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四人戦SSその1


――その日は、中学生のころの夢をみました。

 当時病弱だった私は、風邪を引いて寮の自室で寝込んでいた。
 ルームメイトだったお姉様は出かけていた。今日は彼氏とのデートだそうだ。
 邪魔したくなかったので、お姉様が出かけるまでは無理をして元気なふりをしていた。
 それが余計に体に障ったのだろう。正午を過ぎるころには、ベッドから起き上がることもできなくなっていた。
 熱に浮かされた頭の中、寂しさと辛さがぐるぐると回る。
 気がつけば、頬を汗じゃない液体が辿っていた。それをぬぐうことも億劫で、私はただただ涙を流し続けていた。
 不意に、誰かの手が私の涙をぬぐった。
 私の上に暖かい何かがかけられる。目をあけると、そこにはお姉様がいた。

「おう、帰ったぞ」
「お姉様……今日はデートじゃ」
「おうとも、良かデートじゃったわい。そいつは土産じゃ。とっとけ」

 私の上にかけられたのは、大きな大きな熊の毛皮だった。

「ワシが追い込んでとどめはあん人がズドン!じゃ。おめえにも見せたかったぞ、あの見事な狩り」

 お姉様の言葉を聴いて、私の眼から再び涙が流れてきました。
 お姉様の口ぶりから、すばらしいデートであったことは伝わってきます。でも、私の無理に気づいていたお姉様はそれを切り上げて帰ってきてくださったのでしょう。
 恥ずかしくて、情けなくて、私はぽろぽろと泣いてしまいました。

「ごめんなさい、お姉様……私のせいで、せっかくのデートを……」
「馬鹿ァ、いいよんな。これぐらい当然じゃわい。いいからじぃっとしとれ、今、熊の胆を煎じちゃるからのう」
「でも……」

 泣きじゃくる私の頭に、お姉様はぽん、とやさしく、大きな手をのせてくれました。
 病弱でひ弱な私と違って、その手はとても大きくて、暖かかったです。

「ええか、よく聞け。こんぐらいはの、当然なんじゃ。なぜなら、真のモテカワスリムってのはのぉ……」

 その日改めて、私はお姉様のようになりたい、と思いました。

――――

――その日の講義を終えた私は、夢での戦いに勝つためにバイト先へとやってきていた。

 夕前のバイト先に人影はまばらで、店員も店長を含めて二人しかいない。
 店番をしていた同僚に挨拶をして裏にはいると、店長が休憩室でタバコをすっていた。

「おう、菱川ァ。今日はどうした。シフトは入ってなかったろ、買い物か?」
「店長、お願いがあります!」

 意を決した顔で私がそう告げると、穏やかだった店長の顔はいっぺん、真剣なものになった。

「その面、穏やかじゃあねえな……言ってみろ」

 顔の右半分にある大きな傷跡とあいまって、店長の真剣な表情はすごく怖い。でも、私は言わなければならない。
 未来を得るために、たとえ、何を犠牲にすることになっても。
 私が頼みごとを告げると、店長の顔はよりいっそう険しくなった。でも、私も引くわけにはいかないのだ。

「お前……何言ってるかわかってんのか?」
「わかってます。でも、必要なんです」

 じっと、にらみ合うこと数十秒。折れたのは店長の方だった。

「わかったわかった。お前の『頼みごと』とやらは聞いてやる。ただし、その結果どうなっても、それはお前の責任だからな」
「はい!もちろんです!ありがとうございます!」

 私が勢いよく頭を下げると、店長は苦笑をしてしっし、と手を振る。

「ほれ、行け行け。その様子じゃあここ以外にも行くとこがあんだろ。さっさといって『必要なこと』とやらをやっちまいな」
「ありがとうございます店長!今日も渋いですね!」
「若いとか格好いいとか、もうちょい喜びそうなこと言ってくれ」

 もう一度店長に頭を下げ、私はバイト先を出て行った。
 行くべきところはまだいくつかある。これも、すべて夢の戦いで勝つためだ。
 絶対に、勝つ。もう二度と未来を失わない。そのために、応援してくれている人もいる。
 私はもう一度決意を固め、次の目的地へと走っていった。

――――

 その夜、0:00。
 さっきまで部屋で試験勉強をしていた私は、いつの間にか立ち並ぶビル群の真ん中に居た。
 空が暗い、時刻は真夜中なのだろう。街灯はぽつぽつ点いているが、ビルの窓からもれる明かりはない。
 ビルにはさまれた広い道に人影はない。墓標のように立ち並ぶ無人のビルの中、私だけが取り残されたようだった。
 でも、そうではないのだ。ここには他に三人がいる。
 彼ら彼女らを全員倒さなければ、私に未来はない。

「よし……!」

 自分に活を入れてビル街の探索を始めると、すぐに異常がひとつ見つかった。

「あのビル……明かりが点いている」

 それはおそらくホテルなのであろう、豪華な建物だった。
 その上階にひとつ、明かりの点いているフロアがある。
 中に誰かがいるのかはわからない。あからさまに怪しいし、罠の可能性も高い。
 いくべきか、いかざるべきか。
 少し悩んでみたが、答えはすでに決まっていた。私の能力は強力だが、できることは限られている。

「行かなければ、どうにもならないよね」

 深呼吸をひとつして、私はホテルの中へと踏み込んだ。
 ホテルの中も無人だ。エレベーターと階段どちらを使うかなやんだが、逃げ場のないエレベーターでは襲われたらひとたまりもないと思って階段にした。
 能力は使わず、暗い階段を登る。できるだけ足音を出さないようにしているが、静まりかえったホテルの中には小さな音もよく響く。
 明かりの点いたフロアまで登ると、音が聞こえてきた。
 ガチャガチャと何かを打ち鳴らす音と、話し声。私は忍び足で音源に近づく。
 音源はホテルの一室、「BAR」と書かれた部屋の中からだ。
 どきどきと高鳴る心臓を深呼吸で落ち着かせて、私はその扉を開いた。そこには

「ガハハハハ!洋酒っちゅうのも悪いもんじゃあないのう!」

 ウイスキーをラッパ飲みする巨漢が居た。
 長い黒髪、2m近い体躯、厚い胸板、丸太のような太もも、体にまとった熊の毛皮。
 どこからどう見ても野蛮人であった。

「おおう?あんたがその……なんじゃ?まあええわ!ほれ、こっちにきて飲め飲め!」
「え、あの、え?」

 巨漢に手招きされて、思わず私は中に入ってしまった。
 巨漢とひとつ席をあけてバーカウンターにすわると、ぐわっと伸びてきた腕が私の肩をつかんで自分の隣の席まで引っ張っていった。

「え?ええ!?」
「おう、ワシゃあ白鳥沢ガバ子!おんしゃあなんちゅーんじゃ?」
「あ、名前?えっと、菱川結希です」
「おうおう!そいじゃあ結希、今日はよろしくの!ほれ、まずは一杯飲めい!」

 そういって巨漢は棚から適当な酒瓶を引き抜き、私の前にドンとおいた。

「あ、あの!ガバ子さん!?その、ガバ子さんはなんでここに?」
「ああ……?なんじゃったかのう……無色の夢がどうのこうの……」

 巨漢、白鳥沢ガバ子……ガバ子ということは女性なんだろうか?
 彼女は私の質問に対し、両手を自分の頭の横に持っていってまわすというなぞめいた動作を行い。

「……忘れたわい!それよりほれ、結希、飲め飲め」

 と酒を勧めてきた。
 これはもしかして、彼女は今の状況をまったく理解していないんじゃないだろうか。
 策略、という可能性も考えられるが、ガハガハいいながらウイスキーをラッパ飲みする姿から知性の色は感じられない。
 もしそうだとするとチャンスだ。勝ち抜くために、利用できる可能性がある。
 そうと決まれば、彼女の機嫌を損ねるのは得策ではない。協力してもらうためにも、友好的な態度をとらなければ。

「それじゃあ、いただきます」

 目の前に置かれたウイスキーのビンを空け、口をつける。
 度数の高いアルコールがのどを焼くが、戻さないように気をつけてビンの1/3ほどを飲み込んだ。

「おお!いいのみっぷりじゃのう!」
「えへへへ、白鳥沢さんこそ。ささ、どうぞどうぞ」
「おう、ありがとうのう!そいじゃあお返しじゃ!」

 彼女の協力を得るために、私は彼女の酒盛りに付き合い始めたのだった。

――――

 菱川結希と白鳥沢ガバ子が酒盛りをしていたころ、同じホテルではもう二名。否、二組の戦いは佳境を迎えていた。

「プリティ・リル・ガァァァァル!シット!なんてこった!まさか転移したその場にもう一人の参加者がいて、こちらが反応するよりも早くあの子を人質にとっちまうなんて!」
「ゲハハハハ!馬鹿な男め!この子の命が惜しければおとなしくするんだな!さもなければ……」
「や、やめろ!その汚い副流煙を吹きかけようとするんじゃない!喫煙者と非喫煙者では心筋梗塞リスクが約2倍!副流煙ともなればさらに倍!彼女がまだリルガールであることを考慮すると将来的なリスクは跳ね上がる!そんな非道なことをするんじゃない!」
「ゲハハハハ!だったら俺に従うんだなあムキムキマッチョ!」

 噴流煙はヤマノコを人質にとったまま、うまそうにタバコを吸っている。ヤマノコは少し煙たそうだ。
 さて、読者諸氏には噴流煙のあまりのキャラの違いに困惑している人もいるだろう。
 彼は確かに違法喫煙者だったが、ここまでの悪人ではなかったはずだ。それがなぜこんなことに!
 答えはニコチンの健康被害である。タバコの含む快楽物質であるニコチンは脳の報酬系回路を刺激し、人間の気持ちを大きくしたり大胆な行動にでさせたりする効果がある。
 そして彼のオリジナル・タバコに含まれるニコチン量は市販のそれとは比べ物にならない薬事法違反クラス!バレれば実刑を免れない代物だ!
 そんなものを吸えば脳にニコチンが作用し人間が変わってしまってもしかたあるまい。
 ああ、なんと非道なタバコの健康被害であろうか。肺がんリスク以外にもタバコはこうも人間を破壊してしまうのだ。筆者はこのSSを書くために調べなおして愕然とした!
 確かに私も今SSの執筆に集中するめに中南海タバコを吸っている。だが、これが書き終わったら必ず禁煙をしよう。
 そう決意したが、タバコの箱にはまだ十本以上が残っている。これではもったいなくてなかなかやめられないではないか!なんと非道な陰謀だろうか。このように、タバコには一度手をだすと取り返しがつかなくなってしまう恐ろしいものなのだ。できるだけやめよう、タバコ。
 それでも、へヴィアイアンの力があればヤマノコを救い出すことは不可能ではない。
 だが、噴流は現在ヤマノコをがっちりとホールドしている。これを無理やり剥ぎ取ると、そのときの衝撃で彼が嘔吐する可能性が高い。
 彼が嘔吐すればその瞬間猛毒有害ヘドロが撒き散らされ、濃縮された有毒成分でヤマノコに深刻な健康被害を及ぼすことは間違いない。手詰まりだ!なんと恐ろしいタバコの健康被害か!
 へヴィアイアンは歯軋りをする。今は、彼にしたがうしかないのだ……
 そのとき、へヴィアイアンの耳は歌声を聞いた。陽気な、勇気付けられるような歌声。
 その正体は……


「だからねえ!私は絶対勝たなくちゃいけないんですよ……だって、だって待ってる人が……」
「そいつは大変じゃのう。じゃがあ泣くな!ワシがついとる」
「し、白鳥沢さん」
「水臭いのう、結希。ガバ子でええ、ガバ子で」
「が、ガバ子ぉぉぉぉ!」

 右手に持ったままだったウイスキーを投げ捨て、私はガバ子に抱きついた。
 あの後、私たちはいろんなことを話した。私の事情、ガバ子の過去、彼氏ができないこと、親友がきついこと、女友達は大事なこと。
 あふれ出る私たちのパワーはバーに収まるものではなく、私たちは衝動のままに夜のホテルに繰り出したのだ。
 酔っていない。絶対にしらふだ。私たちの友情は完璧だ。そう確信できる。根拠はないけど。
 ガバ子と肩を組み歌いながら歩いていると、廊下の先にいくつかの人影が見えた。

「ううん、あれは……ギュルギュルギュル!なんつうこっちゃ!男と幼女とイケメンじゃ!」
「男と幼女とイケメン!?」
「しかも、男が幼女に抱きついてイケメンになんとか言っておる!これはまさしく痴漢じゃあ!」

 私には遠くて見えないが、ガバ子ンピュータを持ってすればこの程度の距離ゼロに等しいのだろう。
 私は彼女の言葉を聴いて憤った!痴漢は悪だ、許せない!

「助けましょう、ガバ子さん!」
「おうとも!じゃがここは遠すぎる……こういうときは先手必勝なんじゃが」
「私にいい考えがあります!」
「いい考えじゃと!」
「こう、一人が一人の足をつかんで投げるんですよ!二段ロケットで飛んでいけばスピードは二倍です!」
「それじゃあ!」

 私の提案にガバ子さんはうなずく。やっぱり私たちはすごい。ベストパートナーだ。そういうことを言うと文乃に怒られそうだからベターにしておこう。

「そうと決まれば善は急げ!結希、セットじゃ!」
「はい!発射準備OK!3,2,1……」
「おりゃあああああああああ!!」


「さあてこれからどうするか……ん?」

 ヘヴィアイアンが噴流の後ろをみて唖然とした表情をしていた。不思議に思った噴流が振り向くと、そこには高速で飛来する人体があった。

「うおおおお!死にさらせ女の敵めェェ!成敗じゃあああ!」

 飛来するのは2m越えの人体!ガバ子だ!菱川のアムネジア・エンジン3速によって投げられたガバ子はまさに人間砲弾となり、ヤマノコを救い痴漢を粉砕するために空を翔る!
 触れればはじけ飛ぶ死のミサイルは、しかし噴流煙の体に触れることがなかった。

「おいおい、そいつは良くねえな」
「なにぃ!?オヌシ……」

 ガバ子の体を受け止めたのは錬鉄の筋肉をまとったドレッドヘアーの英雄、ヘヴィアイアンだ!
 ガバ子ミサイルで噴流煙を粉砕していればヤマノコも開放され彼にとっても利益があっただろう。なのになぜ彼はガバ子を受け止めているのか?
 先ほど説明したとおり、下手に噴流煙をばらばらにすれば内部に蓄積された致死的有害タバコ毒が放出され辺り一帯は毒の海になるに違いない。そうすれば、肉体的には人間と同程度でしかないヤマノコの命もないだろう。
 ゆえにヤマノコを救い出すことなしに、ヘヴィアイアンは噴流煙を殺させるわけには行かないのだ!
 ヤマノコの命がかかっているためへヴィアイアンの誰かを守るためにパワーアップする能力は最高潮に達している。これが尋常のミサイルであれば、即座に弾き飛ばされ月まで吹き飛んでいったことだろう。
 だが……じり、とへヴィアイアンが後ずさった。否、圧力に負けて押されたのだ。なぜ!
 その理由は、飛来する白鳥沢ガバ子から察することができよう。響く八気筒エンジンのごときハーモニー、HEAT弾のように熱くなる体温、そして目は、へヴィアイアンをロックオン!
 そう、これはまごうことなき一目ぼれ!彼女の能力によりブーストがかかった身体能力は、錬鉄の英雄すらをも打ち砕かんとしているのだ!
 恋する乙女は強い。かつてのアイドル最盛期において猫も杓子もこぞって恋の歌を歌ったのは、この世で最強の存在が恋する乙女だからであり、いわばあれは恋する乙女をかたどった形象拳なのである。

「うおおおお!」
「ぬううう!」

 絡み合う二人の体!はじける汗!爆発的な熱気は上昇気流を生み、ホテルの天井を吹き飛ばした。

「ゲヒー!なんだこいつはァー!」
「ガバ子!?」

 上昇気流が止み、ビルの天井崩壊により舞っていた粉塵が収まる。
 ガバ子とへヴィアイアン、二人の姿はそこにあった。お互い肩で息をして、見詰め合っている。
 先に呼吸を収め、声を出したのはガバ子だった。

「好きじゃ、付き合ってくれ!」
「は……?」

 告白だった。聞き間違えようのない告白だった。
 硬直するへヴィアイアンの背後、噴流煙が高笑いする。

「ゲハハハハ!馬鹿め!この人質がいる限りそいつは俺のいいなりだァ!貴様の言うことなど聞くものか!」

 噴流の答えに、へヴィアイアンは歯軋りをする。ガバ子にとっては、それで十分だった。
 ガバ子は振り返り、菱川に視線を向けるとウインクをした。

「すまんのう、結希……わしはわしの恋路を生きる!!」

 再びウインク、そしてガバ子が構えた。状況を理解したへヴィアイアンも、遅れて構えを取った。

「……そういうことなら、仕方ないね。でも、私だって負けられないんだ!」
「は、ハハハ!そういうことか!いいぞぉ!お前ら、そいつを八つ裂きにしなァ!」

 ヘヴィアイアンとガバ子の背後で噴流煙が高笑いをあげた。
 二対一、不利な戦いにだろう。だが、菱川結希は負けられなかった。

「ぬうぅ!」
「ARRR!!」

 挟み込むように打ち込まれるへヴィアイアンとガバ子の拳。まるで十年来のパートナーがごとく息の合った二人の攻撃を、菱川はこぎざみにアムネジア・エンジンを使ってよけ続ける。
 状況は膠着していた。へヴィアイアンとガバ子はさるものながら、菱川のアムネジア・エンジンも負けていなかった。瞬間的に能力を使うことで緩急をつけ、二人の攻撃をかわし続ける。

(……用意してきた燃料は、あと少し。チャンスはまだか)

 じりじりと追い詰められていく菱川。だが、やけになることはできない。彼女に燃料を託してくれた人たちのためにも。
 菱川結希のアムネジア・エンジンで消費される記憶には法則性がある。それは、緊急性が高い記憶ほど優先して失われる、ということだ。
 今回、彼女には制約があった。試験があるという記憶をアムネジア・エンジンの燃料にはできない、ということだ。
 報酬の夢を見ている時間は現実時間も経過してしまう。もしも試験があることを忘れてしまったら、彼女は延々と惰眠をむさぼり去年と同じことを繰り返すだろう。
 ではどうすればいいのか?答えは、より緊急性の高い用事を詰め込めばいい。
 店長に頼んで、今日の深夜シフトに入れてもらった。今頃菱川が来なくて店長はカンカンだろう。前になんどか同じことをやったから、また時給を減らされるか、首かもしれない。
 スーパーで買ってきた半額惣菜は冷蔵庫に入れていないので刻一刻と悪くなっている。二食……いや、節約すれば三食は食べていける量の惣菜だ。無駄にするのはもったいない。
 借りてきたレンタルCDは朝五時までに返さないと延滞料金が発生する、風呂は沸かしっぱなしだ、楽しみにしていたコンサートチケットの振込みも済まさなければいけない。

 だが、それらの記憶はすべてエンジンにくべた。

 能力を使うごとに、髭を生やした医者っぽい人の顔が、和服の小説家っぽい女性の顔が、天は人の上に人をつくらなそうな人の顔が、紙幣になった偉人たちの顔がよぎり、消えていく。
 その意味はわからない。大事なことなのだろうとは思う。でも、もっと大切なことがある。だから他のすべては犠牲にした。

(だから……だからしっかりしろ、私!)

 へヴィアイアンの攻撃を紙一重でよける。燃料は、試験範囲の内容にまで届いてしまった。
 だが、

(まだ、いける!)

 菱川とて、去年と同じ過ちは繰り返さないのだ。
 教授は時間に厳しいが、テスト結果が悪ければ必ず追試を受けさせてくれる。たとえ零点でも、出席さえできれば問題ない!
 じりじりと消えていく記憶、機会は、未だ……

「おい、馬鹿ども、気をつけろ!このガキがどうなってもいいのか!」

 戦場が噴流に近くなり、彼が罵倒した。それにしても粗暴になりすぎである。ニコチンとはこうまで人格を変えてしまうのか、恐ろしい!
 ガバ子の拳を避ける。交差した瞬間、ガバ子はウインクをした。
 続いて、ヘヴィアイアンの拳が菱川へと迫る。菱川は動かない。燃料切れか?
 もはや万事休すと思われた、その瞬間。
 ヘヴィアイアンの拳は、厚い、厚い肉の塊を貫いた。

「へ、へへ、あったけえのお、ダーリン……」
「ばっ、馬鹿か貴様ァ!何をしている!」

 突然の同士討ちに、噴流がうろたえた。それはごくわずかな時間のことだった。
 だが、その一瞬、彼は狙われていたはずの菱川結希がどこにいるのか気づかなかった。そして、人質のはずのヤマノコからも意識をそらした。
 それも仕方あるまい。へヴィアイアンとガバ子、菱川結希の姿は二つの巨体の影に隠れて見えなくなっていたのだ。

(……用意してきたアムネジアの残弾は、もうない、けど……)

 菱川は脚に力をこめた。おそらく、これが最後だ。

(行け、アムネジア・エンジン!)「オーバァァア、ドラァァアイブ!」

 閃光が、噴流の前に現れた。わずかに緩んだヤマノコをつかむをこじ開け、閃光が彼の体を撃つ。
 菱川結希は、ヤマノコを置いてそのまま噴流煙ごと駆け抜ける。二人は、一瞬で廊下の端に消えていった。

「う、げ、ゲボオオオ!!」

 衝撃で噴流が体内タバコ毒素を噴出した。ヤマノコたちは、もうはるか後方だった。
 アムネジア・エンジンをくすぶらせたまま、菱川の疾駆はとまった。噴流煙はヘドロを撒き散らしながら、床に崩れ落ちた。

「げ、ゲボ……まったく、ひどいこと、しやがるぜ」

 ヘドロの沼に倒れたまま、噴流はつぶやいた。その顔にニコチンに染まった邪悪さはない。
 彼はタバコの毒素を吐き出して正気を取り戻したのだ。喫煙者とて、正しい手順を踏めば更正できる、そういうことだった。

「なあ、あんた……最後に聞かせてくれよ。あんたとあの大女はグルだったんだろ。どうやって、タイミングを合わせたんだ」
「……長くは話せないから、かいつまんで答えるよ。ウインクだね」

 一般的にセックスアピールとして知られるウインクだが、実はそれを暗号として扱う手法が存在する。
 瞬きの速度をコントロールしてモールス信号の要領でメッセージを伝えるのだ。
 これは合コンにおいてこっそり抜け出す際に使われる非言語コミュニケーションシステムであり、ガバ子ほどの女子力の持ち主であれば長文会話も十分に可能となる。
 それを応用して、ガバ子は菱川にメッセージを伝えたのだ!なんと高度かつ柔軟な女子力運用テクニックであろうか。
 彼女たちの会話はこうだ。

『すまんのう、結希。わしゃあ、ダーリンのためにあの子を助けたい。協力してはくれんか』
『大丈夫。私も同じ気持ち……でも、どうやって?』
『あいつが人質から目を離さんから助けられんようじゃ。わしがあえてダーリンの攻撃をうけてあいつの目を引く。その隙に、結希の能力でやってやってくれ』
『そんな!それじゃあガバ子さんが……だったら囮になるのは私でも』
『馬鹿ァ言え、こいつはわしの恋路じゃあ。お前に背負わせてたまるもんかい』
『なんで……そこまで……』
『わしゃあの、ダーリンも助けたいしお前にも幸せになってほしいんじゃ』

そうウインクすると、ガバ子は遠い目をしてポツリポツリとウインクしだした。

『昔のぉ、ワシの憧れのお姉様が言うとったんじゃ。
男にこびて友達を捨てるのはただの尻軽女。
友達ばかり大事にして男に目を向けないのはただの偏屈。
恋と友情、どちらも両立してこそ真のモテカワスリムじゃと。
じゃからの、わしゃあ、お姉様にいただいたこの熊の毛皮にかけて、モテカワスリムにならにゃあかんのじゃ』
『ガバ子……友情、なんて、私たち、会ったばかりなのに……』
『何言うとんじゃあ!女と女、腹を割って話して杯交わしたら、そりゃもう、ズッ友じゃろう?』

 菱川は息を呑んだ。彼女のアムネジアの燃料は残り少ない。
 最大の目的は忘れない。彼女は、この戦いに勝たなくてはいけないことだけは忘れられない。
 だからきっと、次にくべられる可能性がある記憶は、ガバ子とのの……

『細かいことは気にすんな!何があっても、お前とわしはズッ友じゃ!いけぇ、結希ィィィィイ!』
『ガバ子ォォォォォォォ!』

 そうして、彼女はタバコの暗黒面に落ちた噴流煙を討ち果たした。その代償は大きい。今燃えている燃料が尽きれば、彼女はこの会話の記憶すら失うだろう。

「はは、そうだったとはな……友情ってのはいいもんだ。俺も、もどったら、そんな友達を……」

 最後まで言葉は続かなかった。自らのヘドロに使った噴流煙は、その身を毒におかされ、血を吐いて動かなくなった。
 アムネジア・エンジンは止まった。菱川の心には勝利の実感があった。
 頬を伝う涙の正体は、彼女にはわからなかった。



 ガバ子の胸を、ヘヴィアイアンの拳が貫通していた。
 腕から伝わってくる鼓動は刻一刻と小さくなっていった。ガバ子の命が失われていくのを、ヘヴィアイアンは感じていた。
 守るべきだった相手を、ガバ子は救ってくれた。その彼女を、へヴィアイアンは殺した。どう謝っても、償いきれることではないと思った。

「が、ハハハ……すまんのう、ダーリン。よく見えんのじゃ。うまく、いったかのう……」
「ああ、うまくいったよ。ありがとう」
「っが、は……そういわれると、照れる、のう」
「何度だって言うさ。お前は恩人だ。最高の、女だよ」

 ガバ子の体から、力が抜けていった。へヴィアイアンは、彼女の体を抱きとめて支えた。
 錬鉄の筋肉にとってすら、それは重く、重く感じられた。

「へ、へへへ……ダーリンの腕は、あったかいのう。夢、だったんじゃ……わしよりたくましい男の子の腕に、抱かれるのが」

 ヘヴィアイアンは何か答えようとした。彼女に何を告げるべきかは、わからなかった。

「ああ、幸せじゃ、のう……」

 ガバ子の体から力が失われた。へヴィアイアンは白鳥沢ガバ子を守れなかった。
 彼女に救われたヤマノコは、ガバ子のことをじっと見ていた。

「この人とはもう、会えませんか?」
「ああ……もう、会えないな」

 かつての喪失を思い出した。彼を形作った喪失を。英雄として積み上げてきた喪失を。
 何度目でも、それはひどく心を切り裂いた。
 ヤマノコは、へヴィアイアンのことをじっと見た。

「アイアン、この人のこと、好きですか?」
「……最高の女だよ。大好きだ」

 その言葉を聞いて、ヤマノコの表情がぱっと明るくなった。

「だったら、私は願います。おきないことをおこすために、私は一回だけ願います」

 ヘヴィアイアンはヤマノコの顔を見た。彼女は笑顔だった。

「アイアン、ながく生きる人。錬鉄の人。あなたのたびじの中ではきっと一瞬でしょうけど、それでも、わたしはあなたに安らいでほしい」
「お嬢ちゃん……」
「『二人が幸せになれますように』」

 へヴィアイアンとガバ子の体が光に包まれ、夢の世界から消えていく。
 女神の祝福はなされた。ならば、彼らの居場所はここにはないのだろう。

「ヨー・プリティ・リル・ガール!」
「はい、アイアン」
「今回はお嬢ちゃんに救われたが、これで終わると思うなよ!今度こそ、ジャマイカの力を、見せてやる!」

 アイアンは親指を立て、ヤマノコはそれを返した。
 そうして、ガバ子とアイアンの姿は消えていった。

「うん、これで、おしまい」

 あとは、語るほどのことはおこらなかった。

――勝者:菱川結希

●エピローグ

「ちょ、ちょっと待て文乃ー!これ、重い……!」
「お礼にお買い物に付き合ってくれるって行ったのは結希ですよね?だったら、それぐらい我慢してください」
「お買い物って言ったけど、まさかお米を買いに行くとは思わないじゃん……」

 あの後、無事に朝起きることができた私は無事に試験を受け、無事に追試となった。

「馬鹿ですか?馬鹿ですね?留年したくないって言ってなんで0点とか取れるんです?」
「いや、それはあの……」
「あ?」
「ごめんなさい馬鹿です」

 文乃に怒られながら試験勉強をし無事に追試を突破した私は、埋め合わせに文乃と一緒にお出かけすることになった。
 それがまさか買出しで、味噌と醤油とお米を運ばされることになるとは思ってなかったけど。
 それにしても、あまりにも重い。ちょっとアムネジア・エンジンを使いたくなってくる。

「あ、能力使ったら怒りますからね?」
「なんで!?」
「結希は能力を使わないことを覚えたほうがいいんですよ。反省してください」

 そういうわけで、私は能力も使わずにひーひー言いながら大荷物を運んでいる。
 帰り道の途中で、教会の前を通りがかった。どうやら、結婚式を行っているようだ。

「ガハハハハハ!幸せじゃのう、ダーリン」
「ヨー、まったくだぜ、ハニー」

 筋肉質でドレッドヘアーの新郎と、同じぐらい筋肉質の新婦はとても幸せそうだった。

「それじゃあいくぞ……ほれ!」

 ちょうどブーケトスのタイミングだったらしく、新婦が投げたブーケはすごい勢いで客の頭を通り越していく。
 ずいぶんととんだブーケは、ぽとりと、私が運んでいる荷物の上に落ちた。

「あ、あの、これ!」
「あっちゃあ、飛びすぎたかの。まあよい、これもなんかの縁じゃ。もってけ、女子高生!」

 新婦が野太い声でそういった。初めて聞く声だったが、やけに心地よく聞こえた。

「はい!ありがとうございます!お二人も、お幸せに!」
「おう、ありがとうのう!」

 そうして、私たちは帰り道を歩き、結婚式は続いていった。

「結希、なんだかうれしそうですけど……今の人、知り合いですか?」
「ううん、知らない人。だけど……」

 青い空を見上げる。さんさんと太陽が降り注いでいる。
 文乃を見る。私の、大切な親友がそこにいる。
 背後を振り返る。誰かの幸せがある。

「今日はなんだか、いい日だね!」

菱川結希本戦SS「幸せな、よくある日」了