知る由もなかったが、彼女のその動きは、痴漢撃退術の構えとよく似ていた。
偶然ではない。必然。
見せないための技術であるスカート・ハンドリングの技巧は全て、痴漢撃退術に通じるものだから。
「ついまど~ちゃん?聞いて聞いてー」
「解放」
まったく無視して、ショットガンを展開、発射。
発砲の瞬間、手首が悲鳴をあげ、あらぬ方向の壁に直撃した。
「チッ……情けない」
吐き捨てた穂波を尻目に、“女子高生”は一方的に語りかけ続ける。
「ついまどーちゃん、さっき、似たようなもんってゆったよね?あれ……なんと♪なんとぉ!」
腰のナイフホルダーから、無言で数本、メスを引き抜く。女子高生に向けて投擲した。
これは手術室からくすねた本物。
それを“女子高生”は、最小限の動きでかわしていなした。
「ピンポンピンポ~ン!DAI☆SEI☆KAI!なのです!アチシは、ついまどーちゃんなのです!
そう、アチシおバカさんだけど、夢の戦い?名前見て、ビビビッ!
神ってる今日のアチシは、思い出してしまった……ショーゲキのじ・じ・つ(はぁと)
ぐふぃふぃ……なつかしはずかし……(/-\*)イヤン!」
「………………………………は?」
女子高生が持ち得る、最強の武器はなんであるか?
携行火器の類いではない。
――女子高生であること、そのものである。
お姉ちゃんはあたしの理想だ。
妹のあたしから見ても、いや、妹のあたしだからこそ分かる。完璧な生き物だ。
弛まぬ鍛錬と、天賦の才がある。
勉強もずっとできるし、運動神経もいい。息を呑むような、すらっとした美人。胸も大きい。
マイナス点を付けられているのは、無愛想なことくらいだろう。
あたしが勝てるのは愛嬌くらいしかない。
愛嬌。その一点ならば、彼女は“お姉ちゃん”に勝つことが出来た。
その一点を研鑽するための最良の武器が、女子高生であることだ。
他に一切の武器に頼らず。ただひたすらに、この最強の一振りを磨き続けることで。
対馬堂理玖は、対馬堂穂波を超える。
何年と時が経っても。
たとえ、
――学園が潰え。
――時代が進み。
――世界が滅ぼうとも。
その武器を持ち続ければ。永遠に、女子高生であることを武器にし続ければ。
どこまでも、女子高生で在り続ける。
自分の本来の能力の使い方を、封じてしまおうとも。
自分の穂波の名を、自分の理玖の名を、忘れかけてしまおうとも。
対馬堂穂波は、一万年後も、“女子高生”であり続ける。
「……はんっ」
自嘲げに、穂波は鼻を鳴らした。
自分自身まで、殺さなければならなくなる。
昨晩の自分の思考が、頭をよぎった。
皮肉なものだ。
彼女が戦いに勝利するには、未来の自分自身を倒すしかないのだ。
あれだけ欲しがった穂波の名も、いずれ忘れてしまって。
あれだけ執着していた姉の事も、きっと忘れてしまって。
ただ、そういう存在として生き続ける。
ありえない未来と、吐き捨ててしまえばよかった。
聞くに値しない、狂人の戯言と。
「ふざける……なっ!」
声に出す。声に出さないと呑まれてしまう。
それをどうしても、心の奥底では信じてしまうのは。
無意識に彼女の能力の、虜になっているからなのかもしれない。
「アンタみたいな吐き気の塊みたいな愚物が、あたし?
ホント、人を馬鹿にするのだけは一流ね、この腐れアマっ娘」
「ふざけてないし~!腐ってもないですぅ~!アチシパンピーだし、
虫とかもマヂ無理系のお嬢様的なガールだし!」
「下劣な感性と、一致してるなんて散々だけど。その点だけは同感ね」
毒蠍でも出せば、コイツに有利なのかもしれなかった。
この能力でそれを召喚できることは、見ている。体験している。
だが。
蠍どもが脚を伝い、這い回る感覚。思い返しただけで、軽く吐き気を覚える。
誰があんなこと、二度とするものか!
「解放」
彼女は時折、こうして能力を発動する。
スカートから、なにかを取り出すこともなく。
それは、敵を害す武器ではなく。
他でもない、彼女自身に必要な武器を。スカートに隠されたところに産み出すためだ。
――勇気。
定期的にこの武器を持つことで、彼女は内奥の恐怖を握り潰す。
対馬堂穂波には、そんなものを喚ぶ発想も、必要もなかったが。
対馬堂理玖には、絶対に必要なものだ。
ふぅ、と一息つき。彼女は次の行動に移る。
「解放」
スカートの中から、栓の抜かれた手榴弾が転がり出る。
自分に被害の及ばない、ギリギリの距離で起爆できる状態。
自分がどうすれば死ぬかは、誰よりも知っている。
毎夜、毎夜。自分が死に続けるさまを夢見せつけられているのだ。
爆発音。至近に見えたその爆発に、穂波はギリギリ巻き込まれない。
爆風が周囲に立ち込める。結果を見届けることもなく、彼女はその場を離れる。
「解放。解放。解放」
起動時間をバラバラにした手榴弾と、発煙筒を織り交ぜる。
「解放」
敵を倒すためではなく、準備を整えるため。
逃げ込んだのは屋上。
行き止まりに追い詰められた――訳ではなく。
「ついまど~ちゃん、見っけ!ぬひひ!次はにゃにして遊んじゃうにゃん?」
「そうね。童心に帰って、こういうのはどう?」
対馬堂穂波は屋上の入り口、階段の上に立ち塞がる。
スカートにしたカーテンを、最低限の長さを残して引きちぎり。
布地で自分の腕を、屋上用の入口、そこの手すりに、しっかりと固定していた。
状況は完成した。
「解放」
穂波の考えうる限りの、最強のカードを切った。
スカートの下から、低く、渦を巻くような音がする。
直後、夥しい奔流。
大量の水流が、猛烈な勢いでスカートから飛び出した。
――水計。
大量の水で、押し流し、呑み込む。
原始的で、そして、暴力的な兵器を、『スカートの中の戦争』は顕現させた。
廃病院全体を飲み込み。そこにあるものを押し出し、洗い流す。
水流はなにも、人を溺れさせるだけのものではない。
膨大な質量と速度は、人であろうが容易に叩き潰す、破壊的な打撃兵器だ。
「ピヤッ!?水遊び!なっつかC~☆楽し――ガボッ」
荒れ狂う水流は、“女子高生”を呑み襲った。
4階を呑み、3階を呑み。同時に窓を破壊して外へと解き放たれながら、2階も蹂躙して。
1階に殺到した鉄砲水は、破滅的な轟音を立てながら、外へと浸透していく。
そして。たっぷりと時間が経った後。
「くふ。ふふふ……あはは!無様なもの……!」
自分の足首ほどまで浸った水面を眺めながら、対馬堂穂波は哄笑する。
一人の人間は、とても無力なものだ。
兵器の前には、あっけなく命を散らす。
彼女が夢の中で、さんざ姉にそうされたように。
一方で穂波は、万一の可能性を考慮している。
これがとどめとならない可能性。
自分の目こそ、最も信用のおける判定装置。
「解放」
呼び出すのはショットガン。
意識のないであろう少女を、自らの手で、確実に鴨撃ちするために。だが。
それがいけなかった。
結論から言うと、彼女は、溺死狙いに徹するべきだったのだ。
『スカートの中の戦争』が発動した。
大量の水が瞬時に消失し、スカート内にショットガンが産み出された。
だが、それを穂波が掴むより早く。
水が消失した空間に、周囲から大量の空気が流入した。
急激な気圧変動は、さも気化爆弾のように。
衝撃波が、穂波の内臓を破裂させた。
無論。同じ現象が、“女子高生”にも起きた。
――先に死ぬのはどちらだろう。
お嬢様学校に通う女子高生と、一万年もの間、過酷な世界を生き抜いてきた女子高生。
肉体強度に勝るのは、いったいどちらであるか?
互いに、何が起きたかも分からぬままに。
夢の戦いは決してしまった。
「うにゃ~、お腹いっぱぃ……もう別腹もやばたん……」
ジリリリリ!
けたたましく鳴る目覚まし時計。
アチシの白く細い(←重要☆)美脚が蹴飛ばした。
壁に跳ね返った目覚まし時計が、アチシの額にクリーンヒット。
「ピャッ!遅刻しちゃう!」
パンだけ咥えて、アチシは家を急いで飛び出す。
玄関を飛び出して、急いで急停止。
「ぎゅぎゅーん!いっけなーい☆パジャマパジャマのママぢゃ!テヘぺろん☆」
咥えたパンをごっくん飲み込む。キャッ!ワイルドな一面!
急いでブレザーに着替えて、スカートはいて。
2枚目のパンを咥えて仕切りなおし。れっつごぉ~☆
学校に行くには、この曲がり角を曲がって――
ごっつ~ん!
アチシは何かと頭をぶつけて、頭にヒヨコさんがピヨピヨ。
「ふみぃ~ん……んもう、前見て歩きなさいよ!ズッ友のみんなも、歩きスマホとかメッ!だよん?」
アチシにぶつかって、痛めたみたいに首を押さえる男のコ。
希望崎の制服の、その人の顔を見ると……
「!!!」
ズッキュ~ン!アチシのバクバクドッキンコ☆なぴゅあぴゅあはぁとはお空に飛んでロケット3・2・1・ファイア。
第三宇宙速度超完全突破でダークマターの果てまでキラリン☆ミ
まさか、アチシの王子様!?
アチシのメロりんLOVEなダーリン(予定)は、にゃぴぴーん!アチシを見てる!?
カレの視線を追う。その先にはアチシのスカートがあって、それがペロリンチョして……
飾り気の無い、純白の布地。
「みゅ……さては見たなこのヘンタイさん!」
「だ、誰が見るか!このブス!」
「にゅわわ!? ブ……ブ……ブブブ……」
「こんなはっぴぃ☆みらくる☆みるふぃ~ゆ☆な女子高生にヘンタイしといて、誰がブスよ!」
プンッ!いっくら顔がよくたって、大事なのはやさしい†は・あ・と†なんだから!
このtkmkドロボーさんめ!もうあやまったって許さないぞ☆
グスグスン。アチシの乙女ハートはシクシク~↓↓↓
アイツはアタシのことをシカト(←おかしくない?女の子に興味なし子さん?それはそれで……キャッ///)。
時計を見て、慌てて走り始める。
「うわっヤベッ!遅刻するーっ!」
そうだ、アチシも絶賛登校中!いっけな~い☆ミ
「うにゃにゃー!?遅刻しちゃうー!穂波お姉ちゃんにバレてまたおこぷんだよぉ!」
アチシは全速力で、希望崎学園にDASHDASH!
これが、アチシとアイツとの運命の出会い――
まさかこのあと、またアイツに会うことになるとは、おバカリズムなアチシは、まったく想像してなかったのでした。ちゃんちゃん♪
――時は、今から1万年後の世界。
幾度と無く滅び、荒廃した東京では、ある、一つの宗教が生まれていた。
“女子高生”教。
荒野の中心で眠り続ける、奇怪な装束の少女。
一体何者かを、知る者は誰もいないが。“女子高生”という呼び名だけが、周知となっている。
彼女をご神体として仰ぎ、この過酷な環境における、心のオアシスとして信仰するものは、徐々にその数を増やしていた。
文字通り、夢見る少女。永遠の“女子高生”。
彼女は夢のなかで、ずっと夢見た青春の一ページを刻み続ける。
悪夢を見た。
自分――対馬堂理玖が、姉である穂波に殺される夢。
何故こんな夢を見るのかは、もはや分からない。
ただ、ひたすらに殺され続ける夢。
悪夢を見た。
殺されるだけで、悪夢は終わらない。
どこかの廃病院。夢の中の夢。
誰かと戦い、いいように弄ばれ、敗北する自分。
悪夢を見た。
世界の滅ぶ夢。何度も、何度も滅亡を繰り返す。
何も出来ずに、自分だけが生き残ってしまう夢。
全てが消えた後の荒野に、自分だけが立ち続けて。
悪夢を見た。
滅んだあとの世界。
荒涼とした世界で、いじましく生き延びる夢。
忌み嫌うはずの蠍をあろうことか噛みしめ、もはや無いものを追い求める夢。
悪夢を――
夢から醒めた。
寝汗がひどい。
悪い夢でも見たのだろう。そう穂波は考える。
内容はまったく覚えていないけど。
隣のベッドを見やる。
健やかに眠る、対馬堂穂波の――もとい、対馬堂理玖の、姉の姿がある。
“軌道辿りし幽霊走者”によって、記憶と力を奪われた今は、一日中ベッドの上だ。
起きている時も、彼女は何をするでもなく。無為に遠くを見つめるだけだ。
誰か甲斐甲斐しく世話を焼かなければ、生きていくことさえ難しいだろう。
対馬堂理玖は、彼女の――穂波の世話に、わずかばかりの優越感と、たっぷりの罪悪感を覚えている。
あんなに万能だった自分の姉が、あたしが居なければ何もできなくて。
あんなに自慢だったあたしの姉は、他ならぬあたしが奪ってしまった。
彼女の本来の能力。“軌道辿りし幽霊走者”の、能力原理。覚醒経緯。
その起源は“憎悪”や“嫉妬”ではない。
――“憧憬”と、“焦燥”。
憧れの自慢の姉――対馬堂穂波に、少しでも近づきたい。
あたしのお姉ちゃんに、がっかりされたくない。
「流石、私の妹ね」って、そう言ってほしい。
今となっては全く反転したその執着心も。
始まりは、そんなもの。
だって、あたしは。対馬堂理玖は。
あたしと違って、全てに恵まれた、理想の姉。
――対馬堂穂波のことが、大好きだったのだ。
自分の格好を見下ろした。寝間着ではない。
どうして、まるで臨戦態勢みたいな格好で眠ってしまっていたんだろう。
スカートを捲り上げ、大腿に巻き付いた蛇腹剣と、空のナイフホルダーを剥ぎ捨てた。
そのまま続けて、スカートを脱ぎ捨てる。
飾り気の無い、純白の布地が露わとなる。
衣装ケースから、細身のズボンを取り出した。
もう、能力を使いたくなかった。
姉に自分がしたことを、スカートを翻すたびに思い出してしまいそうで。
それに、なんだか。スカートを穿き続けていると――
まったく思い出せない悪夢が、なんだか正夢になってしまう気がするから。
『私がスカートを脱いだ日』 おわり