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四人戦SSその2




「「王様ゲーーーム!!!」」

なぜそうなる。陽気な女子共の声に、噴流は歯噛みして憤った。
王様ゲームは男女二対二の四人などという少人数でやるべきゲームではない。
なぜ50%の確率で男同士、ラッキーでもスケベでもないハプニングを喰らわなければならないのだ。
いや、違う。そうじゃない。
噴流は周囲を見回した。
背の高い、運動系の雰囲気を漂わせる女子大生。これは良い。とても良い。
2m近い巨体の、毛皮をまとった山賊風筋肉女子高生。熊か。残念ながら俺は筋肉フェチではい。
2m超の黒人ジャマイカン。熊か。お前は論外だ。横の女の子は流石に事案であるから数えない。
面子を見ればその内訳、およそ人間、ヒグマ、ヒグマである。
脅威のヒグマ率66%だ。
せめて人類の割合を過半数にして欲しかった。
なにが王様ゲームだ。これでは古代ローマ・コロッセオで行われていた猛獣ショーだ。
暴君の皇帝が執り行う世紀の虐殺ショーだ。
おお! 圧制者よ!
噴流は誇り高きグラディエーターのように、心の剣を構えた。
俺は生き延びる! 生き延びて自由を手に入れる!
噴流の心は健全な男子高生の高揚を剣と為し、手元のくじをサングラス越しに睨みつけた。

「あっ、私が王様でした」
「アッセェェーーーイッ!!!」

女子大生の後光射す笑顔を前に、噴流は絶望と共に膝を折った。







○Side ヤマノコ

その日、夢から覚めた少女はしばらく毛布にくるまったまま、先程まで見ていた夢の意味を考えた。
頭を左へ、右へ、身体までゆらゆらと揺すり悩みぬき、そうしてようやく立ち上がった。
起きだした少女の行き先は、少女が寝泊まりする洞窟の近くに湧く、小さく綺麗な泉であった。

どこまでも高く抜ける青空。背の低い木立が幅の広い葉を茂らせ日差しを反射して艶めく。
その中心で、透き通った水が音もなく湧きだす小さな泉はひんやりと静かな空気を放っていた。
少女は小さな手で泉の水をすくい、顔を洗い、口をすすぎ、それから泉の底へ向かって声をかけた。

「泉のめがみさま。聞いてほしいことがあるの」

すると、それまで静かだった泉に変化がおきた。
水面が震えだし、底まで見えていた泉の水が白く泡立つ。ゴボゴボ、バシャバシャと水音が響く。
やがて水音は地響きへと変わり、泉の中央が噴水のように盛り上がり、最後に弾けた。

ヨー(Yo)、どうしたお嬢ちゃん」

泉の中から姿を表したのは2mを超える体躯、全身に筋肉の鎧をまとった屈強な黒人であった。
かつてゴールドラッシュに夢を追い、友との別離を経て世界の平和を望み、戦い、時を越え、
今や人々を助ける概念・泉の精となった男、ドレッドヘアーにラテンの情熱を織り込む熱血漢――
ヘヴィ・アイアンその人であった。

「あのね、夢をみたの。へんなゆめ。夢じゃなくなるみたいなの」

少女はつたない言葉をつむいだ。
泉から飛び出した男の深く割れた腹筋の溝から滝のごとく水が流れ落ちる雄大な景色を眺め、
どこからか聴こえる気がする異国の望郷を誘うラテン音楽を背に、たどたどしく語り続けた。

「そりゃ誰かの魔人能力だな――不特定対象か、広域か。愉快犯? なぜこんなお嬢ちゃんに――」

話を聞いたヘヴィ・アイアンは見る見るうちに歴戦の戦士の表情になり、アゴヒゲをさすりながら、
ぶつぶつと独り言をこぼした。それから何度か少女に質問をして、少女は全身を使ってあれこれと
説明し、太陽が空高く昇りきる頃、男は少女の見た夢の全容を把握するに至った。


――――――


「まずは安心しな、リル・ガール(little girl)

夕暮れの空に溶け込むような、オレンジ色の焚き火を囲む影の内、大きなほうが声を発した。
小さな木の実をコリコリと齧り続ける小動物然とした少女にヘヴィ・アイアンは言った。

「お嬢ちゃんは銃を向けられたことはあるか?」
「山のしたの人が、イノシシを食べるって。二回、わたしがイノシシにまちがわれて。あるよ」
「そりゃ無事で何よりだお嬢ちゃん。でも撃たれなかっただろう?」
「わたしイノシシじゃないもん。りょうしの人も、びっくりして、あぶなかったって」
「そうだ。人間ってのはな、一人ひとりは人間を殺せるように出来ちゃいないんだ」

少女の手が次の木の実をつまみ、口に運ぶ様子を見守ってから、ヘヴィ・アイアンは言葉を続けた。
お嬢ちゃんにはまだ関係ない世界の話だがな――と、男はヒゲの奥で渋面を作った。

「俺は人間同士が殺しあう場所をずっと巡り歩いてきたがな、人と戦うことを仕事にする奴でも、
 戦場で銃を撃てるのは10人に一人だ。人を狙って撃てる奴となると50人に一人になる。
 もっと昔の話をするとな、時と場合によっちゃあ、盾にネコをしばりつけて戦闘を仕掛けて、
 それで相手はネコを傷つけられずにやられちまったなんて話もある。本当の事だぜ?
 人間ってのは、命懸けの状況でもそういうもんなんだ。だからお嬢ちゃん、安心してな。
 お嬢ちゃんみたいな小さくて可愛い子供はな、それだけで銃弾も避ける鎧を着ているんだ」
「ふぅん?」

ヘヴィ・アイアンはどこからか取り出したギターを鳴らし、少女の食後にせめてもの興を添え、
だから安心しておきなと、真っ黒な顔面に白く輝く歯並びを見せて笑った。
ゴワゴワの毛布に包まれウトウトと目を細める少女は、もぐもぐと口を動かし言葉を返した。

「おじさんはわたしをたすけてくれるの?」
「ああ、勿論だ」
「おじさんはどうしてたすけてくれるの?」
「お嬢ちゃんが良い子だからさ」

しばし間が空き、既に少女が寝入ったかと思われた時、毛布から再び舌足らずな声が漏れてきた。

「わたし決まったよ。おじさんへのお願い」

それはヘヴィ・アイアンと約束した日から、少女が求め、考え続けていた返答の言葉であった。

「いっしょに夢をみてくれる? わたし、おじさんといっしょなら安心できそう」
「ああ、勿論だ」

それを聞いたヘヴィ・アイアンは、少女の頭を、覆うほどの大きな掌で撫でて言った。
その願いを口に出来る者だからこそ、男は少女の傍にいるのだ。男に否と答える選択肢は無かった。
ただし――と、男はおどけて肩をすくめてみせ、言葉を継いだ。

ヨー・プリティ・リル・ガール(Yo, pretty little girl)。そのお願いはノーカウントだ。
 覚えておきな。そしてお嬢ちゃんは知っておけ。
 男ってのはな、女性からダンスに誘われたら断れないもんだ。
 それを聞き届けるのは男の義務さ。だからもう一個、別のお願いを考えておきな」


――これが一人の少女ヤマノコと、ヘヴィ・アイアンが夢の戦いへ赴くまでの軌跡であった。



○Side 噴流 煙(ふくりゅう えん)

日没はとうに過ぎた時刻。明かりも落とした室内に、学生服姿の男はいた。
禿頭、サングラスと、およそ学生服が似合うと言い難い高校生、噴流煙は目を閉じ息を潜めていた。

夢の戦いに巻き込まれたと認識してから一日。
噴流は既にやるべきことをやり終え、今や戦いの始まりを待つのみと、座椅子に身を沈めていた。

己が吸ったタバコの毒をヘドロ状に吐き出す能力を持つ噴流は、武器となるタバコを十分に用意し、
また事前に大量の喫煙も済ませ、いつでも命のやり取りをする準備を整えた。

なぜ、自分がこのような理不尽な状況に陥ったのか。
疑問や怒りは湧くこともあれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。
若くしてタバコ作りにより金銭の授受――社会生活を行う噴流は堅実な思考の持ち主であった。

恐怖に目を塞がれず、怒りに耳を塞がれず、どう生き延びればよいか。
暗闇の中、魔人同士の超常の戦い、命懸けの戦いを予感し、噴流は握り拳を震わせていた。


――その震えが、噴流煙が夢の戦いへ臨む直前の決死の思いの発露であった。



○Side 菱川 結希(ひしかわ ゆき)

学生の気楽で手狭な一人暮らしの部屋が、今日は一層狭く、そして賑わっていた。
女性の割に180cm程と長身の菱川結希は、長い手足をあちこちにぶつけないよう縮こまりながら、
座卓の向かいで作業をする客人、文乃の様子を窺っていた。

「はい、結希」
「あ、どうも……」

飲み終えた空き缶の林を押しのけ、文乃から差し出されたのは菱川自身のハンドバッグである。
中には防犯ブザー、痴漢撃退用スプレーなどの護身用グッズ達と、これでもかと詰め込まれた
メモ用紙の山が収まっている。

「これだけメモしておけば、いざって時に能力使っても思い出せるでしょう」
「はい、えっと、善処します……」
「それからはい、お守り。大事にしてくださいね」
「えっと、ありがとう」
「コラ、中身を見ない見ない」

期末テストを目前に控えたこの日に夢の戦いへ巻き込まれたのは菱川にとって不運の二字であった。
身体能力を向上させる変わりに自分の記憶を何か失う菱川の能力は、迂闊に使おうものなら、また
菱川がやっとの思いで手にした穏やかなキャンパスライフをも奪っていくだろう。

「あまり無茶しないでね」
「私も平和的解決を望んでます……」

それはつまり、こうしてテスト期間という学生にとっての死活問題を前にしても、
菱川の心配を優先し、戦いの準備を手伝ってくれている文乃を失う事になる。
それだけはどうしても避けたかった。

「さ、準備できたらちゃっちゃと寝ましょう?」
「そうだよね。文乃を寝不足にしちゃ悪いし」
「分かっているようでよろしいです。ではベッドは私が使うから結希はクッションでお願いします」
「ちょっと!? 私のこと心配して来てくれたんでしょ?」
「そんな余所行きの格好でハンドバッグ片手にベッドで寝る気だったんですか?」
「あっ……」

電気が消え、狭い部屋に二人の息遣いだけが響く。
二人分の体温で、いつもより少し暖かい部屋の空気を胸に吸い込みながら、菱川は切に望んだ。
どうかこのささやかな幸せを守れますように。平穏無事に夢の戦いが終わりますようにと。


――それが菱川結希が夢の戦いへ望む唯一無二の願いであった。



○Side 白鳥沢 ガバ子(しらとりざわ がばこ)

「フム……夢の戦い」

2m近い長身と弾ける女子力を筋肉に詰めた女子力の権化、白鳥沢ガバ子の口から呟きが漏れた。
無色の夢を見て、これから夢の戦いに赴くという時、白鳥沢はまず懐かしき山小屋を訪れていた。
屠った虎の毛皮を絨毯に、丸太組の壁に書けられた熊の毛皮をいくつか手に取り、眺める。

ここは白鳥沢にとって己が女子力の原点であり、勝負事の際に気合を入れる為に訪れる聖地であり、
彼女の勝負服を飾るクローゼットであった。ツキノワグマの白い胸模様が黒い毛皮の艶の中に
得も言われぬ怪しさを引き立たせる逸品を胸に添え、ちとフェミニン過ぎるかとまた独りごつ。

夢の戦い――参加者の名前は既に知っている。
自分の他、女性一名、男性二名。それとツチノコのような珍獣めいた名前のオマケもいるらしいが。
場所は摩天楼。大都会の中心である。勝者はなんでも望む夢が見られるという。

戦い・男女二体二・都会・勝者に保証される文字通り夢の様なひととき。
白鳥沢の脳内では、与えられた式を素早く解きほぐす方程式が即座に完成されていた。

「つまりコイツは街コンじゃな! 誰の仕業かのう? 最新のトレンドとやらは面白いわ!」

恋は戦い。恋は戦争。
そんな座右の銘を持つ、ドキドキを身体能力に変える女子力スチーム機関、白鳥沢ガバ子。
恋に生きる乙女は、命懸けの戦いの意味を盛大なる独自解釈で受け入れていた。


――それが白鳥沢ガバ子の女子力であった。



ヤマノコ&ヘヴィ・アイアン、噴流煙、菱川結希、白鳥沢ガバ子。
こうして四者はそれぞれに思いを持って夢の戦いへと巻き込まれた。
その戦いの行く末を正しく予見していたのは、この時点で白鳥沢ただ一人であった。







「こんな機会めったに無いからのう! 皆、一発芸(のうりょく)の紹介と行かんか!」
「そういえば皆さん魔人ですもんね……私も初めてです」
「それじゃワシから行くぞ! ワシぁ胸がドキドキすると身体能力が上がるんじゃ!」
「あっ、羨ましいな……私も身体能力が上がるんですけど、代わりに何か物忘れしちゃうから……」
ヨー(Yo)、俺か? 俺は誰かを守ろうとすると身体能力が上がるんだ」
「ワオォーッ! ドラマチックじゃなあ!」
「何それ、みんな身体能力強化なんですか?」
「これは運命の赤い糸を感じずにはいられんのう」

一頻り、筋肉強化トリオが能力談義に華を咲かせる。
それらが全て終わり、場の盛り上がりは最高潮。
これはトリに期待が持てる。
そんな雰囲気を作られてしまった状況を想像して欲しい。

「ヌシはどうなんじゃ? オォン?」

話を振られた噴流は頭を抱え、慟哭した。

「俺は今ッ! 人生で初めて自分の能力が筋力強化じゃなかった事を恨んでいるッ!」

サングラスの奥で輝く少年の瞳は、あるいは涙で濡れていたかもしれない。







○Side ヤマノコ

やや視界の開けた広場の一角に、少女とジャマイカンは立っていた。
少女の身体を包むようにドレッドヘアーの男は素早く身を屈め、周囲へ油断無き視線を巡らせる。
タイルで舗装された地面、ロータリーになっている広場、植木、横に続く高架、背後の巨大な建物。

「ここが夢のなか?」
「らしいな。駅前……か。あれは駅舎だな。地面の舗装、漢字・カナの看板……21世紀の日本か?」

物珍しげに遠慮無く左右を見回す少女の横で、ヘヴィ・アイアンは地面を軽く小突いて舗装を割り、
断面や剥き出しの土を触り、青から赤に変わる信号を確認し、周囲が無人である事を確認し終えると

「お嬢ちゃん、まずはこっちだ。あそこに交番(KOBAN)があるからな」

少女を胸の前で抱きかかえ、駅舎に隣接した交番へと滑り込んだ。
続けて棚に置かれていた地図帳を見つけ出し、机の上へ即座に広げた。
ここまでの迷い無き行動に少女は何か言葉をはさむ暇もなく、ぽかんと男を見返すばかりであった。

「まず都市部の戦闘では視界確保が重要だ。警察機関の庁舎か、セキュリティサービスの会社が
 近くにあればな。警察か、自治体から委託された会社が回している監視カメラ映像が欲しい。
 どうやら本当にそれっぽい世界に飛ばされたからな、都市の再現もそれなりの筈だ」

地図を素早く手繰りながら、ヘヴィ・アイアンは早口で少女に説明する。

「各国の主要都市の情報はだいたい時代毎に覚えているんだ。大切だからな。
 日本の都市部は21世紀なら監視カメラの氾濫が市民の反感を買ってた……ああ、警視庁があるな」

地図を畳み、棚に戻したヘヴィ・アイアンは一時も無駄にはしないと機敏な動きで少女に向き直り、
さあ行こうと手を差し出した。しかし少女は交番のガラス張りのドアをぺたぺたと触り、首を傾げ、

「つめたくない氷?」

不思議そうに、男の緊張した顔を見上げた。

「ああ……お嬢ちゃんがお嬢ちゃんくらいの玄孫を100人家に迎えてパーティーする頃にはな、
 こんな世界を見られるようになるぜ。――そうだな、せっかくだから観光したいよな。
 俺がさせてやるぜ。くだらない戦いなんざ、俺が夢の世界から投げ飛ばしてやるよ」

男は全身の筋肉に緊張を宿したまま、表情を和らげ少女の頭を撫でた。



○Side 菱川 結希(ひしかわ ゆき)

「グワッハハハッハ!!!」
「ギャアアアーーー!!!」

絹を裂いたような、と言うには少々低音過ぎる叫び声をあげて菱川はビルとビルの間を縦に逃げた。
魔人能力『アムネジアエンジン』の力で、狭いビル壁をピンボールのように跳ね上がり、屋上へと
飛び込んだ菱川は膝をついて早鐘を打つ胸を抑えた。

夢の戦いが始まり、どこか見覚えのある気がする大都会の真ん中に放り出された菱川は、
出来る限り能力を使わないよう心がけるつもりで路地裏の道を抜き足差し足で進んでいた。

そこで彼女が目にしたのは熊であった。
大都会のビルや、使い途の分からぬパイプ群が這いずるコンクリート壁を背後に、そこには確かに
異質な存在である巨大な熊が屹立していた。

「見ィつけたァーーー!」

のみならず、その熊が野太い咆哮をあげてこちらへ笑いかけて来たではないか。
能力を使わないという理性が働く余裕は無かった。
いや、出力を一速で抑えられたのは、あるいは無意識の理性の賜物かもしれない。

かくして菱川は命あっての物種とハンドバッグを投げ捨て、ハンドバッグを失ったことも忘れ、
汚してしまった靴とスカートを見て、どうしてスウェットとかもっと運動系の格好をしなかった、
文乃のお泊りにテンションが上がってしまっていたか、見栄を張っている場合じゃなかった等々――

無人の大都会の片隅で、思考の迷子に陥っていた。
しかし、弱った人間を見逃すほどに夢の戦いは甘くはない。

「ワッハハハ! ヌシもそんな細っこい身体で大した足の速さじゃな! ワシも負けられんのう!」

ズシリと無人のビルの屋上を震わせ、凶暴な肉食獣が舌なめずりをして飛び込んで来た。
屋上は天国に一番近い場所とは誰が言った言葉だろうか。首筋間近にまで感じる死の息吹を受け、
ああ――と、声にならない悲鳴を溢して菱川は愛嬌あるその顔を絶望の色に染めた。



○Side 噴流 煙(ふくりゅう えん)

無人の街の一角からブスブスと黒煙が立ち昇る様を、近くのビルの一室から噴流は眺めていた。
先程まで散々に嘔吐していた喉はいがらっぽく、油断するとまた吐き出しそうになる口を押し留め、
きつけ代わりにタバコを一本、くゆらせる。

ああ、タバコはやっぱいいな――夢の戦いの最中でも、噴流はタバコを吸えば満ち足りていた。
元々、夢の戦いの勝利で望む見たい夢も無く、悪夢にも興味の無い噴流は戦闘に消極的であった。
充足している者が、争いなどわざわざ求めはしない。

だが、一方でそんなどうでもよい戦いで自分が殺されるなどという事は、それが夢の中であっても、
御免被りたいところであった。自分が戦う意志が無くとも、同じく夢の戦いに巻き込まれた人間が
全て同じ考えを持つと夢見られるほどに彼はお人好しでも無かった。

その為に考えたのが、狼煙をあげてまず対戦相手とコンタクトを取る手法であった。
今、噴流がいるビルの一室に続く廊下や扉には、噴流の能力『らき☆すと』によって生み出された
ヘドロを満載したバケツやビン、スプレー缶の罠がいたるところに仕掛けられていた。

もしも対戦相手が不意打ちを仕掛けて来たならば毒のヘドロで迎撃する。
こうして身の安全を確保した上で、後は誰かが下のコンビニエンスストアで集めた雑誌雑貨混成の
即席狼煙を見つけて近づいて来てくれれば、こちらがその様子を観察出来る。

そこで話しが通じそうな相手であればなんとか交渉だけでこの無意味な戦いを乗り切れないか――
希望的観測混じりの作戦ではあるが、出来れば戦闘は避けたいと思う噴流にとっての、これが
取りうる最大の安全策兼現状打開策であった。

新しいタバコに火をつけ、噴流は紫煙を吐き出す。

ビルを見繕い、狼煙の準備をし、罠を仕掛け、こうして監視体制に入ってから――何時間か。
戦闘領域は1km四方。四人が適当に歩いているだけでは出会わずとも不思議は無い広さであるが、
待つ身としては辛いものがある。

気づけば灰皿代わりに用意したバケツにはどさりと吸い殻の山が出来上がっていた。

「……何か別の方法を考えたほうが良いのか?」

己の判断力に決断を迫るように、噴流は戦闘開始から初めて嘔吐以外の声を発した。
――その時であった。

ヨー・メーン・チェッキン・ワン・トゥ・スリー(Yo, man. Checking, one, two, three)

街中に設置された緊急連絡用のマイクから、リズミカルなバリトンボイスが流れ出した。

『夢の戦いに巻き込まれたボーイ・エン・ガールズ(boy and girls)。俺も同じ被害者のヘヴィ・アイアンだ。
 俺は今、警察の建物にいる。このマイクや、皆の姿を見るための街頭カメラを使う為だがな。
 それで、ちょいと聞いてくれ。若者達よ。俺はこの夢の戦いってやつに血を求めちゃいない。
 むしろ、俺が思うにここで流血沙汰なんざ起こしちゃならねぇ。だから――少し耳を貸してくれ』

カメラか――朗々と響く男の声を聞きながら、噴流は膝を打ってニヤリと笑った。
成程、自分はまだ自分の目で相手を探そうなどと、学生気分の抜けない子供だったと笑い、
とするならば、自分の行動や能力は既に筒抜けかもしれない、ならば後は鬼が出るか蛇が出るかと、
新たにもう一本、タバコに火を灯した。



○Side ヤマノコ

百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり――
かつて古代中国で兵を率いたヘヴィ・アイアンが国家の王に進言した言葉である。
戦いは起こしてしまった時点で最善とは言えない。戦わずして物事を収める事こそが至上。

人類の長い闘争の歴史に付き添ってきたヘヴィ・アイアンは、その事を甚く実感していた。
だからこそ、彼は少女から夢の戦いの話を聞いた時から今に至るまで、考え続けた。
ただ、ひたすらに、戦闘回避の方策を。

その思いを遂げるには今が正念場。
男はギターを手に構えた。
それから少女を手招きし、マイクスタンドの横へ座らせる。

そして語り始めた。夢の戦いを無血で終わらせる、魂の願いを。



○Side 白鳥沢 ガバ子(しらとりざわ がばこ)

地上から吹き上がるビル風を受け、屋上の柵に立つ白鳥沢は熊の腕をはためかせ、
地上から流れるマイクの声を聞いていた。

その言葉を胸に留め、聞き逃すまいと強く組まれた腕は女子力に充ち満ち、
辺りを薙ぎ払う烈気を放って若さと青春を煌めかせていた。

声、曰く――今回の事態は見知らぬ誰かが目的不明のまま一般人を巻き込んだ事件である。
我々は言うなれば同じ被害者であり、敵がいるとすればそれはこの夢の戦いの発起人である。
ここまではいいだろう。

「フゥム……こりゃ合コンじゃ無かったんじゃなあ」

ここまでも良くなかったただ一人の人間、白鳥沢はどうもおかしいと思ったわい、
テヘッと舌を出し、頭に拳を打ち付けた。金物をハンマーで叩く良い音が鳴った。

更に声は続け、君達は本当にこの夢の戦いのルールを信じるのかと疑問を投げかけた。
誰のものかも分からない魔人能力を受け、敵と思しき者からルールを教わっただけである。
そのような情報を鵜呑みにして、ルールが守られる保証がどこにあるだろうか。

「まあそりゃそうじゃのう。こんなイタズラを仕掛けてくる輩なんぞ、碌でもないわい。
 ワシが犯人を見つけたらデコピンの刑じゃ」

組んだままの腕で白鳥沢が人差し指をピンと素振りする。
拳銃で空砲を撃ったと錯覚させる、乾いた破裂音が都会の空を裂いた。

そして声が問題の核心へと移る――最も懸念すべきは、ここが本当に夢の中かどうかである。
声に熱と力が入った。ここが夢の中か、とは。

寝て起きたら山小屋から都会に移動していた白鳥沢にしてみれば、
事前ルール説明が夢であった事もあり、考えもしない疑問であった。

魔人能力は相手に幻覚を見せる事もあれば、強制的に今いる場所を移動させるものもある。
声は語った。ここは夢の中などと偽った、どこかの隔離施設の中なのではないだろうか、と。

夢ならばどうして戦闘領域に限りがあるのか。1km四方で区切られているなどと、
それこそ現実世界のどこか有限の広さの土地でこの戦いが行われている証拠ではないか、と。

「フムム……確かに、こりゃどこも現実と変わらんしのう」

白鳥沢は足元の鉄柵をつまみ、ぐにゃりと引きちぎった。
パイプ状の鉄柵の内側は赤錆がこびりつき、ツンと鼻をつく臭いは否応にもリアルであった。

「どこぞの金持ちが道楽で作ったというほうがまだ真実味がある……んかいのう?」

どちらが真実であるか、巻き込まれただけの我々では判断のしようが無い。
であるならば、もしも人を傷つけ、或いはその生命を奪ってしまった場合、
それは取り返しがつかない事態ではないだろうか。

君達ならば核兵器に脅された21世紀の戦争を知っているだろう。
敵国の首都に狙いを定めたミサイルのボタンをいかに早く押すかが戦争の勝利を決めるのではない。
その意味を今一度考えてみて欲しい。君達はこれまで人生を生き、これから人生を歩む人間である。

「もともとワシは誰かを怪我させようなぞこれっぽっちも思っちゃおらんかったがな!」

だから提案する。もしもこの夢の戦いを平和裏に終わらせる術を持つ者がいれば行動して欲しい。
いないようであれば、現時点の我々は夢の戦いの発起人を知り得ず、その目的も不明である以上、
これが現実だとしても問題ない程度の範囲において、提示されたルールでのゲームを終了させたい。
すなわち、話し合いによる勝者の選定を行いたい。もしもその意があるならば――

「ヨシッ! ワシは乗るぞ! ヌシも当然来るだろう?」

放送を聞き終え鉄柵から降りた白鳥沢は、屋上でへたり込んでいた菱川に声をかけた。
初邂逅からしばし、能力が切れるまでビルからビルへと八艘飛びの追いかけっこを演じていた
菱川だが、今はガス欠の自動車もかくやといった放心の体でいるばかりであった。

「ワッハハハハ! さっきは驚かせちまってすまんかったのう!
 ヌシがそんな必死で逃げているとは気付かんかったんじゃ! 許せ許せ!」

そのまま菱川をひょいと背負った白鳥沢は、マイクから流れ続けるギターの演奏と、
それに合わせて歌う女の子の声に相好を崩し、フフンと鼻息も荒くビルから翔び立った。

この舞台を用意した者と、今の放送をしていた男と。
白鳥沢にはどちらをより信頼すべきか、それは分からなかった。

だが、白鳥沢の溢れ出る女子力はその答えを知っていた。
それはマイクから流れるギターの音色。
このように澄んだ音色の音楽を奏でる人間に――悪い人間などいないのである。

「えっ、あっ、ちょっ、ぎゃああああーーーー!!!」

白鳥沢の空中ダイブと同時。
白鳥沢の包容力に満ちた背に揺られ、不意に正気を取り戻した菱川が発した叫び声がビルの底へ
吸い込まれていった。



○Side 噴流 煙(ふくりゅう えん)

「まぁ、50%の確率で犯罪者になっちまうって言われちゃ俺の能力は使えねぇしな」

扉に仕掛けた毒の罠を外しながら、噴流は決心を固めるように呟いた。
マイクの向こう側で歌を歌っている、見ず知らずの陽気な馬鹿に会いに行こう。
小さな女の子の面倒を見るのも悪くはない。

噴流が通う高校、希望崎学園は魑魅魍魎の集まる場所としてとみに有名であった。
多様な人間が多様な理由で高校に通う。彼のクラスには小さな女の子が何人か通っており、
彼女らの面倒を何かと見ることが多かった為、噴流という男、見た目によらず子供好きであった。

「ああー、タバコが美味ぇ……」

全身の関節をバキバキと鳴らし、新しい紫煙を一筋残して噴流は夢の世界の短い拠点を後にした。



――こうして始まった夢の戦いは血の一滴を見る事もなく、その幕を閉じる。

それは戦いに選ばれた四人全員が、戦いを好まぬ性格であった事。
そして、勝利を求める理由を持った人間が、その中にただ一人であった事。
その二つが噛みあって生まれた、奇跡であったと言えるだろう。

「あの、私が勝者?」
「ワッハハハハ! 大和撫子は奥ゆかしくあらねばならぬからのう!」
「俺は見たい夢なんざ無いしねぇ」

遠慮がちに慌てる菱川へ、気休めだがなとジャマイカンが陽気に笑った。

「一応はそれっぽい理由付けもあるから安心しな、ガール(girl)
 俺の経験上、魔人能力ってのは制約と効果が比例するのが常だ。
 もしもこの戦いがルール通り進行するなら、賞品の良い夢と罰の悪い夢はシーソーゲームだ。
 するとお嬢さんの『夢を見ない』って望みは悪い夢を見る俺達にとっても好都合なのさ。
 見る悪夢もなんぼかマシになるってもんだろう」

菱川は頷き、噴流と白鳥沢とヤマノコ達に向かい深々と頭を下げた。

「あの、私がこんなことを言うのもなんですけど――
 この御恩は忘れません。本当にありがとうございます」

夢の戦い、ヤマノコ&ヘヴィ・アイアン VS 噴流煙 VS 菱川結希 VS 白鳥沢ガバ子。
勝者、菱川結希。決まり手、対話。



「ガッハハハ! もうやることは無いんじゃろう? ならばホレ丁度男女が四人じゃ!
 せっかくの出会いをふいにするのももったいない! 今から一つやらんか!?」

終わりだと思った瞬間の突然の白鳥沢の台詞に、腰を90度に曲げたまま菱川の身体が硬直した。
今なんと? 既に他人事のつもりでいた噴流もタバコを咥え直した。

「そら、カラオケもここなら無料じゃ! 行くぞ皆の衆! ワッハハハハ! 合コンじゃ!」

――こうして、平穏無事の夢の戦いは幕を閉じ、真の戦い、合コン戦争の幕開けとなったのである。







同じ系列店のカラオケボックスでバイトをした事があると言う菱川の手により厨房から持ち込まれた
ロシアンルーレットシュー・練りワサビ入りが火を噴きヘヴィ・アイアンが鼻を押さえたり、
白鳥沢の大声量音波攻撃に菱川が目を回したり、お菓子をひたすらサクサクと齧る少女がいたり――

激動の合コンは瞬く間に過ぎた。
陽気なジャマイカンのギター演奏が一段落した折、噴流はそれじゃ俺はそろそろ帰ると席を立った。
なんとなくそろそろ悪夢を見そうな感覚がするという噴流は、色々世話になったと苦笑いで言った。

「まあ合コンにも興味はあったしな。
 それに……少しばかり、抜け駆けも考えたんだけどよぉ、やっぱダメだって思ったんだ。
 俺の能力なら皆が飲んでるドリンクにこの毒をちょいと垂らせば一人勝ちだって思ったが、
 やっぱ俺はタバコがどうしようもなく好きなんだなぁ。
 俺の能力は『タバコで人が幸せになる』為に授かったと思ってる。
 そのタバコの毒で人が死ぬなんざ、あぁ、あっちゃなんねぇ。
 俺の能力で誰も死ななくて良かったって思っちまってさぁ。まぁ、だから有難うな」

感謝の言葉を残し、噴流の姿はタバコの煙に溶けるように消えていった。


――後に夢からさめた噴流はその日一日タバコを吸う事が出来ず、身体の震えに酷く苦闘した。
自分がなぜ学生服姿にサングラスも掛けたまま寝ていたのか、どのような夢を見たのか、
何も覚えていない彼であったが、恐らくはタバコにまつわる悪夢を見たのであろう。







○Side 菱川 結希(ひしかわ ゆき)

「な、なんじゃあッ! あの男、去り際に格好良い事を言いおって!
 ワシのハートがキュンとしたではないか! まったく……」

横で大げさな身振りと共に胸を抑える白鳥沢を見て、菱川はクスリと笑みを溢した。
初めて見た時は熊か、悪魔かと見間違えた巨躯の少女も、話してみれば気の良い女の子であった。
夢の戦いも、はじめは恐ろしいとばかり思っていたが、ずいぶんと楽しい時間だった。

「ま、いいわ。よし、それじゃワシも帰るとするか。悪夢なぞ、フン。
 ワシの女子力で木っ端微塵に砕いてくれるわ。グワッハッハッハ! ではさらばじゃ!」

豪快な笑い声を残し、きっとその言葉通りに悪夢もなんのそのと生きていくであろうと確信させる
白鳥沢の女子力強い笑顔が、都会の景色の中へ消えていった。

今頃は山小屋で飛び起きて、もう元気に熊を屠っているかもしれない。

「それじゃあ私も早くここから出て……」

これで夢の戦いは何もかも終わり。平和な生活がまた訪れる。
終わってみればなんとやら――そう考えながら、菱川はほっと自分の胸を掻き抱いた。
カサリと上着の胸ポケットで音がして、菱川はおやと首を傾げた。

ポケットから出てきたのは小さなお守りで、これはなんだったかと袋の口を開けた。
中には折りたたまれた紙が二枚、重なって入っていた。

片方は、見覚えのある字で期末テストの事を記したメモであった。
能力を使って夢の戦いの目的を忘れないよう、思い出せるようにという文乃の気遣いであった。

もう一方は――広げた紙のシワを伸ばすと、そこには可愛らしい丸文字で短文が書かれていた。
『私は結希が後輩になってもずっと一緒ですから安心してくださいね。大好きです』

菱川は思わず噴き出し、文字の端々がくるくると丸められ、ところにより花丸になっているその
装飾過多の書き文字を指でなぞった。友人の癖はよく知っている。文乃は気恥ずかしい事を書く際、
文字の端をこうしてくるくると伸ばして誤魔化すのだ。

それだけ恥ずかしい思いを押してこの一文を書いてくれた理由も菱川にはくすぐったいほどに
よく理解できていた。こんな文を見てしまっては、テストの事よりも、夢の戦いの事よりも、
この友人の一言こそが自分にとって絶対に忘れたくないものになる。

これは『アムネジアエンジン』全力全開、オーバードライブをもしも使った際の、
必要な他の記憶を多く残すための最大最強の隠し球だったのだ。文乃の思いに感謝と、
自分の心を見透かされている気恥ずかしさを同時に覚えながら、菱川はメモをお守りに戻した。


――――――


「ふがっ!」

息苦しさで目覚めた菱川は、視界いっぱいに広がる文乃の手を見て、涙が出そうなほど嬉しかった。

「起きてください、今日はテストですよ」
「文乃……おはよう」

寝ぼけた目をこすり、菱川はてきぱきと身支度を整えている文乃の顔を改めてしげしげと眺めた。
その視線に気づいたのか、その視線に込められた意味に気づいたのか、文乃は頬を赤らめつつ、

「急がないと遅刻しますよ! せっかく起きたのに遅刻してたら仕方ないでしょう!」
「あ、そうだね! うん、へへへ……」

つんつんとした表情とにこにことした表情と、二つの華が春めく日差しの中に寄り添い咲いていた。



○Side ヤマノコ

「おじさんはこれでよかったの?」
「俺は言っちゃあなんだが悪夢を見る事にかけちゃ年季が違うからな。
 お嬢ちゃんが良いって言ったんなら、何の問題も無かった」

夢の世界に残された二人は、ビルの屋上で並んで空を見上げていた。

「俺はこの夢から覚めたら、こんな傍迷惑な事を仕掛けた奴を殴ってやりに行かにゃならん。
 まあ戦いを避ける為にあれこれと方便を使わせて貰ったがな、実際のとこ、ここは夢の中だ。
 経験から言うと、他人の夢を見る類の能力者が能力行使中に死んだかして能力だけ暴走だとか、
 そんなオチだとは思うがな。まだ犯人が生きてるようなら殴り飛ばしてやるぜ」
「ふぅん……」

少女は男の話を理解しているのかどうか、眠たげな返事をした。

「あ、そうしたらね。おじさん」

もう寝たかと思われた時、少女はまた口を開いた。

「わたし、おねえさんから教わったよ。そういう人にはばつげーむがじょしりょくなんだって」
「ほう、大人のレディーの嗜みを教わったのかい」
「だから、おじさんがこの夢をみせた人をぶんなぐりにいくなら、いっしょにわたしのぶんもして。
 でこぴんだって。こう、シュッシュッて」
「ああ。今度こそ確かに承った。お嬢ちゃんのその願い、聞き届けよう」
「それと、もういっこいい?」
「なんだい、リル・ガール(little girl)
「わたしのおててをにぎっておいて。こわい夢を見てもだいじょうぶなように」
「ああ、勿論いいとも。お嬢ちゃんは賢い。それは確かに男の義務だな」
「ありがとう、おじさん」

男の小指を握りしめた少女の手を、分厚い手が優しく包み込んだ。

「お嬢ちゃんは願いを叶える人のことを思える良い子だ。
 君のお陰で、それとあの愉快な三人のお陰で、俺は戦いしか無い筈の悪夢の中で、
 今日は確かに平和な夢を見れたんだ。だから感謝を言うのはこっちだ。
 ありがとう。プリティ・リル・ガール(pretty little girl)

無人の摩天楼の空に、最後の人影が溶けて消えた。


<了>